№2678 この列車の行先・終点はどんな場所 10.西谷

 列車の正面や側面、あるいはホームの表示や時刻表に現れる行先、たどり着いてみたら、それはどんな場所なのか。昨今の、特に首都圏の運行形態の広域化によって、これまで普通に乗り降りするだけでは見る事がなかった地名を日常目にするようになった昨今、その行先を実際に訪ねてみよう、という企画を始めたのが8年前の事でした。以降これまでに9か所の終点駅を訪ねてみたが、4年前、2019(R元)年5月9日の東武東上線小川町が、最後になっていました。その後のコロナ禍や、私個人の腰痛という事情があってだいぶ間が空いてしまったが、今回久しぶりにやります。今後も、恐らくは首都圏が中心になってしまうだろうが、「気になる」列車の終着駅を見つけて、訪ねてみようと考えています。

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 今年3月18日、東急と相鉄の両新横浜線が開通、両社の相互直通運転が始まりました。相鉄は、つい数年前までは神奈川県東部の自社線内だけを行ったり来たりするだけで終わっていたものが、2019(R元)年11月30日のJRに続いて、東急と、さらにその奥の東京メトロ(副都心線と南北線)、都営地下鉄(三田線)、加えて東武東上線と埼玉高速線も加わって、一気に東京都内を抜けて、埼玉県南部にまで、相互直通によるネットワークが形成されました。前述した小川町も、土休日早朝の海老名発で1本、行先としてあります。
 相鉄から他社への直通が走るという事は当然、他者線から相鉄線直通も運行=相鉄線の駅名を見るようになったという事にもなります。JR直通開始の時点で海老名(と、その後の改正で大和)行がJR線内で見られるようになっていたが、今回の改正で、新規直通他者線では加えて、湘南台と西谷、という行先が見られるようになりました(他にかしわ台始発あり)。

 この中で西谷が、他者線内の利用者から見たら、「?」な行先と映るかも知れません。「海老名と湘南台は小田急との乗換駅で割と知名度もあるが(海老名はロマンスカー・ミュージアムもあるし)、西谷なんて駅、あったっけ?」と、ひょっとしたら、鉄道ファンの中にも思われる方もいるかも。JR直通開始までは、各駅停車しか停車しない一中間駅に過ぎなかったのが、いきなり都心へ向かう路線の分岐駅として、全列車が停車する駅になったのだから。では、実際のところ西谷とは、どのような場所なのか、ちょっと行ってみました。地元横浜市なんだけれどね。

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 新ダイヤでは東急東横線~東京メトロ副都心線、東急目黒線~東京メトロ目黒線~埼玉高速鉄道および東急目黒線~都営地下鉄三田線と3つのルートから相鉄線に流入してくるが、3ルート全てで、西谷行の設定があります。JRからはない。
 目黒線関連では、平日は西高島平発5本・赤羽岩淵発1本、土休日は西高島平発2本・高島平発2本・浦和美園・鳩ヶ谷・赤羽岩淵発各1本、西谷行の設定があります。
(埼玉スタジアムでのサッカー開催時に延長運転する列車あり)

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 東横線関連では、平日は渋谷・新宿三丁目・池袋・和光市発各1本、土休日は和光市発1本の設定があります。
 全てのルートで、相鉄の他、東急の編成の西谷行もあります。

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 この西谷という行先、新横浜線だけでなく、本線でも今春改正で、本格的に見られるようになりました。以前は西谷という行先は(少なくとも昭和末期以降は)なかったが、JRとの相互直通開始時に羽沢横浜国大~西谷間の区間運転が設定され、そこで初めて見る事になりました。と言っても早朝の下りだけだったので、実際に目にした人は、多くはなかったろうと思います。新ダイヤでは横浜~西谷間の各駅停車が1時間に2本程度設定され、西谷で新横浜線の列車と接続します。

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西谷駅
 その西谷駅です。横浜から6.9㎞・新横浜から6.3㎞(意外に差がない)。神奈川県横浜市保土ケ谷区にあります。相鉄が今現在公表しているデータは2021(R3)年度まで、だから新横浜線全通はまだ反映されていないが、一日平均の乗降人員は22,430人、相鉄全体では12位になります。駅ナンバリングSO08。
「全列車停車」と書いたが、JR直通開始時に特急停車駅とはなったが、以前から運行されていた急行は通過のまま、でした(横浜~二俣川間ノンストップ)。特急が停車するのに急行は通過、という「逆転現象」が起きていたのだが、今春改正で急行の設定がなくなっています(正式に廃止になったのではないと思う)。

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 改札口は現在、インターホンを使用した遠隔操作になっています。ただ、駅員は事務室に終日常駐しています。相鉄ではこのような駅が、隣の鶴ヶ峰などいくつかあります。コロナ禍も影響しているよう。

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 改札部にある、発車案内表示です。一番右の4番線が新横浜線で、東急東横線…赤・東急目黒線…青・JR線…緑と、直通先で種別の色を分けています。

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 ホームの駅名標。時刻表・路線図と一体になっています。いかに直通ネットワークが広域化しているか。

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 左が4番線・相鉄新横浜線、右が3番線・本線です。昔は2面4線の退避駅で、時期によってはここで各駅停車の急行退避が行われていた事もあった。両側の1番線・4番線をそのまま、新横浜線に転用しています。ホームドアが整備されています。

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 西谷駅を特徴づけているものとして、ホームの上を横切る東海道新幹線の高架橋があります。昔は一目散に通過する列車がほとんどだったが、今は全列車新横浜停車なので、頭上の通過は皆ややスローです。頭上を新幹線が走っているのに、乗ろうと思ったらこれまでは横浜方面へ大きく迂回しなければならず、乗り換えも必要(対JRも対地下鉄も結構面倒)だったから、この新横浜線全通は、確かに革命的だったと言える。

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 駅の西側の歩道橋から見た、西谷駅。

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 西谷行の設定を可能にした要因として、新横浜線と同時に整備された引き上げ線の存在があります。本線の間に2線あります。本線・新横浜線、どちらからも出入りができます。

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 東側の歩道橋から見た西谷駅です。新横浜線(東急編成)が下っていきます。この真下からすぐ、地下線になります。

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 西谷駅の整備はこれで完了しているが、今後鶴ヶ峰駅を挟んだ、西谷~二俣川間の地下線化工事が行われます。本線は帷子川を渡った先から、地下線に入る事になるが、鶴ヶ峰付近の地形から見て、相当な難工事になるのではないかなあ。

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 さて、西谷駅の周辺というと…、実のところ、目玉になるようなものは、正直何もない…と思う。少なくとも、地元の人以外で、「西谷だから降りたい」と思わせるような要素は。この地図を見ても、あるいは前述のホームの駅名標に記された施設等の名称からも、なんとなくそれが窺えるのではないか。

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 先にご覧頂いた橋上駅舎は、駅の南側でした。これは北側です。南も北も、駅前広場と呼べるものがない。

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 北側には、国道16号線が走っています。慢性的に渋滞気味。

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 なのでバスターミナルと呼べるものもなく、西谷駅前バス停も、国道16号上にあります。市営バスの他、神奈中バス・相鉄バスが経由します。周辺には千丸台団地や笹山団地などの大規模な団地はあるが、ここを通過する系統の大半は横浜駅西口を起点としている。この付近の渋滞もあってどの系統も遅延が少なくないのが難点で、このせいもあってか、減便が相次いでいる。画像は市営バス248系統で、千丸台団地と笹山団地を結んでいます。市営バスは、以前は横浜駅西口~千丸台団地間の62系統(急行運転)を神奈中バスと共に運行していたが、市営バスは撤退、代替で設定した系統になります。

 何もない…だけではミもフタもないので、ちょっとばかし南側を歩いてみました。

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 駅前の通りの街路灯には、今でも新横浜線開通の祝賀の幕が掲げられていました。

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 最近では、「緑の軸」という散策路が整備されているようです。西谷浄水場(近年はJリーグ・横浜FCのクラブハウスがある)まで続いています。

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 駅の南西にある、逆田橋公園。この公園は、保土ケ谷区と旭区の境にもなります。

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 紫陽花が咲いていたので撮ってみたが、やや発色が良くないかな…。

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 帷子川を挟んで反対側にあるのが、田原橋公園。

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 最後に、帷子川。本線及び引き上げ線と交差しています。側壁で遮られているが、11000系が通過しているのがお判りでしょうか。後方の大きな煙突は、旭環境センター。

 という事で、西谷駅とその周辺を、やや駆け足になったが巡ってみました。相鉄自体の営業・運転の面ではさらに大きく貢献する事になるだろう西谷駅だが、それが駅周辺も変えていくだろうか、と問われると、正直ウーン…です。地域交通の拠点としては弱いのが難点で、本当はこの機に再開発等が行われれば良いのかとも思うが、簡単ではない。そういう計画も構想もないようだし。
 ともあれ新横浜線共々、西谷駅が新たな拠点として発展する事が期待されます。それは、相鉄を始めとする各鉄道のダイヤをどのように変えていくだろうか。

(西谷駅とその周辺の撮影は2023(R5)年6月12日)

 なお、相鉄の新ダイヤそのものについては、№2656で書きました。

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 相鉄では現在、全駅へのホームドアの整備を進めていて、西谷は整備が完了しているが、まだという所もいくつかあります。今回東急編成が直通するようになったが、目黒線の編成(ちなみに3020系は今のところ相鉄直通に入らない)には連結面間の柵がなく(相直先も含めて運行全区間にホームドアが整備されていたため)、相鉄線内では応急的に、このような柵をホームに設置した所があります。去年からあるそう。これは星川駅です(土休日に目黒線編成発着あり)。8連停止位置のみ対応、なので各駅とも7か所のみ設置されています。

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《What's New》
 9日 そごう・西武労働組合 ストライキ権投票開始
10日 国際物理オリンピック 日本で初開催 東京都内で開会式
11日 トランスジェンダーのトイレ使用制限 最高裁 国の対応は違法判決
 北九州はまた豪雨で、鉄道の被害が心配だったが、全部見たわけではないから確実ではないが、調べた限りではとりあえず、この豪雨による不通区間の発生はなかったようです(平成筑豊鉄道田川線が徐行で遅延発生と予告している)。しかしまだ全国的に豪雨の警戒を緩める事は出来なさそう。これ以上の被害はカンベンして欲しい、のだが…。

№1999 この列車の行先・終点はどんな場所 9.小川町

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 3月16日は、JRグループ以外でも関東大手私鉄でダイヤ改正があり、新しい運行形態の列車もいくつか見られました。
 東急東横線~東京メトロ副都心線~東武東上線で運行される相互直通列車は、基本的にはほとんど変わりがないが、土休日の早朝に設定がある、東上線内快速急行運転の3本が、行先を森林公園から小川町に延長、東横線から小川町までの列車が走る事になりました。今回はこの終点、東上線の小川町を訪ねてみようと思います。

 東横線からの小川町行は、次の3本の設定があります。全て土休日のみ運転です。

菊名5:49 → 7:32小川町 052052~552K~152K 東横線:急行 副都心線:急行 東上線:快速急行
菊名6:43 → 8:33小川町 055062~655K~155K 東横線:急行 副都心線:急行 東上線:快速急行
元町・中華街7:33→9:33小川町 731072~731S~131S 東横線:特急 副都心線:急行 東上線:快速急行

 1本だけある元町・中華街発小川町行は、100.1!㎞をちょうど2時間で走り、表定速度50.05㎞/h。メトロ持ちのこの列車に乗っても良かったけれど(メトロ編成では、中央林間~南栗橋間を抜いて最長?)、東急の編成が小川町へ、というのが面白いのだから(メトロでも面白いが)、先月の29日、菊名から55K運用に乗り通してみました。

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 菊名駅のホームの発車案内表示装置。東急では、渋谷以外でも液晶式の表示がチラホラ見られるようになってきた。東急の電車が埼玉県まで走るようになったのも、平成の鉄道史の1ページを飾る出来事でしょう。2つ上特急の行先の小手指も、№1378で書いたが、埼玉県所沢市にある西武池袋線の駅です。

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 6時30分を少し回り、上り各停が出て行った所で、小川町行となる55K運用の回送編成が現れました。下り線から直接クロスに進入して上り線に転線し、5番線に入る。引上げ線が10連に対応していない、事もあるが、早朝で回送される列車は同じケースがいくらかあるようで、一つ前に菊名始発で出て行った8連の和光市行各停003062も、同じように下り線から直接5番線への入線でした。東急ではホームに着いてからしばらくして種別・行先が切り替わるのが普通だが、この列車は珍しく、既に「急行 小川町」の表記を出していました。

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 側面の種別・行先表記。東急の電車では、土休日に2回だけ見られる、レア表記。

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 車内モニター。

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 いきなり端折ってしまったが、終点の小川町。
 折返し、855KのFライナー元町・中華街行。東横線からの3本は全て、折返しはFライナーです。
 以前のダイヤでは森林公園が終点になり、始発の小川町行(折返し快速急行)に乗り換えになっていたが、森林公園~小川町間の往復部を、東横線からの直通に建て替えた形です。

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 今の東上線の寄居行は、全て小川町で8000系ワンマン編成に乗り換え。この列車に限らず、小川町の乗り換えは必ず、同じホームの平面移動(1⇔2番線・3⇔4番線)になります。平成が始まった頃は、池袋から6連の特急が直通、さらに秩父鉄道への乗り入れもあったのだけれど。

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 高麗川からのJR八高線高崎行231Dが着きました。キハ110系3連。東急とDCのツーショット!
 なお、東急編成の小川町乗り入れはこれが初めて、ではなく、過去には東武主催のハイキング大会とかがあった時には臨時の乗り入れもあり、他者様のWebサイトを閲覧すると、「ヒカリエ」の乗り入れもあったようです。現行ダイヤでも、たまには「ヒカリエ」乗り入れがあるでしょう。

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 小川町駅のホームの表示。古いタイプになり、「Fライナー」の表記は出ない。

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小川町駅
 改めて、小川町駅。東武東上線で、池袋から64.1㎞。埼玉県の西部に位置する比企郡小川町にあります。1922(T11)年11月5日、武州松山(現東松山)からの延伸時に開業しました。3年後には100周年を迎える事になります。2017(H29)年度の乗降人員は10,151人。駅番号TJ33。未だに平屋建ての駅舎が維持されています。
 JR八高線が接続するが、JRの駅員は存在せず、東武に営業を委託する形になっています。ICカードでJR線に乗車するには、跨線橋にある簡易IC改札機にタッチさせる必要があります。JRの2017(H29)年度の乗車人員は665人(乗降人員は倍にして1,330人程度か)にしかなりません。

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 現在、小川町~寄居間及び越生線では、旧塗装を復刻した8000系が3編成見られるが、当日の運用を、駅舎内で記しています。8000系は老朽化が進んでおり、宇都宮線では20000系の転用により、置き換えが進んでいて、間もなく見られなくなりそうです。こちらはいつまで(20040型にはならないと思うが)見られるでしょうか。

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 こぢんまりしたバス乗り場。左から、イーグルバスの白石車庫行、国際十王交通の熊谷駅行、川越観光自動車のみどりが丘循環。イーグルバスは、ハイキング客の行列が出来ていました。
 3路線とも、平成が始まった時には、東武鉄道のバスでした。小川町にも営業所があったらしい。白石車庫行は川越観光自動車が引き継いだが、さらにイーグルバスの運行へと、30年で2回、事業者が変わっています。イーグルバスはIC不可。
 この他、小川町に限らず埼玉県の各駅(特に北部)はどこもそうだが、ゴルフ場の送迎マイクロバスの出入りが、結構頻繁。

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 バスの待機場所の入り口、一般車進入禁止の看板には、いまだに「東武バス」の4文字が残っていました。

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 駅前からの通りは、「花水木通り」の名の通り、赤白のハナミズキが満開でした。この後もあちらこちらで見かける事になります。

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 観光の拠点となる、観光案内所「楽市おがわ」。レンタサイクルもあります。ただし、通常は月曜日休み。
(今回は、レンタサイクルは使わなかった)

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 まず、旧小川小学校下里分校を目指す。川越観光の小川パークヒル行(1時間に2本程度)に乗車、下里で降ります。学校までの道は、こんなにのどか。山手線の駅から電車で1時間、とは思えないロケーション。

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 槻川の清流。菜の花が咲いている。

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 旧小川小学校下里分校の木造校舎は、下里バス停からだと徒歩10分程度、だろうか。
 この学校は、2011(H23)年3月に廃校になったそうです。比較的最近だが、廃校自体哀しいのだけれど、加えて時期が悪かった…。今はNPO法人が管理しているとの事。
 1ヶ月位前に来れば、桜がきれいだったはずだ。

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 アニメファンには、「のんのんびより」の舞台、旭丘分校のモデルとしてお馴染みのようです。入口には、アニメのキャラを使った案内書きがあります。ただし、校舎内は通常は立ち入り不可。
 アニメに関しては見た事がないから何も言えないが、「お兄さんは埋まってないわね」って、何よ。
 この日の分校は、来場者は多かったが、「聖地巡礼者」の姿はなかったように見えた。

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 その入口から、廊下を撮ってみました。人の出入りがあるのだが、何をやっていたのだろう。

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 かつての用務員棟は、昨年4月に「分校カフェ Mozat(モザート)」となりました。食事や喫茶ができます。営業11~15時。通常は月・火曜日休みだそう。

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 朝食を食べて間がなかったので、ここでは喫茶にしました。豆腐のブラウニーとワッフルに、紅茶のセット。700円。

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 小川町駅方向には、槻川沿いの遊歩道を歩いて行く事もできます。休日らしく、バーベキューの姿も。
 途中に「カタクリとオオムラサキの林」があるが、カタクリは終わっていた。

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 伝統工芸会館(バス停あり)・道の駅おがわまちに寄り道していくが、バス停近くから見える東上線を、「池袋・川越アートトレイン」が駆け上がっていくのが見えました。新ダイヤでは11・12時台に、森林公園行の普通電車が2本設定されています。川越特急編成の森林公園への返却で、森林公園で池袋行の急行に接続。

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 小川町というのは、万葉集にもゆかりがあるそう。鎌倉時代に万葉を研究していた僧侶・仙覚律師が、小川町で「万葉集注釈」なるものをかいたそう。という事で、伝統工芸会館には、このようなメッセージが掲げられているのでした。
 工芸会館では和式漉き体験ができるそうだが、今回はパス。代わりに…。

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 和紙で作られた、「令和元年」のしおりを買ってみました。150円。
 他に道の駅で、地元産の有機ジャムを購入し、ちょうどいいタイミングでやってきた川越観光バスで、駅に戻ります。

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 駅から南西に徒歩10分程、小高い丘の上に立つ、先に書いた「仙覚律師」の碑。

 
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 町の至る所に、万葉集の歌を記した案内板を見る事ができます。
 先の工芸会館のメッセージはあったけれど、「令和」の2文字が万葉集からきているのであれば、もっと町中が盛り上がっているのかとも思ったが、そこまではいっていない。発表から1か月足らずという事もあるだろう。2日後に令和の世が始まっているし、これから何かしらイベントみたいなものがあるのかも知れない。

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 最後に、駅前の「三代目清水屋」。おからドーナツを売っていて、いくつか買って、寄居行の電車の中で食してみました。ザクザクした触感でおいしい。是非。

 という事で、午後の比較的早い時間までだったけれど、小川町の街歩き、簡単だけどやってみました。東武電車の乗換駅だったり、JRとの接続駅だったり、ハイキングの基地だったり、ユネスコ無形文化遺産の細川紙というのは知っていたけれど、思った以上にいろいろ楽しめる場所かなあと思いました。郊外の自然も豊かだし。アニメファン注目のスポットもあるしね。GW中だったが、たいした混雑にならなかったのも幸いでした。電車も東上線は便利だし(八高線は、少なくとも高麗川まではもう少し本数があると良いのだが)、休日の行先としては、格好の場所だったと感じました。電車で、あるいは熊谷からでもバスで、気軽に訪れたい所です。

 とはいってもやはり田舎町風情(ほめ言葉を含んでいますよ)。こんなところにまで東急の電車が、神奈川県から延々乗り入れるようになったとは、時代も変わったよなあと思わされました。

 今回は、2月に発行された東武鉄道の広報誌「マンスリーとーぶ 2月号」(新・駅前そぞろ歩記)が、大いに参考になりました。
(現在、東武鉄道公式Webでバックナンバーを読めます)

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《今日のニュースから》
 9日 次世代新幹線「ALFAーX」 試験車両公開

 JR東日本では、明日夜から宮城県内で走行試験を開始し、その後順次区間を延長していくとの事。「速さと安全性を追求したい」とコメントしているようだが、何かしらの、乗客皆が享受できる、プラスワンのゆとりは、期待できないのだろうか。
 大津の事故は悲惨な事になってしまって、亡くなられた園児2名、およびご家族の方々にはお悔やみを申し上げたいが、この所大きな車の事故が相次いでいるようです。先月起きた高齢者ドライバーによる池袋の事故を受けてか、立憲民主党は、高齢ドライバーには「安全運転サポート車」限定の免許の導入などを検討、提言をまとめる事になった、という事です。ただ高齢者だけでなく、そもそも今の車に依存しすぎた社会は、いろいろな面で弊害が顕著になってきていて、今後はクルマ社会そのものをどうする、という観点で議論がなされるべきではないでしょうか。

№1889 この列車の行先・終点はどんな場所 8.取手

 先日の小田急のダイヤ改正では新しい形態の列車がいくつか現れ、千代田線直通でも存分に見られるようになりました。基本的に日中は向ヶ丘遊園折返しの準急が中心、あとはラッシュ時の通勤準急や各駅停車となるが、改正前の多摩線直通に代わり、朝晩には小田原線で神奈川の県央へ直通する急行が設定されるようになりました。
 その中でも今回は、土休日ダイヤの早朝のみ設定の「急行取手行」から、終点取手駅の表情を書いてみたいと思います。

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 直通先の常磐緩行線は、我孫子までは終日運行があるが、さらに取手まで行くのは朝夕のみ。しかも小田急線が始発となる列車は限られ、さらにそれが本厚木から、となると、土休日早朝の急行3本しかありません。
 最も早い5時48分発2200(→511K)列車は、JRのE233系2000番台になります。2年前から小田急にも乗り入れるようになったが、JRの通勤電車が大手私鉄を走る、初のケースとなりました。「急行」の2文字が、JRとなると違和感ありあり。「急行 取手」は、JR編成では唯一の組み合わせになります。この編成は海老名滞泊で、一旦伊勢原まで回送して、折り返してきたようです。
(本厚木の引上げ線は、各駅停車の編成でふさがっている)

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 E233系の側面の表示。

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 本厚木駅のホームの表示(JR編成入線前)。本厚木駅において「取手」の2文字が表示される事自体は、初めてではない。「急行」となると初めて、という事。

 本厚木始発取手行急行3本は、通常はJRと小田急4000形、メトロ(今は16000系のみ)が1本ずつ。

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 ところが、一番見たかった小田急運用の6時10分発2204(→645E)列車は、なんと撮影日(本厚木駅での画像は全て7月16日 海の日撮影)はメトロ16000系の代走でした(切れかかって見辛いが、運行番号45Eと表示されている)。理由が解らないが、これには少々ガッカリ…。仕方がないけれど。

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 参考までに、16000系の側面の表示。

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取手駅
 改めて、取手駅。ここは以前№1474で、小田急多摩線唐木田行の始発駅として取り上げました。今回は逆になります。
(撮影日:8月13日)
 常磐線で上野から来ると、茨城県で最初の駅になります。2017(H29)年度の乗車人員が27,741人、だから倍にして1日あたり約55,000人の乗降があると考えられます。南柏より少ないのはやや意外。JR東日本全体で152位。
 駅ナンバリングが導入されていて、常磐線快速JJ10、各駅停車はJL32。
 本厚木始発・小田急線内急行の直通列車では、取手まで2時間6~10分。
 西口には駅ビル「ボックスヒル」が建ちます。駅の北側に位置します。

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 西口には関東鉄道バスが発着します。一番多いのは江戸川学園行で、日中は平日15分・土休日20分間隔。他に谷田部方面行、医療センター行が発着。取手競輪場へのシャトルバスも運行されます。大半の系統は今年取手(TK)・水海道(MK)両営業所を統合した守谷営業所(MR)の運行になったが、TK・MKの標記が残った車両も相当数あります。ただ、登録番号は皆つくばナンバーになりました。

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 西口ペデストリアンデッキに掲げられていた、常磐線の東京・品川直通増強を要求する看板。
 いやでも、気持ちは解るけれど、全列車ははっきり無理、でしょ?ここに限らないけれど、人のカネであれやれこれやれ、と一方的な要求を掲げるのは、そろそろヤメにした方が良いのでは…。
(カネだけで済むならまだ良いのかも知れんが)

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 この駅では関東鉄道常総線に接続します。現在、日中は01・16・31・46分出発に統一されているが、全列車単行…。TX開業は、常総線にも多大な影響を与えました。たぶん、JR取手駅にも。

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 JRの取手駅西口。橋上駅舎状ではあるが、東口とは繋がっていません。

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 一方、東口はホーム下にあります。こちらは駅の南側。

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 東口は関東鉄道の他、地元の大利根交通自動車が入ります。北方車庫行が15~20分間隔位。ICカードは利用できないので注意。
 他に関東鉄道が井野団地行や竜ヶ崎行など。他にコミュニティバスも発着。

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 東口は遠隔操作で駅員がいません。「青春18きっぷ」など自動改札を通れない切符の場合は、券売機脇またが精算機のモニターで見せなければ通れません。名鉄の無人駅でよくあるシステムだけれど、この駅は西も東も乗降が少なくないのだから、東口も駅員を常駐させたままで良かったのではないでしょうか?
 
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 取手駅の全体は、こんな感じ。北側の陸橋から撮りました(比較的最近開通したらしい)。手前が関東鉄道常総線、真ん中の2面が快速、(見えないが)各駅停車のホームは一番東です。
 東西は地下通路で結ばれているが、全体的に回遊性があまり良くない気がします。駅を巡る地形も関係しているのだろうが。

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 東口の発車案内表示。一番右の「向ヶ丘遊園」が、新鮮。

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 快速線ホーム。3~5番線の2面4線で、E231系折返しの他、特急待避もあります。こちらは下りホーム5・6番線。

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 各駅停車は1・2番発着。2番線の成城学園前行E233系2000番台と、向こうは折返しの快速E231系。

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 もう一つ、E233系で向ヶ丘遊園行の表示。
 成城学園前も向ヶ丘遊園も、取手駅(に限らず常磐線、ひいてはJR線内)では3月17日改正で初めて見られるようになった行先だが、「学園」だの「遊園」とは、やはりJR線の列車の行先としては、違和感があります。

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 小田急4000形が入ってきました。JRE233系とは、兄弟の関係。

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 小田急4000形は、3年前のダイヤ改正より常磐線に乗り入れるようになりました。大手私鉄の通勤電車がJR線に乗り入れるのも初、また茨城県を走るのも初のケースになっています。3月17日改正時では、取手発着は平日朝夕各2往復、土休日は朝夕各1往復です。

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 3月改正では千代田線⇔小田急多摩線直通は基本的になくなったが、平日の取手発1本のみ、設定が残っています。取手7時42分発754E→6901列車で、小田急線内も各駅停車。

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 唐木田行のホームの表示。

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 各駅停車のホームの時刻表。逆方向で本厚木行というのはないのだが、平日の夕方でさらに遠く、伊勢原まで行く列車があります。

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 利根川橋梁を渡り、唐木田へ向かう小田急4000形。茨城県内といっても、ほんの数百メートルに過ぎないのだが。

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 取手駅の北に位置する、取手ウェルネスプラザ。コミュニティバスの結節点でもあります。関東鉄道運行のポンチョが見えます。

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 利根川橋梁の上流側には、ゴルフ練習場が広がっています。

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 今回は、利根川を渡る渡船「小堀(おおほり)の渡し」を取り上げたいと思います。本来、利根川の対岸は千葉県我孫子市になるが、飛び地のような感じで、取手市域(小堀・取手(一部))があります。元々は地続きだったが、明治時代の改修工事で利根川のルートが変わり、結果この地域が孤立する形となって、大正になって地元住民による渡船の運航が始まりました。その後取手町→取手市の運営となり、現在に至っています。
(水曜日・年末年始は休み)

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 常磐緩行線橋梁のすぐ脇の、取手ふれあい桟橋。

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 小堀の渡しの利用案内書き。ここからは9~16時台の35分に出発(12時台はお休み)。利用料金は大人200円・子供100円。自転車・原付も1台まで乗せられます。
 9時35分の便が近づくと、どこからかオジサンがクルマで乗り付けて、閉じられていた鍵を開けて扉を開きます。やがてエンジン音が近づいて、渡船が来ました。
 しかし、降りてきた客はなし、乗船も、私独り…。ライフベストの着用が義務づけられています。

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 利用料金を船頭のオジサンに支払うと、このような領収書をもらえます。現在は市が民間事業者に委託する形。
 出発も、他に船員とか居るわけでなし、船頭さんが独りで桟橋を蹴っ飛ばす感じです。ちょっと危ないかも、と思ったりする。

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 利根川を下る。風は心地よいが、太陽が雲から顔を覗かせると、やっぱり暑い…。
(冷房が効いた屋内のベンチもあります)

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 小堀桟橋付近の風景は、こんな感じ。真ん中よりやや右手が、乗り場になります。
 小堀からは9~16時台の00分に出発(12時台はお休み)。11時の便で戻る事にして、少し歩いてみました。「利根水郷ライン」と称する道路の交通量が多く、やや耳障り。

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 現在の小堀地域の交通の主力は、取手駅から来るコミュニティバス「ことバス」の小堀ルート。折返し場所があります。バスの開通自体は1999(H11)年だが、「ことバス」に編入されたのは2年前らしい。1~2時間に1本、日中は対岸にある「かたらいの郷」まで行きます。途中我孫子市に越境する事になるが、我孫子市内にはバス停はなく、次は利根川を渡って取手駅東口またはウェルネスプラザになります。バスも決して利用者は多くはなさそう。10時20分発も乗客は乗っていないようでした。

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 古利根沼。これが、遠い昔は利根川でした。対岸は我孫子市で、直線距離では成田線湖北駅の方が近そう。

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 成田つくば航空専門学校。

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 ニュー東豊の観光バスの車庫もあります。本社は我孫子駅の近くらしく、ここは車庫機能のみのよう。一般的な観光バスがほとんどの中、(右側しか見えないが)明らかに元神奈中バスのエアロスターがいます。契約輸送用だろうか。また、一番右に我孫子市コミュニティバス「あびバス」用のローザがいます。昨年から「根戸ルート」を受託しているようだが、今日は運行していないのか、あるいは別車両が代走しているのか?
(帰宅してから調べてみたが、お盆期間中運休、とかとは書かれていなかった)
 取手市内なので、全車土浦ナンバー。

「利根水郷ライン」の交通量は多いが、全体的には田舎ムード。ちょうどお盆休みに入った事もあって、墓参りの姿もあり、お墓のお花も皆、きれいに供えられていました。

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 銚子の河口から、83㎞。

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 11時の便で、取手駅方面へ帰ります。普段利根川を見慣れているわけではないからシロートには解らないが、この日の利根川は増水していて、運行が可能かギリギリの水位、なのだそう。取手が晴れでも上流の群馬とかで大雨だと欠航にせざるを得ず、油断はならないそう。
 帰りの便も、客は私独り。領収書の番号から見て、10時台の1往復は誰も乗らなかったはずだ。

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 ふれあい桟橋まで乗りました。行く手には、常磐線の利根川橋梁。
 緑地運動公園駐車場の桟橋も乗降、なし。それでも船頭さんはキチンと、時間になってから、他に客が来ないかと見に行って、それから出発させました。

 お盆休みのせいもあるのか、この時期の利用者はほとんど居ないそう。土日だと観光利用がチラホラあるそうだが。バス開通までは通勤・通学利用も多かったようだが、今は観光・行楽の利用に期待がかかっているよう。ただ、かなり細々とした体制でもあり、正直な所いつまで…、というのが、実感としてありました。存続の是非を論じる立場にはなく、乗れる内に乗りに行きましょう、という所でしょうか。利根川の渡船はもう2ヶ所しかないし(ここと、上流の赤岩渡船)、通勤電車の駅から歩いて乗りに行ける、かなり貴重な渡し船でありますので…。

 取手駅は、快速線は直流電車の終点でこの先に交直セクション、緩行線はここまで、後は関東鉄道常総線乗換駅、鉄道ファンだとその位しか認識はないかも知れないかなあ。私も、特にバスの撮影で何度も降りた事があるのに、小堀の渡し以外、正直何があるかあまり知らなかった。今回は他の名所・名跡をまわる機会がなくて、もう少し取手を知る余地はあったのかと思います。それでも、小堀の渡しの乗船は、貴重な体験でした。今後も、こんな体験ができる、電車の「終点」を探し、訪ねて行こうと思います。

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《今日のニュースから》
15日 リオ五輪代表選手に暴力 コーチ無期限登録抹消
16日 倉敷市真備支所 41日振り全業務再開
17日 日本貨物航空 改善措置報告書提出
18日 飛騨川バス転落事故から50年 慰霊塔前で法要

 山口県で行方が解らなくなっていた2歳の男の子、無事見つかって本当に良かったです。私は親ってやった事がない独身だけれど、息子・娘や孫、といってもおかしくない位の子供が行方不明になってしまった、というニュースには、敏感になる歳にはなりました…。
 ジェノバの高架道路崩落は、内外に様々な波紋を投げかけています。直接の原因ではないと思われるが、残った部分の高架橋を支える橋脚が、ずいぶんと貧弱に見えました。かなり高いので、景観を重視したのだろうか?早くも責任を追及する声が政府から聞こえてくるようだが、まだ救助作業が続いていて、原因の究明もこれから、という段階で、いくら何でも早過ぎはしないか?なにか右派政権の政治的思惑が透けて見えるのは、気のせいでしょうか?

№1733 この列車の行先・終点はどんな場所 7.上総一ノ宮

 横須賀線と総武線の快速電車が東京をスルーする相互直通運転を1980(S55)年に開始して、今年で37年になります。「湘南新宿ライン」「上野東京ライン」や、西武・東武~メトロ~東急など、首都圏の鉄道網で昨今範囲を拡大する長距離相互直通運転の先駆けとなりました。
 横須賀線は、東京~大船間で東海道本線から線路を分離、新たに品川~錦糸町間に建設された地下線を経由して総武快速線に直通、神奈川県から千葉県に直通で電車が走ります。千葉・津田沼の折返しの他、さらに総武本線や成田線、内房線、そして外房線まで長距離の直通が走るようになりました。
 今回はこのルートの直通運転の千葉県側の終点の一つ、外房線の上総一ノ宮について書きたいと思います。

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 外房線の快速は、直通運転開始の時点では大原まで入っていたが、現在は上総一ノ宮まで。
 日中は京葉線直通に振り返られて基本的に朝夕の運行になり、上総一ノ宮発着の総武線快速は、朝夕を中心に10往復が設定されています。

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 一番遠い始発駅は当然、横須賀線の久里浜になります。営業キロ155.5㎞(武蔵小杉経由の実キロ)は、東海道本線の東京~蒲原間、東北本線の東京~那須塩原間にほぼ匹敵します。グリーン車2両込みのE217系基本編成では最長距離の運用、でもあります(付属編成では逗子→鹿島神宮の170.9㎞)。
 平日は下り5本・上り4本、土休日は下り5本・土休日6本の設定があります。所要時間は列車によってバラつきがあって(逗子での増解結やNEXなどの待避などに左右される)、だいたい3時間前後。最速は土休日の1938S~1939F~4939Fで、2時間45分です。
 先日、「青春18きっぷ」1日分を使って、久里浜から上総一ノ宮まで乗り通してみました。来月書きます。

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 京葉線E233系の上総一ノ宮行もご覧頂きます。元々朝夕に設定があったが、総武線快速との振り替えで、日中にも見られるようになりました。京葉線の方は、勝浦まで行く列車もあります。

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 側面の表示。やや見づらくなってしまいました。JR東日本の行先表示は、狭いスペースに情報を詰め込みすぎ。

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 終点の外房線・上総一ノ宮駅。長生郡一宮町の中心の駅、ではあるが、平屋建ての、普通の田舎の駅のたたずまい。
 バス停のスペースに車を止めちゃっていいいの?でもこのスペースから出る小湊鉄道一宮海岸行は、平日の15時00分と16時00分、2本しかありません。反対側も平日に大多喜車庫行3本、土休日に茂原駅行1本のみ。コミュニティバスもなく、町内の公共交通機関事情は、正直お寒い。

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 駅舎内。こじんまり。

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 ホームは2面3線。この駅は、駅舎側が3番線で、駅から離れた方が1番線です。房総では他にもあったと思うが、通常上下関係なく主要駅舎側から1・2…と振るJRとしては珍しい。全て15連対応で、駅舎は下り寄りにあるので、上り寄りは駅舎からかなり遠い。
 一番右の3番線にいるのは〔わかしお12号〕、2番線は京葉線快速(と言っても外房線内各駅停車)4212A(~1212A)東京行。

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 下り側の踏切からホームを見ます。左の1番線は総武線快速4144F(~1144F)東京行、右の2番線は、先に着いていた〔わかしお5号〕の増結車両で、ここで切り離されていました。

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 コミュニティバスはないが、夏期に限り、「町内循環バス」が運行されます。観光客目当てらしい。2コースあるが、曜日によってルートが異なります。1日に内回り・外回り2週ずつ。今シーズンは9月18日まで運行。冬期も運行があるらしい。無料です。

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「バス」と言っても、地元のタクシー会社による、白ナンバーのワゴンの運行。発着は、駅舎とは反対側の東側の広場。

 一宮町観光協会では、駅を起終点とする、約1時間の周遊コースを提案しています。そのコースに沿って、歩いてみました。

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 玉前神社の門前にある「赤七屋」。かき氷を中心としたスィーツを中心に提供するお店で、古い土倉を使っている。店内のスペースが小さく、かなり待たされるらしい。無論それだけオイシイはずではあるが、「待つ」という行為はどうも苦手なので…。

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 玉前神社の鳥居。駅からここまで10分程度。

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 本殿。黒漆がツヤツヤでピカピカ。これは美しいし、すごい。

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 本殿は「平成の大修理」が行なわれていて、この春(3月20日)に完成したばかりなのでした。

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 境内の「はだしの道」。
 裸足で玉砂利の道を3周すると願い事が叶うらしい。入り口にはこんな事が書かれています。

一周廻りて無垢となり
二周廻りて気を入れて
三周廻りて気を満たす


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 その道すがらに、二つの碑が並んでいます。左は西南戦争記念碑、右は征清紀年碑。

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 境内を降りた所にある「さざれ石」。無論「君が代」で歌われているものだけれど、結構日本のあちらこちらにあるものだ。

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 玉前神社から徒歩5分程度、坂道をフウフウ言いながらたどり着く、観明寺。これは本尊。

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 こちらは金比羅堂。

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 さらに住宅地の中を行くと、城山公園に着きます。北側にある、メインの入口と言える大手門。

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 この公園は、一宮城の跡に造られています。その城の説明書き。
 右側に本多忠勝(大多喜の領主で、後に徳川家康の側近となる)の名前が見えます。大河ドラマで去年の「真田丸」では藤岡弘、が、今現在の「直虎」では高嶋政宏が演じているが、この人を主人公にした大河ドラマを作ってくれ、という運動を大多喜町が起こしている、というのは、春先にいすみ鐵道で大多喜に着いた時に目にしました。

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 城山公園の広場。春先は桜が美しいそうだ。

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 階段を上がって振武館の脇の道を行くと、一宮の市街地を見下ろす場所に出ます。海も見えます。
 下の広場は一宮小学校の校庭。振武館の下のトンネルを抜けると校庭に出るが、通り抜けはしない方が良いでしょう。

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 ちょっと小さくなってしまっているが、JRの電車を見る事もできます。1時間後の大船始発3845Fです。

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 加納久宣公の墓。一宮の藩主でした。
 この墓の前の道を下って、市街地に抜けるのが良いでしょう。

 ちょっと大変だったけれど、一宮海岸にも行ってみました。駅から徒歩で30分弱。前述の通りバス便はないに等しく、臨時のバスとかもないので、車がなく、タクシーも利用しないなら、たとえキツくても歩き以外に道はない。

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 何とかたどり着いた、一宮海岸の北側。
 ここは海水浴場ではなく、遊泳は禁止。ただ、サーファーが多い。マイカーがずらりと並んでいます。サーフボードを持参する必要があるので、残念ながら電車・バスの乗客にはなってもらえないでしょう。
 県道沿いには、サーファー目当てのショップや飲食店もいくつか並んでいます。

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 海岸の南側。
 なお、東京オリンピックのサーフィンの会場となる釣ヶ崎海岸はこの向こうで、電車では一つ先の東浪見が最寄りになります。

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 駅と海岸を結ぶ道路の途中、このような津波を想定した標識もあります。延宝地震(1677(延宝5)年)の地震の時は赤い線の所まで津波で浸かった、という事だろうが、6年前のような大津波だと、こんなものでは済まないだろうと思う。少なくとも城山公園の振武館あたりまでは逃げないといけないかも。

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 町のあちこちで、五輪のサーフィン開催決定を歓迎するポスターが見られました。
 サーフィンだけなのでそんなにたくさんの観客が来る事はないかも知れないが、それでも世界各地から人々が訪れる事になるでしょう。その時、外房の田舎町・一宮町は、一宮駅は、外房線は、横須賀線直通総武快速電車にはどのような変化が起きるのでしょうか。楽しみに観察していきたいと思います。

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《今日のニュースから》
27日 阿蘇長陽大橋 1年4ヶ月ぶり再開
28日 羽田孜元首相 死去
29日 インド ムンバイ郊外で列車脱線 10日間で3度目

 北朝鮮のミサイル発射で、6時過ぎのあさのTV・ラジオ番組はこの報道一色、通勤の東海道線は10分位の遅れが発生しました。今の東海道線は、栃木県・群馬県から来るからね…。この程度で済めば良いのかも知れないが、これからはこの手の事態が発生する度に、いろいろな面で憂鬱な思いをしなければならないのだろうか。
 ヒューストンの豪雨災害は、TVで見るだけだと正直緊迫感が今一つ伝わりにくいのが正直な印象だが、相当凄まじい事態になっているようです。「ミリ」じゃなくて「センチ」単位で雨が降り続いているとか。空港も閉鎖されていて、ANAはヒューストン便全便が今月一杯欠航と発表しました。UAも欠航になっています。確かに雨が凄すぎるのもあるだろうが、ヒューストンの街の構造自体に、何か構造的に重大な欠陥があるのではないでしょうか?米第4位の大都市にしては、どこか事前の備えがお粗末にも感じられます(東京は大丈夫?)。
 米ハリケーン災害の報道を見る度に思うのだが、米ではハリケーンに「カトリーナ」「サンディ」「ハービー」とかと人の名をつけるけれど、これって、子供のイジメのタネになったりはしませんか?日本で「台風マサヒト」が甚大な被害をもたらしたら、日本全国のマサヒトくんが辛いイジメに遭う事になりそうな気がする。彼の地ではどうなっているのだろう?

№1712 この列車の行先・終点はどんな場所 6.南栗橋

 勇んで始めたこのシリーズ、なのに、去年初頭の唐木田(小田急多摩線)以来、何と1年半も間が開いてしまいました。「今年も、こんな感じで…」と結んでいたのに。
 久しぶりにやります。今回は東武日光線の南栗橋です。

 元々1986(S61)年8月26日の開業時より、検修基地が置かれた事で、ここを終着とする列車が設定されました(それまでは幸手行が走っていた)。2003(H15)年3月の地下鉄半蔵門線・東急田園都市線相互直通運転開始時に、この駅まで直通列車が設定される事となり、神奈川県大和市の中央林間駅からここまで、98.6㎞の長大な直通運転が実現する事になりました。
 田園都市線から埼玉県の奥まで通しで列車が走る事になるなど、2~30年位前には想像できなかった事。

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 田園都市線からの東武スカイツリーライン(伊勢崎線)直通は急行・準急・各停合わせて1時間に6本前後の設定があるが、久喜行と分け合うため、南栗橋行は、現行のダイヤでは、1時間に2本程度(30分間隔)。日中は全部各駅停車です(逆は準急)。東武線内は全て急行または準急です。
 この他、2013(H25)年改正から、日比谷線直通も1時間に2本程度、南栗橋まで運行されています。
(東武動物公園で、久喜発着の急行と接続)

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 8500系の「南栗橋」行表示。直通編成は全てLED改造されているが、それにしても5000系はともかく、8500系が東武鉄道に乗り入れる事になったのも、ややショッキング?な出来事でした。そこまで考えて設計されてはいないはずなので。

 南栗橋と直接関係ないが、長らく疑問なのだけれど、田園都市線の各駅停車はなぜ、種別表示を出さないのだろう?「各停」の2文字を出すとまずい、という理由が思い浮かばないのだけれど…。東横線、目黒線、大井町線は出しているのだし。

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 中央林間駅の改札内コンコースの表示。駅では「各停」の2文字があるのだが。

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 現行のダイヤでは、日中は長津田で久喜行急行の待避があります。南栗橋駅は以前は栗橋町だったが、2010(H22)年3月23日の「平成の大合併」で、久喜市になりました。従って東武動物公園から先、直通運転の終点は両方向とも久喜市内になります。

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南栗橋
 改めて、南栗橋駅。2015(H27)年度の乗降人員は8,867人、東武本線の南側の駅としては、少ない方でしょう。駅番号TN03。 橋上駅舎です。こちらは東口。
 中央林間からの最速は、土休日の614K・1750T・2280Tで2時間06分。列車によってかなりバラつきがあるが、やはり東急側・東武側とも急行でないと、早くはならない。

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 駅舎内のコンコース。広いが、日中は閑散とした感じ。

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 一方こちらは西口。

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 駅に発着する路線バスは、東口からの五霞町コミュニティバス「ごかりん号」のみ。五霞町は茨城県の町で、県境を越えてきます。月~土曜日に12.5往復運行(日中の4往復はルートが異なる)、日曜日運休。朝日自動車が受託、PASMOなど全国相互利用ICカード利用可。
 また、久喜市のデマンド交通「くきまる」の停留所標識もあるが、時刻・ルートなどは一切記されていない。久喜市内在住者のみ利用可能。
 この他、ボートピア栗橋(競艇の場外発売所)への送迎バスも発着(中田観光バス(中田商会)が受託)。
 西口はバス発着なし。

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 はっきり言ってしまうと、駅付近はほとんど何もありません。一番目立つ施設が、東口から徒歩5分程の、済生会栗橋病院。コンビニでさえ、病院より遠い場所にセブン=イレブンがあるのみ。後は西口に小規模なドラッグストアや学習塾、その他飲食店がいくつかあるようだが。

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 西口には東武鉄道埼玉事業所があります。分譲住宅に関わっているようです。とにかく駅付近はほとんどが閑静な住宅地、駅の乗降客の大半は、この住宅地の住人なのだろうと思われます。全体的な乗降人員があまり多くないのは、このためかも知れません。

 という事で、この駅の改札口を通過する旅客はラッシュ時以外、それほど多くはなかろうと思われるが、一方でこの数年の日光線一般列車の運行形態の変更により、乗換のお客さんがホームを賑わす事はかなり多くなったと思います。特に先日、4月21日のダイヤ改正で、一般列車は完全に南栗橋で分断された上、快速・区間快速が廃止になった事で、さらに様変わりした事だろうと思います。

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 上下ホームとも、こんな感じで一般列車の到着の度に、乗換の乗客がホーム上を移動するシーンが見られるようになりました。

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 快速・区間快速の廃止により、6050系は南栗橋より南、スカイツリーライン区間には入らなくなりました。
 一方で南栗橋発着の急行(下り)・区間急行(上り)の他、普通列車も新栃木より北、東武日光方面への直通が多数設定されるようになり、6050系の南栗橋折返しは頻繁に見られるようになりました。6050系で「南栗橋」行は、たぶん初設定。
 南栗橋~新栃木間は10000系と併用です。10000系は、2+2の4連が頻繁に見られるようでした。本来の増結運用がほぼなくなったからと思われます。左の新栃木行もそうです。

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 ホームの表示。

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 2ドア(6050系)運用の列車の案内表示も見られました。急行は全列車、普通も新栃木より北、東武日光・新藤原・新鹿沼行は全列車で、新栃木行でも一部に見られます。

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 改めて、上りホームの乗換。区間急行から、浅草行区間準急への乗り換えになります。

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 上りホームの乗車目標です。日比谷線直通の20m車7連の運用開始で、目標案内が新しくなったようです。一方で在来車の5ドア(20050系・03系)の目標も残っています。両者を一度に目にする事ができるのも、今の内です。
 なお、下りホームの乗車目標は4両分しかありません。南栗橋より北の一般列車は、(少なくとも定期列車は)いまや全て4連という事です。

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 上りホームの発車案内表示。「Chuo-rinkan」の行先表示も見られます。
 左側、2番線の11時08分発中目黒行は「7両」、つまりメトロ13000系が来る事を予告しているのでした。
「当駅発」の文字があるが、今の南栗橋駅は、上下とも全列車「当駅発」です。

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 6050系は南側の引上げ線で折返し。
 03系中目黒行が出発。どちらも廃車が発生しており、この顔合わせが見られるのも、あとわずか、でしょうか。

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 駅の北側に車両管理区・工場の敷地が広がっているが、その敷地と駅のちょうど境界を東北新幹線が横切っていきます。E5系が通過。

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 最後に南栗橋検修区。6050系が接続を受けて出発。東急8500系の姿も見られます。

 ホームの乗換、特に下りの6050系急行へ乗換の様子を見ていると、快速時代と同様、結構大荷物の乗客が6050系の入線を待つ様子が見られました。今回の快速系の廃止・南栗橋での分断は、やや行き過ぎた感があります。なにより南栗橋での乗換が中途半端に思えました。今後スカイツリーライン区間でもホームドア設置、という話が出てくる可能性があり、それを見据えての事かも知れないけれど、やはり浅草~日光・鬼怒川間通しの一般列車の設定(しかも快速で)を継続して欲しかった。この際、10000系などの通勤形でもやむなしだから。乗り継ぎとしても、栗橋か、新栃木で、とは行かなかったですかねえ。10連の急行が新栃木まで行くのは非現実的かも知れないが。もう一工夫欲しかった、との感はありました。
 まあ伊勢崎線側もそうだが、東武はこの10~15年で、南北の格差が大きくなった、という事はあるのでしょう。

 今回は、「南栗橋はこんな所」というより、先日4月21日ダイヤ改正のレポートっぽくなりました。肝心の南栗橋駅自体が、はっきり言って周辺に観光の目玉みたいなものが何もなく、栗橋病院への通院や、五霞町コミュニティバスあるいはボートピア送迎バスへの乗り継ぎ客、後は利根川付近の散策に行く感じのグループの姿は見たけれど、ほとんどは地元の住宅地の住人。駅の改札を出入りする乗客はやはり多くはならないか。今後も一般列車の中継点としての役割の方が、大きくなっていくのでしょうか。

 大見得を切って初めて見たこのシリーズも、前回から1年半も空いてしまってお恥ずかしい。今後は、機会をみてのんびりやっていきましょうか。しばらくは関東地方の行先ばかりになってしまうと思いますが、どうかご了承くださいませ。

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 JR久大本線で、先日の豪雨で流された久大本線の鉄橋は、復旧まで最大3年かかるかも知れないとの事。豊肥本線は熊本地震の影響でいつ再開できるか見込みさえ立てられないままで、九州を横断する鉄道は、2路線とも長期不通が避けられない見込みとなりました。ここに限らず、昨今は状況を把握し、ある程度でも復旧の見込みを立てる事さえ難しくなっている災害が、急に増えて来た気がします。
(「ななつ星in九州」、どうするんだろう…。〔ゆふいんの森〕は、13日から小倉・大分経由で2往復運行)

《今日のニュースから》
 9日 京セラドーム大阪 スタンドから鉄パイプ落下 オリックス中島選手打撲
10日 加計学園獣医学部新設問題 衆参両院で閉会中審査
11日 「時差Biz」都内でスタート 小池知事視察

 東急田園都市線では今日から臨時特急「時差Bizライナー」を運行しています。中央林間6時04分発押上行、田園都市線内は長津田・あざみ野・溝の口(東急以外の鉄道が接続する駅)に停車。来週まで火~金曜日運行。早朝ゆえ、利用率が注目されます。

№1474 この列車の行先・終点はどんな場所 5.唐木田

 前回の小手指から少し間が空いたが、久しぶりに電車の終点を目指します。今回は小田急多摩線の終点、唐木田です。

 多摩線は小田原線を介し、東京メトロ千代田線への直通運転を行っています。日中は多摩急行が30分毎。
 綾瀬よりさらに先、JR常磐線を発着する列車もあります。常磐線(各駅停車)は通常我孫子始終着だが、朝夕は茨城県の取手を発着する列車もあります。
 そして取手から唐木田を目指す列車が、現行では平日ダイヤのみ2本あります。6時52分発670S(~3703)と、18時36分発1888S(~3751)。
 茨城県の駅 … と言っても利根川を渡ってすぐだが … で東京の多摩の、正直あまり著名でない駅名を示されて、具体的に「どこにあるの?」と解る人は、あまり多くはないのではないかと思います。

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 今年1月4日、取手駅で撮影した670S。今年最初の平日ダイヤの日であり、最初の取手発唐木田行になります。
 左手に常磐線快速の上野行E231系。一番左のE657系は回送。

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 常磐線内は各駅停車なので、行先だけのシンプルな表示。

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 ホームと、改札を入った先のコンコースの表示。勝田と唐木田の地名が並ぶのは、なんとなく不思議。

 小田急線と常磐線を両方走れるのは今の所メトロの車両だけだが、現在小田急4000形とJRのE233系が全区間相互直通できるように準備を進めていて、既に相手の路線への試運転も行われています。
 次回3月26日の改正で3社完全相互直通が実現しそうだが、小田急編成は、取手への乗り入れはあるのだろうか?実現したら、大手私鉄の電車が茨城県を走る初のケースになります。

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唐木田駅
 東京都多摩市にある、小田急多摩線の終点です。長らく終点の時代が続いた小田急多摩センター駅より、1990(H2)年3月27日に延伸開業。早いもので四半世紀経ちました。
 2014(H26)年度の乗降人員21,004人。小田急全体で50位。小田急的には少ない方です。駅番号OT07。
 670Sに乗ると、取手から1時間57分。1888Sだと1時間53分です。この駅からの取手行は、平日・土休日とも午後に1本ずつあります。

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 改札からホームに向かうコンコース。ドーム状の屋根が印象的。

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 コンコースの発車案内表示。

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 現状の時刻表。現行ダイヤでは、日中は1時間に多摩急行2本、新宿行区間準急2本、新百合ヶ丘折返し各駅停車4本が設定されています。

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 ホームは2面3線。終着駅だが、線路はこの先唐木田車庫までつながっています。

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 駅前に発着するバスは、多摩市ミニバス東西線のみ。永山駅を起点とする循環路線で、京王電鉄バスが運行しています。45分毎。通常は専用ラッピング車で運行されるが、撮影した便は一般車の代走でした。

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 駅前広場は公園風。

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 その一角にある、朝倉響子作の銅像「Jill」。

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 駅前の高架橋から見下ろす、唐木田車庫。
 左側に千代田線の編成が4本並んでいます。この画像の撮影時、千代田線でのトラブルのため多摩急行の運行が取り止めになっていて、運用ができなくなったため、車庫に収容されたままになっていました。
 多摩線には、相模原中心部への延伸の構想があります。実現した場合、一番左の2線が本線に転用される事になりそうです。いつか、そんな日が来る事があるのでしょうか。

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 徒歩で5分程、南多摩尾根幹線道路を渡った先にある、大妻女子大学多摩キャンパス。駅の乗降のかなりの部分は、個々の学生が占めているようです。通常は一般には解放されていません。

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 唐木田稲荷神社。住宅地開発により一時他の場所に移転していたが、平成になって現在の場所に戻ってきたという事です。

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 住宅地の中にいくつか公園があります。これは李久保(すももくぼ)公園。手前の大木はシラカシ。「あらたの辻」という地名があった事を記した案内板と共にそびえています。

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 榎戸公園。

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 駅の西側は丘陵地帯になっています。大半はゴルフ場「府中カントリークラブ」だが、CCと住宅地の間に、「からきだの道」と称する散策路が設けられています。北側の入口公園。多摩丘陵病院の近くでもあります。

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 展望台があるが、木々が成長したためか、完成当初と比べて展望はやや良くなくなったようです。

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 梅が咲いているのを見ました。今冬はここまでは暖冬傾向だったので、早く咲いてしまったのでしょうか。

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 からきだの道の案内図。

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 散策路は結構アップダウンが厳しいです。平日で、しかも雨交じりの天候とあっては、他に出会う人はいませんでした。

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 最後に、駅を出てすぐ右手にある「ブリューエンサンド」。やや簡素だけれど、清潔感或るサンドイッチ店。イートインもできて、各種サンドの他にラーメンやカレーもあります。学生割引もあるそう。

 大学とか、散策路などはあるが、全体的には閑静な住宅地の中の駅、という印象を持ちました。
 3月26日からの新ダイヤでは、日中は多摩急行に変えて千代田線行急行20分毎、線内折り返し各駅停車10分毎という事になるようです。メトロホームウェイは取り止め。女子大生が多そうなので華やかさもあるが、もう少しお客さんが多いといいかなあとも思いました。

(撮影:取手は2016(H28)年1月4日 唐木田は2016(H28)年1月12日)

 今年もこんな感じで、回数は少なくなるが、列車の正面や側面に書かれた行先の駅の周辺、どんな場所なんだろう?みたいな事を探し続けてみたいと思います。他地域もやりたいが、当面は関東地方が中心になります。その辺はご勘弁を。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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《今日のニュースから》
26日 日比谷線銀座駅 通気口から煙 全線で一時運転見合わせ
27日 南海線浜寺公園駅舎営業終了 セレモニー実施

№1378 この列車の行先・終点はどんな場所 4.小手指

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 東急東横線・みなとみらい線とメトロ副都心線、さらに東武東上線、そして西武池袋線の相互直通開始から、早いもので2年以上経ちました。
 相直開始前の東横線は、上りのほとんど全てが渋谷行だったものが一夜でガラリ一変、見慣れぬ西武や東武の電車と共に、見慣れぬ地名が列車の前部や側面、駅の表示に現れ、お客さんも相当戸惑った事だろうと思います。
 2年以上経って少しは馴れたのだろうとは思うが、それでも行先によっては、「あれ、ここってどんな所なのだろう?」と思う場所も、少なからずあるのではないでしょうか。
 今回はそんな、少なくとも東横線・みなとみらい線ではまだ珍しく見えるだろう、西武池袋線の小手指を取り上げてみます。
 やや風変わり?な響きの地名、無論我々「鉄」には、西武の車両所(車両基地)がある所として馴染みだし、西武線沿線だったらたいていの方々は知る所でしょう。
 これが神奈川の住民となるとあまり知らん、となろうが、一方で、歴史のファンだったら、ある程度は聞いた事があるのではないか?小手指は、そんな駅名、場所です。

 
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 現在のダイヤで東横線からの小手指行は、平日は特急5本・通勤特急1本・急行7本・各停2本で合計15本、土休日は特急16本・急行3本・各停6本で合計25本あります。大半は東急・メトロ・西武の10連運用で、東急・みなとみらい・メトロの8連運用は朝晩に数本あるだけです。西武線内では通勤車の特急はないので、東横・みなとみらい線内の「特急」+「小手指」の表示は、珍しく感じられるでしょう。

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小手指駅
 小手指駅がある西武池袋線は、今年開業100周年を迎えた古い路線だが、小手指駅は1970(S45)年11月20日と比較的最近の開業で、まだ半世紀に満たない。駅番号SI19。開業時より、車両所(車両基地)を併設している。1日の乗降客46,571人は、西武全体で18位。特急「レッドアロー」以外は全列車が停車する。

 東口からは、西武バス路線が発着します。市内の椿峰ニュータウン・早稲田大学・西埼玉中央病院行や大六天循環の他、入間市の宮寺西行、金子駅入口行の発着もあります。最近大規模な再編成が行われて、市外へ行く便は少なくなり、箱根ヶ崎駅行はなくなりました。椿峰ニュータウン行(所沢〔営〕)以外は、飯能〔営〕が担当。

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 小手指駅は2面4線。日中は快速急行(東横線の特急の直通)と各駅停車の相互接続があります。

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 西側の陸橋から見る、小手指車両基地。
 ヘッドマーク付きの20000系は、西東京市のラッピング編成。折返し列車は、その左の引き上げ線での折返しが主で、ここではメトロ10000系が見えます(架線柱が邪魔だが)。
(ダイヤによってはホームで直接折り返す事も)

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 南口のクレープ店。メニューが豊富。
(イチゴのメニューは12~5月のみ)

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 一方北口は、路線バスは所沢市コミュニティ「ところばす」のみ。「西路線」(航空公園駅~狭山ヶ丘駅)が入るが、本数は少ない。
 メインになるのは、西武総合企画が運行する、早稲田大学所沢キャンパス行の送迎バス。以前は全便南口から発車していたが、今は午前中は北口からの発車。学生などの、学校関係者以外は乗れません。このバス、西武バス一般路線車からの転用なのは明らか。「IC」マークが残ったまま。

 小手指駅界隈はこの数年、高層マンションが駅前にいくつも並ぶようになりました。ちょうど10年前、埼玉県に短期間居住して、所沢市内で仕事をしていた事があって、小手指駅前も何度も足を延ばしているのだが、その頃とは大分雰囲気が変わりました。駅自体はあまり変わっていないが。

 歴史的に「小手指」というと、駅の南西にある古戦場でしょう。その跡地は、南口から西武バスで行きます。
 1番乗場からの早稲田大学・宮寺西・西埼玉中央病院行で約5分、誓詞橋(せいじがばし)で下車。

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 古戦場の碑は、バス停から少し戻って右に入り、学校の前を通って、保育園の向かい側にあります。

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 傍らの、古戦場の説明書き。
 鎌倉時代から南北朝時代にかけて何度か合戦が繰り広げられたが、特に1333(元弘3)年の、新田義貞の鎌倉攻めが有名です。新田軍はこの地で鎌倉幕府軍と三十数回もやりあった後、分倍河原まで幕府軍を押し込み、一気に鎌倉まで攻め寄せ、鎌倉幕府を倒した、そのような事が記されています。

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 背後にこんもりそびえる「白旗塚」。新田義貞が、源氏の象徴の白旗を掲げたという由来があるそうです。

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 白旗塚はてっぺんに上る事が出来ます。地盤は最近、地元の学生らの手によって修復が行われたそう。

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 この付近ではもう一つ、古戦場碑のすぐ近くに、「埋蔵物文化財調査センター」が立っています。

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 知らなかったのだけれど、所沢は結構遺跡が多くて、そこから出土した埋蔵物を展示しています。「吉野ヶ里」や「三内丸山」みたいな全国区の物はないけれど、地図を見ると、地方道の「所沢青梅線」の沿線に、特に遺跡が多いようでした。2Fでは、出土品の修復などの作業が、熱心に行われていました。

 
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 ここでは遺跡とは別に、「ミヤコタナゴ」の飼育がおこなわれています。「ミヤコタナゴ」は国の天然記念物に指定されているが、所沢市では1983(S58)年を最後に自然状態での生息は確認されていない。卵を孵化するのに必要な二枚貝の繁殖ができる状況にならない限り、これら飼育されている「ミヤコタナゴ」を還す事もできないらしいです。
 センターは8:45~17:00オープン。ただし土休日等は休み。

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 誓詞橋。国道463号線「所沢入間バイパス」の「誓詞橋」交差点をクロスするように流れる小河川の橋。名前からは何か曰くみたいなものも感じるが、現状は全然目立たない、ごく普通の欄干が歩道の脇に立つだけ、そんな感じ。

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 誓詞橋バス停。小手指からの西武バスは、誓詞橋交差点から早稲田大学・宮寺西行は左折、西埼玉中央病院行は右折。

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 早稲田大学所沢キャンパスの校舎。小手指駅からバスで15分程度。
 宮寺西行の場合は、「芸術総合高校」で降りて坂道を歩いて行けばたどり着きます。

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「早稲田」と言えば、大隈重信。所沢にも像があります。

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 構内は広く、グランドと野球場もあります。野球場では地元の方々を対象としているのか、太極拳の教室が行われているようでした。

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 最後に、バスターミナルで待機する、早稲田大学の送迎バス。
 西武総合企画が運行する送迎バスは、現状では、1.元から送迎バスとして導入されたスペースランナー、2.西武バスの一般路線用から転用されたエルガ・ワンステップに大別できるようです。
(この他、特定の便で運用される、バリアフリー対応のワゴン車あり)
 送迎バスは広い屋根が整備された乗場があるが、一般路線〔小手02〕系統は、歩道上にパス停のポールが立つだけ。便数は一部を除いて少なくはないです。

 古戦場跡や早稲田大学は解っていたつもりだったが、遺跡が多いとは、今日に至るまで全く知りませんでした。馴染みの列車の行先の近くに、これだけのものがあろうとは。たまには乗り物から離れ、こういう所を訪れ、見聞きして理解を深める(…深まったのかな…?)事も必要と、改めて思わされました。今後も、このような列車の「終点」を訪ねて行きます。

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《今日のニュースから》
 3日 須崎市ご当地キャラ「しんじょう君」 台湾でPR 
 4日 サッカー武藤嘉紀 結婚を発表

№1342 この列車の行先・終点はどんな場所 3.古河

 JRの「上野東京ライン」が開通して1ヶ月が経ちました。
 突然西武や東武の電車が走り出した2年前の東急東横線とは違い、東海道線も宇都宮・高崎線も同じ電車だし、既に湘南新宿ラインもあるからビジュアル的なインパクトは小さいが、それでも東海道線で言えば、3月13日まではほとんど全て東京行だったのがガラリ一変、一転してほとんど全てが宇都宮・高崎線への直通になり、行先表示には多くのお客さんが戸惑う事だろうと思います。
 既に湘南新宿ラインで見られる行先もあるが、上野東京ラインでは新たに新前橋・深谷・黒磯・古河・上野の行先が見られるようになりました。今回はその中から古河を取り上げます。

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 上野東京ライン開通以降も全体の運行範囲は変わらず、東海道線側はJR東海・沼津までの乗り入れが引き続き9往復設定されています。伊豆半島の西側から、栃木県まで直通する列車が走ります。その中で、沼津7時00分発の1本は、栃木県に入る手前の古河が終点になります。古河行自体やや珍しいが、ましてJR東海区間の沼津や三島の方々には、この地名はどう映っているのでしょうか。「古河ってどこよ?」みたいな。

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 沼津7時00分発326M~1564Eは、前夜に到着した国府津センターのE233系(E231系と共通?)10連が滞泊し、翌日出庫するもので、沼津は御殿場線ホームの6番線から出発します。古河まで190.9㎞、全部乗り通すと3時間37分(土休日は3時間40分)かかります。

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古河駅
 古河市は、埼玉県・栃木県との県境が間近に迫る、茨城県の西の端です。2005(H7)年9月12日に旧古河市と旧総和町・旧三和町が合併して今の姿になりました。今年は合併からちょうど10年になります。
 古河駅は、宇都宮線(東北本線)では唯一茨城県にあり、また古河市唯一の駅でもあります。
(東武日光線の新古河駅は、渡良瀬川を挟んで埼玉県加須市にある)
 ここを終点とする列車の設定は比較的最近の事で、〔ホームライナー古河〕(今は廃止)ではあったものの、普通列車では2010(H22)年12月4日の、東北新幹線新青森開業時のダイヤ改正で初めて設定になりました。日中の古河~小金井間の輸送力調整を目的としていると思われます。
(始発はそれより前から、湘南新宿ライン大船行1本の設定があった)
 古河行は、現行ダイヤでは1時間に1本、他に平日のみ夜間に1本、上野始発で設定があります。
 快速・通勤快速全列車停車。

 東口からはJRバス関東の東古河線があります。市の東端の大綱行、または駒羽根循環が20~30分毎に発着、平日のみ早朝の1本のみ松本まで走ります。
 昔は南筑波線として、下妻経由で土浦まで路線がつながっていたが、松本から先が廃止になってかなり経ってしまいました。
 また、茨城急行バスが八千代町役場まで路線があります。他の行先も合わせ、1時間に2~5本程度。

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 西口は、朝日自動車の境車庫までの路線があります。1時間に1本程度。
 あとは古河市コミュニティバス「ぐるりん号」が東西両側に発着します。実質4コースあり、南コースの一部は埼玉県の栗橋駅まで入ります。
 昔は東武バスが館林まで走っていたそうだが、ここもご多分に漏れず、ローカル路線の整理は急なようです。市内はまだいいが、鬼怒川より東の下妻市や結城市へ行く路線はなくなり、後は関鉄パープルバスが運転免許センター行の高速バスを運行するものの(期間限定のセンター開業日のみで、現在は運休期間に入っている)、茨城県目線で言うと、公共交通は他地域からはほぼ孤立した状態にあるとも言えます。他の市へ行こうとしたら、JR線でいったん小山へ出て、水戸線に乗り継がなければなりません。

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 古河駅は、1984(S59)年3月に連続立体交差が完成しました。2面4線の構造で、上下とも1日数回、快速と普通列車の相互接続があります。

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 古河折返し列車は、下りホームの1番線から逆線で出発します。古河始発は平日9本、土休日は6本あります。

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 高架下には、JRバスの車庫があります。JRバス関東の古河営業所は、元々は土浦支店配下の営業所で、一時は独立した支店となったものの、南筑波線廃線以降、佐野支店配下の営業所に再編されています。現在は東急バスあたりからのノンステップ車が主力の模様。

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 高架下の、改札内コンコース。

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 改札を出て右手、東口側にある観光案内書。

 駅周辺の見どころは、主に西口側にあります。全部とはいかないが、いくつか並べてみました。

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 町の通りには、このような女の子が描かれた幟が目立ちます。「桃香」という、足利義家の娘をモチーフとした古河市文化協会のオリジナルマスコットキャラクター。
 デザインしたのは古河市出身のアニメーター、浅野恭司氏。最近では「進撃の巨人」「PSYCHO-PASS」で知られています。

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 武蔵屋店舗。登録有形文化財だが、現役の食堂です。

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 古河宿の道標。

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 篆刻(てんこく)美術館。日本唯一の篆刻(印章の作成)の美術館だそうです。

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 古河街角美術館。市民創作活動の発表の場として利用されています。無料で入れます。訪れた時には、地元の日本画協会の「桃花展」が行われていました。昨年は先の浅野恭司氏の原画展が行われ、大変な盛況だったそうです。

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 直木賞作家・永井路子氏の旧宅。永井さんは東京の本郷で生まれた後、すぐに古河に転居、地元の学校に通った後執筆活動に入り、「炎環」で1964(S39)年の第52回直木賞を受賞しました。大河ドラマ「草燃える」「毛利元就」の原作者でもあります。先月末、めでたく90歳の誕生日を迎えられました。
 内部も公開され、案内をしてくださる方もおられます。畳がいい匂いでした。著作もいくつか納められ、自由に読めます。先の震災で被災したが、翌年再開館したとの事。

 さて、今回訪問した3月29日(日)、総合公園で「桃まつり」が開催されていました。このまつりがあったから、この時期の訪問となった訳で、さっそく出かけてみました。

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 総合公園へは、西口から茨城急行バスによる臨時バスが運行されています。土休日は20~45分間隔で運行されていました。
 運賃大人180円。ICカードは不可。
(古河営業所自体、ICカードを導入していない)

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 とにかく公園内は、桃の花が満開!
 どこをどう歩いても、ピンク色(一部の品種は白)の花が圧倒的。
 曇り空になってしまったのだけが、残念ではありました。

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 古河の桃の由来について記された看板も。江戸時代初期、当時の藩主が子供たちに桃の種を拾い集めさせ、農民に育てさせたのが初めてだそう。

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 散策路の両側にも桃の木。

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 この手のまつりに、B級グルメはお約束。サイコロステーキと豚汁で昼食です。

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 メインステージではフラダンス。ラストは全パーティ勢揃い。

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 サブステージでは「モンキーパフォーマンス」。猿回し、ですな。

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 桃だけでなく、菜の花も満開。黄色と赤のコントラスト。晴れだったらもっと映えたと思います。

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 気球のイベントもありました。風の動向に左右されるようだったが。

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 最後に、公園の中心に位置する小高い丘「富士見塚」から見下ろす公園。
「富士見」という位だから、条件がそろえば富士山を見る事も出来るのでしょう。

 いい時に来た、と思いました。
 古河というと、バス撮影を目論んで降りた事はあったけれど、地味な町、というのが正直な印象でした。しかし、今回桃まつりに行ったり、駅近くの見どころを回ったりすると、実は実は、この町にもこんなにいいものがいっぱいあるんだな、と思わされました。
 今後もこのシリーズでは、そんな「いいもの」を、列車の終着駅にたくさん探したいと思います。
 沼津から古河ではさすがに遠いけれど。

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《今日のニュースから》
20日 町村衆議院議長 辞任願を提出
21日 リニア中央新幹線 603㎞/h 鉄道世界最高速度を記録

№1328 この列車の行先・終点はどんな場所 2.菊名

「この列車の行先・終点はどんな場所」、2回目は東急東横線の菊名です。
 菊名という行先は東横線内では珍しいものでもなく、副都心線相直開始前から、主に日比谷線直通列車の行先として頻繁に見られていました。
 一昨年3月16日の副都心線相直開始後も、15~30分おきに設定があります。
 ただしその大半は線内の区間運転(渋谷~菊名)の各駅停車、副都心線内でもある程度見る事が出来るものの、さらに東武・西武線内からとなると、現行ダイヤでは東武東上線からは設定なし、西武池袋線からも平日2本・土休日1本のみで、明るい時間となると平日ダイヤの石神井公園7時15分発6602(~705K~005081)列車1本しかありません。西武沿線でも見る機会は非常に限られた行先と言えます。

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 6602列車は東急(またはみなとみらい)編成の8連。側面表示は、「各停」の表記は東横線内(青地)と異なり、背景は無色になっています。

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菊名駅
 神奈川県横浜市港北区にある、東急全体でも主要駅の一つ。駅番号TY16。特急停車駅で、全列車が停車する。乗降人員132,140人(2012(H24)年度)は、東横線で6位。
 JR横浜線乗換駅。かつては連絡線があり、貨車の受け渡しが行われていたそうです。

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 改札前のコンコース。右手に直進すると、JR横浜線の駅に行けます。

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 ホームの階段・エスカレーターは横浜寄りにあるため、電車が到着すると乗客が集中、大混雑が発生し列車の発着にも影響が出がちになるのが、悩みの種。

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 ホームは2面4線。たいてい特急・通勤特急・急行と各駅停車相互の接続が図られています。
 来年(2015(H27)年)度には、ホームドアが設置される予定。

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 副都心線相直開始時にホームを延伸、特急・通勤特急・急行は10連が停車できるようになりました。
 以前少し書いたが、昔はホームの渋谷寄りには踏切があり、8両編成すらはみ出してしまって、退避駅なのに渋谷側1両を締め切ったままにする「ドアカット」を行っていました。
 歩道橋を新設する事で踏切を廃止、ようやく8連分のホームを確保できるようになりました。
 この歩道橋があるあたりが、以前踏切があった場所になります。

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 菊名駅前。階段を下りると目の前に臨港バス〔鶴01〕系統・鶴見駅西口行の乗場があります。平日10分毎・土休日9分毎と多いです。
 この他市営バス59系統(横浜駅西口~綱島駅)が菊名駅前停留所を経由するが、駅からはやや離れた綱島街道上に停車します。

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 その綱島街道の交差点を横断し、徒歩5分程度の所にある菊名神社。
 かつて周辺に5つあった神社が戦前の1935(S10)年に合祀され「菊名神社」となり、戦後に現在の地に落ち着きました。4年前に社殿改修工事を行っています。

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 境内には、合格祈願の絵馬が。

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 手水鉢を支えるのは、鬼の石像「がまん様」。寛政年間に築かれたそう。四体それぞれ顔つきが異なる。人の道も努力・忍耐こそが開運の道を開く基だと諭しているのだそう。

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 同じく菊名駅から徒歩5分程度、丘の中腹にある蓮勝寺。
 鎌倉時代の1315(正和4)年、浄土宗第五祖の蓮勝上人が諸人の「しあわせ」を祈願して開創、今年は700年目の佳辰。

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 境内の毘沙門堂は、1690(元禄3)年建立。運慶作「日本三毘沙門」として名高く、霊験あらたかな専像を奉安している。1月・5月・9月の初寅の日と、松の内の7日間に開帳。

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 蓮勝寺の鐘。

 蛇足ながら、蓮勝寺と菊名神社の「がまん様」は、JR横浜線E233系のH009編成に「スタンプマーク」として描かれています。

 菊名駅は駅自体の乗降も多いし、JR線との乗り換え客でいつも賑わうが、(JR線もそうだが)構造上の問題で、階段・エスカレーター付近の混雑が日常茶飯事になっているのは、何とかならんのかと思います。JRの方は改良工事が始まっているのだが、本来だったら東急共々、抜本的な増床工事も求められるのではないでしょうか。地域との兼ね合いもあるのだが。

 菊名は地元横浜市だし、私の現在の通勤ルートの途上にあるのだが、改めて降りてみると、今まで気づかなかった事もいくつかありました。駅前の界隈はラーメン店が多いように見えたのも、その一つ。タウン情報誌なんて読まないから実際は解らないのだが、大手チェーンも含め、少なくとも4軒は確認しました。激戦区、なのでしょうか?こんな事も、これからこのシリーズを続ける上で見つかればいいと思います。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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《今日見た・聞いた・思った事》
 新年度を間近にして、大手私鉄の設備投資計画発表の時期になったが、昨日は名鉄の設備投資計画が発表になりました。
 車両面では2200系2編成(12両)、3150系2編成(4両)、3300系1編成(4両)の新造が注目されます。この数年は瀬戸線向け車両の新造が続いたが、本線向けは何年振りだろう?1200系リニューアルもあります。これらの新造・更新車はすべて新デザインになる事も発表になっています。
 この他には知立・喜多山・布袋付近の高架化の継続、新木曽川駅の改良工事(具体的内容は不明)、高浜港駅の駅舎建て替え、など。
 鉄道向けは99億2700万円の投資で、前年度比16.5%。
 今後発表される他社の計画も、随時チェックして行きたいと思います。最大の注目はやはり東急で、特に田園都市線はホームドア整備に関わる大規模な車両計画の策定が予想されます。新形式もあるか?

 ジャーマン・ウイングス機の墜落はまだ詳細な情報がないので、今の所はほとんど何も言えないです。墜落現場とされるバルスロネットはイタリアとの国境に近い南アルプスのスキーリゾートだそうで、となるとほぼ巡航高度で飛行していたはずだが、何が起きたのか?この所旅客機の惨事が多くて、イヤだなあ。 

《今日のニュースから》
23日 シンガポール「建国の父」 リー・クアンユー元首相死去
24日 マンション併設の豊島区新庁舎完成 見学会開始
 都電面影橋電停に近い高戸橋交差点に立つと、いつの間にかサンシャイン60さえ遮る高層ビルが建っていて、本体の表紙画像でご覧頂いた事もあったが、あれがそうだったんですか?

№1295 この列車の行先・終点はどんな場所 1.印旛日本医大

 鉄道趣味、特に撮影の中でやや「マニアック」なジャンルと思えるのは、列車の正面や側面に記された「行先」でしょう。他者様のサイトでも、ダイヤ改正で新たに設定されたり、臨時ダイヤで特別に見られた行先を掲げた列車の画像は、どこでも大きく掲げられるものです。最近の例だと、入間基地の航空祭の時に西武線で見られた「入間市」でしょう。通常は設定がない行先だが、この日は東横線でも見られたりしました。

 思い出すのは2004(H16)年1月31日の東横線。前日に横浜~桜木町間が廃止、一方でみなとみらい線直通開始は翌2月1日となったので、この日1日だけ、1日中「横浜」の行先を掲げた列車が走りました。これをカメラに収めんと、東横線の各駅ホームはどこも大変な騒ぎになっていました。ややお行儀の悪いファンもいて、上り電車の運転手が思わず怒鳴りつけるシーンも見られました。当然だよなあとか思ったのを思い出します。

 たかが列車に記された地名に過ぎないのに、なぜ多くのファンを惹きつけるのか。もちろん後々に歴史を残す意味の方が大きいのだろうが、ひょっとしたら、その地名自体に、どこか惹かれるものを感じるのかも知れません。どんな近場でも、どんな無味乾燥な駅でも。
 ただ単にその駅名を記した列車を撮るだけでなく、その列車の行先・終点ってどんな場所なのだろう。何があるのだろう。鉄道そのものから離れて、そんな事も少しは知っても良いのではないかと、今回より不定期だが、列車に記された駅名、つまり列車の終着駅はどんな場所なのか、実際に訪ねて歩いてみる試みを始めます。

 もちろん、短い路線、相互直通をやらない路線だと列車に掲げられる行先などそう多くはなく、注目度は少なくとも「鉄」では低いでしょう。JR中央快速線だと、「東京」「高尾」なんて普通過ぎるし。一方で直通運転の「高麗川」「河口湖」はもちろん、短区間折返しで「新宿」とか見るとアレッと感じるのではないでしょうか。 なので、私鉄では相互直通運転だったり、JRでも昨今の直通運転の広域化で急に目に触れるようになった、あるいは区間運転で設定数が少ない、比較的レア?と思われる行先について、実際に訪ねてみます。

 第1回目は、北総鉄道(千葉ニュータウン鉄道)の「印旛日本医大」です。
 北総線や京成押上線・都営浅草線はもちろん、京急線でも羽田空港直通の増強で、都内区間では普通に見られる行先だが、京急蒲田より南、神奈川県内区間では、沿線の利用者から見ても、今でもアレ?と思う行先の一つではないでしょうか。

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 現行ダイヤでは、京急蒲田より南の神奈川県からは、平日5本・土休日2本あります。特に羽田空港発着では見られない特急での設定が平日3本・土休日2本あり、この組み合わせもまたレアと言えましょう。
 馴染みの少ない行先ゆえか、列車には「品川方面」の一文が添えられています。
(全く蛇足だが、画像の1001Fは正面のみフルカラーLEDに改造、側面は幕のままだった)

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印旛日本医大駅
 2000(H12)年7月22日、印西牧の原からの延伸により開業。駅番号HS14。小室~印旛日本医大間は千葉ニュータウン鉄道が第3種鉄道事業者で、この駅も千葉ニュータウン鉄道が保有する(業務は全面的に北総鉄道に委託)。2010(H22)年7月17日に京成成田空港線(スカイアクセス)が開業。同駅は京成との共同使用駅となり、アクセス特急が停車する。乗降人員4,552人。
 駅名の通りかつては印旛村に位置し、同村初の鉄道駅となったが、市町村合併により、現在は印西市に位置する。塔とドームが印象的。関東の駅百選。

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 待ち合わせスペース。ガス灯風の照明が印象的。

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 改札口。
 地元でなくとも、「どこかで見たような…」という人、多いと思う。「烈車戦隊トッキュウジャー」のオープニングで、ミオ(トッキュウ3号に変身する女の子)が通過する改札です。
「トッキュウジャー」は2月頭に終了するが、これまでここを含めて多数の鉄道(ほとんど関東地方だけど)でロケを行っているので、「トッキュウジャー」の「聖地巡礼」なんて、「鉄」の皆さん、いかがですか?アニメよりリアルだし。

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 開業から15年近くになるが、一応高層マンションや住宅も並ぶようになってはいるが、全体的には、駅付近はまだ閑散としたイメージが拭えない。ちばグリーンバスの酒々井行の他、中小事業者数社の短距離バス路線があるが、どれも本数は少ない。土休日のみ、ちばレインボーバスの酒々井プレミアムアウトレット行が経由するようになりました。

 最初この鉄道が延伸する時、駅名は隣接するニュータウンから取って「印旛いには野」となるのではないか、と勝手に考えていたが、結局正式駅名は「印旛日本医大」となりました。正直行先としてはスマートさに欠けるかなあと、開業時には思ったものです。

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 その「日本医大」とは「日本医科大学」の事。キャンパスはないのだが(千駄木と武蔵境にある)、付属の千葉北総病院があり、駅から無料送迎バスが運行されています。1時間に1~5(休日は3)本程度。
 バスに乗って、実際に行ってみました。日曜日だったから外来は休診だが、それなりに人の往来はあります。コンビニはまだしもドトールコーヒーが営業していたのが、少々ビックリ。

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 そもそも、この駅の工事中の仮称は「印旛松虫」でした。
「松虫」って何?聖武天皇(701(大宝元)年~756(天平勝宝8)年)の第三皇女「松虫姫」から来ていて、駅名票にも記されています。

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 この松虫姫ゆかりの松虫寺が、駅の北東約1㎞強の位置にあり、徒歩で20分程。ニュータウンから、農村地帯にかけて歩くと、駅付近の遠景を見る事が出来ます。小さくてわかりづらいかも知らんが、駅の塔が見えます。

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 寺の近くには、周辺の案内看板があります。

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 この辺の最大の見どころ、松虫寺。
 745(天平17)年建立とされています。説明書きによれば、松虫姫が重病を患った時、夢のお告げに導かれて下総に下向。萩原郷に祀られていた薬師仏に祈り続けた結果、重病は平癒した。喜んだ聖武天皇が僧行基に命じて建立させ、姫の名をつけた、という事のようです。1959(S34)年、国の重要文化財に指定されています。「房総の魅力500選」。

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 スカイアクセスの南に広がる「松虫姫公園」。一連の伝説にも現れる「牛むぐりの池」があります。

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 最後に、駅を通過して成田空港に向かうスカイライナー。北総線としてはここが終点になるが、線路は引き続き京成の成田空港線(スカイアクセス)として、成田空港まで延びて行きます。

 この印旛日本医大に見られるように、北総線沿線にも、よくよく見ると駅周辺には小さくても見どころが数多くあるのだが、それらは輸送の大幅な増加につながる訳ではなく、開発の遅れ等は北総線の経営に悪影響を与えています。運賃面でのギスギスした話が絶えないのも残念な所で、羽田・成田両空港をダイレクトに結ぶ、他の鉄道にはないアドバンテージを最大限に生かして、北総線の活性化が図られる事が強く望まれます。その最中で、松虫寺のような小さな見どころも、さらに注目を集める事が出来るでしょう。

 今後もこんな感じで、列車に現れる行先・その終着地の駅とその周辺を訪ね、魅力を探ってみようと考えています。次はどこにしようかな。皆様もたまには「鉄」を離れ、駅付近の佇まいにも関心を持たれてはいかがでしょうか?こういう事も時には大事だと思うので。

(撮影は2014(H26)年12月21日(京急線の車両・駅を除く))

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 東急バスに続いて、印西市のお隣の白井市コミュニティバス(ちばレインボーバス受託)でも、ドライバーの居眠りが原因とされる事故が起きてしまいました。今日、会社に捜索の手が入ったそうです。ドライバー、73歳か。どちらも「居眠り」の原因が解らないが、ともかく慎重かつ適切な真相の究明が望まれます。ドライバーの健康が連日問題になるが、そろそろ日本バス協会あたりも、個々の事業者に任せっ切りにせず、自ら行動を起こすべき時ではないか?とにかく、これ以上重大事故が起こらないように。

《今日のニュースから》
14日 セガサミーホールディングス 会長宅で発砲事件
15日 中部電力「メガソーラーしみず」 運転開始