№2453 仙台空港鉄道の駅 2021年

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 2021(R3)年も間もなく終わろうという12月26~28日、宮城県を訪ね、仙石線・仙石東北ラインを中心にいくつかの路線を乗り歩きました。新年になってから、№244724492450の3回に分けて書いています。
 最終日の12月28日、仙台空港鉄道(SAT)に乗車。初めて中間の各駅にも乗り降りしました。起点の名取を含めても4か所しかない、けれど空港アクセスとして重要な役割を担うSATの各駅をご覧いただきます。
 画像は一部、№2450でも出したものです。被るものもありますが、ご承知おきください。

仙台空港鉄道01名取.jpg
名取 なとり
 JR東北本線の駅。SATはここで分岐します。JRとSATの共同使用駅だが、外観ではSATマークもなく、SAT色はほぼ感じられません。乗務員の交代もないし(全面的にJRに委託)。

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仙台空港鉄道02ー01高架駅 2022_1228.jpg
杜せきのした もりせきのした
 中間の2駅は共に高架駅です。この駅はイオンモール名取と直結していて、買い物客の利用も少なくないようです。

仙台空港鉄道02ー03コンコース 2022_1228.jpg
 コンコース。

仙台空港鉄道02ー04券売機 2022_1228.jpg
 券売機。

仙台空港鉄道02ー05改札口 2022_1228.jpg
 改札口。

仙台空港鉄道02ー07待合室 2022_1228.jpg
 待合室は、改札を入ったすぐ先にあります。

仙台空港鉄道02ー08改札内コンコース 2022_1228.jpg
 改札内コンコース。

仙台空港鉄道02ー09ホーム行エスカレーター 2022_1228.jpg
 ホームへ行く、エスカレーター。

仙台空港鉄道02ー10ホームエレベーター 2022_1228.jpg
 ホームのエレベーター。

仙台空港鉄道02ー11時刻表&路線図 2022_1228.jpg
 時刻表と路線図。快速は通過です。

仙台空港鉄道02ー12ホーム発車案内表示 2022_1228.jpg
 ホームの発車案内表示。この駅は行き違いができない棒線構造なので、上下共用です。

仙台空港鉄道02ー13ホーム 2022_1228.jpg
 ホーム。上り線を敷くスペースは既に用意されているが、その日は来るだろうか。

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仙台空港鉄道03ー01高架駅 2021_1228.jpg
美田園 みたその
 この駅前広場には、名取市の乗合バス「なとりん号」が2路線入ります。美田園下余田線は仙南交通、東部閖上循環線は桜交通が運行。

仙台空港鉄道03ー03コンコース 2021_1228.jpg
 コンコース。

仙台空港鉄道03ー04券売機 2021_1228.jpg
 券売機。

仙台空港鉄道03ー05改札口 2021_1228.jpg
 改札口。

仙台空港鉄道03ー07改札内コンコース 2021_1228.jpg
 改札内のコンコースは、ドーム状の屋根が印象的。

仙台空港鉄道03ー08ホーム行エスカレーター 2021_1228.jpg
 ホーム行のエスカレーター。

仙台空港鉄道03ー09ホームエレベーター 2021_1228.jpg
 ホームのエレベーター。

仙台空港鉄道03ー12ホーム 2021_1228.jpg
 ホーム。ここは行き違いが可能です。

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仙台空港鉄道04ー01高架駅 2021_1228.jpg
仙台空港 せんだいくうこう

仙台空港鉄道04ー02エスカレーター 2021_1228.jpg
 地上から駅に上がる、エスカレーター。

仙台空港鉄道04ー03ターミナル連絡橋 2021_1228.jpg
 仙台空港ターミナルと直結する、連絡橋。右には、NHKの朝ドラ「おかえりモネ」のポスターが未だ残っていました。気仙沼が舞台の一つでした。

仙台空港鉄道04ー05コンコース 2021_1228.jpg
 コンコース。

仙台空港鉄道04ー07券売機 2021_1228.jpg
 券売機。

仙台空港鉄道04ー08改札口 2021_1228.jpg
 改札口。やはり少々広めに取られています。

仙台空港鉄道04ー10チャージ機 2021_1228.jpg
 一般的な精算機はなくて、ICカードのチャージ機が置かれています。SATはJRのSuica仙台エリアに入り、Suicaの他、PASMOなどの全国相互利用カード、及び仙台圏のicscaが利用できます。ただしicscaは全国相互利用は行わず、icscaエリア以外で利用できるのは、Suica仙台エリアのみ。

仙台空港鉄道04ー11改札内 2021_1228.jpg
 改札内。この駅は改札とホームが同一平面上にあります。

仙台空港鉄道04ー12待合室 2021_1228.jpg
 待合室は、1番線の終端部の延長線上にあります。

仙台空港鉄道04ー13モニュメント飛翔 2021_1228.jpg
 モニュメント「飛翔」。

仙台空港鉄道04ー16ホーム 2021_1228.jpg
 最後に、ホーム。1番線は6連対応になっているが、6連は走っているのだろうか。

 駆け足になったが、SATの全駅をご覧頂きました。仙台~名取~仙台空港間はJRとSATの相互直通運転の形になるが、「仙台空港アクセス線」の愛称で統一し、区間による会社の違いは、一般の旅客には気がつかないかも知れません。
 SATは決して空港アクセスオンリーではなく、イオンモールもそうだし、美田園付近では割と新しめの住宅地も広がっていました。沿線住民の日常の足としても、機能する部分は多いだろうと思います。ただそうなると、№2450でも書いた事だが、快速が日中1往復だけ走っているが中途半端で、少なくとも航空便発着時間帯、できればほぼ終日、20分間隔のパターンダイヤを完全に確立する方が、航空利用者、沿線の住民、双方にとって利便性が高まるのではないかと思いました。
 またコロナ禍がぶり返して試練を迎える事となったが、何とか乗り切って、仙台近郊、そして宮城県をいろいろな面で支える重要な路線として、発展して欲しいと願います。個人的には、仙台空港からIBEXまたはFDAの航空便に乗ってみた。両社とも路線網は関東地方をスルーしているので、簡単には乗れないんですよねえ。その際にまたSATを利用できればと思うが、いつの日になるか。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


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 今日は関東の鉄道で、いくつか大きな発表がありました。
① 東急新横浜線(日吉~新横浜間)・相鉄新横浜線(新横浜~羽沢横浜国大間)が、来年2023(R5)年3月に開業する見込みとなりました。工事現場の真上の環状2号線で陥没があったから、少々遅れるのではないかと思っていたのだが。東急と相鉄が相互直通する他、東京メトロ・東京都・埼玉高速・東武も直通で乗り入れる事になるようです(西武は、共同リリースに名を連ねているが、両新横浜線には直通しない)。しかし、東急側の相直先は目黒線になるかと思っていたが、東横線も入るとなる(相鉄には入らないかも知れない)と、既に相鉄はJRも受け入れているので、ダイヤ編成は大丈夫なのかと思う。定時運行できているうちはいいが、何かアクシデントがあると、広範囲でダイヤが乱れる事になり、下手すると長時間、収拾がつかない事態になりはしないかと、懸念もあります。相鉄側も、対目黒線(21000系)・対東横線(20000系)・対JR(12000系)と、運用を共通にできない直通先が3つもあっては、いろいろな面でどう対応する事になるのか。
② 多少関連するが、東急目黒線と、直通運転するメトロ南北線・埼玉高速線・都営三田線は、今年4月上旬から順次、8連運転を開始する事になりました。まずは東急編成1編成からスタート。三田線の6500形は既に東横線で訓練運転を行っているのも見ているが、5月14日より営業運転を開始する予定になっています。メトロ9000系・埼玉高速2000系はどうするのだろう?両社とも大半は20年以上経っているので、今さら中間車を増備して増結、というのも考えにくいし、といって新系列という話は今のところ聞こえてこない。在来編成の組み換えで対応するのか。
③ 秩父鉄道は、3月12日にPASMOを導入すると発表しました。長らく「どのICにするかは検討中」としていたが、西武からの直通もあるし、順当でしょう。一方、これと同時に駅務体制が大幅に縮小し、羽生・熊谷・武川・ふかや花園・寄居・長瀞・秩父・御花畑・影森・三峰口の各駅以外は、窓口営業を終了(完全無人化)します。これまで、時間や曜日がある程度限定されていても、全ての駅で、何らかの形で駅員を配置していました。それ自体は時の流れもあろうが、駅員がいなくなるのなら、駅によっては規模が利用の実態に合っていない所が秩父鉄道でもいくつか見られるので、バリアフリー対策も兼ねて、ここでも駅の「コンパクト化」が指向されるべきではないかと思います。

《今日のニュースから》 
26日 ウェットティッシュ段ボール箱 700個落下・散乱 阪神高速道路神戸線
27日 石油元売り会社に補助金 ガソリン価格抑制策 全国のGSで適用

 東京は今日も1日の感染者数が16,518人と、過去最多となりました。交通の従業員の感染報告も相次いでいて、今のところは直接運行に影響している所は、私が見聞する限りではないようだけれど、西武バスは予防的措置という事か、31日より2路線で減便を行うと発表しました(平日ダイヤのみ)。他にも続く事業者・路線も出てくるかも知れない。今回のオミクロン株は、これまでのウィルスとは少々違う所もあり、案外ピークは早く訪れるのではないかという分析も、海外からは聞こえてきます。是非そうあって欲しいと思うが、ともかく我々にできるのは、基本的な感染対策の徹底、それしかない。

№2436 岳南電車 全線全駅

岳南電車 須津川橋梁 2021_1004.jpg
 今月の「平成の鉄道」は、静岡県を取り上げました。
 今回は静岡県の鉄道の中から、10月に旅した3日間の初日に訪れた、岳南電車の全線全10駅をご覧頂こうと思います。静岡県ではもっとも規模が小さい私鉄になるが、貨物営業が盛んだったので、その名残がそこかしこに感じられる駅がほとんどでした。全て今年(2021(R3)年)10月4日の撮影です。

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吉原 よしはら
 JR東海道本線との接続駅だが、駅舎は別々です。ただし、JRのホームから、連絡用の跨線橋が駅舎につながっています。

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ジャトコ前 じゃとこまえ
 ジャトコとは、日産自動車のグループ会社で、自動車用の変速機などを作っている企業。以前は日産前と称していたが、2005(H17)年4月1日に改称しています。

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吉原本町 よしはらほんちょう
 ここが、吉原の町の中心部に一番近い駅で、日中は駅員の配置があります。

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本吉原 ほんよしはら
 岳南電車の本社が駅前にある事は書いたが、駅の方は、駅舎と呼べるような家屋はありませんでした。ホームの上屋の形態が独特で、吉原も含め、島式ホームで行き違いができる駅は皆同じです。

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岳南原田 がくなんはらだ

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比奈 ひな

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岳南富士岡 がくなんふじおか
 ここに車両基地があります。「がくてつ電車のひろば」がオープンした事も、以前書きました。

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須津 すど
 ここも島式ホームで行き違いはできるのだが、駅舎はない。

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神谷 かみや
 岳南電車で行き違いができないのは、ジャトコ前、吉原本町、神谷の3駅。

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岳南江尾 がくなんえのお
 すぐ西側を、東海道新幹線の高架橋が横切っていきます。構内が広く、かつては側線が延びていて、その跡が残っているという事も、同じく以前書いています。

岳南電車路線図〔2021_1004〕.jpg
 最後に、車内の路線図。各駅の営業内容も記されています。一日中駅員がいるのは吉原だけ。

 貨物営業終了後の岳南電車は、厳しい状況は変わらないと思うし、富士山の眺望はあるが、目立った観光地はないから観光で客を呼び込む、という事もなかなか難しいけれど、それでも「夜景電車」などで活路を見出そうとしています。末永く走り続けてくれると嬉しいです。もう少し、日常の利用が増えて欲しい。
 車両の手当てが、今後の課題かもしれない。現在の車両は全て元京王の中古だが(9000系は富士急経由)、老朽化もしているし、といって、特に単行で走れる電車は、現在は改造でないと入手できないので。今後の動きが注目です。

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《今日のニュースから》
19日 リニア中央新幹線 有識者会議中間報告 十分な対策で水資源影響抑制可能

№2407 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 阪急電鉄・3 京都線

阪急電鉄01梅田駅16ホーム京都本線.jpg
 ひと昔、ふた昔前の阪急の駅、最終回は京都線です。
 京都線は、阪急の主要3路線の中で、最も華やかな路線と言えます。40㎞以上あり、目的地に観光資源が数多くある京都を控えている事もあって、それこそ戦争前から高速電車が多数走り、国鉄→JR西日本、京阪と三つ巴の競争を繰り広げていました。関西の鉄道の特徴を最も体現している区間と言えます。全車クロスシートの編成が導入されているのも、阪急では京都線だけです。建築限界の微妙な違いから、神戸線・宝塚線(以下神宝線)とは、基本的には同型でも、寸法が若干異なる形式が配置されるのも、京都線の特徴です。生い立ちの違いもあるでしょう。
 京都本線は本来、京都→大阪方向が下りだが、神宝線に合わせて、大阪→京都の順に並べます。撮影はやはり、一部例外を除いて、1995(H7)年です。

京都本線 十三~河原町
 京都本線は正確には、梅田~十三間は宝塚線の線路増設という形で、終点は十三になります。一般の人はほとんど意識しないでしょう。
 一番上の画像は、梅田駅の1~3号線、京都線の乗り場になります。

阪急電鉄01梅田駅13発車案内表示京都本線.jpg
 京都線の発車案内表示。
 京都線は、平成が始まった頃の日中は特急・急行・普通・千里線直通が15分サイクルで回っていたものが、撮影時点では平日のみ、20分サイクルで特急1:急行2:普通2:千里線直通1のダイヤになっていました。この頃から、京都線のダイヤ形態が大きく変わりつつありました。当時の特急は十三~大宮間ノンストップで、隔世の感があります。

 中津は、京都本線は通過。十三は神戸本線で出しました。

阪急電鉄31-23南方 1993.jpg
南方 みなみかた
 地下鉄御堂筋線西中島南方駅に隣接。

阪急電鉄31-22崇禅寺 1995.jpg
崇禅寺 そうぜんじ

阪急電鉄31-21淡路 1995.jpg
淡路 あわじ
 京都本線と千里線が平面で交差する駅で、どちらも本数が多いものだから、ダイヤ編成・運行はタイトなはず。現在連続立体交差工事が進んでいて、その時点で上下が分離される事になるが、あと何年かかるのか。

阪急電鉄31-20上新庄 1995.jpg
上新庄 かみしんじょう

阪急電鉄31-19相川 1995.jpg
相川 あいかわ
 2面4線の退避駅。

 ここと正雀の間、南側に地下鉄堺筋線の南吹田検車場があります。東京の竹ノ塚や鷺沼同様、直通先の他社の沿線にある、飛び地という形です。上下線間の渡り線はなく、正雀方向からの入庫、相川方向への出庫しかできません。

阪急電鉄31-18正雀 1995.jpg
正雀 しょうじゃく
 阪急の検車区と工場があり、神宝線車両の入場もあります。2面4線の退避駅。

 今はここと南茨木の間に、摂津市駅が開業しています。

阪急電鉄31-17南茨木.jpg
南茨木 みなみいばらき
 大阪モノレールの接続駅。

阪急電鉄31-16茨木市02高架駅 1995.jpg
茨木市 いばらきし
 高架化したばかりでした。2面4線の退避駅。

阪急電鉄31-15総持寺 1995.jpg
総持寺 そうじじ

阪急電鉄31-14富田 1995.jpg
富田 とんだ
 京都方面のみ、通過線があります。次の高槻市が高架化工事で待避線が使えなくなっていたため、その代替だった、という話だが、完成後も現在に至るまで使用されています。

阪急電鉄31-13高槻市 1991.jpg
高槻市 たかつきし
 まず、1991(H3)年に撮影した、高架化工事真っただ中の頃です。

阪急電鉄31-13高槻市01高架駅 1995.jpg
 そして高架化完成後。2面4線で、雰囲気は茨木市に近くなりました。

阪急電鉄31-12上牧 1995.jpg
上牧 かんまき
 上牧から大山崎にかけては、東海道新幹線と並走します。新幹線開業直前、一時阪急が新幹線の線路を利用して運行を継続していたという逸話もありました。

阪急電鉄31-11水無瀬 1995.jpg
水無瀬 みなせ

阪急電鉄31-10大山崎 1995.jpg
大山崎 おおやまざき

 今はここと長岡天神の間に、西山天王山駅が開業しています。

阪急電鉄31-09長岡天神 1995.jpg
長岡天神 ながおかてんじん
 2面4線の退避駅。

阪急電鉄31-08西向日 1995.jpg
西向日 にしむこう

阪急電鉄31-07東向日 1995.jpg
東向日 ひがしむこう

 今はここと桂の間に、洛西口駅が開業しています。京都本線は撮影以降、平成の間に駅が3つ開業しました。

阪急電鉄31-06桂 1991.jpg
 かつら
 嵐山線分岐駅。京都本線では2面4線の退避駅。検車区があります。

阪急電鉄31-05西京極 1995.jpg
西京極 にしきょうごく
 西京極球場(わかさスタジアム京都)の最寄り駅。たまにプロ野球の試合が行われる事もあったが、今は女子プロ野球リーグや、アマチュアの試合が行われているようです。
 この先から地下線に入ります。

阪急電鉄31-04西院1993.jpg
西院 さいいん
 以下、京都市中心部各駅の入り口、「〇〇方面行」の文字が、本当に関西していると感じる。なお、近くにある京福電気鉄道の同名の駅は「さい」と読みます。

阪急電鉄31-03大宮.jpg
大宮 おおみや

阪急電鉄31-02烏丸 1995.jpg
烏丸 からすま
 地下鉄烏丸線との接続駅(地下鉄は四条)。

阪急電鉄31-01河原町01駅ビル阪急百貨店.jpg
河原町 かわらまち
 ホームは地下だが、阪急百貨店も立つ、京都のターミナルです。
 現在は改称して、京都河原町。

阪急電鉄31-01河原町13ホーム.jpg
 1・3号線の他、欠き取り式の2号線ホームがあります。京阪の淀屋橋・中之島と形態が近いが、2号線は現在は、「京とれいん」「京とれいん雅洛」のみ使用の模様。

千里線 天神橋筋六丁目~北千里
 千里線も本来、下りは北千里→天神橋筋六丁目になるが、京都本線と合わせます。

阪急電鉄33-10天神橋筋六丁目 1994.jpg
天神橋筋六丁目 てんじんばしすじろくちょうめ
 地下鉄堺筋線との共同使用駅で、大阪市交通局(今はOsaka Metro)に委託しています。

阪急電鉄33-09柴島 1995.jpg
柴島 くにじま

阪急電鉄33-08下新庄 1995.jpg
下新庄 しもしんじょう

阪急電鉄33-07吹田 1995.jpg
吹田 すいた

阪急電鉄33-06豊津 1995.jpg
豊津 とよつ

阪急電鉄33-05関大前 1995.jpg
関大前 かんだいまえ

阪急電鉄33-04千里山 1995.jpg
千里山 せんりやま

阪急電鉄33-03南千里 1995.jpg
南千里 みなみせんり

阪急電鉄33-02山田 1995.jpg
山田 やまだ
 大阪モノレール接続駅。

阪急電鉄33-01北千里 1995.jpg
北千里 きたせんり
 相対式ホームで、上下線ともさらに引き上げ線が延びていました。

嵐山線 桂~嵐山

阪急電鉄32-01上桂 1995.jpg
上桂 かみかつら

阪急電鉄32-02松尾 1995.jpg
松尾 まつお

阪急電鉄32-03嵐山 1991.jpg
嵐山 あらしやま

 これで、当時の阪急の駅(88駅)は全て出しました。阪神大震災の爪痕は特に兵庫県ではっきり残っていたが、それでも懸命に立ち直ろうとする姿が、見て取れました。
 阪急に代表される関西と、関東の鉄道のそれぞれの気質の違いというのはいつでも鉄道趣味の中では話題の種に、時には論争の基にもなったりするのだが、それぞれの都市・地域の成り立ちや特性、輸送量や必要な輸送形態を反映するものなので、単純な「良い・悪い」「レベルの高い・低い」というランク分けは、できないと思っています。ただ、私自身が阪急の駅を撮り歩いて、ここは関東もやって欲しい、やるべきだと感じたのは、①ハード面では、柔軟なダイヤ編成を可能にする、余裕のある線路容量(前述の北千里の引き上げ線は典型)、②ソフト面では、改札口で、カウンター形式で改札の駅員が直接旅客と接する事が出来る「有人ブース」の存在。この2点でしょうか。②はこの後関東でも徐々に広がっていくが、①は、後の京急の羽田空港(現第1・第2ターミナル駅)もこうだったら、と思うんですよ…。
 阪急というと、やはり関西の私鉄の中でもリーダー中のリーダーで、輸送量も多いし(たぶん関西5社では、輸送密度は一番高いと思う)、やはり京都・神戸・宝塚のイメージから、華も感じられる鉄道だと思います。それは、駅の姿からも感じられると思いました。この先も四半世紀の間で、駅の姿が大きく変わっていきます(特に立体化が進んだ宝塚線)。コロナ禍の打撃は阪急も例外ではなく、「京とれいん」の運休もあったりするし、今後の輸送動向には多少の懸念もあるが、阪急の力なら耐えきって、また華やかな姿を見せてくれるでしょう。そんな阪急の新しい駅の姿を、もう一度訪ねて、見てみたいと思っています。西山天王山駅に、まだ降りていなんですよねえ…。

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《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
20日 阿蘇山で噴火発生 噴火警戒レベル3に引き上げ
(米FDA モデルナ・J&J製新型コロナワクチンの追加接種許可)
21日 韓国 初の国産衛星「ヌリ号」打ち上げ
(塩野義製薬 国産ワクチン臨床実験開始を発表)

 軽井沢のスキーバス事故の公判が始まりました。当事者ではない私にはとりあえずどうのこうのいう資格はなく、まずは裁判の行方を見守る以外ないと思っています。実は去年、一度コロナ禍が落ち着いた7月、横川→軽井沢間のJRバス関東便に乗る機会があったが、峠を越え、県境を過ぎた先に、事故の慰霊碑が建てられているのを見ました。風化は許さない、という意思が反映しているかのような、大きな慰霊碑でした。改めて亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。バスの惨事は、少なくとも日本では、これっきりで終わってもらいたい。

№2406 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 阪急電鉄・2 宝塚線

阪急電鉄01梅田駅17ホーム宝塚本線.jpg
 ひと昔、ふた昔前の阪急の駅をご覧頂いているシリーズ、2回目は宝塚線です。
 宝塚線は神戸線、京都線とはやや異なり、ダイヤ面では当時は特急がなく(一時日中に設定された事もあったが短命に終わった)、基本的には急行と普通の2本立てで(ラッシュ時には箕面線直通の準急などもあった)、多少地味な感が、なくはなかった。駅の数が、他2線と比較してこまめにありました。ここも1995(H7)年(一部1991(H3)年)撮影だが、豊中市内は高架化工事の只中、その他の駅も姿を変えていった、または変えていこうとする駅が多数です。

宝塚本線 梅田~宝塚

 梅田~十三間は、神戸本線との二重戸籍になります。中津、十三の両駅は前回神戸本線で出しました。
 一番上の画像は、梅田駅の4~6号線、宝塚線の乗り場になります。

阪急電鉄01梅田駅14発車案内表示宝塚本線.jpg
 宝塚線の発車案内表示。当時の梅田駅の発車案内表示は液晶式の新型になったばかりで、右側には各線の沿線の景勝地などの写真が現れました。ただ、今の私の目で見ると、旅客にとって重要な情報(停車駅や、どの駅で追い抜きがあるのか、など)が見づらくなり、あまり良いものではないと感じます。

阪急電鉄21-01三国 1995.jpg
三国 みくに
 当時は、急カーブ上にホームがありました。この後、大幅な線形の変更を伴う高架化により、位置が若干移動していますy。

阪急電鉄21-02庄内 1995.jpg
庄内 しょうない
 2面4線の退避駅。

阪急電鉄21-03服部 1995.jpg
服部 はっとり
 今は改称して、服部天神。
 この先から、豊中市内の連続立体交差事業による高架化工事が始まっていました。

阪急電鉄21-04曽根 1995.jpg
曽根 そね
 次の岡町と共に、高架橋が立ち上がっています。

阪急電鉄21-05岡町 1995.jpg
岡町 おかまち

阪急電鉄21-06豊中 1995.jpg
豊中 とよなか
 撮影時点では、下り線のみ高架に切り替わっていたと思う。

阪急電鉄21-07蛍池01橋上駅舎 1995.jpg
蛍池 ほたるがいけ
 大阪モノレールとの接続もあって、橋上駅舎化された、その直後に撮影したもの、となります。大阪モノレールの駅は工事中。少路~大阪空港間が開通し、蛍池で宝塚線と接続するのは、2年後になります。

阪急電鉄21-08石橋 1995.jpg
石橋 いしばし
 箕面線分岐駅。今は改称して、石橋阪大前(石橋駅は池田市だが、大阪大学は豊中市の豊中キャンパス)。

阪急電鉄21-09池田 1995.jpg
池田 いけだ

阪急電鉄21-10川西能勢口 1991.jpg
川西能勢口 かわにしのせぐち
 これは1991(H3)年に撮りました。阪急が高架化した直後だと思う。ジャスコ、第一勧銀が懐かしい。

阪急電鉄21-11雲雀丘花屋敷 1995.jpg
雲雀丘花屋敷 ひばりがおかはなやしき
 2面4線の退避駅で、この先に平井の車両基地があります。

阪急電鉄21-12中山 1995.jpg
中山 なかやま

阪急電鉄21-13山本 1995.jpg
山本 やまもと

阪急電鉄21-14売布神社 1995.jpg
売布神社 めふじんじゃ

阪急電鉄21-15清荒神 1995.jpg
清荒神 きよしこうじん

阪急電鉄21-16宝塚 1991.jpg
宝塚 たからづか
 まず、1991(H3)撮影時の画像をご覧いただきます。高架化工事が始まった頃です。

阪急電鉄21-16宝塚01高架駅.jpg
 そして、後の高架駅。もっと後年の撮影になります。歌劇の大劇場がある町らしい装い。

阪急電鉄21-16宝塚16ホーム 1995.jpg
 ホームは2面4線を、宝塚線(3・4号線)と今津線(1・2号線)で分け合う形になります。2つのホームは終端付近でつながっていて、乗り換えに階段を上り下りする必要はないのだが、後のダイヤ改正時に、昼間は今津線列車が宝塚線ホーム(3号線)に発着し、同一ホームで乗り換えができる形態になりました。

箕面線 石橋~箕面

阪急電鉄22-01桜井 1995.jpg
桜井 さくらい

阪急電鉄22-02牧落 1995.jpg
牧落 まきおち

阪急電鉄22-03箕面 1991.jpg
箕面 みのお
 これは、1991(H3)年の撮影でした。

 阪急電鉄目線では神戸線・京都線と比較するとやや小ぢんまりした印象もある宝塚線だが、他に川西能勢口で接続し、宝塚線の支線的な役割もある、能勢電鉄(阪急グループ)の路線があります。1997(H9)年には高架線上で宝塚線とつながり、特急〔日生エクスプレス〕の直通運転も始まりました。1990(H2)年2月14日時点の画像を、4年前の№1649で出しました。

 次回は最終回、京都線です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
17日 ロシア 初の「父の日」
(コロナ禍で中止国体の代替「東海フレンドシップゲーム」 三重県伊勢市で開催)
18日 熱海市土石流 「盛り土」対応記録の文書 静岡県公開
(米パウエル元国務長官死去 コロナ感染に伴う合併症)
19日 北朝鮮 弾道ミサイル発射 日本海に落下と推定
(「ブースター接種」来月下旬開始 愛知県大村知事表明)

 東京都の今日の感染確認は36人。これだけ劇的に減少すると、逆に不気味な気もします。夏場の爆発的な…8月半ばには一時、6,000人に近づいた日もあったのだから…感染拡大を見ているから、感覚がマヒしてしまっているのか。もちろん歓迎すべき状況でもあり、とにかくこれがずっと続いて欲しい。そんなに甘くはないかも知れないが。

 総選挙は今日、公示されました。早速今日、駅前で選挙活動が行われていて、正直やかましいだけ。来週の土曜日まで連日、駅前では各党入れ代わり立ち代わり耳障りな演説やら「ウグイス嬢」のお願いコールを聞かされる事になると思うと、非常に憂鬱です。
 今回の総選挙は当然コロナ禍対策、そして「アフターコロナ」の経済対策、それと地球温暖化を始めとする環境問題が最大の争点とされていて、そうだろうとは思います。が、それらが全てでもない、はず。もっと他にも聞きたい事、聞かなければならない事はいくらでもあるのだけれど。今回もまた思いつくまま、聞けるなら聞きたい事を並べてみました。政策にはあまり関係ない事もあるし、個々の候補者では手に余る事項がほとんどで、政党としての思想を探るという事になるが。

1.諸外国では、新型コロナウィルスワクチンの接種率が、様々な理由により伸び悩む所が多くなっている。いずれ日本でも問題になると思われるが、接種をためらう人々への対応をどうするのか。接種者に何かセンシティブを与えるのか。あるいは一部でも義務化するのか。他に手段はあるのか。
2.北京オリンピック・パラリンピックの「政治ボイコット」は考えているか。政権を獲得した場合、首相をはじめとする閣僚や皇族方を、開会式・閉会式等に派遣するか。
3.アフガニスタンでは深刻な食糧危機が叫ばれている。どのような援助策が用意できると思うか。またその過程で、「タリバン政権」とはどう向き合うのか。
4.アフガニスタンを始め、途上国からの大量の難民が、国際的な問題となっている。今後、他国から日本を目指す難民が増える事も予想されている。日本は難民受け入れに消極的との批判が絶えないが、受け入れを増やす用意はあるのか。その場合、日本における暮らしの質は、どのように保証するのか。
5.「ビットコイン」に代表される「暗号資産」を、どのように考えるか。中国では「デジタル人民元」の発行が予定されているが、政府が保証する同様のデジタル通貨の導入は考えるか。
6.大富豪たちの「宇宙旅行」競争を、どう見ています?
7.八街市での事故や、今月に入ってのスクールバスの事故に見られるように、子供たちの通学の危険性が指摘されている。少子化による学校の統廃合により、特に地方で通学が長距離化する中、登下校中の安全をどのように確保するのか。
8.今年8月、小田急線の車内で刺傷事件が発生した。のぞみ放火事件に見られるように、公共交通機関内部の「通り魔」的な事件がたびたび発生するが、防止・抑止策はあるのか。最近は鉄道車両でも車内に防犯カメラを設置するケースが多くなったが、是か?非か?

 ライオンズの松坂 大輔投手が今日、引退登板を終えました。西武鉄道では今日、西武球場前駅で、L-trainを使用した記念の催しを行っています。今月はファイターズの斉藤 祐樹、そして松坂と、平成の甲子園を沸かせた大物が、相次いでプロ球界を去っていく事となりました。両者の投げ合いを見たかった気もします。どちらも、お疲れ様、ありがとう。

№2404 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 阪急電鉄・1 神戸線

 衆議院が解散しました。この後19日公示・31日投開票の総選挙が行われます。既に市中には選挙ポスターの掲示板が設けられています。今回の総選挙はコロナ禍対策・「アフターコロナ」の経済が最大の争点と言われ、そうだろうとは思うが、それだけでもないはず。他にも聞きたい事、聞かなければならないだろう事はいくらでもあると思います。公示日となる来週火曜日の更新でまた、私なりに聞けるなら聞きたい事を並べてみます。候補者の皆さんが見てくれるとは、思っていないが。

阪急電鉄01梅田駅18ホーム神戸本線.jpg
 これまで当ブログでは、ひと昔・ふた昔、だからだいたい20~30年前くらいの、日本全国の私鉄の駅の画像を並べる企画を行ってきました。特に大手私鉄についてはほとんど全社やってきました。
 が、あと1社、関西の阪急が残っています。
 今回から3回に分けて、阪急の駅の昔の姿をご覧頂こうと思います。今回が神戸線の系統、来週火曜日が宝塚線の系統、木曜日が京都線の系統です。
 撮影は、一部例外もあるが、大半は1995(H7)年、阪神淡路大震災の年です。やや落ち着いてから数度訪れたが、その爪痕が残ったままの駅も、ありました。

神戸本線 梅田~三宮

阪急電鉄01梅田駅01駅ビル.jpg
梅田 うめだ
 関西のみならず、私鉄を代表する大ターミナルです。阪急百貨店も併設、まさに「関西の私鉄のターミナル」。
「京都・宝塚・神戸・須磨ゆき」と、壁面に大きく書かれているのも、いかにも関西です。関東ではほぼ見られないので(東武の浅草くらいかな?)。
 今は改称して、大阪梅田。

阪急電鉄01梅田駅07三階改札口 1995.jpg
 改札口もいくつかあるが、最も大きいのが、この3階改札口という事になります。
 線路は9線あるが、ホームの1~3号線(阪急はこう呼称)が京都本線、4~6号線が宝塚本線、7~9号線が神戸本線で、それが一番上の画像です。

阪急電鉄01梅田駅15発車案内表示神戸本線.jpg
 この表示は、震災のため西宮北口より先が不通になっていた時の撮影で、特急・普通が共に西宮北口で折り返し、という状況。
 当時は特急を中心に山陽電鉄須磨浦公園への直通があったが、阪神・山陽の梅田⇔姫路間直通特急スタート時に廃止になりました。

阪急電鉄11-02中津 1995.jpg
中津 なかつ
 梅田~十三間は三複線になるが、この中津駅は、京都本線はホームがなくて全列車通過になります。

阪急電鉄11-03十三 1995.jpg
十三 じゅうそう
 ここで3方向に分かれていきます。「カードで乗り降り ラガールカード」の宣伝文句が時代(というにはまだ早いか?)。

阪急電鉄11-04神崎川 1995.jpg
神崎川 かんざきがわ

阪急電鉄11-05園田 1995.jpg
園田 そのだ
 当時も今も普通電車しか停車しないが、2面4線の退避駅。園田競馬場の最寄り駅で、競馬対策と思われるホームが4号線の外側にあるが、今は使われていない。

阪急電鉄11-06塚口 1995.jpg
塚口 つかぐち
 伊丹線分岐駅。

阪急電鉄11-07武庫之荘 1995.jpg
武庫之荘 むこのそう

阪急電鉄11-08西宮北口01駅舎.jpg
西宮北口 にしのみやきたぐち
 神戸本線と今津線の接続駅。昔は西宮北口で今津線が平面交差していて有名だったが、現在は分断されています。神戸本線は2面4線。

阪急電鉄11-08西宮北口10カリヨン 1995.jpg
 コンコースには、カリヨンがあります。

阪急電鉄11-09夙川 1995.jpg
夙川 しゅくがわ
 甲陽線分岐駅。

阪急電鉄11-10芦屋川 1995.jpg
芦屋川 あしやがわ

阪急電鉄11-11岡本 1995.jpg
岡本 おかもと
 震災から復旧して再開した時に、特急停車駅になりました。

阪急電鉄11-12御影 1995.jpg
御影 みかげ
 この駅の西側に、本線に挟まれる形の待避線があります。昔は山陽電車が六甲まで乗り入れていて、折り返しのために使用していました。震災発生時にはここに仮設ホームを設置し、神戸側への折り返し運転に対応していました。

阪急電鉄11-13六甲 1993.jpg
六甲 ろっこう
 この画像は少し前、1993(H5)年の撮影です。

阪急電鉄11-14王子公園 1995.jpg
王子公園 おうじこうえん

阪急電鉄11-15春日野道 1995.jpg
春日野道 かすがのみち

阪急電鉄11-16三宮 1991.jpg
三宮 さんのみや
 まず震災で被災する前、1991(H3)年に撮影した画像です。「西宮スタジアム」とあるが、プロ野球のブレーブスは1988(S63)年シーズン終了後に阪急の手を離れてオリックスのものとなり、画像撮影の年からオリックス・ブルーウェーブとして、グリーンスタジアム神戸(現在はほっともっとフィールドと呼称)にホームを移転していました。
(後にさらに近鉄を統合してオリックス・バファローズとなり、大阪の京セラドームをホームにしている)。

阪急電鉄11-16三宮01仮設駅ビル 1995.jpg
 そして、全線運行再開後の撮影。仮設です。

阪急電鉄11-16三宮 1996.jpg
 三宮は、翌1996(H8)年にも訪れて撮影しました。もう少し本格的な駅舎になっています。この後、旧駅ビルをモチーフとした新駅ビルがオープンする事になるが、内部はまだ未見。
 今は改称して、神戸三宮です。

神戸高速鉄道01-52花隈 1994.jpg
花隈 はなくま
 この駅は本来は神戸高速鉄道南北線の駅だが、神戸三宮~高速神戸間は昔も今もダイヤ上、神戸本線と一体で運営されており、現在の駅ナンバリングも阪急式に付与されています(HK17)。なので、ここで出します。

伊丹線 塚口~伊丹

阪急電鉄12-01稲野 1995.jpg
稲野 いなの

阪急電鉄12-02新伊丹 1995.jpg
新伊丹 しんいたみ

阪急電鉄12-03伊丹 1991.jpg
伊丹 いたみ
 ここもまず、被災前の1991(H3)年に撮影した画像です。短区間の独立した支線の終点ながら、被災前は2面3線の比較的大きな高架駅で、明らかにその先への延伸を考慮した構造になっていました。震災時、崩れかけた高架橋から落ちそうになった阪急電車の映像が衝撃的でした。

阪急電鉄12-03伊丹(仮駅) 1995.jpg
 再開後だが、被災した旧駅にとりつく築堤を取り壊して、仮設の駅を設けて営業していました。
 その後再建された(新)伊丹駅は、単純な頭端式の1面2線となり、もはや延伸はあり得ない。

今津線 宝塚~今津
 運転系統は宝塚側と今津川に分かれています。
 現在の今津線の駅ナンバリングは今津(HK21)→宝塚南口(HK28)・宝塚(HK56)という方向だが、本来は宝塚が起点・今津が終点なので、この方向で並べます。宝塚は、宝塚本線で出します。

阪急電鉄13-01宝塚南口 1995.jpg
宝塚南口 たからづかみなみぐち
 宝塚駅は1990年代に入って高架化工事が行われるが、関連で宝塚~宝塚南口間が一時単線となり、朝夕ラッシュ時には宝塚南口折返しが設定された事がありました。

阪急電鉄13-02逆瀬川 1995.jpg
逆瀬川 さかせがわ

阪急電鉄13-03小林 1995.jpg
小林 おばやし

阪急電鉄13-04仁川 1995.jpg
仁川 にがわ
 阪神競馬場の最寄り駅です。西宮北口方面は、宝塚側にホームがあって、競馬終了後の対策と思われるのだが、今は使用していない模様(というか、まだあるのかどうか、未確認)。

阪急電鉄13-05甲東園 1995.jpg
甲東園 こうとうえん

阪急電鉄13-06門戸厄神 1995.jpg
門戸厄神 もんどやくじん

 今津線の北側は、平日朝ラッシュ時には宝塚→梅田間の準急があるが、西宮北口構内は短絡線を経由するため停車できず、門戸厄神の次は武庫之荘。

阪急電鉄13-07阪神国道 1995.jpg
阪神国道 はんしんこくどう

阪急電鉄13-08今津 1991.jpg
今津 いまづ
 まず、1991(H3)年の撮影。当時は阪神との共同使用駅(阪神もまだ地平だった)で、阪神の上りホームの反対側に発着、急カーブで西宮方向に出ていきました(ノーラッチ乗り換えができていたかどうかは忘れた)。

阪急電鉄13-08今津 1995.jpg
 阪神が高架化するため、先に阪急の側が、新しい高架駅に移転しました。その後阪神も西宮市内連続立体化で高架化され、阪急の駅とは連絡通路で結ばれるようになった、と№1650で書いています。

甲陽線 夙川~甲陽園

阪急電鉄14-01苦楽園口 1995.jpg
苦楽園口 くらくえんぐち

阪急電鉄14-02甲陽園 1995.jpg
甲陽園 こうようえん

 次回(来週火曜日予定)は、宝塚線系統です。

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《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
13日 子供の自殺 年間初の400人超 文部科学省公表
(韓国 「アフターコロナ」ロードマップ作製 委員会初会合)
14日 山口フィナンシャルグループ 前会長に辞任勧告決議 可決
(インドネシア・バリ島 外国人観光客受け入れ再開)

 バリ島は日本人も受け入れるが、①ワクチン2回の接種 ②入国後、自己負担で5日間の隔離 が条件になっていて、①はまだしも②の条件があるうちは、心理的にも、簡単には行けないだろうと思う。
 台湾・高雄の火災は、少なくとも46人が犠牲になってしまいました。日本では、50年位前には100人以上が犠牲になるデパート火災が相次ぎ、ホテルニュージャパンの火災も衝撃的(平成になってからもしばらくは、焼け跡が残る建物が残っていたものだ)だったが、平成以降では、ちょうど10年前の新宿歌舞伎町雑居ビル火災44人、2年前の京都アニメーション放火事件35人となるから、同じ規模と言っていい。原因はまだ解らないが、ともかく亡くなられた方々には、ご冥福をお祈りいたします。

№2401 東急池上線 池上駅

 東急池上線・池上駅は、地域の中心である事に加えて、池上本門寺の最寄り駅でもあり、東急の中でも比較的ローカルな路線と言える池上線の中では、常に多くの利用者で賑わる駅です。
 その池上駅が先ごろ、前面リニューアルを終えて、完全に生まれ変わった姿を現しました。今回はこの、新生池上駅をご覧いただきます。

東急電鉄池上駅01駅ビル 20211001.jpg
 東急の公式WEBでは、2020(R2)年度の乗降人員が公表されていて、池上駅は27,763人。2019(H31~R元)年度が36,564人だったそうだから、完全にコロナ禍の影響が出ました。前年比△24.1%(池上駅に限らず、東急の駅全部がそうなのだが)。池上線の中では五反田、蒲田に次いで3位。他線の接続がない中間駅では、一番多い。駅ナンバリングIK13。
 それにしても、ずいぶん大掛かりな駅舎、というか駅ビルになりました。「エトモ池上」というのが一体になっていて、商店の他、図書館や保育所なども入っているそう。 
 駅前は、東急バスのバスターミナルとしても、機能しています。ここはまだ整備途上、か。

東京急行電鉄03-12池上.jpg
 以前もご覧頂いている、旧駅舎。どこかレトロモダン、という感じもして、このままリニューアルしても、とは思ったが、ただし、上下のホームを結んでいるのが構内横断場(踏切)で、比較的乗降の多い駅としては、安全性の問題もあった、という事でしょう。橋上駅舎化を機に、という面も、あったのではないか。

東急電鉄池上駅02北口エスカレーター 20211001.jpg
 北口のエスカレーター。

東急電鉄池上駅03北口エレベーター 20211001.jpg
 北口のエレベーター。

東急電鉄池上駅04南口エスカレーター 20211001.jpg
 新設になった南口の、エスカレーター。

東急電鉄池上駅05南口エレベーター 20211001.jpg
 南口のエレベーター。

東急電鉄池上駅99南口ポスト.jpg
 駅の機能とは直接の関係はないが、南口にある郵便ポストは、昔、池上線を走っていた旧型電車の「紺色+黄色」にデザインされています。
(現在、同色をラッピングした1000系「きになる電車」(1017F)を運行中。

東急電鉄池上駅06池上仲見世 20211001.jpg
 2Fの、駅施設につながるコンコースは「池上仲見世」と称して、店舗が入っています。

東急電鉄池上駅07券売機 20211001.jpg
 券売機。

東急電鉄池上駅08改札口 20211001.jpg
 改札口。

東急電鉄池上駅09改札内コンコース 20211001.jpg
 改札内のコンコース。コンセプトの「門前町」のイメージはここにも現れていて、WC部の囲いも、木材が使われています。

東急電鉄池上駅10模型 20211001.jpg
 この傍らには、池上線の電車の模型があります。(旧)3000系と、デハ7200形。

東急電鉄池上駅11下りホームエスカレーター 20211001.jpg
 下りホームのエスカレーター。

東急電鉄池上駅12下りホームエレベーター 20211001.jpg
 下りホームのエレベーター。

東急電鉄池上駅14上りエスカレーター 20211001.jpg
 上りホームのエスカレーター。

東急電鉄池上駅15上りエレベーター 20211001.jpg
 上りホームのエレベーター。

東急電鉄池上駅13ベンチ 20211001.jpg
 上下ともベンチは、壁面と一体のウッディなイメージ。古材「えきもく」を使用しているのだそう。

東急電鉄池上駅16ホーム発車案内表示 20211001.jpg
 発車案内表示は、基本的には五反田~蒲田間通しの各駅停車しかないから、上下とも直前の列車の表示だけ。

東急電鉄池上駅17ホーム 20211001.jpg
 最後に、ホーム。18m車×3連だから60m程度と短い。池上線と東急多摩川線は、センサー併用のホーム柵を採用しているが、どこかの機会で、他線のようなホームドアに置き換え、などという事は、あるのだろうか?

 駅周辺の活性化も狙った池上駅の全面リニューアル、だったが、頃合い悪く、コロナ禍と被ってしまいました。乗客大幅減だけでなく、池上本門寺のお会式も、万灯練供養(12日を予定していた)が中止になってしまいました(現在、蒲田駅の池上線ホーム終端部に、万灯が展示されている)。苦しい状況は続くが、それでも感染禍の状況は好転しつつあるようで、来年こそは、大規模にリニューアルされた駅にふさわしい賑わいが訪れる事が、期待されます。

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《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
 3日 バスケットボール女子 アジアカップ 日本 大会史上初5連覇達成
(東京都内新規感染者161人確認 日曜日では今年最少)
 4日 北朝鮮 韓国との連絡ルート復旧
(ワクチン2回目接種完了 全人口の60%超達成)
 5日 飲酒運転5人死傷事故 求刑上回る懲役11年判決
(東京都 「第6波」対応「即時体制」構築検討)
 6日 岩手県沖震源の地震発生 青森県で震度5強
’(大阪府 予約なしワクチン接種 府庁新別館で開始)
 7日 日大理事・医療法人前理事長 背任容疑で逮捕
(東京都 医療提供体制警戒レベル 約10か月ぶり 2番目のレベルに引き下げ)


 作曲家のすぎやま こういちさんが亡くなられた事が明らかになりました。ご冥福をお祈りいたします。ニュース報道はほぼ「ドラクエ」一色だけれど、私の年代で言うと、ロボットアニメの「伝説巨神イデオン」(1980(S55)年)、じゃないですかね?エンディング曲も作曲されたのだけれど、当時出演していた女優の戸田 恵子さん(声優としてもアンパンマンでお馴染み、ですね)が歌っていて、10年くらい前のNHK-BSの音楽番組でも、すぎやま こういちゲスト回で、すぎやまさんの前で戸田さんが歌っていたのが、今でも印象に残っています。当時のゲーム音楽事情を反映したトークも、面白かったね。

 火曜日はお休みを頂きました。緊急事態宣言・まん延等防止措置が全て終わった事で、自主的な自粛もとりあえずはもういいだろうと、月~水の3日間をかけて東海と近畿の鉄道、特に紀勢本線に乗ってきました。紀勢本線は懐が深い路線だし、特に近年は(JR東海・JR西日本とも)特急も普通も減便傾向なので、1日で亀山から和歌山まで乗り通すのは、結構大変な作業です(普通列車限定なら、なおさら)。いずれ書くが、つくづく思ったのは、例えある程度の外出はできたとしても、近場をグルグル回るだけでは、視野が非常に狭くなってしまうという事。私のような、年がら年じゅう、遠くへ行きてぇーっ!と考えているような人間には、なおさらです。数か月ぶりにJR西日本の電車で(結局今回は227系1000番台だけで終わってしまったが)、紀勢本線を数十年ぶりに乗り通して、はっきり感じました。当分海外旅行は考えられない(少なくとも、来年いっぱいまでは)ので、その分国内再発見で、コロナ禍の状況も見据えつつ、可能な範囲で日本を訪ねてみようと考えています。それが、新たな楽しみです。

№2396 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 津軽鉄道

ストーブ列車 タブレット交換.jpg
 青森県の私鉄の昔の駅、前回は弘南鉄道の駅をご覧頂きました。
 今回は、ストーブ列車で有名な、津軽鉄道です。例によって記録を残していないのは申し訳ないが、保存している乗車券の日付からして、ほとんどの画像は恐らく、1995(H7)年1月13日の撮影です。ストーブ列車にも乗りました。当時はタブレット閉塞で、タブレットの受け渡しのシーンも見られました。それが、上の画像です。

津軽鉄道01津軽五所川原01駅舎.jpg
津軽五所川原 つがるごしょがわら
 JR五能線五所川原とは駅舎は別で、駅名も違う、が、跨線橋は共用という、ここも東北地方では良く見られるスタイルです(ここは今も変わっていないよう)。

津軽鉄道01津軽五所川原05車庫.jpg
 車庫。この時点では津軽21形はまだ導入されていなくて、国鉄キハ20形に準じたキハ2400形(1段上昇窓)、JRから購入したキハ22形が主力、という時代でした。

津軽鉄道02十川.jpg
十川 とがわ

津軽鉄道03五農校前.jpg
五農校前 ごのうこうまえ

津軽鉄道04津軽飯詰.jpg
津軽飯詰 つがるいいづめ

津軽鉄道05毘沙門.jpg
毘沙門 びしゃもん

津軽鉄道06嘉瀬.jpg
嘉瀬 かせ

津軽鉄道07金木.jpg
金木 かなぎ

津軽鉄道08芦野公園.jpg
芦野公園 あしのこうえん

津軽鉄道09川倉.jpg
川倉 かわくら

津軽鉄道10大沢内.jpg
大沢内 おおさわうち

津軽鉄道11深郷田.jpg
深郷田 ふこうだ

津軽鉄道12津軽中里02改築後.jpg
津軽中里 つがるなかざと
 先に改築後をご覧いただきます。スーパーと同居する近代的なタイプになったが、このスーパーは、今はないそうです。なお、北海道新幹線開業時に、奥津軽いまべつへ行く弘南バス路線が開通したが、やはり客足が付かなかったようで、去年の11月に、予約制乗合タクシーに移行しています。

津軽鉄道12津軽中里01改築前 1990.jpg
 津軽鉄道は、先に1990(H2)年、確か2月12日に乗車しています。品川から広崎まで、今はなき高速バス〔ノクターン〕に乗った時、だったかな?この時に撮影した、改築前の駅舎です。

津軽鉄道時刻表19941101.jpg
 1994(H6)年11月1日改正の時刻表です。津軽鉄道は毎年2回ダイヤが変わるので全部を比較するのは難しいが、根本的な部分は変わっていなんじゃないですかね?

 結局画像は全部雪景色で、特にホームだけの無人駅なんて寒々とした印象だけれど、これはこれで、この方が津軽らしくていい、とも感じます。
 津軽鉄道は、結局21世紀になってからは一度も訪れていません。今はどうなんだろう、またいずれ乗りに行きたい、と思うが、いつの日になるのか。乗るなら、やっぱり冬、ストーブ列車(今はストーブ列車車両は有料、これが唯一、20世紀と違う点か?)が走っている時期、だろうか。他の季節も良さそうだが。
 青森県には、以前も何度か書いた南部縦貫鉄道に十和田観光電鉄、黒石線と同じく旧国鉄特定地方交通線を引き継いだ下北交通、乗った事はないが遠い昔には南部鉄道(現南部バス→岩手県北自動車南部支社)もあったけれど、21世紀になってから東北本線を転換して開業した青い森鉄道を除くと、青森県の私鉄は、津軽地方の弘南・津軽の2社のみになってしまいました。私の両親が青森出身という事もあって、ひょっとしたら他の都道府県以上に思い入れが強いのかも知れず(ただし、私自身は青森県には住んだ事がないし、まして津軽弁は全く理解不能)、それだけに、鉄道もまたその行く末を注目してしまうのかも知れません。海・山・湖という自然もまた魅力だし、鉄道だけでなく、バス・船等他の交通機関もまた魅力的なのだが。今すぐとは言えないが、いつかまた、両私鉄を含めた青森の鉄道を探訪できる日を作れればと思っています。それまで、弘南・津軽両私鉄には、コロナ禍を何とか乗り越えて、走り続けて欲しいと願います。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
22日 柏崎刈羽原発テロ対策不備 東京電力 報告書提出
(関西空港 PCR検査センター開設)
23日 栃木県農業大学校「いちご学科」 オンラインでオープンキャンパス
(札幌・すすき野で職域接種 2回目接種者には缶バッジ配布)

№2395 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 弘南鉄道

弘南鉄道大鰐線02.jpg
 当ブログでは、去年の夏からこれまで、平成の30年間に起きた鉄道のできごとを、都道府県別に振り返ってきました。今月は長野県まで到達、長野県のローカル私鉄3社の、平成初期~中期くらいの時期に撮影した駅をご覧頂いています。
「ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅」は、今回からしばらくの間、これまで取り上げてきた県の鉄道の駅を、不定期・散発的にご覧頂こうと思います。残念ながら廃止になった鉄道の駅はだいぶ前、それこそ当ブログを始めた時期に取り上げているが、これからは主に、今も現役の鉄道の駅の昔の姿の画像を並べる事にします。
 まずは青森県の、弘南鉄道です。青森県は残念ながら、平成の30年の間に南部縦貫鉄道、下北交通、十和田観光電鉄が廃止になってしまい、東側の三八上北・下北はローカル私鉄が全滅してしまいました。現在の純粋なローカル私鉄は、津軽地方の2社のみです。そのうち、弘南鉄道は、元々は別々だった弘南線と大鰐線の会社が合併して成立した私鉄で、加えて旧国鉄の特定地方交通線・黒石線も引き受けていました。
 その3路線が運行されていた、1994(H6)年の撮影になります。当時はまだなかった駅もあります。また、名前を変えた駅も、いくつかあります(皆学校絡み)。

大鰐線 (大鰐~中央弘前)
 大鰐線は、大鰐が起点・中央弘前が終点です(現在の駅ナンバリングは中央弘前KW01→大鰐KW14)。戦後開業の、比較的新しい路線。だから、年季が入った木造駅舎は、大鰐線にはない。

弘南鉄道03-01大鰐 1994.jpg
大鰐 おおわに
 奥羽本線の北側に、独自の駅舎があります(跨線橋は共用)。JRの方は後に大鰐温泉と改称するが、弘南鉄道は大鰐のまま。

弘南鉄道03-02宿河原 1994.jpg
宿川原 しゅくがわら

弘南鉄道03-03鯖石 1994.jpg
鯖石 さばいし
 なお、「さば」の漢字は本当は「魚」辺に「青」なのだけれど、JIS規格になく、PCでは出せない文字みたい。IMEパッドにもなかった(弘南鉄道公式Webでもそうなっている)。

 次の石川との間には、2002(H14)年10月1日に石川プール前駅が開業しています。

弘南鉄道03-04石川 1994.jpg
石川 いしかわ

弘南鉄道03-05義塾高校前 1994.jpg
義塾高校前 ぎじゅくこうこうまえ

弘南鉄道03-06津軽大沢 1994.jpg
津軽大沢 つがるおおさわ
 車両基地があります。撮影当時はまだ旧型電車が残っていて(弘南線もだったが、ラッシュ専用だったか?)、旧西武のクハ1266形の編成が見えます。

弘南鉄道03-07松木平 1994.jpg
松木平 まつきたい
 弘南鉄道に限らないが、平を「たい」と読むのは、東北らしいと思います。

弘南鉄道03-08小栗山 1994.jpg
小栗山 こぐりやま

弘南鉄道03-09千年 1994.jpg
千年 ちとせ

弘南鉄道03-10城南 1994.jpg
城南 じょうなん
 今は改称し、聖愛中高前(せいあいちゅうこうまえ)。

弘南鉄道03-11西弘前 1994.jpg
西弘前 にしひろさき
 今は改称し、弘前学院大学前(ひろさきがくいんだいがくまえ)。

弘南鉄道03-12弘高下 1994.jpg
弘高下 ひろこうした

弘南鉄道03-13中央弘前 1994.jpg
中央弘前 ちゅうおうひろさき
 弘南線やJRの弘前駅からは、離れた位置にあります。

弘南線(弘前~黒石)

弘南鉄道01-01弘前 1994.jpg
弘前 ひろさき
 当時は、JRと弘南鉄道は、窓口・券売機は別々だったが、弘南線のホームへ行く跨線橋は共用だったはずです。北日本でよくあるスタイルだったが、現在は、JRは橋上駅舎となり、弘南鉄道は西側に独自の駅舎を立てています。11年前の2010(H22)年4月と、4年前の1997(H29)年5月に降り立った時に見ています。それぞれ№199と、№1699で書きました。

弘南鉄道01-02東工業高前 1994.jpg
東工業高前 ひがしこうぎょうこうまえ
 現在は改称し、弘前東高前(ひろさきひがしこうまえ)。

弘南鉄道01-03運動公園前 1994.jpg
運動公園前 うんどうこうえんまえ

弘南鉄道01-04新里 1994.jpg
新里 にさと

弘南鉄道01-05館田 1994.jpg
館田 たちた

弘南鉄道01-06平賀 1994.jpg
平賀 ひらか
 車両基地があり、ラッセル車を見る事もあります。近代的な駅です。1986(S61)年12月に改築オープンしたとの事。

弘南鉄道01-07柏農高校前 1994.jpg
柏農高校前 はくのうこうこうまえ

弘南鉄道01-08津軽尾上 1994.jpg
津軽尾上 つがるおのえ

 撮影当時は、津軽尾上と田舎館の間2.7㎞には、駅がありませんでした。この後1999(H11)年4月1日に尾上高校前、2013(H25)年7月27日に田んぼアート駅が開業しています。田んぼアート駅は№1699で出しています(朝晩は通過、冬季は全列車通過)。

弘南鉄道01-10田舎館 1994.jpg
田舎館 いなかだて

弘南鉄道01-11境松 1994.jpg
境松 さかいまつ

弘南鉄道01-12黒石 1994.jpg
黒石 くろいし
 国鉄時代の黒石駅とは別の場所で、弘南黒石と呼称していたが、黒石線が転換された時に路線を敷き直して弘南鉄道の駅と統合、黒石線の車庫も造られました。転換2年後の1986(S61)年4月に改称しています。現在でも弘南線の車両の留置があります。

黒石線(黒石~川部)

弘南鉄道02-01前田屋敷 1994.jpg
前田屋敷 まえだやしき

弘南鉄道02-02川部 1994.jpg
川部 かわべ
 JR東日本との共同使用駅で、弘南鉄道の駅員はいませんでした。黒石線は国鉄時代は弘前への直通列車の設定もあったそうだが、転換時に線路は分断されています。駅舎そのものは今でも変わっていないみたい。

 撮影した当時の、各線の時刻表です。

弘南鉄道大鰐線時刻表19940401.jpg
大鰐線 1994(H6)年4月1日改正

弘南鉄道弘南線時刻表19940401.jpg
弘南線 1994(H6)年4月1日改正

弘南鉄道黒石線時刻表19940418.jpg
黒石線 1994(H6)年4月18日改正

 この当時は、大鰐線と弘南線には朝夕に快速があったし、弘南線では、ラッシュ時には6連が走っていたものでした。大鰐線は快速+普通で合計36往復(区間運転・学校休校日運休含む)、弘南線は35往復、黒石線は21往復の設定がありました。
 その後黒石線は1998(H10)年3月いっぱいで廃止、弘南鉄道としては14年しか持ちませんでした(旧国鉄特定地方交通線で、他鉄道に転換された路線では一番早い廃線だった)。また大鰐線・弘南線も急速に減便が進み、快速も廃止、大鰐線に至っては(区間運転増便の実験も行われた事があるが)朝方以外は1時間間隔となり、夕方はラッシュと言えるものがなくなってしまいました。弘南線も日中は1時間間隔です。30年足らずで、大鰐線は17往復と半分以下、弘南線も23往復にまで減便されてしまいました。黒石線を代替した弘南バスも、現在は平日5往復・土休日4往復です。
 弘南線の田んぼアート駅開業など、利用者を増やす試みは見られるものの、外部から利用者を呼べるような目玉が少ない事もあって、沿線の利用が減少すると、ストレートに影響する事になります。無論、現在のコロナ禍も極めて心配な材料です。車齢50年を超えた、旧東急の7000系の代替も、現状では難しい。環境は極めて厳しいが、何とか頑張って欲しい、としか、言いようがないです。弘南線は4年前に乗っているが、大鰐線はご無沙汰が長いので、ここも早めに再訪をしたいとは思っているが、いつになるのか。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
19日 ヤクルト 村上 宗隆 史上最年少21歳7か月で100号ホームラン達成
(さいたま市 妊婦へのワクチン優先接種開始)
20日 ロシア中部ペルミ 大学で銃乱射事件 8人死亡
(八重山地方 民謡「とぅばらーま大会 オンライン開催)
21日 バスケットボール男子日本代表 トム・ホーバス氏 新ヘッドコーチ就任発表
(ワクチン接種 1回目 全人口の66.5% 2回目 54.4%達成)

 ワクチン接種は、私は2回目も終わったので、54.4%の一人という事になるが、都道府県別の接種状況も発表になっているけれど、同じ北関東で隣同士なのに、群馬県は1回目接種が70%を超えている(全都道府県では山口県に次いで高い)のに、栃木県は60%に届いていない(沖縄県に次いで低い)。職域接種などもあるので単純比較もできないが、この差はどこから来るのだろうか?感染者数は、東京都が300人を割り、国全体でも1,767人だそうだからだいぶ落ち着いてきているが、これで、緊急事態宣言は今月いっぱいで終わり、となってくれるのだろうか?3連休を含めて祝日が2日ある今週がヤマ場、か。

№2393 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 上田交通 別所線

上田交通鉄橋 千曲川 上田~城下間.jpg
 長野県内の私鉄の一昔、ふた昔前くらいの駅の姿をご覧頂くシリーズ、最終回は上田交通(現上田電鉄)別所線です。
 かつては上田を中心に、いくつものローカル鉄道路線を走らせていた上田交通だったが、1969(S44)年6月以降は、今の別所線1路線だけになっていました。その直前に東急の傘下になっていた事もあり、昭和の終わり頃からは、東急の中古車両で車両の近代化が進められる事になります。
 今回撮影した画像は、基本的には1995(H7)年の撮影になります。5000系から、冷房付きの7200系に置き換えられてしばらく、という時期でした。

上田交通別所線01上田.jpg
上田 うえだ
 新幹線開業を機に高架新駅に移転する、その前の地平時代です。以前は留置線もありました。
 次の城下との間で、先日復旧した千曲川橋梁を渡ります。一番上の画像です。

上田交通別所線02城下 1995.jpg
城下 しろした
 行き違い可能駅。

上田交通別所線03三好町 1995.jpg
三好町 みよしちょう

上田交通別所線04赤坂上 1995.jpg
赤坂上 あかさかうえ

上田交通別所線05上田原 1995.jpg
上田原 うえだはら
 行き違い可能駅で、以前は青木線が分岐していました。かつてはここに車庫があったらしいが、昭和末期に下之郷に移転したのち、平成になってすぐ、駅自体が場所を変えたそうです。だから確かに、ホームも駅舎も真新しい。

上田交通別所線06寺下 1995.jpg
寺下 てらした

上田交通別所線07神畑 1995.jpg
神畑 かばたけ

上田交通別所線08大学前 1995.jpg
大学前 だいがくまえ
 長野大学、上田女子短大の近くにある駅です。ホームは真新しいが、駅自体は路線が開通した時点からあります。

上田交通別所線09下之郷 1995.jpg
下之郷 しものごう
 現在の別所線の中核となる駅で、行き違いが可能なほか、車庫があります。駅舎機能はホーム上にあります。

上田交通下之郷駅西丸子線ホーム跡 1995.jpg
 かつては西丸子線が分岐していて、ホームの跡が残っていました。西丸子線は、現在は上田バスの路線があるが、撮影当時はどうだったか解らないが、現状は、平日は下之郷発6本・丸子町発7本、土曜日は4往復、休日は運休…。

上田交通別所線10中塩田 1995.jpg
中塩田 なかしおだ
 駅舎は、別所温泉と共通した造りになっています。撮影時点では荒廃した感もありました。

上田交通別所線11塩田町 1995.jpg
塩田町 しおだまち

上田交通別所線12中野 1995.jpg
中野 なかの

上田交通別所線13舞田 1995.jpg
舞田 まいた

上田交通別所線14八木沢 1995.jpg
八木沢 やぎさわ

上田交通別所線15別所温泉 1995.jpg
別所温泉 べっしょおんせん
 別所温泉の駅舎もその後、リニューアルが行われています。

上田交通モハ5250形 1995.jpg
 別所温泉駅は急こう配を上がった所にホームがあるが、スイッチバック形態で側線があり、撮影時点では旧型電車が2両保存され、車内では資料が展示されていました。

 上田交通はその後、2005(H17)年には会社の再編成により、バス部門共々分社となって、上田電鉄として再スタートを切っています。
 その後の上田電鉄には、2009(H21)年10月、そして2か月前の7月に訪れています。12年前は当ブログスタート直後の№63で書きました。7200系→1000系へと、元東急同士で置き換えが進められている最中でした。7200系は「まるまドリーム」が最後の活躍、という所だったか。別所温泉駅は改修工事が終わり、中塩田も改修が進められている最中、という状況でした。
 親会社となった上田交通は今でも東急グループの一員であり、車両の供給の他、一昨年の水害からの復旧でも、いろいろな面で協力があったようです。上田は、東急の創始者・五島 慶太氏の出身地らしく(7月に訪問した時には、渋沢 栄一と並んだ企画展のポスターをご覧頂いています。№2377で出しました)。東急イン(現東急REIホテル)の1号店も上田(旧真田傍陽線の駅の跡地に建てられた。今は南口に移転)にオープンしており、上田とは、東急にとっても、今なお大事な場所なのでしょう。
(なお、バスは分社時の上電バスから上田バスに社名を変えた時に、東急の資本からは離れた。ただし、渋谷行の高速バスを、東急バス等と共同で運行している)

 別所線は今年6月に、開業100周年を迎えました。水害による千曲川橋梁の損壊からも立ち直り、華を添えた格好です。ここでも当然コロナ禍は心配だが、長電やアルピコに比べて、より地域の密着度が高いように思えるので、まだ影響は小さいかも知れません(むしろ北側の菅平などの方が大変かも)。7月の時は往復して、再生した鉄橋を見物しただけで終わってしまいました。その前の訪問時からの12年で、また新車両が入っている事もあるし、今一度時間を作って、撮影や乗車が出来たらな、と考えています。
 
 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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 京急は今日、10月18日より、久里浜線・京急久里浜~三崎口間で、平日11~15時台の減便を行うと発表しました。10往復削減し、基本的には20分間隔での運行。今日のリリースだけではやや判然としない部分もあるので、時刻表がPDFで配布されるのなら、それを見てみます。コロナ禍の影響なのは間違いないが、コロナ禍前の2019(H31~R元)年でも、最高で20%程度の利用しかなかったようで、観光はあっても、日常の利用はやはり少なくなる時間帯なのか。
 JR北海道の方は昨日、来年のダイヤ改正の基本線を発表しました。〔おおぞら〕は全列車261系となるが、閑散期は自由席車を1両減車し、4連で運行。H100形を根室本線・新得~釧路間(全列車)と石北本線・旭川~上川間に導入し、所要時分を短縮。学園都市線(札沼線)のロイズタウン駅が開業するが、リリースでは「最大限の約9割の停車を計画」としているから、全列車停車とはならないようだ。東風連駅は移転し、名寄高校と改称。新函館北斗では、北海道新幹線と〔北斗〕の接続を改善。〔ライラック〕2本は臨時列車化、臨時〔カムイ〕は運転日を削減。札幌圏では10本程度を土休日運休とするほか、学園都市線(札沼線)は日中・夕刻の運行本数・両数の見直し(減便・減車だろう)を実施。その他各地区で減車を実施。花咲線(根室本線・釧路~根室間)・宗谷本線・函館本線で合計7駅を廃止するが、駅名は記されていない。今回は地方のローカル列車の削減は行われないようだ。正式には(例年通りなら)12月半ば(12月17日?)のJRグループ統一リリースで詳細が発表されるだろうが、どこもコロナ禍の影響が甚大で減量が避けられなくなると思われるので、JR以外も含めて、ダイヤ改正の基本線のリリースが、早めに出される事になるのかも知れない。

《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
15日 ゲノム編集で品種改良のトマト オンラインで販売開始
(シンガポール 「ブースター接種」開始)
16日 グーグル 提携先新聞社・通信社記事掲載サービス開始
(琉球銀行 高校生採用試験 対面で面接)

「ブースター接種」は、欧米でも視野に入っているようだが、WHOは、一方で途上国にはワクチンが全然行き渡っていないのだから、「ブースター接種」は後回しにして、途上国への供給を優先してくれ、としています。いずれ日本でも問題になるはず。今は2度目の接種までのワクチンの確保が引き続き課題だが、その先、「ブースター接種」もだし、ワクチンが十分に確保できても、接種率が下がってくる、という事も起きるでしょう。様々な事案に、どう対処すべきなのか。当然総選挙の争点になりうるが、各党は、ワクチンを確保した、その「先」の接種戦略をどう描いて、有権者に示すのか。
 感染者が減少しているとはいえコロナ禍は引き続き心配だが、それ以上に、台風14号が進路を変えて、西日本に接近しつつあります。予想進路を見ると、日曜日にかけて西~東の日本列島を横断するようで、山陽新幹線は、明日の午後から計画運休に入るという事。大事に至らなければ、良いのだが。

№2392 ひと昔・ふた昔前 私鉄の駅 松本電気鉄道 上高地線

アルピコ交通2奈良井川橋梁.jpg
 長野県内の私鉄の、一昔、ふた昔前の駅の姿をご覧頂く短期シリーズ、今回は、松本電気鉄道(松電:現アルピコ交通)上高地線の駅をご覧頂きます。
 この所何年も足が遠のいていかんなあとは思っているが、この路線は路線名の通り、上高地へのアクセスとして機能していて、終点の新島々では上高地や乗鞍高原、新穂高温泉等の山登りの基地へ向かうバスが発着し、特に登山シーズンの夏場は大いに賑わいます。無論、地域住民の足としても重要です。松本~新村間は、前身の筑摩鉄道による開業から、この10月2日で100周年を迎えます。
 今回は撮影日がキチンと解っていて、2001(H13)年8月29日です。ちょうど20年前で、元京王の3000系への置き換えが完了した、1年後となります。

アルピコ交通01松本.jpg
松本 まつもと
 無論、JR東日本で、長野と並ぶ県内随一のターミナル。松電は7番線発着、大糸線(前身は筑摩鉄道の6年前に開業した信濃鉄道)の6番線と、同じホームを左右で分け合っています。
 松電とは関係なくなるが、現在の松本~新宿間の最速は、〔あずさ18号〕の2時間23分です。

アルピコ交通02西松本.jpg
西松本 にしまつもと

アルピコ交通03渚.jpg
 なぎさ
 思えば、海のない長野県の駅で「渚」とは、どういう由来なのだろうか。

アルピコ交通04信濃荒井.jpg
信濃荒井 しなのあらい
 行き違い可能駅。

アルピコ交通05大庭.jpg
大庭 おおば

アルピコ交通06下新.jpg
下新 しもにい

アルピコ交通07北新.jpg
北新 きたにい
 現在は改称し、北新・松本大学前。なお去年の暮れには、コロナ禍に伴う「密」防止のため、松本とここの間に臨時バスが運行されたそうです。それだけ普段から鉄道の利用が多いのなら、本来は頼もしい話のはずなのだが。

アルピコ交通08新村.jpg
新村 にいむら
 開業当時の駅舎が使用されていました。この11年後には新駅舎が建ち、この駅舎は後に解体されたそう。車両基地があります。
 当時は、ここまでが松本市でした。

アルピコ交通09三溝.jpg
三溝 さみぞ
 当時は、ここから先は東筑摩郡波田町でした。

アルピコ交通10森口.jpg
森口 もりぐち
 行き違いが可能。この駅舎も改築されているようです。

アルピコ交通11下島.jpg
下島 しもじま

アルピコ交通12波田.jpg
波田 はた

アルピコ交通13渕東.jpg
渕東 えんどう
 何の変哲もない、ホームに待合室だけの無人駅なのだが、改めて見ると、旅情をそそられるたたずまいという感じもします。後の鉄道むすめ「渕東 なぎさ」はもちろん、ここと渚駅から。

アルピコ交通14新島々.jpg
新島々 しんしまじま
 現在はここが終点で、前述の通り、夏場はここから各行楽基地へ向かうバスが、電車に接続する形で発着します。
(冬場は一部ローカル便のみ運行)
 この駅舎も後に改築され、行楽のゲートウェイにふさわしい装いになっています。

アルピコ交通旧島々駅舎.jpg
 昔はもうひと区間、島々まで路線があったが、水害の影響もあったらしく、休止の後、1984(S59)年いっぱいを持って廃止になっています。新島々のターミナル化後は、オマケみたいなものだったようだが。当時の駅舎が、新島々駅の近くに移築されています。へぇ、こんな良い駅舎だったんだ。

 この10年後、アルピコグループの中核企業だった松電は、県中央部のグループバス会社を合併して、アルピコ交通となりました。「松本電気鉄道」という社名はなくなったが、現在でも旅客案内では「松本電鉄」の名前が使われるようで、JRでも駅のサインや車内放送で「松本電鉄」が使われている事は、№1987で書きました。
 アルピコ交通成立後、先の新村や森口、あとは波田など、駅舎の改築が積極的に進められているようです。
 現在上高地線は、水害による田川橋梁(西松本~渚間)の被災により、松本~新村間(ちょうど100周年を迎える区間なのだが)でバス代行輸送が行われています。上高地への足は、自社が運行する「さわやか信州号」がメインになりそうな気配だし、もちろんコロナ禍の影響も甚大だから(インバウンドがなくなってしまった)、日常・観光の両面で非常に厳しい状況だと思われます。被災状況の写真を見ると、流出までには至らなかったが、復旧までには相当な期間を要しそうです。無理をしてもいけないが、早期の復旧により、再び登山者・観光客、そして地元の人々の足として活躍する姿が復活する事が、期待されます。
 なお、今の所アルピコからの公式な発表はなく、「噂」のレベルに過ぎないが、上高地線では車両の置き換えが予想されています。東武20000系という声も聞こえてくるが、ただ、水害+コロナ禍で、遅くなるかも知れない。

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《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
12日 ドイツ 国際音楽コンクールバイオリン部門 岡本 誠司氏優勝 
(外国人対象 ワクチン集団接種開始 茨城県常総市)
13日 北朝鮮 長距離巡航ミサイル発射実験 成功と発表
(米ニューヨーク 飲食店・劇場など ワクチン接種証明書提示要求義務化)
14日 人工妊娠中絶の配偶者同意 法律既定の署名提出
(受験生へのワクチン優先接種 文部科学大臣 大学・自治体への要請表明)

 人工妊娠中絶は、米テキサス州ではそれどころか、中絶という行為そのものが今月になって州法で禁止され、バイデン政権が提訴するなど、政治的な分断になっているという。