№2913 小田急電鉄 自作ダイヤ 2018(H30)年3月17日改正

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 前2回は、海老名駅の時刻を中心に、小田急電鉄のダイヤの変遷について記しました。
 今回は、ついに複々線化が完成し、歴史的な大幅改正となった、2018(H30)年3月17日の、平日の自作ダイヤを公開します。
 小田急電鉄発行の時刻表から書き起こしているが、1㎞を2㎜に設定し、千代田線のダイヤも付加しているので(千代田線の列車番号は省略しました)、少し見づらいかも知れません。例によってかなりの部分、自分の推測でスジを引いたところがあります。実際の時刻と違う部分もあったかもしれません。今回はコンビニのスキャナーで作成したPDFファイルを、今回は外部ソフトでJPG化しています。画像の変わり目の部分で把握しづらくなっているかもしれませんが、合わせてご勘弁の上、ご覧ください。

小田急線ダイヤ 2018_0317-1.jpg小田急線ダイヤ 2018_0317-2.jpg小田急線ダイヤ 2018_0317-3.jpg小田急線ダイヤ 2018_0317-4.jpg小田急線ダイヤ 2018_0317-5.jpg小田急線ダイヤ 2018_0317-6.jpg

 このダイヤはまっとうな行為であれば、どのように利用されても構いません。が、そのために損害を被られたとしても、一切の責任は負えません。ご承知おきください。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


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25日 テニス全豪ジュニア女子 シングルス 園部 八奏初優勝 日本人初
 JALは昨日、昨年12月にオーストラリアで起きた機長の飲酒トラブルの問題で、赤坂 祐二会長が安全対策の最高責任者の職を解くと発表しました。赤坂会長と鳥取社長の減給も発表されています。この一件に関して改めて思うのだが、後になって必死にごまかそうとしなければならないくらいに酒をがぶ飲みしなければならない程、友達付き合いって大切ですか?翌日の運航に重大な悪影響を及ぼす事になろうとも。極度の馴れ合いは、我が身も職場も破滅に陥れるのです。それはJALだけでも、航空だけでも、交通だけでもなく、私自身、直接・間接的に見聞きし、体験してきた事です。人間関係はギスギスしても良くないけれど、つかず離れずほどほどの関係が寛容。職場内は特に。いずれにしろ、飲酒問題は本当にこれっきりで終わりにして頂きたい。

№2912 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 24.小田急小田原線 海老名駅(後)

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 小田急小田原線・海老名駅を巡るダイヤの変遷、後半は2012(H24)年3月改正からです。東日本大震災がもたらした危機を乗り越えた小田急は、2018(H30)年、ついに複々線化事業の完成を見ました。その後はコロナ禍の危機はあったが、海老名は町そのものの発展もあり、待望のロマンスカーミュージアム、そして小田急自体の本社の一部移転と大きく飛躍、小田急電鉄全体における重要な地位を得る事になります。

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2012(H24)年3月17日改正
 3年ぶりの改正となりました。
 快速急行が、土休日の日中にも設定になりました。平日同様在来の急行を建て替える形で、60分間隔の運行です。
 ロマンスカーでは、〔メトロはこね〕が平日にも設定になった一方、〔あさぎり〕は御殿場~沼津間が廃止となり、再び新宿~御殿場間の運行となって、60000形MSEによる3往復(土休日4往復)運行になりました。

 2013(H25)年3月23日、下北沢付近が地下線化され、複々線化事業区間では、踏切がほぼすべてなくなりました(向ヶ丘遊園の手前1か所のみ)。

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2014(H26)年3月15日改正
 さらにまた2年、間が空きました。
 平日で、小田原を7時台に出発する快速急行が初めて設定になりました(海老名発8時01分)。急行からの立て替えで、新宿までは4分の短縮になりました。
(新百合ヶ丘で、我孫子行急行が接続)

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2015(H27)年3月14日改正
 平日夕刻の新宿発車時刻をパターン化し、準急を急行に変更しました。このため、海老名でも特に夕刻にかなり時刻が変わってきています。
 土休日は朝方上り、夜間下りで快速急行の設定が増えました。
 ららぽーと海老名がこの年の10月29日にオープンしました。この先小田急自身も、海老名付近(小田急線とJR相模線に挟まれたエリア)の再開発事業に、積極的になっていきます。

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2016(H28)年3月26日改正
 北海道新幹線が開業した日だが、小田急にとっても、複々線化事業完成前では、一番重要な改正になったと思われます。
 ついに、海老名に特急ロマンスカーが停車するようになりました。基本的には本厚木への停車を変更したもので、当時はまだ日中が中心、朝方の停車はないけれど、この後改正の度に、停車が増えていきます。また、伊勢原にも2往復が停車(大山への行楽対策)。
 この改正で、長らく続いたダイヤの30分サイクルが、20分サイクルに変更になりました。小田原線の快速急行が約20分間隔になり、江ノ島線と合わせて、新宿口では10分間隔にまで設定が増加します。
 一方で快速急行・急行の一部は新松田止まりとなり、新松田で始発の各駅停車に接続する形態となりました。
 この改正から、千代田線直通は小田急・東京メトロの編成に加え、JR東日本のE233系2000番台も運用される事になりました。JRの通勤電車が大手私鉄に乗り入れるのは初めて。大半は多摩線直通だが、海老名でも平日夜間に2往復見られました(下り20時18分・21時15分、上り21時08分・22時01分)。また、小田急4000形もJR常磐線へ直通を開始、大手私鉄通勤型のJR線直通も初めてです。取手への直通運用もあり、大手私鉄の電車の茨城県乗り入れも初でした。

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2017(H29)年3月4日改正
 平日の夜間に若干の変更点はあるが、大きなパターンの変更はない。
 この時刻を掲載した小田急発行の時刻表では、翌年の複々線化事業の完成がアナウンスされ、同時に行われる新ダイヤについても、ある程度予告されていました。
(同時にロマンスカー70000形(この時点ではGSEの愛称は決まっていなかった)新造・EXEリニューアル(EXEα)も予告)

小田急小田原線海老名駅 2018_0317.jpg
2018(H30)年3月17日改正
 ついに下北沢付近の複々線化が完成しました。
 ダイヤの変更があまりにも多岐にわたり、いきなりテキストにしても分かりづらくなるはずだから、この新ダイヤを解説した広報誌「ODAKYU VOICE」の特別版、「新ダイヤ号」の紙面をご覧頂きます。表紙等も含めて16ページに渡るので、閲覧は大変だろうと思いますが。

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 1990(H2)年3月改正時点では、朝ラッシュ時の上り、最ピーク時に新宿に到着する急行は、海老名から1時間08分前後かかっていました。一番かかる列車は1時間11分でした。この2018(H30)年改正で、快速急行利用で海老名→新宿間は完全に1時間を切りました。一番かかる列車でも52分なので、28年で20分近い短縮が実現しています。
 通勤準急・準急は完全に、千代田線直通オンリーの種別となりました。準急は、上りは向ヶ丘遊園以西の設定がなくなり、下りも平日夜間のみ。多摩地域の停車駅追加もあって、多摩地域を指向した列車になったと言えます。また、各駅停車も一部は千代田線直通が設定されています。多摩急行・区間準急は廃止。
 急行は、上りは全て経堂停車になりました(朝ラッシュ時は急行は運行せず、通勤準急が停車)。下りは、平日の夕方以降はまだ通過のまま。
 日中は、急行は基本的には新松田折り返しとなり、新松田で小田原発着の各駅停車と接続する形態になっています。
 ロマンスカーは、朝方の上りは全列車〔モーニングウェイ〕(千代田線直通は〔メトロモーニングウェイ〕と呼称。海老名には朝ラッシュ時にも停車が設定され、特に平日の72・74・76号は、海老名を出ると終点の新宿までノンストップです。なお、平日の〔さがみ80号〕(17時01分発)・土休日の〔モーニングウェイ70号〕(7時01分発)は海老名始発。
 下り本厚木行の最終が繰り下げ、1時を過ぎての発車になりました。海老名で1時過ぎの定期列車の出発が設定されたのは初めて。
 このダイヤから、途中駅で種別を変更する列車の案内方が変わりました。それまでは、種別を変更する駅を行先として運行→行先変更駅から別列車として運行(例:新宿から急行相模大野行→相模大野から各駅停車小田原行)だったものが、行先を最終目的地として表示し、その途中で種別を変更する方式になっています(例:新宿~新松田行急行→相模大野から各駅停車に変更 列車番号が変わるのは変わらない)。
 新ロマンスカー70000形GSEがデビューしました。土休日の〔スーパーはこね〕3本が、新宿→小田原間59分運転となって、1時間の壁を破りました。これもまた、小田急の長年の目標でした。一方で多摩線のロマンスカー運行は取りやめ。
 工事全体はまだ若干残っているが、大きなヤマは越えた事で、小田急では箱根地域への大規模な観光の投資を行うと発表しています。

 この改正の直後の4月27日、「ロマンスカーミュージアム」の2021年春開業が、発表になりました。

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2019(H31)年3月16日改正
 平成最後のダイヤ改正。
 開成が急行停車駅になりました(快速急行は、新松田で急行に変更する形で一部停車)。
 新宿~代々木上原間でも、各駅停車の一部10連運転が始まりました。
 平日22時以降の下り急行が経堂に停車。また、千代田線から来る伊勢原行急行が、伊勢原で各駅停車小田原行に接続。
 海老名始発だった、土休日の〔モーニングウェイ70号〕は、本厚木始発になりました。

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2020(R2)年3月14日改正
 平日下りの海老名始発の各駅停車を増発。夜間の経堂停車が、21時~に拡大。

 しかしこの直後の4月、新型コロナウィルスの感染拡大で緊急事態宣言が発出、外出の抑制が強く求められるようになり、小田急ではGW中にロマンスカーが全列車運休という、悪夢のような事態に直面します。コロナ禍はその後も感染の拡大と縮小を繰り返しつつも、徐々に収束に向かっていくが、この出来事は、小田急のダイヤにも影響をかなり与えるようになります。

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2021(R3)年3月13日改正
 コロナ禍の結果、リモートワークの普及などで通勤の利用、特に夜間にはかなりの影響が出ました。
 最終列車が繰り上げになり、海老名では下り小田原行が0時26分→0時08分、本厚木行最終が1時01分(土休日1時02分)→0時37分と、大幅に繰り上げられました。平成初期のレベルに戻った形です。上りは0時51分発町田行は0時37分。小田急全体で、平成はもちろん、昭和後期の頃よりも、最終列車が早まっています。
 海老名は直接影響はないが、一部で初列車の繰り上げも行われています。
 ロマンスカーの車内サービスが、この改正をもって終了しました。またこの直後、50000形VSEの、翌2022(R4)年春の定期運用終了も発表になり、衝撃を与えました。

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 こんな最中ではあるが、4月19日に「ロマンスカーミュージアム」が、当初の予定通りに開業しました(開業当初は完全予約制)。

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2022(R4)年3月12日改正
 日中のダイヤにも、相当手が入りました。
 日中の新宿~新松田間急行に代わり、それまで準急で走っていた日中の千代田線直通を急行(向ヶ丘遊園発着)として運行。また町田・相模大野~小田原間の6連の急行(新松田~小田原間各駅停車)が設定され、相模大野で江ノ島線の快速急行と接続する形態になりました。この結果、新宿~町田間では、運行本数が毎時片道3本減少、という事になります。
 小田原線の快速急行はほぼ全列車が新松田~小田原間を急行に変更し、開成に停車。この区間を快速急行で走るのは、海老名5時07分始発の下り1本のみとなりました。
 急行は全列車、経堂に停車。
 平日は朝ラッシュ時も全体的に本数が減少しているが、一方で着席通勤の需要が高まり、ロマンスカーの便数は増えました。海老名7時29分発〔モーニングウェイ78号〕は新宿着が8時19分、以前だったらラッシュ時の最ピーク時で、複々線化の効果もあるのだけれど、8時台前半に新宿にロマンスカーが到着するなど、30年位前には考えられない事でした(1990(H2)年3月改正時点では、ロマンスカーの新宿到着は6時56分~9時18分の間ない)。海老名には全〔モーニングウェイ〕〔メトロモーニングウェイ〕が停車。また、新宿発17時台のロマンスカーも〔ホームウェイ〕として運行し、海老名にはやはり全〔ホームウェイ〕〔メトロホームウェイ〕が停車。
 この他、江ノ島線では各駅停車の系統分割が行われました。

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2023(R5)年3月18日修正
 千代田線直通の一部列車の行先の変更が行われた程度で、時刻の変更はなし。

 翌2024(R6)年2月、本社機能の一部が、海老名の「ViNA GARDENS OFFICE」に移転しました。

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2024(R6)年3月16日修正
 平日朝方の下りで一部変更があるが、大きなパターンの変更はなし。
 一昨年・去年のダイヤの修正は、各駅のホームドア設置による停車時間の見直しも、理由の一つに上がっています。海老名駅でも、11月23日までに、4線全てへのホームドア設置が完了しました。

 以上、本当に簡単に、平成以降の海老名駅の小田急のダイヤの変遷について記してきました。まだまだ到底書き足りず、漏らしてしまった重要事項もあるのかと思います。どうかご勘弁ください。
 前回の冒頭で、「小田急の特に平成時代は、光と影が交錯する時期だった」と書いたが、今回時刻表からエクセルを使用して駅の時刻表を書き起こしてみて、改めてそれを実感したような気がします。
 2023(H5)年度における小田急海老名駅の乗降人員は132,467人だったそうで、小田急線全体で6位にまでなりました。2018(H30)年度は153,713人だからピークからは減少しているが(コロナ禍の他、相鉄がJR・東急への直通運転を始めたからか)、それでも輸送・営業の面でも、駅周辺の開発や本社機能移転という出来事を見ても、海老名が小田急において、重要な地位を得た事は、間違いはないだろうと思います。
 2022(H4)年改正以降、基本的には変更がなかった小田急のダイヤだったが、今年の3月15日改正では、平日夕方の準急を急行に変更、快速急行が開成に新規停車(これで新宿~小田原間で再び全区間快速急行として運行)、〔ホームウェイ〕増発、あたりが、海老名に直接かかわる事項になろうかと思います。
 さらにその先、海老名駅のダイヤに変化を与える要素は何だろう?全体の輸送量は大きくは増えも減りもしないと思うが、その中では回復基調にあり、さらにはインバウンド需要が増加する観光輸送だろうか。海老名そのものは観光の要素はほぼないけれど、再来年の新ロマンスカーデビューもあるし。また、伊勢原市に建設される新駅及び新工場も、何かしらは影響を与えるでしょう。
 先がちょっと読みづらいけれど、今後も小田急全体の経営への関与という点でも、海老名駅の動向(特にダイヤ面)では注目し続けて良いと思います。
 
 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 小田急以外にもポツポツとダイヤ改正のリリースが出ているが、今日は西武の、3月15日改正がリリースされました。池袋線「S-TRAIN」運行時間帯の30分前倒し、新宿線〔小江戸〕の西武新宿発車時刻を一部変更、拝島駅上り所列車の準急への変更、など。西武はついに冊子時刻表の発売を取りやめ、「e-book」形態で無料公開するとしています。PDF形式の京急や名鉄と同様に、後々まで保存が効くものであれば良いのだが。

《What's New》
22日 英ハリー王子の大衆紙提訴裁判 和解成立 大衆紙謝罪
23日 ICC(国際刑事裁判所) タリバン最高指導者らに逮捕状請求

№2911 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 24.小田急小田原線 海老名駅(前)

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「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は、変貌・躍進著しい、小田急小田原線の海老名駅を取り上げてみようと思います。
 もともと相鉄線との乗換駅であり、また検車区を併設している事で、営業でも運転でもそれなりに重要な駅ではあったろうと思いますが、特に近年はロマンスカーが停車したり、ロマンスカー・ミュージアムがオープンしたり、さらに小田急の本社も一部移転、駅付近も特に西口はららぽーとがオープンしたり、タワマンも相次いで建設されるなど、目まぐるしい変化を見せています。それは、ダイヤにも如実に表れています。
 その海老名駅の時刻を、平成が始まってまだ間もない1990(H2)年から振り返ってみます。

 しかし、特に平成の30年間の小田急は、ロマンスカーに代表される華やかな行楽輸送の一方、難航する複々線事業が影を落とす通勤輸送と、「光と影」が交錯する苦難の時代でもありました。2018(H30)年3月の複々線全区間完成までは、ダイヤの改正も事業の進捗状況に連動して行われていきます。
 輸送力増強の施策は2方面、東京都内区間の複々線化と、急行の10連区間の拡大でした。
 参考までに、1990(H2)年当時の、小田急の通勤列車の停車駅を表示した車内の路線図を出します。当時の通勤列車は急行・準急・各駅停車の3本立てと、単純でした。

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 この路線図はやや後の撮影のもので、〔あさぎり〕が沼津発着(の特急)になっている違いがあるが、通勤電車に関しては変わっていません。

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1990(H2)年3月27日改正
 当時は、土曜日は平日と同じでした(日中に土曜日のみ運転の新宿~相模大野間急行の設定あり)。
 多摩線が唐木田まで延長されました。また江ノ島線の急行の停車駅に、中央林間が追加されています。
 当時の小田急は、全体的にも、また各列車単位でも、輸送力は小さいものでした。複々線区間は代々木上原~東北沢間0.7㎞しかなかったし、10両編成が停車できるのは、新宿~本厚木間の準急停車駅(経堂除く)のみでした。
 優等列車は本数自体が少なく、日中は毎時急行4本+準急2本のみ(併せて10分間隔)。急行は平日朝ラッシュ時の上りのみ、本厚木で増結(4連が本厚木行各駅停車として先行し、本厚木で後続の急行に連結するパターンもあり)して10連で新宿に向かっていたが、基本的には新宿~相模大野間のみが10連で、相模大野で4連が分割されて江ノ島線に直通するダイヤでした。箱根湯本・小田原+片瀬江ノ島発着の急行は、小田急のダイヤの代名詞でもありました。小田原方は、小田原発着の一部が、急行のまま新松田~小田原間各駅停車で運行されていました。
 また、新宿~本厚木間は急行・本厚木以西は各駅停車とする列車も多数ありました。上りでは、相模大野行各駅停車→相模大野から急行、という列車も多数設定されています。
 準急は、新宿発着は朝ラッシュ時のみ10連(本厚木で増結)で、だから経堂は通過でした。千代田線直通運転は平日朝夕のみと小規模、当然全列車経堂通過です。
 特急ロマンスカーは当然、当時は全列車海老名通過だったが、小田原・箱根方面行は停車駅によって愛称が異なっていて、〔はこね〕…小田原のみ、〔あしがら〕…町田・小田原、〔さがみ〕…向ヶ丘遊園・本厚木・新松田・小田原 でした。〔えのしま〕は町田と藤沢のみ。また〔あさぎり〕は当時は新宿~御殿場間で運行される「連絡急行」という種別(御殿場線内急行)で、町田・本厚木と、御殿場線内の松田・山北・駿河小山に停車していました(一部は谷峨にも停車)。

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1991(H3)年3月16日改正
 この改正から、土曜日は休日と同じ時刻になりました(千代田線直通準急は、土曜日と休日で行先が変わる列車がある)。
〔あさぎり〕はこの改正で、新宿~沼津間相互乗り入れの特急となり、名車SEが退役しました。小田急側は代わって20000形RSEがデビューしています。
 海老名駅に関係するところでは、千代田線直通準急は、休日にも運行されるようになりました。
 本厚木以西の各駅停車が増発され、急行と合わせて、基本的に毎時6本体制が確立しています(本厚木乗り換えが大半)。
 平日・土休日とも、本厚木までの最終列車が繰り下げられています(新宿→相模大野間急行が、相模大野から各駅停車本厚木行となる形態)。

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1992(H4)年3月28日改正
 一部急行列車の、海老名での増解結が始まりました。設定本数はまだ少ないが、この後しばらくは、改正の度に増えていきます。
 検車区があるとはいえ、本厚木でなく海老名で、というのは中途半端にも思えるが、本厚木の引き上げ線は各駅停車が使用するので、増結車両の置き場がない、というのがあったろうと考えられます。
 海老名には影響が及んでいないが、新宿発の最終列車の時刻の繰り下げが行われています。現代とは大違い、当時はバブル末期で、鉄道各社には深夜帯の輸送力の増強が、強力に求められていた時期でした。
 なお、この改正ダイヤを掲載した小田急発行の時刻表では、1995(H7)年からの急行10連運転開始に備え、ホーム延長工事に着手すると予告されていました。

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1993(H5)年3月20日改正
 新宿~相模大野間の急行が、日中も完全に毎時6本運転となり、江ノ島線の急行は、基本的には小田原線とは分離されて、江ノ島線内は、平日は全て6連運転となりました(土休日は一部併結運転が残存)。
 この事もあって、海老名増解結が日中にも設定されています。平日朝方上りでは準急でも設定があります。

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1994(H6)年3月27日改正
 基本的な変更点は少ないが、本厚木以西の各駅停車の増発が行われています。

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1995(H7)年3月4日改正
 ちょうど30年前ですね…。
 本厚木~秦野間で、急行の10連運転が始まりました。平日は朝夕で下り6本・上り10本、土休日は朝方の2往復で、秦野での増解結があります。
 なお、複々線化事業のため、成城学園駅は1番線(待避線)の使用を停止(撤去)。このため急行の時刻が変わり、下りは向ヶ丘遊園での特急退避がみられるようになりました。

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1996(H8)年3月23日改正
 新ロマンスカー30000形EXEがデビューした改正です。〔はこね〕〔えのしま〕の新宿~町田間併結運転が始まりました。また停車駅が変更になり、在来の〔はこね〕は〔スーパーはこね〕に変更、〔はこね〕は町田に、〔あしがら〕は本厚木に、〔えのしま〕は大和に追加で停車となりました。ロマンスカーの路線が、観光一辺倒に近かったものが、若干変わってきた改正でした。
 小田原駅ホームが一部10連対応になり、EXE使用の〔はこね〕の一部で、新宿~小田原間10連運転を開始しました。ただし、渋沢・新松田両駅はまだ10連対応になっていません。
 海老名関連では、本厚木~秦野間10連運転の急行が、平日2往復追加。
 日中の新宿発着の準急の一部が、千代田線直通に変更されています。

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1997(H9)年6月23日改正
 改正日が若干中途半端だが、ようやく複々線事業が一部日の目を見て、喜多見~和泉多摩川間が高架複々線化。
 この時点ではまだ「3つの駅に跨った待避線」に過ぎない印象が免れないが、それでも朝ラッシュ時の急行が一部(ピークの前後)、海老名→新宿間で60分を切れるようになりました。

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1998(H10)年8月22日改正
 また改正日が夏休みの最中と中途半端だが、この改正で、急行が小田原線・江ノ島線とも全区間、10連で運行できるようになりました。
 ただしまだ全列車ではなく、相模大野・海老名の増解結が残っています(秦野の増解結は終了)。
 ロマンスカーはまだ海老名と直接の関係はないが、〔えのしま〕は停車駅を町田→相模大野に変更し、〔えのしま〕と併結する小田原線のEXE使用の列車は〔あしがら〕となって、同様に相模大野に停車駅を変更しています。さらに〔あしがら〕1往復が秦野に新規停車。

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1999(H11)年7月17日改正
 経堂駅付近が高架線に切り替わり、ホームが10連対応になりました。変則的だが、上りの準急が(平日朝方を除いた)全列車、経堂に停車しています(下りの10連はまだ通過)。
 小田急のダイヤの特色でもあった小田原線・江ノ島線2方向併結の急行は、この改正で完全になくなりました。また、下り2本・上り1本で行われていた相武台前停車もなくなっています。
 海老名には影響が及んでいないが、平日の新宿発最終の繰り上げが行われています。
 ロマンスカーは、〔あしがら〕〔さがみ〕の愛称が〔サポート〕となりました。また新宿発18時00分以降は全列車〔ホームウェイ〕に統一して変更されています。

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2000(H12)年12月2日改正
 登山電車の小田原~箱根湯本間の運行が廃止になり、この区間は小田急の編成に統一されました。
 日中、本厚木~小田原間の各駅に停車していた小田原発着の急行が箱根湯本直通となりました。新松田~小田原間ノンストップに変更になるので、代替の各駅停車が増発されています。
 また、日中の準急は基本的に、千代田線直通・相模大野発着となり、代替で本厚木発着の各駅停車を、町田または相模大野に延長しています。
 経堂駅下り線高架切り替えで、下り準急は全列車、経堂停車になりました。
 海老名関係以外では、江ノ島線急行の湘南台停車(前年に相鉄・横浜市営地下鉄が乗り入れ)、多摩線直通の〔ホームウェイ〕・急行(千代田線直通)の設定があります。

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2002(H14)年3月23日改正
 海老名と直接関係はないが、江ノ島線の急行が湘南急行、相模大野発着の準急が、多摩線直通の多摩急行となりました(このため、町田・相模大野発着の各駅停車は新宿発着に延長)。ロマンスカーの一部が新百合ヶ丘に新規停車。
 海老名・相模大野で増解結を行っていた急行の大半が、新松田まで10連化されました。増結の4連は新松田で切り離しの後、新松田始発小田原行として運行(上りは逆)。日中の海老名増解結がほとんどなくなりました。

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2003(H15)年3月29日改正
 新宿~新松田間で10連運行を行う急行が増加しました。
 複々線化はまだだが、それを先取りする形で祖師ヶ谷大蔵駅が4線化され、追い抜きが設定されています。

小田急小田原線海老名駅 2004_1211.jpg
2004(H16)年12月11日改正
 梅ヶ丘~喜多見間が高架複々線となり、朝ラッシュ時の急行は全て、海老名→新宿間で60分を切りました。
 快速急行が新規に設定になりました。新宿~海老名間は41~42分に短縮されています。
 ただしこの時点では、藤沢におけるJR湘南新宿ラインへの対抗策、の意味の方が濃かったと思われ、江ノ島線は湘南急行からの変更で平日・土休日とも約30分間隔の運行だったが、小田原発着は、日中は平日のみ60分間隔の運行と、まだささやかでした。江ノ島線の快速急行に接続する、町田・相模大野発着の急行が設定されています。
 快速急行は、当時は登戸は通過でした。南武線の乗換駅でもある主要な駅のはずなのにやや不審でもあったが、複々線化が完全には達成できておらず、列車設定本数が限られる状況では、必要以上の混雑を避けたかったのかと思います。
 また、区間準急も設定されています。代々木上原で多摩急行と相互に接続する形態が中心でした。多摩線発着が中心だったが、海老名でも数本ありました。
 急行が平日は日中、土休日は全列車、経堂に停車。海老名での上りの増結が大幅に減少しました。なお箱根湯本直通の急行は、これまで全列車、新松田~小田原間ノンストップだったものが、日中は半数が本厚木以西各駅停車になりました。
 ロマンスカーでは、さすがに〔サポート〕の愛称はふさわしくなかったようで、〔さがみ〕の愛称が復活しました。停車駅に関係なく、箱根湯本発着が〔はこね〕(ノンストップは〔スーパーはこね〕)、小田原線内列車が〔さがみ〕です。

小田急小田原線海老名駅 2006_0318.jpg
2006(H18)年12月11日改正
 待望とされた、新ロマンスカー50000形VSEがデビューしました。
 一般列車に関しては、変更点は少ない。

小田急小田原線海老名駅 2008_0315.jpg
2008(H20)年3月15日改正
 なので、一般列車に関しては、ほぼ3年ぶりの本格的な改正となりました。
 箱根登山線(小田原~箱根湯本間)の一般列車が全て4連の区間運転(一部は小田原線直通)となり、長らく続いた急行の箱根湯本直通がなくなりました。これにより新宿発着の急行はほぼ全列車が全区間10連となり、海老名での上りの増結は、早朝の1本のみとなりました。
 千代田線直通のロマンスカー60000形MSEがデビューし、〔メトロホームウェイ〕の運行が始まりました。

小田急小田原線海老名駅 2009_0314.jpg
2009(H21)年3月14日改正
 遅延防止を目的とした停車時間見直しを反映した若干の時刻・パターンの変更はあるが、大きな変更はなし。

 これまでほぼ毎年のようにダイヤ改正を行ってきた小田急だったが、この後3年間、ダイヤ改正は行いませんでした。
 とりあえずきりが良いだろうと思うので、前半はここまで、2012(H24)年以降のダイヤ改正は次回です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《What's New》
20日 聴覚障害女児事故死 「逸失利益」健常者と同様の査定 大阪高等裁判所が判断
21日 中国不動産「碧桂園」 株式売買再建
 ドナルド・トランプが2度目の大統領就任を果たしました。言いたい事はいっぱいあるがまとめきれないので数点だけ、大統領令への署名を、支持者の集会で行うというのは、政治を完全にショー化してしまっている。エンタメで鳴らした人らしいのではあるが。ITのトップの集団がこびへつらうのも懸念。一方で抗議のデモが世界各地で行われたが、全くの時間と労力のムダ。もちろんやるのは自由だが、なぜそうなってしまったのかをまず考えないと。
 フジテレビの一件は、中居 正広はどこかへ行ってしまって、フジテレビ自身の経営問題になってしまった感があります。個人的にはどうでもいい事だけれど。

№2860 山陽電鉄 自作ダイヤ 2022(R4)年12月17日改正

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 前回は約30年前の山陽電車の駅の姿をご覧いただいたが、今回は山陽電車の「今」の姿、2年前の2022(H4)年12月17日より使用しているダイヤ(平日)を公開します。
 今年発売された「JTB私鉄時刻表 関西 東海 2024」より作成したもので、山陽電鉄は元々自前の全線時刻表は作っていなかったし、JTBの私鉄時刻表にしても、前回は2009(H21)年3月20日改正(阪神なんば線開通・阪神~近鉄相互直通開始)以来発売がなくて、15年ぶりとなりました。山陽のダイヤは現状では、そのJTB発売の時刻表から作成するしかなく、従ってだいぶ間が開くことになりました(時刻表発売に感謝)。

 かなりの部分、自分の推測でスジを引いたところがあります。実際の時刻と違う部分もあったかもしれません。それと、今回はコンビニのスキャナーで直接JPEG形式の画像にしています。画像の変わり目の部分で把握しづらくなっているかもしれませんが、合わせてご勘弁の上、ご覧ください。

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 赤線が直通特急・特急(阪神からの直通で、「特急」のまま山陽線内各駅停車も含む)、緑線はS特急です。なお高速神戸~新開地間は、山陽電鉄線直通のみ記載しています。
 基本的には直通特急・特急:普通が1:1、日中は15分サイクル。この基本線は、昔から変わりがない。
 このダイヤでは、コロナ禍による深夜帯の需要の減少で、最終電車の繰り上げが行われているが、一方で「沿線の企業の勤務時間の変化」を理由に、夕刻上りのS特急の増発が行われています。朝方の下り・夕方の上りのS特急自体はこの改正より前から走っているが、元々のS特急は、朝方の上り・深夜帯の下りのみの運行でした。
 朝方下りに霞ヶ丘始発のS特急3本があるが、いずれも、東須磨始発霞ヶ丘行普通が、霞ヶ丘からS特急として運行されるものと考えられます。
 列車番号が小さくて見づらいと思われ、申し訳ないのだが、3~4桁の数字の頭にHが付くと阪神編成、末尾にHが付くと、(S特急・普通も含めて)自社の編成の阪神直通と思われます(Kだと阪急直通)。だとすれば、直通特急ではない、大阪梅田~須磨浦公園間の特急にも、山陽電鉄の編成が入っている事がわかります。日中に3往復確認できました。
(なおこの特急は現在、下りで西代から先の山陽線内は、普通として走っているようだ)

 次の改正はいつ?となるが、山陽電鉄は先日、来年以降の次期ダイヤ改正で、別府を直通特急・特急の停車駅とすると発表し、ホームの延長工事を行っているそう。別府は現在、山陽線内では6番目に乗降客が多いそうで(それでも2023(H5)年度は約8,000人というから、関東人の感覚ではだいぶ少ないなあ、と思ってしまうのだが)、企業や商業施設の立地が進んでいるらしい。神姫バスも今月から、加古川駅・東加古川駅~別府駅(往路は東終着・復路は南始発)間の12系統を新設していて(現状では便数は極めて少ないが)、今後の発展に期待、という所か。直通先の阪神も含めて、どんなダイヤになるのか。15分サイクルの基本線は変わらないと思うが、ともかく期待して、発表を待ちたいと思います。

 このダイヤはまっとうな行為であれば、どのように利用されても構いません。が、そのために損害を被られたとしても、一切の責任は負えません。ご承知おきください。

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 一昨日書くべきだったが、JR東日本は18日、7月の豪雨で不通になっている、奥羽本線・新庄~院内間の復旧に向けた方針を示しました。路線の復旧は来年のGW頃、そしてこの時点でGV-E400系の運行に切り替え、電化設備は取り外す(災害が起きた時に早期の復旧が可能になるように)としています。つまりこの区間は非電化になる、という事になります。確かに山形新幹線新庄延伸や秋田新幹線の開業で、特に県境を挟む区間は特急も貨物も走らなくなり、ローカル線に近くなっているなあ、という印象は、去年の3月に乗った時も感じました。特に県境を挟む真室川~院内間は下り8本・上り7本のみと「秘境路線」に近い状況にある、という事もあるだろう。しかし、根室本線は途中の区間の廃止で分断された格好だが、奥羽本線にしたって、レール幅に加えて非電化区間が発生するとなると、これだって事実上「分断」と言って良いだろうと思う。言い換えれば路線は存続させるという意志の表れ、と評価もできるのだろうが。GV-E400系は新庄付近の路線(陸羽東線・陸羽西線)では使用されていないが、特に陸羽西線は、再開時にはGV-E400系の運行となり、奥羽本線と共通運用、となるのではないか(陸羽東線・陸羽西線に関してはまだどうなるか発表がない)。

《What's New》
19日 全日本スキー連盟 新会長に原田 雅彦氏就任
20日 インドネシア新大統領 プラボウォ氏就任

№2840 京成線 自作ダイヤ 2002(H14)年10月12日改正

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 今回はちょっと「お茶濁し」になってしまうが、過去に私が自作した私鉄のダイヤをご覧頂こうと思います。
 今回は22年前、2002(H14)年10月12日改正の、京成線のダイヤです(平日のみ)。青砥駅の時刻表から京成ダイヤを回顧した№2454でも書いたが、この改正では本線の急行に代えて快速が新設になり、また通勤特急が復活(ただし以前とは性格も停車駅も異なる)したダイヤでした。
 京成線と関連が高い北総線、そして都営浅草線も併せて作成しています。当然、スカイアクセスの開業はまだ。スカイライナーは本線経由で40分間隔、AE100形が京成の顔、という時代でした。
 当時発売されていた京成の全線時刻表から書き起こしているが、かなりの部分、自分の推測でスジを引いたところもあります。なので実際の時刻と違う部分もあったかもしれません。今さらどうのこうのできないが、その点はご了承ください。
 方眼紙を張り合わせて横長の用紙にして、その上に作成したものを、コンビニのスキャンで分割してPDF化し、さらにそれを今回、JPEG形式で画像化しています。なので画像の変わり目の部分で見づらくなっているかとは思います。ご勘弁ください。

京成ダイヤ 2002_1012_001.jpg
京成ダイヤ 2002_1012_002.jpg
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 日中の下り快速が数本だけ成田空港に乗り入れているが、これを見ると、京急の編成も使用されているのがわかるかと思います(成田空港12時03分着917H、13時23分着1185H)。 
 今後も、こんな感じで、過去に作成した私鉄のダイヤを出してみようと思っています。
 なお、このダイヤはまっとうな行為であれば、どのように利用されても構いません。ただし、前述のように私の推測がかなり入っていて、事実と異なっていた部分も多々あろうかと思うが、そのために損害を被られたとしても、一切の責任は負えません。ご承知おきください。あくまで、参考までに。

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《What's New》
24日 「医療事故」専門弁護士 電話相談会 全国一斉に開催
25日  大阪箕面市長選挙 元大阪府議新人初当選 大阪維新の会現職首長 初の敗北
26日  中国軍情報収集機 長崎県沖領空に一時侵入 中国軍機の日本領空侵犯は初

№2807 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 23.京王相模原線 橋本駅(後)

京王相模原線 橋本駅ホーム.jpg
 京王相模原線橋本駅のダイヤ回顧、後半は2013(H25)年2月22日改正からです。前年の調布市内連続立体化(地下化)を踏まえ、この年になって本格的なダイヤ改正を行う事となりました。
「白紙的」と自ら称した2001(H13)年改正と同等、あるいはそれ以上の規模かも知れません。
 京王の本線は線路幅が1372㎜と特殊な事もあって、相互乗り入れをする相手が都営地下鉄新宿線だけ、相互直通ネットワークが広域化してはいないので、ここまでのダイヤ改正は数年に一度、という程度でした。しかしこの2013(H25)年改正以降、〔京王ライナー〕運行開始、コロナ禍と明暗様々な事態に対応するためか、ダイヤ改正の頻度が一気に高まっていきます。

京王橋本駅 2013_0222.jpg
2013(H25)年 2月22日改正
 種別形態に大きな変化がありました。
 特急が復活。ただし相模原線に関しては急行からの立て替えという形になり、相模原線の停車駅は急行と同じ。新宿~橋本間の最速は37分。なお本線の特急は分倍河原と北野が新規停車となって、準特急と同じになった。特急と準特急の違いは、高尾線内が各駅の停車(準特急)か否(特急)かという事。平日の準特急は、早朝の高尾山口発上り1本のみ。
 在来の通勤快速は区間急行と改称し、相模原線では土休日も含めて終日運転となった。以降、区間急行が相模原線のメインの列車となったと言って良い。なお日中は新線新宿から都営浅草線内は急行となり、橋本発では「区間急行 新線新宿」行→新線新宿から「急行 本八幡」行と案内していたようだ。
 この改正で、日中の笹塚~調布間は、20分サイクルで特急3(新宿~京王八王子・高尾山口・橋本)・区間急行1(本八幡~橋本)・快速1(新宿~橋本)・各停2(新宿~京王八王子・高尾山口)となり、トータルで21本/h。
 平日の夜間に快速のつつじヶ丘行があるが、地下化により調布では折返しができなくなったのでつつじヶ丘まで回送とするところ、上りは客扱いするため(つつじヶ丘で各停に接続)この形になったと考えられる。

 京王が製作・発売した全線時刻表は、この2013(H25)年改正号が最後、となりました。以降は交通新聞社刊行の「MYLINE 東京時刻表」から時刻表を作成し、一部他文献や、京王電鉄のリリースを参考にしている事をお断りしておきます。

京王橋本駅 2015_0925.jpg
2015(H27)年 9月25日改正
 次の改正は、2年半以上間が空きました。
 準特急の停車駅に笹塚と千歳烏山を追加。日中は特急の3本に2本が準特急となり、特急は、平日は新宿~高尾山口間、土休日は新宿~京王八王子間で運行。
 相模原線の特急は大半が準特急に立て替えられ、橋本発で特急として残るのは、平日は朝方と夜間、土休日は早朝1本のみ。
 区間急行も仙川に新規停車。また日中の快速が都営新宿線に直通となり、笹塚以遠~新宿線直通は、6本/hとなった。
 初列車が大幅に繰り上げられ、4時台の区間急行が2本設定された。橋本4時38分発区間急行は、調布でやはり繰り上げとなった特急に乗り換えると、新宿着が5時21分。京王では早朝の新幹線や航空便の利用が便利になるとアピールしていた。
(もっとも橋本から東海道新幹線、だと、JR横浜線に乗って新横浜から、となろうが)

京王橋本駅 2016_0916.jpg
2016(H28)年 9月16日改正
 パターンとしては、大きな変更はない。平日の新線新宿発17時30分以降の、笹塚以遠行の急行・区間急行・快速は全て10連化。
 この年の9月29日に、〔京王ライナー〕運行開始を見据えた、クロス/ロングシート転換機構を備えた5000系がデビュー。まずはロングシート形態のまま、一般列車でデビューした。

京王橋本駅 2018_0222.jpg
2018(H30)年 2月22日改正
 この年の2月22日は木曜日でした。近年はJRを中心にどの鉄道会社も、基本的には土曜日にダイヤ改正を行うようになっていたが(いきなり朝ラッシュ時から変更させるのはリスキーという事だろう)、この点で当時の京王は異例でした。
〔京王ライナー〕の運行が始まった。当初は夜間の下りのみ(土休日も運行)で、新宿→京王八王子・橋本間各5本を運行。橋本行は、新宿を平日20~0時台の毎時30分(0時台のみ20分)・土休日は17~21時台の毎時20分の発車だった。
 橋本発では、夜間の特急の一部が急行に変更されている。
 京王ではこの改正から、途中で種別が変わる場合も、行先は終点を表示する方式に改められた。
 なお、2018(H30)年11月より、臨時列車として〔Mt.TAKAO号〕の運行が始まっている(上りは〔京王ライナー〕として運行)。

京王橋本駅 2019_0222.jpg
2019(H31)年 2月22日改正
 平成最後の改正になりました。
 上りも〔京王ライナー〕の運行が始まった。平日・土休日とも2本が設定されている。また土休日は新宿発下り2本(16・22時台)が増発されている。
 平日・土休日共、朝方の準特急の一部は京王多摩センターまで各駅停車として運行。

京王橋本駅 2020_0222.jpg
2020(R2)年 2月22日改正
〔京王ライナー〕は、平日は4本に増強。一方で土休日は、この時点では1本に削減された。なお下りは、新宿発16時40分・17時40分発が設定、7本に増発されている。
 平日日中の準特急の大半が、京王多摩センター~橋本間は各駅停車に変更して運行(区間急行は京王多摩センター折返し)。また平日の夜間は、若干の運行本数の減少がみられる。

 この改正の直後、新型コロナウィルスのパンデミックが日本をも直撃。「外に出るな、出かけるな」では鉄道は当然大打撃で、特に京王は年度別輸送人員が、2020(R2)年度は4億5100万人で、前年度(6億7300万人)の67.0%。実に旅客の1/3が失われる事態になりました。橋本駅も、2020(R2)年度の1日乗降人員(65,241人)は、前年度(98,086人)の66.51%です。
 この一大事に対応すべく、この年の10月30日には早々にダイヤ改正が行われました。全列車掲載の時刻表がなかったのでここでは製作しなかったが、平日の〔京王ライナー〕は、新宿→橋本間18・19時台に2本増発の一方、午前0時台は取りやめ(京王八王子行も0時台→19時台にシフト)、平日の準特急の京王多摩センター~橋本間各駅停車運行の時間帯の延長、22時台以降の新宿発のサイクルを12分→15分に拡大、などの変更点があります。

京王橋本駅 2021_0313.jpg
2021(R3)年 3月13日改正
 この改正以降今年までは、ダイヤ改正日はJRを始めとする各社と、足並みをそろえるようになります。
 基本的には前年10月の改正ダイヤを踏襲しているが、この年の1月から行われた、緊急事態宣言発出により繰り上げられた最終列車が、そのまま正規の最終列車となった。2020(R2)年2月改正時点では、平日の新宿→橋本行最終は0時11分発区間急行(この後の0時21分発準特急京王八王子行が調布で接続)・橋本終着1時06分だったものが、23時52分発快速(この後の0時01分発準特急京王八王子行が調布で接続)・橋本終着0時48分となり、約20分の繰り上げになった。京王全体でも、1時を過ぎて運行される列車は2本のみとなっている。京王では最終繰り上げの理由として、コロナ禍による生活様式の変化とともに、夜間の工事時間の確保を上げている。
 平日のみ、4時38分発の初列車が、区間急行新宿行→快速本八幡行に変更になった(調布での特急接続は変わらない)。
 この後10月30日より土休日のみ、〔京王ライナー〕〔Mt.TAKAO号〕が明大前に新規停車している(新宿~明大前間のみの乗車は上下とも不可)。

京王橋本駅 2022_0312.jpg
2022(R4)年 3月12日改正

 特急も笹塚・千歳烏山に新規停車、準特急を統合する事になる。変則的な名称と言えた「準特急」は、停車駅を変えながら、21年の歴史に幕を閉じた(この後阪急京都線で復活するとは思いもしなかったけれど)。
〔京王ライナー〕は、土休日が3往復に再度増発された。新宿での降車が多くなる8~10時台の設定に改められている。また平日も全列車、明大前に停車。〔Mt.TAKAO号〕が正式に、毎土休日運行の定期列車となった。
 特急は土休日も、日中は京王多摩センター~橋本間を各駅停車で運行。
 土休日も、4時38分発の初列車が快速本八幡行に変更された。
 都営新宿線の急行運転が大幅に縮小され、京王の急行は、新宿線内は各駅停車として運行される。

京王橋本駅 2023_0318.jpg
2023年 3月18日改正
〔京王ライナー〕は、平日の上りで7時10分発が増発された。新宿着が8時00分ちょうどで、これまでならラッシュのピークの真っただ中と言える時間帯に、有料の列車が都心のターミナルに到着する事になる。他社でも見られるようになったが、コロナ禍の副産物と言える現象だった。また下りは、平日の橋本行は3本増発されて18~20時台は毎時2本となり、便数では京王八王子行を上回る事になった。土休日は新宿15時20分発が新規設定されている。
 一般の列車は、夜間に再度の減便が行われているが、パターン自体の変化は少ない。

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2024年 3月16日改正
 そしてこれが、この3月16日から使われている時刻表になります。
 土休日の〔京王ライナー〕がさらに1往復増発され、11時台まで設定されている(平日も9時台に、京王多摩センター始発で増発)。また下りでも、新宿10時15分発を新設。

 以上、かなり駆け足で京王相模原線橋本駅の時刻の移り変わりを見てきました。舌っ足らずで終わった所も多々あったはずです。ご了承ください。
 特にコロナ禍以降は、輸送量の減少と反比例するかの如く、〔京王ライナー〕の拡充が目立つようになりました。「密」にならないゆったり通勤・通学やおでかけを求める層が、特に多摩ニュータウンで多いのかなあ。京王では〔京王ライナー〕を鉄道輸送の柱とすると掲げていて、今年度も5000系の増備が行われるので、さらに増発・運転時間帯の拡大が行われる事が予想されます。一般の特急の一部を指定席にする、という形態もありそう。
 一方で一般列車は、京王全体で見ると、特急の停車駅がかなり増えた事もあって、種別による差が小さくなってきています。また、相模原線末端区間の各停化や笹塚~仙川間の連続立体化工事の影響もあって、都心まで全体的にやや時間がかかるようになっていて、新宿~橋本間の場合、現状の最速は38分。もう少し停車駅を整理し、単純化する事も必要かと。立体化が完成すると、明大前と千歳烏山は2面4線の退避駅となる計画なので、この時点で、スピードアップなどの抜本的な輸送形態の変更などが行われるのだと、思っています。
 あとは、橋本駅で言うと、やはりリニア中央新幹線、でしょうかねえ。開通すると京王も、良くも悪くもかなり影響が出ると思うが(この時点でJR東日本も含め、「橋本」の駅名が変わる事になると思う)、全体の完成・開通は大幅に遅れそう。橋本駅自体の乗降人員は急速に回復しているが、それでもパンデミック直前の83.63%に留まっていて、しばらくは〔京王ライナー〕を柱に据えつつ、質的な改善に注力する、という事になるでしょうか。再来年デビュー予定の2000系にも、期待したい所です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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 鉄道の乗車券・乗車システムに関する大きなニュースが相次いでいて、昨日は熊本県の電車・バスが一斉に、年内に全国交通系ICカードの取り扱いを終了すると発表、また今日はJR東日本・京成・東武・西武・京急・東京モノレール・新京成・北総の各社で、2026(R8)年度末以降、近距離の時期乗車券を、QRコードの乗車券に置き換えると発表しています(既にゆいレールがやっているような事)。いろいろ感じる事は多々あっても、それを詳しく書く余裕は今日はない。が、その他の交通事業者の動向も合わせてみると、「クレジットカードのタッチ決済」+「QRコード活用」が、今後の鉄道利用のトレンドになるのか、と感じさせます。ICカードでさえ、今後は絶対的な鉄道利用の主役ではなくなってくるのか。

《What's New》
28日 国連人権理事会作業部会 独立した人権機関設立を日本に勧告
29日 長期金利1.065%に上昇 2011年12月以来の高水準

№2806 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 23.京王相模原線 橋本駅(前)

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 「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は京王相模原線の終点、橋本駅です。
 相模原線が橋本まで延伸したのは、平成の世になって翌年の1990(H2)年3月3日です。多摩ニュータウンを都心と直結させるのが主な使命だった相模原線だが、神奈川県相模原市にあり、JR横浜線と相模線が合流する橋本まで延伸した事で、新たに神奈川県北部と東京の都心をダイレクトに結ぶルートとしての役割も担う事になりました。2022(R4)年度の一日の乗降客数は82,307人、新宿・渋谷・吉祥寺・調布に次いで京王では第5位になり、古くからの京王八王子などを大きく上回っています。

 さて、本当なら開業時の時刻表から始めたかったが、この当時は、京王は時刻表を刊行していませんでした。いや、実は昭和の間に2回刊行があったのだが、当然橋本駅の時刻はなく(相模原線は京王多摩センターまでだった)、従って、橋本駅の開業時の時刻を記した文献を、見つける事ができませんでした。あれば相当貴重な記録になったはず、ですけれどねえ。
(だから8年前に書いた高尾山口駅の時も、昭和の2回については記載しなかった)
 ちなみに、橋本延伸前の1986(S61)年9月に刊行された時刻表に拠れば、当時の相模原線は快速・通勤快速・各停の3本立てで、快速は、稲城・若葉台は通過でした。日中は快速と各停が20分間隔と、まだまだ少なかった。
 京王では、ダイヤ改正を「ダイヤ改定」と呼称していた時期もあったが、ここでは「改正」で統一します。

京王橋本駅 1992_0528.jpg
1992(H4)年 5月28日改正
 なので、橋本延長後最初の時刻表が刊行された、1992(H4)年5月改正から始めます。京王ではここから、土曜日と休日が一本化されました。
 急行がなかった相模原線だったが、一気に特急の運行を開始した。当時の特急の停車駅は非常に少なく、明大前・調布・京王多摩センターのみ。橋本~新宿間は最速37分。
 快速は相模原線内が各駅停車になり、日中は京王多摩センターで特急を退避。
 当時の京王本線・笹塚~調布間は、平日の日中は20分サイクルで特急(新宿~京王八王子・橋本)2:急行(新宿~高尾山口)1:快速(本八幡~橋本)1:各停(新宿~京王八王子・高尾山口・橋本)3、トータルで21本/hの設定と、複線ながら当時から相当な高頻度だった(土休日は高尾山口発着の各停が調布折返しになるので18本/h)。この改正から、急行がつつじヶ丘に新規停車している(平日は比較的早じまいになり、通勤快速に移行する)。
 なお、当時の京王は行楽輸送シーズンの休日は専用ダイヤとなり、高幡不動での特急の分割・併合も行われていたが、相模原線には影響がなかった。
 今の目で見ると、橋本発の最終電車が、上りとしても早い。日付が変わる前に若葉台行最終が出発している。

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1997(H9)年12月24日改正
 平成の半ばくらいまでの京王はダイヤ改正の頻度が低く、次の改正は5年以上も後になった。クリスマスイブの日の改正とは、またずいぶんと慌ただしい。
 相模原線内に関しては、基本的なパターンの変更はない。最終電車が平日のみ初めて、日付が変わった後の発車になった。

京王橋本駅 2001_0327.jpg
2001(H13)年 3月27日改正
 ダイヤ体系が大きく変わった改正で、京王自らは「白紙的」と称しているようです。
京王電鉄時刻表 2001年3月改正.jpg
 この時刊行された時刻表は、都営地下鉄やモノレール、京王のバスなどの時刻の掲載もあるが、割と分厚いです。

 本線の最高速度が105㎞/h→110㎞/hに引き上げられた。また準特急が新規に設定され(当時の停車駅は特急+分倍河原・北野)、日中の新宿~高尾山口間の急行を置き換えている。
 相模原線の特急は、急行に変更された。急行は相模原線では初設定となった一方、特急は一度なくなる事になる。急行は調布で日中は京王本線の特急と、夕ラッシュ時は準特急と相互に接続する形態となった。乗り換えは必要になるが、新宿~橋本間の最速は34分と、逆に短縮されている(改正前の直通の特急は、上下とも先行する急行に阻まれて、ノロノロ運転を強いられた事もあった)。
 急行は、日中は都営新宿線内の急行と一本化され、本八幡まで通しで急行運転となった。なお土休日の朝夕には都営線内は各駅停車の列車があるが、この場合は「急行 新線新宿行」→新線新宿から「各停 本八幡行」と称していたようだ。
 この他、快速が八幡山と仙川に新規停車。平日の笹塚~調布間の各停が6本/hに削減されたため、その代替の意味があると考えられる。相模原線の各駅停車は、日中以降は調布折返しの線内区間運転に短縮。
 最終電車が、平日・土休日共24時30分過ぎまで繰り下げ。

京王橋本駅 2003_1201.jpg
2003年12月 1日改正
 これまで相模原線の朝方ラッシュ時の上りは通勤快速が主役で、線内は全列車各駅停車だったが、この改正で橋本発7・8時台の急行が6本設定され、朝方上りの急行運転が始まった。うち4本は、都営新宿線に直通する。橋本→新線新宿間は54~55分となり、通勤快速と比べて5分程度の短縮となった。
 平日夕ラッシュ時は、急行と線内折返しの各停が交互に10分間隔で運行されている。
 平日の初列車が通勤快速に変更されている。

 この後、2005(H17)年3月にダイヤ改正を行っているが、時刻表の発行が行われませんでした。なので時刻表の作成はナシ。
 平日夜間の急行の10分間隔運転時間帯を拡大した。なお一部時間帯では、新線新宿~調布間は快速で運行、橋本発は「急行 調布行」→調布から「快速本八幡行」として運行されていたようだ。

京王橋本駅 2006_0901.jpg
2006(H18)年 9月 1日改正
 9000系(9030番台)の増備があり、日中以降の都営新宿線直通急行・快速の大半が10連化された。
 ただ、この時点で10連は京王だけで、東京都側はまだ8連のみだった。このため日中は、新宿線直通急行は全て京王編成だったのに対し、相模原線内折返しの各駅停車は、ほぼ全列車が都営新宿線10形での運用だった。
 この改正時より、土休日のシーズンダイヤは廃止。準特急の高尾線内各駅停車運転が始まっている。
 調布駅付近の連続立体化(地下線化)工事のため、所要時間の見直しが行われている。新宿~橋本間(調布乗り換え)の最速は38分。

 この後、2010(H22)年3月には、相模原線へのATC導入と、急行・快速の10連運転の増強(東京都も10連が導入された)による修正が行われている。
 東日本大震災による節電ダイヤ施行時には、平日日中の急行は相模原線内は各駅に停車となり、各停は運休となった(イヤな時期だった…)。

京王橋本駅 2012_0819.jpg
2012(H24)年 8月19日改正
 次の改正は、6年あとになりました。だけど、時刻表の刊行がなかったんだよねえ…。
 これ以降の時刻表に関しては、次の2013(H25)年2月改正を除いて、交通新聞社刊行の「MYLINE 東京時刻表」から作成している事をお断りしておきます。調布駅付近の地下線化が完成、線路の切り替えも行われたが、この時の改正はまだ暫定的なものと言え、この時点で早々に、来年2月の全面改正が予告されていました。本線の特急は全て準特急に変更。一時的と分かっているとはいえ、大手私鉄から特急がなくなるのは、異例でした。相模原線は大きなパターンの変更はなく、線内折返しの各駅停車も調布発着のまま(つつじヶ丘あたりまで回送していたと思われるが私は未確認)。

 翌2013(H25)年2月22日に、予告通り大きなダイヤ改正を実施、相模原線でも特急の再設定、通勤快速に変わって区間急行の設定、など、大きな変化が起きる事になります。
 相模原線はこの後、〔京王ライナー〕スタート、コロナ禍による減便、と激動の時期を迎え、対応すべくダイヤ改正の頻度も、これまでとは比べ物にならないほど高くなって、特にライナー運行開始以降は、ほぼ毎年改正が行われるようになります。その変遷は、次回です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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 黒部峡谷鉄道は、猫又~欅平間の今年の復旧は断念すると発表しました。何とか紅葉シーズンに間に合えば良かったのだが。鉄道の総務部長は謝罪しているが、自然災害が原因なので、仕方がないですね。簡単に工事ができる(というか工事に行ける)ロケーションでもないし。私は先月に猫又まで往復して、それは来月書きたいが、欅平まで乗れる日が、できるだけ早く来れば良いと思っています。
 静岡県知事選挙の結果は、リニアの工事には、どのような影響を与えるでしょうか。現在はむしろ、今後の国政の運営への影響の方に関心が集まっているように見えるが。

《What's New》
25日 カンヌ映画祭 パルムドールは「アノーラ」
26日 ラグビー・リーグワン 東芝ブレイブルーパス東京初優勝
27日 歌舞伎俳優 尾上 菊之助 「八代目尾上 菊五郎」来年襲名発表

№2704 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(後)

西武新宿駅.jpg
 西武新宿駅の時刻表の目線で西武新宿線のダイヤを回顧するシリーズ、の後半です。
 21世紀に入った頃から、拝島線への直通運転の強化が目立つようになってきた新宿線は、さらに急行を上回る速達の直通列車の新設も行われるようになりました。一方で、需要の変動に、かなり翻弄されるところも出てきます。コロナ禍以降は特にそうです。

 ところで上の画像、今回のシリーズの作成のために、先日撮影してきました。本当は前回(1990年代前半・1番線に〔むさし〕がいる)と同じ位置に立って撮りたかったが、現在は1番線の先・2番線の脇の部分は飲料の自動販売機が並んでいて、列車(日中は〔小江戸〕専用)が隠れてしまうのです。なのでちょっと苦しいが、このような画像になりました。3番線には「L-TRAIN」がいて、戸袋部の松井 稼頭央監督が小さくだけど見えているが、このような列車が走る事自体、30年前とはライオンズも、西武鉄道も大きく変わったものだな、と感じさせます。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2008_06_14.jpg
2008(H20)年 6月14日改正 ㉑
 拝島快速が設定されました。西武新宿~拝島間を44分で結んでいます。設定意図が正直分からない所もあるが、JR青梅線・青梅特快への対抗の意味があるのでしょうか。
 田無~玉川上水間の途中停車駅は小平だけ。なので通過駅を補完する形で、田無~玉川上水間の区間運転も設定されています。
 急行は毎時2本になりました。拝島快速が小平で、本川越発着の各駅停車と相互に接続します。
 国分寺線からの直通は、基本的には本川越発着になりました。平日の快速急行は、新所沢での接続の相手が、その国分寺線直通列車になっています。新所沢~本川越間は、各駅に停車する列車(急行・準急・各停)も、毎時6本になりました。
〔小江戸〕は、土休日の号数表記が変わりました。平日と異なる時刻に西武新宿を出発する列車のみ、新たに61号から番号を振っています。同じ時刻に出発する列車は、平日と同じ号数です。
 池袋線はこの改正で、同日開業の東京メトロ副都心線との相互直通運転を開始しました。この時点ではまだ渋谷までです。

西武時刻表21号.jpg
 西武の時刻表はこの21号から、再びB5版に戻りました(ただし7号までよりはだいぶ薄い)。新CIになって最初の号で、前述の変化を象徴しています。改正の直前にデビューした30000系と、「快速 渋谷」表記の池袋線6000系が表紙を飾っています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2010_03_06.jpg
2010(H22)年 3月 6日改正 ㉒
 平日深夜の〔小江戸〕が増発され、最終便は23時55分発(高田馬場発23時59分発)となりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2011_03_05.jpg
2011(H23)年 3月 5日改正 ㉓
 快速急行が、新所沢~本川越間は各駅停車となりました。国分寺線直通は引き続き、日中は本川越発着で運行。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2012_06_30.jpg
2012(H24)年 6月30日改正 ㉔
 ダイヤの形態が全面的に変更になりました。
 結局快速急行・拝島快速は廃止。拝島快速は4年の短命でした。準急も平日朝ラッシュ時を除くと、初電・終電の頃に数本走るだけとなって、一般の列車は実質、急行と各停の2本立てとなります。 
 通勤急行と、国分寺~本川越間直通運転は存続。
 日中は約10分サイクルとなり、一般の列車は、急行と各停が交互に走る形になりました。急行は本川越行と拝島行を交互に運行。拝島行は、小平で本川越行の各停に接続する形になります(上りはその逆)。
 日中の西武新宿からの発車は、(〔小江戸〕含め)毎時16→13本に減少。JR山手線に直接接続する大手私鉄の路線としては、東急池上線、京成本線・東急目黒線に次いで少なくなりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2013_03_16.jpg
2013(H25)年 3月16日改正 ㉕ 
 東京メトロ副都心線と東急東横線の相互直通が始まった改正で、池袋線から横浜への直通列車が走り出しました。
 新宿線では、萩山での分割・併合運用が、ついに全てなくなりました。多摩湖線は国分寺~西武遊園地間の線内運転が基本となり、平日の朝方上りのみ、西武新宿行各停が3本設定されています(土休日の直通急行は存続)。
 〔小江戸〕が東村山に新規停車。西武の特急としては、高田馬場を除くと、(池袋線も含めて)初めての東京都内の駅への停車です。また、平日朝ラッシュ時のピーク直後の上り1本(8号)の西武新宿着が、初めて8時台(55分)になりました。
 平日の夕ラッシュ時に、準急が若干復活しています。

 翌2014(H26)年、中井~野方間の地下線化工事が着工しました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2016_03_26.jpg
2016(H28)年 3月26日改正 ㉖ 
 北海道新幹線が開業した日の改正です。前回改正から3年の間が空きました。
〔小江戸〕は、朝ラッシュ時のピーク後に上り1本を増発、8時47分・57分と、8時台に2本到着するようになりました(下りの本数は変わらず)。日中は毎時30分発→40分発に変更されています。
 土休日の西武遊園地直通急行は、「春休み・ゴールデンウイーク・夏休み期間・プロ野球公式戦開催日運転予定」となりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2017_03_25.jpg
2017(H29)年 3月25日改正 ㉗
「朝の通勤・通学時間帯に下り電車を増発」と謳われていて、西武新宿では平日8時台の急行が7→9本になっています。1本は田無止まりです。
 東村山駅の高架化工事の進捗により、〔小江戸〕は上下とも、基本的には現行の5番ホームに発着になりました。上下とも先行する一般列車の追い抜きがあるが、下りは東村山で乗り換える場合、階段の上り下りが必要になります(次の所沢で乗り換えれば良いが)。
 池袋線で〔S-TRAIN〕の運行が始まりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2018_03_10.jpg
2018(H30)年 3月10日改正 ㉘
〔S-TRAIN〕の実績を踏まえて、新宿・拝島線でも座席指定制列車〔拝島ライナー〕がスタートしました。
 まずは下り5本でスタート。西武新宿発は平日・土休日共同時刻です。
 指定席料金は西武新宿・高田馬場から乗車の場合は、大人300円・小児150円。
〔拝島ライナー〕スタートもあるのか、平日・土休日共、夜間の急行の一部が準急に建て替えられています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2019_03_16.jpg
2019(H20)年 3月10日改正 ㉙
〔拝島ライナー〕が17時台発も設定され、下り6本となりました。
 国分寺線~本川越間の直通運転が取りやめになりました。東村山駅の立体化工事の進捗による配線の変更のためで、時刻表では(現在に至るまで)東村山~本川越間が空欄のままスペースが遺されているので、今後復活の可能性はあるようです。
 池袋線で新特急車001系「Laview」がデビューしました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2020_03_14.jpg
2020(R2)年 3月14日改正 ㉚
 土休日のみ、快速急行が復活しました。停車駅は、2011(H23)年3月11日改正時の、平日ダイヤで運行されていた列車と同じです。今回は観光客誘致が目的と思われるが、愛称は設定されていない。

 しかし時を同じくして、新型コロナウィルス感染禍が全世界を覆う「パンデミック」に発展し、日本の交通業界に大打撃を与える事になります。
 西武鉄道も当然例外ではなく、ゴールデンウィークの特急間引き運転など、大幅な減量を強いられる事になります。
 これを踏まえて2021(R3)年3月13日、最終列車の繰り上げが中心のダイヤ改正を実施(同年1月21日より、国土交通省や1都3県などからの要請に基づいた最終繰り上げが行われていたが、内容は異なる)しているが、この時は、時刻表の刊行がありませんでした。他社で時刻表や、駅のポケット時刻表の廃止が相次いでいた事もあって、西武も終わってしまうのか、と心配になったものでした。このため、この改正については割愛し、次でまとめて記します。
(この時の改正で、西武遊園地→多摩湖と改称。西武園ゆうえんちのリニューアルを控えてのもので、同時に山口線の遊園地西を西武園ゆうえんちに改称している)

西武新宿線西武新宿駅時刻表2022_03_12.jpg
2022(R4)年 3月12日改正 ㉛
 時刻表が刊行されました。個人的にはホッとしました。
 最終電車の繰り上げは、特に新宿線はかなり大幅なものとなりました。
 平日は本川越行準急が23時58分→23時42分(この後に〔小江戸53号〕がある)、新所沢行準急が0時44分→0時14分、上石神井行各停が0時47分→0時17分になりました。入曽~本川越間及び拝島線の各駅へは17分、高田馬場~新所沢間は30分の繰り上げです。
 土休日も本川越行準急が23時43分→23時31分、上石神井行各停が0時30分→0時17分に繰り上げになりました(ただし新所沢への終電は0時07分発各停→0時14分発準急になり、西武新宿・高田馬場発は逆に遅くなった)。
 最終0時17分は、昭和末期の0時30分よりも早くなりました。これは深夜帯の需要の減退に加えて、地下線化工事が行われているためと考えられます。
 また、平日の日中11時台半ば~14時台半ばにかけては、急行・各停とも10→12分間隔と、運行間隔が拡大し、減便になりました。12・13時台の西武新宿発は毎時11本(〔小江戸〕含む)となり、JR山手線に直接接続する大手私鉄の路線としては、東急池上線に次いで少なく、各駅停車5本は最少となりました。
 さらに朝ラッシュ時の上りに設定されていた狭山市始発の各停がなくなり、通勤急行が1本削減されました。
 所沢駅の配線工事の影響で、野球ダイヤでの西武球場前直通運転が取りやめになっています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2023_03_18.jpg
2023(R5)年 3月18日改正 ㉜
 そしてこれが、今春から使用されている時刻です。
〔拝島ライナー〕が、上り拝島発でも運行を開始しました。拝島発6時28分と8時00分です。停車駅は下りと同じ(拝島線内のみの利用は不可)。
 この8時00分発4号の西武新宿着は8時52分。そして〔小江戸〕は朝ラッシュ時の運行時間帯を変更し、本川越7時35分発8号は、西武新宿着が8時27分となりました。JRや他大手私鉄でもそうだが、関東地方において、8時台半ばに有料の列車が都心のターミナル駅に到着するなど、以前は到底考えられなかったものです。その折返しで、下りでも8時台発〔小江戸〕が設定されています。

 以上2回に分けて、本当に簡単ながら、西武新宿駅の目線を中心に、昭和末期からの西武新宿線のダイヤを回顧しました。まだまだ書き足りていない部分は、多いはずです。
 今回各改正の時刻表を作成して感じたのは、当然この3年以上に及ぶパンデミックの影響はどうしても免れないのだが、それを抜きにしても、どうも新宿線のダイヤ編成はふらついた所がある、という点です。むろん〔小江戸〕〔拝島ライナー〕の設定は鉄道業界全体の時世に乗ったものでもあるが、それ以外の一般列車は、ダイヤのサイクルが一定しないなあという気がしました。他社はもちろん、池袋線と比較してもそうだと思う(池袋線もかなり変わってはいるが、複々線化に地下鉄や東急との相直開始、という要素がある)。拝島快速なんて典型だと思うし、快速急行も、一旦新設になったのに数年で取りやめ、3年前にはまた新設、しかも運行曜日が異なる、という具合です。
 これは、新宿線の立ち位置や取り巻く状況もあるのだろうと思う。特に各停の減少が著しいが、元々池袋線とJR中央線に挟まれ、駅勢圏が小さくなりがちな所に、都営地下鉄大江戸線が全通し、そちらの方に流れている、という状況が、21世紀以降ではあると考えられます。
(複々線化計画が早々と取りやめになったが、結果論だろうが良かったと思う。あのまま進めていたら、経営にかなり悪い影響を与えていたのではないか)
 なので、今後のダイヤ編成も結構難しいものがあると思うが、地下線化や東村山の立体化の動向もあるけれど(どちらも相当遅れるらしい)、各停を現行に近いレベルで残しつつ、ある程度長距離の急行系がダイヤの中心になるのではと考えられる。〔小江戸〕はどうするんだろう?10000系の置き換えの時期のはずだが、「Laview」は〔小江戸〕には重い気がするし、新宿線専用の特急車というのは考えづらい。40000系を〔拝島ライナー〕と共用にして、「ライナー列車」に置き換える、というのも案外ありなのか?とか考えてみるが、どうなるのだろう?「Laview」といえば、所沢駅の配線の影響にもよるが、土休日は秩父直通〔おくちちぶ〕の復活なんてあっても、良いのではないか?(現在「52席の至福」は、新所沢まで行って、秩父方面に折り返している)
 新宿線は、関東地方の大手私鉄の本線級(急行系が走る路線)では数少ない、地下鉄などへの直通運転が全くない路線です(あとは京王井の頭線のみ)。なので運行計画を策定する上での営業面でのハンデが他社線と比べて大きいと思うが、特に行楽シーズン(西武園ゆうえんちなど)などの輸送に活路を見出す事になるのだろうか。何のかんの言っても大手私鉄のターミナルの一つである西武新宿駅に、再び賑わいが戻ってくる事が期待されます。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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№2703 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(前)

西武鉄道 西武新宿駅ホーム.jpg
「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は西武新宿線の始発駅、西武新宿です。
 西武新宿駅は他鉄道路線との直接の接続がないターミナル駅で、それ故新宿線では山手線や地下鉄東西線と接続する高田馬場駅の方が利用者が圧倒的に多く、西武鉄道全体では、池袋・高田馬場に次ぐ3位の乗降客数に甘んじています。とはいえ、2022(R4)年度の乗降人員は135,139人、コロナ禍の影響でかなり減ったとはいえ、阪神電鉄の大阪梅田が144,764人だから、そんなには違いません。関東としては少ない方、というだけです(関東で言えば、京成電鉄のすべての駅より多い)。
 この西武新宿駅の時刻、西武鉄道がダイヤ改正の度に刊行する時刻表から、変遷をたどっていきたいと思います。昭和の終わり、1987(S62)年から始めます。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1987_03_09.jpg
1987(S62)年 3月 9日改正 ⑥
 丸数字は、引用した西武鉄道刊行の、時刻表の号数です。この当時はB5版でした。
 まず、当時の新宿線は、狭山市~南大塚間が単線のまま残っていました(この他、JR・東武とアンダークロスする部分の脇田〔信〕~本川越間が、今に至るまで単線)。また拝島線も、小川~西小川〔信〕及び東大和市~玉川上水間が単線でした。

 この当時は、土曜日は平日と同じダイヤでした。
 基本的には急行・準急・各停(当時の列車の種別幕や時刻表の表記は「普通」だったが、ここでは各停で統一)の3本立て。当時は、優等列車の拝島線直通は、平日朝夕の急行のみ。〔拝島ライナー〕が走る現代とは隔世の感。拝島発着と、多摩湖線の西武遊園地(現多摩湖)発着を、萩山で分割・併合していた。なお、休日も朝・夕の各停で行われていた。
 単線区間が残っていた事もあったか、末端部は本数が少なく、新所沢から先は20分間隔。拝島線も全区間が20分間隔。
 なお、平日朝ラッシュ時の上りの急行は、本川越発は鷺ノ宮、拝島・西武遊園地発は上石神井を通過として、停車駅を分け合っていた。池袋線の「千鳥停車」ほどではないが、停車駅を分け合う事で混雑を平均化しよう、という思想は同じだろう。
 休日のみ、快速急行の設定があったが、本川越発着と西武遊園地発着では停車駅が異なっていた。本川越発着の1往復は「不定期」と称していたが、大晦日と元日以外は毎休日の運転だった。西武遊園地発着は、春・秋の行楽シーズンの運行。
 この他、当時は休日のみ特急「レッドアロー」の運行があった。池袋・西武秩父線直通で西武新宿~西武秩父間を走る〔おくちちぶ51・52号〕と、上り52号の折返しで本川越行の〔むさし53号〕の3本のみだったが、特に〔むさし53号〕は、後の〔小江戸〕の原型と言えます。

 この他、ここでは記さないが、西武球場への野球輸送と、西武園競輪の輸送があった。西武球場前行は、平日・休日のデーゲームは快速急行(途中高田馬場・鷺ノ宮・上石神井・田無・小平・東村山・所沢・西所沢に停車)2本(平日デーゲームは土曜日を想定していたのだろう)、平日ナイトゲームは田無行準急2本を延長だった。なお、休日のナイトゲームの時刻は、この時刻表には記載がない(時刻表にはライオンズの試合日程の記載があり、7・8月は日曜日にもナイトゲームがあった)。西武園競輪は、西武新宿~西武園間の快速急行を20分間隔で運行していた。

 この改正の後の5月28日、所沢~新所沢間に航空公園駅が開業しています。時刻表第6号にはすでに、時刻が掲載されていました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1988_12_05.jpg
1988(S62)年12月 5日改正 ⑦
 前の月に、拝島線・東大和市~玉川上水間の複線化が完成。
 日中の毎時3本の準急のうち1本が本川越まで延長、新所沢~本川越間は毎時4本となった。平日の夜間は、準急の一部が急行に変更になり、各停の運行区間が延長されている。
 休日は、朝方下りの拝島・西武遊園地行萩山分割がなくなりました(上りの併合は存続)。

 この頃は新宿線も輸送量は伸び盛りで、西武新宿~上石神井間の複々線化が計画されていました。大深度の急行専用線を新設し、西武新宿・高田馬場のみ、急行線用の駅を設ける計画でした。この年から、工事費用確保のための特別加算運賃を導入しています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1989_12_11.jpg
1989(H元)年12月11日改正 ⑧
 3日後に新狭山~南大塚間が複線化されるが、ダイヤ改正は先行して行われた(なぜかはちょっと分からなかった)。
 時刻表はこの8号から小型化されました(その分分厚くて、ちょっと読みづらい)。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1991_03_11.jpg
1991(H3)年 3月11日改正 ⑨
 拝島線・東大和市~玉川上水間が複線化された。この改正から、土曜日は休日と同じ時刻になりました。

 この後の7月27日、狭山市~新狭山間が複線化。西武新宿~脇田〔信〕間が複線でつながりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1991_12_11.jpg
1991(H3)年12月 9日改正 ⑩
 前回の改正から日が浅いが、平日の最終列車の時刻が繰り下げになりました。当時はバブル経済の末期で、西武のみならず各鉄道で、最終電車の繰り下げや、深夜帯の輸送力の増強が求められた時期でした。入曽~本川越間各駅へは15分、下井草~新所沢間各駅へは37分(各停→準急に変更)、高田馬場~上石神井間各駅へは16分の繰り下げです。
 日中の新所沢行準急の一部が本川越に延長され、新所沢~本川越間は毎時5本になっています。
 土休日の萩山分割・併合運用がなくなりました。 

西武新宿線西武新宿駅時刻表1993_12_06.jpg
1993(H5)年12月 6日改正 ⑪
 特急〔小江戸〕が、運行を開始しました。10000系「ニューレッドアロー(NRA)」は、〔小江戸〕でデビューです。
 まずは日中2時間・夜間1時間間隔とつつましいものでした。当時の特急料金は所沢まで350円、狭山市・本川越まで400円でした。
 引き換えに〔おくちちぶ〕は廃止。本川越発着の不定期快速急行も取りやめになりました。一方で西武遊園地発着の快速急行は通年運転になっています。また土休日も、朝夕に拝島直通急行が設定されました。
 この他、朝方の上りで停車駅を分け合っていた急行は、本川越始発(鷺ノ宮通過)は通勤急行、拝島・西武遊園地始発(上石神井通過)は快速に名称を変更しています。
 夕~夜間の急行・準急は、基本的に急行に一本化。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1994_12_07.jpg
1994(H6)年12月 7日改正 ⑫
 西武有楽町線・新桜台~練馬間が開業しました(当初は単線で練馬折返し)。池袋線には練馬高野台駅が開業しています。
 新宿線では〔小江戸〕が増発され、日中も1時間間隔になりました。上りに1本、所沢始発〔小江戸〕あります。

 新宿線は、輸送量の伸び悩みが明らかになり、翌1995(H7)年には、複々線化計画事業の中止が発表になりました。9月より利用者に加算運賃を払い戻す形で、特別減算運賃を導入しています。平成初期の関東の大手私鉄各社各路線では、複々線化を中心とした大規模な輸送力増強計画が進行中だったが、計画が中止になったのは、西武新宿線が唯一です。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1996_03_28.jpg
1996(H8)年 3月28日改正 ⑬
 各停の一部が、拝島線まで延長されています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1997_03_12.jpg
1997(H9)年 3月12日改正 ⑭
 夜間及び土休日朝方の〔小江戸〕が増発。夜間は毎時2本になりました。平日の〔小江戸〕最終便が26分繰り下げられ、所沢から先の各駅の到着は午前0時を回っています(土休日は逆に繰り上げ)。
 平日夜間の萩山分割・併合運用がなくなりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1998_03_26.jpg
1998(H10)年 3月26日改正 ⑮
 西武新宿~本川越間の快速急行が、再度設定されました。ただしここは平日の日中のみ60分間隔。西武新宿~本川越間を47分で結びました。新所沢で、先行する急行と接続します。〔小江戸〕が停車する狭山市は通過。〔川越号〕の呼称があります。
 一方で土休日に運行されていた西武遊園地直通の快速急行は、急行になりました(といっても花小金井が追加で停車になっただけ)。
 競輪開催日の西武園直通は、下り西武園行は取りやめ、上り西武園発のみ平日2本・土休日4本設定(急行と各停が半々)。西武園線内折返しの増発で対応。
 池袋線では、この改正から有楽町線との直通運転が始まりました(複々線化はまだ先)。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2000_03_29.jpg
2000(H12)年 3月26日改正 ⑯
 平日早朝・ラッシュ時ピーク前の〔小江戸〕が1往復増発。上り2号は、西武新宿到着が7時前になりました(6時56分)。折返しで下りも1本増。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2001_12_15.jpg
2001(H13)年12月15日改正 ⑰
 この改正は、平日朝方の上りラッシュ時が大きく変わりました。停車駅を分け合っていた通勤急行(本川越始発・鷺ノ宮通過)と快速(拝島・西武遊園地始発・上石神井通過)が、共に急行となって停車駅を統一。そのうえで、本川越始発の通勤急行2本が設定されました(途中狭山市・新所沢・所沢・東村山・田無・上石神井・鷺ノ宮・高田馬場に停車)。
 またピーク前の上り〔小江戸〕がさらに1本増発。本川越では6時11分~30分の間に約10分間隔で出発(下りの本数は変わらない)。
 池袋線では、練馬~練馬高野台間が複々線化。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2003_03_12.jpg
2003(H15)年 3月12日改正 ⑱
 国分寺線・国分寺~新所沢間の直通運転が開始。
〔小江戸〕はピーク直後に1本増発。西武新宿着が9時ちょうど(高田馬場着は8時56分)。
 日中は20分サイクル→30分サイクルになり、急行が毎時3→4本・準急が3→2本を運行。急行の2本に1本(30分間隔)は、日中では初めて拝島線直通になり、代わって各停が30分間隔で本川越行となって、小平で拝島発着の急行と相互に接続。拝島線は、玉川上水までが毎時6本・その先が毎時4本に増発されています。
〔小江戸〕は、平日の日中以降は毎時30分に統一、夜間は加えて00分発を運行。土休日の夜間は毎時09・39分の発車。快速急行は毎時00分に出発し、新所沢では準急と相互に接続。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2003_03_12.jpg
2005(H17)年 3月17日改正 ⑲
〔小江戸〕は土休日の夜間も、毎時00・30分発に統一。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2007_03_06.jpg
2007(H19)年 3月 6日改正 ⑳
 快速急行が東村山・狭山市に新規停車。

 この改正の直後、西武鉄道・西武グループは新CIを発表しました。西武グループは21世紀に入って以降、オーナーを始めとする不祥事が相次ぎ、企業風土の刷新が求められていました。ここまでの西武鉄道は、レジャー部門やホテル等を(国際的にも)幅広く手掛ける一大企業グループだったが、2006(H18)年より持ち株会社「西武ホールディングス」の傘下という形態に改められ、地域密着に軌道修正していく事になります。

 今回はここまでです。次の2008(H20)年6月14日改正以降、新宿線系統は、輸送量の変動に対応したダイヤ編成を迫られていく事になります。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 金剛バスの廃業発表を受けて、自治体側は近鉄バスと南海バスに協力を要請しているが、両社は今日、自治体がコミュニティバス方式として事業主体となる事を前提として、可能な限りで協力すると回答したと、報道がありました。近鉄バスは富田林駅・喜志駅への路線を運行しているが、近鉄バス自身、この数年で路線をかなり廃止して、規模を縮小しています。近鉄バスにしろ南海バスにしろ、程度の差はあれ苦しい事情は同じはずで、どこまで今の金剛バスの運行規模をカバーできるのか。
 阪神タイガース、優勝してしまいましたねえ。おめでとうございます。阪神電鉄では早速記念乗車券・グッズの発売を開始しているが、ちょう20年前になるのだけれど、星野 仙一監督で優勝した時には、磁気カード「らくやんカード」を発売していました。№1787(星野氏逝去の直後だった)でご覧頂いたが、今回は紙の入場券セットに回帰していて、改めて磁気カード時代は遠い昔の事になった、も感じました。再三再四の警告にもかかわらず、道頓堀川には26人が飛び込んだそうだが、やるヤツはやっちゃう、という事だねえ。

《What's New》
13日 企業の景況判断指数+5.8 2期連続のプラス
14日 マツダ 11年ぶりロータリーエンジン車 予約販売開始
15日 ビッグモーター本社 警視庁・神奈川県警が捜索
 ジャニーズ事務所の記者会見を受けて、事務所所属のタレントの起用をどうするか、企業・自治体・公的機関などで判断が分かれているようです。個人的には、タレント本人の不祥事ではないのだから、やや過剰反応に過ぎる所もあるのではないかと思っています。

№2637 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 21.東武東上線 ふじみ野駅 〔後〕

東武鉄道ふじみ野ホーム今.jpg
 東武東上線ふじみ野駅の時刻の変遷、後半は2008(H20)年6月14日、〔TJライナー〕運行開始時から、先日3月18日の改正までです。
 クロスシート⇔ロングシート(と呼ぶには、個人的にはやや違うと思っているが)と座席のレイアウトを変更させて、通勤・帰宅時間帯にはクロス形態で有料ライナー列車として運行させる、という列車は、今では関東地方ではお馴染みにもなりつつあるが、〔TJライナー〕はその先鞭をつけた列車でした。この座席形態の車両は近鉄の「L/Cカー」が始まりで(さらに昔は、旧国鉄73系でテストされた事もあるそうだが)、関東では東武50090型が初となったが、ロング形態が基本でクロスになると有料、というのは関東的な発想だよなあ、と当時は思ったものです。

2008_0614.jpg
2008(H20)年 6月14日改正
〔TJライナー〕は、まずは池袋発下りのみで平日6本・土休日5本、基本的に1時間間隔という、今見ればささやか、な設定だった。
 池袋からの乗車時は着席整理料金300円が必要、次の停車駅がふじみ野だったが、ふじみ野以降からの乗車は、無料で乗車できた。
 その他の列車では特急がなくなり、代わって快速急行が設定された。停車駅は現在とはかなり異なり、池袋~森林公園間の停車駅は和光市・志木・川越・川越市・坂戸・東松山だった。下りは土休日のみ2本(池袋→小川町)あり、特急の代替的な設定と考えられる。他は全て夜間の上りのみ設定(森林公園→池袋)で、時刻から見て、〔TJライナー〕への送り込みが中心だったのではないかと思われる(だからクロスシート形態での運行だったのではないかと思うが、実際に列車を見ていないからわからない)。
 ふじみ野駅に関連する点としては、副都心線の全面開業で、渋谷行直通列車が設定された。副都心線内は、日中は大半が急行、平日朝夕ラッシュ時は通勤急行で運転。
 一方で日中は、急行が毎時5本(10~13分間隔)、準急は毎時3本となって、きれいな等間隔ダイヤが崩れた。志木~川越市間で各駅に停車する列車は、毎時8→7本に減少している。
 また朝ラッシュ時の上りは、通勤急行の一部が急行になり、急行と通勤急行が交互に運行されるようになっている。
 この改正から、池袋口の列車は全列車、10両編成の運行になった。

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2011(H23)年 3月 5日改正
〔TJライナー〕は、平日の一部時間帯が30分間隔に増発された。

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2013(H25)年 3月16日改正
 地下鉄副都心線と東急東横線が渋谷でつながり、両者の相互直通運転が開始された。東上線からも東横線を経由し、みなとみらい線元町・中華街への直通列車が設定された。東横線からは基本的に、特急・急行等の10両編成の列車が直通する(平日朝夕のみ、志木まで8連が乗り入れ)。東武編成も元町・中華街まで、また東急編成が東上線に姿を見せる事になった。
 東上線では新たに快速が設定された。川越市以北も快速運転となり、川越市~森林公園間は若葉・坂戸・東松山のみに停車する。日中の川越市以北は快速2:急行4本の30分サイクルが確立した。
〔TJライナー〕はさらに増発され、土休日も一部30分間隔運転になった。下りは全列車、小川町まで運行される。
 快速急行は平日・土休日共、朝方にも数本設定された。夜間は30分間隔となり、やはり〔TJライナー〕への送り込みと思われる。
(準急はこの改正から、緑色で表記)

2016_0326.jpg
2016(H28)年3月26日改正
 東横線直通列車が東上線内でも、森林公園までの急行運転を開始した。東上線・副都心線…急行・東横線・みなとみらい線…特急で走る最速タイプは、「Fライナー」と呼称する。
 日中の急行は2本に1本が「Fライナー」に立て替えられた。和光市で池袋発着の準急と相互に接続する形態になる。その準急も2本に1本は森林公園まで延長、川越市~森林公園間で各駅に停車する列車が毎時6本となった。
〔TJライナー〕が、平日の朝方にも設定された(川越市は停車しない)。下りは完全に30分間隔が確立し、平日の池袋発最終は24時00分に繰り下げられた(平日の2本は森林公園まで)。〔TJライナー〕はこの改正から着席整理料金が改定され、下り310円・上り410円となった。(ふじみ野→池袋間のみは310円)。上りのみ前売りを行い、チケットレスも受け付ける。
 通勤急行が廃止になった。

2019_0316.jpg
2019(H31)年 3月16日改正
「川越特急」が新設された。停車駅は朝霞台・川越・川越市・坂戸・東松山、その先は各駅に停車(ふじみ野は通過)。無料だが、50090型クロスシート形態での運行となった。上りは引き続き、〔TJライナー〕への送り込みと思われる。50090型1編成には、「池袋・川越アートトレイン」のラッピングが施された。
 その〔TJライナー〕は座席指定制となり、追加料金は座席指定料金という名目になった。下り360円・上り460円(ふじみ野→池袋間のみは360円)で、上下ともチケットレスサービスの受付を開始した。

2021_0313.jpg
2021(R3)年3月13日改正
 上りの〔TJライナー〕が4本に増発された。コロナ禍の真っただ中であり、「三密」のない定員制列車の需要が高まった事もあるかと思われる。座席指定料金は下り370円・上り470円(ふじみ野→池袋間のみは370円)となった。
 コロナ禍の影響、という点では、平日下りの最終列車の繰り上げが行われ、1時14分発(池袋発0時44分)川越市行準急が廃止になった。東上線はふじみ野駅開業時の改正で、池袋発の最終が一気に30分繰り下げられていた。新ダイヤでの、池袋からふじみ野に行ける最終は、池袋発0時30分となった。

2023_0318.jpg
2023(R5)年 3月18日改正
 そして、先月行われた改正の時刻になります。
 東上線内で種別の整理・停車駅の変更が行われた。コロナ禍がもたらした需要の変動もあっただろう。快速急行は、志木は通過となり代わって朝霞台に停車、川越以北は各駅停車となり、ほぼ終日の設定となった。急行は朝霞台、準急は上板橋に新規に停車となった。快速は廃止、設定からちょうど10年だった。川越市以北の日中は、各駅に停車するタイプのみ、約10分間隔で運行される(毎時快速急行2:急行4)。なお、寄居口のワンマン運転が一部森林公園まで拡大し、日中の寄居方面への乗換駅が一部、小川町→森林公園に変更されている。
「川越特急」は、夜間の上りが30分間隔と大幅に設定増になったが、改正前の快速急行からの立て替えがほとんどで、〔TJライナー〕への送り込み、の性格は変わっていないと思われる。
「Fライナー」は、東上線内は快速急行となり、従ってふじみ野からは利用できなくなった。
 東急新横浜線・相鉄新横浜線開業で、新たに相鉄線への直通列車が設定された。下りは海老名などからの始発もあり、土休日には海老名発小川町行(東上線内快速急行)もあるが、上りは全て湘南台行。大半は普通だが、朝方には平日・土休日共急行の設定がある。なお、東武~相鉄間の直通列車は全て、東急の編成による運行。相鉄20000系は東上線には入らず、東武編成は新横浜線には入線しない。
〔TJライナー〕は初めて、土休日でも朝方の上りに設定された。また平日の下り最終29号は、池袋発が2分繰り上がり、23時58分発となった(他列車と同じ日付に収めたかったからか)。

 以上、先月の改正分も含めて、開業から30年になろうとするふじみ野駅の時刻を通じて、東上線のダイヤの移り変わりを俯瞰してみました。当然書き足りていない部分は多々あるはずで、その点はご勘弁願いたいと思います。
 東上線のダイヤを振り返ってみると、この30年は、特に川越市~森林公園・小川町間の、適正な輸送力の見極めに腐心した期間だったと感じられます。鶴ヶ島市・坂戸市・東松山市と、大都市とは言えないけれど、埼玉県の中部に位置するこれらの市が成熟し、大学や企業の進出もあって、東上線の輸送量が伸びた時期でした。一方でこれらの市は池袋からは比較的遠いので速達性も求められてくるが、川越までもまた、当然川越市もだし、それこそふじみ野駅がある富士見市やふじみ野市、朝霞市や志木市、新座市(志木駅があるのは新座市)と有力な市が点在、さらに有楽町線・副都心線が接続する和光市、武蔵野線乗換駅の朝霞台もあるので、それらの駅の利便性も保たなければならない。バランス感覚を持ったダイヤ編成が、東上線では求められていたのだろうと思います。それは、特急や快速急行の停車駅の選定にも表れていると感じました。さらに今は相互直通運転区間の大幅な拡大もあります。今や神奈川県に行く列車もあるので。〔TJライナー〕が当初から停車するふじみ野は、特急・快速急行こそ停車しないが、東上線全体のダイヤ編成の歴史の縮図が、垣間見えるような気がしました(と書いたら大げさか?)。
 ふじみ野駅に関しては、駅付近の街づくりはほぼ成熟の域に達したのかなとも思われるし、コロナ禍がもたらした需要の変動もあるが、富士見市内にはららぽーと富士見の開業もあり(ただしふじみ野駅からのバスの本数は少ない。一番多いのは鶴瀬駅から)、まだ伸びしろはあるのかとも思います。今後の駅のさらなる発展、そしてダイヤの充実が期待されます。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


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