№2807 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 23.京王相模原線 橋本駅(後)

京王相模原線 橋本駅ホーム.jpg
 京王相模原線橋本駅のダイヤ回顧、後半は2013(H25)年2月22日改正からです。前年の調布市内連続立体化(地下化)を踏まえ、この年になって本格的なダイヤ改正を行う事となりました。
「白紙的」と自ら称した2001(H13)年改正と同等、あるいはそれ以上の規模かも知れません。
 京王の本線は線路幅が1372㎜と特殊な事もあって、相互乗り入れをする相手が都営地下鉄新宿線だけ、相互直通ネットワークが広域化してはいないので、ここまでのダイヤ改正は数年に一度、という程度でした。しかしこの2013(H25)年改正以降、〔京王ライナー〕運行開始、コロナ禍と明暗様々な事態に対応するためか、ダイヤ改正の頻度が一気に高まっていきます。

京王橋本駅 2013_0222.jpg
2013(H25)年 2月22日改正
 種別形態に大きな変化がありました。
 特急が復活。ただし相模原線に関しては急行からの立て替えという形になり、相模原線の停車駅は急行と同じ。新宿~橋本間の最速は37分。なお本線の特急は分倍河原と北野が新規停車となって、準特急と同じになった。特急と準特急の違いは、高尾線内が各駅の停車(準特急)か否(特急)かという事。平日の準特急は、早朝の高尾山口発上り1本のみ。
 在来の通勤快速は区間急行と改称し、相模原線では土休日も含めて終日運転となった。以降、区間急行が相模原線のメインの列車となったと言って良い。なお日中は新線新宿から都営浅草線内は急行となり、橋本発では「区間急行 新線新宿」行→新線新宿から「急行 本八幡」行と案内していたようだ。
 この改正で、日中の笹塚~調布間は、20分サイクルで特急3(新宿~京王八王子・高尾山口・橋本)・区間急行1(本八幡~橋本)・快速1(新宿~橋本)・各停2(新宿~京王八王子・高尾山口)となり、トータルで21本/h。
 平日の夜間に快速のつつじヶ丘行があるが、地下化により調布では折返しができなくなったのでつつじヶ丘まで回送とするところ、上りは客扱いするため(つつじヶ丘で各停に接続)この形になったと考えられる。

 京王が製作・発売した全線時刻表は、この2013(H25)年改正号が最後、となりました。以降は交通新聞社刊行の「MYLINE 東京時刻表」から時刻表を作成し、一部他文献や、京王電鉄のリリースを参考にしている事をお断りしておきます。

京王橋本駅 2015_0925.jpg
2015(H27)年 9月25日改正
 次の改正は、2年半以上間が空きました。
 準特急の停車駅に笹塚と千歳烏山を追加。日中は特急の3本に2本が準特急となり、特急は、平日は新宿~高尾山口間、土休日は新宿~京王八王子間で運行。
 相模原線の特急は大半が準特急に立て替えられ、橋本発で特急として残るのは、平日は朝方と夜間、土休日は早朝1本のみ。
 区間急行も仙川に新規停車。また日中の快速が都営新宿線に直通となり、笹塚以遠~新宿線直通は、6本/hとなった。
 初列車が大幅に繰り上げられ、4時台の区間急行が2本設定された。橋本4時38分発区間急行は、調布でやはり繰り上げとなった特急に乗り換えると、新宿着が5時21分。京王では早朝の新幹線や航空便の利用が便利になるとアピールしていた。
(もっとも橋本から東海道新幹線、だと、JR横浜線に乗って新横浜から、となろうが)

京王橋本駅 2016_0916.jpg
2016(H28)年 9月16日改正
 パターンとしては、大きな変更はない。平日の新線新宿発17時30分以降の、笹塚以遠行の急行・区間急行・快速は全て10連化。
 この年の9月29日に、〔京王ライナー〕運行開始を見据えた、クロス/ロングシート転換機構を備えた5000系がデビュー。まずはロングシート形態のまま、一般列車でデビューした。

京王橋本駅 2018_0222.jpg
2018(H30)年 2月22日改正
 この年の2月22日は木曜日でした。近年はJRを中心にどの鉄道会社も、基本的には土曜日にダイヤ改正を行うようになっていたが(いきなり朝ラッシュ時から変更させるのはリスキーという事だろう)、この点で当時の京王は異例でした。
〔京王ライナー〕の運行が始まった。当初は夜間の下りのみ(土休日も運行)で、新宿→京王八王子・橋本間各5本を運行。橋本行は、新宿を平日20~0時台の毎時30分(0時台のみ20分)・土休日は17~21時台の毎時20分の発車だった。
 橋本発では、夜間の特急の一部が急行に変更されている。
 京王ではこの改正から、途中で種別が変わる場合も、行先は終点を表示する方式に改められた。
 なお、2018(H30)年11月より、臨時列車として〔Mt.TAKAO号〕の運行が始まっている(上りは〔京王ライナー〕として運行)。

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2019(H31)年 2月22日改正
 平成最後の改正になりました。
 上りも〔京王ライナー〕の運行が始まった。平日・土休日とも2本が設定されている。また土休日は新宿発下り2本(16・22時台)が増発されている。
 平日・土休日共、朝方の準特急の一部は京王多摩センターまで各駅停車として運行。

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2020(R2)年 2月22日改正
〔京王ライナー〕は、平日は4本に増強。一方で土休日は、この時点では1本に削減された。なお下りは、新宿発16時40分・17時40分発が設定、7本に増発されている。
 平日日中の準特急の大半が、京王多摩センター~橋本間は各駅停車に変更して運行(区間急行は京王多摩センター折返し)。また平日の夜間は、若干の運行本数の減少がみられる。

 この改正の直後、新型コロナウィルスのパンデミックが日本をも直撃。「外に出るな、出かけるな」では鉄道は当然大打撃で、特に京王は年度別輸送人員が、2020(R2)年度は4億5100万人で、前年度(6億7300万人)の67.0%。実に旅客の1/3が失われる事態になりました。橋本駅も、2020(R2)年度の1日乗降人員(65,241人)は、前年度(98,086人)の66.51%です。
 この一大事に対応すべく、この年の10月30日には早々にダイヤ改正が行われました。全列車掲載の時刻表がなかったのでここでは製作しなかったが、平日の〔京王ライナー〕は、新宿→橋本間18・19時台に2本増発の一方、午前0時台は取りやめ(京王八王子行も0時台→19時台にシフト)、平日の準特急の京王多摩センター~橋本間各駅停車運行の時間帯の延長、22時台以降の新宿発のサイクルを12分→15分に拡大、などの変更点があります。

京王橋本駅 2021_0313.jpg
2021(R3)年 3月13日改正
 この改正以降今年までは、ダイヤ改正日はJRを始めとする各社と、足並みをそろえるようになります。
 基本的には前年10月の改正ダイヤを踏襲しているが、この年の1月から行われた、緊急事態宣言発出により繰り上げられた最終列車が、そのまま正規の最終列車となった。2020(R2)年2月改正時点では、平日の新宿→橋本行最終は0時11分発区間急行(この後の0時21分発準特急京王八王子行が調布で接続)・橋本終着1時06分だったものが、23時52分発快速(この後の0時01分発準特急京王八王子行が調布で接続)・橋本終着0時48分となり、約20分の繰り上げになった。京王全体でも、1時を過ぎて運行される列車は2本のみとなっている。京王では最終繰り上げの理由として、コロナ禍による生活様式の変化とともに、夜間の工事時間の確保を上げている。
 平日のみ、4時38分発の初列車が、区間急行新宿行→快速本八幡行に変更になった(調布での特急接続は変わらない)。
 この後10月30日より土休日のみ、〔京王ライナー〕〔Mt.TAKAO号〕が明大前に新規停車している(新宿~明大前間のみの乗車は上下とも不可)。

京王橋本駅 2022_0312.jpg
2022(R4)年 3月12日改正

 特急も笹塚・千歳烏山に新規停車、準特急を統合する事になる。変則的な名称と言えた「準特急」は、停車駅を変えながら、21年の歴史に幕を閉じた(この後阪急京都線で復活するとは思いもしなかったけれど)。
〔京王ライナー〕は、土休日が3往復に再度増発された。新宿での降車が多くなる8~10時台の設定に改められている。また平日も全列車、明大前に停車。〔Mt.TAKAO号〕が正式に、毎土休日運行の定期列車となった。
 特急は土休日も、日中は京王多摩センター~橋本間を各駅停車で運行。
 土休日も、4時38分発の初列車が快速本八幡行に変更された。
 都営新宿線の急行運転が大幅に縮小され、京王の急行は、新宿線内は各駅停車として運行される。

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2023年 3月18日改正
〔京王ライナー〕は、平日の上りで7時10分発が増発された。新宿着が8時00分ちょうどで、これまでならラッシュのピークの真っただ中と言える時間帯に、有料の列車が都心のターミナルに到着する事になる。他社でも見られるようになったが、コロナ禍の副産物と言える現象だった。また下りは、平日の橋本行は3本増発されて18~20時台は毎時2本となり、便数では京王八王子行を上回る事になった。土休日は新宿15時20分発が新規設定されている。
 一般の列車は、夜間に再度の減便が行われているが、パターン自体の変化は少ない。

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2024年 3月16日改正
 そしてこれが、この3月16日から使われている時刻表になります。
 土休日の〔京王ライナー〕がさらに1往復増発され、11時台まで設定されている(平日も9時台に、京王多摩センター始発で増発)。また下りでも、新宿10時15分発を新設。

 以上、かなり駆け足で京王相模原線橋本駅の時刻の移り変わりを見てきました。舌っ足らずで終わった所も多々あったはずです。ご了承ください。
 特にコロナ禍以降は、輸送量の減少と反比例するかの如く、〔京王ライナー〕の拡充が目立つようになりました。「密」にならないゆったり通勤・通学やおでかけを求める層が、特に多摩ニュータウンで多いのかなあ。京王では〔京王ライナー〕を鉄道輸送の柱とすると掲げていて、今年度も5000系の増備が行われるので、さらに増発・運転時間帯の拡大が行われる事が予想されます。一般の特急の一部を指定席にする、という形態もありそう。
 一方で一般列車は、京王全体で見ると、特急の停車駅がかなり増えた事もあって、種別による差が小さくなってきています。また、相模原線末端区間の各停化や笹塚~仙川間の連続立体化工事の影響もあって、都心まで全体的にやや時間がかかるようになっていて、新宿~橋本間の場合、現状の最速は38分。もう少し停車駅を整理し、単純化する事も必要かと。立体化が完成すると、明大前と千歳烏山は2面4線の退避駅となる計画なので、この時点で、スピードアップなどの抜本的な輸送形態の変更などが行われるのだと、思っています。
 あとは、橋本駅で言うと、やはりリニア中央新幹線、でしょうかねえ。開通すると京王も、良くも悪くもかなり影響が出ると思うが(この時点でJR東日本も含め、「橋本」の駅名が変わる事になると思う)、全体の完成・開通は大幅に遅れそう。橋本駅自体の乗降人員は急速に回復しているが、それでもパンデミック直前の83.63%に留まっていて、しばらくは〔京王ライナー〕を柱に据えつつ、質的な改善に注力する、という事になるでしょうか。再来年デビュー予定の2000系にも、期待したい所です。

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 鉄道の乗車券・乗車システムに関する大きなニュースが相次いでいて、昨日は熊本県の電車・バスが一斉に、年内に全国交通系ICカードの取り扱いを終了すると発表、また今日はJR東日本・京成・東武・西武・京急・東京モノレール・新京成・北総の各社で、2026(R8)年度末以降、近距離の時期乗車券を、QRコードの乗車券に置き換えると発表しています(既にゆいレールがやっているような事)。いろいろ感じる事は多々あっても、それを詳しく書く余裕は今日はない。が、その他の交通事業者の動向も合わせてみると、「クレジットカードのタッチ決済」+「QRコード活用」が、今後の鉄道利用のトレンドになるのか、と感じさせます。ICカードでさえ、今後は絶対的な鉄道利用の主役ではなくなってくるのか。

《What's New》
28日 国連人権理事会作業部会 独立した人権機関設立を日本に勧告
29日 長期金利1.065%に上昇 2011年12月以来の高水準

№2806 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 23.京王相模原線 橋本駅(前)

京王電鉄02-11橋本14ホーム.jpg
 「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は京王相模原線の終点、橋本駅です。
 相模原線が橋本まで延伸したのは、平成の世になって翌年の1990(H2)年3月3日です。多摩ニュータウンを都心と直結させるのが主な使命だった相模原線だが、神奈川県相模原市にあり、JR横浜線と相模線が合流する橋本まで延伸した事で、新たに神奈川県北部と東京の都心をダイレクトに結ぶルートとしての役割も担う事になりました。2022(R4)年度の一日の乗降客数は82,307人、新宿・渋谷・吉祥寺・調布に次いで京王では第5位になり、古くからの京王八王子などを大きく上回っています。

 さて、本当なら開業時の時刻表から始めたかったが、この当時は、京王は時刻表を刊行していませんでした。いや、実は昭和の間に2回刊行があったのだが、当然橋本駅の時刻はなく(相模原線は京王多摩センターまでだった)、従って、橋本駅の開業時の時刻を記した文献を、見つける事ができませんでした。あれば相当貴重な記録になったはず、ですけれどねえ。
(だから8年前に書いた高尾山口駅の時も、昭和の2回については記載しなかった)
 ちなみに、橋本延伸前の1986(S61)年9月に刊行された時刻表に拠れば、当時の相模原線は快速・通勤快速・各停の3本立てで、快速は、稲城・若葉台は通過でした。日中は快速と各停が20分間隔と、まだまだ少なかった。
 京王では、ダイヤ改正を「ダイヤ改定」と呼称していた時期もあったが、ここでは「改正」で統一します。

京王橋本駅 1992_0528.jpg
1992(H4)年 5月28日改正
 なので、橋本延長後最初の時刻表が刊行された、1992(H4)年5月改正から始めます。京王ではここから、土曜日と休日が一本化されました。
 急行がなかった相模原線だったが、一気に特急の運行を開始した。当時の特急の停車駅は非常に少なく、明大前・調布・京王多摩センターのみ。橋本~新宿間は最速37分。
 快速は相模原線内が各駅停車になり、日中は京王多摩センターで特急を退避。
 当時の京王本線・笹塚~調布間は、平日の日中は20分サイクルで特急(新宿~京王八王子・橋本)2:急行(新宿~高尾山口)1:快速(本八幡~橋本)1:各停(新宿~京王八王子・高尾山口・橋本)3、トータルで21本/hの設定と、複線ながら当時から相当な高頻度だった(土休日は高尾山口発着の各停が調布折返しになるので18本/h)。この改正から、急行がつつじヶ丘に新規停車している(平日は比較的早じまいになり、通勤快速に移行する)。
 なお、当時の京王は行楽輸送シーズンの休日は専用ダイヤとなり、高幡不動での特急の分割・併合も行われていたが、相模原線には影響がなかった。
 今の目で見ると、橋本発の最終電車が、上りとしても早い。日付が変わる前に若葉台行最終が出発している。

京王橋本駅 1997_1224.jpg
1997(H9)年12月24日改正
 平成の半ばくらいまでの京王はダイヤ改正の頻度が低く、次の改正は5年以上も後になった。クリスマスイブの日の改正とは、またずいぶんと慌ただしい。
 相模原線内に関しては、基本的なパターンの変更はない。最終電車が平日のみ初めて、日付が変わった後の発車になった。

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2001(H13)年 3月27日改正
 ダイヤ体系が大きく変わった改正で、京王自らは「白紙的」と称しているようです。
京王電鉄時刻表 2001年3月改正.jpg
 この時刊行された時刻表は、都営地下鉄やモノレール、京王のバスなどの時刻の掲載もあるが、割と分厚いです。

 本線の最高速度が105㎞/h→110㎞/hに引き上げられた。また準特急が新規に設定され(当時の停車駅は特急+分倍河原・北野)、日中の新宿~高尾山口間の急行を置き換えている。
 相模原線の特急は、急行に変更された。急行は相模原線では初設定となった一方、特急は一度なくなる事になる。急行は調布で日中は京王本線の特急と、夕ラッシュ時は準特急と相互に接続する形態となった。乗り換えは必要になるが、新宿~橋本間の最速は34分と、逆に短縮されている(改正前の直通の特急は、上下とも先行する急行に阻まれて、ノロノロ運転を強いられた事もあった)。
 急行は、日中は都営新宿線内の急行と一本化され、本八幡まで通しで急行運転となった。なお土休日の朝夕には都営線内は各駅停車の列車があるが、この場合は「急行 新線新宿行」→新線新宿から「各停 本八幡行」と称していたようだ。
 この他、快速が八幡山と仙川に新規停車。平日の笹塚~調布間の各停が6本/hに削減されたため、その代替の意味があると考えられる。相模原線の各駅停車は、日中以降は調布折返しの線内区間運転に短縮。
 最終電車が、平日・土休日共24時30分過ぎまで繰り下げ。

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2003年12月 1日改正
 これまで相模原線の朝方ラッシュ時の上りは通勤快速が主役で、線内は全列車各駅停車だったが、この改正で橋本発7・8時台の急行が6本設定され、朝方上りの急行運転が始まった。うち4本は、都営新宿線に直通する。橋本→新線新宿間は54~55分となり、通勤快速と比べて5分程度の短縮となった。
 平日夕ラッシュ時は、急行と線内折返しの各停が交互に10分間隔で運行されている。
 平日の初列車が通勤快速に変更されている。

 この後、2005(H17)年3月にダイヤ改正を行っているが、時刻表の発行が行われませんでした。なので時刻表の作成はナシ。
 平日夜間の急行の10分間隔運転時間帯を拡大した。なお一部時間帯では、新線新宿~調布間は快速で運行、橋本発は「急行 調布行」→調布から「快速本八幡行」として運行されていたようだ。

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2006(H18)年 9月 1日改正
 9000系(9030番台)の増備があり、日中以降の都営新宿線直通急行・快速の大半が10連化された。
 ただ、この時点で10連は京王だけで、東京都側はまだ8連のみだった。このため日中は、新宿線直通急行は全て京王編成だったのに対し、相模原線内折返しの各駅停車は、ほぼ全列車が都営新宿線10形での運用だった。
 この改正時より、土休日のシーズンダイヤは廃止。準特急の高尾線内各駅停車運転が始まっている。
 調布駅付近の連続立体化(地下線化)工事のため、所要時間の見直しが行われている。新宿~橋本間(調布乗り換え)の最速は38分。

 この後、2010(H22)年3月には、相模原線へのATC導入と、急行・快速の10連運転の増強(東京都も10連が導入された)による修正が行われている。
 東日本大震災による節電ダイヤ施行時には、平日日中の急行は相模原線内は各駅に停車となり、各停は運休となった(イヤな時期だった…)。

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2012(H24)年 8月19日改正
 次の改正は、6年あとになりました。だけど、時刻表の刊行がなかったんだよねえ…。
 これ以降の時刻表に関しては、次の2013(H25)年2月改正を除いて、交通新聞社刊行の「MYLINE 東京時刻表」から作成している事をお断りしておきます。調布駅付近の地下線化が完成、線路の切り替えも行われたが、この時の改正はまだ暫定的なものと言え、この時点で早々に、来年2月の全面改正が予告されていました。本線の特急は全て準特急に変更。一時的と分かっているとはいえ、大手私鉄から特急がなくなるのは、異例でした。相模原線は大きなパターンの変更はなく、線内折返しの各駅停車も調布発着のまま(つつじヶ丘あたりまで回送していたと思われるが私は未確認)。

 翌2013(H25)年2月22日に、予告通り大きなダイヤ改正を実施、相模原線でも特急の再設定、通勤快速に変わって区間急行の設定、など、大きな変化が起きる事になります。
 相模原線はこの後、〔京王ライナー〕スタート、コロナ禍による減便、と激動の時期を迎え、対応すべくダイヤ改正の頻度も、これまでとは比べ物にならないほど高くなって、特にライナー運行開始以降は、ほぼ毎年改正が行われるようになります。その変遷は、次回です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 黒部峡谷鉄道は、猫又~欅平間の今年の復旧は断念すると発表しました。何とか紅葉シーズンに間に合えば良かったのだが。鉄道の総務部長は謝罪しているが、自然災害が原因なので、仕方がないですね。簡単に工事ができる(というか工事に行ける)ロケーションでもないし。私は先月に猫又まで往復して、それは来月書きたいが、欅平まで乗れる日が、できるだけ早く来れば良いと思っています。
 静岡県知事選挙の結果は、リニアの工事には、どのような影響を与えるでしょうか。現在はむしろ、今後の国政の運営への影響の方に関心が集まっているように見えるが。

《What's New》
25日 カンヌ映画祭 パルムドールは「アノーラ」
26日 ラグビー・リーグワン 東芝ブレイブルーパス東京初優勝
27日 歌舞伎俳優 尾上 菊之助 「八代目尾上 菊五郎」来年襲名発表

№2704 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(後)

西武新宿駅.jpg
 西武新宿駅の時刻表の目線で西武新宿線のダイヤを回顧するシリーズ、の後半です。
 21世紀に入った頃から、拝島線への直通運転の強化が目立つようになってきた新宿線は、さらに急行を上回る速達の直通列車の新設も行われるようになりました。一方で、需要の変動に、かなり翻弄されるところも出てきます。コロナ禍以降は特にそうです。

 ところで上の画像、今回のシリーズの作成のために、先日撮影してきました。本当は前回(1990年代前半・1番線に〔むさし〕がいる)と同じ位置に立って撮りたかったが、現在は1番線の先・2番線の脇の部分は飲料の自動販売機が並んでいて、列車(日中は〔小江戸〕専用)が隠れてしまうのです。なのでちょっと苦しいが、このような画像になりました。3番線には「L-TRAIN」がいて、戸袋部の松井 稼頭央監督が小さくだけど見えているが、このような列車が走る事自体、30年前とはライオンズも、西武鉄道も大きく変わったものだな、と感じさせます。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2008_06_14.jpg
2008(H20)年 6月14日改正 ㉑
 拝島快速が設定されました。西武新宿~拝島間を44分で結んでいます。設定意図が正直分からない所もあるが、JR青梅線・青梅特快への対抗の意味があるのでしょうか。
 田無~玉川上水間の途中停車駅は小平だけ。なので通過駅を補完する形で、田無~玉川上水間の区間運転も設定されています。
 急行は毎時2本になりました。拝島快速が小平で、本川越発着の各駅停車と相互に接続します。
 国分寺線からの直通は、基本的には本川越発着になりました。平日の快速急行は、新所沢での接続の相手が、その国分寺線直通列車になっています。新所沢~本川越間は、各駅に停車する列車(急行・準急・各停)も、毎時6本になりました。
〔小江戸〕は、土休日の号数表記が変わりました。平日と異なる時刻に西武新宿を出発する列車のみ、新たに61号から番号を振っています。同じ時刻に出発する列車は、平日と同じ号数です。
 池袋線はこの改正で、同日開業の東京メトロ副都心線との相互直通運転を開始しました。この時点ではまだ渋谷までです。

西武時刻表21号.jpg
 西武の時刻表はこの21号から、再びB5版に戻りました(ただし7号までよりはだいぶ薄い)。新CIになって最初の号で、前述の変化を象徴しています。改正の直前にデビューした30000系と、「快速 渋谷」表記の池袋線6000系が表紙を飾っています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2010_03_06.jpg
2010(H22)年 3月 6日改正 ㉒
 平日深夜の〔小江戸〕が増発され、最終便は23時55分発(高田馬場発23時59分発)となりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2011_03_05.jpg
2011(H23)年 3月 5日改正 ㉓
 快速急行が、新所沢~本川越間は各駅停車となりました。国分寺線直通は引き続き、日中は本川越発着で運行。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2012_06_30.jpg
2012(H24)年 6月30日改正 ㉔
 ダイヤの形態が全面的に変更になりました。
 結局快速急行・拝島快速は廃止。拝島快速は4年の短命でした。準急も平日朝ラッシュ時を除くと、初電・終電の頃に数本走るだけとなって、一般の列車は実質、急行と各停の2本立てとなります。 
 通勤急行と、国分寺~本川越間直通運転は存続。
 日中は約10分サイクルとなり、一般の列車は、急行と各停が交互に走る形になりました。急行は本川越行と拝島行を交互に運行。拝島行は、小平で本川越行の各停に接続する形になります(上りはその逆)。
 日中の西武新宿からの発車は、(〔小江戸〕含め)毎時16→13本に減少。JR山手線に直接接続する大手私鉄の路線としては、東急池上線、京成本線・東急目黒線に次いで少なくなりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2013_03_16.jpg
2013(H25)年 3月16日改正 ㉕ 
 東京メトロ副都心線と東急東横線の相互直通が始まった改正で、池袋線から横浜への直通列車が走り出しました。
 新宿線では、萩山での分割・併合運用が、ついに全てなくなりました。多摩湖線は国分寺~西武遊園地間の線内運転が基本となり、平日の朝方上りのみ、西武新宿行各停が3本設定されています(土休日の直通急行は存続)。
 〔小江戸〕が東村山に新規停車。西武の特急としては、高田馬場を除くと、(池袋線も含めて)初めての東京都内の駅への停車です。また、平日朝ラッシュ時のピーク直後の上り1本(8号)の西武新宿着が、初めて8時台(55分)になりました。
 平日の夕ラッシュ時に、準急が若干復活しています。

 翌2014(H26)年、中井~野方間の地下線化工事が着工しました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2016_03_26.jpg
2016(H28)年 3月26日改正 ㉖ 
 北海道新幹線が開業した日の改正です。前回改正から3年の間が空きました。
〔小江戸〕は、朝ラッシュ時のピーク後に上り1本を増発、8時47分・57分と、8時台に2本到着するようになりました(下りの本数は変わらず)。日中は毎時30分発→40分発に変更されています。
 土休日の西武遊園地直通急行は、「春休み・ゴールデンウイーク・夏休み期間・プロ野球公式戦開催日運転予定」となりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2017_03_25.jpg
2017(H29)年 3月25日改正 ㉗
「朝の通勤・通学時間帯に下り電車を増発」と謳われていて、西武新宿では平日8時台の急行が7→9本になっています。1本は田無止まりです。
 東村山駅の高架化工事の進捗により、〔小江戸〕は上下とも、基本的には現行の5番ホームに発着になりました。上下とも先行する一般列車の追い抜きがあるが、下りは東村山で乗り換える場合、階段の上り下りが必要になります(次の所沢で乗り換えれば良いが)。
 池袋線で〔S-TRAIN〕の運行が始まりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2018_03_10.jpg
2018(H30)年 3月10日改正 ㉘
〔S-TRAIN〕の実績を踏まえて、新宿・拝島線でも座席指定制列車〔拝島ライナー〕がスタートしました。
 まずは下り5本でスタート。西武新宿発は平日・土休日共同時刻です。
 指定席料金は西武新宿・高田馬場から乗車の場合は、大人300円・小児150円。
〔拝島ライナー〕スタートもあるのか、平日・土休日共、夜間の急行の一部が準急に建て替えられています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2019_03_16.jpg
2019(H20)年 3月10日改正 ㉙
〔拝島ライナー〕が17時台発も設定され、下り6本となりました。
 国分寺線~本川越間の直通運転が取りやめになりました。東村山駅の立体化工事の進捗による配線の変更のためで、時刻表では(現在に至るまで)東村山~本川越間が空欄のままスペースが遺されているので、今後復活の可能性はあるようです。
 池袋線で新特急車001系「Laview」がデビューしました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2020_03_14.jpg
2020(R2)年 3月14日改正 ㉚
 土休日のみ、快速急行が復活しました。停車駅は、2011(H23)年3月11日改正時の、平日ダイヤで運行されていた列車と同じです。今回は観光客誘致が目的と思われるが、愛称は設定されていない。

 しかし時を同じくして、新型コロナウィルス感染禍が全世界を覆う「パンデミック」に発展し、日本の交通業界に大打撃を与える事になります。
 西武鉄道も当然例外ではなく、ゴールデンウィークの特急間引き運転など、大幅な減量を強いられる事になります。
 これを踏まえて2021(R3)年3月13日、最終列車の繰り上げが中心のダイヤ改正を実施(同年1月21日より、国土交通省や1都3県などからの要請に基づいた最終繰り上げが行われていたが、内容は異なる)しているが、この時は、時刻表の刊行がありませんでした。他社で時刻表や、駅のポケット時刻表の廃止が相次いでいた事もあって、西武も終わってしまうのか、と心配になったものでした。このため、この改正については割愛し、次でまとめて記します。
(この時の改正で、西武遊園地→多摩湖と改称。西武園ゆうえんちのリニューアルを控えてのもので、同時に山口線の遊園地西を西武園ゆうえんちに改称している)

西武新宿線西武新宿駅時刻表2022_03_12.jpg
2022(R4)年 3月12日改正 ㉛
 時刻表が刊行されました。個人的にはホッとしました。
 最終電車の繰り上げは、特に新宿線はかなり大幅なものとなりました。
 平日は本川越行準急が23時58分→23時42分(この後に〔小江戸53号〕がある)、新所沢行準急が0時44分→0時14分、上石神井行各停が0時47分→0時17分になりました。入曽~本川越間及び拝島線の各駅へは17分、高田馬場~新所沢間は30分の繰り上げです。
 土休日も本川越行準急が23時43分→23時31分、上石神井行各停が0時30分→0時17分に繰り上げになりました(ただし新所沢への終電は0時07分発各停→0時14分発準急になり、西武新宿・高田馬場発は逆に遅くなった)。
 最終0時17分は、昭和末期の0時30分よりも早くなりました。これは深夜帯の需要の減退に加えて、地下線化工事が行われているためと考えられます。
 また、平日の日中11時台半ば~14時台半ばにかけては、急行・各停とも10→12分間隔と、運行間隔が拡大し、減便になりました。12・13時台の西武新宿発は毎時11本(〔小江戸〕含む)となり、JR山手線に直接接続する大手私鉄の路線としては、東急池上線に次いで少なく、各駅停車5本は最少となりました。
 さらに朝ラッシュ時の上りに設定されていた狭山市始発の各停がなくなり、通勤急行が1本削減されました。
 所沢駅の配線工事の影響で、野球ダイヤでの西武球場前直通運転が取りやめになっています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2023_03_18.jpg
2023(R5)年 3月18日改正 ㉜
 そしてこれが、今春から使用されている時刻です。
〔拝島ライナー〕が、上り拝島発でも運行を開始しました。拝島発6時28分と8時00分です。停車駅は下りと同じ(拝島線内のみの利用は不可)。
 この8時00分発4号の西武新宿着は8時52分。そして〔小江戸〕は朝ラッシュ時の運行時間帯を変更し、本川越7時35分発8号は、西武新宿着が8時27分となりました。JRや他大手私鉄でもそうだが、関東地方において、8時台半ばに有料の列車が都心のターミナル駅に到着するなど、以前は到底考えられなかったものです。その折返しで、下りでも8時台発〔小江戸〕が設定されています。

 以上2回に分けて、本当に簡単ながら、西武新宿駅の目線を中心に、昭和末期からの西武新宿線のダイヤを回顧しました。まだまだ書き足りていない部分は、多いはずです。
 今回各改正の時刻表を作成して感じたのは、当然この3年以上に及ぶパンデミックの影響はどうしても免れないのだが、それを抜きにしても、どうも新宿線のダイヤ編成はふらついた所がある、という点です。むろん〔小江戸〕〔拝島ライナー〕の設定は鉄道業界全体の時世に乗ったものでもあるが、それ以外の一般列車は、ダイヤのサイクルが一定しないなあという気がしました。他社はもちろん、池袋線と比較してもそうだと思う(池袋線もかなり変わってはいるが、複々線化に地下鉄や東急との相直開始、という要素がある)。拝島快速なんて典型だと思うし、快速急行も、一旦新設になったのに数年で取りやめ、3年前にはまた新設、しかも運行曜日が異なる、という具合です。
 これは、新宿線の立ち位置や取り巻く状況もあるのだろうと思う。特に各停の減少が著しいが、元々池袋線とJR中央線に挟まれ、駅勢圏が小さくなりがちな所に、都営地下鉄大江戸線が全通し、そちらの方に流れている、という状況が、21世紀以降ではあると考えられます。
(複々線化計画が早々と取りやめになったが、結果論だろうが良かったと思う。あのまま進めていたら、経営にかなり悪い影響を与えていたのではないか)
 なので、今後のダイヤ編成も結構難しいものがあると思うが、地下線化や東村山の立体化の動向もあるけれど(どちらも相当遅れるらしい)、各停を現行に近いレベルで残しつつ、ある程度長距離の急行系がダイヤの中心になるのではと考えられる。〔小江戸〕はどうするんだろう?10000系の置き換えの時期のはずだが、「Laview」は〔小江戸〕には重い気がするし、新宿線専用の特急車というのは考えづらい。40000系を〔拝島ライナー〕と共用にして、「ライナー列車」に置き換える、というのも案外ありなのか?とか考えてみるが、どうなるのだろう?「Laview」といえば、所沢駅の配線の影響にもよるが、土休日は秩父直通〔おくちちぶ〕の復活なんてあっても、良いのではないか?(現在「52席の至福」は、新所沢まで行って、秩父方面に折り返している)
 新宿線は、関東地方の大手私鉄の本線級(急行系が走る路線)では数少ない、地下鉄などへの直通運転が全くない路線です(あとは京王井の頭線のみ)。なので運行計画を策定する上での営業面でのハンデが他社線と比べて大きいと思うが、特に行楽シーズン(西武園ゆうえんちなど)などの輸送に活路を見出す事になるのだろうか。何のかんの言っても大手私鉄のターミナルの一つである西武新宿駅に、再び賑わいが戻ってくる事が期待されます。

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№2703 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(前)

西武鉄道 西武新宿駅ホーム.jpg
「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は西武新宿線の始発駅、西武新宿です。
 西武新宿駅は他鉄道路線との直接の接続がないターミナル駅で、それ故新宿線では山手線や地下鉄東西線と接続する高田馬場駅の方が利用者が圧倒的に多く、西武鉄道全体では、池袋・高田馬場に次ぐ3位の乗降客数に甘んじています。とはいえ、2022(R4)年度の乗降人員は135,139人、コロナ禍の影響でかなり減ったとはいえ、阪神電鉄の大阪梅田が144,764人だから、そんなには違いません。関東としては少ない方、というだけです(関東で言えば、京成電鉄のすべての駅より多い)。
 この西武新宿駅の時刻、西武鉄道がダイヤ改正の度に刊行する時刻表から、変遷をたどっていきたいと思います。昭和の終わり、1987(S62)年から始めます。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1987_03_09.jpg
1987(S62)年 3月 9日改正 ⑥
 丸数字は、引用した西武鉄道刊行の、時刻表の号数です。この当時はB5版でした。
 まず、当時の新宿線は、狭山市~南大塚間が単線のまま残っていました(この他、JR・東武とアンダークロスする部分の脇田〔信〕~本川越間が、今に至るまで単線)。また拝島線も、小川~西小川〔信〕及び東大和市~玉川上水間が単線でした。

 この当時は、土曜日は平日と同じダイヤでした。
 基本的には急行・準急・各停(当時の列車の種別幕や時刻表の表記は「普通」だったが、ここでは各停で統一)の3本立て。当時は、優等列車の拝島線直通は、平日朝夕の急行のみ。〔拝島ライナー〕が走る現代とは隔世の感。拝島発着と、多摩湖線の西武遊園地(現多摩湖)発着を、萩山で分割・併合していた。なお、休日も朝・夕の各停で行われていた。
 単線区間が残っていた事もあったか、末端部は本数が少なく、新所沢から先は20分間隔。拝島線も全区間が20分間隔。
 なお、平日朝ラッシュ時の上りの急行は、本川越発は鷺ノ宮、拝島・西武遊園地発は上石神井を通過として、停車駅を分け合っていた。池袋線の「千鳥停車」ほどではないが、停車駅を分け合う事で混雑を平均化しよう、という思想は同じだろう。
 休日のみ、快速急行の設定があったが、本川越発着と西武遊園地発着では停車駅が異なっていた。本川越発着の1往復は「不定期」と称していたが、大晦日と元日以外は毎休日の運転だった。西武遊園地発着は、春・秋の行楽シーズンの運行。
 この他、当時は休日のみ特急「レッドアロー」の運行があった。池袋・西武秩父線直通で西武新宿~西武秩父間を走る〔おくちちぶ51・52号〕と、上り52号の折返しで本川越行の〔むさし53号〕の3本のみだったが、特に〔むさし53号〕は、後の〔小江戸〕の原型と言えます。

 この他、ここでは記さないが、西武球場への野球輸送と、西武園競輪の輸送があった。西武球場前行は、平日・休日のデーゲームは快速急行(途中高田馬場・鷺ノ宮・上石神井・田無・小平・東村山・所沢・西所沢に停車)2本(平日デーゲームは土曜日を想定していたのだろう)、平日ナイトゲームは田無行準急2本を延長だった。なお、休日のナイトゲームの時刻は、この時刻表には記載がない(時刻表にはライオンズの試合日程の記載があり、7・8月は日曜日にもナイトゲームがあった)。西武園競輪は、西武新宿~西武園間の快速急行を20分間隔で運行していた。

 この改正の後の5月28日、所沢~新所沢間に航空公園駅が開業しています。時刻表第6号にはすでに、時刻が掲載されていました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1988_12_05.jpg
1988(S62)年12月 5日改正 ⑦
 前の月に、拝島線・東大和市~玉川上水間の複線化が完成。
 日中の毎時3本の準急のうち1本が本川越まで延長、新所沢~本川越間は毎時4本となった。平日の夜間は、準急の一部が急行に変更になり、各停の運行区間が延長されている。
 休日は、朝方下りの拝島・西武遊園地行萩山分割がなくなりました(上りの併合は存続)。

 この頃は新宿線も輸送量は伸び盛りで、西武新宿~上石神井間の複々線化が計画されていました。大深度の急行専用線を新設し、西武新宿・高田馬場のみ、急行線用の駅を設ける計画でした。この年から、工事費用確保のための特別加算運賃を導入しています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1989_12_11.jpg
1989(H元)年12月11日改正 ⑧
 3日後に新狭山~南大塚間が複線化されるが、ダイヤ改正は先行して行われた(なぜかはちょっと分からなかった)。
 時刻表はこの8号から小型化されました(その分分厚くて、ちょっと読みづらい)。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1991_03_11.jpg
1991(H3)年 3月11日改正 ⑨
 拝島線・東大和市~玉川上水間が複線化された。この改正から、土曜日は休日と同じ時刻になりました。

 この後の7月27日、狭山市~新狭山間が複線化。西武新宿~脇田〔信〕間が複線でつながりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1991_12_11.jpg
1991(H3)年12月 9日改正 ⑩
 前回の改正から日が浅いが、平日の最終列車の時刻が繰り下げになりました。当時はバブル経済の末期で、西武のみならず各鉄道で、最終電車の繰り下げや、深夜帯の輸送力の増強が求められた時期でした。入曽~本川越間各駅へは15分、下井草~新所沢間各駅へは37分(各停→準急に変更)、高田馬場~上石神井間各駅へは16分の繰り下げです。
 日中の新所沢行準急の一部が本川越に延長され、新所沢~本川越間は毎時5本になっています。
 土休日の萩山分割・併合運用がなくなりました。 

西武新宿線西武新宿駅時刻表1993_12_06.jpg
1993(H5)年12月 6日改正 ⑪
 特急〔小江戸〕が、運行を開始しました。10000系「ニューレッドアロー(NRA)」は、〔小江戸〕でデビューです。
 まずは日中2時間・夜間1時間間隔とつつましいものでした。当時の特急料金は所沢まで350円、狭山市・本川越まで400円でした。
 引き換えに〔おくちちぶ〕は廃止。本川越発着の不定期快速急行も取りやめになりました。一方で西武遊園地発着の快速急行は通年運転になっています。また土休日も、朝夕に拝島直通急行が設定されました。
 この他、朝方の上りで停車駅を分け合っていた急行は、本川越始発(鷺ノ宮通過)は通勤急行、拝島・西武遊園地始発(上石神井通過)は快速に名称を変更しています。
 夕~夜間の急行・準急は、基本的に急行に一本化。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1994_12_07.jpg
1994(H6)年12月 7日改正 ⑫
 西武有楽町線・新桜台~練馬間が開業しました(当初は単線で練馬折返し)。池袋線には練馬高野台駅が開業しています。
 新宿線では〔小江戸〕が増発され、日中も1時間間隔になりました。上りに1本、所沢始発〔小江戸〕あります。

 新宿線は、輸送量の伸び悩みが明らかになり、翌1995(H7)年には、複々線化計画事業の中止が発表になりました。9月より利用者に加算運賃を払い戻す形で、特別減算運賃を導入しています。平成初期の関東の大手私鉄各社各路線では、複々線化を中心とした大規模な輸送力増強計画が進行中だったが、計画が中止になったのは、西武新宿線が唯一です。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1996_03_28.jpg
1996(H8)年 3月28日改正 ⑬
 各停の一部が、拝島線まで延長されています。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1997_03_12.jpg
1997(H9)年 3月12日改正 ⑭
 夜間及び土休日朝方の〔小江戸〕が増発。夜間は毎時2本になりました。平日の〔小江戸〕最終便が26分繰り下げられ、所沢から先の各駅の到着は午前0時を回っています(土休日は逆に繰り上げ)。
 平日夜間の萩山分割・併合運用がなくなりました。

西武新宿線西武新宿駅時刻表1998_03_26.jpg
1998(H10)年 3月26日改正 ⑮
 西武新宿~本川越間の快速急行が、再度設定されました。ただしここは平日の日中のみ60分間隔。西武新宿~本川越間を47分で結びました。新所沢で、先行する急行と接続します。〔小江戸〕が停車する狭山市は通過。〔川越号〕の呼称があります。
 一方で土休日に運行されていた西武遊園地直通の快速急行は、急行になりました(といっても花小金井が追加で停車になっただけ)。
 競輪開催日の西武園直通は、下り西武園行は取りやめ、上り西武園発のみ平日2本・土休日4本設定(急行と各停が半々)。西武園線内折返しの増発で対応。
 池袋線では、この改正から有楽町線との直通運転が始まりました(複々線化はまだ先)。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2000_03_29.jpg
2000(H12)年 3月26日改正 ⑯
 平日早朝・ラッシュ時ピーク前の〔小江戸〕が1往復増発。上り2号は、西武新宿到着が7時前になりました(6時56分)。折返しで下りも1本増。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2001_12_15.jpg
2001(H13)年12月15日改正 ⑰
 この改正は、平日朝方の上りラッシュ時が大きく変わりました。停車駅を分け合っていた通勤急行(本川越始発・鷺ノ宮通過)と快速(拝島・西武遊園地始発・上石神井通過)が、共に急行となって停車駅を統一。そのうえで、本川越始発の通勤急行2本が設定されました(途中狭山市・新所沢・所沢・東村山・田無・上石神井・鷺ノ宮・高田馬場に停車)。
 またピーク前の上り〔小江戸〕がさらに1本増発。本川越では6時11分~30分の間に約10分間隔で出発(下りの本数は変わらない)。
 池袋線では、練馬~練馬高野台間が複々線化。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2003_03_12.jpg
2003(H15)年 3月12日改正 ⑱
 国分寺線・国分寺~新所沢間の直通運転が開始。
〔小江戸〕はピーク直後に1本増発。西武新宿着が9時ちょうど(高田馬場着は8時56分)。
 日中は20分サイクル→30分サイクルになり、急行が毎時3→4本・準急が3→2本を運行。急行の2本に1本(30分間隔)は、日中では初めて拝島線直通になり、代わって各停が30分間隔で本川越行となって、小平で拝島発着の急行と相互に接続。拝島線は、玉川上水までが毎時6本・その先が毎時4本に増発されています。
〔小江戸〕は、平日の日中以降は毎時30分に統一、夜間は加えて00分発を運行。土休日の夜間は毎時09・39分の発車。快速急行は毎時00分に出発し、新所沢では準急と相互に接続。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2003_03_12.jpg
2005(H17)年 3月17日改正 ⑲
〔小江戸〕は土休日の夜間も、毎時00・30分発に統一。

西武新宿線西武新宿駅時刻表2007_03_06.jpg
2007(H19)年 3月 6日改正 ⑳
 快速急行が東村山・狭山市に新規停車。

 この改正の直後、西武鉄道・西武グループは新CIを発表しました。西武グループは21世紀に入って以降、オーナーを始めとする不祥事が相次ぎ、企業風土の刷新が求められていました。ここまでの西武鉄道は、レジャー部門やホテル等を(国際的にも)幅広く手掛ける一大企業グループだったが、2006(H18)年より持ち株会社「西武ホールディングス」の傘下という形態に改められ、地域密着に軌道修正していく事になります。

 今回はここまでです。次の2008(H20)年6月14日改正以降、新宿線系統は、輸送量の変動に対応したダイヤ編成を迫られていく事になります。

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 金剛バスの廃業発表を受けて、自治体側は近鉄バスと南海バスに協力を要請しているが、両社は今日、自治体がコミュニティバス方式として事業主体となる事を前提として、可能な限りで協力すると回答したと、報道がありました。近鉄バスは富田林駅・喜志駅への路線を運行しているが、近鉄バス自身、この数年で路線をかなり廃止して、規模を縮小しています。近鉄バスにしろ南海バスにしろ、程度の差はあれ苦しい事情は同じはずで、どこまで今の金剛バスの運行規模をカバーできるのか。
 阪神タイガース、優勝してしまいましたねえ。おめでとうございます。阪神電鉄では早速記念乗車券・グッズの発売を開始しているが、ちょう20年前になるのだけれど、星野 仙一監督で優勝した時には、磁気カード「らくやんカード」を発売していました。№1787(星野氏逝去の直後だった)でご覧頂いたが、今回は紙の入場券セットに回帰していて、改めて磁気カード時代は遠い昔の事になった、も感じました。再三再四の警告にもかかわらず、道頓堀川には26人が飛び込んだそうだが、やるヤツはやっちゃう、という事だねえ。

《What's New》
13日 企業の景況判断指数+5.8 2期連続のプラス
14日 マツダ 11年ぶりロータリーエンジン車 予約販売開始
15日 ビッグモーター本社 警視庁・神奈川県警が捜索
 ジャニーズ事務所の記者会見を受けて、事務所所属のタレントの起用をどうするか、企業・自治体・公的機関などで判断が分かれているようです。個人的には、タレント本人の不祥事ではないのだから、やや過剰反応に過ぎる所もあるのではないかと思っています。

№2637 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 21.東武東上線 ふじみ野駅 〔後〕

東武鉄道ふじみ野ホーム今.jpg
 東武東上線ふじみ野駅の時刻の変遷、後半は2008(H20)年6月14日、〔TJライナー〕運行開始時から、先日3月18日の改正までです。
 クロスシート⇔ロングシート(と呼ぶには、個人的にはやや違うと思っているが)と座席のレイアウトを変更させて、通勤・帰宅時間帯にはクロス形態で有料ライナー列車として運行させる、という列車は、今では関東地方ではお馴染みにもなりつつあるが、〔TJライナー〕はその先鞭をつけた列車でした。この座席形態の車両は近鉄の「L/Cカー」が始まりで(さらに昔は、旧国鉄73系でテストされた事もあるそうだが)、関東では東武50090型が初となったが、ロング形態が基本でクロスになると有料、というのは関東的な発想だよなあ、と当時は思ったものです。

2008_0614.jpg
2008(H20)年 6月14日改正
〔TJライナー〕は、まずは池袋発下りのみで平日6本・土休日5本、基本的に1時間間隔という、今見ればささやか、な設定だった。
 池袋からの乗車時は着席整理料金300円が必要、次の停車駅がふじみ野だったが、ふじみ野以降からの乗車は、無料で乗車できた。
 その他の列車では特急がなくなり、代わって快速急行が設定された。停車駅は現在とはかなり異なり、池袋~森林公園間の停車駅は和光市・志木・川越・川越市・坂戸・東松山だった。下りは土休日のみ2本(池袋→小川町)あり、特急の代替的な設定と考えられる。他は全て夜間の上りのみ設定(森林公園→池袋)で、時刻から見て、〔TJライナー〕への送り込みが中心だったのではないかと思われる(だからクロスシート形態での運行だったのではないかと思うが、実際に列車を見ていないからわからない)。
 ふじみ野駅に関連する点としては、副都心線の全面開業で、渋谷行直通列車が設定された。副都心線内は、日中は大半が急行、平日朝夕ラッシュ時は通勤急行で運転。
 一方で日中は、急行が毎時5本(10~13分間隔)、準急は毎時3本となって、きれいな等間隔ダイヤが崩れた。志木~川越市間で各駅に停車する列車は、毎時8→7本に減少している。
 また朝ラッシュ時の上りは、通勤急行の一部が急行になり、急行と通勤急行が交互に運行されるようになっている。
 この改正から、池袋口の列車は全列車、10両編成の運行になった。

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2011(H23)年 3月 5日改正
〔TJライナー〕は、平日の一部時間帯が30分間隔に増発された。

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2013(H25)年 3月16日改正
 地下鉄副都心線と東急東横線が渋谷でつながり、両者の相互直通運転が開始された。東上線からも東横線を経由し、みなとみらい線元町・中華街への直通列車が設定された。東横線からは基本的に、特急・急行等の10両編成の列車が直通する(平日朝夕のみ、志木まで8連が乗り入れ)。東武編成も元町・中華街まで、また東急編成が東上線に姿を見せる事になった。
 東上線では新たに快速が設定された。川越市以北も快速運転となり、川越市~森林公園間は若葉・坂戸・東松山のみに停車する。日中の川越市以北は快速2:急行4本の30分サイクルが確立した。
〔TJライナー〕はさらに増発され、土休日も一部30分間隔運転になった。下りは全列車、小川町まで運行される。
 快速急行は平日・土休日共、朝方にも数本設定された。夜間は30分間隔となり、やはり〔TJライナー〕への送り込みと思われる。
(準急はこの改正から、緑色で表記)

2016_0326.jpg
2016(H28)年3月26日改正
 東横線直通列車が東上線内でも、森林公園までの急行運転を開始した。東上線・副都心線…急行・東横線・みなとみらい線…特急で走る最速タイプは、「Fライナー」と呼称する。
 日中の急行は2本に1本が「Fライナー」に立て替えられた。和光市で池袋発着の準急と相互に接続する形態になる。その準急も2本に1本は森林公園まで延長、川越市~森林公園間で各駅に停車する列車が毎時6本となった。
〔TJライナー〕が、平日の朝方にも設定された(川越市は停車しない)。下りは完全に30分間隔が確立し、平日の池袋発最終は24時00分に繰り下げられた(平日の2本は森林公園まで)。〔TJライナー〕はこの改正から着席整理料金が改定され、下り310円・上り410円となった。(ふじみ野→池袋間のみは310円)。上りのみ前売りを行い、チケットレスも受け付ける。
 通勤急行が廃止になった。

2019_0316.jpg
2019(H31)年 3月16日改正
「川越特急」が新設された。停車駅は朝霞台・川越・川越市・坂戸・東松山、その先は各駅に停車(ふじみ野は通過)。無料だが、50090型クロスシート形態での運行となった。上りは引き続き、〔TJライナー〕への送り込みと思われる。50090型1編成には、「池袋・川越アートトレイン」のラッピングが施された。
 その〔TJライナー〕は座席指定制となり、追加料金は座席指定料金という名目になった。下り360円・上り460円(ふじみ野→池袋間のみは360円)で、上下ともチケットレスサービスの受付を開始した。

2021_0313.jpg
2021(R3)年3月13日改正
 上りの〔TJライナー〕が4本に増発された。コロナ禍の真っただ中であり、「三密」のない定員制列車の需要が高まった事もあるかと思われる。座席指定料金は下り370円・上り470円(ふじみ野→池袋間のみは370円)となった。
 コロナ禍の影響、という点では、平日下りの最終列車の繰り上げが行われ、1時14分発(池袋発0時44分)川越市行準急が廃止になった。東上線はふじみ野駅開業時の改正で、池袋発の最終が一気に30分繰り下げられていた。新ダイヤでの、池袋からふじみ野に行ける最終は、池袋発0時30分となった。

2023_0318.jpg
2023(R5)年 3月18日改正
 そして、先月行われた改正の時刻になります。
 東上線内で種別の整理・停車駅の変更が行われた。コロナ禍がもたらした需要の変動もあっただろう。快速急行は、志木は通過となり代わって朝霞台に停車、川越以北は各駅停車となり、ほぼ終日の設定となった。急行は朝霞台、準急は上板橋に新規に停車となった。快速は廃止、設定からちょうど10年だった。川越市以北の日中は、各駅に停車するタイプのみ、約10分間隔で運行される(毎時快速急行2:急行4)。なお、寄居口のワンマン運転が一部森林公園まで拡大し、日中の寄居方面への乗換駅が一部、小川町→森林公園に変更されている。
「川越特急」は、夜間の上りが30分間隔と大幅に設定増になったが、改正前の快速急行からの立て替えがほとんどで、〔TJライナー〕への送り込み、の性格は変わっていないと思われる。
「Fライナー」は、東上線内は快速急行となり、従ってふじみ野からは利用できなくなった。
 東急新横浜線・相鉄新横浜線開業で、新たに相鉄線への直通列車が設定された。下りは海老名などからの始発もあり、土休日には海老名発小川町行(東上線内快速急行)もあるが、上りは全て湘南台行。大半は普通だが、朝方には平日・土休日共急行の設定がある。なお、東武~相鉄間の直通列車は全て、東急の編成による運行。相鉄20000系は東上線には入らず、東武編成は新横浜線には入線しない。
〔TJライナー〕は初めて、土休日でも朝方の上りに設定された。また平日の下り最終29号は、池袋発が2分繰り上がり、23時58分発となった(他列車と同じ日付に収めたかったからか)。

 以上、先月の改正分も含めて、開業から30年になろうとするふじみ野駅の時刻を通じて、東上線のダイヤの移り変わりを俯瞰してみました。当然書き足りていない部分は多々あるはずで、その点はご勘弁願いたいと思います。
 東上線のダイヤを振り返ってみると、この30年は、特に川越市~森林公園・小川町間の、適正な輸送力の見極めに腐心した期間だったと感じられます。鶴ヶ島市・坂戸市・東松山市と、大都市とは言えないけれど、埼玉県の中部に位置するこれらの市が成熟し、大学や企業の進出もあって、東上線の輸送量が伸びた時期でした。一方でこれらの市は池袋からは比較的遠いので速達性も求められてくるが、川越までもまた、当然川越市もだし、それこそふじみ野駅がある富士見市やふじみ野市、朝霞市や志木市、新座市(志木駅があるのは新座市)と有力な市が点在、さらに有楽町線・副都心線が接続する和光市、武蔵野線乗換駅の朝霞台もあるので、それらの駅の利便性も保たなければならない。バランス感覚を持ったダイヤ編成が、東上線では求められていたのだろうと思います。それは、特急や快速急行の停車駅の選定にも表れていると感じました。さらに今は相互直通運転区間の大幅な拡大もあります。今や神奈川県に行く列車もあるので。〔TJライナー〕が当初から停車するふじみ野は、特急・快速急行こそ停車しないが、東上線全体のダイヤ編成の歴史の縮図が、垣間見えるような気がしました(と書いたら大げさか?)。
 ふじみ野駅に関しては、駅付近の街づくりはほぼ成熟の域に達したのかなとも思われるし、コロナ禍がもたらした需要の変動もあるが、富士見市内にはららぽーと富士見の開業もあり(ただしふじみ野駅からのバスの本数は少ない。一番多いのは鶴瀬駅から)、まだ伸びしろはあるのかとも思います。今後の駅のさらなる発展、そしてダイヤの充実が期待されます。

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№2636 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 21.東武東上線 ふじみ野駅 〔前〕

東武鉄道ふじみ野ホーム昔.jpg
「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は東武東上線のふじみ野駅です。
 ふじみ野駅は1993(H5)年11月15日、鶴瀬~上福岡間に新規に開業した駅です。古くからある両隣の駅を差し置いて、いきなり急行停車駅としての開業となりました。今年の暮れにはちょうど、開業から30年となります。ふじみ野駅共々、東上線のダイヤの30年の変遷を、振り返ってみたいと思います。

東武鉄道ふじみ野橋上駅舎.jpg
 開業から間もない頃の、ふじみ野駅(西口)です。駅はそんなに変わっていないかと思うが、周辺の開発はだいぶ進みました。今はここから、ららぽーと富士見へ行くバス路線もあります。

富士見市市制50周年.jpg
 去年東口の階段に掲げられていた、富士見市市制50周年記念の横断幕。
 あれ?と思われた方も、おられるかも知れません。少々ややこしいが、ふじみ野駅があるのはふじみ野市ではなく、富士見市です。開業当時はふじみ野駅を囲むように、上福岡市と大井町がありました。「平成の大合併」で両者は合併してふじみ野市を名乗る事になったが、ふじみ野市にある駅はふじみ野ではなく上福岡駅、という事になります。ふじみ野市では現在、市内循環ワゴン「ふじみん号」を運行し、ふじみ野駅前(東西とも)にも入ってくるコースがあるが、越境して乗り入れているという事になります。

1993_1115.jpg
1993(H5)年11月15日改正(開業時)
 当時の東武は東上線のみ、ダイヤが平日・土曜日・休日の3本立てになっていたが、土曜日ダイヤについては、ここでは割愛させて頂きます。
 当時の東上線は、基本的には急行・準急(当時は青で表記)・普通の3本立て。この改正で準急が30→15分間隔となり、日中は15分サイクルが確立した。急行は、改正前は先行する準急を追い抜けなかった事もあり、池袋~川越間は日中でも31~33分かかっていた。ふじみ野開業により、ここでの追い抜きができるようになって、停車駅が増えながら、同区間はちょうど30分に短縮されている。
 平日(と土曜日)の朝ラッシュ時には、通勤急行が設定されていた。
 また当時は特急(ふじみ野通過)が平日1往復・土曜日・休日各3往復あって、特に土曜日・休日の1往復は池袋~寄居間の直通だった。この改正前は、休日は下り7本・上り6本の設定があり、全てに愛称があって、特に秩父鉄道直通が2往復(三峰口発着〔みつみね〕・上長瀞発着〔ながとろ〕)あり、その名残と言える列車だった。当時の東上線池袋口は8連と10連の混用だったが、寄居特急の他、平日にも6連があった(下り5時40分発森林公園行・上り21時32分発準急池袋行)。特急は、池袋~川越市間の停車駅は志木のみだった。

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1994(H6)年12月 7日改正
 この改正から、土曜日と休日が一本化された。
 後に副都心線の一部となる、有楽町線新線の池袋(新線池袋と呼称)~小竹向原間(要町・千川駅はまだない)が開業、東武と西武からそれぞれ直通列車が設定された。東武は、基本的には新線池袋~志木間の折返し運転だが、朝方にはふじみ野からも新線池袋行があった(森林公園からの送り込み運用と考えられる)。
 時刻の変動はあるが、急行・準急・普通の3本立てによる15分サイクルは変化がない。
 特急は、平日は設定がなくなり、土休日は下り3本・上り4本が運行されている。うち1往復は引き続き寄居直通。

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1998(H10)年 3月26日改正
 急行が朝霞台に新規停車した(通勤急行は引き続き通過)。日中の15分サイクルは、ここでも変わっていない。
 特急が再度平日にも設定された。平日は下り2本・上り1本、土休日は下り3本・上り2本を運行。平日・土休日共、池袋~川越間がノンストップになった。一方で土休日に1往復運行されていた寄居直通は、小川町~寄居間はノンストップ→各駅停車に変更されている。

2002_0326.jpg
2002年 3月26日改正
 当時東上線では、森林公園~小川町間の複線化工事が行われていて、まず森林公園~武蔵嵐山間が開業した。途中、つきのわ駅が開業している(東上線ではふじみ野以来の新駅)。日中の森林公園行急行の一部が、武蔵嵐山まで延長された。武蔵嵐山行、という列車が見られたのは、この時の改正ダイヤが唯一だった。
 また特急は、午前中の上りと、午後の下りにも各1本設定された。ひょっとしたらこれが、後の〔TJライナー〕への布石だったかも知れない(ふじみ野は引き続き通過だったが)。

東上線時刻表.jpg
「武蔵嵐山行なんてあったの知らないよ」という方も、少なからずおられると思う。ここでは、当時の東上線の小冊子状時刻表の表紙をご覧いただきます。10030系の正面に「武蔵嵐山」と記されている。ふじみ野駅開業時点の東武の時刻表はA4版で、東上線も伊勢崎線と同列で記載があったが、この後両者は分離する。東上線は元々専用の小判サイズを発行していたが、分離後の東上線の全線時刻表は、このサイズのみとなった(今は版は小さくなったが、再び東武全線を記載した時刻表を刊行している)。

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2005(H17)年 3月17日改正
 武蔵嵐山~嵐山(信)間の複線化が完成し、武蔵嵐山行は全て、小川町まで延長された。「武蔵嵐山」行は、3年の短命だった。
(結局嵐山(信)~小川町間の複線化は、今に至るまで実現していない)
 小川町~寄居間は、ワンマン運転が始まりました。
 この年、新型車両50000系が東上線にデビュー、以降地下鉄直通用50070型・〔TJライナー〕50090型へと発展していきます。

 開業からここまで11年とちょっと。当時はダイヤ改正の頻度もそんなに高くはなく、特急の運行形態はその都度変わっていくが、ふじみ野駅に関しては、急行・準急・普通の3本立てで日中15分サイクル、の構造は変わりませんでした。
 しかし、次の2008(H20)年6月14日改正で有料列車〔TJライナー〕がスタートすると、その後副都心線開通・東急東横線直通開始・「川越特急」スタートなど、ダイヤの形態は東上線全線規模で、急激に変わっていく事になります。それを、次回書きます。

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 3日 農家の畑で入社式 東京の食品企業 群馬県で挙行
 4日 フィンランド NATOに正式加盟
 入社式と言えば、相鉄が列車内で入社式をやったというのが、一般のニュースにもなりました。JALでは3年ぶりに全職種参加の入社式が羽田空港の格納庫で行われたそうであり、今回各交通事業者に入社した新戦力が、コロナ禍で傷ついた企業、ひいては業界の復活を支える柱に育つ事が、大いに期待されます。 

「カバー画像」の交換、もう少し待ってください。

№2545 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 20.京成線 青砥駅 〔後〕

青砥2.jpg
 京成線の青砥駅の時刻表を回顧する、後半です。スカイアクセス開業があり、成田空港に加えて羽田空港方面への増強も進んで、平成の後半は、ほぼ毎年ダイヤ改正が行われてきました。令和最初の改正で頂点に達したが、コロナ禍で一転、窮地に立つ事になります。

京成青砥駅時刻表2002_1012下り.jpg京成青砥駅時刻表2002_1012上り.jpg
2002(H14)年10月12日改正(10月27日芝山鉄道開業) ㉒
 急行に代えて、快速が新設になった。京成津田沼以西の停車駅が、大幅に削減されている(ので、急行の停車駅変更ではなく、新しい種別を用意したのだろう)。
 空港間のアクセスを目的とした羽田空港~成田空港間の特急は、この時点で一旦なくなり、快速に立て替えられた。快速が都営浅草線~京急線内を「エアポート快特」として運行するが、京成佐倉で特急の待ち合わせを行う形態に変更されている。ただし下りのみ4本が、成田空港まで運行される。京急及び東京都編成の京成上野乗り入れが亡くなった。
 通勤特急が再度設定された。今回の通勤特急は、勝田台以東が各駅停車で、特急より停車駅が多い。朝ラッシュ時のパターンが大幅に変更され、従来の10分サイクルで特急:急行:普通=1:1:1→20分サイクルで特急:通勤特急:普通=2:1:3になっている。通勤特急は、上りは京成上野行が基本。下りは全て浅草線発。
 急行は押上線で若干残っているが、少数になった。ただし、平日下りの北総線内急行の一部は、押上線内も急行になった。
 改正の2週間後の10月27日に芝山鉄道が開業し、京成線と相互直通を開始した。ただし日中は、京成成田~芝山千代田間の区間運転のみ。

 翌2003(H15)年7月19日の修正では、青砥駅には直接の関係はないが、〔スカイライナー〕の成田停車便が増加している。羽田空港行は、日中京急線内特急だった列車が快特となり、所要時間の短縮が図られた。

京成青砥駅時刻表2004_1030下り.jpg京成青砥駅時刻表2004_1030上り.jpg
2004(H16)年10月30日改正 ㉓
〔モーニングライナー〕〔イブニングライナー〕が増発された。
 平日下り夜間の特急・通勤特急の一部が、浅草線内が「エアポート快特」運転となった(全列車羽田空港発)。
 成田空港発最終の特急が、平日・土休日とも通勤特急に変更されている。

 翌2005(H17)年10月2日の修正では、〔イブニングライナー〕が1本増発され、18~20時台は約30分間隔運転になった。〔スカイライナー〕も増発されている。

京成青砥駅時刻表2006_1210下り.jpg京成青砥駅時刻表2006_1210上り.jpg
2006(H18)年12月10日改正 ㉔
 特急の停車駅の変更があり、京成佐倉以東は各駅の停車になった。朝ラッシュ時上りなどの一部は、停車駅は変わらずに、快速特急と呼称する(京急では「快特」だが、京成は快速があるので、「快速特急」が一般的)。
 成田方面へ直通していた快速は、基本的には京成佐倉折返しになった。
 新京成線の千葉線千葉中央までの直通運転が始まり、日中千葉線に直通していた本線の普通は、京成津田沼折返しに変更された。
 この他、〔スカイライナー〕が早朝下り2本を除いて、京成船橋に新規停車している。
 この改正で、都営浅草線直通列車が全て8両編成となり、押上線~京成津田沼方面間にまたがる普通列車は消滅した。

 翌2007(H19)年12月2日修正では、土休日日中の京成上野~京成津田沼間の普通列車が全て、6両編成になった。
 2009(H21)年2月14日修正では、土休日の新京成線からの直通運転の時間帯が拡大されている。北総線直通の特急・急行が、東松戸に新規停車。

********************

京成青砥駅時刻表2010_0717下り.jpg京成青砥駅時刻表2010_0717上り.jpg
2010年(H22)7月17日改正 ㉕
「成田スカイアクセス線」が開業した。
〔スカイライナー〕は、新車両(新)AE形を導入してスカイアクセス線経由に変更、在来線最高速度160㎞/hで、日暮里~空港第2ビル間最速36分運転を行う(京成成田~成田空港間だと44分が標準的)。フライトピーク時間帯は20分間隔、日中は毎時2本運転。
 一般列車はアクセス特急を新設。日中は都営浅草線~京急線内は「エアポート快特」運転を行う(京急蒲田は通過となった)。夕方は京成上野発着になる。アクセス特急新設により、平日朝ラッシュ時の押上線特急は、大方5分間隔運転となった。
 本線は新たに、AE100形使用の〔シティライナー〕を新設。青砥にも停車し、日中は1時間間隔で運行される。〔モーニングライナー〕〔イブニングライナー〕は、AE形での運行になった。
 金町線は全列車線内折り返し運転となった。
 快速が千住大橋に新規停車。急行は京成線内では完全に廃止になった。北総線内急行は、京成線内も急行だった3本は、快速で運行。

 翌2011(H23)年3月11日、東日本大震災が発生。京成も直接・間接的に影響を受け、特に真夏は節電対策で列車の間引きを強いられた。〔シティライナー〕は、この節電ダイヤで運休になった事もあって、元々高くはなかった需要が落ち込んでいく事になる。

京成青砥駅時刻表2012_1021上り.jpg京成青砥駅時刻表2012_1021上り.jpg
2012(H24)年10月21日改正 ㉖
 この事もあって、〔シティライナー〕は平日・土休日共1往復のみに削減される。〔スカイライナー〕は、京成上野5時台(58分)発が設定されたが、日中は若干減便されている。
 アクセス特急は、日中は基本的に、成田湯川での〔スカイライナー〕通過待ちが解消され、成田空港まで先行する事で所要時間の短縮が図られた。

京成青砥駅時刻表2014_1108下り.jpg京成青砥駅時刻表2014_1108上り.jpg
2014(H26)年11月8日改正 ㉗
 23時台の〔イブニングライナー〕が設定された。この頃から成田空港ではLCC国内線の運行が活発になってきていて、早朝6時台出発の便もあるので、それに対応したものである。成田空港行の最終列車ともなった(一方で夕方は1本削減)。青砥とは直接関係ないが、5時台の京成成田・宗吾参道始発成田空港行普通列車も設定されている。
〔シティライナー〕は、土休日のみの運行となった。
 羽田空港方面は、アクセス特急に加えて、青砥または京成高砂始発の快速特急を設定、押上から都営線内は「エアポート快特」運転となり(京急線内は通常の快特で、京急蒲田にも停車)、羽田空港方面の快特運転が20分間隔となった。普通列車は10分間隔に統一されている。

 翌2015(H27)年12月5日の改正では、〔モーニングライナー〕〔イブニングライナー〕が京成船橋に新規停車となった。またこれまでの整理券方式の座席定員制から、指定券んを購入して乗車する全車指定席方式となった。〔イブニングライナー〕では、一部の席の前売りも受け付けている。〔シティライナー〕は、定期列車では廃止になった(正月のみ、(新)AE形を使用して運行される)。北総線内下り急行5本中2本が特急に格上げされ、さらに1本が増発された(押上線内も特急)。
 2016(H28)年11月19日の改正では、京成上野を5時18分に出発するアクセス特急が増発された(青砥5時31分発)。

京成青砥駅時刻表2017_1028下り.jpg京成青砥駅時刻表2017_1028上り.jpg
2017(H29)年10月28日改正 ㉘
 成田空港発のアクセス特急の最終が23時00分発に繰り下げられた(青砥23時47分発)。平日は金沢文庫行となり、品川から先の京急線でも最終列車となる(2370H)。この他〔スカイライナー〕の増発も行われている。 

京成青砥駅時刻表2019_1026下り.jpg京成青砥駅時刻表2019_1026上り.jpg
2019(R元)年10月26日改正 ㉙
 令和最初の改正となった。
〔スカイライナー〕がほぼ終日20分間隔運転となり(〔モーニングライナー〕〔イブニングライナー〕運行時間帯は除く)、大幅な増発となった。また京成上野発の初発が5時40分発に繰り上がっている。一方で京成上野5時台発アクセス特急は、京成高砂始発となった。
 日中のアクセス特急は、基本的には東松戸での〔スカイライナー〕退避となった。
 日中の本線の特急は、半数が京成成田発着の快速特急となった。代わりに、この快速特急が京成佐倉で接続する快速が、成田空港発着に延長された。
 平日の成田空港16時04分発(青砥16時53分発)アクセス特急は京急久里浜行となったが、京成の編成で運用され(1608K)、24年ぶりに京急本線京急蒲田以南への、京成編成の乗り入れが復活した。

 恐らくはこの改正ダイヤが、京成史上最もボリュームのある改正、となったはずでした。
 しかしこの翌2020(R2)年春、言うまでもない新型コロナウィルス禍が日本も襲い、国際空港アクセスの重責を担う京成は特に、大打撃を被る事となりました。〔スカイライナー〕はしばらくは運行が維持されたが、4月11日より朝方の下り、夜間の上りの青砥停車が始まりました。急な事でもあり、前売りやチケットレスは利用できなかった。当日ホームでライナー券を購入し、空席に着席するスタイル。後に18往復が運休を余儀なくされる事になりました。10月1日からは、印旛日本医大発京成上野行〔臨時ライナー〕の運行が始まっています。
 2021(R3)年3月27日には、最終列車の繰り上げ、初発列車の繰り下げを中心としたダイヤ改正が行われ、平日の京成佐倉行通勤特急が取りやめになったが、この改正では冊子状時刻表の発売がありませんでした(なのでここでは省略)。他の各社でも冊子状の時刻表の発売や、駅でのポケット時刻表の配布が取りやめになったりしたため、京成も同じ道を歩むのかと思われたが、今年2月26日の改正では、京成は時刻表の発売がありました。最後は、このダイヤです。

京成青砥駅時刻表2022_0226下り.jpg京成青砥駅時刻表2022_0226上り.jpg
2022(R4)年2月26日改正 ㉚
〔スカイライナー〕の20分間隔運転は既に再開していて、日中80分間隔(4本に1本)が青砥に停車していたが、この改正時から、60分間隔(3本に1本)が青砥に正式に停車となった。加えて上りは夜間の全列車が停車する。また成田空港発最終〔スカイライナー〕は20分繰り上げになった。
〔臨時ライナー〕の運行は継続されていて、この改正で所要時間が短縮された。
 アクセス特急は、日中は上下とも京成高砂で〔スカイライナー〕通過待ちとなった。また下りは京成高砂、上りは青砥で、本線の快速特急と相互に接続を取り合う。最終の上りアクセス特急は、京成高砂止まりとなった。また、京成編成で運行されていた平日の京急久里浜行アクセス特急は、東京都編成の西馬込行(1618T)に変更された(泉岳寺で接続する始発の京急久里浜行特急が京成編成(1710K)で、京成編成の京急久里浜乗り入れは残っている)。
 日中の特急は、京成佐倉発着の快速に変更された。代わって都営浅草線直通の快速が成田空港発着で運行されている。京成臼井行普通の2本に1本は、京成津田沼止まりとなった。
 アクセス特急と共に浅草線内「エアポート快特」運転を行っていた羽田空港発着の快速特急は、浅草線内は各駅停車に戻された(押上線内も普通。代わって三崎口行の一部が押上線内快速特急)。
 この他、停車駅の追加を伴う夕ラッシュ時の種別の変更や、減便が行われている。アクセス特急や快速では、京成上野・押上~京成高砂間を普通列車として運行する列車が多数設定されている。上りの成田空港22時台発の通勤特急は、平日は西馬込行になり(東京都編成2244T)、京成上野へは、京成高砂始発の快速が接続する形態になった。

 以上、平成~令和にかけての青砥駅の時刻表をおさらいしてみました。「おさらい」になっていたかどうか。自分ではある程度整理して書いたつもりだが、ダラダラして見づらくなっていたり、他に大事な部分を書き漏らしていたりしたかもしれません。
 こうしてみると、やはり青砥駅の時刻表が、そのまま京成のダイヤ全体のかなりの部分を象徴しているように感じます。前回書いたように、成田・羽田両空港への中継地点となっている事、特に通勤輸送では、押上線が本線以上に「本線」となっている事が、そう感じさせるのでしょう。
 今、㉚号の時刻表からダイヤを作成している途中なのだが、思った事をいくつか挙げると、空港アクセス輸送は航空業界次第なのでもうしばらく辛抱が必要だろうが、一般列車に関しては、コロナ禍前からそうだが、他の鉄道事業者ほど、急行系の列車による本格的な速達サービスはないなあという印象です。全体の輸送量が他社ほど多くない上に、京成船橋で相当数の旅客がJRに移ってしまうという事もあるが、今改正で特急を快速にしたのは、ちょっと早まったかなあと思います。快速特急・特急・通勤特急・快速と、停車駅のパターンが多い気がする。2~3パターンくらいに整理できないだろうか。特に夕方はそんな感じがします。あとはアクセス特急が、特に朝夕で時間がかかり過ぎ。成田空港付近の線路容量と、一方で都営・京急線との関連で板挟み、なのも解るが、各所での待ち合わせ・通過待ちの時間を、もう少し削減して欲しい。
 他社にも言えるが、コロナ禍による輸送量の減少でダイヤの減量が相次いでいるが、単純に特急や急行の取りやめとか、格下げとか、停車駅の追加とかをやると、速達性が損なわれてしまう(近いうちに書くが、明日改正のJR九州の鹿児島本線あたりもそう)。減便やむなしとしても、緩急のバランスを取ったダイヤの策定をやって欲しい。特に京成はそう感じます。
 ともあれ、外国人の受け入れ枠の拡大などで利用の復活が期待されるし、再び空港輸送で活気を取り戻した京成の姿を、青砥駅で見たいと思っています。

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21日 福岡県男児餓死事件 「ママ友」に懲役15年判決
22日 給付金誤振り込み事件 山口県阿武町と被告 和解成立

№2544 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 20.京成線 青砥駅 〔前〕

青砥1.jpg
「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」は、4年前の西鉄天神大牟田線・花畑駅以来になってしまいました。
 今回は京成線の青砥駅です。京成線は京成上野公津の杜に次いで3回目になるが、京成上野はちょうど10年前、公津の杜も7年前になりました。それ以降も京成ダイヤは山あり谷あり、特に空港アクセス輸送があるので、航空需要の浮き沈みに左右されがちになります。コロナ禍の今はまさにそうで、改めて過去のダイヤを振り返ってみるのも、「アフターコロナ」のダイヤ再構築の展望の上でも、少しは意味がある事ではないかと思います。

 青砥駅は本線と押上線の分岐駅、というか、先に押上線部分が開業し、上野方面へ向かう本線は、後の開業になります。それは、押上線の方が直線で、本線は急カーブで合流する、という線形からも解ります。次の京成高砂までの間は複々線で、1986(S61)年に上下を分離した立体化工事が完成し、輸送力増強と、スムーズな運行が確保される事になりました。2021(R3)年度の一日の乗降客39,535人は京成線全体で第7位、成田空港と羽田空港、首都圏の2大国際空港への中継地点としても、存在感がさらに高まっています。

 今回も、京成が市販する冊子状の時刻表から、駅の時刻表を書き起こしているが、上りだけでなく、下りについても、京成上野発(本線)と押上線発を分けて作成しています。時刻表の画像数がいつも以上に多いし、サイズも大型化(3000×1415ピクセル)しているので、見るのがかったるくなるかも知れません。下りは迷ったのだけれど、京成高砂まで複々線で同時出発も多数あるのと、京成上野発と押上線発では運行系統が結構違ってくるので、分けて書き起こした方が、理解しやすくなるのではないかと考えました。
 また今は違うが、昔の京成は、案内用に色で種別を区別するという事は、あまり考えていなかったように思えます。昔の京成電車の画像を見ても、そう感じられると思う。特に通勤特急は、昔の時刻表は緑で書いてあったり、一旦消滅→復活後はオレンジだったり、今は水色と、だいぶフラフラしている印象です。なのでここでは、スカイアクセス開業の2010(H22)年より前はオレンジ色で統一し、以降(アクセス特急スタートでオレンジを譲る)は水色で作成しています。あらかじめご承知おきください。
 丸数字は、作成のために使用した、京成が市販する時刻表の号数です。

 前半は、平成に入って最初の改正、成田空港ターミナル駅乗り入れより前から、羽田空港への直通運転開始に連なる、20世紀の時刻表を振り返ります。

京成青砥駅時刻表1989_0730下り.jpg京成青砥駅時刻表1989_0730上り.jpg
1989(H元)年7月30日現在 ⑦
 青砥駅立体化完成に伴う、1985(S60)年10月に行われた白紙改正ダイヤをベースとしている。当時は、土曜日は平日と同じ時刻だった。
 成田空港はターミナル新線開業前で、当時の成田空港駅は、今の東成田。駅とターミナル(現在の第1ターミナル)の間はバス連絡だった。北総線(京成高砂~新鎌ヶ谷間)、千葉急行→千原線、芝山鉄道は開業前。
 基本的に日中は40分サイクルで、〔スカイライナー〕(この時点では下りは日暮里通過)・京成上野~成田空港間特急・京成上野~京成成田間急行・西馬込~成田空港間急行・西馬込~京成佐倉間急行を運行していた。本線はこれに、京成上野~京成大和田間と京成上野~千葉中央間の普通列車が加わる形になる。
 優等列車の本数は少ないし、停車駅が比較的多い。かなりコマゴマ停車する急行が主役。
 平日ラッシュ時のみ運行の通勤特急は、当時は特急より停車駅が少なかった。朝の上りは、西馬込行通勤特急・京成上野行急行を交互に10分間隔で運行していた。当然ここには出てこないが、加えて最ピーク時には京成佐倉→東中山間の急行2本が設定されていて、ピークが京成船橋より東にある事を表している(これが京成のラッシュ輸送の弱点であり続ける)。なお、夕方は上りにも通勤特急があるが、下りへの送り込みの性格が強いだろう。
 当時は博物館動物園駅がまだ営業中で、同駅7~17時台の間、4連の普通列車のみ停車していた。列車運用に影響されるので、停車間隔はかなりばらつきがあり、40~50分以上停車がない時間帯もある。これ以降、普通列車も6連化が進むので自然に停車回数が減少し、1時間以上停車がない時間帯が出てくる事になる。
 押上線方面からは、平日のみ朝方に京成小岩、夕方に東中山折返しの設定があった。
 金町線からは、朝夕は京成上野、日中は押上への直通運転があった。
 京急線への直通は、京急川崎(朝ラッシュ時は一部新逗子(現逗子・葉山))行(京急線内急行)は都編成、それ以遠(京急線内特急)は京急編成で、この時点では京成編成の京急線乗り入れはなし。相互直通も現代ほどは広域化していないし、運用も複雑ではない。

京成青砥駅時刻表1991_0331下り.jpg京成青砥駅時刻表1991_0331上り.jpg
1991(H3)年3月19日改正(3月31日北総線相互直通開始) ⑧
 成田空港ターミナル(現第1ターミナル)直下に、本来成田新幹線用として造られていた駅施設があったが、この駅にJR東日本共々新線を建設して乗り入れ。新スカイライナーAE100形も導入され、本格的な空港アクセス鉄道としてもう一段成長を図る事になった。旧成田空港は東成田と改称。
 また、31日には北総開発鉄道(現北総鉄道)・京成高砂~新鎌ヶ谷間が開業し、北総~京成~都営浅草線~京急の相直ルートが確立した(北総線は、この時点では千葉ニュータウン中央まで)。
 特急は停車駅を減らし、青砥~成田空港・東成田間の停車駅は通勤特急と同じになった。このため両者は、ラッシュ時に都営浅草線と直通する列車が通勤特急、京成上野発着が特急、というだけの違いとなった。
 日中の京成上野~京成成田間の急行は京成上野~成田空港間の特急に格上げされ、特急は約20分間隔運転となった。浅草線直通の急行は、基本的に京成成田発着に統一されている。
 この改正では、京成編成の京急線三崎口乗り入れが1往復設定された。京成高砂発19時09分(青砥発19時11分)→三崎口21時06分着1950K・三崎口発21時17分発→(青砥発23時04分)京成成田着23時57分2151K。

 このあと8月31日には、千葉線の幕張本郷駅が開業しているが、青砥駅に関しては、各列車の時刻・行先等に変化はない。

京成青砥駅時刻表1992_0401下り.jpg
京成青砥駅時刻表1992_0401上り.jpg
1992(H4)年4月1日改正 ⑩
 千葉急行電鉄の千葉中央~大森台間が開業、京成線と相互直通という形になり、一部の普通列車が大森台まで延長した。
 また、月~金曜日のみ、西馬込発23時37分→京成佐倉着24時59分の通勤特急が新設された。当時はバブルの末期で、各鉄道とも最終電車の繰り下げが強く要請されていた時期だった。京急線直通も、京急側で行先の延長が行われている。
 京成上野発18時00分の〔スカイライナー〕が、17時56分発〔イブニングライナー〕に変更になり、青砥に停車。

 この後7月17日には、宗吾参道~京成成田間の線形改良に伴う修正があり、〔スカイライナー〕のスピードアップが行われている。
 12月3日には、成田空港第2ターミナルに隣接する空港第2ビル駅が開業し、成田空港発着の全列車が停車。時刻も変更になっているが、いずれもダイヤパターンの大きな変化はない。

京成青砥駅時刻表1993_0401下り.jpg京成青砥駅時刻表1993_0401上り.jpg
1993(H5)年4月1日現在 ⑬
 京急空港線の羽田(現天空橋)地下駅完成で、京成線からも羽田直通運転が開始された。平日は日中のみ(京急蒲田駅構内の配線が本格的な直通にはまだ対応できていなかった)、休日はほぼ終日、在来の京急川崎行を立て替える形で直通するが、羽田駅のホームが当時は6連分しかなく、既に8連化されていた北総(及び旧住宅都市整備公団)編成は乗り入れできず、京成・東京都営・京急の3者の6両編成が運用される事になった。京成編成の京急線への本格的な直通運用は、かなり久しぶりになる。
 また、この時刻表では解らないが、北総線では朝方の上りで急行2本が設定された。いずれも京成線内は普通で走る。青砥発は8時02分・22分が該当。

京成青砥駅時刻表1994_0401下り.jpg京成青砥駅時刻表1994_0401上り.jpg
1994(H6)年4月1日現在 ⑭
 公津の杜駅が開業(宗吾参道~京成成田間の線形改良区間上に位置する)。
 土曜日は、休日と同じ時刻表になった。土休日ダイヤでも上り通勤特急5本が設定されているが、土曜日の通勤客の利用を想定したものだろう。〔モーニングライナー〕は、平日とほぼ同じ時刻になった。

京成青砥駅時刻表1995_0401下り.jpg京成青砥駅時刻表1995_0401上り.jpg
1995(H7)年4月1日改正 ⑮
 北総線・千葉ニュータウン中央~印西牧の原間、千葉急行線・大森台~ちはら台間が同時に開業した。
 北総線は、下り夕方の帰宅時間帯にも急行が設定された。下りも京成線内は普通列車。上りは4本に増強されている。
 この改正で、京成編成の京急線三崎口乗り入れは消滅している。

京成青砥駅時刻表1996_0720下り.jpg京成青砥駅時刻表1996_0720上り.jpg
1996(H8)年7月20日改正 ⑯
 京成佐倉→東中山間区間運転の急行の廃止(直前開業の東葉高速鉄道への旅客転移を見込んで)、ユーカリが丘上り待避線供用開始に伴う退避パターンの変更で、通勤特急の所要時間が短縮された。京成佐倉→日本橋間は改正前68~72分→66~67分に短縮されている。
 日中のパターンが変わった。特急は、2本に1本が京成高砂で〔スカイライナー〕退避となった。一方で急行の東中山での〔スカイライナー〕退避は八千代台に変更になり、急行と普通の接続が東中山に統一されている。
 押上線~金町線直通は、日中は取りやめになって、早朝・深夜のみとなった。日中の金町線は線内折り返し運転。

 博物館動物園駅は、翌1997(H9)年3月を持って、営業を休止した(2004(H16)年に正式に廃止)。
 千葉急行電鉄は1998(H10)年10月1日より、京成千原線となった。

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京成青砥駅時刻表1998_1118下り.jpg京成青砥駅時刻表1998_1118上り.jpg
1998(H10)年11月18日修正 ⑱
 京急空港線羽田空港新ターミナル駅(今の羽田空港第1・第2ターミナル駅)延伸に伴う新ダイヤで、「修正」と謳っているものの、京成としても重要な新ダイヤとなった。新たなビジネスチャンスでもあり、大々的な宣伝を行っている。
 都営浅草線内で特急運転を行う直通列車「エアポート特急」が設定された。
 ①羽田空港~成田空港間運行・京急線内は「エアポート快特」として運行されるタイプ
 ②羽田空港~青砥・京成高砂間運行・京急線内も「エアポート特急」として運行されるタイプ
の2種類をいずれも80分間隔、交互に合わせて40分間隔で運行する。京成線内では、①のタイプに接続する、京成上野~京成高砂間区間運転の特急も設定されている。
 この「エアポート特急」は京成・東京都・京急の3者の車両が使用され、特に京急(600形を使用)は、青砥~京成高砂間以外の京成本線の営業運行は、(いつ以来になるかわからないが)かなり久しぶりの事になった。また、コミの運用で、京成上野にも入線している。青砥では、平日上りは12時19分(京成高砂発普通1202H)・12時56分(成田空港発特急1100H)、下りは12時59分(成田空港行特急1203H)・13時50分(京成高砂行普通1301H)、土休日上りは9時28分(京成高砂発普通904H)・12時56分(成田空港発特急1100H)、下りは10時20分(成田空港行1005H)・13時51分(京成高砂行普通1301H)だった。
 なお、従来の羽田直通の普通列車(京急線内急行)の一部は、京急川崎発着に変更になっている(京急蒲田で直通列車と干渉するため)。
 通勤特急は特急と統合され、名称は一旦消滅。

 次の1999(H11)年7月31日の修正は、京成線内に関しては、若干の修正にとどまった。京急側の方が大きな改正で、「エアポート特急」は「エアポート快特」に、京急川崎発着の京急線内急行は、羽田空港発着に変更になった。京急蒲田以南は、日中は快特と普通の二本立てに整理されている。

京成青砥駅時刻表2000_0722下り.jpg京成青砥駅時刻表2000_0722上り.jpg
2000(H12)年7月22日改正 ㉒
 北総線・印西牧の原~印旛日本医大間が開通し、第一期開業(1979(S54)年3月29日 北初富~小室間)から21年で、全線開業となった。
 早朝の北総線からの直通2本が、西馬込行普通→羽田空港行京成線内特急(土休日1本は急行)に変更になった(押上から京急線は急行)。
 平日朝ラッシュ時の特急の所要時間が、京成佐倉→日本橋間で64~65分に短縮されている。

京成青砥駅時刻表2001_0915下り.jpg京成青砥駅時刻表2001_0915上り.jpg
2001(H13)年9月15日改正 ㉑
 押上線荒川橋梁架け替えとセットで行われていた八広駅の高架駅化が完成した。同駅は2面3線の退避駅で、平日ラッシュ時には追い抜きも行われる事になった(下りは夜間のみ、上りは朝方のみ)。
 平日朝ラッシュ時の北総線内急行5本が、特急に格上げになった。京成押上線内も特急運転になり、千葉ニュータウン中央→日本橋間の所要時間が50分→46~47分に短縮されている。青砥からの朝ラッシュ時の特急は、北総線発が純増となった。
 平日の夜間・土休日に押上線の特急が増発されている。
 この他、〔スカイライナー〕が1往復増発され、土休日〔モーニングライナー〕の時刻が変更になっている。

 前半はここまで。次回は、スカイアクセス開業を中心に急激に変わっていく、21世紀の青砥駅(そして京成)の時刻を振り返ります。
(なお現行のダイヤでは、八広での快速の普通追い抜きが、朝方の下り(9・10時台)でも2回あります)

当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 台風14号の被害だが、交通で一番心配なのはやはりJR九州で、具体的な被害状況はまだ明らかではないが、明日の運行計画を見ても、特に南部では、明日も始発から見合わせ、という路線が相当数あります。「安全を確認するために時間を要する見込み」の文言が、何ともイヤな予感を与えます。日豊本線でさえ、佐伯~延岡間は終日の運休が決定しています。久大本線・日田~由布院間も、去年再開したばかりなのに。西九州新幹線開業を3日後に控えているのに、JR以外も含めて、九州の鉄道網はどうなってしまうのか。岩国では錦帯橋も一部が流出したらしい(橋の外観には影響なく、安全確保の上通行を再開したという事)。

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