№3034 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 30.和歌山県(2)

 平成の鉄道回顧・和歌山県、今回はデータ編です。南海貴志川線は譲渡、野上電鉄・有田鉄道は廃止と、和歌山県に限らないが、短距離のローカル路線は、よほど何か大胆な手を打たないと、生き残りは難しくなってきています。
(紀州鉄道も廃止のうわさが!?)

◆平成時代の新規開業駅 〔新線開業に伴わない単独開業駅〕
1993(H5)年3月14日 西日本旅客鉄道 紀勢本線 広川ビーチ
1999(H11)年5月7日 南海電気鉄道 貴志川線 交通センター前
2012(H24)年4月1日 南海電気鉄道 南海本線 和歌山大学前

◆平成時代の廃止路線・区間 〔カッコ内は廃線に伴う廃駅(府内のみ)〕 日付は営業最終日
1989(H元)年3月31日 紀州鉄道 西御坊~日高川
 〔日高川〕
1994(H6)年3月31日 野上電気鉄道 日方~登山口
 〔日方/連絡口/春日前/幡川/重根/紀伊阪井/沖野々/野上中/北山/八幡馬場/紀伊野上/動木/竜光寺前/下佐々/登山口〕
※連絡口は日方の構内
2002(H17)年5月25日 南海電気鉄道 和歌山港線 和歌山港~水軒
 〔水軒〕
2002(H14)年12月30日 有田鉄道 藤並~金谷口
 〔藤並/田殿口/下津野/御霊/金谷口〕

◆平成時代の改称駅
2006(H18)年4月1日 和歌山電鐵 貴志川線 伊太祈曽(←伊太祁曽)

◆平成時代の廃止駅 〔廃線に伴わない単独廃止駅〕 日付は営業最終日
2005(H17)年11月26日 南海電気鉄道 和歌山港線 久保町/築地橋/築港町

◆平成時代の営業譲渡路線・区間
2006(H18)年4月1日 和歌山電鐵 和歌山~貴志
(←南海電気鉄道 貴志川線)

30和歌山県.JPG

和歌山県の歴代知事
仮谷 志良→(1995(H7)11月23日~)西口 勇→(2000(H12)9月3日~)木村 良樹→(2006(H18)年12月17日)仁坂 吉伸

令和以降の和歌山県の鉄道
 コロナ禍は観光への依存度が小さくない和歌山県の鉄道にも少なからず影響を与え、〔くろしお〕は一部列車が減便、もしくは運行日を限定した運行に縮小した。後に復便も行われているが、一部は臨時列車扱いとなっている。なお、2023(R5)年3月18日の大阪駅の「うめきたエリア」地下ホーム開業により、〔くろしお〕は全列車が大阪駅(うめきたエリア)に停車している。また、翌2024(R6)年より、全列車が全車両指定席となった。
 白浜町のアドベンチャーワールドで飼育されていたパンダにちなみ、2014(H26)年より287系1編成にパンダのラッピングを施した「パンダくろしお」が運行されているが、2020(R2)年7月より、2編成目の「パンダくろしお『サステナブルSmileトレイン』」が運行されている。アドベンチャーワールドのパンダは今年2025(R9)年6月に全頭が中国に返還されたが、「パンダくろしお」の運行は継続されており、11月11日より3編成目となる「パンダくろしお「Smileアドベンチャートレイン」の運行も始まった。アニメーター天野 喜孝氏によるイラストがラッピングされている。
 一般列車は和歌山線に続いてきのくに線(紀勢本線)も227系1000番台への置き換えが進められ、2021(R3)年に完了、105系を置き換えた。同時にワンマン運転区間も拡大されている。和歌山県内のJR線は全て、民営化以降の車両に統一された。
 JR東海の特急〔南紀〕は、普通車のみの2連に削減されたうえ(多客期には増結)、2023(R5)年にはハイブリッド式のHC85系に置き換えられた。なお、西日本区間の紀伊勝浦~新宮間では、同年12月より車掌の乗務を省略したワンマン運転を行っている。
 南海加太線「めでたい電車」は、7100系による改造編成が4編成にまで増加していたが、2024(R6)年7月より、2000系改造の「めでたい電車」が仲間に加わっている。なお「めでたい電車」は築港線でも運用が見られる。
 一方、高野線の「天空」は、来年4月より難波~極楽橋間で運行を開始する新観光列車「GRAN 天空」への置き換えが発表になった。2000系からの改造で、南海沿線に店舗を持つシェフによる料理が提供される。
 和歌山電鐵貴志川駅の駅長「ニタマ」は、今月20日、逝去が発表になった(12月13日に社葬を行うとリリースされている)。

 次回から中国地方に移ります。まずは鳥取県です。

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《What's New》
21日 女子ゴルフ国内ツアー 佐久間 朱莉 初の年間女王決定
22日 サッカー天皇杯 FC町田ゼルビア優勝 初のタイトル獲得
23日 ヤクルトスワローズ・マスコット「つば九郎」 来シーズンから活動再開 池山新監督発表
24日 能登半島地震被災の有志によるスーパーがオープン 石川県輪島市

№3033 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 30.和歌山県(1)

「平成の30年間の日本の鉄道を回顧する」シリーズ、今回は近畿地方の最後、和歌山県です。

和歌山県.jpg

きのくに線 観光特急新設も高速道路に苦戦
新生和歌山電鐵 「ねこ駅長」ヒット


〔くろしお〕 新大阪直通開始と新型車両
 紀勢本線の特急〔くろしお〕は、平成の世が始まった時点では、全列車が381系により、天王寺を起点として、新宮発着9往復・白浜発着6往復、合計15往復の定期列車が設定されていた。
 1989(H元)年7月、天王寺駅構内の阪和線~大阪環状線短絡線の完成により、〔くろしお〕7往復が新大阪へ、内2往復はさらに京都へ直通の直通運転を開始した。また4往復は、改造によるパノラマグリーン車を先頭車に据えた〔スーパーくろしお〕となり、白をベースとした新塗装となり、紀勢本線の新たなスターとなった。〔くろしお〕は、新大阪~新宮間を最速4時間1分で結んでいる。紀勢本線はこの時から、和歌山市~新宮間を「きのくに線」の愛称で呼称するようになった。
 紀勢本線は亀山(三重県)を起点、和歌山市を終点とする路線であり、民営化以降も、新宮→和歌山市が奇数・逆方向が偶数の列車番号・号数となっていた。しかし大阪を基盤とするネットワークが確立すると実態に合わなくなり、この改正から、特急は列車番号・号数とも、大阪方面→白浜・新宮を奇数、逆方向を偶数に改めている(快速・普通列車等は翌1990(H2)年3月改正から)。
 1996(H8)年、リゾート特急車として、283系が開発された。制御式自然振り子を備え、流線型の両先頭車は2-1亜ブレストのパノラマグリーン車となり、普通車にも海側に向けて席を置いた展望ラウンジを設けた。デビュー当初は〔スーパーくろしお(オーシャンアロー)〕と称して、愛称を付与する列車名だったが、翌1997(H9)年には〔オーシャンアロー〕として、愛称が独立した。
 この年、紀勢本線は線路設備改良工事が完成し、最高速度が130㎞/hとなって、〔オーシャンアロー3号〕は新大阪~新宮間を最短3時間35分で結び、20分以上の大幅な短縮を実現させた。

電化後 〔くろしお〕初の非振り子車導入
 2010(H22)年3月、「きのくに線」の特急は全て、新大阪・京都発着となった。2012(H24)年には、特急の愛称が〔くろしお〕に統一されている。
 この年から381系の置き換えが始まるが、新規に投入されたのは、振り子機能を持たない287系となった。振り子車両を導入した線区で、置き換え用車両が振り子機能を持たないのは、初のケースになった。さらに2015(H27)年10月には、北陸新幹線開業で余剰となった683系を直流専用に改造した289系を導入、381系は北近畿地区に移籍していった。この頃はきのくに線沿線も高速道路の整備が進み、紀勢自動車道の和歌山県側は2015(H27)年にはすさみ南ICに達した。高速バスも整備され、〔くろしお〕も苦戦を強いられる事になる。一方で2005(H17)年3月には和歌山発着の〔くろしお〕が設定され、初めてきのくに線に直通しない〔くろしお〕が走る事になった。その後は阪和線〔はんわライナー〕からの格上げもあり、海南発列車の設定もあって、観光のみならず、大阪と和歌山県北部を結ぶビジネス的な役割も担う事となった。南部では停車駅の増加もあり、平成の終わりの時点の新大阪~新宮間最速は4時間11分と、大幅に増大しているのが現状である。

阪和線快速 大阪キタへ直通開始
 阪和線は、和歌山口では天王寺発着の快速が中心であり、一部が紀勢本線へ直通する形態だった。平成初の1989(H元)年3月改正では、中間に6駅に停車する快速の日中20分間隔運転が確立し、うち毎時1本がきのくに線(紀勢本線)御坊まで直通するパターンとなった。また、朝夕には一部列車が、和歌山線の五条まで直通していた。
 1999(H11)年5月、223系5000番台導入と共に阪和線内の快速の運転形態が見直され、新たに〔紀州路快速〕が設定された。日根野以北では〔関空快速〕と併結、天王寺からは大阪環状線に直通して、大阪のキタへ向かう形態となった。この時点で和歌山口では毎時2本の設定で、天王寺発着・きのくに線御坊以遠直通の快速及び各駅停車と混在する形態だったが、2011(H23)年3月改正では、各駅停車と統合する形で、日根野~和歌山間は大半が各駅に停車となり、大阪環状線~和歌山間15分間隔運転が確立した。
 一方できのくに線直通は、2000(H12)年3月改正で大半が取りやめとなり、朝夕の一部を除いて、和歌山で分断された。和歌山線直通も、同時に取りやめになっている。有料のライナー列車〔はんわライナー〕も、この改正で廃止になった。
 きのくに線は、天王寺→新宮間の片道のみ夜行の普通列車の設定があり、特に多くの釣り客に利用され、臨時列車が設定された事もあった。1990(H3)年3月改正では新大阪始発に延長されたが、2000(H12)年3月改正で紀伊田辺以遠が臨時運転に格下げ、翌年以降は設定がなくなり、廃止となった。この夜行列車を含め、きのくに線では急行型165系が普通列車で運用されていたが、2002(H14)年3月改正を持って引退。JR西日本全体でも、定期列車として終焉を迎える事になった。以降の普通列車は近畿圏から転属の117系や105系で賄われていくが、輸送量の格差から、全区間直通の列車は減少し、御坊・紀伊田辺での分断が進められていく。2000(H12)年の新宮~紀伊田辺間を皮切りに、和歌山市支線も含めたワンマン運転が開始された。
 和歌山線は、1989(H元)年3月改正で、日中の橋本~和歌山間30分間隔運転が確立、同改正では通勤・帰宅時間帯に阪和線直通列車も設定されたが、2000(H12)年3月改正で取りやめ。1996(H8)年3月改正では、平日朝方に粉河→和歌山間の快速が設定され、翌年には上り夜間にも設定されたが、一方で2003(H15)年3月改正で日中の区間運転が粉河~和歌山間に短縮されるなど、ダイヤの縮小傾向もうかがえる。長らく105系や、一時は117系など国鉄型が多用されてきたが、2019(H31)年3月には227系1000番台の導入を開始、令和の世にまたがって、国鉄型車両を置き替えていく事になる。

最後の80系特急〔南紀〕終焉
 名古屋~紀伊勝浦間を直通するJR東海の〔南紀〕は、全国でも最後のキハ80系使用の特急となったが、1992(H4)年、〔ひだ〕に続いてキハ85系が導入され、80系は定期列車から引退した。高性能車両の導入と地上設備の改良により、名古屋~紀伊勝浦間は最速3時間23分となるなど全列車が3時間台と、大幅な所要時間の短縮が実現した。〔南紀〕では先頭車にパノラマタイプのグリーン車を連結するなど観光輸送にも力を入れたが、その後の需要は伸び悩み、一時は、通常期はグリーン車のないモノクラスのみとしていた時期もあった。

南海高野線近代化完成 山岳区間には観光列車
 昭和末期から続けられてきた南海高野線の高規格複線化は、1992(H4)年11月10月に橋本まで到達し、計画区間全線の改良工事が完成、20m級大型車両が橋本まで乗り入れる事で、飛躍的な輸送力の増強が実現した。同時に、難波~橋本間の特急〔りんかん〕が運行を開始、高野線初の大型特急車11000系も導入されている。1999(H11)年には、31000系導入と共に特急8連運転も開始、〔こうや〕も年間を通じて所定の運行本数を確保できるようになった。
 一方、橋本以南の南部は、全体の輸送力は希少で、年を追うごとに運転系統の分断や減便が行われるようになった。2005(H17)年には2300系を導入し、ワンマン運転も開始している。その一方で、その前年の2004(H16)年に高野山地域が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録された事から、観光輸送に力が入る事になり、「こうや花鉄道」プロジェクトの展開を開始、その一環として、2009(H21)年7月より、2200系を改造した観光列車「天空」が運行を開始した。2019(H31)年には、高野山ケーブルでスイス製の新型キャビンが導入されている。なお、2017(H29)年10月の台風の影響による土砂崩れのため、高野下~極楽橋間は翌年にかけて、約半年間の運休を強いられる事になった。

山間部に出現 学園ニュータウン
 一方南海線では、難波~和歌山市・和歌山港間特急〔サザン〕は、2005(H17)年11月改正で急行と統合、日中の30分間隔運転が確立した。2011(H23)年には新車両12000系「サザンプレミアム」が導入されており、翌2012(H24)年4月改正で〔サザン〕は全列車、指定席+一般席の編成に統一された。
この改正では、孝子(大阪府)~紀の川間に和歌山大学前駅が開業した。同区間は府県境を挟んだ、峠越えの人里稀な山間部だったが、和歌山大学のキャンパス移転に伴い、新駅設置の要望がなされたもので、同時にキャンパスを中心としたニュータウン「ふじと台」の開発が進められ、駅の副称ともなっている。当初は普通電車が毎時2本停車するのみだったが、2014(H26)年10月改正で〔サザン〕を含む全列車停車と普通電車の増発があり、2018(H30)年度の乗降人員は一日平均9,361人と、南海全体でも32位となって、南海の主要駅として大きく出世する事になる。
 一方、加太線は一部に観光輸送もあるが、全体としては需要が低迷している。活性化策として2014(H26)年より、沿線の観光協会と共同で「加太さかな線プロジェクト」を開始。その一環として、2016(H28)年4月に、7100系の内外装を大幅に改装した観光列車「めでたい電車」の運行を開始した。その後2019(H31)年3月までに、編成毎に異なるデザインを施して3編成にまで増加している。
 和歌山港線・和歌山港~水軒間は、1日の運転本数が2往復のみと、全国の鉄道でも最低レベルに留まっていたが、2002(H14)年5月に廃線となった。また、中間の3駅も2005(H17)年11月改正で廃止となり、和歌山港線は、徳島行南海フェリーに接続する特急・急行のみ運行の、二次アクセスに特化した輸送形態に落ち着いている。 

動物駅長ブーム 火付け役
 もう一つの和歌山県内の南海の路線だった貴志川線は、同社他線との直接の接続がない「落下傘路線」で、平成の世が始まった時点では、戦前製の1201形などが使用されていた。1995(H7)年には高野線から転用改造された2270系に置き替えられたうえ、新駅の設置も行われたが、21世紀になり、南海が貴志川線の廃止を検討している事が明らかになった。これに反応して沿線から路線存続運動が起こり、対応して和歌山県や沿線自治体が新規事業者を公募。岡山電気軌道が名乗りを挙げ、100%子会社として和歌山電鐵を設立し、2006(H18)年4月1日、南海から引き継いで営業を開始した。
 ヒットとなったのは、2007(H19)年の、ネコの「たま」が、貴志駅の「駅長」に「就任」した事だった。全国的な注目を集め、ネコ以外も含めた、ローカル鉄道の動物駅長ブームの先駆けとなった。同社では既に開業時から「いちご電車」「おもちゃ電車」といった、通勤電車ながら遊び心のある車両を生み出していたが、第3弾として、「たま」をモチーフとして生み出された「たま電車」も、同社のイメージ向上に貢献する事になった。同デザインの電車は、親会社の岡山電軌や、さらにグループを統括する両備ホールディングス(バス)でも見られる。「たま」が就任する貴志駅も、2010(H22)年8月には、ネコをイメージした新駅舎に建て替えられた。

県南ローカル3社の運命
 和歌山以南の紀勢本線沿線にはローカル私鉄の路線が3線あったが、現存するのは紀州鉄道のみとなった。会社自体は、全国的に不動産やリゾートホテルなどを展開する東京の大企業であるが、鉄道の規模は日本最少であり、しかも平成の世が始まって間もない1989(H元)年3月一杯をもって末端の一部区間を廃止。御坊~西御坊間2.7㎞とさらに規模が小さくなり、2002(H14)年の芝山鉄道(千葉県・2.2㎞)までは、「日本最少の私鉄」のタイトルを保持していた。元大分交通の600形は、2009(H21)年には北条鉄道から移籍の2軸レールバスに置き替えられ、2016(H28)年にはさらに、信楽高原鉄道から無常譲渡を受けたLE-DCに置き替えて運行されている。現状は、JR線と御坊の市街地を結ぶ二次アクセスとしての役割に特化している。
 野上電気鉄道と有田鉄道は、共に紀勢本線開通より先に開業していた鉄道だった。日方~登山口間を結んでいた野上電気鉄道は、最後までタブレット閉塞・在籍全車両が釣り掛け式という稀有な鉄道だったが、存続の前提だった欠損補助制度の、1991(H3)年度いっぱいでの打ち切りが決定打となり、水間鉄道からの中古車両の導入も挫折、1994(H6)年3月いっぱいで廃線となった。同社はバス事業も営んでいたが、会社そのものが解散したため、海南市内の運送事業者がバス事業に参入、「オレンジバス」の愛称で代替バスを運行している。起点の日方駅は紀勢本線の海南駅から離れていたため、構内に連絡口と称するホームを設けて海南駅と接続させ、紀勢本線乗り換えの便宜を図っていたが、廃線後はJR海南駅の高架化に伴い、構内は交通広場整備の用地に充てられ、面影は残っていない。
 有田鉄道は、先行して開業していた紀勢本線並行区間が、戦時中の不要不急路線として撤去された経緯から、戦後藤並~湯浅間の直通運転の設定があり、富士急行から移籍したキハ58形が使用されていた。しかし、利用者の減少から1992(H4)年に中止。2年後には樽見鉄道のハイモ180形を導入したが、その翌年には平日5往復・休日運休となる、最低限の運行のみとなった。結局2002(H14)年を持って廃線、既に並行して走っていた、自社のバス路線に代替された。終点の金屋口駅跡地には2010(H22)年に有田川町鉄道交流館がオープンし、キハ58やハイモ180形が動態保存されている。

 次回はデータ編と、令和に入ってからの動きです。特に南部は観光に依存する部分が多いだけに、コロナ禍で大きな影響を受けました。

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 クマの出没が各地で凄まじい事態になっているが、今月になって、道南いさりび鉄道では列車がクマと衝突し、14時間動けなかった他、貨物列車も相当数運休になったそうです。私は石北本線で乗っていた列車が鹿と衝突し、それから数か月後には日高本線で線路を横切る鹿を見かけた事もあって、当ブログでも書いたけれど、鹿はまだいいが(丹沢にもいるし)、クマでこんな事態になったら、どうしよう?鉄道もだけれど、バスだったらどうなるんだろう?やはり一目散に逃げる、という事になるのか。ここまで来た以上、交通事業者も、きちんとしたクマ遭遇時のマニュアルを整備すべきではないだろうか。

《What's New》
17日 日産スタジアム命名権 日産自動車が5年間6.5億円支払いで合意
18日 NYダウ平均 終値4万6091.74ドル 一時600$超値下がり 
19日 集英社・小学館・講談社・KADOKAWAの損害賠償請求 東京地裁 クラウドフレア社に賠償命令
20日 東京都品川区 リニア工事現場付近の道路隆起 JR東海 現地調査開始

№2979 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 29.奈良県(2)

 平成の鉄道回顧・兵庫県、今回はデータ編です。新線は近鉄けいはんな線のみ。駅の新規開業も、JRの2か所のみと少なかった。路線網そのものより、近鉄⇔阪神の相互乗り入れや、JRのおおさか東線直通快速運行開始など、対大阪を巡る運転形態に大きな変化が見られた30年、だったかも知れません。

◆平成時代の新規開業路線・区間 〔カッコ内は新線開業に伴う新駅(県内のみ)〕
2006(H18)年3月27日 近畿日本鉄道 けいはんな線 生駒~学研奈良登美ヶ丘
 〔白庭台/学研北生駒/学研奈良登美ヶ丘〕

◆平成時代の新規開業駅 〔新線開業に伴わない単独開業駅〕
1989(H元)年3月11日 西日本旅客鉄道 和歌山線 玉手
2004(H16)年3月13日 西日本旅客鉄道 和歌山線 JR五位堂

◆平成時代の改称路線
2006(H18)年3月27日 近畿日本鉄道 けいはんな線 長田(大阪府)~生駒
(←東大阪線)

◆平成時代の改称駅
2004(H16)年3月23日 西日本旅客鉄道 和歌山線 香芝(←下田)

29奈良県.JPG
奈良県の歴代知事
上田 繁潔→(1991(H3)11月28日~)柿本 善也→(2007(H19)5月3日~)荒井 正吾


令和以降の奈良県の鉄道
 JRでは2020(R元)年11月、おおさか東線経由の新大阪~奈良間臨時特急〔まほろば〕が設定された。この名称は過去に天王寺経由の臨時特急として設定された事があるが、奈良県を発着するJRの特急・急行は、2008(H26)年3月廃止の急行〔かすが〕以来、12年ぶりであった。287系の3連が使用された。
 このまま季節ごとの運行が定着するか期待された2020(R2)年、新型コロナウィルス禍が遅い、特に観光に頼る面も大きい奈良県では、JR・近鉄とも大きなダメージを受けた。特に近鉄吉野線は、平日日中の特急が大幅に削減されている。通勤列車でも本数の削減や運転系統の分断が行われた。京都線でも一時、一部の特急で京都~橿原神宮前・近鉄奈良間の併結運転により、本数の削減が行われた。
 大阪線の特急〔ひのとり〕は、令和の世になる直前の2002(H31)年3月14日デビュー、1年かけて名阪甲特急を置き換えていった。置き換えられた「アーバンライナー」は名阪乙特急全列車のほか、大阪~伊勢・志摩間特急にも転用されている。
 コロナ禍に一応の収束が見えてきた2022(R4)年4月29日、大阪難波~近鉄奈良~京都間に観光特急「あをによし」が運行を開始した。12200系改造の19200系4連を使用、サロン席やライブラリー、地ビールなどの提供を行う販売カウンターなどが設けられている。
 四半世紀近くに渡って通勤電車の新造が途絶えていた近鉄だったが、2024(R6)年秋、24年ぶりの新形式となる8A系が、奈良線・京都線にデビューした。当初からクロス・サイド転換が可能な座席となり、多目的に使用できるシート「やさしば」も設けられている。今後、大阪線や南大阪線にも、同仕様の車両の導入が進められる。
 今年3月の「大阪・関西万博」に先駆け、大阪メトロ中央線が1月19日、会場の最寄り駅となる夢洲(ゆめしま)まで延伸、けいはんな線の直通運転区間が延伸した。
 JRおおさか東線は2023(R5)年3月18日、大阪駅の新地下ホーム「うめきたエリア」へ延伸、直通快速も大阪発着に延伸した。翌2024(R6)年10月より、直通快速に指定席を設定(「うれシート」と命名)し、〔F直通快速〕と銘打って運行を開始した。「うれシート」は大和路線(関西本線)の、朝夕の区間快速にも設定、列車の愛称を〔Q区間快速〕と命名した。
 臨時特急〔まほろば〕は、2023(R6)年5月より、再度設定された。春・秋シーズンの運行で、この年より秋シーズンは法隆寺にも停車している。今春ダイヤ改正時より、年間通じて毎土休日運行の定期運行となった。車両も683系3連を専用の仕様に改装したリニューアル編成が導入される事になり、第1弾の「安寧(あんねい)」が4月25日より運行を開始しており、第2弾の「悠久(ゆうきゅう)」も、秋にはデビューする予定である。
 また、大和路線(関西本線)では、2024(R6)年3月改正時より、平日運行の通勤特急〔らくラクやまと〕が、奈良~新大阪間(天王寺経由)で運行を開始した。土休日は運休になるが、奈良県のJR在来線では初の定期特急列車となった。
 奈良線の第2期複線化事業の完成により、2023(R5)年3月改正より、奈良~京都間の快速の所要時間が短縮され、日中の「みやこ路快速」は、同区間を最大5分短縮し、44分で結ぶ事となった。今春のダイヤ改正では、全快速列車に「うれシート」を設定、〔Dみやこ路快速〕〔D快速〕〔D区間快速〕の愛称が与えられた。
 長らく国鉄時代の車両を使用し続けてきた各線では、万葉まほろば線(桜井線)・和歌山線には新造の227系1000番台を導入、大和路線(関西本線)では221系の玉突き転属により、201系が淘汰され、JRグループからサイリスタチョッパ制御の車両が姿を消した。
 近鉄・JRとも、「アフターコロナ」で増加した観光客(特にインバウンド)と、着席通勤のニーズに応えた施策が、今後も続けられると思われる。

 次回は和歌山県です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
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《What's New》
24日 野球独立リーグ・四国アイランドリーグplus 「ピッチクロック」運用開始
25日 フジ・メディア・ホールディングス株主総会 会社側提案取締役選任案可決

№2978 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 29.奈良県(1)

「平成の30年間の日本の鉄道を回顧する」シリーズ、今回は奈良県です。奈良県の鉄道は1963(S38)年10月、今の生駒線・田原本線を運営していたに奈良生駒電鉄が近鉄に吸収合併されて以降、国鉄~JR西日本と近鉄の2社体制が、昭和から平成、さらに令和の世にまたがって62年に渡って続いています。奈良県内には独立したローカル鉄道はないし、旧国鉄の特定地方交通線もなかったから、第3セクター鉄道も存在しません。JR東海によるリニア中央新幹線建設計画があり、自治体による県内駅の誘致合戦も見られるが、実現には十年単位の長期間を要する見込みで、今後もしばらくはこの2社体制が続くと思われます。JR一社のみの徳島県・大分県・宮崎県、モノレールのみの沖縄県に次いで、山形県・島根県・香川県・愛媛県と共に2番目に少ない数です。特に大都市に近い県としては異例、の気もします。

201812photo 近畿日本鉄道.jpg

昭和から変わらず 近鉄・JR西日本二社体制
大阪直通ルート拡充も 南北に格差


研究都市から大阪へ 新鉄道開業
 奈良県と京都府・大阪府にまたがる「けいはんな学園都市」は、1986(S61)年の同志社大学開校を足掛かりに、関西の研究・開発の場として、発展を続けてきた。この地に、近鉄けいはんな線が開業したのは、2006(H18)年3月27日。既に昭和末期に生駒まで開通していた東大阪線を延伸する形態で、開業と同時に、東大阪線も一体でけいはんな線と改称した。
 新線区間は、奈良生駒高速鉄道㈱が線路・施設を保有し、近鉄が営業を行う上下分離方式を採用している。大阪市営地下鉄(現大阪市高速電気軌道)中央線と相互乗り入れを行うため、第三軌条方式の集電が行われているが、新線開業を機に最高速度が95㎞/hに引き上げられ、第三軌条方式の路線では国内最速となった。地下鉄中央線と一体で「ゆめはんな」の愛称が与えられている。学研奈良登美ヶ丘から本町までは37分、コスモスクエアまでは52分で結ばれ、大阪市中心部へのアクセスが、飛躍的に向上した。
 一方、奈良と大阪を結ぶ最大の動脈となる近鉄奈良線は、2009(H21)年3月20日の阪神なんば線開業により、阪神電鉄との相互直通運転を開始した。関西では初の大手私鉄同士の相互直通である。直通は全て兵庫県の尼崎に発着、近鉄の電車が淀川を渡る事になった。さらに快速急行は神戸三宮に直通、奈良・大阪・兵庫の1府2県にまたがる、広域の直通ネットワークが構築される事となった。

近鉄路線網を支える 特急ネットワーク
 奈良県内全域にネットワークを持ち、特急ネットワークを営業の主力に据える近鉄では、特急において平成の30年間に様々な展開を見せた。
 春の桜や飛鳥などの観光地を数多く抱える吉野線には、1990(H2)年、特急運行開始25周年を記念した26000系「さくらライナー」がデビューした。大阪~名古屋間「アーバンライナー」をベースにしており、先頭部は非貫通の流線型となり、運転室の後部が直接客室となる構造が近鉄特急としては異例で、前面の展望が客室から楽しめる構造となっていた。座席も桜の花びらをイメージしたものになった。2011(H23)年には全面リニューアルを行い、デラックスシートを設定したほか、乗務員室の直後に追加されたデッキ付近を展望スペースとしている。座席も「ゆりかごシート」に改められている。
 2016(H28)年には、さらに上級の観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」がデビューした。通勤車からの改造だが、特別料金の追加を必要とする、ハイグレードな列車となった。3両編成の中間車にはバーカウンターを設置、軽食やスィーツを提供する。原則毎日2往復するが、運行開始以来、指定券の入手が困難な人気列車に成長している。
 南大阪~吉野線の特急は観光輸送の色彩が濃いが、一方で沿線の利便性を向上させるべく、停車駅の追加が相次いで行われている。平成の世になった時点で、あべの橋~吉野間の停車駅は高田市・橿原神宮前・下市口・大和上市・吉野神宮のみだったが、1989(H元)年5月に吉野口、1990(H2)年3月に飛鳥・壺阪山、1999(H11)年3月には、御所線接続駅の尺土、宅地開発が進んでいた福神・六田を停車駅としている。この結果、吉野線内では、停車駅の方が通過駅より多くなった。
 県の中央部を貫き、大阪と名古屋または伊勢・志摩方面を直結する大阪線は、ビジネス・観光の両面で、近鉄の営業政策に密接に関わり、特に特急列車ではそれに応えるべく、状況に応じて、車両・ダイヤの両面で様々な施策が取られてきた。名阪間ノンストップ特急は、昭和末期より「アーバンライナー」が導入されていたが、全列車が大阪(鶴橋)~名古屋間がノンストップで、奈良県とは無縁だった。しかし、1990(H2)年3月のダイヤ改正で、初めて朝方の名古屋行1本、夜間の名古屋発2本が大和八木に新規停車し、奈良県中部と名古屋の間の速達性向上が図られた。停車列車はその後も増加が図られて、平成末期の時点で、朝方と夜間の大半の列車が停車している。
 2020(H31)年3月より、新特急車50000系「ひのとり」がデビューした。前後両先頭車をプレミアムシートに設定し、ベンチスペースやカフェスポット、コインロッカーを設置している。全車両で特別車両料金を必要とする。今後1年で「アーバンライナー」を置き換えていく事になる。
 大阪~伊勢志摩間の特急では、1994(H6)年3月デビューの「伊勢志摩ライナー」がノンストップ列車で運行されていたが、ノンストップ運転の縮小により、1998(H10)年3月改正において主要駅停車のタイプ列車にも運用されるようになった。その前年、1997(H9)年3月には京都~伊勢志摩間特急1往復にも投入され、奈良県内から伊勢志摩方面への移動のグレードアップが図られている。
一方で近鉄特急は名阪を除くと、観光の需要に左右される傾向が大きい。特に伊勢志摩の需要の減少により、京都~伊勢志摩間京伊特急は2003(H15)年より、日中は大和八木で阪伊特急と分割・併合を行う形で統合された。2012(H24)年3月改正では、全体で10%とされる大幅な減量ダイヤが実施された。京伊特急は朝夕の4往復まで削減されている。京都~奈良間の特急も同改正で削減され、日中は京都~橿原神宮前間の特急と分割・併合する形の統合を行っている(2018(H30)年改正で再度分離し、復便)。需要取り込みのため、2010(H22)年改正では、唐招提寺・薬師寺最寄りの橿原線・西ノ京駅に土休日日中のみ特急が停車を開始、2012(H24)年には平日日中にも拡大している。2013(H25)年改正では、大阪線・榛原も特急停車駅に加えられた。
 伊勢神宮の式年遷宮を控えた2013(H25)年の3月、観光特急「しまかぜ」50000系がデビュー。在来の特急車よりランクを上げたアコモデーションを誇り、ダブルデッカー構造のカフェカーを連結する。大阪~賢島間に導入され、大和八木にも停車。翌年には増備の上京都~賢島間にも導入、奈良県内からの利用でも利便性が向上した。
 2018(H30)年、京都~吉野間を直通する、フリーゲージトレイン導入の構想が明らかになっている。

拡大から一転減少傾向 近鉄各線の動静
 一方、一般の通勤タイプの列車は、20世紀中の拡大基調から、21世紀に入って一転、減少傾向に入った。大阪線では2012(H24)年改正で区間快急廃止と、一方で区間準急の設定により、列車を統合する形で減量が行われている。快速急行も、その後の改正の度に急行への格下げが行われており、現在は大阪~伊勢間連絡の意味は薄れ、奈良県南部から対大阪のラッシュ時の輸送力列車の意味が濃い。
 京都線は2000(H12)年に京都市営地下鉄烏丸線・国際会館~奈良間直通急行が設定され、京都市車両の奈良乗り入れが見られるようになった。同改正では京都~奈良間快速急行の設定もあったが、短命に終わっている。2012(H24)年改正では、日中の急行が毎時6→5本に削減された。
 生駒線は1994(H6)年までに生駒~東山間が一部を除き複線化され、宅地開発が進んでいた東山付近は線形を変更した上、新駅に移転し、区間運転が延長された。2017(H29)年10月には台風17号に被災、同月中に全線の運行を再開したものの、安全性確保の点から長期に渡り減便・減速運転を強いられる事となった。
 田原本線は1992(H4)年、近鉄の大阪エリアでは初のワンマン運転を開始、大型車両を導入して、元特急の小型車両を淘汰した。2018(H30)年には運行本数の削減が行われている。ワンマン運転は後に生駒線、御所線、南大阪線、御所線にも拡大、さらには駅務体制の合理化も進められるなど、奈良線・けいはんな線以外では、列車・駅務体制とも、減量の傾向が続いている。

大阪へ京都へ 快速を強化するJR
 一方、都市間輸送では近鉄の後塵を拝す形が続いていたJR各線は、平成に入って以降、快速ネットワークの強化が図られた。
「大和路線」(湊町(JR難波)~加茂)の愛称が与えられていた関西本線は、1989(H元)年にJR西日本初の新型車両となる221系が導入、3ドア転換クロスシートと、京阪神間の新快速と同等のアコモデーションが提供される事になった。1997(H9)年改正では快速の形態が刷新、日中は大阪環状線直通~加茂間の「大和路快速」を設定、JR難波~和歌山線・高田間の区間運転と交互に運転する形となった。2011(H23)年3月改正では、15分間隔運転が確立している。
 2008(H20)年3月、おおさか東線・放出~久宝寺間(大阪府)が開業すると、おおさか東線~JR東西線を経由し、奈良~尼崎間を運行する直通快速を設定した。奈良県と大阪の「キタ」を直結する、初の列車となった。直通快速は平成末期のおおさか東線全線開通時には運行区間を新大阪~奈良間に変更。土休日は行楽に便利な時間帯の設定になっている。将来の北梅田新駅の開業を先取りした形態と言える。
 奈良~京都間は、1991(H3)年3月で日中に定期列車の快速が初めて設定され、途中木津・宇治の2駅停車で、最速43分で結ばれた。当初は60分間隔だったが、奈良線内の複線化工事第1期が終了した2001(H13)年3月改正では、「みやこ路快速」と称した上で30分間隔に増発、朝夕にも停車駅が異なる快速及び区間快速設定により、快速運転時間帯も大幅に拡大された。「みやこ路快速」は停車駅が増えた事もあり、平成が終わる時点では奈良~京都間は最速45~49分で運行されている。奈良線内では複線化工事第2期が進行中であり、完成が予定される2023(R5)年春には、さらに増発・所要時間の短縮が図られる事が期待されている。
 桜井線と、和歌山線の奈良県側はほぼ一体の運行がなされているが、和歌山線・王寺~高田間は、従来からの通勤・帰宅時間帯に加えて、1996(H8)年3月改正より、日中も60分間隔でJR難波直通の快速が設定された。翌1997(H9)年3月改正では20分間隔に増強された一方、和歌山発着列車は、日中は高田から桜井線経由で奈良に直通する形態に改められた。なお、北宇智駅のスイッチバックは2007(H19)年3月に廃止になり、関西地方からスイッチバックが消えた。
 2006(H18)年3月改正を持って、名古屋~奈良間の急行〔かすが〕が廃止になった。最後はJR東海のキハ75系が使用されていた。この結果奈良県は、JRの鉄道路線が存在する46都道府県で唯一、新幹線も、在来線の定期特急・急行列車も存在しない県となった。「大和路線」に設定されていたライナー列車〔やまとじライナー〕も2011(H23)年3月改正で廃止になり、平成が終わる時点では、奈良県内のJR線からは、乗車券以外の何らかの料金を必要とする定期列車は消滅している。

 次回はデータ編と、令和に入ってからの動きです。

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№2856 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 28.兵庫県(2)

 平成の鉄道回顧・兵庫県、今回はデータ編です。

◆平成時代の新規開業路線・区間 〔カッコ内は新線開業に伴う新駅(県内のみ)〕
1990(H2)年2月21日 神戸新交通 六甲アイランド線 住吉~マリンパーク
 〔住吉/魚崎/南魚崎/アイランド北口/アイランドセンター/マリンパーク〕
1991(H3)年10月20日 神戸電鉄 公園都市線 横山~フラワータウン
 〔フラワータウン〕
1994(H6)年12月3日 智頭急行 上郡~智頭(鳥取県)
 〔上郡/苔縄/河野原円心/久崎/佐用/平福/石井〕
※上郡は西日本旅客鉄道の駅として開業済み
1996(H8)年3月28日 神戸電鉄 公園都市線 フラワータウン~ウッディタウン
〔南ウッディタウン/ウッディタウン中央〕
1997(H9)年3月8日 西日本旅客鉄道 JR東西線 京橋(大阪府)~尼崎
2001(H13)年7月7日 神戸市交通局 海岸線 三宮・花時計前~新長田
 〔三宮・花時計前/旧居留地・大丸前/みなと元町/ハーバーランド/中央市場前/和田岬/御崎公園/苅藻/駒ヶ林〕
2006(H18)年2月2日 神戸新交通 ポートアイランド線 市民広場~神戸空港
 〔先端医療センター前/ポートアイランド南/神戸空港〕

◆平成時代の新規開業駅 〔新線開業に伴わない単独開業駅〕
1993(H5)年3月20日 神戸市交通局 西神延伸線 西神南
1996(H8)年10月1日 西日本旅客鉄道 東海道本線 甲南山手
2004(H16)年8月21日 山陽電気鉄道 本線 西二見
2005(H17)年3月1日 西日本旅客鉄道 山陽本線 ひめじ別所
2007(H19)年3月18日 西日本旅客鉄道 東海道本線 さくら夙川
2008(H20)年3月15日 西日本旅客鉄道 山陽本線 須磨海浜公園
はりま勝原
2016(H28)年3月16日 西日本旅客鉄道 山陽本線 東姫路

◆平成時代の改称路線
2009(H21)年3月20日 阪神電気鉄道 阪神なんば線 西九条(大阪府)~尼崎
(←西大阪線)

◆平成時代の改称駅
1990(H2)年4月1日 西日本旅客鉄道 加古川線 西脇市(←野村)
1990(H2)年10月20日 神戸電鉄 三田線 神鉄道場(←道場川原)
1991(H3)年4月7日 山陽電気鉄道 本線 山陽須磨(←電鉄須磨)
                      山陽塩屋(←電鉄塩屋)
                      山陽垂水(←電鉄垂水)
                      山陽明石(←電鉄明石)
                      林崎松江海岸(←電鉄林崎)
                      山陽魚住(←電鉄魚住)
                      播磨町(←本荘)
                      別府(←電鉄別府)
                      高砂(←電鉄高砂)
                      山陽曽根(←電鉄曽根)
                      飾磨(←電鉄飾磨)
                      亀山(←電鉄亀山)
                      山陽姫路(←電鉄姫路)
             山陽電気鉄道 飾磨線 山陽天満(←電鉄天満)
                        山陽網干(←電鉄網干)
1993(H5)年3月20日 神戸市交通局 山手線 県庁前(←山手(県庁前))
2001(H13)年3月3日 阪神電気鉄道 本線 香櫨園(←香炉園)
2005(H17)年3月1日 西日本旅客鉄道 山陰本線 城崎温泉(←城崎)
2011(H23)年7月11日 神戸新交通 ポートアイランド線 みなとじま(←市民病院前)
                             医療センター前
                             (←先端医療センター前)
                             京コンピュータ前
                             (←ポートアイランド南)
2013(H25)年12月21日 阪急電鉄 神戸本線/神戸高速線 神戸三宮(←三宮)
2014(H26)年4月1日 阪神電気鉄道 本線/神戸高速線 神戸三宮(←三宮)
2015(H27)年4月1日 京都丹後鉄道 宮津線 コウノトリの郷(←但馬三江)

◆平成時代の廃止路線・区間 〔カッコ内は廃線に伴う廃駅(県内のみ)〕 日付は営業最終日
1990(H2)年3月31日 西日本旅客鉄道 鍛冶屋線 野村~鍛冶屋
 〔西脇/市原/羽安/曽我井/中村町/鍛冶屋〕
2008(H20)年3月31日 三木鉄道 厄神~三木
 〔厄神/国包/宗佐/下石野/石野/西這田/別所/高木/三木〕
※厄神は西日本旅客鉄道の駅として存続

◆平成時代の廃止駅 〔廃線に伴わない単独廃止駅〕 日付は営業最終日
2001(H13)年3月2日 阪神電気鉄道 本線 西宮東口

◆平成時代の電化路線・区間
1998(H10)年3月14日 西日本旅客鉄道 播但線 姫路~寺前(直流1500V)
2001(H9)年7月1日 西日本旅客鉄道 山陽本線 兵庫~和田岬(直流1500V)
2004(H16)年12月19日 西日本旅客鉄道 加古川線 加古川~谷川(直流1500V)

◆平成時代の営業譲渡路線・区間
1990(H2)年4月1日 北近畿タンゴ鉄道 宮津線  東舞鶴(京都府)~豊岡
(←西日本旅客鉄道 宮津線)
2015(H27)年4月1日 京都丹後鉄道 宮津線 東舞鶴(京都府)~豊岡
(←北近畿タンゴ鉄道 宮津線)
※京都丹後鉄道は、WILLER TRAINSのブランド名
京都丹後鉄道の路線は、北近畿タンゴ鉄道が第3種鉄道事業者

28兵庫県.JPG

兵庫県の歴代知事
貝原 俊民→(2001(H13)8月1日~)井戸 敏三


令和以降の兵庫県の鉄道
 2020(R2)年春に始まったコロナ禍は、兵庫県内の鉄道の、特に長距離輸送に打撃を与えた。JRの各特急列車は減便を強いられ、後に運行を再開した列車も、〔こうのとり〕〔はしだて〕〔きのさき〕の一部は週末中心の運行に削減された。〔スーパーはくと〕も、一部は毎日運転ながら臨時列車の扱いのままである。なお、兵庫県内の在来線の特急は、2023(R5)年3月のダイヤ改正で、全列車全車両指定席となった。
 コロナ禍の副産物として、「蜜」を避けた着席通勤のニーズが高まり、JR神戸線(東海道本線・山陽本線)の新快速「Aシート」車の増強が行われている。2023(R5)年改正では、当初の2往復が6往復に増発された。車両も在来車の改造に加え、新造車両が導入されている。加えて今月7日より、平日朝方の大阪行快速4本に、有料座席指定の「うれしート」が設定された。
 2021(R3)年3月13日改正では、JR西日本の各線区で、最終列車の大幅な繰り上げが実施された。「最終電車の到着が最も遅い駅」とされた西明石では、JR神戸線(山陽本線)各駅停車の最終電車の到着が、1時38分→1時14分と、24分の大幅な繰り上げになった(2019(R元)年10月に検討を行うと発表になっていて、コロナ禍の直接の影響ではない)。一方でこの改正では、〔らくラクはりま〕の大久保新規停車が行われている。
 北神急行電鉄は、2020(R6)年6月1日に神戸市が阪急グループ(第2種・北神急行電鉄 第3種・神戸高速鉄道)から路線を譲り受け、神戸市交通局北神線として公営化された。これにより運賃が在来の市営地下鉄と同じ水準になり、谷上~三宮間は550円(神戸市・北神の合算)→280円など、大幅な運賃(料金)の値下げになっている。車両も、在来の神戸市営西神・山手線共々、交通局の新車両6000形に統一された。
 北条鉄道では2020(R2)年9月に法華口駅の行き違い設備が完成(復活)し、平日は朝夕で合計4往復の増発が行われた。2022(R4)年3月にはJR東日本より五能線で使用されていたキハ40形を購入、基本的に週末を中心に定期列車で運用される他、イベントでも使用される。
 ポートライナーの京コンピュータ前駅は、「京」の運用終了により、2021(R3)年6月19日に「計算科学センター前」と改称した・「神戸どうぶつ王国・「富岳」前」の副称が付くが、2006(H18)年にポートアイランド南駅として開業して以来、15年で2度目の駅名改称となった。

 次回は奈良県です。
 
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12日 荒川放水路通水100年 東京都北区で記念イベント
13日 マカオ行政長官 岑 浩輝氏選出 初の中国本土出身者

 阪神タイガース、CS敗退してしまいました…。2年連続日本一ならず。ともあれ岡田監督を始めチームの皆様、トラキチの皆様、1年間お疲れさまでした。来年は藤川 球児の監督就任でV奪還を目指す事になりそうだが、何のかんの言っても、やはりタイガースがずっと強くて、毎年のように(特にジャイアンツと)優勝争いをするようでないと、プロ野球全体が盛り上がらない、活気が出ないと思う。これは何もトラキチだけではなく、プロ野球ファンの大半がそう思っている、のでは?それもまた、阪神電鉄をはじめとして、西宮市に甲子園球場がある兵庫県の鉄道にも、元気を与えると思う。

№2855 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 28.兵庫県(1)

「平成の30年間の日本の鉄道を回顧する」と大ミエ」を切って、2020(R2)年8月にスタートさせたこのシリーズだが、前回の大阪府が2023(R5)年7月だったから、1年3か月も間が空いてしまいました。申し訳ありません。やはりヨソの地域の歴史をまとめるのは、鉄道に限らず簡単な事ではありませんねえ。それでも必ず、沖縄県まで全47都道府県を書き上げます。今回は兵庫県です。来年、阪神大震災から30年の節目となります。あの大惨事は、直接の被害損害がもちろん大きかったが、加えて、特に県南部の鉄道事業を巡る構図に、多大な影響を与える事となりました。

阪神電気鉄道9000系.jpg

阪神電車 震災乗り越え 姫路へ 奈良へ
存続に苦闘 加西・但馬のローカル鉄道


阪神大震災発生 鉄道網を寸断
 1995(H7)年1月17日。淡路島北部を震源とする阪神大震災が発生、都市直下型の震災として、6,434人もの犠牲者を出し、兵庫県を中心とした近畿圏に、甚大な被害をもたらした。町は急速に復興していくが、今でも傷跡は癒えていない。
 鉄道も被害が大きかった。山陽新幹線を筆頭に、JR西日本・阪急・阪神・神戸市営・山陽・神鉄・神戸高速・神戸新交通と、神戸市内を中心にして、全ての鉄道が例外なく、重大な損害を被る事となった。大都市の鉄道が広範囲に大きな損害を受けた震災は、戦後は例がない。市内の鉄道ネットワークは壊滅的な状況となり、各者とも懸命な復旧作業により徐々に運行再開区間は延びていったものの、最終的に震災で被災した路線が全て運行を再開したのは、半年以上後の8月23日(神戸新交通六甲アイランド線)だった。その後もしばらくは、被害が大きかった駅が通過扱いになるなど、完全復旧には時間を要する事になる。
 鉄道の中で特に被害が甚大だったのは、阪神だった。高架式の石屋川車庫が損壊し、ラッシュ直前で出庫を控えた車両の大多数が被災、営業運行中の車両も加え、当時の保有車両の約13%に当たる41両が廃車に追い込まれた。直ちに代替車両の新造に努め、同年には普通電車用として5500系が、当初予定より前倒ししてデビュー。「震災を乗り越えて再出発」の願いを込めた、36年ぶりの新塗装を採用した。さらに翌1996(H8)年には急行用として、同社としては19年ぶりのステンレスカーとなる9000系がデビューし、震災からの復興を強烈に印象付ける存在となった。
阪急も開業以来の三宮駅ビルが崩落、伊丹線終点の伊丹駅も、車両と共に高架駅が崩壊して、長期間にわたり、仮駅での営業が続けられた。山陽電鉄は地下駅の大開駅の天井が崩落、列車通過の直後で、難を逃れたのは幸いだった。復旧に当たっては、元々同年春に予定していた、板宿付近の地下線への切り替えが行われた。

JR新快速 復興後の阪神間の主役へ
 JR神戸線(東海道本線・山陽本線)は、高架橋が崩落し、走行中の列車が多数脱線する損害を受けた。復旧に当たっては複々線を活用しつつ、徐々に運行再開区間を広げていった。この間、福知山線・山陰本線・播但線経由の臨時快速が設定されたほか、播但線内ノンストップの臨時快速も運行されている。また、〔スーパーはくと〕や〔はまかぜ〕、東京発着の寝台特急は運休になったが、新大阪・京都発着の寝台特急〔なは〕〔あかつき〕は福知山線・山陰本線・播但線経由で、運行を確保していた。
 JR神戸線は4月1日、最後まで残った住吉~灘間が復旧して全線が再開、新長田駅がしばらく通過になるなど影響は残ったが、東西を結ぶ幹線が74日ぶりに全通した。大阪~神戸間を結ぶ幹線では阪急(6月12日)・阪神(6月26日)に先んじての全線再開だったが、この事は京阪神間のJRvs私鉄の競争の構図に大きな変化をもたらす事となる。
 競合の激しい阪神間は、運賃が低廉でターミナルの立地条件が良い阪急・阪神の特急が先行し、JR新快速は、国鉄時代に117系を導入し、民営化直後にはJR西日本初の新系列221系が導入されたものの、後追いの感があった。
 しかし、震災後真っ先に復旧・運行が再開すると、高速性が評価され、新快速に旅客が転移する事となり、後に阪急・阪神が再開しても、この構図が定着する事になる。同年8月には130㎞/h運転対応の223系1000番台が投入、1999(H11)年5月には在来線最速の130㎞/h運転を開始、2000(H12)年以降は、大阪~三宮間は尼崎・芦屋2駅停車ながら、最速19分で結ばれる事となった(現在は再び21分)。さらに西はほぼ全列車が姫路発着であり、東は大阪から京都、さらには滋賀県湖西・湖北から2006(H18)年には福井県の敦賀まで足を延ばす列車も設定され、兵庫県南部を東西に貫き、関西圏を横断するアーバンネットワークの完全な主役として定着した。2019(H31)年3月改正では、一部列車で有料の座席定員制「Aシート」の設定も行われている。

阪神電車直通ネットワーク拡大
 一方、JR新快速の急成長を目の当たりにした阪神・阪急は、対応を迫られた。震災当時まで、阪神と阪急、それに山陽電鉄は、神戸市内の地下鉄道、神戸高速鉄道を介して直通運転を行っていたが、阪神と阪急は、主に特急が三宮より西は各駅停車となり、須磨浦公園まで、乗務員ごとの直通運転を行っていた。
阪神と山陽は利便性向上のため、梅田~姫路間の直通列車を運行する事になり、1998(H10)年2月、直通特急の運行を開始した。当初は30分間隔の設定だったが、2001(H13)年には、山陽の特急はほとんど全てが直通特急の設定となっている。一方でJR新快速とは速度の点で大幅な差がある事から、現在は途中停車駅を増やし、乗り換えなしでの大阪直通をアピールする戦術に出ている。
 一方、2009(H21)年3月に開業した阪神なんば線を介し、近鉄との相互直通運転も開始された。尼崎折返しの各駅停車タイプの他、三宮まで急行運転を行う快速急行を設定、奈良までの直通運転を行っている。阪神は、自社の路線は関西の大手では最小だが、東は奈良、西は姫路と、長距離の直通列車の設定により、ネットワークの大幅な拡大を見る事になった。また、神戸からキタとミナミ、大阪の両繁華街に乗り入れた初の鉄道会社ともなった。近鉄直通に対応し、尼崎や三宮では、線路の配線の変更を伴う、大規模な改良工事が行われている。
 一方、阪急の山陽直通は、新開地以西が6連に限定されるため、長編成化が進んでいた神戸本線の特急は直通が困難になり、震災からの復旧の直後は須磨浦公園直通のみ6連の運用としていたが、阪神⇔山陽の直通特急が始まった1998(H10)年2月ダイヤ改正で新開地までの運行に短縮され、山陽線内で阪神と肩を並べる姿は、見られなくなった。神戸本線の特急は、震災復旧時の1995(H7)年に岡本、2006(H18)年に甲陽線接続駅の夙川と、停車駅を追加している。
 阪急と阪神は、阪神の投資ファンドによる株式買い占めの事態を受けて経営統合への道を探り、2006(H18)年10月には、阪急HD改め阪急阪神HDの傘下に、阪急・阪神の両社が100%出資の連結子会社として置かれる形態となった。
 神戸電鉄も加えた4社が直通する神戸高速鉄道は開業時より、自社の車両を保有しない第3種鉄道事業者として、第2種鉄道事業の他社車両が相互乗り入れを行う形態を採っていたが、2010(H22)年に関係が整理され、阪神が東西線の元町~西代間、阪急は同線の三宮~新開地、神鉄は南北線の第2種事業者となり、山陽は神戸高速線の事業を廃止した。神戸高速線は実質、阪神の路線網の一部を構成する事になる。

神戸市内 拡充する市内交通
 日本初の新交通システム・ポートアイランド線(ポートライナー)を開業させていた神戸新交通は、1990(H2)年2月、第2の路線・六甲アイランド線(六甲ライナー)を開業させている。住吉でJR神戸線・魚崎で阪神と接続している。阪神は六甲ライナー開業に対応し、魚崎駅を特急・快速急行停車駅に格上げした。
 また、2006(H18)年、ポートアイランド沖の神戸空港開港に対応し、ポートアイランド内から空港に至るポートライナーの延長路線が開業、日本で初の、空港アクセスを担う新交通システムとなった。途中、日本最大級のスーパーコンピューターの研究地となる、「京コンピューター」駅を経由する事も話題である。
 神戸市営地下鉄の西神線・山手線は、「みどりのUライン」の愛称で、一体で運営されている。西神線はニュータウン開発鉄道の性格も持ち、開発の進展に伴って、1993(H5)年には西神南駅が開業した。なお、平成に入ってから一時期、快速が設定された事があったが、利用は少なく、阪神大震災からの復興の過程で、静かに姿を消した。
 2001(H13)年7月には、事実上の2号路線となる海岸線が開業した。日本で3番目のリニア地下鉄となり、翌年に沿線のスタジアムで開催されたサッカーW杯の主要アクセスとして重用された。
 北神急行電鉄は、神戸市営西神・山手線と相互直通の形態で、六甲山系の谷上と市中心部を直結、大幅な所要時間の短縮をもたらしていたが、利用は伸び悩み、2002(H14)年には線路・施設を神戸高速鉄道に譲渡、自らは第2種鉄道事業者となった。2001(H13)年6月には、谷上駅での神戸電鉄有馬線との、同一ホームでの乗り換えを可能にしている。

能勢電鉄 遠隔操作システムと「日生エクスプレス」
 能勢電鉄では1991(H3)年4月、駅業務に遠隔操作システムを導入した。路線を2つのブロックに分け、平野と山下に置いた遠隔操作センターで、各駅の機器を管理し、同時に利用者からの問い合わせにインターホンで応対するスタイルになっている。システム導入により、駅は全て無人化された(川西能勢口は後に、高架化と同時に阪急と駅を一体化した)。現在、全国各地の鉄道で、遠隔操作による駅員配置の省略・削減が進められているが、能勢電鉄のシステムは、その先駆けとなった。
 川西能勢口駅は、阪急宝塚本線の連続立体交差工事の完成により線路が繋がり、1997(H9)年には、大阪(梅田)直通の特急〔日生エクスプレス〕が運行を開始した。平日の朝方の上り(日生中央→梅田)、夕方に下り(梅田→日生中央)を運行するダイヤで、上りは、当初は川西能勢口で2両を増結し、10連となって梅田に向かう形態で、川西能勢口からの着席通勤にも配慮していた。阪急車両の形乗り入れで、当初はクロスシート車を連結した8000系の限定運用だったが、後に阪急の主要形式の大半が、乗り入れ対応となっている。自社線内の車両は阪急からの中古導入に依っているが、1991(H3)年のATS使用開始を機に高性能の大型車両に統一され、戦前製の小型車両は一掃された。1995(H7)年には昇圧を実施、1997(H9)年より、線内列車は全てワンマン運転を行っている。

JR在来線 南部は近代化進む
 新快速の増強以外にも、JR西日本の在来線は、南部では「アーバンネットワーク」の一角として、整備がすすめられた。「片福連絡線」の名称で建設が進められていたJR東西線が1997(H9)年3月に開業したが、合わせて尼崎駅は大規模な改良工事を行い、JR神戸線(東海道本線)・JR宝塚線(福知山線)との直通運転に対応した形態となった。両路線からはJR東西線を経由、キタを貫いて学研都市線(片町線)と直通運転を行う、JR京都線~JR神戸線と並ぶ、兵庫県南部から大阪の東西を貫く、もう一つ動脈として、成長する事になる。JR宝塚線は、従来の大阪発着に加えてJR東西線経由の快速も設定され、尼崎~宝塚間は快速毎時4本体制が確立した。日中の大阪発着は、2000(H12)年3月改正時より〔丹波路快速〕の愛称が付けられている。
 加古川線の支線は、三木線(→三木鉄道)と北条線(→北条鉄道)が第3セクター鉄道として分離されていたが、鍛冶屋線は1990(H2)年3月いっぱいでバス転換、旧国鉄の特定地方交通線は、全路線の転換が完了した。西脇市の中心地に近かった西脇駅も廃止され、同時に分岐駅の野村を西脇市と改称し、市の代表駅とした。2004(H16)年には全線が一括して電化され、103系改造車に加え、125系の新造車両も導入されているが、従来から折り返し運転だった西脇市~谷川間は、非電化時代より運行本数が減少しているのが現状である。
 播但線は、通勤・通学利用が多い姫路~寺前間が1998(H10)年に電化、加古川線同様、103系改造車が導入されている。普通列車の運転系統は寺前で分断され、以北はキハ40系の単行運転が中心になった。近年は竹田城跡が「天空の城」として注目されており、特急〔はまかぜ〕の臨時停車も行われている。
 姫新線は姫路~上月間で高速化事業が行われ、キハ122・127系導入と併せて、姫路~播磨新宮間では約35分→32分の所要時間短縮が実現した。一方で近代化以降は運行系統が佐用・上月で分断され、優等列車や、津山方面へ直通する列車は存在しない。
 姫路駅は、1995(H7)年より在来線の高架化工事に着手、2008(H20)年12月の播但線・姫新線切り替えで、全線の高架化が完了、県南部の西のターミナルとして、面目を一新した。
 山陽本線の支線である兵庫~和田岬間は、朝夕の通勤時間帯のみ運行の特殊な区間で、平成の世になった当時は、扉を増設、車内をロングシート化した旧型客車が使用されており、後にはキハ35系に置き換えられた。地下鉄海岸線開通時に存廃の議論がなされたが、2001(H13)年7月に電化され、103系によって運行が継続されている。

智頭急行開業 陰陽連絡特急再編
 1994(H6)年12月3日、上郡~智頭(鳥取)間の第3セクター鉄道・智頭急行が開業した。元々国鉄線として開業が予定されていた智頭線を引き受けたものだが、関西地域と鳥取を直結する路線として高規格で建設、同社の振り子式DC特急車HOT7000系を用いた〔スーパーはくと〕は、三ノ宮~鳥取間を最速2時間14分で結び、前日までの播但線経由〔はまかぜ〕の4時間弱からの、大幅な所要時間の短縮を実現させた。また、姫路乗り換えで、東京~鳥取間の最速の乗り換えのルートともなっている。当初はJR181系〔はくと〕と合わせての運行だったが、1997(H19)年11月改正で、全列車が〔スーパーはくと〕に統一されている。
 山陰本線は、国鉄時代末期の福知山~城崎(現城崎温泉)間に加え、1996(H8)年までに京都~福知山間も電化された事で、JR宝塚線(福知山線)・舞鶴線も加えた兵庫・京都北部の電化が完成、大阪~城崎温泉間〔北近畿〕に加え、従来の〔あさしお〕に変わる〔きのさき〕が、京都~城崎間で運行を開始、「ビッグX」と称する電車特急ネットワークが確立した。2011(H23)年3月改正では、〔北近畿〕は〔こうのとり〕と改称、〔きのさき〕と共に、「ビッグX」ネットワーク初の直接の新車導入となる287系が導入、後に北陸からの転用改造となる289系も交え、電化当初からの485系・183系を全て置き換えていった。
〔スーパーはくと〕と「ビッグX」に挟まれる形となった〔はまかぜ〕は、兵庫県北部、特に山陰本線の電化の恩恵を受けない城崎温泉~鳥取間の主要地方都市と、神戸市を中心とした兵庫県南部及び大阪との直結が中心的な役目となった。2010(H22)年には、新特急車両189系が導入され、181系を置き換え、2012(H24)年の高速化事業完成後には、三ノ宮~香住間では平均所要時間が下り2時間59分・上り3時間ちょうどとなり、大阪~鳥取間では15分の短縮が図られるなど、所要時間の大幅な短縮が実現した。山陰本線電化前の〔あさしお〕でも使用されていた181系は、〔はまかぜ〕置き換えにより、JR線上からは全て引退した。

長距離輸送 新幹線プラス陰陽連絡に再編
 東海道新幹線で運行を開始していた〔のぞみ〕が、1993(H5)年3月改正より、山陽新幹線区間でも毎時1本が設定されるようになった。新神戸は、新大阪~博多間運転の1往復が停車するのみだったが、航空対策もあり、2002(H14)年3月改正より、〔ひかり〕も含めほぼ全列車が新神戸停車となった。2004(H16)年3月改正では、増発に合わせて新神戸は全列車となり、新たに姫路にも新規停車がおこなわれている。2011(H23)年3月12日の九州新幹線(鹿児島ルート)開業後は、直通運転を行う〔みずほ〕〔さくら〕も全列車、新神戸に停車する。
 一方、在来線の特急・急行は長距離列車を中心に整理が進められた。関西~九州間寝台特急は、2008(H16)年3月改正までに全面廃止、一部が兵庫県内に停車していた東京~九州間ブルートレインも、翌2009(H17)年に廃止になった。山陰本線の〔出雲〕は、1998(H10)年7月に1往復が電車寝台〔サンライズ出雲〕となって山陽本線経由に変更、残る1往復も2006(H18)年3月改正で姿を消した。
 また、大阪方面などからの直通を中心にしたDC急行も、高速バスへの旅客の転移や電車特急への格上げ等により、兵庫県内では1996(H8)年3月改正で廃止の播但線〔但馬〕を最後に、兵庫県からは全て姿を消した。福知山線経由で山陰に向かう夜行急行〔だいせん〕は、客車列車から1999(H11)年には、特急〔エーデル〕から転用のDC特急車に置き換えられたものの、2004(H16)年10月に廃止となった。この結果、県内のJR在来線の優等列車は、福知山線経由の電車特急・播但線〔はまかぜ〕、そして智頭急行経由の〔スーパーはくと〕と、陰陽を連絡する特急に特化したネットワークが、ほぼ確立した。
 一方、平成末期の2019(H31)年3月改正で、通勤利用を狙ったライナー特急〔らくラクはりま〕が、大阪~姫路間に設定された。平日のみの運行だが、JR神戸線の定期昼行電車特急は、大阪~神戸間は一時延長運行された〔雷鳥〕以来、神戸~姫路間は1972(S47)年の山陽新幹線岡山開業と引き換えに、在来線昼行電車特急が廃止になって以来である。

苦境に立つ 加西のローカル鉄道
 第3セクター転換後の三木鉄道は、利用者の減少に歯止めがかからず、終始苦しい経営が続いていた。それでも利便性の向上を図るべく、三木駅構内の改良による列車増発や、開業時からの2軸レールバスに代わる大型車両ミキ300形の導入で、状況の好転を図ろうとしていた。
 しかし、2006(H18)年の三木市長選挙で、三木鉄道の廃止を公約に掲げた候補者が当選、市長の座に就いた。地方鉄道の廃止を主張する自治体首長の出現は、昭和の終わり、特定地方交通線の整理が強力に推進される最中では考えられなかった事だったが、既に経常損失が巨額なものになり、三木市の財政を相当圧迫していて、存続がほぼ絶望視されていた。一時はDMV転換も検討されたが、コスト面で断念された。三木鉄道は2008(H20)年3月いっぱいで廃止、3両のミキ300形は隣の北条鉄道の他、樽見鉄道、茨城交通(現ひたちなか海浜鉄道)に散っていった。
 また、同じ三木市内を走る神戸電鉄粟生線も、苦境に陥っていた。平成の世が始まった時点では、粟生線はむしろ利用が増加傾向にあり、増発や増結、複線化が推進されていた。2000(H12)年にはホーム延伸により、志染での乗り換えの解消も図られている。しかし、高速道等を経由し、沿線の各地と神戸市中心部を直結する路線バスが相次いで開業すると、粟生線は一転して利用者の減少に転じた。最急50‰の勾配と急カーブを多数抱えてスピードアップを図れず、2015(H27)年度の利用者数は、ピークの1992(H4)年度の半分以下に激減、2012(H24)年には、最大で75%となる大幅な減便も断行された。神戸電鉄と兵庫県、沿線の自治体では「粟生線活性化協議会」を設置し、対策に当たっているが、先行きは予断を許さない。
 神戸電鉄では、1991(H3)年に横山から分岐した公園都市線がフラワータウンまで開業、1996(H8)年にはウッディタウンまで延伸した。三田線でも一部区間の複線化が行われている。公園都市線は開業時よりワンマン運転を行っていたが、2009(H21)年までには全線全列車がワンマン運転となり、駅務体制の見直しなど、需要に見合った合理化が進められている。
 加古川線の支線の唯一の生き残りとなった格好の北条鉄道も、開業時からの2軸レールバスを、2000(H12)年以降、大型車両フラワ2000形に置き換えていった。2009(H21)年には旧ミキ300形も加えた3両体制が確立している。播磨下里・法華口・長の木造駅舎が2014(H26)年、国の登録有形文化財に登録された。

余部鉄橋架け替え 旧橋梁は展望施設へ
 山陰本線・鎧~餘部間に掛けられている余部鉄橋は、1912(M45)年3月の香住~浜坂間開通に合わせて供用を開始した。全長310m、高さ41mの、東洋一の鋼トレッスル橋として存在を誇示していた。しかし老朽化に加え、1986(S61)年12月に発生した列車転落事故を踏まえて架け替えの機運が高まり、2010(H22)年8月、コンクリート橋梁となった新鉄橋が供用を開始した。旧鉄橋は餘部駅側の一部が展望施設「空の駅」に転用され、2013(H25)年にオープンした。遊歩道が整備され、日本海の絶景や、並行する新橋梁を行き交う列車を眺める事が出来る。2017(H29)年11月にはエレベーター「余部クリスタルタワー」も整備されている。旧橋梁部は2014(H26)年、土木学会選奨の土木遺産に認定された。

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 2005(H17)年4月25日、JR宝塚線=福知山線・塚口~尼崎間を走行していた快速が、カーブを曲がり切れずに脱線、沿線のマンションに激突。列車は大破し、乗客・乗務員の合計107人が犠牲、562人が負傷する、平成の30年間ではもちろん、戦後の近代の鉄道史上でも空前の大惨事になってしまった。
 事故現場はかつて、尼崎港への福知山支線が分岐していた場所だが、末期には1日2往復の客車列車が運行されるだけの、大阪にほど近い場所とは思えない超閑散路線だった。1984(S59)年1月いっぱいで廃線となり、列車が激突したマンションはその後、線路の跡地に建てられていた。
 事故後、保安装置の整備が再開の条件とされたため、尼崎~宝塚間は2か月に渡り不通となり、再開は6月19日になってであった。背景に、「アーバンネットワーク」ネットワーク全体の余裕のないダイヤがあるとされ、この年の10月以降、近畿の主要各線区で最高速度や停車時間等を見直したダイヤへの修正が行われた。
 事故現場は2018(H30)年9月、「祈りの杜」として整備・公開された。列車が衝突したマンションの一部を取り込んでおり、慰霊碑、追悼の空間の他、事故の記録に関する各種展示も行われている。
 事故の直接的な原因は制限速度を超過したまま急カーブに進入した事にあったが、背景にはJR西日本の社内・職場にまん延していた、陰惨な体質があったとされている。いずれにしろ、鉄道先進国のはずの日本で100人以上の犠牲者を出す惨事は不名誉であり、二度と同じような悲劇が繰り返されてはならない。

 次回はデータ編と、令和に入ってからの動きです。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《What's New》
 9日 知床観光船沈没事故 運行会社社長 業務上過失致死の罪で起訴
(今日午後保釈された)
10日 ファーストリテイリング 1年間決算発表 初の売り上げ3兆円超
11日 西武ライオンズ新監督に西口 文也二軍監督就任 記者会見

「ドラえもん」の大山 のぶ代さんが、先月29日にお亡くなりになった事が、今日明らかになりました。ご冥福をお祈りいたします。大山さんは、「ドラえもん」より前には「のらくろ」「無敵超人ザンボット3」の主人公なども演じられていたが、1979(S54)年に現在のテレビ朝日・シンエイ動画のシリーズが始まって以降は、ドラえもん一本だったそうです(確かにそうだった)。先日は小原 乃梨子さんが亡くなっていて、ドラえもん・のび太の「名コンビ」が相次いでいなくなってしまった。放映開始からもう45年、致し方ない部分もあるとは思うが、やはり悲しい。
 日本被団協がノーベル平和賞に選ばれたと発表になり、全世界で速報されています。背景にはウクライナ戦争において、ロシアによる核の脅しで、あからさまに核戦争の恐怖が目の前に突き付けられた事があろう事は、間違いないはず。あとは日本の内にも外にも、被爆者の方々の願いが届くのか。政治的な権力を持つ者たちが、平気で無視できてしまうのが現実なので。これからが大変だろうと、私は思っています。

№2682 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 27.大阪府(3)

 平成の鉄道回顧・大阪府、今回はデータ編です。JR西日本では「アーバンネットワーク」成立と期を同じくして、大半の路線で愛称名が制定されました。大阪府で言うと、「ゆめ咲線」(桜島線)、学研都市線(片町線)などです。が、あくまで愛称名であり、正式な路線の改称ではないので、ここでは愛称名は記さず、正式の路線名を記しています。いまさら大阪で「東海道本線」とか「関西本線」と言われても、ピンとこない人が多くなったのも事実だろうが。「改称路線」にも含めていません。

◆平成時代の新規開業路線・区間 〔カッコ内は新線開業に伴う新駅(府内のみ)〕
1990(H2)3月20日
 大阪市交通局 鶴見緑地線 京橋~鶴見緑地
 〔京橋/蒲生四丁目/今福鶴見/鶴見緑地〕
1990(H2)年6月1日
 大阪高速鉄道 大阪モノレール線 千里中央~南茨木
 〔千里中央/山田/万博記念公園/茨木/南茨木〕
1993(H5)年3月4日
 大阪市交通局 堺筋線 動物園前~天下茶屋
 〔天下茶屋〕
1994(H6)年6月15日
 西日本旅客鉄道 関西空港線 日根野~関西空港
 〔りんくうタウン/関西空港〕
 南海電気鉄道 空港線 泉佐野~関西空港
 〔りんくうタウン/関西空港〕
1994(H6)年9月30日
 大阪高速鉄道 大阪モノレール線 柴原~千里中央
 〔柴原/少路〕
1995(H7)年4月1日
 大阪府都市開発 泉北高速鉄道線 光明池~和泉中央
 〔和泉中央〕
1996(H8)年12月11日
 大阪市交通局 長堀鶴見緑地線 心斎橋~京橋
 〔松屋町/玉造/大阪ビジネスパーク〕
1997(H9)年3月8日
 西日本旅客鉄道 JR東西線 京橋~尼崎(兵庫県)
 〔大阪城北詰/北新地/新福島/海老江/御幣島/加島〕
1997(H9)年4月1日
 大阪高速鉄道 大阪モノレール線 大阪空港~柴原
 〔大阪空港/蛍池〕
1997(H9)年8月22日
 大阪高速鉄道 大阪モノレール線 南茨木~門真市
 〔沢良宜/摂津/南摂津/大日/門真市〕
1997(H9)年8月29日
 大阪市交通局 長堀鶴見緑地線 大正~心斎橋
 〔大正/大阪ドーム前千代崎/西大橋〕
 大阪市交通局 長堀鶴見緑地線 京橋~門真南
 〔門真南〕
1997(H9)年12月18日
 大阪港トランスポートシステム テクノポート線 コスモスクエア~大阪港
 〔コスモスクエア〕
 大阪港トランスポートシステム ニュートラムテクノポート線 中ふ頭~コスモスクエア
 〔トレードセンター前〕
1998(H10)年10月1日 大阪高速鉄道 国際文化公園都市線 万博記念公園~阪大病院前
 〔公園東口/阪大病院前〕
2006(H20)年12月24日
 大阪市交通局 今里筋線 井高野~今里
 〔井高野/だいどう豊里/清水/関目成育/鴫野〕
2007(H19)年3月19日
 大阪高速鉄道 国際文化公園都市線 阪大病院前~彩都西
 〔豊川/彩都西〕
2008(H20)年3月15日
 西日本旅客鉄道 おおさか東線 放出~久宝寺
 〔高井田中央/JR河内永和/JR俊徳道/JR長瀬/新加美〕
2008(H20)年10月19日
 京阪電気鉄道 中之島線 天満橋~中之島
 〔なにわ橋/大江橋/渡辺橋/中之島〕
2009(H21)年3月20日
 阪神電気鉄道 阪神なんば線 大阪難波~西九条
 〔大阪難波/桜川/ドーム前/九条〕
※大阪難波は近畿日本鉄道の駅として開業済み
2019(H31)年3月16日
 西日本旅客鉄道 おおさか東線 新大阪~放出
 〔南吹田/JR淡路/城北公園通/JR野江〕

◆平成時代の新規開業駅 〔新線開業に伴わない単独開業駅〕
1989(H元)年11月11日
 西日本旅客鉄道 関西本線 東部市場前
1991(H3)年12月6日
 近畿日本鉄道 大阪線 大阪教育大前
1997(H9)年3月8日
 西日本旅客鉄道 大阪環状線 今宮
2001(H13)年3月1日
 西日本旅客鉄道 桜島線 ユニバーサルシティ
2008(H20)年3月15日
 西日本旅客鉄道 東海道本線 島本
2010(H22)年3月14日
 阪急電鉄 京都本線 摂津市
2015(H27)年2月1日
 阪堺電気軌道 阪堺線 石津北
2018(H30)年3月17日
 西日本旅客鉄道 おおさか東線 衣摺加美北

◆平成時代の統合駅
1993(H5)年4月18日
 南海電気鉄道 南海線 岸里玉出(←岸ノ里+玉出)

◆平成時代の改称路線
1996(H8)年12月11日
 大阪市交通局 長堀鶴見緑地線 京橋~鶴見緑地
                (←鶴見緑地線)
2009(H21)年3月20日
 阪神電気鉄道 阪神なんば線 西九条~尼崎(兵庫県)
               (←西大阪線)

◆平成時代の改称駅
1994(H6)年9月4日
 西日本旅客鉄道 関西本線 JR難波(←湊町)
1997(H9)年5月22日
 大阪高速鉄道 大阪モノレール線 宇野辺(←茨木)
1997(H9)年8月29日
 大阪市交通局 谷町線 関目高殿(←関目)
            四天王寺前夕陽ヶ丘(←四天王寺前)
2000(H12)年12月23日
 南海電気鉄道 高野線 大阪狭山市(←狭山遊園前)
2006(H18)年12月24日
 大阪市交通局 長堀鶴見緑地線 ドーム前千代崎(←大阪ドーム前千代崎)
2009(H21)年3月20日
 近畿日本鉄道 難波線 大阪難波(←近鉄難波)
2009(H21)年6月1日
 水間鉄道 水間観音(←水間)

◆平成時代の廃止路線・区間 〔カッコ内は廃線に伴う廃駅(府内のみ)〕 日付は営業最終日
1993(H5)年3月31日
 南海電気鉄道 天王寺線 天王寺~今池町
 〔天王寺/飛田本通/今池町〕
1997(H9)年3月7日
 西日本旅客鉄道 片町線 京橋~片町
 〔片町〕
2016(H28)年1月30日
 阪堺電気鉄道 上町線 住吉~住吉公園
 〔住吉公園〕

◆平成時代の電化路線・区間
1989(H元)年3月11日
 西日本旅客鉄道 片町線 長尾~木津(京都府)(直流1500V)

◆平成時代の営業譲渡路線・区間
2005(H17)年7月1日
 大阪市交通局 中央線 コスモスクエア~大阪港
            (←大阪港トランスポートシステム テクノポート線)
 大阪市交通局 南港ポートタウン線 中ふ頭~コスモスクエア
            (←大阪港トランスポートシステム ニュートラムテクノポート線)
※大阪港トランスポートシステムが第3種鉄道事業者

◆平成時代の事業者名称変更
2018(H30)年4月1日
 大阪市高速電気軌道 ←大阪市交通局 ※民営化

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大阪府の歴代知事
岸 昌→(1991(H3)4月23日~)中川 和雄→(1995(H7)年4月23日~)山田 勇(横山ノック)→(2000(H12)年2月6日)齋藤 房江(大田 房江)→(2008(H20)年2月6日~)橋下 徹→(2011(H23)年11月28日)松井 一郎→(2019(H31)年4月8日~)吉村 洋文


令和以降の大阪府の鉄道
 おおさか東線では、全線開通直後の2019(R元)年11月より、新大阪~奈良間の臨時特急〔まほろば〕が運行された。新幹線から奈良方面への観光客の誘致を目的としており、287系を使用して、途中ノンストップで運行された。なお〔まほろば〕の名は、2010(H12)年春の「奈良ディスティネーションキャンペーン」時に、大阪環状線・大和路線(関西本線)経由で設定された臨時特急でも使用されている。
 しかし、翌2020(R2)年以降の新型コロナウィルス感染禍は、大阪の鉄道にも重大な影響を与えた。特に、関西空港を発着する航空便が国際線を中心に激減したため、JR〔はるか〕・南海〔ラピート〕共、日中の全列車が運休になるなど、大幅な減便に追い込まれた。その後、感染の鎮静化による需要の回復と共に復便も行われているが、現在も〔ラピート〕は日中60分間隔のままであり、〔はるか〕も日中は全列車臨時列車の扱いである。なお〔ラピート〕50000系は、2022(R4)年11月より、泉北高速鉄道の特急〔泉北ライナー〕の一部列車に、暫定的に運用されている。
 空港関連以外でも有料特急のコロナ禍の影響は大きく、JRでは大阪発着の〔サンダーバード〕〔こうのとり〕〔くろしお〕などが減便となり、後に復便したものの、臨時列車の扱いとされている。近鉄も特に観光需要が中心の南大阪線・吉野線では、運行本数がほぼ半減した。
 近鉄では2020(R2)年3月、名阪間ノンストップ(名阪甲)特急に、新型特急車両80000系「ひのとり」が導入された。両端車をハイデッカー構造のプレミアム車、中間車をレギュラー車両として、特別車両料金を必要とする。全席にコンセントを備え、カフェスポットも用意されている。翌2021(R3)年3月には名阪甲特急は全て「ひのとり」となった。なお「ひのとり」は、奈良線の一部の特急にも運用されている。「アーバンライナー」21000系・21020系は名阪乙特急などに転用され、玉突きで経年化した一般特急車両の置き換えが図られた。これにより12200系が一般の特急から引退したが、4連1編成は観光特急「あをによし」(19200系)に改造され、2022(R4)年4月より、大阪難波~近鉄奈良~京都間で運行を開始している。
 一般列車でもコロナ禍の影響は大きく、特に京阪は、緊急事態宣言下では、時間帯・区間によって最大50%削減の臨時ダイヤが施行された。後のダイヤ改正では、特急が再び15分間隔に削減され、補完して快速急行が日中に再設定された。快速急行は主に3000系で運用され、特急同様に「プレミアムカー」サービスが提供されている。阪急でも「京とれいん」が2編成とも、運行が取りやめになり、6300系「京とれいん」は、昨年12月のダイヤ改正で引退した。阪急では来年2024(R6)をめどに有料座席サービスの導入を発表しており、ダイヤ改正時には導入を見込んだ種別形態の見直しも行われている。この他JR西日本や各大手私鉄で、減便を主としたダイヤの見直しが行われている。2021(R3)年春のダイヤ改正では、JR西日本の各線区で、最終列車の大幅な繰り上げが実施された(2019(R元)年10月に検討が発表になっていて、コロナ禍の直接の影響ではない)。
 今年・2023(R5)年3月18日、旧梅田貨物駅跡地に建設が進められていた地下ホーム「うめきた新駅」が、大阪駅の一部の「うめきたエリア」として開業した。2面4線のホームの内、21番線には、特急・通勤車双方に対応した、新型スクリーンタイプのホームドアが設置された。この他にも各所に様々な新機軸が採用されている。従来より貨物線を経由していた〔はるか〕〔くろしお〕が停車する他、おおさか東線が「うめきたエリア」発着に延伸された。臨時特急〔まほろば〕も、3年ぶりに「うめきたエリア」発着で運行されている。2031(R13)年には、JR難波・南海新今宮からなにわ筋を北上し、「うめきたエリア」を発着する「なにわ筋線」の開業が予想されている。さらに阪急による「なにわ筋連絡線」「新大阪連絡線」構想も、2022年’(R4)年末に阪急から発表されており、「うめきたエリア」は将来的に、新幹線駅と空港を結ぶ、JR西日本・南海・阪急各社の相互直通運転の拠点となる事も期待される。
 北大阪急行電鉄は千里中央から北進し、箕面市への新線の建設を進めているが、当初の2020(R2)年度開業の予定より3年遅れの、今年度末(2024(R6)年春頃)の開業が発表になった。箕面萱野駅を起点とし、千里中央駅との間には、箕面船場阪大前駅が設置される。
 大阪モノレールは、門真南より南進し、瓜生堂(近鉄奈良線との交差地点)付近への延伸事業を開始、2020(R2)年より工事に着手した。中間には3駅が設置され、大阪メトロ長堀鶴見緑地線・JR学研都市線(片町線)・近鉄けいはんな線と接続する。また瓜生堂付近には第2車両基地が設けられる。新駅建設が予想される近鉄奈良線も含めた、大阪市中心部に向かう各鉄道路線との接続により、外環状線機能の強化が期待される。なお大阪モノレールは2020(R2)年6月1日、「大阪高速鉄道」から「大阪モノレール」へ、正式に社名を変更した。
 南海線では各所で連続立体交差事業が推進されてきたが、高石市内については2021(R3)年5月22日、南海線の羽衣・高石両駅が上下とも高架に移転した。一方高師浜線は工事期間短縮を図るため、3年の予定で列車を運休し、バス代行輸送を行っている。堺市内の浜寺公園駅付近の立体化では、阪堺電軌浜寺駅前駅付近の路線の、南海線東側への移設が予定されている。2018(H30)年に移設された浜寺公園の旧駅舎に続き、2020(R2)年には諏訪の森の旧駅舎も移設、共に地元NPO法人による、地域の憩いの場として活用されている。

 大阪府はさすがに平成・令和共にボリュームがありました。次回は兵庫県です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《What's New》
21日 サッカーアルゼンチン代表メッシ アメリカプロサッカーリーグにデビュー
22日 東京湾アクアライン 「ロードプライシング」試験導入

 明日午後から水曜日まで、北海道に行きます。JRローカル路線、特に来年春で廃線となる、根室本線・富良野~東鹿越間乗車が、メインの目的となります。本当は9月前半にしたかったが、都合で今月になりました。もう夏休みに入っているので、めっちゃ混雑にならなければ良いのだが。

№2681 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 27.大阪府(2)

 平成の鉄道、大阪府の2回目です。国鉄・JRvs私鉄の競争は平成の世に入って変化が見られるようになったが、21世紀になると各社とも、輸送量の減少に直面する事になります(特に南部)。それでも各社とも、魅力的な新車両を相次ぎ世に送り出していきました。

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勢力図変わる JRvs私鉄
 大阪を中心とした京都~神戸間では、阪急・京阪・阪神の特急に、JRの新快速が挑む構図で競争を繰り広げていた。平成の世になるまでは、私鉄側がターミナルの立地条件と運賃面で優位に立っており、民営化されて間もないJR西日本は、初の新形式となる221系を導入して、特にスピード面と、滋賀県方面、および姫路方面への直通運転の拡充で対抗していた。
 転機となったのは、1995(H7)年1月17日に発生した、阪神・淡路大震災だった。特に兵庫県内の被害が甚大で、大阪と神戸を結ぶ幹線はJR・私鉄とも長期の不通を強いられる事になった。3月末に、先行してJRが復旧すると、速達性が注目され、後に阪急・阪神が再開しても、利用者のJRへの転移が進んだ。1995(H7)年以降導入された223系は新快速の主力になり、全車両が223系に統一された1999(H11)年には新快速の最高速度が120→130km/hに引き上げられ、大阪~三ノ宮間は2駅停車で21分となり、スピード面で優位に立った。
 一方、阪神と阪急は、特急の停車駅を増やし、沿線の利用を獲得する策に出た。特に阪神は1998(H10)年より、山陽電鉄との相互直通区間を梅田~姫路間に拡大し、全区間を走破する直通特急を設定して、山陽電鉄沿線の利用者の獲得を狙った。2009(H21)年の阪神なんば線開業時に設定した、近鉄奈良線と直通する快速急行との2本立てで、キタ・ミナミ双方のターミナルへ直通できる強みを売り出している。
 阪急神戸本線もまた、山陽電鉄の須磨浦公園まで、特急を中心に、自社の乗務員と共に直通を行っていたが、山陽側が大阪への直通先を阪神一本に絞り、編成長の制約もあって、1998(H10)年2月に、直通区間を新開地までに短縮している。その後特急は兵庫県内の夙川と岡本に停車駅を追加し、JRの影響が小さい沿線、および甲陽線からの利用を狙う方針に転換した。
 阪急と阪神は、阪神の投資ファンドによる株式買い占めの事態を受けて、経営統合への道を探る。2006(H18)年10月には、阪急HD改め阪急阪神HDの傘下に、阪急・阪神の両社が100%出資の連結子会社として置かれる形態となった。
 一方、対京都に関しても、JRの新快速は速達性と、湖東・湖西方面への直通運転の強化もあって、利用者の増加の傾向が続いた。2011(H23)年3月には土休日が、2017(H29)年には平日も、大阪を軸とする区間は全列車が12連運転となった。この間、1997(H9)年には高槻にも新規に停車しているが、一時は最高速度が130km/hに引き上げられ、大阪~京都間は最速27分運転を実現していた(その後福知山線事故を踏まえ、2005(H17)年10月より最速は28分)。2019(H31)年3月改正では、座席定員制の「Aシート」サービスが始まっている。
 京阪は、平成になって間もない1989(H元)秋に京都府内の鴨東線が開業、洛北と大阪が鉄道のみで結ばれた。同時に導入された特急車8000系は好評を持って迎えられ、(先代)3000系を置き換えていく。しかし、JRへの転移傾向がみられる事から、特急は中間に停車駅を設定し、沿線の利用者の獲得を狙う方向に向かう。2003(H15)年には府内の樟葉・枚方市にも停車駅を設定、京阪間のみならず、府内北東部の都市と中心部を速達する役目も担う事となった。この間、残存した(先代)3000系に試験的に導入されたダブルデッカー車は人気を博し、8000系全編成にも組み込まれた。特急の8000系原則統一後は、2018(H30)年より有料座席指定車両「プレミアムカー」サービスをスタートさせている。
 阪急京都本線も、1990年代半ばには大幅なダイヤパターンの変更が行われ、特急は、1997(H9)年には高槻市、2001(H13)年には茨木市も停車駅に追加、やはり府内北東部と中心部を速達する役割を与えられている。2003(H15)年デビューの3ドアクロスシート車9300系が特急の新しい顔となり、最高速度が115km/hに引き上げられた2010(H22)年に、6300系を全て置き換えた。京阪間ノンストップ特急は快速特急と称し、朝夕のみの運行に改められた。
 一方で京阪・阪急とも、休日を中心に京阪間ノンストップ運行の需要も根強くあり、京阪では2011(H23)年の行楽シーズンから臨時列車として快速特急〔洛楽〕の運行を開始、2016(H28)年より毎日運転の定期列車となっている。阪急では6300系6連1編成を観光特急「京とれいん」に改装し、2011(H23)年3月より土休日の快速特急を中心に運行している。2019(H31)年3月には、神戸線用7000系を改造した「京とれいん雅洛」もデビュー、観光快速特急の60分間隔ダイヤが確立した。「雅洛」は神戸線~嵐山間の臨時特急で使用される事もある。

躍進する アーバンネットワーク
 平成の世の前半は、大阪を中心に確立したJR西日本の「アーバンネットワーク」が躍進した時期でもあった。
 天王寺駅の阪和線は、阪和鉄道時代の名残で、高架上頭端式ホームに発着していた。1989(H元)年7月、阪和線と地上部の大和路線(関西本線)を結ぶ短絡線が完成、紀勢本線の特急〔くろしお〕が大阪環状線を経由し、新大阪(一部はさらに京都)までの直通運転を開始して、新幹線との接続が飛躍的に向上した。当初の特急のみから、翌1990(H2)年3月には早朝・夜間の快速も直通を開始、以降増強を重ねて、関西空港開港を迎える事になる。短絡線は2008(H20)年に複線化された。
 大和路線の愛称を与えられた関西本線の快速は、大阪環状線から直通しと、湊町発着系統が交互に運行される形態になっていた。大阪市内と奈良県中部の直結が快速の役割になっていたが、1997(H9)年3月改正では、八尾市内の久宝寺に区間快速が新規停車し、引き続き天王寺~王寺間ノンストップの「大和路快速」との二本立てとなった。2001(H13)年には、全ての快速が久宝寺停車となっている。区間快速は一時期、和歌山線への直通運転も行っていたが、現在は、基本的には大和路快速と普通の二本立てとなり、和歌山線への直通は朝夕のみとなった。
関西本線の終点・湊町駅は、1994(H6)年にJR難波と改称、1996(H8)年には地下に移転した。関西空港開港もあり、JRのミナミのターミナルとしての飛躍も期待されたが、大和路線の快速は大半が大阪環状線直通となり、関西空港直通快速もなくなって、大和路線普通電車がメインの発着になっている。
 2001(H13)年、JR桜島線沿線の工場の跡地に、大型テーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」(USJ)がオープン、工場輸送が利用の中心だった桜島線は、桜島付近の再開発もあり、レジャー路線として急浮上した。「ゆめ咲線」の愛称がつけられた同線は、USJに隣接したユニバーサルシティ駅が開業、朝夕には大阪環状線への直通が大幅に増強された。一時はUSJのラッピングを施した列車の運行もあった。
 大阪環状線は、東京の山手線と異なり、郊外からの近郊列車や特急が多数流入し、特に一般列車においては、3ドア車と4ドア車が混在する事で、ホームドア設置のネックとなる事が予想された。テストの結果、大阪環状線への3ドア車の導入に支障がない事が確認され、2016(H28)年に321系が導入され、令和の世になった2019(R元)年6月、201系の置き換えが完了した。

スピード指向に転換する新幹線
 東海道新幹線〔のぞみ〕の運行開始は、1992(H4)年3月14日。当時は東京~新大阪間を、早朝と夜間に合計2往復するのみの運行だったが、下り〔のぞみ301号〕は航空対策もあって、新横浜~新大阪間がノンストップとなり、「名古屋飛ばし」として話題になった。300系によって最高速度が270㎞/hに引き上げられ、東京~新大阪間は2時間30分となり、〔ひかり〕最速列車より20分以上の所要時間の短縮となった。
 翌1993(H5)年3月改正では山陽新幹線にも運行区間を拡大、1時間間隔のパターンダイヤが確立した。新大阪~博多間は、最速2時間31分で結ばれている。〔のぞみ〕はダイヤ改正毎に〔ひかり〕を置き換え、東海道・山陽新幹線の主役となりつつあった。
 その陰で、開業以来の顔だった0系、昭和末期にデビューし、2階建て車両も連結した100系は、次第に勢力を縮小していく。昭和末期に0系を改装、グレードアップしたビュッフェやシネマカー、サイレントカーを連結した「ウエストひかり」は2000(H9)年3月改正で運行を終了、0系自体も東海道では1999(H11)年、山陽では2008(H20)年に運行を終了して引退した。国鉄時代末期にデビューした100系は、平成になって間もなく、JR西日本独自の仕様の「グランドひかり」が生み出された。最高速度が引き上げられた他、2階建て車両が4両となり、JR東海新造の編成では省略された食堂車が引き続き連結され、人気となった。しかし、2004(H16)年にはJR東海編成が退役、JR西日本では編成短縮を行って〔こだま〕への転用も行われたが、2012(H24)年までに全車両が引退した。0系・100系の引退は、車両そのものの老朽化に加え、〔のぞみ〕増発による、新幹線自体の高速化に対応できなくなった面もあった。両系列にあった食堂車も300系以降は完全になくなり、新幹線がスピード指向に触れていく象徴となる。
 1997(H9)年3月、JR西日本の500系がデビュー。近未来的なデザインが注目を集めた。当初は山陽新幹線区間のみの運行で、当時の世界最速となる時速300㎞/hで走行、新大阪~博多間は最速2時間27分で結ばれた。同年11月には東海道新幹線区間にも乗り入れを開始している。1999(H11)年には、JR東海・西日本共同開発の700系もデビューしている。
 2003(H15)年10月改正で、東海道新幹線では〔のぞみ〕の運行本数が〔ひかり〕を上回り、完全に主役となった。2007(H9)年にはN700系がデビュー、300系・500系の置き換えが進められた。300系は2012(H24)年までに全車両引退、500系も同時期に〔のぞみ〕運用がなくなり、短編成化の上、山陽新幹線内の〔こだま〕に特化して運用されている。
 山陽新幹線では、「ウエストひかり」に代わり、2000(H12)年3月、700系7000番台8連の「ひかりレールスター」がデビューしていた。グリーン車の設定がない代わりに、指定席が2-2配置とグレードアップされ、個室も設定された。しかし、2011(H23)年3月12日に全線が開業した九州新幹線・鹿児島ルートとの直通運転が始まると、〔ひかり〕の大半は〔さくら〕に置き換えられ、さらに〔のぞみ〕と同格の〔みずほ〕が設定された事で、「ひかりレールスター」は、山陽新幹線のスターの地位を失っていく。〔ひかり〕運用はほとんどなくなり、大半は〔こだま〕での運用になっている。近年の山陽新幹線は、東海道と九州の両新幹線に挟まれる格好で、独自の施策が見いだせていない。
 東海道新幹線では、2012(H24)年に改良型N700A系が導入され、在来のN700系も改修が行われてN700A系となった。700系もまた、平成の終焉の時点では、定期〔のぞみ〕運用は完全になくなり、令和の世になった2020(R2)年3月には全車両が引退、全列車がN700A系に統一される事となる。

在来線特急・急行ネットワーク 矮小化
 一方、大阪に発着する在来線の特急列車、特に夜行列車は、新幹線や高速バスに押される形で、急速に縮小が進んだ。九州方面行は、寝台特急〔なは〕〔あかつき〕〔彗星〕が存続、〔なは〕〔あかつき〕には、「レガートシート」と称する大型リクライニングシートを設置した座席車も連結された。しかし、〔なは〕との併結運転に改められていた〔彗星〕は2005(H17)年に廃止。〔なは〕は連結相手を〔あかつき〕に変えたが長続きせず、2008(H20)年に廃止となって、九州行ブルートレインは消滅した。北陸・東北方面は〔日本海〕2往復と〔つるぎ〕の設定があり、〔日本海〕1往復は青函トンネルを経由して、函館まで直通運転を行っていた。しかし〔つるぎ〕は1994(H6)年に事実上廃止、〔日本海〕は2006(H18)年に函館直通が廃止になったのち、2012(H24)年までに、2往復とも廃止となった。
 大阪発着では夜行急行の設定もあり、東京行〔銀河〕は特急と同等のブルートレイン車両が使用されていたが、2008(H8)年3月に廃止、60有余年の歴史に幕を閉じた。583系寝台電車が転用されていた新潟行〔きたぐに〕は、2012(H24)年改正で臨時列車に格下げになり、翌年の年始輸送を最後に姿を消した。長野行の〔ちくま〕は客車編成から、1998(H10)年より電車特急〔しなの〕と共通の383系におきかえられたものの、2006(H18)年以降は運行がなくなった。福知山線経由で大阪と出雲市を結んでいた〔だいせん〕は、1994(H6)年に、客車から、〔エーデル鳥取〕に使用されていたキハ65系に置き換えられたが、2004(H16)年10月に廃止となった。この他、多客期には多数の急行・快速の夜行列車が設定されていたが、21世紀を迎える前後に、全て運行がなくなっている。大阪を発着する定期の夜行は、東京~高松・出雲市間の〔サンライズ瀬戸・出雲〕上り列車が、大阪に停車するのみとなった。
 昼行の特急・急行も、ネットワーク的には矮小化が進んだ。長らく日本最長の昼行特急だった青森行〔白鳥〕が、2001(H13)年改正で、系統を分断する形で廃止となり、〔雷鳥〕ネットワークに組み込まれた。〔雷鳥〕は681系・683系〔サンダーバード〕への置き換えが進められ、所要時間の短縮も図られたが、2015(H27)年の北陸新幹線開業時に、和倉温泉直通1往復以外は、大阪~金沢間の運行に短縮されている。
 福知山線では、電車特急〔北近畿〕に加え、〔北近畿〕に併結して宮福鉄道(後に北近畿タンゴ鉄道を経て、現京都丹後鉄道)に直通する〔エーデル丹後〕、〔まつかぜ〕の流れを受け継ぐ〔エーデル鳥取〕の設定があった。後に宮津線の北近畿タンゴ鉄道転換に伴い、同社のDCによる〔タンゴエクスプローラー〕の運行が始まり、また舞鶴線の電化に伴い、天橋立へ直通する〔文殊〕の設定も行われた。2011(H23)年3月改正時には京都発着の特急と共に再編成が行われ、〔北近畿〕は〔こうのとり〕と改称、〔文殊〕も統合し、福知山線の電車特急は〔こうのとり〕に一本化された。一方、〔エーデル鳥取〕は、1999(H11)年に廃止になっている。
 一方、1994(H6)年12月、新規開業した第三セクター鉄道・智頭急行を経由し、大阪と鳥取・倉吉を結ぶ〔スーパーはくと〕が運行を開始した。同社の振り子式特急DC・HOT7000系を使用し、高規格の線形もあって大阪~鳥取間は最速3時間34分となり、〔エーデル鳥取〕の4時間11分から、大幅に所要時間を短縮。同区間の空路を廃止に追い込むまでに至った。当時はJR181系〔はくと〕も合わせて運行されていたが、後に統一、増発や京都延長も図られている。最後まで181系が使用されていた、播但線経由〔はまかぜ〕は、2010(H22)年に189系に置き換えられた。
 JR東海から1往復が直通していた〔しなの〕は、〔白鳥〕廃止後は最長の昼行特急となっていたが、2016(H28)年に名古屋~大阪間が廃止となった。一方、高山本線から直通の急行〔たかやま〕は、1999(H11)年に特急〔ひだ〕に格上げされた。
 この結果、大阪市内を発着するJR在来線昼行特急の最長は、和倉温泉直通〔サンダーバード〕1往復(327.0㎞)となり、他に300㎞を超えて運行される列車は存在しない。

近鉄・南海 ミナミの私鉄の動静
 名古屋や伊勢・志摩方面への大動脈となる近鉄では、私鉄界をリードする特急車両が相次ぎデビューした。大阪線では、1988(S63)年の名阪間ビジネス特急「アーバンライナー」に次ぎ、1994(H6)年には、伊勢・志摩方面の観光特急「伊勢志摩ライナー」をデビューさせた。この2大特急車両を筆頭に、「ビスタカー」をはじめとする一般特急車が、近鉄の特急ネットワークを支える構造が続いている。伊勢志摩方面は一時、改装工事を行った上本町駅をターミナルに据えたが、現在は再び大阪難波発着中心に戻している。南大阪線でも、1990(H2)年に吉野方面への観光特急として「さくらライナー」がデビュー。改修やデラックスシート設定を重ねながら、今日まで活躍が続いている。
 近年は、さらにグレードを高めた特急車両が相次ぎデビューしている。伊勢志摩方面には2013(H25)年、ハイグレード特急車として、「しまかぜ」がデビュー。南大阪線でも、通勤車の改造ながら、観光特急「青の交響曲(シンフォニー)」が、2016(H28)年より運行されている。両列車とも特急料金に加えて特別料金を必要とし、専任のアテンダントが乗務、軽食を提供するコーナーが設けられている。名阪間には、2020(R2)年以降の新特急車「ひのとり」の導入がアナウンスされた。
 一方、一般列車は、特に大阪線では需要の減退が続き、区間快速急行の廃止、区間準急の設定など、列車の統合が行われている。かつては伊勢方面への低廉な足として、クロスシート車を優先的に使用していた快速急行も、近年ではダイヤ改正の度に急行に格下げになり、大阪~奈良県中部間の、通勤時の輸送力列車の意味合いが濃くなっている。奈良線でも、区間準急の設定により、特に東花園以東での列車の統合が進められた。
 南海線では、一般車に座席指定車両を併結させるスタイルの先駆けとなった特急〔サザン〕が、当初の指定席車2両が、利用の好調さから増結を重ね、1992(H4)年からは、全列車4両となった。当初は泉佐野~和歌山市間ノンストップだったが、1994(H6)年改正でみさき公園、2001(H13)年改正で尾崎に停車、難波と阪南地域を速達する足ともなった。2005(H17)年11月改正では急行の統合により、30分間隔運転となり、〔ラピートβ〕も含めると、難波~泉佐野間は、日中の特急15分間隔のパターンダイヤが確立している。2001(H13)年には天下茶屋への停車も開始、地下鉄堺筋線を介して、阪急京都線沿線への利便性も向上させている。2010(H22)年には12000系〔サザンプレミアム〕もデビューした。
 一方、多奈川線に直通、深日港からの航路に接続していた急行〔淡路号〕は1993(H5)年4月に廃止。和歌山からの徳島航路も縮小傾向にあり、海→空へのアクセスのシフトが続いた。
高野線は、林間田園都市(和歌山県)間まで完成していた大規模改良工事が、1992(H4)年には橋本(和歌山県)まで到達。同時に、元からの〔こうや〕に加え、難波~橋本間に〔りんかん〕が設定、全列車が金剛に停車となり、「ミナミ」と大阪府南部のアクセスが飛躍的に向上する事となった。なお、難波~橋本間は一時「りんかんサンライン」の愛称がついたが、定着しなかった。
 本来は高野線の一部の汐見橋~岸ノ里間は、事実上南海線の支線となり、岸ノ里付近の高架化(同時に玉出駅と統合して岸里玉出)により、線路は完全に分断された。高師浜線・多奈川線と共に、利用者の減少に対応して、列車本数の削減が続いている。
 天王寺線は、天王寺~今池町間のみ、他の南海線と切り離されて孤立した小路線として運営されていたが、1993(H5)年3月いっぱいで廃線となった。

南海を巡る 3鉄軌道会社
 泉北高速鉄道線は、第3セクター・大阪府都市開発が運営していた通勤鉄道で、南海高野線と、相互直通運転を行っていた。1995(H7)4月には光明池~和泉中央間が延長開業している。2014(H26)年7月に南海が全株式を購入、社名も泉北高速鉄道となり、南海グループの一員となった。2015(H27)年12月には同社保有の12000系を使用した、特急〔泉北ライナー〕の運行を開始。区間急行による難波直通の増強も行われている。
 大阪市電廃止以降、大阪府内唯一の路面電車となっていた阪堺電気軌道は、特に堺市内区間の経営状況が思わしくなく、21世紀になって、廃止を含めた協議が堺市に打診された。一時は公営化や、当時予定されていた、臨海地区へのLRT東西線と一体化する構想もあったが、2009(H11)年の堺市長選挙の結果、全てが白紙撤回される事となった。後に堺市は、既存区間の費用面での支援で合意、存続問題には一応の決着がついた。
 阪堺電軌では運行形態を見直し、上町線天王寺駅前~阪堺線浜寺駅前間の直通運転を基本とし、阪堺線は恵美須町~我孫子道間の折返し運転となった。また、全線を均一運賃としたほか、2013(H25)年には超低床車「堺トラム」を導入して、車両面の体質改善を進めている。住吉~住吉公園間は、2016(H28)年1月いっぱいで廃止となった。
 水間鉄道は、1990(H2)年に昇圧の上、元東急7000系を導入、旧型電車を全て置き換えた。経営面での行き詰まりから、2005(H17)年には会社更生法の申請を行い、全国に飲食店を展開するグルメ杵屋の子会社となって、経営を再建した。清児~犬鳴山間の鉄道事業免許は、1996(H8)年に廃止になっている。

外環状線の開業相次ぐ
 大阪市内から放射状に延びる路線が競合する大阪府は一方、郊外で各路線を短絡する外環状線の整備が進まなかった。後の地下鉄今里筋線も、その考え方に沿った路線と言えるが、その最初のものは、1990(H2)年に開業した、大阪高速鉄道(大阪モノレール)だった。当初の千里中央~南茨木間6.7㎞の小規模な路線は年を重ねる毎に延伸を重ね、1997(H9)年4月には大阪空港に到達。蛍池で阪急宝塚本線と接続した事で、空港アクセス鉄道としても機能するようになった。同年8月には京阪本線の門真市に到達、21.2㎞となって、翌1998(H10)年、世界最長のモノレールとしてギネス世界記録に認定される事となった。この年には、万博記念公園から分岐する支線として、国際文化公園都市線(彩都線)が開業している。
 東海道本線と関西本線を短絡する城東貨物線は、平成の世になって以降旅客線化構想が浮上し、1996(H8)年、大阪府と大阪市、JR西日本などが出資して設立された大阪外環状鉄道によって、旅客線としての整備が始められ、2008(H20)年3月、放出~久宝寺間が開業。朝夕には奈良からおおさか東線を経由、JR東西線に直通する「直通快速」が設定された。そして、2019(H31)年3月16日、新大阪~放出間が開業し、予定されていた区間が全通した。普通列車の他、直通快速も新大阪~奈良間の運行に改められている。全区間、施設は大阪外環状鉄道が保有、JR西日本が第2種事業者として列車を運行している。
 この新大阪~放出間こそ、平成時代最後の、日本の鉄道新線となった。

大変貌 キタとミナミのターミナル
 JR大阪駅は、2004(H16)年より大規模な改良工事が始まり、2011(H23)年5月、「大阪ステーションシティ」としてグランドオープンした。ノースゲートビルとサウスゲートビルにまたがる巨大なドーム状の屋根で構内全体を覆い、ホームの上屋を撤去した事で、広々とした空間が提供される事になった。在来の地下通路に加えて、ホーム上に建設された南北連絡橋からは、ホームに出入りする列車を見物する事も可能になっている。また、JRの高速バスターミナルは、ノースゲートビルの1Fに移転・拡充された。
 近鉄南大阪線の大阪阿部野橋駅は、21世紀に入り、ターミナルビル旧館建て替えに合わせて、超高層ビルを建設する事となった。2014(H26)年3月にグランドオープンした「あべのハルカス」は、地上60階建て・高さ300mとなり、横浜市のランドマークタワー(296m)を抜いて日本一の超高層ビルとなり、ミナミの新しいランドマークとなった。
 JR弁天町駅に隣接して立地していた交通科学博物館は、京都の鉄道博物館建設に先立ち、2014(H26)年4月、閉館した。

 次回・3回目はデータ編と、令和に入ってからの動きです。

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《What's New》
18日 藤井 聡太七冠 棋聖戦4連覇
19日 アスレチックス藤浪 晋太郎 オリオールズ移籍発表
20日 東京都 新型コロナ感染者前週比1.08倍 4週連続増加
 秋田の豪雨はとりあえず落ち着いたようだが、奥羽本線・大曲~和田間(1067㎜軌間)と、五能線・能代~深浦間は、8月中旬の運行再開を目指すと発表がありました。秋田新幹線は運行、大曲~秋田間は普通乗車券・定期券のみで利用できるという事(「青春18きっぷ」でも乗れると思うが、記載がなかった)。また、大曲→秋田間に上り1本、普通列車の臨時を運行(ノンストップ)。北上線のほっとゆだ~横手間は、運行再開の見込みが今のところたっていないという事。これで済むのならまだいいのかも知れないが、東日本はまだ不安定な天気が続くという予報があって、とにかくまだ心配は尽きない所です。

№2680 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 27.大阪府(1)

 秋田県の豪雨は凄まじいものがあったようで、人的な被害が何より心配だが、鉄道などの交通も、間違いなくただでは済まないだろうと思っていました。更新時点では、JRは秋田新幹線が明日も終日運行見合わせの予定とされています。一番肝心な大曲~秋田間が、未だに設備の点検もできない状況との事。また五能線は線路設備の損害が確認されている(具体的な状況は分からない)ため、東能代~深浦間は当分運行できないとしています。この他、八郎潟~東能代間と、男鹿線も運行再開の見通しが立たないという事でした。秋田内陸縦貫鉄道と由利高原鉄道は損害がなかったようで、全線で運行を再開できたのは何より。空港は秋田・大館能代共通常通り運用(ANAは羽田~秋田線にB777-300を飛ばしたらしい。秋田新幹線不通が理由かは不明だが)。バスも、一部路線で運休・迂回運行が発生しているが、広範囲で運行不能、という状況まではなっていないように見えます(羽後交通は近くの営業所へ問い合わせをという事)。しかし先日の山口県や九州北部もそうだが、この数年、6~7月の梅雨の時期になると決まって日本のどこかで「破壊的」な豪雨が発生し、しかも年々狂暴になっています。先日も書いたが、どうも昨今のローカル鉄道は、「一歩進んで五歩後退」という状況に陥っているように思えてなりません。どこまで備えれば良いのか。ただでさえ貧弱なローカル鉄道にとって、災害対策はますます重荷になってくるのではないか。

大阪市交通局70系.jpg
 さて平成の30年間の鉄道を回顧するシリーズ、今回はいよいよ大阪府です。ボリュームがありますので、3回に分けます。「私鉄王国」の異名も持つ地域ゆえ、鉄道ネットワークの拡充は民間先行で進んできた感がありました。また、特に20世紀の内には「花博」や関西空港開港などのビッグプロジェクトも多々あったが、一方でオリンピック・パラリンピックの招致の失敗もあり、その他もろもろ交通以外の事情もあって(特に政治面)、府内の鉄道ネットワークも翻弄される所があったように思います。一方で、画期的な相互直通運転も始まりました。

大阪市営 公営地下鉄初の民営化
市中心部貫く地下新線 相次ぎ開業


日本初 リニア地下鉄開通
「花と緑の博覧会」(花博)が市北東部の鶴見緑地で開幕した1990(H2)年の3月、会場へのアクセスとなる大阪市営地下鉄・鶴見緑地線が開業した。日本で初の、リニアモーターによる駆動方式を採用している。リニア地下鉄は、台車に薄型のリニアモーターを搭載、軌条間に敷かれたリアクションプレートが発する磁力と引き合う事で、推進力を得らえる。トンネルの断面を小さくできる(在来の地下鉄の約6割)、急こう配・急カーブを克服できる、などの利点があり、建設費の低減を狙えるシステムとして、南港の試験線で走行実験が行われていた。
 開業時は京橋~鶴見緑地間5.2kmの短区間で、他の市営地下鉄路線と接続しない「落下傘」路線だったが、この開業で大阪の地下鉄は東京に次いで、総延長が100kmを越える事になった。
その後は都心に向けて延長工事が重ねられ、1994(H6)年12月には心斎橋まで延長、他の市営地下鉄路線と接続した。この時点で、他の市営地下鉄路線同様、頭上を通る大通りの名称(長堀通)をつけて路線名を改称したが、既に鶴見緑地線の愛称が定着していた事から、この4文字も残し、長堀鶴見緑地線とした。翌1997(H9)年8月には両端を延伸、大正~門真南間が全通した。同路線は、その後の今里筋線のほか、東京都、神戸市、横浜市、福岡市、仙台市と続くリニア地下鉄の先駆けとして、歴史に刻まれる事となった。
 堺筋線は、動物園前から天下茶屋へ延伸工事が進められていたが、南海線の連続立体化と一体の整備のため延伸が遅れ、開業は1993(H5)年3月となった。翌年の関西空港開港に合わせ、南海側も空港アクセスのダイヤを整備した事で、阪急と相互直通運転を行っていた堺筋線も、関西空港へのアクセス機能を積極的にPRする事となった。またこの開業は、御堂筋線の混雑緩和にも寄与する事となる。
 南港を控えた咲洲地区の開発に伴い、中央線の大阪港、新交通システムの南港ポートタウン線(ニュートラム)の中ふ頭からそれぞれ路線を延伸し、コスモスクエアまでの路線の延伸が図られる事になり、1997年12月に開業した。延伸区間は、大阪市の関連企業である、大阪港トランスポートシステム(OTS)が運営、大阪市営と相互直通を行う形態となった。ニュートラムテクノポート線では、新交通システムで唯一、2者の相互直通運転を行った路線となった。当時招致を行っていた2008(H20)年のオリンピック・パラリンピックの会場の予定地となっていた咲洲地域へのアクセスとして期待されたが、招致合戦は北京に敗れ、トレードセンターを中心としたビジネス輸送が中心となった。しかし、運賃の割高感から利用は伸び悩み、2005(H17)年7月、両路線とも大阪市交通局の運営となり、中央線及びニュートラムに編入される事となった。車両も全て、大阪市に譲渡されている。施設は引き続きOTSが保有するが、旅客営業の事業者としては、8年足らずの短命に終わった。

今里筋線開通 そして民営化への道
 1999(H11)年12月、第2のリニア地下鉄となる今里筋線が開業した。市内中心部には入らない外環状線的な路線で、JR大阪環状線の東側で、他の地下鉄路線や私鉄、JRと接続する。太子橋より南側は、1970(S45)年まで運行された、トロリーバスのルートとほぼ同じである。車両基地は長堀鶴見緑地線と共用になり、清水から長大な連絡線も設けられている。
 21世紀に入ると、その今里筋線の利用の伸び悩みや、副業の不振などから、経営形態の見直しの議論が重ねられる事になった。2015(H27)年実施の「都構想」住民投票も絡んで、市政そのものの在り方も含めて議論は紛糾したが、2017(H29)年3月の市会で民営化が可決、翌2018(H30)年4月1日、大阪市高速電気軌道㈱に経営が移行、民営企業として再スタートする事になった。東京都と8政令指定都市で運行されていた公営地下鉄では、初の民営化事例である。一般的な愛称として、「Osaka Metro」と呼称され、「Mooving M」を体現した新シンボルマークも制定された。
 同時に市営バス事業も民営化され、大阪シティバスとなった。当面Osaka Metroは大阪市100%、大阪シティバスはOsaka Metro100%出資となる。将来的な経営見直しの一環として、今里筋線延伸予定の、今里より南部の区間は、社会実験として「いまさとBRT」と称するバスシステムが、2019(H31)年4月1日よりスタートした。Osaka Metroが大阪シティバスに運行を委託する形態を採っている。
 2025(R7)年の大阪万博開催が、2018(H30)年11月に決定した。会場の舞洲へのアクセスとして、中央線の延伸事業が有力視されている。今後、夢洲のIRリゾート整備など、市政そのものを左右される状況が相次いで起こると見られ、その中でのOsaka Metroの動向が注目される。

地下新線 東西直通ネットワークを構築
 平成の30年間では地下鉄以外でも、大阪環状線の内側を東西に貫く地下新線が相次ぎ開業した。それらは市の東と西の路線を接続し、大阪では比較的手薄だった相互直通ネットワークの拡充につながった。
 JR東西線は、国鉄時代より「片福連絡線」の構想があった。「キタ」の市街地の南側を通過する、京橋と尼崎を結ぶ地下新線を建設、文字通り片町線と、福知山線を連絡して相互直通運転を行う構想で、関西圏の国鉄の地位を高める路線として期待されていた。建設の着手は民営化以降になり、平成の世になった1989(H元)年に着工、出水事故により当初予定より2年遅れながらも、1997(H9)年3月に開業した。開業時より当初の構想通り、東側の学研都市線と、西側のJR宝塚線に加えてJR神戸線(東海道・山陽本線)とも直通運転を行い、アーバンネットワークの、東西を貫くもう一つの柱に成長した。
 片町線は平成に入って以降、長尾以南の電化(これにより、大阪府内の鉄道線は全て電化)や宅地開発もあり、快速が設定されるなど通勤路線としての地位が高まっていて、JR東西線への直通で、「キタ」の中心地や兵庫県方面への直通ルートが確立、さらに利便性が向上する事となった。この影で、1895(M28)年の浪速鉄道による開業以来の始発駅だった片町駅は廃止となり、100年以上の歴史に幕を閉じた。
 平成の大阪の鉄道で、最も大きなインパクトを与えたのは、阪神なんば線だった。路線の構想自体は戦後からあったが、1989(H元)年の運輸政策審議会によって最重要整備路線と位置付けられ、大阪ドームの開業もあって、路線の整備の機運が高まった。2003(H15)年に工事が着手され、5年半後の2009(H21)年、大阪難波~西九条間が開通、在来区間も含めて「阪神なんば線」と称する事になる。阪神は大阪のキタとミナミ、双方の繁華街に乗り入れた最初の私鉄となった。
 阪神なんば線は同時に近鉄難波~奈良線と相互直通運転を開始し、大阪を介して奈良と神戸を直結する、関西では唯一の、私鉄による東西直通ルートが完成した。各駅停車の他、奈良と神戸三宮を結ぶ快速急行が設定されている。19m級3ドアの阪神車両と、21m級4ドアの近鉄車両という、規格が異なる2社の直通運転は、前例がないものだった。2014(H26)年からは、近鉄特急車両による阪神線直通(団体列車)も行われている。
 阪神なんば線開通の1年前、2008(H20)年10月には、京阪中之島線が開業した。中之島地域の開発に合わせ、天満橋までの複々線部を延伸する形態で、中之島まで開業している。京阪では同時に快速急行車両として(新)3000系を導入するなど力が入ったが、開発の遅れもあって利用は伸び悩み、現状は朝夕を除き、各駅停車のみの運行に整理されている。
 3路線は、建設の主体となった企業が、第3種鉄道事業者として線路・施設を保有、鉄道会社(JR西日本、阪神、京阪)は第2種鉄道事業者として営業を行う点が共通している。JR東西線はJR西日本、阪神なんば線は阪神、京阪中之島線は京阪を主体に、共に大阪府と大阪市が中心となって出資した第3セクター企業である。早くから営団地下鉄→東京メトロ、都営地下鉄との相互直通方式が確立していた東京と異なり、大阪では私鉄自らが市中心部を目指しながら、「市内の交通は市営で」の「市営モンロー主義」に阻まれていた面もあった。3路線の開業は、市営地下鉄の民営化と合わせ、大阪の鉄道の方向性が転換された事も意味していた。

関西国際空港開港 鉄道アクセススタート
 1994(H6)年9月4日、泉佐野市の泉南沖に、関西国際空港が開港した。在来の大阪国際空港(伊丹)の代替の新空港が待望されていたもので、海上に人工島を埋め立てて空港施設を建設する、日本では初めての方式となった。開港時より24時間運用をうたい、特に伊丹から全面移転した国際線と、国内各地からの国内線の接続の良さを、PRの材料としていた。
 大阪市内からの鉄道アクセスはJR西日本と南海が担う事になり、共に関西国際空港(現在は分社で新関西国際空港)が建設した空港橋を介した、鉄道新線を建設した。JR西日本は阪和線の日根野、南海は南海線の泉佐野から分岐するが、軌間が同じ1,067㎜である事から、空港橋を挟むりんくうタウン~関西空港間は、2社が共用する事になった。
 JR西日本は281系特急車を用意し、〔はるか〕として、関西空港から天王寺、さらには大阪を経由して、京都まで運行を開始した。また、〔はるか〕を補完する形で、大阪環状線に乗り入れて京橋(一部車両はJR難波)まで直通する関空快速を設定、翌1995(H7)年には、指定席を設定した〔関空特快ウィング〕に発展している。
 一方の南海は、「レトロ&フューチャー」をコンセプトとした空港特急〔ラピート〕を設定。専用車両の50000系は、スチームパンクを彷彿させる大胆なデザインで注目を集めた。ノンストップの「α」と、主要駅停車の「β」を交互に運行するダイヤとなり、補完する形で、在来の急行の運行区間を変更した空港急行を設定している。
 JR・南海とも、当初は主要駅に「スルーチェックイン」サービスを導入していた。南海は難波駅に「なんばCAT」を設置、JAL・JAA国際線利用者はチェックインと手荷物の受付を済ませ、空港ではスムーズな乗り換えができるようになっていた(JRは京都駅に設置)。50000系には旅客の手荷物を搭載するスペースも設けられたが、利用は振るわず、米同時多発テロ事件の影響もあり、サービスは終了する事となった。
 その後、空港の需要の伸び悩みがあり、JR・南海とも、ダイヤの見直しが行われる事となった。JRでは、〔関空特快ウィング〕は1999(H11)年10月改正で廃止となり、全車自由席の関空快速が、阪和線・大阪環状線内は和歌山方面からの紀州路快速と併結する形態に改められている。〔はるか〕は一時、日中の減便(臨時列車化)も行われたが、その後LCCキャリアの就航の増加により、平成最後のダイヤ改正となった2019(H31)年3月には、定期列車30分間隔運転に復帰していた。
 南海も〔ラピート〕は一時、αは朝方の下りのみとなり、大半がβでの運行となっていたが、後に夜間の空港発でαの運行が復活している。この間、高架化が完成、地下鉄堺筋線との接続が実現した天下茶屋駅には、1996(H8)年10月より〔ラピートβ〕と空港急行が、2003(H15)年3月には〔ラピートα〕も停車を開始し、堺筋線が直通する阪急電鉄沿線の利用者の利便性が、大きく向上した。2005(H17)年に高架化事業が完成した泉佐野駅では、関西空港⇔和歌山方面間の乗り換えが、同一ホーム上で可能な3面4線構造となっている。

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《What's New》
15日 「山北のお峰入り」ユネスコ無形文化遺産登録 記念講演会開催
16日 TPP イギリス加盟正式決定
17日 中国GDP 4~6月は前年比+6.3%
 ところでこの数カ月、ツィッターの閲覧制限がどうのこうの世界中で大騒ぎになっているが、このため私も、交通事業者のツィッターを、そのままでは閲覧できなくなってしまいました。投稿もリツイートもするつもりはないのに、アカウントを作ってログイン、という形にしないと、見る事さえできない。情報発信のツールとして採用してきた各交通事業者、あるいは地方自治体などなども、これでは困るのではないか。この機にメタの「スレッズ」に乗り換える、という所も出てくるかもしれないが、これはこれでまた別の問題を生み出すかもしれない。いろいろ言い分もあるだろうが、どうも一握りの「IT長者」どもにSNSの世界が弄ばれているように思えて、私個人としては、極めて不愉快です。別に最初からやらないけれどね。

№2659 平成の30年 都道府県別鉄道回顧 26.京都府(2)

「平成の鉄道」京都府編、2回目はデータ編です。電化・複線化・新駅開業、さらに京都の駅ビルと鉄道博物館開館、JR西日本が走る府県で、平成の30年間に一番飛躍したのが、京都府でした。もっとも近年は、南北で格差が目立つようになります。

◆平成時代の新規開業路線・区間 〔カッコ内は新線開業に伴う新駅(府内のみ)〕
1989(H元)10月5日
 京阪電気鉄道 鴨東線 出町柳~三条
 〔出町柳/丸太町〕
1991(H3)年4月27日
 嵯峨野観光鉄道 トロッコ嵯峨~トロッコ亀岡
 〔トロッコ嵯峨/トロッコ嵐山/トロッコ保津峡/トロッコ亀岡〕
1990(H2)年10月24日
 京都市交通局 烏丸線 北山~北大路
 〔北山〕
1997(H9)年6月3日
 京都市交通局 烏丸線 国際会館~北山
 〔国際会館/松ヶ崎〕
1997(H9)年10月12日
 京都市交通局 東西線 醍醐~二条
 〔醍醐/小野/椥辻/東野/山科/御陵/蹴上/東山/三条京阪/京都市役所前/二条城前/二条〕
2004(H16)年11月26日
 京都市交通局 東西線 六地蔵~醍醐
 〔六地蔵/石田〕
2008(H20)年1月16日
 京都市交通局 東西線 二条~太秦天神川
 〔西大路御池/太秦天神川〕

◆平成時代の新規開業駅 〔新線開業に伴わない単独開業駅〕
1989(H元)年3月11日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 太秦
 西日本旅客鉄道 片町線 松井山手
1989(H元)年9月21日
 叡山電鉄 鞍馬線 京都精華大前
1992(H4)年10月22日
 西日本旅客鉄道 奈良線 六地蔵
1993(H5)年9月21日
 近畿日本鉄道 京都線 近鉄宮津
1994(H6)年9月21日
 近畿日本鉄道 京都線 木津川台
1994(H6)年9月23日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 緑化フェア梅小路(臨)
1996(H8)年3月16日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 鍼灸大学前
1997(H9)年3月8日
 西日本旅客鉄道 奈良線 JR藤森
2000(H12)年9月23日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 円町
2001(H13)年3月3日
 西日本旅客鉄道 奈良線 JR小倉
2003(H15)年3月16日
 阪急電鉄 京都本線 洛西口
2008(H20)年3月28日
 京福電気鉄道 嵐山本線 嵐電天神川
2008(H20)年10月18日
 西日本旅客鉄道 東海道本線 桂川
2013(H25)年12月21日
 阪急電鉄 京都本線 西山天王山
2016(H28)年4月1日
 京福電気鉄道 北野線 撮影所前
2019(H31)年3月16日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 梅小路京都西

◆平成時代の改称駅
1990(H2)年4月1日
 北近畿タンゴ鉄道 宮津線 野田川(←丹後山田)
          木津温泉(←丹後木津)
1995(H7)年9月1日
 西日本旅客鉄道 東海道本線 長岡京(←神足)
1996(H8)年3月16日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 日吉(←殿田)
1997(H9)年5月22日
 京都市交通局 東西線 烏丸御池(←御池)
2002(H14)年3月10日
 叡山電鉄 本線 八瀬比叡山口(←八瀬遊園)
2007(H19)年3月19日
 京福電気鉄道 嵐山本線 西大路三条(←三蔵口)
             太秦広隆寺(←太秦)
             車折神社(←車折)
             嵐電嵯峨(←嵯峨駅前)
 京福電気鉄道 北野線 龍安寺(←竜安寺道)
            御室仁和寺(←御室)
2008(H10)年10月19日
 京阪電気鉄道 本線 祇園四条(←四条)
           清水五条(←五条)
 京阪電気鉄道 鴨東線 神宮丸太町(←丸太町)
2015(H27)年4月1日
 京都丹後鉄道 宮津線 与謝野(←野田川)
            京丹後大宮(←丹後大宮)
            夕日ヶ浦木津温泉(←木津温泉)
            小天橋駅(←丹後神野)
            かぶと山(←甲山)
            コウノトリの郷(←但馬三江)
        宮福線 福知山市民病院口(←厚中問屋)
※京都丹後鉄道は、WILLER TRAINSのブランド名。

◆平成時代の廃止路線・区間 〔カッコ内は廃線に伴う廃駅(府内のみ)〕 日付は営業最終日
1997(H9)年10月11日
 京阪電気鉄道 京津線 京津三条~御陵
 〔京津三条/東山三条/蹴上/九条山/日ノ岡〕

◆平成時代の廃止駅 〔廃線に伴わない単独廃止駅〕 日付は営業最終日
1994(H6)年11月20日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 緑化フェア梅小路(臨)

◆平成時代の電化路線・区間
1989(H元)年3月11日
 西日本旅客鉄道 片町線 木津~長尾(大阪府)(直流1500V)
1990(H2)年3月10日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 京都~園部(直流1500V)
1995(H7)年4月20日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 綾部~福知山(直流1500V)
1996(H4)年3月16日
 西日本旅客鉄道 山陰本線 園部~綾部(直流1500V)
 北近畿タンゴ鉄道 宮福線 福知山~宮津(直流1500V)
          宮津線 宮津~天橋立(直流1500V)
1999(H11)年10月2日
 西日本旅客鉄道 舞鶴線 綾部~西舞鶴(直流1500V)
2003(H15)年3月15日
 西日本旅客鉄道 小浜線 西舞鶴~敦賀(福井県)(直流1500V)

◆平成時代の営業譲渡路線・区間
1990(H2)年4月1日
 北近畿タンゴ鉄道 宮津線 東舞鶴~豊岡(兵庫県) (←西日本旅客鉄道 宮津線)
2015(H27)年4月1日
 京都丹後鉄道 宮津線 東舞鶴~豊岡(兵庫県) (←北近畿タンゴ鉄道 宮津線)
 京都丹後鉄道 宮福線 福知山~宮津 (←北近畿タンゴ鉄道 宮福線)
※京都丹後鉄道は、WILLER TRAINSのブランド名。
 京都丹後鉄道の路線は、北近畿タンゴ鉄道が第3種鉄道事業者。

◆平成時代の事業者名称変更
1989(H元)年8月1日 北近畿タンゴ鉄道 ←宮福鉄道

26京都府.JPG


京都府の歴代知事
荒巻 禎一→(2002(H14)4月16日~)山田 啓二→(2018(H30)年4月16日~)西脇 隆俊


令和以降の京都府の鉄道
 コロナ禍は、京都府にも多大な悪影響をもたらした。観光への依存度が高い地域ゆえ、他以上に影響が大きかった。JRでは航空需要激減により、〔はるか〕は日中の列車が長期間、運休を強いられた。嵯峨野線(山陰本線)や、北陸方面への特急、〔スーパーいなば〕も、減便が行われている。需要の回復に伴い、順次復便がなされているが、一部は運行日を削減している。〔はるか〕は現在も、日中の列車は臨時列車扱いのままである。なお、今年3月18日の大阪駅「うめきたエリア」開業に伴い、〔はるか〕〔くろしお〕は大阪(うめきたエリア)に新規停車している。
 私鉄でも、特に京阪は影響が大きく、緊急事態宣言下では、時間帯・区間によって最大50%削減の臨時ダイヤが施行された。後のダイヤ改正では、特急が再び15分間隔に削減され、補完して快速急行が日中に再設定された。快速急行は主に3000系で運用され、「プレミアムカー」サービスが提供されている。阪急でも「京とれいん」が2編成とも、運行が取りやめになった。なお6300系の「京とれいん」は、昨年12月のダイヤ改正で引退した。阪急では来年をめどに、有料座席サービスの導入を発表している。近鉄や京都市営地下鉄でも、減便が行われた。
 JR奈良線は、複線化事業の第2期が完成し、今年3月18日の改正で供用を開始した。全線の複線化率は64%となり、京都~城陽間は完全に複線化された。日中の〔みやこ路快速〕は、京都~奈良間を、上下とも44分で結んでいる。普通列車も、京都~城陽間では最速30分にまで短縮された。
 叡山電鉄は、2020(R2)年7月の豪雨で市原~鞍馬間が被災し、1年2か月に渡って不通となった。翌2021(R3)年9月に復旧、運行を再開している。
 京都丹後鉄道は今年に入り、JR東海よりキハ85系を購入している。同社からの正式は発表はないが、今後の使用方法が注目される。
 JR西日本は2022(R4)年4月11日、「ローカル線に関する情報開示」を行った。京都府では関西本線・亀山(三重県)~加茂間及び小浜線が、2019(H31~R元)年度の輸送密度が2,000人/日とされ、経営情報が公開されている。平均通過人員が、関西本線は民営化時点との比較で25%、小浜線は37%にまで落ち込んでいる。この他、綾部以北の北近畿地域各線区でも、輸送密度が8,000人を下回っている。
 北陸新幹線・敦賀~新大阪間は2017(H29)年・小浜(福井県)・京田辺経由のルートが選定されたが、京都府内の環境アセスメントの遅れにより、今年中の着工が断念された。今後も紆余曲折が予想される。

 次回は大阪府です。3回に分けます。

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