
関東地方のJR線でも、おそらくもっとも経営的に行き詰っているだろう久留里線に、昨日の休日乗ってきました。
今週・来週は、日中の久留里止まりのほとんどが上総亀山まで延長されるので、この機会を逃すまいと、ちょっと早起きしました。

木更津から久留里までは、基本的には平坦な区間で、直線も長いし、線路の状態も、少なくともいすみ鉄道よりは良いだろうと思った。コンクリ枕木もかなり入っているし。ただ、やはり少々貧弱。

木更津9時16分発の、通常は927D。この日は9927Dとして上総亀山まで延長されるが、ここは久留里で途中下車。

久留里~上総亀山間を延長運転する列車。「駅からハイキング」開催のため、だって。
上の娘は、アプリゲーム「駅メモ!」のキャラクター、天台ヤコ。現在、同ゲームとJR、小湊鉄道、いすみ鉄道、それに日本郵便(
江見駅があるので)がコラボでイベントを行っている。駅舎内の窓ガラスにも装飾がありました。

1時間弱の間街歩き。久留里神社まで往復してみた。道すがらにあった、「久留米の銘水」。千葉県唯一の銘水百選、なのだそうだ。

久留米神社。鳥居が立派。紅葉もきれい。

だけど拝殿が何とも安普請。先の台風でやられてしまったのだそうで、募金活動も行っていた。

久留里は高速バスのバス停があります。「駅前」と呼称しているが、駅前には入らず、国道410号線上にあります。東京行〔アクシ―号〕と千葉行〔カピーナ号〕があります。どちらも安房鴨川からの路線が経由する形で、安房鴨川~久留里間だけでも乗れます。一般の路線バスは、コミュニティバスを含めても全くない。昔はあったのだろうが。

久留里10時07分発の9927Dで、上総亀山を目指します。キハE130-15の車内は、沿線の学校の子供たちが描いた久留里線の絵が和ませてくれる。

しかし、せっかくの延長運転なのに、絵画を見て心を和ませそうな旅客は、自分を含めても3人しかいない。しかも、他2人も同好の士のようで、一般の人や、鉄道は趣味じゃない、という人はいないようだった。

久留里から上総亀山は、勾配・カーブが多くなる。上総亀山へは、むしろどんどん下っていく。

平山駅。

上総松丘駅。昔は行き違いができたようだ。

日東交通の高速バスを見る。千葉行の〔カピーナ号〕。どの程度乗っているかは分からなかったが、高速バスがダイレクトに東京・千葉へ行くようだと、久留里から木更津への利用も確保できるものなのか、少々心配になってくる。

終点、上総亀山駅。

ホームは片面のみ使用だが、昔は両側を使う機会があったのだろうか、そんな構造になっている。

むろん上総亀山には駅員はいないし、久留里線全線でICカードは利用できない。しかし見てきたところ、それを知らない乗客は、少なからずいたようだ。むろん、さすがに各駅にIC改札機も置けないだろうが、バスやJR西日本のような車内カードリーダーは配置できないだろうか?
(そのくせ、東京近郊区間に組み込まれているのは、なんだか不合理。東京近郊区間のJR線で、ICカードを利用できないのは久留里線のみ)

駅付近は、人がいないなあ。鉄道が好きそうな子供の写真を、その親が駅舎をバックにスマホで撮っているだけ)
駅舎の反対側へは時間がなくて行けなかった。遠回りになるので。行き止まりの地点だけ見てきた。ここから先へ延びる計画は、あったのだろうか。

車内の、手書き風の路線図。沿線の見どころなどもイラストで描かれている。でも左端のDCは2ドアで、これではE130じゃなくE120だ。
折り返し9932Dで木更津まで帰ってきました。亀山に留まっても良かったが、次が2時間近くあとになるので。
平日の午前中に1往復しただけでは久留里線の全体像は分からないけれど、木更津~久留里間にかけては乗客は少なくなく(単行なのに空席もある、という乗り具合ではあったが)、この区間は何とかなるでしょう。しかし、久留里~上総亀山間に関しては…。北海道のような無人地帯、でもないけれど、正直このままでは…の印象は否めない。この区間では「廃止反対」の看板も見かけたが、廃止という流れを変えられるだけの(JR東日本がハッキリと「廃止したい」と言い切っているわけではないが)エネルギーが地元にあるのかどうか。道路が整備され、東京・千葉に向かう高速バスも頻発しているのに(平山・松丘・亀山(〔カピーナ号〕のみにも停車がある)、一日数本の鉄道は、どこまで持ちこたえられるのか。むろん、持ちこたえて欲しいとは思うが、あとは地元とJRの話し合い次第、という所ではないだろうか。
最後に、手持ちのJTB時刻表、および過去の交通公社の時刻表復刻版から、久留里線の時刻表を書き起こしてみましたので並べてみます。

「よん・さん・とう」(1968(S43)年10月1日)改正時。この時点では、東清川駅はなかった。久留里での列車本数の格差がない。現在、久留里線で行き違いができるのは横田と久留里しかないが、当時は馬来田での行き違いもあった。なお、小櫃・上総松丘でも行き違いができていたようだが、この時点ではもう、少なくとも定期列車の行き違いは設定されていない。

「国鉄最後のダイヤ改正」(1986(S61)年11月1日)。このダイヤで、翌年の分割・民営化を迎えた。東清川駅は、臨時駅の扱いだった。日中に久留里折り返しが設定されている。木更津~久留里間は「よん・さん・とお」時より2往復増加している。馬来田の交換はもうない。
久留里の時刻で斜字は、乗り換え。この場合、久留里~上総亀山間の列車番号は、接続する木更津~久留里間の列車の番号に+2000。 木更津~久留里間の本数は民営化の時点と変わっていないが、久留里~上総亀山間は激減している。午前中は6時間近く列車がない。
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