いよいよ三江線の代替バスに乗ります。といっても江津への通しはなく、3回乗り換える必要があります。
9月23日(火)
後日三江線代替バスの現状の時刻表を作成して公開したいと思うが、通常の平日ダイヤは、特に川の駅常清~石見川本間の便が非常に悪く、むしろ土休日の方が、(あくまで乗り継ぎには)適したダイヤになっている。江津から浜田まで出て、高速バスで広島に行く事も可能で、それゆえ公休が祝日となるこの日を選んで、待っていたのでした。
早朝の三次駅。
駅舎内では、「懐かしの芸備線 急行列車」と銘打ったミニ写真展が行われていました。
その中から。と言っても急行だけでなく、50系の普通列車とか、最近の「etSETOra」や、電気式の試作車などの写真もあります。
バスターミナル。やはり休日の早朝は、乗り入れるバスの数は非常に少ない。
三江線代替バスが出発する、2番乗り場の時刻表。
代替バスは、道の駅グリーンロード(GR)大和まで備北交通バスがあるが、この路線は途中山間部を経由して走るので、あくまで三江線沿線にこだわるなら、川の駅常清までは君田交通の香淀経由の路線に乗る必要がある。その君田交通の時刻表。ちなみにここに書かれているのが、全ての便であり、また全ての停留所。
川の駅常清からの初便は、数人の乗客が降りてくるのが見えた。
数少ないバス便の中から、備北交通の旧塗装復刻車。70周年記念らしい。
7時50分発川の駅常清行は、乗客は私一人のみ。地元客はもちろん、「同行の士」もいない。
三次川を渡る三江線の橋梁が、まだ丸々残されている。
その先もところどころ、川の対岸に三江線の線路跡の鉄橋を見る。
三江線は江の川の右岸、しかしバスが走る国道375号線は、川の左岸を走る。三次駅の次のバス停は日下になるが、対岸の三江線の駅には対応していない。というか対岸に渡る橋がないので、行きようがない。この先のバス停もほぼすべてそう。
また鉄橋。並行する道路はあるようだが。
バスは途中、門田トンネルという長いトンネルでショートカット、途中香淀駅前を経由する便もあるが、この便はパス。旧駅に対応するバス停がほとんどなく、結局のところ、このバスは純粋な鉄道の代替の足とはなりえていないのではないか。川の向こうとこちらでは行政区域が異なり、旧船佐から式敷までは旧高宮町(現安芸高田市)、作木口は島根県邑南町、という事もあるかもしれない。
終点川の駅常清に到着。案の定、終始乗客は自分一人のみだった。三次駅から610円。
川の駅常清自体もオープン前(10時から)とあって、人影はほぼ無い。ここは三次市合併前の旧作木村の中心に近いようだ。ただし、すぐ対岸に渡れる橋はない。
ので、バス停一つ分戻って、三国橋から対岸に渡る。備北交通便まで1時間以上あるし。真新しい待ち合わせの小屋があるが、果たしてどの程度使われるものやら(三次行側にはないので、三次行を待つお客さん用、だろうか)。
橋を渡ると、旧作木口駅。この付近は「公園」として整備されている、らしい。前述のように、この駅は島根県邑南町になる。作木口と称してはいるが。
ホームも残されていて、立ち入りもできる。右手に見える赤い橋が、三国橋。あの袂にバス停がある。
踏切の警報機・遮断機も「オブジェクト」として残されている。
線路も、駅付近は残されている。
三国橋から、三次駅へ向かう君田交通のポンチョを見る。遠くから見る限り、乗客の姿はないようだったが、この後乗車があるだろうか?
ここから江津側へ一駅、江平(こうひら)までは歩いて行けそうなので、線路に並走した車道を歩いて行く。この先の線路は、立ち入り禁止だ。
やや真新しいコンクリ橋。この付近の開業は1963(S38)年6月30日、だそうだ。
踏切の跡。ここは警報機も遮断機も何もない。車道はある、と言っても、見通しもあまりよくなさそうで、ポンチョでも厳しそうだ。
江の川の反対側に、川の駅常清が見える。しかし、橋がないので遠回りせねばならない。
驚いた。立ち入り禁止も何も、線路上にびっしりと草木が覆いかぶさるように生えていて、とても立ち入れたものではない。まだ廃線から10年は経っていないが、人の手が入らないと、すぐこんなになってしまうものか。
旧江平駅。このホームは立ち入れない。
驚いた事に、すぐ近くにバス停の跡があった。バスの走行には適していない、と書いたばかりだが。しかし、以前は週に1回、邑南町のバスが走っていた、と読めるのだが、当然今は走っていない。
江平駅近くには江の川を渡る橋がある。対岸には「丹渡」(たんど)という、備北交通のバス停がある。
川の駅常清に戻る。作木町の案内図がある。滝があるらしいが、もう往復する時間はない。旧作木村は「平成の大合併」で三次市作木町になった。
ここは路線バスの他にデマンドバス的な交通もあるようだ。しかし、土日運休はまだしも、週1日のみ運行、では…。
9時51分、三次からの備北交通バスがやってきた。山間部の布野を経由してやってきたのだが、乗客の姿はなかった。
口羽大橋を渡って、島根県になるが口羽の集落を循環する。しかし乗降はないし、そもそも集落にも人影がなかった。
再び口羽大橋を渡る。旧口羽駅の構内が見えた。
ここも、江の川を渡る鉄橋がほぼそのまま残っている。列車が走ったのは、わずか33年…。
旧伊賀和志駅付近を迂回したのち、全長3,233mという両国トンネルを突っ切る。ので、あの宇都井駅は経由しなかった。トンネルを抜けると、島根県美郷町。
道の駅GR大和の終点まで、やはり乗降は全くなかった。旧石見津賀駅が近そうだったのだが、すぐ目の前、というわけでもない。
川の駅常清からは500円だった。
線路跡のコンクリ橋。この区間は最終開通区間なので、まだまだかなり真新しく見えるのだが。
ここは、乗り換え時間はそんなに長くはなかったが、少し周辺を歩いてみた。ここはコンクリ橋が一部途切れているが、残った部分はかなり草生している。
彼岸花。
備北交通バスは10時40分に、三次へ向けて帰っていく。もちろん、客はいない。この先も、乗降はあるのだろうか?
美郷町の観光案内図。こうしてみると、石見川本までは、直線距離なら相当短いが、これから浜原の方へ、かなり迂回していく事になる。
10時40分発の大和観光バス石見川本行。またポンチョだ。ここではなく上野という所を始発としているようだが、乗客の姿はないし、ここからの乗車も自分一人。
コンクリ橋の跡が、この先も残る。
旧潮駅のホーム。
この付近は浜原ダムがあるので、川が湖みたいだ。ただしバスは山間部を通るので、ダムを見る事はない。
旧浜原駅。「三江線全線開通」の碑がむなしい。
浜原の町に入っても、乗降が全くないし、外も人影がほとんどない。顔なじみなのか手を振ってドライバーとあいさつする人がいるくらい。
旧粕淵駅。なお、旧浜谷駅の方には入らなかった。
ここまでの君田交通・備北交通・大和観光のバスは、全てポンチョロングの1ドア仕様で、座席が多いタイプ。君田と備北は広電の「MOBILY DAYS」が利用できるが、全国交通系ICは不可。大和観光は現金等のみ。それ以外は、会社による仕様の違いはなかった。
旧竹駅付近は、線路を剥いで舗装工事を行っている所もあったようだ。ここを過ぎて川本町に入る。
12時前、石見川本駅に到着。結局この便も、道の駅GR大和から終始、乗客は私一人のみだった。1,200円。
この先、江津までの石見交通ガイド便が残っているが、次回とします。
という事でまだ先があるが、ここまでの印象として、三次から石見川本まで、他に全く乗客がいない事になるとは思わなかった。祝日の午前中、という事もあり、行政区域の関連もあるだろう(川の右岸と左岸で県が異なる区間が長かった)が、このままでは代替バスも、この先十数年でどうなる事やら、と思わずにはいられなかった。現に備北交通は、今月から土休日の一部便が減便になった。最初に聞いた時は道の駅GR大和までまるまる便がなくなり、乗り継ぎが成り立たなくなるのではと早合点したが、減便になるのは三好工業団地~伊賀和志間の系統のみで、道の駅GR大和発着(この系統は三次中央病院始終着)は継続されるので一安心。しかし、鉄道を代替するバスが土休日のみとはいえ減便されたのは事実、この日の実態を見ると、君田交通や大和観光も含めた路線もどうなるか、わかったものではない。100㎞以上に渡る鉄道路線ではあったが、三江線はやはり、ほとんど「秘境路線」だったのだなあ、と思わされました。全通から廃止までがあまりに短かったが…。
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