№3022 中国山地ジグザグ旅行 新線も廃線も 2.井原鉄道と福塩線


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 午後は新見から一度総社まで南下し、初乗りとなる井原鉄道、かなり久々の福塩線と乗り継いで、三次を目指します。
 まずは伯備線です。

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 地下通路には〔まほろば〕のリニューアル車両デビューの広告が。

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 新見12時03分発852M。先頭のクモハ213-9に乗車。

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 備中高梁で9分停車。特に待ち合わせとか通過待ちとかはなかったのだが。自動改札が入っているが、それもあるのか、改札口に駅員の姿がない。休憩中なのか。

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 川沿いに下っていくけれど、時々はこのような、穏やかな田舎町も。

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 久しぶりの、総社駅。橋上駅舎。

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 井原鉄道は、総社~清音間は伯備線と同じ線路を走るが、総社はホームが別で、駅施設も別。ただし駅員はいない。

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14時02分発333Dは、IRT355-102の単行。

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 車内は転換クロスシート。

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 総社駅のホーム。右のJRのホーム中線には、桃太郎線(吉備線)の750Dの姿がある。桃太郎線(吉備線)は、専用の0番ホームがあるが、750Dは伯備線からの接続があるので、中線を利用しているようだ。現在のダイヤでは、伯備線の総社折り返しと共用。

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 総社を出発。いったん伯備線の下り線に合流し、その後に上り線に転線(伯備線と井原鉄道は上下が逆)。

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 清音までは、完全に一直線。

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 清音駅は、JRの中線を共用する。ただし駅舎は別、駅員もいるし、ホームもJRとは柵で仕切られている。

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 清音で早くも10分停車、伯備線の新見始発854Mから接続を取る。この列車、関西万博ラッピングの213系3連だった。
 やはりここからの乗車が多いが、854Mからの乗り換え客がいたかどうかは分からなかった。

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 清音出発。中線がそのまま延長する形で、高架線につながっていく。

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 高梁川橋梁を渡る。トラスだがコンクリ橋。

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 遠くにネオプランのスペースライナーを見る。二葉(「ふたら」と読む)観光運輸のバスで、聞いた事がなかったが、地元矢掛町に本社があるらしい。

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 高架橋が延々と、田園地帯を貫いていく。速度も、85㎞/hは出る。ローカル鉄道と言えども、今やこの程度の規格・速度でないと成り立たないのだろうか。

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 沿線はのどかな田園地帯。

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 三谷から先も、山の方に向かって高架橋が延びていく。

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 殺人的猛暑が続いた日本列島も、何のかんの言っても9月も後半になれば秋本番、彼岸花が見られる。

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 井原到着。ここでも20分停車。この間に、車両基地のある早雲の里荏原行334Dと交換、その後井原始発総社行336Dとなる「夢 やすらぎ」が、回送でやってきた。さすがに井原は駅員がいて、記念グッズも販売。

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 広島県福山市に入り、地元福山通運の福山神辺流通センターを後方に見る。巨大だ…。

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 神辺が近づき、福塩線が合流する。

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 神辺駅は、福山直通列車があるから線路はつながっているが、駅は別。井原鉄道の駅からは、JRのホームへの連絡改札がある。

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 井原鉄道の駅舎。

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 JRは橋上駅舎だが、駅員の姿はなかった。

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 252Mで、いったん福山に行く。クモハ105ー3×2。ワンマン運転。今は黄色の単色だが、最初に入った時は、青い帯が入っていた。
№2802で大ウソを書いてしまったが、黄色+青帯は福塩線。宇部線・小野田線は、最初はオレンジ1色だった)

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 高架線の福山に着くと、側線で待っていたクモハ105-2×2が入れ替えられて、府中方に増結される。4連となるが、岡山や盛岡と違って、注目する旅客はほとんどいない。学生中心の地元の方々ばかり、だからねえ。〔サンライズ〕や東北新幹線より、はるかに大掛かりな作業なのだが。4連となった251Mは、車掌も乗務。

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 むろん冷改されてはいるが、首振り扇風機が残っている…。105系も昭和の国鉄型だけに、あとどのくらいの期間、走れるだろうか?

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 横尾で行き違いの254Mは、7分ほどの遅れだった。これ以上遅れると三次行への乗り換えが慌ただしくなるので心配だったが(もちろん、見捨てられるはずはないが)。これが115系の3連だった。

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 さすがに隣の駅までの距離が短い区間が多い。意外に直線が長いが、やはりローカル線そのものの風情。
 道上でかなりの下車があった。現在のダイヤではないが、万能倉折り返しの設定がある事があるのもこのためか。

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 マナーのお願いがあるのはどこの田舎も同じみたいだが、ここはPTAも連名、なのか。

 遅れをいくらか取り戻して、府中到着。ただし三次行への乗り換えは、階段を上り下りしなければならない。
 1731Dは、キハ120-17の単行。乗客は25人いたが、大半は帰宅の学生。非電化区間は本数も極めて少なくなり、帰宅も大変だなあ。

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 線路はさらに貧弱になるし、スピードも出ない。同じ福塩線なのに、電化区間との格差が極めて大きい、と感じた。

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 中畑駅は、秘境駅のたたずまい。乗降なし。

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 八田原トンネルを抜ける。平成になってすぐ、河佐~備後三川間が新線に付け替えられ、旧線は八田原駅共々、ダム湖の底に消えていった。

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 上下で1730Dと交換。向こうはキハ120-18。こちらは11人下車し、乗車が1人あったが、車内は私を含め、4人だけになってしまった。
 上下は、府中から北では、比較的大きな町のようだったが。

 この後はもうかなり暗くなって、お見せするような画像はないのだが、やはり寂れたローカル線、の風情は隠しようがない、と思った。しばしば木の枝が列車に当たり、ドスンドスンと音がする。とにかくノロノロなのは、このためもあるのか。
 と思ったら、吉舎で下校の高校生が「大挙」乗車し、再び24人まで増えた。ここには県立高校があって、昔から朝方に三次~吉舎間の折り返しが設定されているのも、このためだろう。

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 終点を目前にした八次で、備後落合行と交換。9月いっぱいまでの平日運転、とされている(10月以降も運転)、臨時列車扱いの9370D。芸備線活性化のための実証実験、という所なのか?
 やがてパチスロとかホームセンターとかが沿線に現れたりして、ようやく大きな町の気配がしてきた。

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 三次到着。学生たちは跨線橋を渡って駅舎の方角に向かっていった。あるいは反対側に見える、広島行1879Dに乗り換える学生もいただろう。
 
 福塩線に関しては…、超久しぶりに乗っただけではどうのこうのも言えないが、非電化区間に関してはとにかく列車の本数が少なくて、乗客も一部を除いて希少とあっては、あまり明るい見通しは立てられないのも、事実かも。八田原トンネルが開通した時点で、このトンネルを通過する旅客列車は、下り12本・上り11本あったのに、今は上下各5本に過ぎず(臨時列車が設定される日もあるが)、半分以下になってしまっている。とりあえず、現状の旅客を何とか繋ぎ止めないと。電化区間は、105系はいつまで使うのか。115系共々、いずれ227系あたりに置き換えられるのか。「アーバンネットワーク」からのロングシート車の転用もアリかも、と思ったりもする(VVVF制御に対応できるか、という問題はあるが)。
 ローカル線も、今や井原鉄道くらいの高規格でないと生き残れないのではないか?が、当然維持コストも高くつく事になるし、福塩線や姫新線よりはロケーションが良さそうな井原鉄道だって経営危機に陥った事があるほど、ではどうしたら良いものやら…と思ってしまう。
 さて、三次のホテルに一泊し、翌日はいよいよ、一足先に全線が一気に廃線になってしまった三江線の、代替バスを乗り継いで江津に向かう事になります。それは次回。

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