№3007 「よん・さん・とお」復刻版 読んでみた 7.東海道本線・豊橋→名古屋

時刻表.jpg
 「よん・さん・とお」の時刻表から50~60年くらい前の鉄道事情を読み解く…などと勇んで初めて見たのに、前回は2004(R6)年3月12日の№2749で、なんと1年以上もほったらかしにしてしまいました。久々にやります。前回は大阪付近を書くと結んでしまったが、やはり「名古屋とばし」はいかんでしょう。今回は東海道本線の中京圏です。
 と言っても、全部の路線の時刻表を書き起こすのはさすがにタイトなので、東海道本線の豊橋→名古屋間の時刻表を書き起こしてみました。50~60年位前の鉄道事情を読み解く…と言ってしまっているけれど、やはり「よん・さん・とお」ではそれまでと何がどう変わったのか、という比較こそが、とくに「よん・さん・とお」は鉄道史に残る一大事だけに大事だろうと思い直しました。幸い今は、1年前の1967(S42)年10月1日改正の復刻版も刊行されていますので、簡単にはなってしまうと思うが、適宜両者を比較して記してみる事にします(本当はS42年10月改正の時刻表も書き起こすべきだが、今回はなし)。

 まず、「よん・さん・とお」時の豊橋→名古屋間の時刻表を掲げてみます。3枚に分けました。

よんさんとお 豊橋→名古屋 1.jpgよんさんとお 豊橋→名古屋 2.jpgよんさんとお 豊橋→名古屋 3.jpg
 列車は名古屋到着を基準に並べました。なので途中で特急・急行に抜かれる列車は、豊橋の時点では前後している場合があります。
 まず、現代と比較すると、とにかく駅が少ない。民営化後に開業した駅が多く、当時は三河塩津・相見・西岡崎・三河安城・野田新町・逢妻・南大高・金山(中央本線にはあった)駅がありませんでした。
 列車も少なく、快速系と普通列車が交互に15分サイクルで運行される現代とは比べ物になりません。一方で、今春改正でほとんどが豊橋で運転区間が分断されたけれど、当時は普通列車でも、静岡県東部からの直通が多く、さらには東京からの列車もあり、後の「大垣夜行」→〔ムーンライトながら〕に通じる夜行の143Mはもちろん、昼行でも豊橋11時16分発321Mは、東京始発でした。東京~大垣間8時間21分の長旅。
 もちろんもう新幹線、という時代だから昼行の特急は、この区間では全滅しているが、急行は昼間でもまだいくらか見られました。特に東京~西鹿児島間の客車列車〔霧島〕〔高千穂〕の存在には、今の人々は驚かされるかも知れません。両者は東京~門司間併結で、〔霧島〕は鹿児島本線経由・〔高千穂〕は日豊本線経由で西鹿児島を目指していました。〔霧島〕に食堂車が連結されていたが、客車は全車両が自由席の座席車でした。1等が1両ずつ、あとは2等車。全区間乗り通すのは、大変な苦行ではなかったか。東京→名古屋間は6時間08分で、この区間だけの利用、も少なくなかったかもしれない。
 この他、電車急行で東京からの〔東海〕、飯田線からの〔伊那〕もありました。この区間では、現代の新快速とほぼ同じ停車駅だが(当時は金山ではなく熱田に停車)、最速の〔東海4号〕が1時間03分、1時間を切っている現代の各快速よりも遅い。
 夜行は寝台特急が九州行6本、あとは急行で、列車番号2桁の特急並みの列車もあり、特に〔出雲〕〔瀬戸〕〔紀伊〕は後に寝台特急に格上げになります。特急はともかく、急行も夜行は豊橋通過がほとんどなのは意外。座席車も全車指定席(〔安芸〕は全車寝台車)で、豊橋の利用は少ないと思われたのかも知れない。

「急行はまだいくらか見られた」と記したが、この「よん・さん・とお」では、急行もいくらか廃止になりました。昼行では、東京~大阪間の〔なにわ〕が廃止となり、〔東海〕も4往復中2往復が、東京~静岡間に短縮されています。また、何と伊豆箱根鉄道・修善寺~大垣間〔中伊豆〕なる列車があったが、これも廃止になっています(「よん・さん・とお」では、臨時列車〔しゅぜんじ〕として、時間帯を変えて設定されている)。東京~九州間では、東京~長崎・佐世保間を運行していた〔雲仙〕〔西海〕がなくなっています(大阪~長崎・佐世保間に短縮)。〔霧島〕〔高千穂〕は、「よん・さん・とお」より前はそれぞれ単独で運行されていて、寝台車も連結されていました。夜行では寝台特急〔あさかぜ〕が1本増になったが、東京~米原~金沢間〔能登〕が廃止になり、名古屋まで併結されていた〔大和〕(東京~湊町・和歌山市間の運行だった)と、東京~紀伊勝浦間〔那智〕・東京~鳥羽間〔伊勢〕(東京~多気間併結)が、〔紀伊〕として一本化されています。
 前述した「大垣夜行」は、「よん・さん・とお」までは、東京~大阪間の客車列車で、下り(143)は東京23:30→10:58大阪・上り(144)は大阪23:50→13:45東京、名古屋発は4時47分という設定でした。上りの夜行は電車で豊橋始発でした。この再編成で、東海道本線・東京~米原間は、客車による定期普通列車が全てなくなりました。非電化路線(二俣線・武豊線など)との直通など少数を除けば、ほぼ全列車が電車化された事になります。

 他にもさすが「よん・さん・とお」で、特急・急行・普通いずれも変わったポイントが圧倒的に多く、全部は記しきれません。やはり「よん・さん・とお」より前の時刻表も作成すべきだなあ、と今回は感じました。次からは改正前の時刻も、可能な限り作成していこうと考えています。

 武豊線は当然まだ非電化で、日中は1時間に1本あるかないか。下り(武豊発)19本・上り(大府発)20本しかない(各1本は休日運休)。一部は名古屋直通で、さらに武豊行1本・武豊発2本は多治見発着だった。朝夕の2往復には1等車の連結があった。
 樽見線は美濃神海までの開通で(全線開通は樽見鉄道転換後)、下り12本・上り11本(1往復は美濃本巣折返し)。

 次回はまた中京、関西本線を記してみようと思っています。いつになるか分からんのは申し訳ないが、できるだけ早く。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《What's New》
11日 JOC 選手強化本部長に井上 康生氏決定
12日 東京株式市場 日経平均株価 取引時間中の史上最高値更新(44888.02円)
13日 難民受け入れ反対 ロンドンなどで大規模抗議デモ
14日 福島第一原発事故の除染土 経済産業省庁舎の花壇に搬入
 ロンドンのデモは、地元のメディアに拠れば10万人以上が参加し、一部は警官隊と衝突して逮捕者もかなり出たとの事。当然、これに対する反対デモも行われたが、数千人という規模だったそうで、桁が2つ違う。今の左派労働党スターマー政権は、どう解決させるつもりなのか。私は極右の台頭など決して望まないが、単に声を張り上げて極右反対を叫ぶだけでなく、何度か書いているが「極右を支持しているのは誰なのか、それはなぜなのか」、そこまで考えてから行動しないと、たぶんこの右へ、右への流れは、簡単には止められないだろう。日本もいつかはこうなってしまうのか?外国人を簡単に排除してしまったら、我々日本人の生活も回らなくなりますよ。コンビニの店員だって、外国人、多いですよね。それを全員追放して日本人に置き換えるなんてマネ、できますか?そんな事したらあっという間に人手不足に陥って、経営が成り立たなくなる、という店舗が、相当数出るはずです。

この記事へのコメント