№1756 私鉄名車列伝 138.いすみ鉄道いすみ200(100)形

「私鉄名車列伝」、今回は初めて関東地方の第3セクター鉄道の車両を取り上げます。
 国鉄が民営化され、JRがスタートした1987(S62)年の前後は、同時に特定地方交通線の転換が強力に推進された時期でもありました。バス転換された路線も多いが、第3セクター鉄道転換を選択した路線もまた多く、1984(S59)年4月1日の三陸鉄道を皮切りに同年に他2社、1985(S60)年4社、1986(S61)年5社、1987(S62)年6社、そして1988(S63)年には7社が営業を開始しました。
(他に在来の純民営企業2社)
 千葉県のいすみ鉄道も1988年開業7社のうちの一社で、来年30周年の節目を迎えます。その転換時に導入されたレールバスが、いすみ100形(のちのいすみ200形)です。

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 いすみ鉄道は1988(S63)年3月24日、千葉県の旧国鉄第1次特定地方交通線である木原線をJR東日本から引き継ぎ開業した、大原~上総中野間26.8㎞の第3セクター鉄道である。開業に際し、旅客営業用として7両の新型車両、いすみ100形が導入された。

 富士重工のレールバスLE-CarⅡシリーズの一員で、真岡鐵道モオカ63形、天竜浜名湖鉄道TH1形とほぼ同型。車体長15.5m、貫通扉が設けられている。デザインは県の花「菜の花」の黄色(当初はクリーム味がかっていた)をベースに、山の緑を濃淡2本の緑のラインで表現(細帯は海のイメージの青かも知れない)。エンジンは加速性能に優れたPE6HT03(230㏋)、ブレーキはこのクラスでは標準的なSME三管式で、機関・排気ブレーキを抑速用として併用している。

 車内は、当初はロングシート主体も片側2組ずつのボックスシートを配置したセミクロス仕様になっていた。しかし混雑対策として、導入翌年の1989(H元)年には早くも奇数番号車4両、1992(H4)年には残りの偶数番号車3両もオールロングシートに転換された。この際に、形式をいすみ200形と改められている。
 当初は貫通扉部に沿線の町の花や木の名前を書いたヘッドマークを掲げていたが、連結運転の支障となるため取り外されている(大多喜駅に近い「房総中央鉄道館」で保管)。車体色は1994(H6)年より濃い黄色となり、より菜の花をイメージさせるデザインになった。また2000(H12)年には無線機を取り付け、正式な形式をいすみ200’形に改めている。


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 2004(H16)年以降、6両に対して順次、車内のリニューアルを行なった。車体外部にはムーミンのキャラクターの装飾が施されている。更新の対象から外れた204号は長期の休車の上2010(H22)年に廃車となって、養鶏場運営企業に譲渡された。2012(H24)年より本格的に新車両への置き換えが始まり、新形式いすみ300形、及びいすみ350形、キハ20の導入により、5両が廃車となった。商社経由でミャンマーへ譲渡されている。現在いすみ206号1両が予備車両として残されているが、可動の機会はほとんどないと思われる。

 今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1996年4月臨時増刊号 <特集>関東地方のローカル私鉄」(鉄道図書刊行会)
「ローカル私鉄車両20年 第3セクター・貨物専業編」(寺田裕一/JTBキャンブックス)
「ローカル私鉄車輛20年 第3セクター・貨物専業編」「私鉄気動車30年」(寺田裕一/JTBキャンブックス)
「日本レールバス大全」(斎藤幹男・岡本憲之/芸文社)
「歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄15」(朝日新聞出版) 等
を参考にさせて頂きました。

「私鉄名車列伝」、次回からは西日本に戻ります。まず名鉄6000系で、次回は正面貫通型の初期型について書く予定です。

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 台風被害でJR湖西線や南海線も大変な事になってしまったが、それより今日、JR宇都宮線の障害で東海道線も混乱したのはまいった。片方で輸送障害が起きるとすぐに東京・上野折返しになって、「上野東京ライン」区間が運休になるようでは、何のための直通運転なのかと思う。特に今日の場合、東京~大宮間まで宇都宮線列車が減便になると大幅な輸送力ダウンになるし、運行間隔が空くので待っている人にも大迷惑。この場合、大宮までは直通運行ができるような形態にはできないのか。私鉄・地下鉄の相直と違って、同じ会社なのだから。

《今日のニュースから》
22日 サウジアラビア・イラク首脳 米仲介で会談 イラク復興協力で一致
23日 FIFA男子最優秀選手 クリスチャーノ・ロナウド 最多タイ5回目の受賞
24日 東芝 半導体子会社売却 臨時株主総会で承認


 衆議院総選挙の結果は、今更記す事はないでしょう。安倍政権は改憲に向けた動きを加速させる事になるのでしょう。私は護憲派の端くれである事は今後も変わらないが、かといって改憲反対運動とかに加わるつもりもありません。事態を冷静に見るだけです。ともかく慎重に、穏健にやって欲しい。「森友・加計」など様々な政治疑惑は、結局は国内のみの問題なのでまだかわす事も辛うじてできた。しかし過去にあったような、海外、特に韓国や中国あたりを刺激するような軽率な発言や行動を起こせば、日本の国益を大きく損い、今度こそ政権の維持は不可能になりますよ。安部首相にはくれぐれも心して頂きたい。
 野党に関しては、いやしくも野党第一党の民進党が希望の党に「丸投げ」しようとして(そう言われても仕方ないでしょう?)、分裂を招いた事が全て。「置いてけぼり」にされた格好の立憲民主党が野党第一党に躍り出た事を見ても、明らかな失敗でした。野党側は解散を「政治疑惑をごまかすものだと」と批判したが、だとしたら話は逆で、野党の方こそこれを武器に解散総選挙を迫るのが、本来の流れではないですか?思えば9月1日、民進党の新代表に前原氏が選出された時点では、(少なくとも表向きは)解散総選挙なんて話はどこからも聞こえてこなかった。その後「離党ドミノ」が起きたあたりで、解散という方向に突然話が傾きました。民進党は、安倍政権から足下を見られていたのではないでしょうか。
 そもそも、以前の民進(旧民主)・共産・自由・社民の野党協力からして、各党の長年の主義・主張や行動、経緯から見れば、あまりにも「ご都合主義」の印象がぬぐえなかった(党首クラスがはしゃいでいただけ)。「協力しなければ巨大与党に勝てない」というけれど、党派の本質的な違いを埋める作業を何もしないまま政権交代を実現させても、ちゃんとやれるの?というのが正直な印象。「『アベ政治』さえ倒せば、後は何とかなるよ」と考えるのは大甘で無責任。第一、(与野党共だが)議院内閣制の政治体制において、最初から政党間協力ありきなのは、本当はおかしいのではないか?今年のイギリスや、今やっているドイツのように、先に選挙をやって、その結果を見てどのような政権を作るのか考えるのが、本来の順序ではないでしょうか(特に左右にかなりの差がある野党側はなおさら)。
 また、戦後2番目の低投票率にも関わらず野党が延びなかったのも、少々ショックではないか。一昔前までは「天候が悪化すると、労組などの組織票がある野党有利」と言われていたのだから。憲法改正の是非が争点になりながら、「何が何でも改憲を阻止するんだ」という意思が、投票行動全体に表れなかったと言えます。労組側も、連合の「労働基準法等改正法案」への態度を巡り、民進党との間にすきま風も吹いた事もあり、強固な関係が崩れつつあるのかも知れません。
 野党は自らの主張には「国民の意思」という表現を好むけれど、本当にそうなのか?他を一方的に攻撃し(それは野党である以上当たり前でもあるが)、自らを美化するのは得意だが、「我らの主義主張は、本当に世論を代表しているのか?」と、一度自らを総点検するべき時ではないのか?流されろ、主義主張を変えろと言うのでは決してないが、ならどうしたら世論を自らの思想に共感させる事ができるのか、真剣に考えるべきです。人をどうこう言う前に、自らの足下を見なければなりません。
 ともあれ、少数野党が左右両極に分断されている事が公になった事で、今後の国会運営は与党有利で進むでしょう。現状では与党側によほどの大スキャンダルでも起こらない限り、野党側が実力で政治をひっくり返す事はできない状況に置かれている事が明白になった、というのが、私の今回の総選挙の総括です。いずれにしろ、海外で起きている様々な非常事態を見れば、日本の政治が、あまりにも「ゲーム」化してしまったように思えてなりません。上も下も、右も左も、温いよなあ。

 セ・リーグのクライマックスシリーズは横浜DeNAベイスターズが勝ち抜き、福岡ソフトバンクホークスと対戦する事になりました。ベイスターズの日本シリーズ進出は19年振りで、セ・リーグ3位チームの進出は初。

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