№1203 思い出の海外旅行クロニクル 11.1998年スペイン1
「思い出の海外旅行クロニクル」、11回目は1998(H10)年11月のスペインです。9回に分けて書く予定です。
スペインの鉄道はタルゴとAVEが有名だが、一般の鉄道はどうなの?事前にトーマス・クックの時刻表を読んだ感触では、一部を除いて列車本数が少なく、プランニングがやや難しくなりました。前回のドイツ同様、夜行列車をかなり多用しています。
1998年11月11日(水)
今回は往復ともパリ経由、パリまではJAL便、パリからバルセロナはAF便の乗り継ぎとなりました。
パリ行JAL405便、B747-400。
JA8913はこの春に導入されたばかり。
本館のB73番ゲートから出発。
今日はアッパーデッキが指定されているが、キャビンに入ってビックリ、エコノミークラスにも個人TV!!
サテライトにフィリピン航空機がいます。この年の9月に経営難から一時運行を停止、この日は再開して2ヶ月、という所でした。
ロシア上空の混雑のため、出発が13時頃になるとアナウンス。実際にはそれよりは5分早く動き出しました。
R/W34へ向かう途中、B747-200B、「リゾッチャ」の着陸を見ます。
離陸して、関東平野。
日光。
改めて、アッパーデッキのキャビン。個人テレビは「MAGIC(-Ⅰ)」と呼称。ただしまだ試験段階のようで、飛行中時々画面が瞬間的に止まってしまう事がありました。さすがにまだAVODではなかった。映画(「シティ・オブ・エンジェル」とか)の他、フライトデータや下界の様子も映ります。
離陸後のオツマミ。TVは免税品販売。
離陸後、最初の食事。エコノミーだとこれまではメインだけ選択可能、他は和洋共通だったのが、最初の食事に関してはトレイ自体が和洋で完全に分離されていました。
洋食はスライスビーフ・シャスール風、マロン風味のパテ サラダ添え、フレッシュサラダ/リングマカロニ フレンチドレッシング、紅茶風味のケーキ、ソフトフランスロール。
(和食だと赤魚の煮つけや鶏肉バンバンジー蒸し、水ようかんなど)
途中、オニギリもサービス。
シベリア上空。白と黒のまだら模様。
成田から9時間弱、ウラル山脈を越えてラドガ湖。
到着前の食事。ペンネパスタ ボローニャ風、フレッシュサラダ、フレッシュフルーツ、テーブルロール。
CDGが近づいて降下、フランスの田舎を見下ろします。民家が限られたスペースに小ぢんまりと固まっているだけ。ホント、行ってみたくなる。私だけではなかったみたいで、後ろの席の女性も、「信じられない」と声を上げていた。
CDG到着。20分遅れ。バルセロナ・アムステルダム行AF乗り継ぎ客は申し出てくださいとアナウンスが聞こえてくる。まさに私が該当者。ビジネスクラスの客と同時の降機になったのは、他のYクラスの旅客に申し訳なかった。他にも数名いたが。
ブリッジの階段を下りて、専用のバスでA→Fへ。
バルセロナ行、AF2048便。A320-200。目の前の3席には日本人トリオがいるが、全体的にはガラガラ。出発は4分も早かった。これでは成田で預けた荷物はどうなるのか、やや心配。ロスト・バゲージは勘弁。
TVもオーディオもないから、非常デモは実演。
CDGの夜景。
18時過ぎに離陸。11月だともう真っ暗。ナスカの絵模様を連想させる街明かりが広がりました。
キャビン。
機内食はまさに軽食。サンドイッチなどは一口・二口で終わってしまう。むしろトルテの方がメインに思えました。
キャビンはエンジン音とエアコンの音位で静かだ。所々大きな街も見えるが、どこだかはまるで解らない。
バルセロナは定刻に到着。
案ずることはなく、成田で預けたバッグは、最後の1つとなってターンテーブルをグルグル回っておりました。
空港からはサンツ駅までのアクセス鉄道があります。駅はターミナルから離れていて、たどり着いたら発車間際。自動改札だったのだが、駅係員が扉を開けて、車内で切符を買うように言っていた。こういうケースは珍しくないのか、他にも数人乗車券を買う旅客の姿を見かけました。
車掌から購入した乗車券。305PTS(≒260円)。
この晩は、以前も宿泊した駅直結のホテルに投宿。
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1998年11月12日(木)
本格的な鉄道の旅がスタート。バレンシアへ日帰りで行って、夜行へマドリードへ移動のプランとしたが、最初に予定していたバレンシア行はなんと運休!ストだって…。何が理由か解らんが、スペインの鉄道は部分ストに突入していて、全面運休ではないが、先々の行程に影響が出る事になります。
サンツ駅10時のIC185に乗車。ポルトボゥが始発。3連の電車。
その車内。転換クロスシートが、欧州では珍しい。ただ、ピッチは狭い。天井にTVがあって、映画を上映。発車後にバーコーナーのスタッフがイヤホンを配って回ります。
先頭車両には1等と合造でバーコーナーがありました。小規模だが、ボカディーリョ(スペイン風サンドイッチ)はレンジで温める本格的なものでした。
エブロ川。
この路線は複線と単線が混在している。線形を改良した所が所々見られました。
カラフルなオロペサ・デル・マール駅。
カステリョン・デ・ラプラナ駅。バレンシアからの近郊区間のはずれに位置しているよう。
バレンシア・ノルテ駅到着。 ドームに覆われた頭端式ホーム。
バレンシア・ノルテ駅。いい駅舎ですねー。
駅内部・コンコース。
改めて、ホーム。
バレンシアにはメトロがあります。かなり新しそう。
全部は無理だが、ノルテ駅前のハティバ駅から乗ってみます。
当時のメトロ路線図。
「メトロ」としてはかなり小型の2ドア3連。その車内。車内はモダンで、BGMが流れていました。
ハティバ駅の入り口。斬新です。
3号路線に乗り、途中の駅で乗り降りしつつ、終点を目指します。
中間のメリアナ駅。地上で、単線区間になります。農村地帯の畑の中を走ります。郊外のローカル線を、中心部の新しい地下線で連絡して、ネットワークを築いたと見えます。
メリアナ近郊を走るメトロ電車。
一方、当時の終点アヴェニュー・デルシドは将来の延伸に備えた2面3戦の地下ホーム、かなり天井が高い。ここは地下鉄らしい装い。なかなかユニークな「メトロ」と見えました。
時間は少なかったが、観光も。「海の門」。
大聖堂は改修工事中でした。
バルセロナ行IC694列車は客車。どこが始発だったっけ?
客車ではあったが、行きのEC同様、転換クロスシート。こちらはややピッチが広い。
この列車には、本格的なカフェテリア車が連結されています。調理物は終わっていて、またボカディーリョとオレンジジュース。
郊外に抜けると直線が長く、グングンスピードが上がる。160㎞/h以上は出ていたはず。
だんだん暗くなり、民家の明かりも少なく、信号機の明かりだけが、次々に現れて、遠ざかっていく。
居眠りしていて、気づいたら、もうバルセロナの到着案内放送が流れていました。
今回初のタルゴ。マドリード行夜行。今回は座席車とします。
スペインは長距離の夜行が少なくないが、この晩は22時00分発マドリード経由マラガ・セビリア行、03分発マドリード行は運休となり、マドリードへの夜行は23時00分発の1本だけになっていました。ストの影響か。
1等リクライニング座席車。良く眠れそう?
夜行ながら、カウンター式のカフェテリアも営業。オールナイト。スタッフは大柄な初老の男性2人。結構忙しそうだ。調理物はないが、結構大賑わいでした。
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W杯決勝はドイツvsアルゼンチンと決まりました。それにしても昨日のブラジルの記録的大敗は衝撃的でした。ブラジルサポーターの少年が泣きじゃくっていたシーンはショックで、たかがスポーツ観戦が、後々のトラウマにならなければ良いが…。ネイマールらを欠いた事もあったろうが、開幕前から今に至るまで大規模なW杯反対運動が巻き起こっていて、今イチ乗り切れないムードを代表も引きずってしまい、皆がイメージしていた圧倒的な強さを見せられないまま、ここまで来てしまったような気がします。これがブラジルサッカー、ひいてはブラジルそのもののダメージとならぬよう、願うのみ。
《今日のニュースから》
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