№514 鉄道ピクトリアル2011年8月臨時増刊号 【特集】路面電車(鉄道図書刊行会)

 昨日は西武池袋線、そして今日は京王相模原線で大規模な輸送障害があり、相当長時間電車が止まってしまって、かなりの影響が出たようです。
 西武に関しては落雷が原因という事で、そういえば数年前には東急田園都市線でも落雷の被害があって、当日のみならずかなり長期間、ダイヤに影響を与えた事があったと思います。
 この数年、特に関東地方は夏になると必ずゲリラ豪雨が発生し、雷による被害も少なくないですから、鉄道業界も本格的な雷対策に力を入れるべきでしょう。
 恒久的な節電対策とセットとすべきでしょうが。

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「鉄道ピクトリアル」2011年8月臨時増刊号は、路面電車特集でした。
 この特集は何度か増刊で組まれていて、1990年代以降では1994年7月号、2000年7月号に次ぐものになります。
 性格上、他の特集に比べてオピニオン的な色彩が若干濃くなるようです。
 ここでは特に冒頭の「LRT」について、少し突っ込んで考えて見ます。
「LRT」といえば、タイトルが1994年7月号の「路面電車」が2000年7月号では「路面電車~LRT」となったものが、今号ではまた「路面電車」となって、「LRT」の3文字が消えてしまいました。
 何か意図があったのでしょうか?

★LRTをめぐる 日本の現状と課題
 関西大学の宇都宮浄人教授によるリポートと提言で、要約すると

1. LRTは、『まちづくり』と一体になった新しい「新交通システム」の一つである
2. 日本では公的な助成制度も始まっているのに、岐阜で全面廃止になるなど海外からは逆に遅れを取ってしまった
3. 高齢社会において維持可能なまちづくりの観点から地域にあった公共交通のあり方を考える必要があり、一定の人口がある都市ではLRTは有力な選択肢だ

という事になるのだろうと思います。
 そして、日本でLRTの計画が進まないのはなぜかを、宇都宮市のLRT計画を例に検証しています。
 宇都宮市では1990年代半ばから清原工業団地への交通渋滞が激しくなり、当時の県知事が新交通システムとしてLRTの導入に積極的で栃木県と宇都宮市が事業を推進する事になった、しかしその県知事が知事選で大型公共交通に反対する候補に敗れた事で宇都宮市が事業を主導する形になったが、この頃からLRT反対運動も活発化し、バス事業者(関東自動車)の経営難の問題もあって、現職の市長はLRT計画を様子見とし、以降は足踏みが続いている、という事です。
 この後、民放TV番組がLRTに反対する団体のメンバーの声を拾っているとして紹介しているが、これを見た限り、どうやら反対派はLRTを「ハコモノ」だと考えているようです。
 これらを踏まえて、宇都宮教授は「一般市民はクルマ社会の中でLRTを受け入れていない、公共交通の『赤字』は無駄という認識も根強い」と分析しています。

 関東自動車の経営難という話が出てきましたが、ここで思い出されるのが、№367で取り上げた、「バスラマインターナショナル122」の「バス事業者訪問139・関東自動車」。
 関東自動車の見解として、「LRTは1日4万人の利用を想定しているが、関東自動車全体の利用者数と同じ、本当にそれだけの利用があるのか。会社の死活問題だから反対と受け止められているが、違う視点から見て欲しい」とLRT計画に疑問を呈し、現存の移動手段(当然バス)の活用を検討して欲しいとしています。
 そこでこの後出てくる「輸送統計から見た路面電車」に出てくる路面電車のデータと比較すると、1日4万人(宇都宮市の計画では約4万5千人だそう)の利用というのは、日本の路面電車では優等生とされる鹿児島市(3万人弱)を大きく上回り、広電、東急世田谷線、長崎電軌、都電荒川線、京阪大津線に次ぐ第6位に一気にランクされる事になります。
 このインタビュー記事を踏まえてか、バスラマ誌の冒頭では(利用が当初の想定より大幅に下回って問題になっている)地方空港の現実にも触れて「新しいシステムには大きな金が動くのだから、もう少し慎重にデータの背景を見極めるべきではないか」としています。
 空港とLRTはまた大分違うとも思うが、確かにいきなり1日4万人とは、全く軌道系交通の経験がない都市の計画としては大風呂敷なのかもしれない。
 もちろんバスラマ誌も「バスとLRTはケンカするものではない」という認識では同じですが、同じ公共交通の趣味誌から異論が出されている事は、考えてもいいと思います。

 昨年フランスに行き、新しくてしかも盛業のLRTにたくさん乗ってきた者としては、確かに同じようなシステムが日本全国津々浦々に普及し、地元に定着して多くの利用を獲得できれば素晴らしいし楽しいかなとも思う。
 しかし、私自身№342で書きましたが、地下鉄や新交通システム(「ゆりかもめ」的なもの)と比べて大幅に安上がりといっても当然それなりに費用がかかる(宇都宮市では383億円を想定)し、ロケーションからして地下鉄・新交通システム以上に地上の生活に重大な影響を与えそうだから(『まちづくり』と一体というなら余計そうなる)、もう少し慎重に計画を進めなければならないのではないでしょうか。
 宇都宮教授のこの提言にしても、LRTの特性を理解していると書いているだけで具体的な評価が見られないし、「『まちづくり』はLRTありきではない」といいつつ、全体的な総括は「初めにLRTありき」と読めてしまう。
 また、全国のLRT検討の状況の別表もあるが(そういえば大森の計画がこの表にはないがどうしてだろう)、それらについても具体的にどういう計画(想定される運行区間・一日の利用者数等)なのかというものがわからないから、いいのか悪いのか評価がしづらい。
(正直単なる「思いつき」的な所も少なくないのでは?)
 さらに、公共交通は「赤字・黒字で判断してはいけない」といっても、やはりまったく採算度外視というのも今は許されないので、どう収支を償うか、赤字止むなしとしてもその補填は具体的にどうするのか、その方法論まで考えないとダメなのではないでしょうか。
 
 一昔二昔位前は、在来の路面電車の維持及び延伸、さらにLRTの建設には自治体(特に首長)の熱意が欠かせないとされ、今号でもそういう論点があちこちに見られるようです。
 しかし私は、まず沿線の(あるいは沿線になる)住民・市民の意識が左右する部分がかなり大きくなっているのではないかと思います。
 いくら首長がLRTに熱心でその有効性を説いても、首長を選ぶ権利は市民(有権者)にあるので。
 岐阜の名鉄市内線の廃止を嘆く声も未だに大きいようですが、特に大規模な反対運動が起こった訳でもないと聞いていますし。
(30年以上前の京都市は反対運動がかなり激しかったそうだが)
 欧米で出来てなぜ日本で出来ない、という論調は、社会民主主義の思想が市民の中にある程度自発的に定着している欧米(特に西欧)と違い、日本では個人の利益が第一であり(しつこいけど、「ETC1000円」で反対運動ではなく大渋滞が起こるようなお国柄)、なおかつ自己責任という考え方が希薄だという国民の気質の違いも考えなければならない。
 上に挙げた全国各地のLRT計画でも、それを推進しようと叫ぶ草の根運動の視線はどうも上(政治・行政等)の方に向きがちで … これは何も交通問題に限らないが … 足元の市民レベルに訴えるという部分が足りないように思えます。
 今後はまず市民レベルで、今後の地方の交通はどうあるべきかを真剣に考え、まとまった物を上に押し上げて行くという「ボトムアップ」で順番で考えるべき。
 せっかくLRTをつくっても市民がソッポを向いてしまったら、それこそ国鉄の赤字ローカル線の二の舞になってしまいます。
 繰り返しですが、計画は慎重に進めるべきでしょう。

 なお宇都宮のLRT計画についての個人的な意見ですが、初めから「トラム・トレイン」的な思想を持たせておいた方がいいかもしれない。
 JR日光線・東武宇都宮線への直通、逆にJR烏山線からの直通を想定しておく、という事です。

 ちょっと長くなっちゃいました。先を急ぎます。

★鉄軌道直通運転の試み … 過去の事例を並べているが、それこそ「トラム・トレイン」の普及を見据えて、今後はどうあるべきか、欧米の現状は … 交直両用車もある位だ … という点にまで触れられれば良かった。

★都電の時代 … 都電に限らないのですが、私はどんな色であってもその交通を支えてきた塗装である限りは、少なくとも趣味的には受け入れるべきだと思っています。「黄色+赤帯」の6086号が去年の荒川車庫でのイベントに続いて、今現在「東京の交通100年博」でも公開されていますが、3年前の「岩手・宮城内陸地震」で被災し亡くなられた岸由一郎氏のプロデュースによるものでもありますし、今後も尊重されるべき塗装でしょう。(阪堺電軌でも走っているし)広告ラッピングは正直多少勘弁を…と思っていますが。

★路面電車の歴史的車両 … これも何度か書いていますが、過去にある程度大規模に路線網があって、今も各地に動態・静態保存車両が残る東京都や西鉄あたりは、是非本格的な博物館を造って欲しい。
 最低名古屋市営の「レトロでんしゃ館」位のレベルで。

 後半の「日本の路面電車 各社局現況」は1994年7月号・2000年7月号と同じ。
 2000年7月号と比較して、
*新設 … 富山ライトレール
*廃止 … 名鉄岐阜市内線・美濃町線
*事業譲渡 … 加越能鉄道 → 万葉線
*組織改変 … 函館市交通局 → 函館市企業局交通部
 この他富山地鉄富山軌道線で路線の新設があり、広電や土佐電で起点・終点の移設による改良が見られた。
 営業面ではICカードが普及、「PASMO」「manaca」といった、地下鉄・バスや大手私鉄等にも乗れる広域タイプのICカードの導入の事例も見られます。

★富山地鉄富山軌道線 … T100形「サントラム」は、9000形(富山市が所有)や富山ライトレール0600形と同タイプの方が、点検整備や将来の相互乗り入れという点で有利だったのでは?「RAILWAYS2」の企画は初めて知りました。

★京阪大津線 … もう路面電車の項目から外しても良いのではないか?たとえ車両が多少路面電車のDNAを受け継いでいて、一部路面区間があったとしても。

★嵐電 … 紫色の新カラーは、何か一つワンポイントがあってもいいかなあと思いますが、どうでしょう。宅急便貸切電車の施策は注目。路面電車に限らず、他の交通でもあっても良いと思います(確か岩手県交通にそんなバスがあったと思いますが今はどうなんだろう)。

★阪堺電気 … やはりLRT計画の頓挫で、ここが一番心配。№410でも書きましたが、とりあえずは大阪市内の路面区間の再整備が求められるのではないでしょうか。後は新車の導入も何とかやって欲しいです。161号の復元は初耳。やはり渋いなあ。

★岡山電軌 … せっかくの「MOMO」が未だ1編成だけで9年も経ってしまっているのは、万葉線などを見ても残念。「たま電車」はダイヤ限定なのか。「KURO」や本家・和歌山電鐵の「たま」と違って内部は改造されていないし、清輝橋線の乗客にも見てもらいたいから、通常の共通運用でいいのでは?

★広島電鉄 … そうか、もう3年新車が入っていないのか。最近は長編成の連接車の導入が続いているが、今後は現在の単車を置き換える車両の導入が期待されるのではないか。しかし特に書かれていないが、広電でさえ特に宇品付近では本数の削減が行われていたりして(一部はすぐ元に戻ったそうだが)ちょっと心配。JRも減便だし、広島は鉄道の利用自体が落ち込んでいるのか?

★土佐電気 … ここも車両の近代化があまり進んでいないよう。「ハートラム」も、距離からしてあと2~3本は欲しいけれどなあ…。590形の名鉄からの移籍はかなり意外だと感じた(間違いなく美濃町線と運命を共にすると思っていた)が、冷房付が買われたのでしょうか。

★鹿児島市営 … 勘違いしていたようだけど、「かぼちゃ色」って、最近流行の旧塗装復刻かと思っていたのですが、これが今も標準塗装だった、という事ですね。

 将来的な事を見据えるなら、技術的な試験、例えば札幌市で行われた「SWIMO」「HI-Tram」の走行試験について、独立した記事があっても良かったのではないでしょうか。
(レギュラーの号で掲載したのかも知れないが)
 LRT計画については、私自身いくつか思う事がありますが、ここは「オピニオン」ではなく「レビュー」ですし、私自身まだはっきり体系的に考えがまとまっている訳ではないので、これ以上ここでは触れない事にします。
 いずれにしろ、皆が納得できる形で路面電車の維持・LRTの整備が行われて欲しいと思います。
 LRTに限らないが、公共交通の整備で争い事は見たくないので…。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。

「バスジャパン・ハンドブックシリーズ74 アルピコ交通」が発売になりましたが、これからデータの整理・分析に入りますので、しばらくお待ちください。
 でも14年前と比べても路線は大幅に減っているし、何より車両数30%以上減は厳しい…。 

《今日のニュースから》
潘基文(パン・ギムン)国連事務総長 福島県を訪問 被災者を激励

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