№330 私鉄の車両シリーズ76 京成電鉄3400形

「私鉄の車両シリーズ」は今日から再び関東地方に戻り、まずは大手私鉄を8回連続して取り上げます。
 今日は京成電鉄3400形です。
 
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 3400形は初代「スカイライナー」AE形の走行装置を活用し、1993年より制作された通勤車です。

 まず、初代AE形(以下単純にAE形)について簡単に記します。
 AE形は成田空港開港(1978年5月)を見据えて日本初の空港特急として製作、開港の遅れにより当初は「開運号」を置き換え、京成上野~京成成田の特急として運用されました。
 空港開港時より本格的に「スカイライナー」として運用され、後に輸送力増強のため6連×7編成→8連×5編成(2両廃車)に編成替えが行われましたが、空港ターミナル直下の新駅乗り入れに対応したAE100形と順次交代、空港アクセスの任を降りる事になりました。
 しかし1972年製と車齢が比較的若く、車体を新製して通勤車に転用する事になったものです。
 車体色は当初はクリーム+ブラウンのツートンカラーから、クリームベースに赤+青のストライプが入ったものになりました。
 1974年の鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞。
 なお、車体のみ残ったAE61の1両が、宗吾工場構内に保存されています。

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 さて、3400形用の新たな通勤仕様の車体は、同時期に量産が行われていたVVVF通勤車の3700形に準じています。
 ただし、軽量ステンレスの3700形に対して普通鋼製となって、正面の形状も若干異なっています。
 塗装はライトグレーに赤+青帯の新塗装。
 冷房装置はAE形の分散型を転用。
 運転台は3700形同様のT字形ワンハンドルマスコンとなり、支援用モニターを装備。
 制御装置はAE形の界磁チョッパを受け継いでいますが、定速運転指令装置は撤去されています。
 S形ミンデン台車やパンタグラフも改良の上で転用されています。

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 車内は3700形同様のロングシートですが、先頭車には京成では初めて車椅子スペースが設置されています。
 ドア上部にはLED式の案内表示装置も設けられました。

 1995年までの間に8両編成×5編成、40両全車が、宗吾工場内の大栄車両で製作されました。
 いずれの編成も当初は6連で落成、後にMMユニットを挿入する形で8連化されています。
 その後もMMユニットを抜いた6連で運用された事もあり、千葉線に入線した実績もあります。
 後に正面にスカートが設置された他、2003年~2006年にかけてパンタグラフがすべてシングルアームに交換されています。
 座席は柄入りのラベンダー系に変更され、扉上部の案内表示装置は3000形と同様のタイプになり、位置の見直しも行われています。
 なお、3401Fは2002年の3ヶ月間、北総開発鉄道への貸し出しの実績がありました。
 デビュー以来3700形等と共通運用で、本線の特急・急行・快速や都営浅草線・京急線直通運用についています。

【編成】
←京成上野・押上     成田空港・東中山
 M2c 3400 - *M1 3400* - T 3400 - M1' 3400* - M2 3400 - T 3400 - *M1 3400* - M2c 3400
* パンタグラフ

 今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1997年1月臨時増刊号 【特集】京成電鉄」(鉄道図書刊行会)
「鉄道ピクトリアル2007年3月臨時増刊号 【特集】京成電鉄」(鉄道図書刊行会)
「私鉄新型車両コレクション」(交通新聞社)
を参考にさせて頂きました。

 次回のこのシリーズは、東武の日比谷線直通用通勤車20000系です。

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