最初は、横浜市営地下鉄の1000形です。
横浜市営地下鉄は1972年12月、1号線の伊勢佐木長者町~上大岡間が開業しました。
この時に製作されたのが1000形です。
3両編成でデビューしましたが、その後路線の延伸や乗客の増加に合わせて増備・増結が行われ、最終的には6両編成×14本の84両が製作されました。
1号線・3号線(現ブルーライン)は他の鉄道線との相互乗り入れは考慮されておらず、直流750Vの第3軌条方式で建設されました。
1000形もその地下鉄の仕様に乗っ取って設計されています。
車体はスキン・ステンレス製で、窓・ドアの配置に特徴があり、編成を組んだ時にドアの間隔が均一になりません。
1000形を特徴付けるものとして、ドア部分を青く塗装している事があります。
「ゼブラトーン」と呼ばれたこのカラーリングは、ホーム上での扉の位置を明確にする効果がありました。
「く」の字形の正面は中央に窓がない非常用扉、その両側に左右非対称の窓を配置しています。
非常用扉の内側にはしごが設置されていました。
1次開業時は3連でしたが、2次開業(横浜~伊勢佐木長者町間及び上大岡~上永谷間)直後の1977年に5連化、さらに3次開業(新横浜~横浜間及び上永谷~舞岡間)時に6両編成となりました。
1989年~1992年にかけて全車両に冷房化改造が実施されました。
この際、運転室後部の優先席がクロスシートとなった事は、地下鉄では珍しいケースとして注目されました。
反対側は座席を撤去して車椅子スペースとしています。
その他の座席のモケットには、1人分ずつを区別する模様がほどこされています。
また、各ドアの上部には文字式及び地図式の次駅案内表示機が設けられました。
1993年のあざみ野及び1999年の湘南台延伸後も主力車両として活躍してきました。
しかし老朽化が進んでいる事、抵抗制御車両である事、さらには計画されていたワンマン運転には対応しない事とされたため2004年より順次3000R形への置き換えが進められました。
2006年12月には後継の2000形と共にさよなら運転を行ない、引退しました。
開業時の第1編成3両は新羽車両基地に保管、1両は横浜市資源循環局金沢工場で、古紙・古布を一時保管するためのストックヤードとして再利用されています。
【編成】
←横浜方 海老名・いずみ中央方→
Mc 1000 - M2 1000 - T3 1000 - M4 1000 - M5 1000 - Tc 1000
今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1990年3月臨時増刊号 【特集】日本の地下鉄」(鉄道図書刊行会)等
を参考にさせて頂きました。
次回のこのシリーズは、千葉ニュータウン鉄道(北総鉄道)の9000形です。
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