№168 私鉄の車両シリーズ24 高千穂鉄道TR300形

「私鉄の車両シリーズ」、今回は初の第3セクター鉄道です。
 残念ながら水害の影響で廃線同然になってしまいましたが…。

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 高千穂鉄道は、第2次特定地方交通線に指定されていた、JR九州・高千穂線を引き継ぐ第3セクター鉄道として、1989年4月に開業しました。
 イベント対応車両としては、TR100形にイベント機器を搭載したTR200形が用意されましたが、観光客へのサービス向上を図り、本格的なイベント車両として、1991年にデビューしたのがTR300形です。
 2両編成1本が新潟鐵工所で製作されました。

 TR300形はパノラマ仕様となり、秋田内陸縦貫鉄道AN-8900形とほぼ同型です。
 車体は18m級となり、一般車と比較して長くなっています。
 前面は曲線ガラスを採用。
 乗務員室は全室タイプですが、仕切りの窓を大型化し、車内からの前方の展望に配慮しています。
 乗降用ドアは後部に引戸が1箇所設けられています。
 走行機器類自体は新潟鐵工所の標準仕様で、一般車との併結運転も可能です。

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 車内は両端が転換クロスシート、中央部はソファをサロン風に配置しています。
 木目調主体の暖色系のインテリアですが、座席モケットの色調は2両で異なったものにしています。
 車端部はサイドシートの他、イベント用にTVモニターとレーザーディスク再生装置を装備。
 トイレ・洗面所は設けられていません。
 側窓は固定窓としています。

 1991年7月20日より、「たかちほ号」2往復(快速・普通)の座席指定車両として運行を開始。
 写真のように、一般車両と連結して運用されていました。
 車内には案内係が乗務。
 検札の他、観光案内やコーヒーサービス(有料)なども行っていました。
 2003年3月、「トロッコ神楽号」のTR400形と交代して引退。
 2両とも地元 の酒造会社に引き取られ、旧国鉄未成線区間にある同社経営の「トンネルの駅」で、休憩所として使用されています。


 ところで、高千穂鉄道は2005年9月の台風14号による水害で甚大な被害を受け、一部区間で観光鉄道としての再起の可能性が検討されたものの、結局立ち直れず全線で廃止になりました。
 ここで、高千穂鉄道の各駅の写真をご覧頂きましょう。
 皆1995年の撮影です。
 高千穂駅では、駅毎に駅名標の下にイラストが掲げられていました。

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延岡
 JRとは異なる場所に、独立した駅舎が設けられていました。

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西延岡 延岡から4.1㎞

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行縢 西延岡から2.7㎞

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細見 行縢から3.6㎞

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日向岡元 細見から1.2㎞
 撮影直後に交換設備が復活しています。 

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吐合 日向岡元から1.7㎞
 ここから亀ヶ崎までの北方町は、地名に干支の名前が用いられている事で、「干支の町」としてアピール、駅名標のイラストにも取り入れられていました。
 なお、北方町は、高千穂鉄道運休の翌年の2006年に、延岡市に編入されています。

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曽木 吐合から1.3㎞

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川水流 曽木から2.5㎞
 交換設備あり。
 駅舎は車寄せ部分の飾りが印象的です。
 この駅を出ると第一五ヶ瀬川橋梁を渡ります。
 延岡に一番近いこの鉄橋が流されてしまった事が、高千穂鉄道に致命的な打撃を与えたと思います。
 この先も何度も五ヶ瀬川を渡ります。

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第一五ヶ瀬川橋梁

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上崎 川水流から2.8㎞

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早日渡 上崎から5.0㎞
 背後に見える赤い橋は、国道218号バイパスの「干支大橋」です。

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亀ヶ崎 早日渡から1.5㎞

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槇峰 亀ヶ崎から2.7㎞
 この駅も撮影直後に交換設備が復活しています。

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日向八戸 槇峰から2.4㎞

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吾味 日向八戸から1.4㎞

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日之影温泉 吾味から4.7㎞
 1936年(昭和14年)10月にここまで到達。
 以降長く国鉄日ノ影線として運営される事になります。
 交換可能駅。
 高千穂鉄道転換後、1995年(平成7年)に温泉設備併設の駅舎を新築、同時に日ノ影→日之影温泉と改称しました。
 ここから先は1972年(昭和47年)7月に開業。
 路線の様相が一気に変わり、長大トンネルが連続する事になります。

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影待 日之影温泉から2.8㎞

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深角 影待から3.6㎞

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天岩戸 深角から3.9㎞
 この駅を出ると、日本で一番高い鉄橋の高千穂鉄橋を渡る事になります。

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高千穂鉄橋

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高千穂 天岩戸から2.1㎞
 高千穂町の中心や、宮崎交通のバスセンターは、駅から離れた場所に位置していました。
 この先、高森(南阿蘇鉄道)まで線路を延ばそうとしていて、その予定地だった場所ににTR300が保存されている訳です。

 高千穂鉄道は水害により、1年間の休止の後、延岡~槇峰は2007年9月に、槇峰~高千穂も2008年に廃止となりました。
 車両はTR400形はJR九州が購入、キハ125(400番台)に改造して日南線の特急<海幸山幸>に転用し、TR200形の内1両は阿佐海岸鉄道が無償で譲渡を受けて運用しています。
 現在、著名な作家・漫画家らを代表とする「高千穂あまてらす鉄道」が、日之影温泉~高千穂を観光鉄道として復活させるために活動しており、当面は高千穂駅構内でイベントを行っています。
 
 今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1992年10月臨時増刊号 新車年鑑1992年版」(鉄道図書刊行会)
「ローカル私鉄車輌20年 第3セクター・貨物専業編」(寺田裕一・JTBキャンブックス)
「私鉄気動車30年」(寺田裕一・JTBキャンブックス) 等
を参考にさせて頂きました。

 次回のこのシリーズは、東京モノレール1000形です。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。(名前は公表しません。)



新・鉄道廃線跡を歩く5 四国・九州編
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