№2760 12年ぶり 年越しの関西・紀伊・名古屋旅行 3.紀伊半島西半分 久しぶりの紀州鉄道

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 能登半島地震の衝撃が到底冷めやらぬまま、申し訳ないが私の旅は続きます。
 3日目は紀州半島を一周します。紀勢本線は2021(R3)年10月5日に乗っていて、№2420で書いています。あの時は名古屋から入って亀山→和歌山(→橋本)という左回りだったが、今回は右回りです。途中、前回は乗らなかった紀州鉄道にも、久しぶりに乗ります。
 写真点数が多くなるので、2回に分けます。

 1月 2日(火)
 ところで、カメラの調子がおかしい。出だしからだったが、標準レンズの時には、シャッターを切ってもエラーが出て、画像が映らない。前日まではだましだまし使えた時もあったが、この日は完全にダメ。レンズが故障していると判断せざるを得ない。残り2日間は望遠レンズと(上の紀州鉄道の画像も望遠)、スマホでしのぐしかない。撮影は私の趣味を支える生命線、なのに…。

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 改めて、南海線上下の高架化がなった羽衣駅。前回来た時(2020(R2)年12月)はまだ南海線上りと、高師浜線が地上のままでした。

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 そして、JR阪和線支線の東羽衣駅。
 南海線を高架化するんだったら、阪和線の駅も一体にできなかったのかなあ?と一瞬考えたりもするが、まあやっぱり無理、でしたよね?

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 前回は夜に鳳から着いた。この時には駅員がいなくて「当然の如く駅員はいなくて、遠隔操作」と書いていたが、完全に無人化されているのではなくて、時間帯によっては駅員がいます。「青春18きっぷ」にも日付印を入れてもらえました。

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 昔は乗降でホームが別々になっていたようだが、それほど利用者が多かった、という事だろうか?

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 東羽衣駅からも、高架化された南海羽衣駅を見る事ができます。マンション越しだけれど。

 電車は前回と同じく227系4連のワンマン運転。今度は昼間なので景色もキチンと見えました。2分程度だけれど。
 鳳からの関西空港・和歌山行関空・紀州路快速は乗り換え時間が短くて、ギリギリだった。

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 右手にりんくうタウンのタワーが見えてきました。関西空港は分からなかった。

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 日根野で関西空港行と和歌山行が分離されるが、和歌山行の編成から大慌てで関西空港行に乗り移る乗客が相当いた。大半はインバウンドだったと思う。車内でいくら(英語をも交えて)この編成は空港には行かないとアナウンスしても、皆にキチンとは、間違いなく伝わらない。乗り間違えたら、下手をすると航空便に乗り遅れる可能性もある。阪和線全体の輸送量と線路容量のバランスを考えての設定だろうが、やはり空港へ行く列車は、全ての車両が空港までキチンと行くダイヤ編成にすべきではないか。これは、他の空港についても言える事。

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 改めて、4連となった紀州路快速和歌山行。「快速」と言っても、この列車は、この先は各駅停車(列車によっては和泉砂川・紀伊・六十谷のみ停車)。

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 特に日根野から先の阪和線は、直線が長いが、アップダウンが多い気がする。

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 今の大阪環状線を巡る、阪和線・関西空港線と大和路線(関西本線)の運行系統図。やはりだいぶ複雑になってしまっている印象がある。どこかで停車駅の整理とかできないだろうか。
(京葉線みたいなドタバタが発生しても困るが)

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 現在のJR西日本のICOCAエリア。北陸から山陽までつながっているが、一般的には200㎞を越えての利用はできない。それでいいのではないか。JR東日本など、長距離のICの利用をさせたいがために、強引に福島県から長野県までを東京近郊区間にしてしまったが、間違っている。

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 和歌山に着いた。ここで、前回は乗っていない「和歌山市支線」に乗る。正確には紀勢本線の一部だが、この区間は「きのくに線」ではないのね…。列車の運行情報もなく(阪和線羽衣支線はあるのに)、継子扱いされている印象。紀和付近は高架化されていた。
 和歌山市到着。右に南海の「めでたいでんしゃ」がいるのが、分かるでしょうか。

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 和歌山駅での和歌山市支線は、和歌山線と同じホーム。少々腹立たしいのは、階段部に中間改札があり、しかも駅員の配置はないので、「青春18きっぷ」だといちいちインターホンで母屋の駅員を呼び出して、きっぷをカメラで見せなければならない事。同じJR西日本なのに、なぜこんな手間を強いるの?
(和歌山線も和歌山市支線も大阪近郊区間の一部で、経路をチェックする必要はないはず)

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 その階段部の乗り換え案内だが、和歌山電鐵は「たま」だ。

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 和歌山9時20分発御坊行337M。225系4連。

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 高架化されて久しい海南駅の高架上から見た旧野上電鉄の駅は、完全に更地…。今年で廃線からちょうど30年(1994(H6)年3月いっぱい限り)だからねえ。日方というJRの駅から離れた場所にあった駅が始発で、乗り換え客の便宜を図るために連絡口というホーム(日方駅の構内の扱い)があって、JRのホームとは簡素な踏切で結ばれていて…なんて綴っても、若い人にとってはもう?でしかないだろう(当ブログスタート直後の№61で車両と駅の画像を並べてあります)。

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 前回乗った時は真っ暗だった区間だが、今回は存分に車窓を楽しめます。海も見えます。ただし電線がジャマ。

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 有田鉄道との接続駅だった藤並も、その面影がほぼなくなっている。JRの駅自体橋上駅舎化されているし。有田鉄道は№82で書いています。2002(H14)年12月31日の運行を持っての廃止から、こちらも21年経ちました。

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 この区間は海が見える所は案外少なくて、山が遮っています。その山の上部に、風力発電の風車が見えます。

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 車内の表示。北陸新幹線敦賀延伸のPRもあったが、開業大丈夫?と、ちょっと思った。
(結局、予定通り3月16日開業と決まった)

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 御坊駅。

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 駅の中の様子。1月2日とあって、早めに帰路に就く、という感じの帰省客の姿が目立つようだ。
 北陸方面の列車の運行状況が記されていた。

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 駅前に発着するバスは、以前の御坊南海バスが熊野交通と合併し、熊野御坊南海バスとなっていた。全然エリアが違うのだが。

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 紀伊半島最後の私鉄となった紀州鉄道は、次は11時25分。ひとつ前は、337M到着の17分前に発ったばかりで、1時間以上の待ち合わせになった。もう少し接続が良いものではなかったか?と思ったが、同じ車両が行ったり来たりするだけの路線で、JR全列車との良好な接続を確保するのは、難しいだろうか。車両は代替わりして、元信楽高原鐵道のKR205。

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 次の学問までは、駅間の距離が一番離れている。といっても1.5㎞。田園地帯。

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 紀伊御坊駅には、同じ元信楽高原のKR301の姿があった。どの程度の間隔で入れ替えられるものなのか。キテツもいる。

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 終点の西御坊駅。御坊からわずか2.7㎞、8分の旅。

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 駅舎内…と言ってもほぼ待合室…には、昔の写真が並べられていた。

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 平成の世になって間もなくの1989(H元)年3月31日までは、もう一つ先の日高川まで路線が延びていた。今でも、西御坊駅付近ではレールはそのまま。

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 しばらくは跡を辿ってみる。「紀州鉄道管理地 無断立入禁止」の看板が右手にあるが、どの程度守られているのやら。すごく小さくなって分からんかもしれないが、この道路の先に、西御坊停車中のKR205が見えます。

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 この踏切の跡はしっかり埋められているが、駐車場になったその脇には、警戒色に塗られた柵が残されていた。

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 この先は完全にジャングルと化して、人が入れるスキがない。
 違うルートで日高川を目指しても良かったが、この日はこの後御坊まで歩いて戻るため、ここで引き返す。

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 帰りは一つ一つ駅を撮っていく。市役所前。

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 西御坊。ここには駅員がいて、きっぷの他にグッズ類も販売している。

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 学問寄りには、2009(H21)年まで使われた古豪、元大分交通のキハ603が静態保存されています。もう少し状態が良いといいが。

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 説明書きもあります。キハ600形については、№322で取り上げました。14年も前、拙いテキストで申し訳ない。

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 学問駅。

 帰りを列車でなく徒歩にしたのは、まだこのKR205そのものを撮っていなくて、御坊~学問間で下りを撮影しようと考えていたのだが、西御坊12時04分発に乗ってしまうと、御坊着が12時12分。折返しは5分しかなく、撮影場所までたどり着けないと判断したのです。
 実際はJRの列車が遅れていて、こちらも5分程遅れて通過したのだが。これを撮影したものが、一番上の画像です。

 これで、路線同様短かった紀州鉄道めぐりも終わりです。あとはKR301が動く所も撮りたいとは思うが、そもそもいつ動くのか解らないと、訪れるのが少々難しい場所、だからねえ。

 今日は「青春18きっぷ」使用だが、後半の出だし、紀伊田辺までは〔くろしお〕乗車です。後半は次回です。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 京浜急行バスが、ドライバー不足+「2024年問題」を理由とした大幅なダイヤ改正を、3月1・16日及び4月1日の3段階に分けて行うと予告しています。初発・最終の時刻の変更も伴うという、全線規模で相当厳しい内容が予想されます(具体的な内容はこれから順次リリース)。京急バスはコロナ禍前にも既に磯村 勇斗を起用した採用活動を行っていたし、今現在も京急電車まで交えて大規模な募集を行っているのだが、既に高速路線が相当減便(3月1日からの大船・藤沢線など全便運休という路線もいくつか)になっていて、うまく行っていないなあという印象です。バス業界でも最大手クラスのはずの京急バスでこれでは、バス業界全体では4月1日を迎えるとどういう事になるのか、大いに不安です。

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posted by 菊池 正人 at 23:00Comment(0)旅行