№2750 2023 九州の鉄道トピックスを訪ねて 4.再開 南阿蘇鉄道

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 熊本地震で被災し、長らく立野~中松間の不通が続いていた南阿蘇鉄道は、去年の7月、7年ぶりに全線の運転を再開しました。同時に新車両を導入、朝の2往復が肥後大津までの直通運転を行っています。
 今回は帰りの航空便もあって、残念ながら立野まで1往復するだけで終わってしまうが(だから肥後大津に宿を確保できなかったのが残念)、ともかく、再開後の南阿蘇鉄道の「今」を、見てこようと思います。

12月13日(水)

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 早朝の熊本駅。

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 7時35分発の肥後大津行1437Mで出発。815系2連。

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 肥後大津駅。こちらは北口。

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 駅舎内には、南阿蘇鉄道運転再開を祝福する写真が、数枚貼られていました。

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 昨日三角線で見たような、ドア扱い変更のお知らせが、肥後大津にもありました。
 下は、大分のキハ125が描かれています。実は写真がなくて大変申し訳ないが、肥後大津8時57分発423D宮地行が、キハ125の単行でした。

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 一方こちらは南口で、熊本空港への無料乗合タクシーがあります。高森から帰ってきてから、乗ります。

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 ホームの時刻表と、南阿蘇鉄道直通列車の扱い、それとICカード。豊肥本線(熊本側)は、この肥後大津まで。

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 南阿蘇鉄道直通のMTー4001が着きました。高森から豊肥本線に直通するのは、高森線→南阿蘇鉄道転換後では初。

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 フルカラーLEDの行先表示。

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 9時23分到着の1445Mからの接続で出発。この時点ではまあまあ、という感じの乗り具合。車内は全ロングシートで、トイレはない。

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 立野まで、山間部をグングン上がっていく。右に見えるニールセンローゼ橋は、県道瀬田竜田線の比丘尼谷橋。

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 左から(右の線路)、スイッチバックで下ってきた、阿蘇方面からの線路と合流して、立野到着。
 ここで、インバウンドの団体?が乗り込んできて、かなりの賑わいになる。

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 再開と同時に、JRの線路が延びて、南阿蘇鉄道の線路(右側)と合流。

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 構内には、南阿蘇鉄道(と豊肥本線)の再開の支援に感謝する看板もありました。でもJRは、立野に来る事がない815系電車だ。

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 再建された、白川第一橋梁をゆっくり渡る。渓谷の上には、同じく地震から再建された、阿蘇長陽大橋がかかる。

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 川に鉄骨が見えるが、地震の時に鉄橋から落ちた一部だという。
 この辺の観光案内は運転士地震が行うが、時々中国語が混じって、おやおや、と感じさせる。到着後、別の鉄道職員に尋ねたら、独学なのだそう。

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 長陽駅には、全線運転再開を祝う横断幕がありました。

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 左手には、雄大なスケールで阿蘇中岳を見る。

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 南阿蘇水の生まれる里白水高原駅の先、小鉄橋が跨ぐ寺坂水源。

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 明神池名水公園。改めて、ずいぶんと水に恵まれた場所なのか、と思わされる。

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 高森が近づくと、根子岳も姿を見せてきました。中岳とは相当山容が違って、かなりゴツゴツしている。

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 高森到着。乗客が記念撮影にいそしむ。
 インバウンドの方々は、駅前に待っていた観光バスに乗り換えていったようだ。

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 構内には、「ワンピース」がラッピングされたMT-3010号が留置され、格好の被写体になっていたようです。「ワンピースサニー号トレイン」として、日中に線内を3往復するダイヤだが、木・金・土休日運行で今日はお休み(JTB時刻表には、その点が記されていない。11月号までは記載があったが)。

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 駅の傍らには、「ONE PIECE」のキャラクター、フランキーの銅像が建てられていました。3年前にお披露目されたそう。
 前日の日田駅前の「進撃の巨人」とか、新函館北斗や佐久平には「北斗の拳」のキャラの銅像などがあり、他にも多数あるはずで、これらを訪ねて歩く旅も、楽しい?

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 高森駅は駅舎が立て替えられました。付近の観光の拠点として機能しているようです。バス路線も入ってきます。

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 中もかなり広々していて、乗車券類のみならず、観光物産の販売も行っています。

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 目を惹くのは、「マンガ」。地震直後、一部区間再開の時に「マンガよせがきトレイン」が運行されていて、当時協賛した漫画家の名前が並べられています。小学館の協力なので、皆「サンデー」や「ビッグコミック」などに掲載された作品の作者です。あだち 充・高橋 留美子・細野 不二彦・ゆうき まさみらの名前も見えますねえ。残念ながら、この後亡くなられた方の名もあります。

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 その漫画家の皆さんのイラストの寄せ書きが、並んでいます。

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 これとは別に、熊本県出身の宮崎 美子や、TVのアナウンサーのサインも。

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 さらに、上白石 萌音・萌歌姉妹や、「ふなっしー」のサインもあります。
 この時点では全然意識しなくて扱いがぞんざいになってしまっているが、右には年末に亡くなられた、八代 亜紀さんのサインもありました。

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 残念ながら高森周辺の周遊とか、列車の撮影とか、そういう時間は全然ない。熊本空港からの帰りのソラシド便の時刻を考えると、10時55分発の立野行で高森を後にせざるを得ない。
(これでも12月1日の改正で、滞在時間は30分増えていたが)
 構内には開業時から走るMT-2000形の姿があるが、近頃はあまり可動していない?今月になってMT-4000形の増備車両が甲種回送されたそうで、MT-2000形の先は長くはなさそうだ。

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 線路そのものはやはり、旧「簡易線」なので貧弱。

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 阿蘇の外輪の山々。

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 トンネル部分も、かなり修復された後がある。

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 長陽~立野間は、やはりいちから線路を造り変えたのだろうか。

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 立野橋梁と、立野ダム。

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 立野駅自体も完全に造り替えられ、ホームを地盤が覆うようになっていました。
 もう少し観察も必要だろうが、肥後大津行428Dへの乗り換え時間が5分しかなく、乗り換えだけで精一杯になりました。次の列車は2時間後で、そうなると肥後大津からの乗合タクシーの時間では、ソラシド便に乗れなくなってしまうので、泣く泣くさっさと乗り換えてしまいました。

 という感じで、慌ただしく南阿蘇鉄道を訪ねてきました。午前中だけになってしまったのは、何とももったいなかったです。
 当分は観光客、特にインバウンドで賑わうと思うし、鉄道側も、上も下も彼らを迎える心構えができているようで、これは今後も継続が期待される。ただ、やはり南阿蘇鉄道の努力だけでは限界もあるだろう。再度線路がつながった、JR九州側の協力も欠かせない。南阿蘇鉄道自体が観光資源になりうるので、それこそD&S列車、〔かわせみやませみ〕〔A列車で行こう〕あたりの直通運転の設定などあっても、良いのではないか?可能なら、阿蘇一周観光ルートの構築も考えたい(高森と阿蘇・宮地をバスなどで結ぶ)。また一般の輸送も、いろいろ制約もあるだろうが、肥後大津直通運転も、もう少し運転時間帯を拡大し、本数を増やしたい。MT-4000形が増備されるのなら、この辺は期待しても良いかも知れない。
 ともかく、せっかく長い年月とコストをかけて再建した鉄道だけに、今後一層発展する事を願います。次に来る時は、もっと時間を取りたい。1日は必要だなあ。

 肥後大津に戻って、熊本空港からソラシド便で帰路に就き、3日間の旅を終える事とします。

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posted by 菊池 正人 at 22:00Comment(0)旅行

№2749 2023 九州の鉄道トピックスを訪ねて 3.「BRTひこぼしライン」と三角線

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 1回休んだが、九州旅行記続けます。 
 日田彦山線の添田~夜明間は、2017(H29)年の豪雨災害で被災し、長らく代行バス輸送が続いてきたが、結局鉄道としては立ち直れず、8月28日に「BRTひこぼしライン」として、事実上バス転換されました。
 私にとっては日田彦山線自体、またも何十年も乗っていなかった路線で、本当なら夜明(日田)まで全区間鉄道で通して乗りたかったけれど、それはもう叶わぬこと。せめて列車・バス乗り継ぎで、数十年ぶりの日田彦山線の「今」を辿ってみたいと思います。
 後半は、これも同じく久しぶりの三角線に乗ります。

12月12日 (火)

 夜明けまで通しで行くのであれば、小倉8時11分発の列車に乗れば良いが(田川後藤寺で乗り換え)、添田駅の様子も見ておきたかったから、ひとつ前の7時26分発931D添田行で発ちます。「青春18きっぷ」1日分使用(今回「青春18きっぷ」を使用したのはこの日だけ)。

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 早朝の小倉駅。

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 現在のJR九州で交直両用の電車は415系しかいないが、近いうちに置き換えの時期が来るはず。下関へ行く列車の後継車両はどうするのだろう?日田彦山線にハイブリッドとかの新型を導入した上で共用、などと妄想してみたりするのだが。

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 現状の日田彦山線は未だ、キハ147形の天下。添田行931D。

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 志井公園駅近くでは、北九州モノレールの企救丘駅を見る。日田彦山線がもう少し早く北九州近郊の通勤路線として、効果を発揮できていたら、JR(国鉄)とモノレールで統一した駅が造られていたのかも知れない(駅の開業はモノレールの開通の後で、1989(H元)年3月11日)。
 この列車も通学の学生でかなり混んでいたが、志井公園でどっと降りた。

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 しかしこの先は、もうローカル線風情になる。石原町で快速3920Dと交換。

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 伊田のかなり手前で合流するのは、平成筑豊鉄道の田川線。駅が見えるが、田川線の上伊田駅。ここから田川伊田まで、田川線と共用する。

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 田川伊田駅。平成筑豊のDCが見られる。構内はかなり広いが、線路は少ない。昔は石炭列車が構内を埋め尽くしていたのだろう。

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 田川後藤寺を過ぎたら、もうガラガラだ。

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 添田駅到着。鉄道の線路は1線しかないし、何より駅舎がない。ホームの反対側が、BRTの乗り場。停車しているのは、日田から着いた「ひこぼし2号」。

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 行き止まりの標識。その先に線路の跡が続く。残念ながら、鉄道の旅は、もう叶わない。

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 バス停、というか、BRTだから標識?「ひこぼしライン」だけでなく、西鉄バス筑豊の10系統(西鉄後藤寺~めんべい添田町工場:「めんべい」とは、辛子明太子風味のおせんべい)が乗り入れる。

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 バスの発車案内表示もある。鉄道にはないのに。
 931Dから直接接続するBRT(一番上の画像の、黄色のBYD・J6)は、彦山止まり。

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 BRTを運行する、JRバス九州の添田営業所。ここは、1985(S60)年に廃線になった、添田線の跡地にあります。
(添田線の代替バスは、廃止になっている。大任までは大任町のバスがあるらしいが、乗り場はBRT乗り場ではない)
「ひこぼしライン」は、JR東日本が直接運営(運行は民営バス会社委託)する三陸の2路線(気仙沼線・大船渡線)と違い、JR九州バスが運営する路線となっていて、JR九州バスの公式WEBにも、他の一般路線バスと同列で掲載があります。

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 バスの営業所に隣接して、「添田カメラ」という店舗があります。カメラではなく、主に添田の鉄道のモノクロ写真の販売を行っている。その入口に、福岡市内での「ひこぼしライン」PRイベントのポスターが貼られていました。

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 中には、D51の模型もありました。デフレクターが北九州固有の形状になっている。
 ここで写真を購入。

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 さて、先のポスターにもあった、トヨタコースター改造のFCバス。JR九州のプレスリリースに掲載があって、週3日、1日1往復のみの、まあ「お試し」的な運行なのだが、なんと、これから乗る日田行で走るダイヤになっていました。先の添田営業所の車庫にも見えていたが、時刻が近づき、駅に向かって走ってきました。
(小倉を早い列車で出てきたのは、確実にFCバスに乗車する事も理由の一つだった。座席定員14席の限定なので)

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 その車内。普通のコースターと変わらない、と思う(コースターはほとんど乗らないから、比べようがない)。
 走っている感じも、正直通常のガソリンエンジン車と変わらない、と思った。少なくとも、大型の「SORA」と、一般のディーゼルエンジン車ほどの違いはない。
 乗客はやはり、「試し乗り」がほとんどだと思った。途中の乗降はほぼない。

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 雨降りだったので、見づらい画像が多くなるのは勘弁してください。彦山から、専用道区間に入る。14人しか乗れないバスなので、J6が続行便として仕立てられています。乗客・途中の乗降があったかどうかは解らない。

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 深倉は唯一、専用道区間で新規に設定された駅(停留所)だが、山間部で、「ひこぼしライン」では便数が一番少なくなる所。

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 一般道と交差する地点では、専用道側に遮断桿がある。

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 釈迦岳トンネルを抜けていく。長い。

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 車内前方、次の駅(停留所)や運賃を表示するモニターでは、「ひこぼしライン」をPRする動画も流される。

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 トンネルを抜けると、棚田がある集落になる。釈迦岳トンネルを抜けた先の東峰村はまだ福岡県だが、大分県の日田の方に利用の流れが向いているようだ。それはダイヤを見ても解る(被災前の鉄道もそうだった)。

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 大行司は、旧鉄道のホームが残されていて、この部分で行き違いが可能になっている。
(今のところ、普通に走っている限りは、ここで行違うダイヤはない)

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 専用道終点の宝珠山。添田行「ひこぼし6号」のエルガミオが待っていた。

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 この先はまた一般道で大分県に入るが、途中わき道にそれて、こまめに停車していく、という区間もあって、この点は一般のローカルバス路線と同じ。

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 今山は、鉄道の線路が途切れた先に専用の折返し場所があり、一般道から一旦それて経由していく形態になっている。
 夜明からは鉄道は九大本線になり、バスはその脇の一般道を走行。光岡駅も駅前を経由していく。

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 日田に着きました。添田から所要1時間33分。

 何しろ片道の「お試し」乗車程度では実態が解るはずもないが、添田側・夜明(日田)側双方でこまめにバス停を設定し、沿線の住民の利用を促進する設定になっている、というのは解った。裏を返すと、彦山~宝珠山間だけとなっている専用道区間が延長される可能性は、ほぼないと思われる。釈迦岳トンネルを挟む区間だけ専用道にしたのは、一般道ではあまりにも遠回りで時間がかかりすぎ、という事もあったはず(代行バス時代は、筑前岩屋通過便でも33分かかっていた。「ひこぼしライン」は26分)。それにしても、開業時で既にJ6とエルガミオで間に合ってしまうとは、利用は相当少なさそうだ。利用が増えて、いつか大型車が入ればいいけれど、とは思う。各地で鉄道残すか否か?の議論が盛んになりつつあるが、「ひこぼしライン」は、災害被災区間の復旧の一例、というよりは、全国で起きているローカル鉄道の在り方について考えるためのケーススタディになると思う。同じ鉄道代替BRTでも、幹線的な三陸の2路線とは、いずれ方向性の違いが見えてくるのかも知れない。

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 日田駅。ここに降り立つのも、相当久しぶりだなあ。

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 日田市は「進撃の巨人」の作者、諫山 創氏の出身地なのだそうで、駅前にはリヴァイ兵士長の銅像が造られていました。

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 久留米行普通列車1850D。キハ200系2連のワンマン運転。

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 駅構内の反対側に「ひこぼしライン」の待機場所があり、先のコースターとJ6の姿がありました。

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 筑後吉井駅。ちょうど今の時間、窓口が閉まっている(駅員の昼休みだろう)。ICカードは使えない。久大本線の久留米側の導入は善道寺までだが、日田まで導入されても良いのではないか?
 筑後吉井はで10分近く停車するが、定期列車の行き違いはない。何があるの?と思っていたら…。

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「ななつ星in九州」が現れました。初めて見た。博多を出発したばかり、3泊4日の「雲仙コース」。
(個人的には、「ななつ星in九州」の方が待つべきだと思う。日常のための列車を犠牲にすべきではない。まして「ななつ星in九州」は毎日運転ではないし、ガンガン急ぐ列車ではないはずだ)

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 久留米からの鹿児島本線345M。鳥栖始発荒尾行。817系2連。

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 817系では、日英中韓の4か国の言語が繰り返し表示される。ハングルをこんなに大きく表示するのも、韓国に近い九州ならでは、か。

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 荒尾駅に留置されていた、更新工事前の811系。ロングシート改造はもったいない気も、するけれど。

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 荒尾から熊本までは、5349Mでつなぐ。815系2連。銀水始発八代行。

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 熊本駅。ここで、左端の三角線537Dに乗り換える。キハ200×2連。また年齢がバレそうだが、三角線も、国鉄時代末期以来、のはずだ。

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 車内や、この後の三角駅、それに翌日の肥後大津駅ではこのように、6月5日から三角線・豊肥本線の一部の駅の乗降方法が変わる、と記されている。英語版もあるのは観光路線らしいが。三角線では緑川・網田・三角が対象。最初は例によって、駅務体制の縮小(駅員を置かない時間が長くなる)が理由かと思っていたのだが。

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 住吉を発つと、島原湾沿いを走る区間が現れる。海の向こうに見えるのは、熊の岳と金峰山、だろうか。

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 網田到着。ここも、上り列車がないのに10分近く停車があった。

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 去年の3月18日改正で〔A列車で行こう〕が停車するようになった(下りのみ)網田駅だが、木造駅舎(有形文化財・熊本県最古だそう)の存在は見どころだが、改めて整備されているようではなく、何の変哲もない田舎の駅の風情だ。海がすぐ近く、というわけでもないし。

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 この網田駅の貼り紙に拠れば、乗降方法の変更は、「コロナ禍の5類移行」が理由だという。これは、どういう事だろうか?当然コロナ禍の最中には乗った事がないから、変更前がどうだったかは知らないのだが。
 三角線もICカードを入れても、いいんじゃない?

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 駅の傍らには、国鉄時代の無蓋貨車(たぶんワム70000形)を転用した倉庫が残っていた。

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 終点の三角駅。ここはかなりデコっていた。
 1面1線の棒線の駅で、線路は少し先まで延びている。これを見て、537Dの網田駅での長時間停車の理由が、なんとなく解った。537Dの網田到着時、運転日なら〔A列車で行こう5号〕が三角到着目前で、到着後線路の先端部まで移動するのを、537Dは網田で待っている、という事ではないだろうか。
 なお、道路を隔てた反対側に九州産交バスのバスターミナル(三角産交)があるが、駅とバス乗り場の統一は、できないですかねえ?

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 駅舎のホーム側には、〔A列車で行こう〕と高速船、それに崎津天主堂を描いたタペストリーが掲げられている。

 こうして、三角まで往復して、熊本まで戻ってきました。
 本当ならさらに肥後大津まで足を延ばして、翌日の南阿蘇鉄道乗車に備えて宿泊、としたかったが、ホテルが早々に満室になっていて、熊本市内泊とせざるを得なかった。夜はぶらぶらと、市電を乗り歩いていました。

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 最後に、熊本駅前では、クリスマスマーケットが行われていました。イルミネーションが、時々色を変えながら、クリスマス間近の駅前広場を彩っています。普通の平日だったが、訪れる人々が多かった。そのイルミネーションと、電停にいる市電を合わせて撮ってみました。

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 3月16日は、西鉄天神大牟田線でもダイヤ改正が行われます。昨日、リリースが出ていました。桜並木駅(T08)が開業。特急が平日日中の運行を再開し、全特急列車が春日原に新規停車。急行は、平日朝方上りの10本が、平尾・高宮に停車(大橋からは各駅に停車となる)。「THE RAIL KITCHEN CHIKUGO」は、木・金曜日の運行は、木曜日は西鉄福岡(天神)から花畑1往復(花畑折返しの間に記念撮影タイムや、不定期で土産出張販売がある)、金曜日は西鉄福岡(天神)発で太宰府(観光タイムあり)・柳川(途中下車可)経由で大牟田までの片道、それぞれ1便の運行となる。特急は、だいぶ停車駅が増えました。平成が始まった頃は、途中西鉄二日市・西鉄久留米・西鉄柳川・新栄町のみの停車でした(他に朝夕一部が大善寺に、朝方の上りが薬院に停車していた)。

《What's New》
20日 北陸新幹線福井駅 内覧会開催
21日 楽天 田中 将大 2憶1500万円ダウン 2憶6000万円で契約更改
posted by 菊池 正人 at 23:00Comment(0)旅行

№2748 京急線 神奈川新町駅切り離し 全記録

 京急線では平日の朝夕ラッシュ時、上りの金沢文庫→品川間で12両編成の運行を行っています。朝方の場合、12連増結用の4連は、折り返しの下りでは、12連のまままるまる回送になるもの、4連を3本連結してまるまる回送になるもの、快特に連結して金沢文庫まで12連で行くもの(現在の平日ダイヤでは2本しかない)、そして特急に連結して京急川崎まで12連で行くもの、というパターンがあります。
 公式WEBで掲載されているPDF形式の全線時刻表では、京急川崎まで12連の列車は、京急川崎で「後4両を切り離し」と記されているが、実際には、京急川崎からは回送扱いの空車として、神奈川新町で切り離しになります。これは、神奈川新町駅の下りホームが8連分しかなく、後4両の客扱いができないからです。

神奈川新町駅切り離し入庫編成.jpg
 画像のように入庫となる編成は、一旦前進したのち(渡り線にかかってしまっているので)、折り返す形で転線していくが(ここでは「特急 京急川崎」の表示のままになっています)、中には神奈川新町から始発の普通列車となる編成もあります(6連と車両交換の形になる)。

 この運用は7~9時台に12本あるが、今日、動画を撮りに行ったついでに、編成を全部記録してきました。もったいないので、ここに記録を公開したいと思います。「La Ciel」も1回ありました。

7時55分着 724C 1461+1481+1891 → 入庫

8時15分着 726C 1464+1477+1433 → 入庫

8時22分着 724H 1097+1473 → 8時25分発 852

8時30分着 722H 1153+ 655 → 入庫

8時39分着 752H 1057+ 654 → 入庫

8時49分着 754H 1161+1437 → 8時52分発 724

9時03分着 756H 1121+1449 → 入庫

9時12分着 858H 1089+1429 → 9時14分発 830

9時22分着 860H 1169+1485 → 入庫

9時31分着 862H 1731+1409 → 9時33分発 834

9時41分着 864H 1225+1401 → 9時44分発 800

9時52分着 866H  605+1457 → 9時54分発 956

※下り方の先頭車両の番号を記した 普通列車は全て浦賀行

 今回は少々マニアックになりましたが、ファンの皆様、何らかの参考になりましたでしょうか?

 全体的に観察した印象としては、上り列車は割と「空いて」いる、というのが、正直な印象でした。もちろん横浜で相当数下車するという事はあるが、コロナ禍の影響で京急ではラッシュ時でも減便や快特→特急の変更が相次いでいるし、ひょっとしたら、12連運転の形態も、今後何かしらの変化が出てくるのかも、知れません。

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 能登半島地震で不通になっている七尾線・七尾~和倉温泉間は、来月中旬の再開を目指すと発表がありました。また、のと鉄道も線路を保有するJR西日本が復旧工事を行い、能登中島までは同じく来月中旬の再開を目指すとしています。
(羽咋~七尾間は来週月曜日に再開)

《What's New》
19日 去年より17日早い「流氷初日」 北海道紋別市発表
posted by 菊池 正人 at 23:00Comment(0)鉄道