№2703 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(前)

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「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は西武新宿線の始発駅、西武新宿です。
 西武新宿駅は他鉄道路線との直接の接続がないターミナル駅で、それ故新宿線では山手線や地下鉄東西線と接続する高田馬場駅の方が利用者が圧倒的に多く、西武鉄道全体では、池袋・高田馬場に次ぐ3位の乗降客数に甘んじています。とはいえ、2022(R4)年度の乗降人員は135,139人、コロナ禍の影響でかなり減ったとはいえ、阪神電鉄の大阪梅田が144,764人だから、そんなには違いません。関東としては少ない方、というだけです(関東で言えば、京成電鉄のすべての駅より多い)。
 この西武新宿駅の時刻、西武鉄道がダイヤ改正の度に刊行する時刻表から、変遷をたどっていきたいと思います。昭和の終わり、1987(S62)年から始めます。

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1987(S62)年 3月 9日改正 ⑥
 丸数字は、引用した西武鉄道刊行の、時刻表の号数です。この当時はB5版でした。
 まず、当時の新宿線は、狭山市~南大塚間が単線のまま残っていました(この他、JR・東武とアンダークロスする部分の脇田〔信〕~本川越間が、今に至るまで単線)。また拝島線も、小川~西小川〔信〕及び東大和市~玉川上水間が単線でした。

 この当時は、土曜日は平日と同じダイヤでした。
 基本的には急行・準急・各停(当時の列車の種別幕や時刻表の表記は「普通」だったが、ここでは各停で統一)の3本立て。当時は、優等列車の拝島線直通は、平日朝夕の急行のみ。〔拝島ライナー〕が走る現代とは隔世の感。拝島発着と、多摩湖線の西武遊園地(現多摩湖)発着を、萩山で分割・併合していた。なお、休日も朝・夕の各停で行われていた。
 単線区間が残っていた事もあったか、末端部は本数が少なく、新所沢から先は20分間隔。拝島線も全区間が20分間隔。
 なお、平日朝ラッシュ時の上りの急行は、本川越発は鷺ノ宮、拝島・西武遊園地発は上石神井を通過として、停車駅を分け合っていた。池袋線の「千鳥停車」ほどではないが、停車駅を分け合う事で混雑を平均化しよう、という思想は同じだろう。
 休日のみ、快速急行の設定があったが、本川越発着と西武遊園地発着では停車駅が異なっていた。本川越発着の1往復は「不定期」と称していたが、大晦日と元日以外は毎休日の運転だった。西武遊園地発着は、春・秋の行楽シーズンの運行。
 この他、当時は休日のみ特急「レッドアロー」の運行があった。池袋・西武秩父線直通で西武新宿~西武秩父間を走る〔おくちちぶ51・52号〕と、上り52号の折返しで本川越行の〔むさし53号〕の3本のみだったが、特に〔むさし53号〕は、後の〔小江戸〕の原型と言えます。

 この他、ここでは記さないが、西武球場への野球輸送と、西武園競輪の輸送があった。西武球場前行は、平日・休日のデーゲームは快速急行(途中高田馬場・鷺ノ宮・上石神井・田無・小平・東村山・所沢・西所沢に停車)2本(平日デーゲームは土曜日を想定していたのだろう)、平日ナイトゲームは田無行準急2本を延長だった。なお、休日のナイトゲームの時刻は、この時刻表には記載がない(時刻表にはライオンズの試合日程の記載があり、7・8月は日曜日にもナイトゲームがあった)。西武園競輪は、西武新宿~西武園間の快速急行を20分間隔で運行していた。

 この改正の後の5月28日、所沢~新所沢間に航空公園駅が開業しています。時刻表第6号にはすでに、時刻が掲載されていました。

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1988(S62)年12月 5日改正 ⑦
 前の月に、拝島線・東大和市~玉川上水間の複線化が完成。
 日中の毎時3本の準急のうち1本が本川越まで延長、新所沢~本川越間は毎時4本となった。平日の夜間は、準急の一部が急行に変更になり、各停の運行区間が延長されている。
 休日は、朝方下りの拝島・西武遊園地行萩山分割がなくなりました(上りの併合は存続)。

 この頃は新宿線も輸送量は伸び盛りで、西武新宿~上石神井間の複々線化が計画されていました。大深度の急行専用線を新設し、西武新宿・高田馬場のみ、急行線用の駅を設ける計画でした。この年から、工事費用確保のための特別加算運賃を導入しています。

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1989(H元)年12月11日改正 ⑧
 3日後に新狭山~南大塚間が複線化されるが、ダイヤ改正は先行して行われた(なぜかはちょっと分からなかった)。
 時刻表はこの8号から小型化されました(その分分厚くて、ちょっと読みづらい)。

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1991(H3)年 3月11日改正 ⑨
 拝島線・東大和市~玉川上水間が複線化された。この改正から、土曜日は休日と同じ時刻になりました。

 この後の7月27日、狭山市~新狭山間が複線化。西武新宿~脇田〔信〕間が複線でつながりました。

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1991(H3)年12月 9日改正 ⑩
 前回の改正から日が浅いが、平日の最終列車の時刻が繰り下げになりました。当時はバブル経済の末期で、西武のみならず各鉄道で、最終電車の繰り下げや、深夜帯の輸送力の増強が求められた時期でした。入曽~本川越間各駅へは15分、下井草~新所沢間各駅へは37分(各停→準急に変更)、高田馬場~上石神井間各駅へは16分の繰り下げです。
 日中の新所沢行準急の一部が本川越に延長され、新所沢~本川越間は毎時5本になっています。
 土休日の萩山分割・併合運用がなくなりました。 

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1993(H5)年12月 6日改正 ⑪
 特急〔小江戸〕が、運行を開始しました。10000系「ニューレッドアロー(NRA)」は、〔小江戸〕でデビューです。
 まずは日中2時間・夜間1時間間隔とつつましいものでした。当時の特急料金は所沢まで350円、狭山市・本川越まで400円でした。
 引き換えに〔おくちちぶ〕は廃止。本川越発着の不定期快速急行も取りやめになりました。一方で西武遊園地発着の快速急行は通年運転になっています。また土休日も、朝夕に拝島直通急行が設定されました。
 この他、朝方の上りで停車駅を分け合っていた急行は、本川越始発(鷺ノ宮通過)は通勤急行、拝島・西武遊園地始発(上石神井通過)は快速に名称を変更しています。
 夕~夜間の急行・準急は、基本的に急行に一本化。

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1994(H6)年12月 7日改正 ⑫
 西武有楽町線・新桜台~練馬間が開業しました(当初は単線で練馬折返し)。池袋線には練馬高野台駅が開業しています。
 新宿線では〔小江戸〕が増発され、日中も1時間間隔になりました。上りに1本、所沢始発〔小江戸〕あります。

 新宿線は、輸送量の伸び悩みが明らかになり、翌1995(H7)年には、複々線化計画事業の中止が発表になりました。9月より利用者に加算運賃を払い戻す形で、特別減算運賃を導入しています。平成初期の関東の大手私鉄各社各路線では、複々線化を中心とした大規模な輸送力増強計画が進行中だったが、計画が中止になったのは、西武新宿線が唯一です。

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1996(H8)年 3月28日改正 ⑬
 各停の一部が、拝島線まで延長されています。

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1997(H9)年 3月12日改正 ⑭
 夜間及び土休日朝方の〔小江戸〕が増発。夜間は毎時2本になりました。平日の〔小江戸〕最終便が26分繰り下げられ、所沢から先の各駅の到着は午前0時を回っています(土休日は逆に繰り上げ)。
 平日夜間の萩山分割・併合運用がなくなりました。

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1998(H10)年 3月26日改正 ⑮
 西武新宿~本川越間の快速急行が、再度設定されました。ただしここは平日の日中のみ60分間隔。西武新宿~本川越間を47分で結びました。新所沢で、先行する急行と接続します。〔小江戸〕が停車する狭山市は通過。〔川越号〕の呼称があります。
 一方で土休日に運行されていた西武遊園地直通の快速急行は、急行になりました(といっても花小金井が追加で停車になっただけ)。
 競輪開催日の西武園直通は、下り西武園行は取りやめ、上り西武園発のみ平日2本・土休日4本設定(急行と各停が半々)。西武園線内折返しの増発で対応。
 池袋線では、この改正から有楽町線との直通運転が始まりました(複々線化はまだ先)。

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2000(H12)年 3月26日改正 ⑯
 平日早朝・ラッシュ時ピーク前の〔小江戸〕が1往復増発。上り2号は、西武新宿到着が7時前になりました(6時56分)。折返しで下りも1本増。

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2001(H13)年12月15日改正 ⑰
 この改正は、平日朝方の上りラッシュ時が大きく変わりました。停車駅を分け合っていた通勤急行(本川越始発・鷺ノ宮通過)と快速(拝島・西武遊園地始発・上石神井通過)が、共に急行となって停車駅を統一。そのうえで、本川越始発の通勤急行2本が設定されました(途中狭山市・新所沢・所沢・東村山・田無・上石神井・鷺ノ宮・高田馬場に停車)。
 またピーク前の上り〔小江戸〕がさらに1本増発。本川越では6時11分~30分の間に約10分間隔で出発(下りの本数は変わらない)。
 池袋線では、練馬~練馬高野台間が複々線化。

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2003(H15)年 3月12日改正 ⑱
 国分寺線・国分寺~新所沢間の直通運転が開始。
〔小江戸〕はピーク直後に1本増発。西武新宿着が9時ちょうど(高田馬場着は8時56分)。
 日中は20分サイクル→30分サイクルになり、急行が毎時3→4本・準急が3→2本を運行。急行の2本に1本(30分間隔)は、日中では初めて拝島線直通になり、代わって各停が30分間隔で本川越行となって、小平で拝島発着の急行と相互に接続。拝島線は、玉川上水までが毎時6本・その先が毎時4本に増発されています。
〔小江戸〕は、平日の日中以降は毎時30分に統一、夜間は加えて00分発を運行。土休日の夜間は毎時09・39分の発車。快速急行は毎時00分に出発し、新所沢では準急と相互に接続。

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2005(H17)年 3月17日改正 ⑲
〔小江戸〕は土休日の夜間も、毎時00・30分発に統一。

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2007(H19)年 3月 6日改正 ⑳
 快速急行が東村山・狭山市に新規停車。

 この改正の直後、西武鉄道・西武グループは新CIを発表しました。西武グループは21世紀に入って以降、オーナーを始めとする不祥事が相次ぎ、企業風土の刷新が求められていました。ここまでの西武鉄道は、レジャー部門やホテル等を(国際的にも)幅広く手掛ける一大企業グループだったが、2006(H18)年より持ち株会社「西武ホールディングス」の傘下という形態に改められ、地域密着に軌道修正していく事になります。

 今回はここまでです。次の2008(H20)年6月14日改正以降、新宿線系統は、輸送量の変動に対応したダイヤ編成を迫られていく事になります。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 金剛バスの廃業発表を受けて、自治体側は近鉄バスと南海バスに協力を要請しているが、両社は今日、自治体がコミュニティバス方式として事業主体となる事を前提として、可能な限りで協力すると回答したと、報道がありました。近鉄バスは富田林駅・喜志駅への路線を運行しているが、近鉄バス自身、この数年で路線をかなり廃止して、規模を縮小しています。近鉄バスにしろ南海バスにしろ、程度の差はあれ苦しい事情は同じはずで、どこまで今の金剛バスの運行規模をカバーできるのか。
 阪神タイガース、優勝してしまいましたねえ。おめでとうございます。阪神電鉄では早速記念乗車券・グッズの発売を開始しているが、ちょう20年前になるのだけれど、星野 仙一監督で優勝した時には、磁気カード「らくやんカード」を発売していました。№1787(星野氏逝去の直後だった)でご覧頂いたが、今回は紙の入場券セットに回帰していて、改めて磁気カード時代は遠い昔の事になった、も感じました。再三再四の警告にもかかわらず、道頓堀川には26人が飛び込んだそうだが、やるヤツはやっちゃう、という事だねえ。

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 ジャニーズ事務所の記者会見を受けて、事務所所属のタレントの起用をどうするか、企業・自治体・公的機関などで判断が分かれているようです。個人的には、タレント本人の不祥事ではないのだから、やや過剰反応に過ぎる所もあるのではないかと思っています。