小田急小田原線の複々線区間のうち、東北沢~成城学園前間の各駅は、21世紀以降の複々線化により、高架駅もしくは地下駅となり、複々線化前とは全く違った駅になりました。
これまで機会あるごとに各駅の複々線化後の姿をご覧頂いてきたが、あと1か所、梅ヶ丘駅が残っていました。今回は、高架駅になって20年の時が経ってしまったが、梅ヶ丘駅の今をご覧いただきます。
梅ヶ丘は、新宿から9つ目の駅になります。2022(R4)年度の1日平均乗降人員は30,091人、小田急全体では33位。東京都内にある17駅のうち、各駅停車しか停車しない駅は9駅あるが、その中では一番乗降人員が多くなっています。駅ナンバリングOH09。これは南口。
2003(H15)年には高架駅となり、翌年には複々線となった。これで梅ヶ丘~登戸間が複々線でつながったが、肝心の下北沢付近の事業が進行せず、14年の間、複々線と複線の境界となっていました。
地平時代の梅ヶ丘駅。橋上駅舎・相対式ホームでした。これは北口。小田急バスのバス停があります。
今の北口。小田急バスの他、東急バスの〔等13〕系統・等々力操車場行が入ります。平成末期に運行を開始したらしい。日中は平日30分・土休日35分間隔。
コンコース。南北を繋ぐ自由通路にもなっています。
改札口の南側に、スターバックスが入っています。
反対側には、小田急系のスーパー、「Odakyu OX」が入っています。
小田急では東京都内も含めて各駅に横浜銀行のATMがあります。もちろん梅ヶ丘駅にもあります。ここは改札外。右には交通ICにも対応した、コインロッカー。
周辺の案内図。
時刻表と、停車駅の案内。日中は各駅停車が10分間隔で停車します。
券売機。
改札口。
発車案内表示。改札口は液晶式。
精算機。ここはまだ紙の乗車券の精算も扱う。次の機器交換の時期に、ICチャージ専用になるのだろう。
改札内コンコース。
ホーム行のエスカレーター。これは下りホーム行。
ホームのエレベーター。これも下りホーム。
ベンチと、寄りかかるための棒?(何というんだろう?)小田急では「子育て応援マスコットキャラクター」として、「もころん」がデビューしました。小田急グループのブランドカラーのブルーに(てっきりMSEから来ているかと思っていた)、GSEのオレンジとポシェットをあしらっています。
待合室。これは下りホーム。上りにもあります。
ホームの発車案内表示で、ホームはLED。ちょっと見づらくなってしまった…。
最後に、ホーム。複々線の両側に相対式ホームがあります。ホームドアが整備されています。真ん中2線は急行線、両側は緩行線、だが、千代田線直通列車は急行・準急も緩行線を通過していきます。ちょっと小さくなっているが、JRE233系の我孫子行急行が通過していきました。
これで何とか、東北沢~成城学園前間の全ての駅の今の姿をご覧頂きました。輸送量が(コロナ禍もあって)減少している昨今だが、それでも複々線化の効果は絶大なはず(登戸~向ヶ丘遊園間の下りが残っているが、2線化される日はいつになるのか?)。利用は回復傾向であり(梅ヶ丘駅は前年度比9.9%増)、充実したインフラを最大限活用した輸送サービスの拡充が、大いに期待されます。
東北沢~成城学園前間の各駅はこれまで、ここでご覧頂きました。豪徳寺から先は、もう10年前の発表になってしまった…。
東北沢 №2689(2023(R5)年8月11日)
下北沢 №2660(2023(R5)年5月23日)
世田谷代田 №2690(2023(R5)年8月14日)
豪徳寺 №1029(2013(H25)年9月27日)
経堂 №1123(2014(H26)年2月20日)
千歳船橋 №1124(2014(H26)年2月21日)
祖師ヶ谷大蔵 №1125(2014(H26)年2月22日)
成城学園前 №1126(2014(H26)年2月23日
当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
日本のバスは昨日、120周年の節目を迎えました。が、現状は見る限り、正直明るい展望を見出すのが難しくなってきています。なにより運行の根本をなすドライバーがいないというのが致命的で、3万6千人が不足する試算がある2030(R12)年まで、7年しかない。日本のバスの未来は、どうなってしまうのだろう。道路交通におけるバスの地位の低さが何より問題、と私は考えているが、業界だけでなく、自治体も、国レベルでも、そして我々利用者となりうる立場になる人々も、ちょっとばっかし真剣に考えなければならない時期です(それもてんでバラバラではなく)。本当にバス(を始めとする公共交通)が必要だと思うなら、大声で叫ぶだけではダメ。策を練らないと。
《What's New》
19日 損保ジャパン・ビッグモーター 金融庁が立入り調査
20日 米FRB 利上げ見送りを決定
21日 元参議院議員ガーシー氏保釈 保釈金3,000円万円
Jリーグ・浦和レッズの、来年度の天皇杯の出場資格がはく奪されました。8月に行われた名古屋戦でのサポーターの暴力行為を問題視したJFAが発表したものです(JFAのホームページでは今日現在、発表のリリースを確認していない。見落としているのか?)。レッズは9年前にサポーターの行動がもとで無観客試合処分を受けているが、その後もサポーターの問題行動が後を絶っていないそう。レッズのサポーターはこんな連中は少数、暖かなおもてなしで観客を迎える人々の姿を映した映像を見た事もあります。それだけに、一部の過激な連中のために何もかもを台無しにしかねない事態は、何とも腹立たしい。球団・チームも対応を今一度考えなければならないが、何よりも、サポータ―自身が考えなければならない。暴力的な連中の思想は変えられないだろうから、何とか他の心ある人々がこのような輩を駆逐する事を、やらなければならないだろう。日本のサッカーに「フーリガン」はいらない。
プロ野球・オリックス・バファローズが、パ・リーグ3連覇を達成しました。オリックスは1990年代にイチローらを擁して2連覇を達成した後は、やや低迷していた感があったが、中島監督になって急に強くなった感があります。今はこの後クライマックスシリーズを勝ち抜かなければならないが、阪神タイガースとの「関西対決」、いよいよ実現が現実味を帯びてきたようです。
№2704 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(後)
西武新宿駅の時刻表の目線で西武新宿線のダイヤを回顧するシリーズ、の後半です。
21世紀に入った頃から、拝島線への直通運転の強化が目立つようになってきた新宿線は、さらに急行を上回る速達の直通列車の新設も行われるようになりました。一方で、需要の変動に、かなり翻弄されるところも出てきます。コロナ禍以降は特にそうです。
ところで上の画像、今回のシリーズの作成のために、先日撮影してきました。本当は前回(1990年代前半・1番線に〔むさし〕がいる)と同じ位置に立って撮りたかったが、現在は1番線の先・2番線の脇の部分は飲料の自動販売機が並んでいて、列車(日中は〔小江戸〕専用)が隠れてしまうのです。なのでちょっと苦しいが、このような画像になりました。3番線には「L-TRAIN」がいて、戸袋部の松井 稼頭央監督が小さくだけど見えているが、このような列車が走る事自体、30年前とはライオンズも、西武鉄道も大きく変わったものだな、と感じさせます。
2008(H20)年 6月14日改正 ㉑
拝島快速が設定されました。西武新宿~拝島間を44分で結んでいます。設定意図が正直分からない所もあるが、JR青梅線・青梅特快への対抗の意味があるのでしょうか。
田無~玉川上水間の途中停車駅は小平だけ。なので通過駅を補完する形で、田無~玉川上水間の区間運転も設定されています。
急行は毎時2本になりました。拝島快速が小平で、本川越発着の各駅停車と相互に接続します。
国分寺線からの直通は、基本的には本川越発着になりました。平日の快速急行は、新所沢での接続の相手が、その国分寺線直通列車になっています。新所沢~本川越間は、各駅に停車する列車(急行・準急・各停)も、毎時6本になりました。
〔小江戸〕は、土休日の号数表記が変わりました。平日と異なる時刻に西武新宿を出発する列車のみ、新たに61号から番号を振っています。同じ時刻に出発する列車は、平日と同じ号数です。
池袋線はこの改正で、同日開業の東京メトロ副都心線との相互直通運転を開始しました。この時点ではまだ渋谷までです。
西武の時刻表はこの21号から、再びB5版に戻りました(ただし7号までよりはだいぶ薄い)。新CIになって最初の号で、前述の変化を象徴しています。改正の直前にデビューした30000系と、「快速 渋谷」表記の池袋線6000系が表紙を飾っています。
2010(H22)年 3月 6日改正 ㉒
平日深夜の〔小江戸〕が増発され、最終便は23時55分発(高田馬場発23時59分発)となりました。
2011(H23)年 3月 5日改正 ㉓
快速急行が、新所沢~本川越間は各駅停車となりました。国分寺線直通は引き続き、日中は本川越発着で運行。
2012(H24)年 6月30日改正 ㉔
ダイヤの形態が全面的に変更になりました。
結局快速急行・拝島快速は廃止。拝島快速は4年の短命でした。準急も平日朝ラッシュ時を除くと、初電・終電の頃に数本走るだけとなって、一般の列車は実質、急行と各停の2本立てとなります。
通勤急行と、国分寺~本川越間直通運転は存続。
日中は約10分サイクルとなり、一般の列車は、急行と各停が交互に走る形になりました。急行は本川越行と拝島行を交互に運行。拝島行は、小平で本川越行の各停に接続する形になります(上りはその逆)。
日中の西武新宿からの発車は、(〔小江戸〕含め)毎時16→13本に減少。JR山手線に直接接続する大手私鉄の路線としては、東急池上線、京成本線・東急目黒線に次いで少なくなりました。
2013(H25)年 3月16日改正 ㉕
東京メトロ副都心線と東急東横線の相互直通が始まった改正で、池袋線から横浜への直通列車が走り出しました。
新宿線では、萩山での分割・併合運用が、ついに全てなくなりました。多摩湖線は国分寺~西武遊園地間の線内運転が基本となり、平日の朝方上りのみ、西武新宿行各停が3本設定されています(土休日の直通急行は存続)。
〔小江戸〕が東村山に新規停車。西武の特急としては、高田馬場を除くと、(池袋線も含めて)初めての東京都内の駅への停車です。また、平日朝ラッシュ時のピーク直後の上り1本(8号)の西武新宿着が、初めて8時台(55分)になりました。
平日の夕ラッシュ時に、準急が若干復活しています。
翌2014(H26)年、中井~野方間の地下線化工事が着工しました。
2016(H28)年 3月26日改正 ㉖
北海道新幹線が開業した日の改正です。前回改正から3年の間が空きました。
〔小江戸〕は、朝ラッシュ時のピーク後に上り1本を増発、8時47分・57分と、8時台に2本到着するようになりました(下りの本数は変わらず)。日中は毎時30分発→40分発に変更されています。
土休日の西武遊園地直通急行は、「春休み・ゴールデンウイーク・夏休み期間・プロ野球公式戦開催日運転予定」となりました。
2017(H29)年 3月25日改正 ㉗
「朝の通勤・通学時間帯に下り電車を増発」と謳われていて、西武新宿では平日8時台の急行が7→9本になっています。1本は田無止まりです。
東村山駅の高架化工事の進捗により、〔小江戸〕は上下とも、基本的には現行の5番ホームに発着になりました。上下とも先行する一般列車の追い抜きがあるが、下りは東村山で乗り換える場合、階段の上り下りが必要になります(次の所沢で乗り換えれば良いが)。
池袋線で〔S-TRAIN〕の運行が始まりました。
2018(H30)年 3月10日改正 ㉘
〔S-TRAIN〕の実績を踏まえて、新宿・拝島線でも座席指定制列車〔拝島ライナー〕がスタートしました。
まずは下り5本でスタート。西武新宿発は平日・土休日共同時刻です。
指定席料金は西武新宿・高田馬場から乗車の場合は、大人300円・小児150円。
〔拝島ライナー〕スタートもあるのか、平日・土休日共、夜間の急行の一部が準急に建て替えられています。
2019(H20)年 3月10日改正 ㉙
〔拝島ライナー〕が17時台発も設定され、下り6本となりました。
国分寺線~本川越間の直通運転が取りやめになりました。東村山駅の立体化工事の進捗による配線の変更のためで、時刻表では(現在に至るまで)東村山~本川越間が空欄のままスペースが遺されているので、今後復活の可能性はあるようです。
池袋線で新特急車001系「Laview」がデビューしました。
2020(R2)年 3月14日改正 ㉚
土休日のみ、快速急行が復活しました。停車駅は、2011(H23)年3月11日改正時の、平日ダイヤで運行されていた列車と同じです。今回は観光客誘致が目的と思われるが、愛称は設定されていない。
しかし時を同じくして、新型コロナウィルス感染禍が全世界を覆う「パンデミック」に発展し、日本の交通業界に大打撃を与える事になります。
西武鉄道も当然例外ではなく、ゴールデンウィークの特急間引き運転など、大幅な減量を強いられる事になります。
これを踏まえて2021(R3)年3月13日、最終列車の繰り上げが中心のダイヤ改正を実施(同年1月21日より、国土交通省や1都3県などからの要請に基づいた最終繰り上げが行われていたが、内容は異なる)しているが、この時は、時刻表の刊行がありませんでした。他社で時刻表や、駅のポケット時刻表の廃止が相次いでいた事もあって、西武も終わってしまうのか、と心配になったものでした。このため、この改正については割愛し、次でまとめて記します。
(この時の改正で、西武遊園地→多摩湖と改称。西武園ゆうえんちのリニューアルを控えてのもので、同時に山口線の遊園地西を西武園ゆうえんちに改称している)
2022(R4)年 3月12日改正 ㉛
時刻表が刊行されました。個人的にはホッとしました。
最終電車の繰り上げは、特に新宿線はかなり大幅なものとなりました。
平日は本川越行準急が23時58分→23時42分(この後に〔小江戸53号〕がある)、新所沢行準急が0時44分→0時14分、上石神井行各停が0時47分→0時17分になりました。入曽~本川越間及び拝島線の各駅へは17分、高田馬場~新所沢間は30分の繰り上げです。
土休日も本川越行準急が23時43分→23時31分、上石神井行各停が0時30分→0時17分に繰り上げになりました(ただし新所沢への終電は0時07分発各停→0時14分発準急になり、西武新宿・高田馬場発は逆に遅くなった)。
最終0時17分は、昭和末期の0時30分よりも早くなりました。これは深夜帯の需要の減退に加えて、地下線化工事が行われているためと考えられます。
また、平日の日中11時台半ば~14時台半ばにかけては、急行・各停とも10→12分間隔と、運行間隔が拡大し、減便になりました。12・13時台の西武新宿発は毎時11本(〔小江戸〕含む)となり、JR山手線に直接接続する大手私鉄の路線としては、東急池上線に次いで少なく、各駅停車5本は最少となりました。
さらに朝ラッシュ時の上りに設定されていた狭山市始発の各停がなくなり、通勤急行が1本削減されました。
所沢駅の配線工事の影響で、野球ダイヤでの西武球場前直通運転が取りやめになっています。
2023(R5)年 3月18日改正 ㉜
そしてこれが、今春から使用されている時刻です。
〔拝島ライナー〕が、上り拝島発でも運行を開始しました。拝島発6時28分と8時00分です。停車駅は下りと同じ(拝島線内のみの利用は不可)。
この8時00分発4号の西武新宿着は8時52分。そして〔小江戸〕は朝ラッシュ時の運行時間帯を変更し、本川越7時35分発8号は、西武新宿着が8時27分となりました。JRや他大手私鉄でもそうだが、関東地方において、8時台半ばに有料の列車が都心のターミナル駅に到着するなど、以前は到底考えられなかったものです。その折返しで、下りでも8時台発〔小江戸〕が設定されています。
以上2回に分けて、本当に簡単ながら、西武新宿駅の目線を中心に、昭和末期からの西武新宿線のダイヤを回顧しました。まだまだ書き足りていない部分は、多いはずです。
今回各改正の時刻表を作成して感じたのは、当然この3年以上に及ぶパンデミックの影響はどうしても免れないのだが、それを抜きにしても、どうも新宿線のダイヤ編成はふらついた所がある、という点です。むろん〔小江戸〕〔拝島ライナー〕の設定は鉄道業界全体の時世に乗ったものでもあるが、それ以外の一般列車は、ダイヤのサイクルが一定しないなあという気がしました。他社はもちろん、池袋線と比較してもそうだと思う(池袋線もかなり変わってはいるが、複々線化に地下鉄や東急との相直開始、という要素がある)。拝島快速なんて典型だと思うし、快速急行も、一旦新設になったのに数年で取りやめ、3年前にはまた新設、しかも運行曜日が異なる、という具合です。
これは、新宿線の立ち位置や取り巻く状況もあるのだろうと思う。特に各停の減少が著しいが、元々池袋線とJR中央線に挟まれ、駅勢圏が小さくなりがちな所に、都営地下鉄大江戸線が全通し、そちらの方に流れている、という状況が、21世紀以降ではあると考えられます。
(複々線化計画が早々と取りやめになったが、結果論だろうが良かったと思う。あのまま進めていたら、経営にかなり悪い影響を与えていたのではないか)
なので、今後のダイヤ編成も結構難しいものがあると思うが、地下線化や東村山の立体化の動向もあるけれど(どちらも相当遅れるらしい)、各停を現行に近いレベルで残しつつ、ある程度長距離の急行系がダイヤの中心になるのではと考えられる。〔小江戸〕はどうするんだろう?10000系の置き換えの時期のはずだが、「Laview」は〔小江戸〕には重い気がするし、新宿線専用の特急車というのは考えづらい。40000系を〔拝島ライナー〕と共用にして、「ライナー列車」に置き換える、というのも案外ありなのか?とか考えてみるが、どうなるのだろう?「Laview」といえば、所沢駅の配線の影響にもよるが、土休日は秩父直通〔おくちちぶ〕の復活なんてあっても、良いのではないか?(現在「52席の至福」は、新所沢まで行って、秩父方面に折り返している)
新宿線は、関東地方の大手私鉄の本線級(急行系が走る路線)では数少ない、地下鉄などへの直通運転が全くない路線です(あとは京王井の頭線のみ)。なので運行計画を策定する上での営業面でのハンデが他社線と比べて大きいと思うが、特に行楽シーズン(西武園ゆうえんちなど)などの輸送に活路を見出す事になるのだろうか。何のかんの言っても大手私鉄のターミナルの一つである西武新宿駅に、再び賑わいが戻ってくる事が期待されます。
当ブログでは直接のコメントは受け付けません。何かありましたら、引き続き本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
《What's New》
16日 米軍オスプレイ 大分空港に緊急着陸
17日 ゴルフ日本シニアオープン 藤田 寛之初優勝
18日 韓国最大野党「共に民主党」党首 断食中に病院搬送
№2703 駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷 22.西武新宿線 西武新宿駅(前)
「駅の時刻表から見る 私鉄ダイヤの変遷」、今回は西武新宿線の始発駅、西武新宿です。
西武新宿駅は他鉄道路線との直接の接続がないターミナル駅で、それ故新宿線では山手線や地下鉄東西線と接続する高田馬場駅の方が利用者が圧倒的に多く、西武鉄道全体では、池袋・高田馬場に次ぐ3位の乗降客数に甘んじています。とはいえ、2022(R4)年度の乗降人員は135,139人、コロナ禍の影響でかなり減ったとはいえ、阪神電鉄の大阪梅田が144,764人だから、そんなには違いません。関東としては少ない方、というだけです(関東で言えば、京成電鉄のすべての駅より多い)。
この西武新宿駅の時刻、西武鉄道がダイヤ改正の度に刊行する時刻表から、変遷をたどっていきたいと思います。昭和の終わり、1987(S62)年から始めます。
1987(S62)年 3月 9日改正 ⑥
丸数字は、引用した西武鉄道刊行の、時刻表の号数です。この当時はB5版でした。
まず、当時の新宿線は、狭山市~南大塚間が単線のまま残っていました(この他、JR・東武とアンダークロスする部分の脇田〔信〕~本川越間が、今に至るまで単線)。また拝島線も、小川~西小川〔信〕及び東大和市~玉川上水間が単線でした。
この当時は、土曜日は平日と同じダイヤでした。
基本的には急行・準急・各停(当時の列車の種別幕や時刻表の表記は「普通」だったが、ここでは各停で統一)の3本立て。当時は、優等列車の拝島線直通は、平日朝夕の急行のみ。〔拝島ライナー〕が走る現代とは隔世の感。拝島発着と、多摩湖線の西武遊園地(現多摩湖)発着を、萩山で分割・併合していた。なお、休日も朝・夕の各停で行われていた。
単線区間が残っていた事もあったか、末端部は本数が少なく、新所沢から先は20分間隔。拝島線も全区間が20分間隔。
なお、平日朝ラッシュ時の上りの急行は、本川越発は鷺ノ宮、拝島・西武遊園地発は上石神井を通過として、停車駅を分け合っていた。池袋線の「千鳥停車」ほどではないが、停車駅を分け合う事で混雑を平均化しよう、という思想は同じだろう。
休日のみ、快速急行の設定があったが、本川越発着と西武遊園地発着では停車駅が異なっていた。本川越発着の1往復は「不定期」と称していたが、大晦日と元日以外は毎休日の運転だった。西武遊園地発着は、春・秋の行楽シーズンの運行。
この他、当時は休日のみ特急「レッドアロー」の運行があった。池袋・西武秩父線直通で西武新宿~西武秩父間を走る〔おくちちぶ51・52号〕と、上り52号の折返しで本川越行の〔むさし53号〕の3本のみだったが、特に〔むさし53号〕は、後の〔小江戸〕の原型と言えます。
この他、ここでは記さないが、西武球場への野球輸送と、西武園競輪の輸送があった。西武球場前行は、平日・休日のデーゲームは快速急行(途中高田馬場・鷺ノ宮・上石神井・田無・小平・東村山・所沢・西所沢に停車)2本(平日デーゲームは土曜日を想定していたのだろう)、平日ナイトゲームは田無行準急2本を延長だった。なお、休日のナイトゲームの時刻は、この時刻表には記載がない(時刻表にはライオンズの試合日程の記載があり、7・8月は日曜日にもナイトゲームがあった)。西武園競輪は、西武新宿~西武園間の快速急行を20分間隔で運行していた。
この改正の後の5月28日、所沢~新所沢間に航空公園駅が開業しています。時刻表第6号にはすでに、時刻が掲載されていました。
1988(S62)年12月 5日改正 ⑦
前の月に、拝島線・東大和市~玉川上水間の複線化が完成。
日中の毎時3本の準急のうち1本が本川越まで延長、新所沢~本川越間は毎時4本となった。平日の夜間は、準急の一部が急行に変更になり、各停の運行区間が延長されている。
休日は、朝方下りの拝島・西武遊園地行萩山分割がなくなりました(上りの併合は存続)。
この頃は新宿線も輸送量は伸び盛りで、西武新宿~上石神井間の複々線化が計画されていました。大深度の急行専用線を新設し、西武新宿・高田馬場のみ、急行線用の駅を設ける計画でした。この年から、工事費用確保のための特別加算運賃を導入しています。
1989(H元)年12月11日改正 ⑧
3日後に新狭山~南大塚間が複線化されるが、ダイヤ改正は先行して行われた(なぜかはちょっと分からなかった)。
時刻表はこの8号から小型化されました(その分分厚くて、ちょっと読みづらい)。
1991(H3)年 3月11日改正 ⑨
拝島線・東大和市~玉川上水間が複線化された。この改正から、土曜日は休日と同じ時刻になりました。
この後の7月27日、狭山市~新狭山間が複線化。西武新宿~脇田〔信〕間が複線でつながりました。
1991(H3)年12月 9日改正 ⑩
前回の改正から日が浅いが、平日の最終列車の時刻が繰り下げになりました。当時はバブル経済の末期で、西武のみならず各鉄道で、最終電車の繰り下げや、深夜帯の輸送力の増強が求められた時期でした。入曽~本川越間各駅へは15分、下井草~新所沢間各駅へは37分(各停→準急に変更)、高田馬場~上石神井間各駅へは16分の繰り下げです。
日中の新所沢行準急の一部が本川越に延長され、新所沢~本川越間は毎時5本になっています。
土休日の萩山分割・併合運用がなくなりました。
1993(H5)年12月 6日改正 ⑪
特急〔小江戸〕が、運行を開始しました。10000系「ニューレッドアロー(NRA)」は、〔小江戸〕でデビューです。
まずは日中2時間・夜間1時間間隔とつつましいものでした。当時の特急料金は所沢まで350円、狭山市・本川越まで400円でした。
引き換えに〔おくちちぶ〕は廃止。本川越発着の不定期快速急行も取りやめになりました。一方で西武遊園地発着の快速急行は通年運転になっています。また土休日も、朝夕に拝島直通急行が設定されました。
この他、朝方の上りで停車駅を分け合っていた急行は、本川越始発(鷺ノ宮通過)は通勤急行、拝島・西武遊園地始発(上石神井通過)は快速に名称を変更しています。
夕~夜間の急行・準急は、基本的に急行に一本化。
1994(H6)年12月 7日改正 ⑫
西武有楽町線・新桜台~練馬間が開業しました(当初は単線で練馬折返し)。池袋線には練馬高野台駅が開業しています。
新宿線では〔小江戸〕が増発され、日中も1時間間隔になりました。上りに1本、所沢始発〔小江戸〕あります。
新宿線は、輸送量の伸び悩みが明らかになり、翌1995(H7)年には、複々線化計画事業の中止が発表になりました。9月より利用者に加算運賃を払い戻す形で、特別減算運賃を導入しています。平成初期の関東の大手私鉄各社各路線では、複々線化を中心とした大規模な輸送力増強計画が進行中だったが、計画が中止になったのは、西武新宿線が唯一です。
1996(H8)年 3月28日改正 ⑬
各停の一部が、拝島線まで延長されています。
1997(H9)年 3月12日改正 ⑭
夜間及び土休日朝方の〔小江戸〕が増発。夜間は毎時2本になりました。平日の〔小江戸〕最終便が26分繰り下げられ、所沢から先の各駅の到着は午前0時を回っています(土休日は逆に繰り上げ)。
平日夜間の萩山分割・併合運用がなくなりました。
1998(H10)年 3月26日改正 ⑮
西武新宿~本川越間の快速急行が、再度設定されました。ただしここは平日の日中のみ60分間隔。西武新宿~本川越間を47分で結びました。新所沢で、先行する急行と接続します。〔小江戸〕が停車する狭山市は通過。〔川越号〕の呼称があります。
一方で土休日に運行されていた西武遊園地直通の快速急行は、急行になりました(といっても花小金井が追加で停車になっただけ)。
競輪開催日の西武園直通は、下り西武園行は取りやめ、上り西武園発のみ平日2本・土休日4本設定(急行と各停が半々)。西武園線内折返しの増発で対応。
池袋線では、この改正から有楽町線との直通運転が始まりました(複々線化はまだ先)。
2000(H12)年 3月26日改正 ⑯
平日早朝・ラッシュ時ピーク前の〔小江戸〕が1往復増発。上り2号は、西武新宿到着が7時前になりました(6時56分)。折返しで下りも1本増。
2001(H13)年12月15日改正 ⑰
この改正は、平日朝方の上りラッシュ時が大きく変わりました。停車駅を分け合っていた通勤急行(本川越始発・鷺ノ宮通過)と快速(拝島・西武遊園地始発・上石神井通過)が、共に急行となって停車駅を統一。そのうえで、本川越始発の通勤急行2本が設定されました(途中狭山市・新所沢・所沢・東村山・田無・上石神井・鷺ノ宮・高田馬場に停車)。
またピーク前の上り〔小江戸〕がさらに1本増発。本川越では6時11分~30分の間に約10分間隔で出発(下りの本数は変わらない)。
池袋線では、練馬~練馬高野台間が複々線化。
2003(H15)年 3月12日改正 ⑱
国分寺線・国分寺~新所沢間の直通運転が開始。
〔小江戸〕はピーク直後に1本増発。西武新宿着が9時ちょうど(高田馬場着は8時56分)。
日中は20分サイクル→30分サイクルになり、急行が毎時3→4本・準急が3→2本を運行。急行の2本に1本(30分間隔)は、日中では初めて拝島線直通になり、代わって各停が30分間隔で本川越行となって、小平で拝島発着の急行と相互に接続。拝島線は、玉川上水までが毎時6本・その先が毎時4本に増発されています。
〔小江戸〕は、平日の日中以降は毎時30分に統一、夜間は加えて00分発を運行。土休日の夜間は毎時09・39分の発車。快速急行は毎時00分に出発し、新所沢では準急と相互に接続。
2005(H17)年 3月17日改正 ⑲
〔小江戸〕は土休日の夜間も、毎時00・30分発に統一。
2007(H19)年 3月 6日改正 ⑳
快速急行が東村山・狭山市に新規停車。
この改正の直後、西武鉄道・西武グループは新CIを発表しました。西武グループは21世紀に入って以降、オーナーを始めとする不祥事が相次ぎ、企業風土の刷新が求められていました。ここまでの西武鉄道は、レジャー部門やホテル等を(国際的にも)幅広く手掛ける一大企業グループだったが、2006(H18)年より持ち株会社「西武ホールディングス」の傘下という形態に改められ、地域密着に軌道修正していく事になります。
今回はここまでです。次の2008(H20)年6月14日改正以降、新宿線系統は、輸送量の変動に対応したダイヤ編成を迫られていく事になります。
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金剛バスの廃業発表を受けて、自治体側は近鉄バスと南海バスに協力を要請しているが、両社は今日、自治体がコミュニティバス方式として事業主体となる事を前提として、可能な限りで協力すると回答したと、報道がありました。近鉄バスは富田林駅・喜志駅への路線を運行しているが、近鉄バス自身、この数年で路線をかなり廃止して、規模を縮小しています。近鉄バスにしろ南海バスにしろ、程度の差はあれ苦しい事情は同じはずで、どこまで今の金剛バスの運行規模をカバーできるのか。
阪神タイガース、優勝してしまいましたねえ。おめでとうございます。阪神電鉄では早速記念乗車券・グッズの発売を開始しているが、ちょう20年前になるのだけれど、星野 仙一監督で優勝した時には、磁気カード「らくやんカード」を発売していました。№1787(星野氏逝去の直後だった)でご覧頂いたが、今回は紙の入場券セットに回帰していて、改めて磁気カード時代は遠い昔の事になった、も感じました。再三再四の警告にもかかわらず、道頓堀川には26人が飛び込んだそうだが、やるヤツはやっちゃう、という事だねえ。
《What's New》
13日 企業の景況判断指数+5.8 2期連続のプラス
14日 マツダ 11年ぶりロータリーエンジン車 予約販売開始
15日 ビッグモーター本社 警視庁・神奈川県警が捜索
ジャニーズ事務所の記者会見を受けて、事務所所属のタレントの起用をどうするか、企業・自治体・公的機関などで判断が分かれているようです。個人的には、タレント本人の不祥事ではないのだから、やや過剰反応に過ぎる所もあるのではないかと思っています。