№2571 西九州新幹線と 福岡の鉄道を訪ねて 4.長崎本線の「今」

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 午後は在来線、特急がなくなり、普通列車がDC化された長崎本線を経由して、福岡へ帰ります。5年前に乗っている長崎本線だが、新幹線開業後、どこがどう変わったか。

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 その前に、長崎電軌に乗ります。長崎駅前。せっかく交通広場が整備されるなら、長崎電軌も、多少遠回りになっても駅に近いルートに変更する、という選択肢は、なかったのだろうか。

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 一頃は一乗車100円、「日本で最も安い運賃」を誇っていた長崎電軌も、今は一乗車140円。それでも他地域に比べたら安い方だが。

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 6000形電車を見かけていたので、住吉電停で撮りました。乗車はまた後日。

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 赤迫電停。

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 現在の長崎電軌の路線図。改名された電停がいくつかあります。

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 3号系統・蛍茶屋行303号車。

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 在来線も高架線となり、5年前は工事中だった浦上駅も、高架駅となっていました。

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 新しい高架線を走る、キハ47の2連。

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 そして長崎駅。長崎駅は地平時代に一度、大きな改築を行っていたのだが。

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 蛍茶屋終点。

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 5年前は、公会堂前の分岐部で脱線事故が連続して、運行が中止されていました。今は改良工事も終わり、軌道が真新しい。

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 4号系統は朝夕各6往復、合計12往復のみの運行になってしまった。4号系統は全区間他系統と重複し、4号系統でなければ行けない電停はないので、このような形態になったと思われるが、他の系統も減便されているし、先の現状の運賃額も見ると、長崎電軌も厳しいなあと思う(乗換券は廃止になっていて、ICカードのみ指定停留所の乗り換えで2回目は無賃で乗れる)。

 この後中央橋付近で、バスをいくらか撮りました。本体での公開はもう少しお待ちください。晴れて良かった。

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 崇福寺終点。旧正覚寺下。5000形だとギリギリ。
 崇福寺から3号系統で長崎駅に戻り、福岡への帰路に就きます。

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 新幹線の時刻表。発車番線の表示もあります。何かの参考になります?西九州新幹線は上下とも、所々号数が飛んでいる所がある。将来の増便の可能性を見据えてだろう。

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 新幹線開業で在来線特急がなくなるので、「エクセルパス」など、関連の営業の変更に伴う告知。

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 改めて、12番線に停車中のN700S系を撮っておきます(入場料金を払って入っています)。

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 長崎駅は、「弱虫ペダル」とタイアップしたキャンペーンをやっているみたい。左は?

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 肥前浜から、キハ47 8158+キハ47 4509の2連が2147Dで到着しました。折り返し2148Dでまた肥前浜へ。2148Dは、設定時間帯としては5年前の2872Mを踏襲していると言えます(当時は817系の長崎発鳥栖行)。

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 長崎駅は、在来線も高架化されています。2面4線+1線(欠け取り式の4番線がある)。両ホームは終端部でつながっていて、行き来ができます。

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 1Fの売店で購入した、「新幹線かもめ弁当」と、クリアファイル。

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「新幹線かもめ弁当」の中身。すき焼きと豚の角煮が、鶏飯の上に乗っています。スィーツの大福も入っています。
 でも正直、長崎駅の駅弁の将来はどうなんだろう?新幹線は30分も乗ったら乗り換えを強いられる事になるし、在来線の特急は〔ふたつぼし4047〕(しかもビュッフェ併設「ラウンジ40」がある)のみとなり、毎日運転の一般的な特急はもうないので。

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 諫早までは市布経由。現川で快速〔シーサイドライナー〕を待つ。

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 車内は、大きな改造は行われていない。座席のモケットは変わっているが、全体的には昔ながらのキハ47、という印象。

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 小長井で、右手には雲仙岳が現れ、しばらく諫早湾の向こうに見る事ができます。だから〔ふたつぼし4047〕往路は小長井6分停車、なのか。
 しかし、諫早出発時点では帰宅の学生の姿が多かったが、小長井(長崎県最後の駅)を発つと、乗客が9人しかいない。電車時代の5年前と同じだ。

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 長崎県に入って、大浦港。

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 電車は走らなくなったが、線路そのものは5年前と変わらず。カーブが多く、スピードが出ない。単線でもあるし。JRになって以降、885系振り子特急車の導入でスピードアップを図ってきた路線だが、長崎への鉄道輸送の抜本的な改善策は、やはり高規格の新鉄道(=新幹線)の建設以外にはなかったのも事実だろう、と強く感じました。
 県境を越えて、多良で帰宅の学生が大挙乗車。これも、5年前と変わらない光景だった。

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 肥前浜に着きました。電車の2868Mに乗り換えになる。乗り換えは同じホーム。

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 しかし、この駅で乗降する旅客は、上下とも跨線橋を渡らなければならない。他の場所でも書いているが、跨線橋の存在は、利用のバリアーになってしまっているはず(特に高齢者・障害者)。長崎本線に関しては基本的には、もう短編成のローカル列車しかないのだから、駅のスペースは充分あるはず。信号システムや場合によっては線路配線の変更で、駅の利用・乗り換え、共に跨線橋を利用せずにできるよう、改善を図って欲しい。これは肥前浜以外にも言える事。

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 キハ47では、側面の行先の表示も、車内でパウチ張りの札を差し替えるだけ。これで十分だろうとも思うけれど、明らかに電車時代と比べて、車両の質が落ちてしまった印象が否めない。せめて大村線同様、全区間でYC1系新規導入、とは行かなかっただろうか?

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 キハ47に掲げられていた、西九州新幹線をめぐる路線図と、各駅の営業案内。無人駅でも、SUGOCAエリアとそうでない駅では、扱いが異なっている。なお西九州新幹線は、長崎~諫早間のみでもSUGOCAは不可。

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 江北行2868Mの車内。キハ47とは全然違う。

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 ここから肥前鹿島にかけての区間でも、雲仙岳を見る事ができます。ここからだとさすがに小さいが、逆方向だとこれからの旅に、ワクワクさせられるのかも知れない。

 諫早~江北間は、途中肥前浜での乗り換えを含めて、1時間26分でした。5年前の2872Mは1時間37分かかっていたので、逆に早くなった。上下特急の退避がほぼなくなったからだろう(肥前白石での〔かささぎ107号〕待ち合わせのみだった)。
 キハ47の質とか、肥前浜での乗り換えとかいろいろ書いたけれど、根本的には、電車による直通運転を継続して欲しかった。長崎~諫早間は、本数も少なくないので。まあその大半が大村線からの直通になるので、短区間のみの電車の運用は効率が悪くなるという事だろうが(個人的には、大村線の電化も検討して欲しかったと思っている)。諫早~肥前浜間の非電化化は仕方なかろうが、819系導入、とは行かなかっただろうか。
 ともかく、〔かもめ〕がなくなった今、諫早~肥前浜間、特に県境を挟む区間は、恐らく利用者数が、存続か否か?の判断に関わる、1日の利用が1,000人を下回る数字になるだろう事は、容易に想像できる。ので、線路そのものの改良は出来なさそうだから、せめて車両の質や、駅の乗降のしやすさの改善を進めて、地元利用客のつなぎ止めを図る必要があるでしょう。これもまた、JR九州だけでなく、地元自治体、特に上下分離で線路施設を保有する事になった佐賀・長崎両県のソフト・ハード両面での協力も必要だと思います。ひょっとしたら佐賀県は、面白くないかも知れないが。

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 江北駅に着きました。キハ47が並んでいるが、右側のサイケなカラーは、EXILE TAKAHIROがデザインしたという、「Choo Choo 西九州 TRAIN」プロジェクトの一環、なのだそうだ。 

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 江北からは、鹿児島本線直通の普通2876Mに乗ります。更新前の811系。

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 基山で、羽犬塚始発の区間快速4138Mに乗り換え。813系。ここの上りの緩急結合は、階段を上下しなければならない。

 今日の泊りは、翌日の筑豊電鉄撮影・乗車を考慮して、黒崎のホテルになっています。PC等大きな荷物は博多駅のコインロッカーに預けてあるので、博多で途中下車。20分後の快速4232Mが来るまでの間で回収し、その後は駅のホームのうどん屋でうどんをすすって、夕食としました。

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 最後に、黒崎の一つ手前の、折尾駅。高架化が全面的に完成して、だいぶ様相が変わりました。

 こんなに慌ただしかった長崎訪問はたぶん初めてだが、これもまあ、新幹線の為せる技、ではあったでしょう。
 明日は、引退間際だった、筑豊電鉄2000形の撮影に挑戦します。何しろもう早朝の2往復だけ、いや、朝が遅くなっていたから、実質1往復しかチャンスはなさそうだ。撮影、できるだろうか。その後は小倉に移って、バスの写真も撮りたいなと。夕方のSFJ便で、北九州から帰宅の途に就きます。

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posted by 菊池 正人 at 22:00Comment(0)未分類