新幹線開通・延伸 並行在来線は経営分離
ローカル私鉄 元東急5000系は淘汰
ローカル私鉄 元東急5000系は淘汰
新幹線開業前夜 信越本線
長野冬季オリンピック・パラリンピックを翌年に控えた1997(H9)年10月1日、長野新幹線・高崎~長野間が開通した。1973(S48)年に政府が決定した「全国新幹線鉄道整備法」に基づいて建設される「整備新幹線」5路線では、初の開業となった。1989(H元)年の着工から、8年での開業である。
この時点では後の北陸新幹線の一部に留まる事から、当初は、下りは「長野行新幹線」、上りは単に新幹線と呼称するのが通例だったが、後に純粋に長野新幹線と称するようになり、金沢延伸までこの名称が使われる事になる。長野県内には軽井沢・佐久平・上田・長野の4駅が新設され、全て在来線と接続。佐久平は小海線との交差地点に設けられた駅で、小海線側にも駅が設けられ、小諸との二次アクセスの接点としている。
高崎~軽井沢間には30‰の急勾配区間を控える事から、勾配対応の新系列E2系が導入され、列車名は在来の信越本線特急から引き継ぎ、〔あさま〕となった。東京~長野間は最速1時間23分で結ばれ、在来線時代の〔あさま〕の半分以下と、大幅な短縮が実現した。
新幹線開業前の信越本線は、特急〔あさま〕が約30分間隔のフリークエントサービスで、首都圏と長野県北部を結んでいた。一部は長野から更に北を目指し、新潟県の妙高高原・直江津まで足を伸ばしていた。また、上野~金沢間〔白山〕が、1往復設定されていて、長野県内では〔あさま〕ネットワークの一員に組み込まれていた。既に併走する上信越自動車道の延長工事が進行しており、1996(H8)年には群馬県内から長野市の近郊にまで到達していたから、高速道路や、高速バスは〔あさま〕にとって驚異となりつつあった。このため、1990(H2)年から、一部の編成でグレードアップ改造を施した編成を導入し、高速バス等に対抗した。1993(H5)年ダイヤ改正では20往復に達し、在来線特急としてはピークに達した。
この他、夏期には避暑地として賑わう軽井沢には、臨時特急〔そよかぜ〕が設定され、新幹線開通まで運行された。〔あさま〕と共通の189系などの他、「サロンエクスプレス東京」を使用した列車の設定も見られた。
夜行列車は、上野~金沢間〔能登〕、上野~直江津間〔妙高〕が設定されていたが、〔妙高〕は1993(H5)年に廃止、〔能登〕は同時に客車から〔白山〕と共通運用の489系に置き換えられ、新幹線開業まで走り続けた。その後は上越線経由に変更されている。
横川~軽井沢間の66.7‰区間の介在は、スピード面では大きなネックとなった。補機としてEF63形の連結が必須で、横川・軽井沢両駅での連結・切り離し作業の時間も必要であったため、所要時間短縮の面では、これ以上の向上は望めなかった。新幹線の開業は、急勾配克服による所要時間短縮の面でも、待望されていたのである。
並行在来線 初の第三セクター移管
一方、新幹線の開業は、在来線の信越本線にも重大な変化をもたらした。整備新幹線と並行する在来線は、新幹線を営業するJR各社にとっては経営上の重荷となる事が予想され、基本的にはJRから分離し、第三セクター鉄道に転換する事になっていた。その第1号として、軽井沢~篠ノ井間は、長野県が全体の約3/4、その他沿線の地方自治体が出資して設立された、しなの鉄道に移管される事となった。整備新幹線計画に伴う第三セクター鉄道移管の、初のケースである。なお、篠ノ井~長野間はJR東日本の運営のまま残され、しなの鉄道の列車は、篠ノ井~長野間はJR東日本に直通する形態となった。
移管の時点で、JR東日本から115系、及び長野~飯田線方面の快速〔みすず〕などを中心に運用されていた169系の譲渡を受け、順次自社オリジナルカラーに塗り替えて運用した。普通列車を増発したほか、上田~長野間ノンストップの快速列車を朝ラッシュ時に設定。この快速は翌1999(H11)年12月より、乗車整理料金を必要とする、〔しなのサンライナー〕に発展している。
しかし、国鉄時代末期から普通列車の増発が行われている程の、比較的需要の多い路線であったが、特急列車がなくなった事に加え、篠ノ井~長野間がJR東日本の運営で残存した事で、十分な運賃収入を得る事ができず、当初から苦しい経営となり、2001(H13)年には債務超過に陥った。経営立て直しのため、H.I.Sから社長を迎え、全列車ワンマン運転を導入する一方、トレインアテンダントの乗務を始め、新駅も設置するなど、ハード・ソフトの両面で経営の改善を進めている。2014(H26)年には、115系改造の観光列車「ろくもん」が運行を開始した。地元の木材を多用した内装に改造され、地元産の食材を使用した料理を提供するコースが設定されている。臨時快速として運行される他、篠ノ井線姨捨に入線する事もある。
一方、横川~軽井沢間の「碓氷峠」越え区間は継承されず、新幹線開業と同時に廃線となった。JRバス関東により代替のバス路線が設定されている。軽井沢駅構内にはEF63型が静態保存される。
長野以北は、新幹線に接続する〔信越リレー妙高〕が設定された。〔あさま〕から転用の189系を使用、指定席の設定もあった。その後改正の毎に各列車の停車駅が増加、大半が指定席を設定したまま、通過駅がない普通列車に格下げされていき、2003(H15)年には、単なる〔妙高〕となった。この他、急行〔赤倉〕に変わる特急〔みのり〕が長野~新潟間に設定された他、新幹線開業に伴い廃止となった〔白山〕の代替となる、臨時特急〔信州〕が、長野~福井間で運行された時期もあった。しかし〔みのり〕は、2001(H13)年には早くも長野県内区間が廃止、〔信州〕は1999(H11)年のGWを最後に設定がない。民営化直後には、大阪からの特急〔スーパー雷鳥〕や、スキーシーズンには「シュプール号」の乗り入れもあった長野以北区間だが、徐々にローカル色を濃くしていく。
新幹線金沢延伸と しなの鉄道北しなの線開業
2015(H27)年3月、新幹線が金沢に到達し、晴れて名実ともに北陸新幹線となった。ただし、駅等の案内表記には「長野経由」の文字が入れられた。長野県内の新線区間には、飯山駅が新設され、飯山線との接続駅となった。
東京~金沢間には、速達タイプの〔かがやき〕と、主要駅停車タイプの〔はくたか〕が設定され、東京~長野間区間運転の〔あさま〕との3本立てとなった。先行してE7系が開発、〔あさま〕に導入されていて、金沢延伸後は、JR西日本のW7系と共に、〔かがやき〕〔はくたか〕に専用される他、一部の〔あさま〕にも導入。グリーン車の他、東北新幹線E5系に次いで「グランクラス」が設定された。〔かがやき〕は全車指定席である。2017(H29)年には全列車がE7(W7)系に置き換えられ、開業時からのE2系は、北陸新幹線からは撤退した。
一方、並行在来線となった北陸本線・長野~妙高高原間は、しなの鉄道に転換され、北しなの線となった。車両は在来のしなの鉄道線と共通運用となり、直通の運用もある。JR飯山線は、しなの鉄道に直通する形態となった。この結果、信越本線は群馬・長野・新潟各県下のみで三分割される格好になり、名称が実態を表さなくなった。
国鉄時代には急行が運行された事もある飯山線だが、現在は全列車普通列車である。同線で運用された国鉄型車両は、1997(H9)年にキハ110系に置き換えられ、同時にワンマン化が実施された。キハ110系は、秋田新幹線工事関連で運行された特急〔秋田リレー〕から転用された車両が大半であった。元々豪雪地帯である上、近年は災害にも悩まされており、平成の30年間では3度に渡り水害で、加えて2011(H23)年には長野県北部地震によって、長期間、全線または一部区間が運休となる事態に追い込まれた事もある。北陸新幹線開業後は、飯山で新幹線と接続した事で、観光客の誘致も図られている。観光列車「おいこっと」の運行も、その一環である。
中央本線特急 高速バスと熾烈な競争
一方、長野県内のJR東日本のもう一つの動脈、中央東線は、国鉄時代末期には、中央自動車道路との激しい競争にさらされるようになり、特に相次いで開業した、新宿発着の高速バスは、飯田線直通の急行を廃止に追いやっており、特急〔あずさ〕への影響も避けられなくなっていた。対抗策として、民営化後の1987(S62)年12月には、183系「グレードアップあずさ」編成が導入されたうえ、カーブが多い線形に対応し、1993(H5)年5月、制御式振子装置を備えた新型車両E351系が速達タイプの〔あずさ〕に導入し、所要時間の短縮を狙った。翌年12月には〔スーパーあずさ〕と改称、新宿~茅野間は最速2時間03分、新宿~松本間は最速2時間30分で結ばれている。在来の〔あずさ〕と同様、一部は大糸線への直通運転を行っている。
E351系は翌1995(H7)年に5編成が出そろったが、費用対効果の点では今一つで、2001(H13)年からの本格的な183系置き換えには、より汎用的なE257系が導入され、〔あずさ〕でデビューを果たした。12月には一部の臨時を除いて、〔あずさ〕のE257系への置き換えを完了している。
さらに2015(H27)年、E351系の後継車両として、空気バネ式の車体傾斜装置を採用した、E353系がデビューした。約2年の試運転の後、2017(H29)年12月改正で、〔スーパーあずさ〕に導入、翌年3月の改正で、置き換えを完了。さらに在来の〔あずさ〕のE257系も置き換えて車種の統一を図る事になり、2018(H30)年12月より導入を開始、2019(H31)年3月改正で、中央東線の定期特急は〔かいじ〕〔富士回遊〕と共に、E353系への置き換えが完了した。同時に全車指定席となり、新たな着席サービスを提供している。また、停車駅の整理・見直しが行われ、〔あずさ〕の速達化が図られた。
急行〔アルプス〕は夜行の1往復のみが残存し、〔あずさ〕と共通で183系が運用されていた。1997(H9)12月改正では、上りのみ長野始発・篠ノ井線経由に変更となったが、4年後の2001(H13)年12月改正で廃止、大糸線直通の下りも翌年には廃止となって、長野県からは定期の夜行列車が姿を消した。しばらくは臨時快速〔ムーンライトながら〕が後を継いでいたが、平成最後の改正の2019(H31)年3月以降は、設定がない。
一方、JR東海が運営する中央西線は、日本初の振り子特急車381系が運用されていた。こちらも昭和末期には中央自動車道との競争にさらされるようになり、1988(S63)年には短編成化とパノラマグリーン車の設定、定期列車の増発が行われていた。平成初のダイヤ改正(1989(H元)年3月)改正より、定期列車13往復体制が確立している。
1994(H6)年より、制御付き振り子車両の新特急車383系がデビュー、1996(H8)年12月改正で、全列車が383系による運行となった。名古屋~長野間は最速2時間43分で結ばれている。なお、1往復は名古屋からさらに大阪まで運行されていたが、2016(H28)年3月改正で名古屋以西が廃止になり、定期列車は名古屋~長野間に統一されている。多客臨で大糸線直通の設定も残る。
夜行列車は、大阪~名古屋~長野間に客車急行〔ちくま〕が設定、多客期には大糸線直通の〔くろよん〕を含めた臨時急行もあった。定期〔ちくま〕は1998(H10)年3月改正より、〔しなの〕と共通運用の383系となったが、2004(H16)年3月改正で臨時列車に格下げ、2006(H18)年以降は設定がなく、廃止となった。
JR東海が運営する県内のもう一つの路線、飯田線は、国鉄時代末期には新宿・名古屋への直通急行が全て廃止、優等列車は北部から長野へ直通する〔みすず〕など、一部の快速のみとなっていた。1992(H4)年、豊橋~飯田間に臨時急行〔伊那路〕が設定され、多客期を中心に運行されていたが、1996(H8)年改正では373系に置き換えられて定期特急列車に格上げ、1往復増発されて2往復体制となった。近年では、特に静岡県境付近に存在する、乗降が極少の「秘境駅」を訪ねる鉄道ファンが多くなっており、「秘境駅」のみに停車する臨時急行の運行も行われている。
篠ノ井線は信越本線と中央本線、長野県の2大都市・長野と松本を結ぶ幹線的な性格も有しているが、近年は「日本三大展望」の一つと称され、三段式スイッチバックを残す姨捨駅そのものが、観光資源として注目されるようになった。クルーズ列車「四季島」受け入れのための改修が行われ、しなの鉄道「ろくもん」が乗り入れる事もある。
大糸線は、新宿や名古屋への直通列車に加えて、北陸本線からのリゾート列車や「シュプール号」の乗り入れもあった。1998(H10)年の冬季オリンピック時には臨時列車の大幅な増発で観客を捌いたが、新幹線に長野で接続する長距離バス路線の整備などもあり、優等列車は減少傾向にある。JR西日本が運営する非電化区間の南小谷以北は、国鉄型キハ52形の最後の活躍の場所として注目されたが、2010(H22)年に引退した。
小海線は、新幹線長野開業時に佐久平駅が開業、新幹線が経由しない小諸との間の2次アクセスの役割も担う事になった。2007(H19)年には世界初のハイブリッド鉄道車両となる、キハE200系がデビュー、3両導入された。2017(H29)年には、キハ100・110型を改造した「HIGH RAIL 1375」がデビューしている。夜間の列車では車内照明を消灯させて星空の映像を天井に投影する他、好天時には野辺山駅停車中に、星空の観察会が行われる。
苦境に立ち向かう ローカル私鉄
長野電鉄は、かつては善光寺平で3路線を運行しており、中小私鉄としては比較的規模が大きかった。歴史的な経緯から、屋代で信越本線と接続して木島に向かう河東線が本線核でアリ、須坂から長野に接続する長野線、信州中野から湯田中に上る山之内線が支線の扱いだったが、運行本数は長野~須坂~信州中野間が多かった。平成に入って運行本数増強のため、北須坂、延徳に交換設備が増設されている。
しかし、21世紀に入ると一転して輸送量の減少が顕著となり、2002(H10)年3月を持って信州中野~木島間、2012(H20)3月をもって屋代~須坂間(木島区間廃止直後に屋代線と改称)が廃線となった。残存区間は長野~湯田中間を長野線と称しているが、近年は運行本数の減少が著しい。新幹線開業後は観光客誘致に力を入れており、2006(H18)年には元小田急HiSE10000系を導入して「ゆけむり」、2010(H22)年には元JR東日本〔成田エクスプレス〕用E253系を導入して「スノーモンキー」として、特急列車として運行している。両系列に置き換えられた2000系は1編成のみ籍を残すが、小布施駅構内の「ながでん電車の広場」で、事実上の静態保存状態にある。
上田交通は、平成に入る頃には、別所線1路線のみとなっていた。新幹線開業に合わせた事業として、上田駅が1998(H10)年より、高架の新ホームに移転している。経営状況は厳しく、2005(H17)年には鉄道部門が分社となり、上田電鉄となった。
松本電気鉄道は、新島々から上高地を初めとする北アルプス方面への路線が発着する事から、夏期は大勢の登山者や観光客の利用がある。松本電鉄を中心とするアルピコグループは、21世紀に入ると多額の債務の発生が判明。2008(H20)年にアルピコホールディングスを設立。さらに2011(H23)年4月、諏訪バス・川中島自動車等の吸収合併により、アルピコ交通として、再スタートを切る事になった。鉄道線の営業案内では、松本電鉄の名称も併用されている。
長野県内私鉄3社の共通項として、元東急5000系(初代)が主力車両となっていた事があった。東急5000系は1954(S29)年より製造された、カルダン駆動と軽量車体を持つ高性能車初期の傑作であり、東急時代はその車体の構造と塗色から、「青ガエル」の愛称で親しまれた。後に各私鉄への譲渡が始まるが、長野電鉄はその第1弾だった。後に松本電鉄・上田交通にも譲渡され、車両の近代化に大きく貢献したが、老朽化に加えて、冷房化が不可能だった事から、平成の世に入ると、各社で置き換えが始まった。
上田交通は、同じ東急の7200系によって、ステンレス車体となった5200形共々、1993(H5)年に一斉に置き換えられた。一部の車両は東急に里帰りし、静態保存されている。7200系は後に一部が、かつての別所線で有名だった、戸袋を丸窓とした旧型車(廃車後も長らく別所温泉駅構内で展示施設として使用されていたが、現在は1両が近隣の高校に譲渡)の姿を模した「まるまドリーム」となった。車内もレトロ調に改装されていた。2016(H28)年以降は再度東急中古の1000系によって置き換えが始まり、2018(H20)年には完了している。一部は豊橋鉄道に再度移籍した。
長野電鉄は、03系導入で追われた旧営団地下鉄3000系によって、1993(H5)~1998(H10)年にかけて全車両が置き換えられた。同時に、地方私鉄の独自の新車では異例の4ドア車だったOS形、後継のOS10系も姿を消している。その3000系も2010(H22)年より一部が元東急8500系に置き換えられているが、8500系は抑速ブレーキを持たないため、信州中野~湯田中間には入線できない。
5000系が最後まで持ちこたえていた松本電鉄は、京王井の頭線の3000系に置き換えられ、2000(H12)年までに全廃、21世紀を見る事がなかった。3000系は、グループのバスと同様のデザインとして、共通性を持たせている。
アルペンルートの一角を構成していた関西電力のトロリーバスは、2017(H29)年度シーズンを持って廃止となり、翌年からEVバスが代替して運行されている。
データ編は、次回です。
当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
JR東海のハイブリッド特急車HC85系が本日、公開で試運転を行いました。来年度のデビューが期待されるが、一方では来月、新幹線に関わる従業員9,800人を、一時帰休させるとも発表しました(一日当たり200人)。東海道新幹線も臨時列車を中心に減便を行うとしています。とにかくコロナ禍がどうにか好転しないと、新幹線もHC85系も、ないよねえ。
コロナ禍と言えば、京阪は28日以降、また土休日は臨時ダイヤで運行します。前回(6月)の時点の臨時ダイヤは№2351でご覧いただいたが、その時と同じ内容になります。「二度と使われる事がないように」と書いたのに。ダイヤ改正までは、このまま行ってしまいそうな気がします。
《今日のニュースから》 カッコ内は新型コロナウィルス関連
22日 「原爆小頭症」の人たちの集い オンラインで開催
(西川 貴教主催 草津市「イナズマロックフェス」 開催中止決定)
23日 全国高校女子野球大会 神戸弘陵優勝 決勝戦 初の甲子園開催
(米FDA ファイザー社製ワクチン正式承認)
24日 特定危険指定暴力団「工藤会」トップ 4人殺傷で死刑判決
(佐賀県 旧唐津市市域「まん延防止等重点措置」適用 国に要請)
私も先週、ファイザー社製ワクチンの第一回目の接種を受けたが、承認が「あれ、今頃?」と思うかも知れない。これまではあくまで「緊急使用の許可」でした。正式承認によって、ワクチン接種をためらう人々が接種を受ける方向に進み、接種率が向上する事が、彼の地では期待されています。
女子の高校野球の決勝戦、NHKも朝日も、(BSを含めて)TV中継がありませんでした(少なくとも関東は)。来年以降は、甲子園での決勝戦くらいは、TV中継があってもと思います。ちょっとだけ動画で見たけれど、試合前後の、あの程度の“ノリ”は、もう男子にあっても良いのではないでしょうか?
パラリンピックが開幕したが、一方で「緊急事態宣言」が北海道・宮城・岐阜・愛知・三重・滋賀・岡山・広島の8道県に拡大される事も決まりました。今の世の中、どう考えたら、良いのやら…。とりあえずはしつこいが、我が身と自由な暮らしは、自分自身で護る、これが基本。