№1934 「宗太郎越え」の50年

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 今年3月のJR九州のダイヤ改正では、全体的な減量となって少々ショッキングな内容だったが、日豊本線の佐伯~延岡間、通称「宗太郎越え」は、元々少なかった普通列車がさらに減便され、特に重岡~延岡間はなんと、下り1本・上り2本と、下手なローカル線よりも少なくなってしまいました。
 今回、31年振りにこの区間の列車に乗車した事、JTB時刻表の付録として、1968(S43)年10月1日改正、通称「よん・さん・とお」改正の時刻表が無料ダウンロードで提供された(既に終了)事もあって、「宗太郎越え」区間のダイヤの新旧比較をしてみようと思います。

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1968(S43)年10月1日

 無料ダウンロードの「よん・さん・とお」の時刻表から作成しました。当時は非電化でした。日豊本線は前年に幸崎までの電化が完成していたが、「宗太郎越え」区間を含む幸崎~南宮崎間の電化は1974(H49)年3月13日で、5年半先の話になります。
 50年も前になってしまうと、単純比較はかなり難しい。ただ、当時も普通列車は多くはなかった。普通列車の夜行があったが、昼間のこの区間通しの普通は下り6本、上り5本だけ。他に区間運転が数本。
 何この列車?と思ったのが上りの4592列車、直川発直見行という、一駅間のみの区間運転。なぜこんな列車が設定されていたのだろう?時間からして、学校の帰宅の対策だろうか?どこから車両を持ってきたのだろう?延岡から佐伯への回送の客扱いか?と推理してみるが。
 時刻表の記載をそのまま写しているので、これ違うな、と思うのもそのままにしてあります。土曜日のみ運転の延岡→市棚間の列車で、列車番号が6530とあって、逆方向の6529Dと食い違っているのだが、6530Dではないか。往復ともDCでしょう。この他夜間の、当時の日ノ影線(後の高千穂線→高千穂鉄道→廃線)から直通の市棚行もDC。
 一方の佐伯発最終重岡行は客車。重岡からどうしていたのだろう。延岡へ回送?
 なお、佐伯16時38分発延岡行2043列車は、小倉10時48分発宮崎行荷物列車の旅客扱い。
 下りの直川→重岡間は、どの列車も時間がかなりかかっている。この中間には川原木信号所があるし、重岡でも上り待ち合わせの停車時間が含まれている列車もあるだろうが、直川から急勾配が始まるので、その影響が大でしょう。SLだったのか?この区間のSL廃止がいつだったか解らないから何とも言えないが。

 当時は急行が中心で、今では想像し難い列車もあります。東京~西鹿児島間〔高千穂〕は下り29時間25分、上り29時間2分と、1日以上掛かっている。それと、〔フェニックス〕は西鹿児島~宮崎間を、博多・小倉経由で走っている。さすがに当時としても、全区間乗り通す乗客はいなかったろう。
 驚かされたのは、「宗太郎越え」区間の中間駅に停車する急行がある事。下り〔高千穂〕が、北川に停車している。今や、下りは7時台1本の普通しか停車しない駅に、東京からの長距離急行が停車していたとは。
 ただどの列車も、上下で停車駅が一致していない。推測すると、対向列車の待ち合わせだろう。今なら「運転停車」にする所ではないか。上り〔日南1号〕の上岡停車は、後続の特急〔にちりん〕通過待ちのはずです。
 特急はまだ少ない。所要時間は現在の電車とそんなに変わらず、上り〔にちりん〕は1時間を切っています。

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1986(S61)年11月1日

 かなり飛んでしまうけれど、「国鉄最後のダイヤ改正」の時刻です。
 この翌年の2月19日、国鉄ももう末期、という時期、この「宗太郎越え」を、普通電車5531Mで通過しました。この当時は既に電化され、普通電車は急行型475系、もうすぐ、という民営化を見据えて白+青帯への塗り替えが進んでいたが、乗車した電車は、ラズベリー+クリームの急行色のままでした。
 重岡で、上り寝台特急〔富士〕の通過を待ちました(それが、一番上の画像です)。
 日中の優等列車は全て特急となり、〔にちりん〕は電車でも博多~西鹿児島間の長距離列車がありました。急行は、普通列車からの格上げなのか、夜行のみ〔日南〕で運行されています(宮崎~西鹿児島間は普通列車)。

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2017(H29)年3月4日
 さらに飛んでしまって、この3月まで使われた、昨年の改正の時刻になります。
 普通列車はすべてディーゼルカーで運行されていました。豊肥本線・久大本線と共用と思われ、大分~佐伯間にも送り込み・返却で、DC列車が2往復あります。上り2764Dが大分まで直通。
〔にちりん〕は宮崎で、また〔シーガイア〕と小倉発1本を除いて、大分で系統が分断されています。日豊本線全区間を通しで走る列車は、もうなくなっています。

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2018(H30)年3月17日

 そしてこれが、3月17日からの現在のダイヤです。
 普通列車そのものの削減もさる事ながら、「宗太郎越え」通しの延岡発着列車が全て787系特急車両で、しかも唯一の下りはグリーン車も営業しているというのがオドロキです。他者様のWebを閲覧してみたら、案外客が多いんだって。皆「鉄」に違いないはずだが。
 全てワンマン対応の4連(客扱いは先頭車のみ)だが、車掌が乗務しているらしい。全列車、特急がらみの運用、下り2761Mは延岡から〔ひゅうが9号〕。上りは、2760Mは佐伯から〔にちりん102号〕、2762Mは延岡までの〔ひゅうが2号〕がそのまま普通列車になるはずです。回送の有効活用、という所でしょう。今の重岡~延岡間は、定期旅客列車は全て特急車両という事になります。こんな「秘境路線」は、初めてです。

 今回調べてみたら、大分県側・宮崎県側、それぞれの県内は、JRに並行してバス路線もあります。佐伯側は大分交通バスが佐伯~直川間、その先は、佐伯市コミュニティバスが重岡まで入ります(重岡から西へ向かう)。延岡側は、宮崎交通のバスが延岡と、北川駅にほど近い熊田との間に路線があって、平日は延岡発4本・熊田発3本、土休日は2往復あります。
 しかし、県境で向かい合う宗太郎と市棚は、調べた限りはJRしかありません。ヨソ者がこの両駅を訪れるとしたら、現実的には前日に延岡に泊り、翌朝早起きして2761Mに乗って、降りて折返し2760M(重岡で2761Mと交換)に乗車、このパターンしかありません。
 しかも冬場は陽が短く、この地域は冬至となると日の出が7時過ぎ、日の入りが17時過ぎになるので、明るい時間の乗車・乗降は不可能です。山間部でもあるし、この点でも難関です。日の当たらぬ「秘境駅」。
 「宗太郎越え」は普通だけでなく、特急も上り〔にちりん26号〕が削減されており(延岡行〔ひゅうが4号〕に短縮)、先日〔にちりん17号〕に乗った感触でも、特急も乗客は少ないだろうなと。いつまでこのダイヤが維持できるか、特急でも少々怪しい気も、しないではない。また、この動向は、特に783系「ハイパーサルーン」に影響を与えるかも知れません。
 かなり端折って「よん・さん・とお」からのダイヤを比較してみたが、次の50年では、どう変わっていくのでしょうか。良い方向に変わって欲しい、とは思うが…。

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 阪急京都線が、来年1月19日にダイヤ改正を行います。注目されるのは、「京とれいん 雅絡(がらく)」のデビューでしょう。今回は通勤車からの改造になるが、想像図の列車に書かれた番号は「7006」とあって、7300系ではなく、神宝線7000系がベースなのか。車内は6300系以上に凝っているなあと思った。Wi-Fiも提供。運行開始が3月なので、それまでは一般車両で、通常の快速特急で運行。これで「京とれいん」は2編成となり、土休日1時間間隔運転が確立されるが、在来6300系は十三駅のホームドアに対応できなくなるので、「快速特急A」の種別名称となり、十三は通過。この他一般列車も通勤特急の快速急行で淡路への停車の増など色々あるが、どうなるかと思っていた、桂駅での平日朝方の10連快速急行3本の2両切り離しは、リリースを読む限りでは、引き続き行われる模様。
 韓国KTXが脱線事故。よくケガ人14人で済んだなあと思う。急激な気温の低下が原因か?との報道もあるが。去年、冬季オリ・パラを控えて開業したばかりの路線だ。

《今日のニュースから》
 7日 ドイツ・キリスト教民主同盟 クランプカレンバウアー幹事長を新党首選出
 8日 全国大災害被災地「語り部」 熊本でシンポジウム開催