№1649 能勢電鉄 1990年2月24日

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 先月の関西旅行で、かなり久しぶりに能勢電鉄に乗ったと以前書きました。
 能勢電鉄に初めて乗ったのは、たぶん1990(H2)年2月14日です。この日、妙見線と日生線の全部の駅の撮影も行ないました。ちょうど27年前の能勢電鉄の駅の画像を、ここでご覧頂こうと思います。全く変わった所、案外変わっていない所、様々です。

1.妙見線

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川西能勢口 かわにしのせぐち
 当時は阪急共々高架化前(既に工事は始まっていた)、駅舎は阪急と別々でした。
 一番上の画像は川西能勢口直前の急カーブ。能勢の電車が昔も今も阪急の中古、は変わらないけれど、当時は600形のような小型車もまだ走っていました。

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絹延橋 きぬのべばし

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滝山 たきやま

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鶯の森 うぐいすのもり

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鼓滝 つづみがたき

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多田 ただ

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平野 ひらの

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一の鳥居 いちのとりい

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畦野 うねの

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山下 やました
 日生線分岐駅。日生線開通時に高架化されたのでしょう。妙見線はここから単線となり、急にローカル色が濃くなります。

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笹部 ささべ

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光風台 こうふうだい

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ときわ台 ときわだい

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妙見口 みょうけんぐち
 駅舎自体は今と変わっていないと思います。妙見山への玄関口で、当時は駅前の反対側の広場に、(旧)京都交通バスが乗り入れていました(吉川と呼称していた)。

2.日生線

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日生中央 にっせいちゅうおう

 当時は全ての駅に駅員がいました。現在は遠隔操作導入で、ほとんどの駅が無人です。

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 最後に、当時の時刻表です。本当は全駅掲載されているが、川西能勢口と、妙見口及び日生中央駅の時刻、それに運転系統が記された部分のみご覧頂きます。阪急直通〔日生エクスプレス〕はまだ。川西能勢口が阪急と一体の高架駅になった時点で運行を開始する事になります。
 この時点では妙見線・日生線はほぼ対等ながら、早朝・深夜の日生線が線内折返し運転になっているので、やや妙見線が上位に位置しているように見えます。この後、徐々に日生線系統が増強される事になります。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 ANAが昨日、メキシコシティ便の運航を開始しました。日系としてはJALが7年前に撤退して以来で、JALはバンクーバー経由だったから直航は初めて、B787の威力でしょうか。式典では国土交通省の副大臣も出席したそうだから期待は大きいが、何しろメキシコは国境の壁がどうのNAFTAがこうのと大騒ぎになっているので、短期的には順調に推移するだろうが、長期的には大丈夫か、やや懸念もあります。隣国の政策次第、というのは困ったものだ。

《今日のニュースから》
15日 インド 人工衛星104機搭載ロケット 打ち上げ成功
16日 アクスル 埼玉県三芳町物流倉庫で火災 延焼中

№1648 思い出の海外旅行クロニクル 28.2008年スウェーデン 3<終>

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 スウェーデン位の規模の国だったら、行き帰り含めて最低でも10日は欲しいのに、もう帰国の途に就かなければなりません。エーテボリからX2000でストックホルムへ、旅客機を乗り継いで日本に帰ります。

2008年 7月 4日(金)
 とはいえストックホルム行X2000は10時42分出発、時間はあるので、市電とバスを撮ります。

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 市電の当時の最新鋭、400形。もちろん超低床。

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 300形。例によって、厳つい顔つきの2連接の中間に、超低床の車体を組み込んでいます。15年前にはなかったものでした。

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 単車の連結運転。後方は700番台だったが、形態の違いは見出せませんでした。800同士、700同士も見られたから、同型の連番なのでしょう。
(上の2枚は前日撮影)

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 中央駅前の電停。系統によって分散されています。

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 どこだかは忘れたが、森の中の電停。
 新型には乗車したが、時間がなかったので、車内の写真とかは撮れませんでした。

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 バスの写真もかなり撮ったが、驚いたのがこの三連接バス。リンドホルムへいく16系統で運用されていました。

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 駅前付近が既にバス専用レーンだったが、リンドホルム付近は完全なバス専用道になっていました。当時は聞かなかった言葉だが、BRT、でしょうか?

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 ストックホルム行X2000形、430列車。この列車はマルメが始発、ここで方向転換します。

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 X2000の2等車車内。ノートPCを見ている人が多かった。一方で平日の日中ながら、家族連れも目立ちました。

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 デッキの非常時案内はスウェーデン語、デンマーク語、英語、ドイツ語で書かれています。コペンハーゲンへの直通も始まったからか、DSBのマークも見られます。

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 ビストロ。入れ替わり立ち替わり客が来て賑わう。カウンターもあるが、自分の席へ持ち帰る客の方が多い。

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 昼食、と言うには簡素に過ぎるが、サラダ59SEK(≒1,030円)+コーラ15SEK(≒260円)。

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 スイーツも欲しい。マフィン12SEK(≒210円)+コーヒー15SEK。

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 沿線は全体的に、こんな感じの田園地帯が続きました。

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 ストックホルム中央駅到着。定刻でした。

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 当時のアーランダエクスプレス時刻表。曜日に関係なく、早朝深夜を除いて15分間隔。夏限定の割引の案内もあります。大人2人で一緒に利用すると240SEK。通常220SEKだから、かなりの割引です。

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 アーランダエクスプレス。実は、スウェーデンパスでも乗れます。現に、車内の検札でも、パスをチェックされただけ。それなら、4日前の220SEKは何だったんだ…。
(切符が手元に残ったから良かった、と思うか…)

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 空港まで複々線、専用の線路を快走。ダブルデッカーの新型近郊電車を見ました。

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 ハイウェイを行き交うトラック。
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 理由が解らなかったが、途中から目立ってスピードが落ちて、アーランダ空港駅到着は5分遅れでした。

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 空港のターミナル5。改築工事中。

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 コンコース。改築工事中、という事もあってか、エコノミーはカウンターが5つしか開いていなくて、行列が長い。30分近く掛かりました。

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 折返し673便となる、SKのMD-82が到着。

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 8番ゲートより搭乗開始。この便はLH6203と、OU(クロアチア航空)5651のコードシェアナンバーも付いています。

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 この便でも搭乗時はAPUが動作しておらず、非公式側のドアが明け放れていました。出発準備完了後にはCA実演のセーフティインストラクション。

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 R/W01Lから離陸。すぐに大きく左旋回、空港を左に見ます。

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 森の中に、湖がまだら模様のように散らばっている。特徴がないので、どこを飛んでいるのかは解らない。

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 キャビン。

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 機内サービスが回る。有料の機内食のメニューを掲げている。

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 有料の機内食(価格は忘れた)。ミートボール。

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 海上に出て、行きがけのANA便でも見たエーランド島を見下ろす。

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 薄雲で白っぽくなっているが、ドイツのロストック。

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 左下に、AYのA321が見えました。同じ方角を目指していたようだが、すぐ下を交差していく。

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 着陸直前、マイン川を見ます。ハインシュタットの上空で、川の左に見えるのは火力発電所。

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 アウトバーンと交差して、着陸。

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 フランクフルト空港のコンコース。
 改めて手荷物検査を受ける事になるが、明らかに日本より厳しい。アーランダ空港で買った瓶詰めまで疑われた。

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 NH210便。4日前の209便と同じJA8097。さすがにジャンボジェットは存在感があります。

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 B45番ゲート。日本人ばっかり、という感じ。
 この後搭乗になるが、フランクフルト以外から出発の旅客は、データを日本に送るためだとかで、ボーディングパスを回収され、新たにパスを発行される。どうもフランクフルトはいつも色々面倒くさい。

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 定刻に出発。第1ターミナルには各国の機体に混じって、JAL機が見える。JALは先にB777-300ERに世代交代していた。いよいよB747の居場所も少なくなってきたのか。

 R/W25Rから離陸滑走開始…と思ったら、すぐに減速し、誘導路を右へ。初めての経験でビックリした。管制の指示…とかキャプテンアナウンスでは言っていた。こちらには何の異常もなく、約10分後に再度離陸開始。

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 すぐに右旋回、ライン川を見る。

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2008年 7月 5日(土)

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 左手にエーランド島が現れる頃、太陽が西の彼方に沈んでいく。

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 キャビン。個人テレビはエコノミーももはやAVOD。見ているTVは皆てんでバラバラだ。ビデオプログラムではNHKニュースを放映していたけれど、ANAが燃油サーチャージを取り過ぎていたとか言っていた。バツが悪い!?

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 まずオツマミ。

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 離陸後の食事。A.若鶏の竜田揚げとごはん、B.クリーミーな海の幸とサフランライス、の選択で、Aにしました。隣の夫婦(韓国人らしかった)は旦那さんがA、奥さんがBを選択、食べ比べしたりしていて楽しそうでした。

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 なんと、1時間ちょっと前に沈んだはずの太陽が、再び朝日として現れました。さすが白夜の北欧!

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 アムール川。

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 到着前の食事。定番の玉子料理。

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 成田に向けてアプローチしていくが、天候が不安定なようだ。大きな積乱雲の間をすり抜けるように降下していく。

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 利根川。

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 R/W16Rに着陸。

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 成田空港は、こちらも17分の早着。外に出ると暑い!真新しい通路を、入国審査へ向かいました。

 こうして、今回のスウェーデン旅行は、大分ドタバタして慌ただしかったが、ともかくもつつがなく終わりました。
 PART2は翌2009(H21)年3月です。一転して北に向かいました。鉄道博物館も訪れています。
(今月書く予定だったが、来月書きます)

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 昨日から今日にかけて、日本や台湾で様々交通のアクシデントがありました。東海道線に関してはちょうど仕事の真っ只中に起きた事で、14時過ぎの駅の表示では「輸送障害」とだけ記されていました。あれだけの大事が、我が家の近くで起きていたとは。

《今日のニュースから》
13日 将棋 三浦九段復帰 羽生三冠と対局
14日 東芝 決算発表延期 志賀会長辞任を発表

№1647 思い出の海外旅行クロニクル 28.2008年スウェーデン 2

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 ストックホルムの軽鉄道やエーテボリの市電は知っていて、実際に乗ってもいるけれど、ノルシェピングの市電の存在は初めて知りました。これは乗りに行かない手はありません。
 翌日はストックホルムのトラムに乗った後、三度エーテボリへ。ベーネル湖の北を迂回していきます。

2008年 7月 2日(火)

 この日のストックホルムは、市内バスがストに入っているとかで動いていませんでした。地下鉄は走っているようだったのだが。

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 北部のサラを経由して行きます。バスが動いていた。全国規模のストライキではない。

 
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 サラからの電車は、前日乗ったタイプと同型の流線型の電車。

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 車内もカラーは違うが、2-3配置は変わらない。DC-9を連想させます。乗客もそんなに多くないし、静か。

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 この路線は、ストックホルムの西、100㎞圏内を結んで走っています。湖も、森もあります。

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 ノルシェピングは快晴になってくれました。駅構内には、古いタイプの近郊型も見られます。

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 ノルシェピング市電は見た所、3タイプ走っているようです。これが最新型の30形(?)。この電車は前後に運転台があるシャトルタイプ。ただ、ここの市電の終点は全部ループスタイルなので、意味が見出せませんでした。ボンバルディア製らしい。

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 その車内。ボックスシート。

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 20形(?)。ご覧の通り、熊本市電9700形と同型。ただしこちらは運転台とドアは共に片側のみのループタイプ。

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 その車内。こちらもボックスシートです。

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 60形(?)。この時点での最古参で、中間にノンステップの車体を挿入しているのは、他の欧州の市電でも見かけるものです。これもループタイプ。

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 その車内。前後の車体は、全部前向きのシートが並んでいます。

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 中央駅前の電停。ここは2と3系統の2本の路線があるが、両方ともここを経由します。

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 2系統はフリッドバルダとリューラを結んで走ります。北側のフリッドバルダの終点。

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 もう片方の終点、南側のリューラ。

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 3系統はヴィダブリックとクローカールトーペットを結びます。北側のヴィダブリック。

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 もう片方の終点、北側のクローカールトーペット。

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 3系統の一部区間は、狭い商店街の中を、トランジットモールで走ります。この区間は単線(ガントレット)。

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 電停の発車案内表示。これは中央駅前のもので、ホームはバスと共用なので、一体で表示されます。

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 ここまでのテキストは舌っ足らずなところもあったと思います。以前本体でバスの画像をご覧頂いていた時に、スウェーデンの市電をまとめたPDFファイルを作成していました。その中から、ノルシェピングの市電の路線について簡単にまとめた部分をご覧頂こうと思います。参考になるでしょうか。上で記した終点のロケーションも記しています。
 なお現在、2系統がリューラから延伸されているらしいが、未確認。

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 電車だけでなく、バスにも乗りました。郊外の終点を目指します。いずれ本体の再公開を目指します。

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 市内交通で使えるICカード。ただしSuicaやPASMOのような非接触タイプではない。ほとんど全てと言って良いほど、乗客は皆このカードを使っていて、市電やバスに乗ってみても、ドライバーが現金を扱う機会が、ほぼ皆無でした。

 こうしてノルシェピング市電(+バス)の撮影、乗車も終わって、ICでストックホルムへ帰ります。北欧の夏だけあって21時を過ぎても存分に明るいが、列車が30分程の遅れになり、ストックホルム中央着は22時になろうかという頃でした。ストックホルムも快晴だ。

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2008年 7月 3日(木)

 エーテボリへ向かうが、午前中は軽鉄道「トゥヴォルバナン」を訪ねます。

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 今回2泊した、シェップスホルメンYH。

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 YHのダイニングルーム。朝食はおいしいです。65SEK(≒1130円)もするけれど。

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 海には帆船が係留されています。これもYHです(チャップマンYH)。人気があるが、やや高め。

 この日もストックホルムの市内バスはストライキ決行中。でもバス停には張り紙一つ無い。日本だったら「決行中」の張り紙がベタベタ張り巡らされるものだが。

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 地下鉄は通常運行。バスとは、実際の運行事業者が異なるのかも知れない。新車両。

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 有名な、素掘りの地下駅通路。

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 トゥヴォルバナンの電車。LRTと呼ぶには一回り大きいか。江ノ電より大柄かも知れない。

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 アルヴィクを起点として、35分程で終点のシクラウデ。付近は建築ラッシュだ。
 地下鉄もLRTも、ベビーカーが多かったのは、スウェーデンならでは、という印象。
 スウェーデンには他にもいくつか軽鉄道があるが、翌年乗っているので、次の「クロニクル」でご覧頂きます。

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 ほんのちょっとだけ物見胡散も。宮殿。

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 エーテボリ行IC171列車。直行なのだけれど、今回はハルスベリで降りて、ベーネル湖の北側を迂回するルートを取ります。

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 最後部の2等車のデッキに立って、後方の景色を眺めていました。160㎞/hは出ている。思い出したように列車とすれ違う。

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 沿線はのどかな田園地帯が大半。

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 ハルスベリ駅。重圧な駅舎。ここでカールスタット行ICに乗り換え。

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 このICはローカルという事かビストロ車両は無く、売店があります。

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 左手にベーネル湖。

 カールスタットに着くと、列車はそのままスルーでエーテボリ行になります。30分程の停車中にバスの写真を数枚取っているのだけれど、駅の写真は取り忘れました。スミマセン。

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 森の中のカーブが続く。120~140㎞/hは出るが。車内は割と暑くなる(冷房はないようだ)。

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 この日、この路線はトロルヘッタン~エーテボリ間が工事運休、バス代行となっていました。これは事前に時刻表で解っていたが、代行バス乗り換えはトロルヘッタンではなく、一つ手前のエクスネリス駅でした。かなりの田舎の駅。

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 代行バスは普通の観光バス。セトラの57人乗り。この便はバス2台でした。

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 その車内。
 ハイウェイを経由して1時間と15分、エーテボリ中央駅からはやや離れた車両基地脇のバスターミナルに着きました。

 バーガーキングで「WHOPPER CHEESE MEAL」(チーズバーガー+ポテト+コーラ)を食する。夕食にしては寂しすぎるだろ!…なのではあるが、これで65SKR(≒1,170円)もしました。スウェーデンはとにかく、物価が非常に高いのが、これだけが難点。
 ここで最後の1泊。翌日は昼前のX2000でストックホルムに戻り、帰国の途に就きます。

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《今日のニュースから》
11日 被災地巡り観光ツアー実施 宮城県石巻市
12日 アイスホッケー女子「スマイルジャパン」 ピョンチャン五輪出場権獲得