№1614 普悠瑪とLRTを訪ねて 2年ぶりの台湾 2.台北101

画像

 2004(H16)年の大晦日、当時世界最高層のビル「台北101」がオープンしました。総高508mは、当時の日本の最高層ビルのランドマークタワー(296m)より200m以上も高く、101Fまであります。
(一般の人が行けるのは91Fまで)
 到着初日、台北市中入りはやや遅くなるので、特に遠くに行くとかは考えていなくて、2年前には行かなかった台北101を訪ねてみようと思っていました。成田からのJAL便の桃園到着が大幅に早くなったため、ゆとりを持って行く事ができたのは幸いでした。

画像

 残念ながら空港鉄道はまだ開通していない。バスで台北市へ向います。空港ターミナルの1Fの、各地へ向う空港バスの切符売り場。台北駅行は125TWD(≒430円)。

画像

 國光客運の台北駅行空港バス。14時35分発の便に乗れました。過去2回利用したアメリカンスタイルの後2軸車は退役済み、一般の高速バスと同タイプの車両です。

画像

 車内も、2年前に乗った台北→高雄路線とほとんど同じ。

画像

 壁側には、スマホ向け?の充電用プラグが備えられています。
 第2ターミナルを出発し、第1ターミナル(16年前はこちらに着いた)を経由します。

画像

 空港へ向う道路は、なぜか大渋滞。こちらはスイスイだったが。

画像

 高速道路は上下ともスイスイ走れました。
 台北市中に入ると、京成スカイライナーのラッピング高速バスを見かけて、ちょっとビックリ。中心部は走りづらそうだ。やはりバイクが多い。

画像

 空港から55分で台北駅到着。画像には写っていないが、道路を隔てた右手に台北駅の駅ビルがあります。

画像

 國光客運の台北駅のターミナルは先月移転したらしい。お知らせが掲げられています。
 この後今日泊まるホテルまで歩いて行く途中、2年前の高雄行が出発したターミナルは解体されていました。

画像

 泊まるホテルは2年前とは異なるが、最寄りの地下鉄の駅は同じ西門駅。ここから地下鉄を乗り継いで台北101に行きます。

画像

 券売機…と言うか、ここでICチップ内蔵のトークンを買い、入場時は自動改札機にかざします。

画像

 地下鉄3号線。新店行に乗って、中正紀年堂まで行きます。行先の下の緑色はラインカラーの表示のようです。

画像

 地下鉄2号線。こちらは行先を赤く表示しています。西門の3⇔5号線、中正紀年堂の2⇔3号線は、同一ホームで乗り換えできます。なお、大安行は台北101には行かないので注意。象山行に乗ります。

画像

 台北101駅のコンコースに、JR九州の広告があったのでビックリ。〔ゆふいんの森〕が大きく描かれています。

 地上に出ると、中国本土の国旗を掲げた人々が何やらわめいている。政治的な行動には関わらないに限る。日本でも、海外でも。

画像

 最高層ビル建築の記念モニュメント。台北101は、2010(H22)年1月4日のブルジュ・ハリファ(ドバイ)オープンまでの間、世界最高層のタイトルを保持しました。

画像

 89Fにある展望台のチケットは5Fで発売しています。30分毎に、入場できる人員数が決まっているようです。行列は長かったが、それでもすぐに入れそうです。

画像

 入場券。本来は600TWD(≒2,040円)だが、JCBカードで支払うと1割引の540TWD。
 エレベーターに乗る手前で、記念撮影があります。

画像

 エスカレーターも世界最速のギネスホルダーで、分速1,010mとか。

画像

 89Fの展望台。
 日本の若者が多かった。修学旅行か?

画像

 北側。少し大きな「空き地」は、松山空港です。

画像

 東側。やや暗くなってきて、通りの車の明かりが川のよう。

画像

 南側。住宅街でしょうか。

画像

 西側。これを撮った時点ではかなり暗くなり、信義路の車の明かりが、暗くなった町並みを貫くのを見る事ができます。
 一通りグルッと廻って眺めてちょっと感じたのは、南と北でかなり差があるなあという事。特に暗くなってきたからはっきり思うのだけれど、北側はオフィスビルが並んで夜になっても明るく、一方南側は民家が密集していて、暗く感じられました。

画像

 91Fには屋外展望台もあります。ただしこの日は、解放は西側の一部だけでした。

画像

 屋外展望台から、改めて西側を見ます。遠くの山のシルエットは、観音山、でしょうか?

画像

 東西南北にモニターがあり、何が見えるのかを教えてくれます。タッチすると、その施設などの詳細をガイドします。

画像

 エレベーターに乗る前に撮影された記念写真は、展望フロアにあるカウンターで購入出来ます。これと、夜景(ライトアップ)の2枚一組。お値段は600TWDと少々お高い。
(見苦しい格好でゴメンナサイ)
 この他、グッズショップやカフェなどもあります。

画像

 地上に降りるのは、一つ下の88Fから。その途中、ウィンドダンパーを見学できます。揺れを防止する装置で、高層ビルにはどこにもあるようだが、公開されているのはここだけらしい。

画像

 ウィンドダンパーを模したキャラクター。一つ一つ名前があります。

画像

 壁面には、ウィンドダンパーの解説があります。他のビルについても触れられているが、一番右では、「あの」トランプタワーとランドマークタワーが同列に語られている。
(中英日の3ヶ国語)
 この後、なぜかサンゴの土産物店の中を通って、帰りのエレベーターの乗り場に向う形になっている。行先が5F行とB1F行に分かれている。B1Fへ降りました。
(B1Fからも展望台へ行けたようだ)

画像

 最後に夕食として、フードコートで牛肉麺を食しました。

 明日は普悠瑪に乗るぞ!
(と意気込んでいたのだが…)

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


 昨日は、JR東日本・都営地下鉄・箱根登山より、新車の導入が相次いで発表になりました。JRは交流蓄電池電車EV-E801系で男鹿線に導入(来春予定)、都営地下鉄は浅草線の5500形(再来年春予定)、箱根登山は「アレグラ」の2連バージョンになる3100形(来年5月予定)です。都営交通で「5500」というと、オールドファンなら、過去に都電1系統、特に泉岳寺~新橋間では現在の浅草線の真上を走り、荒川車庫前の「おもいで広場」で静態保存中のPCCカーを連想するのではないでしょうか。

《今日のニュースから》
 6日 統合リゾート施設整備(IR)推進法案 衆議院本会議で可決
 7日 米軍FA18戦闘機 高知県沖に墜落

№1613 普悠瑪とLRTを訪ねて 2年ぶりの台湾 1.JAL805便 日本列島横断フライト

画像

 今日から5回に分けて、先月の台湾旅行について書きたいと思います。
 台湾は2年前に行ったばかりで、前回は新幹線(高鉄)と平渓線などを訪ねました。
 今回は台湾鉄道の新型特急「普悠瑪」と、先日一部区間が開業した高雄のLRTを訪ねる4日間の旅で、台北から高雄への移動では、初めて台湾の東側の路線に乗る事になります。普悠瑪に関しては台北発着区間では乗れず、末端の花蓮→台東間のみになってしまったのですが。
 それにしても、2年前の台湾旅行について書いた時、「次の台湾訪問は案外近いかも」と結んだが、その通りになりました。自分でも少し驚いています。自分で決めておきながら。

11月 7日(月)

 日本からの空路は、今回は往復ともJALになりました。最初は羽田からのチャイナ・エア便(松山行)を想定していたが早々に満席になっていて、JAL運航便に乗る事となったが、検索したところ、成田→桃園便の方がかなり安く、空港までの交通費を考慮してもこちらが有利かなと思い、今回は成田→桃園便への搭乗となります。時間帯が若干悪いのではあるが、初日はあまりあちらこちら歩く予定はなかったのと、この成田805便はB737-800運航で、国際線では初めて乗るので、こちらでも良いと思いました。

画像

 成田エクスプレス3号。本当はもっと遅い列車でOKだが、この日の成田は午前中が晴れと聞いたので、搭乗前に第1ターミナルで旅客機を撮れると思って、思い切って早い列車にしました。

画像

 この列車ではWi-Fiサービスを行っています。ただしインバウンド向け。

画像

 東京スカイツリー。

画像

 天井の成田空港出発便案内表示。一番下にJL805便の表記が出ました。

画像

 JALは第2ターミナル出発だが、今回は終点の成田空港まで乗り通しました。

画像

 第1ターミナルの展望デッキ。
 この時間に撮影した旅客機をご覧いただきます。

画像

ベトナム航空 B787-9

画像

UPS B767-300F

画像

シンガポール航空 B777-200ER

画像

エア・インディア B787-8

画像

スイス・インターナショナル A340-300

 本当は9時30分位までは粘れたのだけれど、南側の空が思いのほか雲が多く、やがて太陽を遮ってしまいました。9時で切り上げて、第2ターミナルに移動します。

画像

 ターミナル連絡の循環バス。成田空港交通のBRCハイブリッド。

画像

 第2ターミナル3Fの出発ロビー。

画像

 出発便の案内表示。左の下から2番目にJL805便が表示されています。

画像

 4Fはレストラン&ショッピング街。書店もあります。

画像

 JL805便は67Aゲートから出発する。本館の南の端で、CIQからえらく遠い。歩いて10分ちょっとはかかる。

画像

 64番ゲートには「JET-KEI」がいた。この日はシカゴ行。

画像

 たどり着いた67Aゲート。AとBの違いは何だろう。国際線と国内線?

画像

 駐機中の805便、JA320A。
 日本発着の国際線でナローボディ機に乗るのは、これが初めてです。
 後方に見えるMH機はone worldタイトル。

画像

 空港のゲートにWi-Fiポイントはもはや必須。彼の地の天気をチェック。台北は28°か。暑そうだな。

画像

 搭乗開始。Cクラスに続いて、後方座席の搭乗が行われる。
 この便はMHとのコードシェアで、MH9125の便名もついています。マレーシア行ではないが、台北で接続があるのだろう。

画像

 定刻を少し回って出発。R/W34Lに向かう。未買収地の向こうに見えるのはタイガーエア・台湾機。つまり、目的地は同じ。

画像

 出発ラッシュに引っかかって誘導路は渋滞気味。出発便に交じって着陸もあるが、アシアナがA380だったのにはビックリしました。

画像

 それでもターミナルを離れてから26分で離陸したから、まだ良い方だったか。

画像

 河内町の上空で大きく右旋回、Uターンする格好。
 国際線ながら、全体の2/3位は日本の領空で、幸い全体的には晴れだったので、次々に見知った土地が現れてワクワクしました。

画像

 千葉市から、東京湾の上空に抜けます。

画像

 羽田空港。

画像

 横浜。

画像

 我が街戸塚も!東海道線と、泉はそそぐ柏尾川が中央部を貫きます。下の中央部で交差するのが戸塚駅。さて、私の自宅はどこだと思います?

画像

 富士山のてっぺんは、初冠雪を迎えたばかりでした。

画像

 南アルプス。中央の山間部に見える緑色の湖は畑薙湖。

画像

 名古屋を見ます。真下はたぶんセントレアだと思う。

画像

 今回、機内食がちょっと楽しみでした。「北海道シリーズ」とは聞いていたが、事前に検索すると、こんな内容でした。

ホワイトカレー さつま芋ヨーグルト フレッシュサラダ 醤油胡麻ドレッシング バターサンド(六花亭) コーヒー、紅茶、緑茶

 ホワイトカレーは紋別の名物らしい。「ホワイト」だけあって辛すぎず、おいしかったと思います。

画像

 関西空港。

画像

 徳島。

画像

 離陸からちょうど1時間で高知。

画像

 宿毛の上空から日向灘に抜けます。

画像

 モニターのマップ。これから鹿児島県の上空を経由して、東シナ海に抜けていきます。
 B737-800はMAGIC-Ⅳで、多少見る事ができるプログラムが少ないが、韓国や中国などアジアの映画はほとんど見る事が出来たようです。といっても、私は下界の景色の方が遥かに楽しいので、プログラムを見る暇など残念ながらありません。洋楽を聞いていました。ヘッドホンは「Arc of the Sun」のロゴのまま、結構物持ちが良いんだ。
 高度が10972m(36000f)、時速が800㎞/h前後で、2年前のエバー航空便の時より100㎞/h程度早い。偏西風があまり強くないようだ。

画像

 串木野から東シナ海に抜けて、宇治向島を見ます。

画像

 キャビン。
 客層は圧倒的に中高年ばかり。私はまだ若い方だったかもしれない。なので、プログラムには「君の名は。」もあるのだが、見ている人はいなかったようだ(短距離路線で見るには、やや長いと思う)。
 最後部のギャレーを見たら、どうした事か具合の悪いお客さんがいたようで、CAが脈を測っていた。生では初めて見るシーンなので不安だったが、幸い大した事はなかったようでした。

画像

 東シナ海上空は曇り空でした。

画像

 台湾上空は再び晴れのよう。降下し、永安の上空で大きく左旋回してUターン。

画像

 苦錬脚の上空。溜池が多い。R/W05Lへ進入。

画像

 着陸。
 ターミナル到着は、予定より40分も早くなりました。ボーディングブリッジに出ると、確かにムッとした空気を感じる。
 D10は、2年前に帰国した時に搭乗したANA便と同じ。この機体、次はセントレアに行くらしい。

画像

 QICに向かう、ターミナルの内部。
 入境審査は、16年前に旧JAA便で着いた時は大分並んだ印象があったが、今回はスムーズでした。指紋照合をされたりするが。

画像

 手荷物受取場。
 この後一万円札を両替したら、2901TWDを渡されました。30TWDを手数料として引かれているから、目安としては1TWD≒3.4円、という所でしょうか。

 この後、市中へ向かうべく、空港バス乗り場に向かいます。本格的に台湾の旅が始まります。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《今日のニュースから》
 4日 乗客のスマホ充電器から発煙 山手線一時運転見合わせ
 5日 東邦銀行小高支店 5年9か月ぶり営業再開

№1612 芸備線ダイヤ今昔

 芸備線は中国地方の中央を東西に貫き、岡山県の備中神代と広島県の広島を結ぶ159.1㎞の比較的長大なローカル線です。私は9月、(全線ではないが)芸備線に乗りました。たぶん26年ぶりだったのではないかな…。
 先月JR北海道の路線維持問題が公のものとなり、改めてローカル鉄道の存続問題がクローズアップされています。それは北海道だけのものではなく、全国規模の問題でしょう。芸備線も恐らくは無関係ではないはずです。
 今回、芸備線全線の34年前、1982(S57)年と現在のダイヤを作成してみたので、比較してみようと思います。本当は、その間のダイヤの変遷もじっくり研究すべきだが、結構大変な作業なので、あえて単純比較とさせていただきました。かなりの年月が経っている事もあるが、これが同じ路線なの?と思う位まるっきり変わっていました。一部区間では、北海道と同様の問題を抱えているのではないかと、ダイヤ面からはっきり感じられると思います。

画像

 まず、手持ちの時刻表で一番古い、「国鉄監修 交通公社の時刻表 1982(S57)年4月号」から作成したダイヤをご覧いただきます。下手クソな手書きなので見苦しいのはご了承ください。また、スキャナーの性能から4時間毎に画像を区切っているので、前後のつながりがつかみにくくなっているのも、ご勘弁願えればと思います。

画像
画像
画像
画像
画像

 1982(S57)年3月20日現在(訂補)のダイヤです。芸備線は備中神代が起点・広島が終点で、備中神代→広島が下り、その逆が上りです。
 青いラインは急行です。
 備中神代側は全列車伯備線に直通し、新見を発着します(東城始発848Dは岡山行)。当時は伯備線も非電化で、特急〔やくも〕は181系DCで食堂車も連結、急行〔伯耆〕も運行されている時代でした。
 新見~備中神代間の布原駅は、当時は正式な駅ではなく、信号場で客扱いを行う「仮乗降場」という扱い、国鉄最終日の1987(S62)年3月31日に正式に駅に昇格しました。なので時刻表には記載がありません。時刻は推定である事をお断りしておきます。当時も今も、布原駅は芸備線列車のみの停車です。
(新見~備中神代間は芸備線列車のみ記載)
 塩町~新見間は福塩線列車も直通します。

 全体としては、三次~広島間、特に広島口は今の目線では相当、というかとんでもなく少ない。普通列車に限ると、日中は2時間30分程度列車がない時間帯もあります。山陽本線でさえ、「ひろしまシティ電車」がスタートする前の話だし…。
 一方で(新見)備中神代~三次間はそれなりに本数があり、備後八幡、小奴可、備後西城、高の各駅は交換も可能でした。備後落合駅は、三次方は下り12本・上り11本、新見方は8往復、また木次線も8往復の発着がありました(急行含む)。
 それと、当時は50系の客車列車もありました。新見~三次間1往復、三次~広島間4往復で、特に広島口は朝の到着と夕方の下りが3本ずつ集中し、輸送力列車となっていた事がうかがえます。
 急行は米子~広島間〔ちどり〕(3号は鳥取発・4号は松江から普通)2往復、新見~広島間〔たいしゃく〕(1号は新見~備後庄原・他は新見~備後落合間普通)、ただし〔ちどり4号〕と〔たいしゃく2号〕は広島→備後落合間は併結運転なので、急行は合計で下り4本・上り3本。〔ちどり〕はグリーン車と指定席車を連結していました。
 新見~広島間全線通しの列車が急行〔たいしゃく〕2往復(一部区間普通)、普通下り2本・上り3本ありました。米子~広島間は5時間~5時間30分程度だったでしょうか。三次~広島間は1時間20分前後。
 全体的には、区間による格差が現在ほど大きくはなかった時代です。

画像

 続いて、今回乗車した今年9月現在の時刻を掲載した、「JTB時刻表9月号」から作成したダイヤです。

画像
画像
画像
画像
画像
画像

 2016(H28)年8月25日現在(訂補)のダイヤです。急行はとっくになくなり、代わって快速が設定されています。緑のラインで記しています。

 三次を境に、西高東低の傾向がはっきり出たダイヤです。
 西側、特に広島口は、広島市内区間となる狩留家~広島間でフリークエントサービスが提供されるようになりました。昼以降20~30分間隔のほぼパターン化したダイヤになっています。下り広島着は18→47本、上り広島発は18→45本と3倍近くに増発されています。三次発着の広島方面行も、下り15→19本、上り15→20本となり、快速も含めれば、1時間に1本は列車が確保されています(2往復は狩留家で乗り換え)。
 運転時間帯も拡大し、広島発最終列車は、下深川着が24時を過ぎます。
 快速〔みよしライナー〕は三次~広島間を1時間20分前後で走り、広島~下深川間各駅停車にも関わらず、急行時代とほとんど変わりません。
 一部の列車はワンマン運転。

 一方、三次の東側は本数の落ち込みが顕著です。特に東城~備後落合間は3往復しかなくなり、JR西日本では木次線・出雲横田~備後落合間、小野田線・雀田~長門本山間とともに最少です。備後落合~備後庄原間も5往復(特定日6往復・学校帰宅対策?)で、34年前の半分以下です。
 系統も現在は備後落合・新見で分断され、新見~広島間でその日のうちに到達できるダイヤは2本しかありません。
 確認はしていないが、恐らく全列車がワンマン運転になっているかと思われます。新見方は岡山の車両で運用されています(津山線・姫新線と共通のようです)。

 芸備線に限らず、あるいはJR西日本に限った話でもないが、昨今の長大路線は幹線でもローカル線でも、区間による差が大きくなる傾向にあります。芸備線も、路線のロケーションからしてそういう傾向になるのは当然かなと、先日乗車して感じました。それにしても、差が東と西で大きくついた…。
 今後の事となると、西側の区間は広島の近郊区間を含むので、当面は現状維持でしょう。ただ前にも書いたが、三次市は広島県内の中でも決して小さな都市ではなく、高速バスに押されている面はあるのだろうが、もう少し線路に手を入れ、スピードアップを図る施策があっても良いのではないか?本当はこの位本数があったら電化も検討されてしかるべきかと思うが(もっと本数が少ない小浜線が電化されている)、トンネルがいくつかあるので、コスト的にその点がネックかも知れない。せめて姫新線姫路口の127系のような新型車両の導入が欲しい。広島はとにもかくにも電車の新車は入ったので、次は芸備線の番だと思います。
 一方東側は…。ダイヤと車両からして、恐らく輸送量が、JR北海道が公表した「単独では維持困難な路線」と同等、あるいはそれ以下の輸送量しかないと思われる。JR北海道の発表をきっかけに、この地域でも(木次線まで含め)路線の存廃が議論される事になるかも知れない。かつて急行が走った区間ではあるが、現在は高速バスが広島~備後庄原間を約2時間、広島~東城間を約2時間20分で走っていて、本数も多いので、都市の規模まで考えると、都市間輸送ではちょっと太刀打ちできないか。少なくとも現状の乗客をつなぎとめる事が必要…と思うが、沿線の人口自体が急激に減少しているので、鉄道側だけではどうにもならなくなっているかも知れない。数年後にはJRにも、自治体にも、難しい事態になりそうに思えます。

 今回は、34年前の時刻表を基にして、現在と比較する形でダイヤを作成してみました。34年前となると芸備線に限らず、国鉄・JRに限らず、様相が今とまるっきり違っていて(何しろ東北新幹線大宮暫定開業直前)、めまいさえ覚える程?時刻表そのものも、基本的なシステム自体は現代と違わないと思うが、アニメのカレンダーのオマケやら、マンガとのコラボがある現代と違って、グラビアさえなくてやや硬さを感じる内容と思わせます(「国鉄監修」だったからだろうが)。それを一つ一つ取り上げたら、とても1年2年では終わらないだろうが、今後も機会あるごとに、昔の時刻表から解る事について記してみたいと思っています。

 当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
 当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。


《今日のニュースから》
 2日 改正道路運送法 参議院本会議で可決・成立
 3日 Jリーグ・チャンピオンシップ 鹿島アントラーズ 7年ぶり年間優勝