全く持って申し訳ありません。「バスジャパン・ハンドブックシリーズS91」の朝日バス(朝日自動車)、こんなに遅くなってしまいました。
元々2月の時点で「刊行が4月まで遅れる」とは、BJエディターズの公式Webサイトで伝えられていました。それでも4月末には入手していたのだが、他に色々あれこれやっている内に、いつの間にか書店には、次の「S92 奈良交通」が並んでしまいました。
ややタイミングを逸してしまった感もあるが、ともあれデータ分析を中心に記してみます。朝日自動車は11年前のR54でも取り上げられていて、適宜比較も加えます。
まず表紙を見て少々ビックリ、新エルガだ!3月に導入されたとの事。私も5月に実際に見て乗っていて、本体の方で画像を公開しています。菖蒲〔営〕に少なくとも2台、共に久喜駅~菖蒲仲橋系統に入っていました。朝日自動車で大型の乗合の新車が直接導入されるのは、初めてではないでしょうか?意外だったが、新エルガのハンドブックシリーズ初登場は、朝日自動車になりました。
(ただし車両の概要は2月1日現在なので、一覧には含まれていない)
◆朝日グループバスの車両たち
(「朝日バスグループ」とした方が適当ではないかと思われるが)
元々東武バスなどのような「分社」ではなく、別々に活動していた企業が順次グループに合流してきた経緯があり、また事業内容が会社によってかなり異なるので、グループ全体をひっくるめて分析するのはあまり適当でない気がします。なので基本的にはグループ会社個々の分析を中心にして、それがグループ全体の中ではどうなのか、という目線で書いて行きたいと思います。
11年前と比較すると、東武ダイヤルバスが日光交通に合併されて同社ダイヤル営業所となり、国際十王交通は太田・足利両営業所、関越交通は行田営業所を廃止しました。
11年前には「21条バス」(過疎路線維持のため、貸切免許の車両で乗合事業を行うバス)が相当数あったが、現在は全て乗合に一本化されています。日光と関越にあった定期観光車はなくなり、一方で朝日・阪東・茨急・国際十王に特定車が配置されました。
1. 全体の車両数874台(873台としているが、違うのではないか)は、11年前と比較して15台増、ほぼ横ばい。
ただしその中身はかなり変わってきています。乗合車(以降乗合車は、11年前は「21条」を含める)は朝日は49台、川越・阪東・茨急は10台前後の増加、一方で関越・国際は減少しています。朝日は越谷〔営〕の14台増が目を惹きます。
貸切車は全体で145台→68台と半分以下に減少、東北急行は貸切事業がなくなりました。関越も55台→28台と半減しています。
高速車は44台→47台と微増。東北急行の3台減はやや意外。
割合としては、乗合車69.23%→84.54%、高速車5.13%→5.50%、貸切車16.90%→7.79%、特定車2.18%。桐生は全車が乗合(桐生市「おりひめ」のみだが)、朝日・茨急も90%以上が乗合車です。一方で関越は73.03%、国際は76.19%と比較的低い。どちらも割合的には高速車・貸切車が比較的高めです。
2. 乗合車の営業所別の割合を見ます。朝日では越谷が29.79%と朝日全体の1/3近くとなり、菖蒲19.86%、加須14.38%、境12.33%が比較的高率。
関越は渋川が34.62%と1/3以上。前橋より多いのは意外にも感じられるが、前橋市は他社の路線も多いからか。
茨急は松伏〔営〕41.10%、野田〔営〕35.62%、古河〔営〕23.29%。ただし野田と古河はコミュニティバスも含まれているので(野田10台・古河5台)、一般的な乗合車は松伏がこの数字以上に割合が高くなっているはずです。
国際は熊谷〔営〕が81.54%と伊勢崎〔営〕18.46%を圧倒しています。熊谷(旧国際ハイヤー)は東武バスから面的に譲渡されていて、伊勢崎(旧十王自動車)は伊勢崎~本庄の1路線しかないから当然か。
これに川越と阪東を加えると、当たり前ではあるが、東京に近い埼玉県南東部や千葉県に乗合車が集中する傾向があります。
3. 平均車齢は、グループ全体では乗合9.95年、高速11.75年、貸切11.68年、特定13.95年で、昨今の事業者では珍しく高速車の車齢が高くなっています。関越に1997(H9)年式が5台あり、これがグループ全体の平均を押し上げています。
乗合車は朝日9.10年、関越13.85年、川越8.83年、阪東7.47年、茨急9.04年、国際9.35年、日光16.75年、桐生6.33年。やはり都心に近い方が若いです。阪東の乗合車は全て21世紀の車両です。桐生はこの2年で4台導入された事が平均を下げているようです。逆に関越は全営業所が12年以上で、鎌田〔営〕は18.13年と相当高齢化しています。
茨急は松伏〔営〕6.33年に対して古河〔営〕14.65年、国際も熊谷〔営〕8.45年に対して伊勢崎〔営〕14.55年とかなり格差があります。朝日も越谷〔営〕8.11年、杉戸〔営〕8.85年、菖蒲〔営〕8.98年に対して本庄〔営〕13.43年、境〔営〕12.63年とやや差が大きくなっています。越谷は、東京都内の「はるかぜ」がある事もあるでしょう。
最高齢は日光のダイヤル〔営〕にいる貸切車の1992(H4)年式、乗合では茨急の古河〔営〕に在籍の1995(H7)年式(古河市コミュニティ)です。
4. 乗合車のノンステップ率は朝日60.96%、関越29.23%、川越44.44%、阪東98.39%、茨急57.53%、国際52.31%、桐生83.33%。
阪東が飛び抜けていて、非ノンステップの乗合車はもう1台しかありません。2002(H14)年式で最古参に近く、あと1~2年で完全ノンステップ化が達成されるはずです。
朝日も11年前は10%に満たなかったので、大幅に増加しています。他もかなり増加しました。東武グループで主力のいすゞ・日野の新車ラインナップが基本的に全部ノンステップになったので、今後の数年で、各社とも90%の大台には乗るのではないでしょうか。
低公害車は、ハイブリッドは日光3台と関越1台のみ。日光は小田代原のシャトルバス用で、一般的な路線で乗れる車両はほとんどありません。今後は新ブルーリボン・ハイブリッドの導入が期待されます。
CNGは桐生のポンチョ改造車のみとなっているが、川越の桶川市コミュニティ用2067号車(エルガミオ)がCNG改造車なのに、テキストでは言及されていませんでした。
5. メーカー別では全用途トータルで、日野が55.56%と半分以上です。いすゞが35.62%、三菱ふそう4.93%、トヨタ2.75%、日産と日産ディーゼルは1%以下です。
この中で阪東が東武系列としてはかなり異例で、2005(H17)年以降、三菱ふそうの大型ノンステップ車を継続して導入しています。新エアロスターもハンドブックシリーズ初登場。2006(H18)~2010(H22)年は日産ディーゼルの大型ノンステップ車も入れていました。
関越は、自治体運行路線用のトヨタ車が全体の10%を越えました。一方でクセニッツはなくなり、外国車の在籍はありません。
朝日グループ内の移動、東武バス・自治体及び契約輸送元からの移籍を除くと、他社からの移籍は沼田屋タクシー→桐生のブルーリボンⅡ1台のみ。朝日→関越が比較的多く、29台あります。
◆ 朝日グループバスのあゆみ
このグループ9社のうち、平成の世になった1989年時点での乗合事業者は、阪東・茨急と、高速専門の東北急行のみ。
乗合の路線の変遷については、ほとんどが東武鉄道時代のものになっている。「肩代わり方式」というのは東武に限ったものではなく、関東でも京成電鉄が本八幡発着の2路線をグループのタクシー会社に肩代わりさせた例があるが、これだけ広範囲の肩代わりは、他に例がありません。
北関東ではマイカーとの闘いに敗れてしまったエリアが残念ながら少なくなく、路線網的には徐々に東京に近い方にシフトしてきている。茨急が典型でしょう。それにしても北関東はともかく、浅草から30㎞も離れていない越谷あたりでも、東武バスとしてはやっていけなくなっていたのでしょうか。同じ東武線とJR武蔵野線が交差する朝霞市、もっと遠い川越や柏は東武バスとして運行が継続しているのに。
◆ 朝日バスグループの路線エリア
(ここは「朝日バスグループ」になっている)
本当なら、会社別に分けて記してほしいかなあと思う。でないと、それぞれの会社の規模が解らないので。
全体として、網になっていない。落下傘路線が少なくなく、特に川越は範囲的にも広く、桶川にも路線があり、高崎線の北側にも路線が延びているのに営業所が森林公園1ヶ所だけ、運用効率的にどうなのかと思う。無論東京電機大学など各地に中休場所が設けられているのだが。
11年前と比較すると、関越交通の路線が大幅に減少しているように見えます。ただ、無論路線そのものがなくなった所もあるが、特に沼田市や東吾妻町などでは市町営バスに移行、関越交通が受託する形態になっていて、記載がなくなっても路線は維持されている所が大半です。
各社の本社所在地は、11年前は関越・桐生を除いて、東京・押上の旧東武鉄道本社に同居していました。現在は東北急行を除いて各社の事業地盤に移って行ったが、東北急行は「墨田区押上1-1-2」のまま。東北急行の公式Webもそうなっているが、検索してみたら、ここは今はスカイツリータウン・ソラマチの一角になっています。本当なの?
◆ 終点の構図
11年前は関越交通の湯の小屋でした。水上の北の温泉なのだが、過疎路線的な部分が強調されていたようです。
今回は国際十王交通の葛和田。赤岩渡船の埼玉県側の乗場。反対側は、「バスマガジンVol.77」で取り上げられた、つつじ観光の赤岩渡船バス停。熊谷~館林間は秩父鉄道+東武伊勢崎線乗継が一般的だが、バス+渡し船の乗り継ぎで行けるのは面白い。
(ただし国際十王は60分間隔だが、つつじ観光バスは1日4本のみなので注意)
葛和田そのものは、写真を見る限り何もなさそうだが、遠くに筑波山が見えます。広がりを感じる所です。
◆ 江戸川・利根川をさかのぼる!
11年前は故種村直樹氏の「洋紙産業発祥の地から和紙の里まで」の後編で、「R52 東武バス」からの続きとなる、4日間の旅の後半2日。娘さんに読者も交えた賑やかな旅になったようです。当時は川越観光が乗り入れていた終着地の白石車庫は、私も30年前の東武鉄道運行時代に訪れた事があるが(山歩きの帰りで)、既にただの折返所になっていました。
(今はイーグルバスが運行している)
今回の谷口礼子さんの紀行(去年の年末)は、埼玉県の吉川→群馬県の湯の小屋と巡るもので、11年前の東→西から、南→北となりました。途中の東武動物公園→前橋は鉄道利用になったが、遠い遠い昔だったら、東武鉄道のバスだけで通しで行けたのかも知れない。もっとも2日では無理だろうが。
「利根川×醤油」というと中学時代、銚子のヒゲタの工場を見学した事があって、銚子にはヤマサもあるし、本当に縁があるのだなあと、「野田商誘銀行」なんて出来過ぎでしょう。せんべいはおいしそうだな。
「尾瀬カード」はプレミアが支払額の45%にもなっています。首都圏の旧バス共通カードでは、5,000円券でも17%に過ぎなかったのに(850円)。それだけエリアのマイカーの台頭が深刻、もっとバスに乗って下さい、という利用促進策、危機感の表れでありましょう。沼田には利根川を挟んで反対側に名胡桃城というのがあって(みなかみ町)、劇中では真田と北条の領有権争いのエピソードも描かれていたが、関越バス路線はない模様(後閑または上毛高原駅から、徒歩で40分かかるらしい)。
お客さんを乗せたまま回転するターンテーブルは確かに珍しいものの、都内の南善福寺(関東バス)や、道後温泉(伊予鉄道)の例もあって、皆無ではない。終着地の湯の小屋は、11年前(終点の構図)と雰囲気は全く変わっていません。
朝日グループは、主要な事業地盤もその内容も各社様々なので、この先どういう方向へ行くべきかとは、統一した事は言いにくい。都心に近い路線に関しては東武バスと同様で、大規模なショッピングセンターなどへの買い物客のバスへの誘導策が取られる事が期待されます。
群馬や栃木の路線は自治体運営のバスに移行が進んでいるが、ともかく最低でも現在の乗客は繋ぎとめる事。関越・日光の沿線は比較的観光地に恵まれているので、鉄道会社との連携で観光客を誘致する事も必要でしょう。
グループ会社各社を見て気になっているのは、歴史的な経緯もあって、社名が現状と一致しない会社がいくつかある事。川越観光自動車は一般的な「観光バス」がなくなっているし(貸切車はあるが、契約輸送ではないか)、川越に入っている路線は成田空港への空港バスのみ。経営地盤ではなくなっている。東北急行バスも関西・山陽・北陸へ路線が開設されたので、「東北」の2文字は実態に合わなくなりました。
また国際十王交通は合併から既に12年経つが、未だ「一社二制度」的なものが残っている。特にPASMOは、伊勢崎〔営〕の本庄~伊勢崎路線には導入されていないし、今の所その予定もなさそう。理由が思い浮かばないのだけれど。
カラーリングは少しづつ統一の方向に向かっているようだけれど、もう少し東武鉄道を中心としたグループを支えるバス事業者の一員として、統一感を出しても良いのではないでしょうか。特に各社の社名は、一考の余地があるかも知れません。
さて、次の「奈良交通」が既に書店に並んでいて、さっそくデータの整理に入らなければ。
当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
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