「私鉄名車列伝」、今回から5回連続で、大手以外の西日本の事業者の車両について書いてみます。
今回は大阪市営地下鉄20系です。
VVVF(Variable Voltage Variable Frequency)制御は、交流電動機を半導体無接点制御装置によって制御するシステムで、在来の直流電動機と比較して構造が簡単になり、メンテナンスが容易になる利点がある。大阪市では1981(S56)年、車両小型化の研究の一環として106号車で現車試験を実施した上で、1984(S59)年に新造系列の20系を開発、年末より中央線で営業運行を開始した。新造車としては1981(S57)年の熊本市電8200形、に次いで2番目、地下鉄としては初だった。
(営業運転は近鉄1250(現1420)系が先になった)
GTOサイリスタ素子(4500V 2000A)を使用した制御装置で、140kwの交流電動機を1C4Mで制御する。急勾配がある生駒トンネルを控えた近鉄東大阪線(現けいはんな線)への直通を考慮し、抑速制動つき。粘着性能の向上で、MT比を1:1まで下げられた。車体は10系と同じ大型形材を使用したアルミ車体だが、FRP整形の正面は窓枠を黒く塗り、窓上に前照灯・尾灯を一体の角形ケースに収めて設置し、近代的な顔つきになった。
車内は10系(17編成以降)に順じ、冷房は300㎜の薄型になり、天井はスリット形となってシンプルな見付になった。
2601Fは試作的な要素が濃く、車体は近畿車両と川崎重工、主電動機・制御装置は東芝・三菱・日立の競作になった。翌年より本格的に増備し、1989(H元)までに中央線には6連×7本、同年には谷町線にも50形置き換えのため、谷町線初の冷房車として、6連×9本が導入された。谷町線向けは30番台で区別され、抑速制動は使用できなかった。その後の増備はステンレス車体の新20系に移行した。
2000(H12)年以降、バリアフリー対策を兼ねてリニューアル工事が行われた。連結面間に転落防止装置、側面には行先表示装置を設置、車内には全車両に車椅子スペースを設けた。
また、製造から20年近くを経た2003(H15)年以降は近鉄けいはんな線延伸に対応、制御装置の更新と直通対応の工事を追加している。制御装置は2レベルのIGBT素子(3.3kV 1.2kA)として小型化し、低騒音化と高速化に対応。車内ではドア上部にはLEDによる車内案内表示装置を設置している。また、近鉄線内ワンマン運転の対応工事も実施、屋根上には車外スピーカーを設置した。外観ではラインカラーの意匠も変更した。なお、谷町線用30番台9編成は全て中央線に転属、20系は全車両中央線用となった(改番は行っていない)。転属車両も抑速制動の使用が可能になっている。引き続き中央線~近鉄けいはんな線への直通運転で運用されている。
2601Fは2014(H26)年8月に運用を終了した。
【編成】
←大阪港方 長田方→
Tec1 2600 - Mb1' 2100* - T' 2800 - Mb2 2300 - Ma2 2200 - Tec2 2900
大阪市交通局というと、民営化するかしないかが大問題で、当初の構想では今年はバス、来年は地下鉄が民営化される事になっていたが、議会の反対で先送りになったままです。来年の統一地方選挙で大阪市も議会選挙があるので、その結果次第になるでしょうか。
今回の記事は
「私鉄の車両16 大阪市交通局」(保育社 ※現在はネコ・パブリッシングによって復刻)
「鉄道ピクトリアル1993年12月臨時増刊号 【特集】大阪市交通局」(鉄道図書刊行会)
「鉄道ピクトリアル2004年3月臨時増刊号 【特集】大阪市交通局」(鉄道図書刊行会)
「週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 公営鉄道・私鉄05 大阪市交通局」(朝日新聞出版) 等
を参考にさせて頂きました。
次回は神戸電鉄1500形です。
当ブログでは、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
「乗った事がなくて恥ずかしい」と以前書いた、上信電鉄に今日乗ってきました。実は全く知らなくてこれもお恥ずかしい限りなのだが、下仁田では昨日・今日、「全国ねぎサミット」と銘打たれたイベントが行われていて、大賑わいでした。上信電鉄もテナントとして出店があり、記念の1日乗車券も発売されていました。後日書きます。
長野の方は地震で大変だったようで、被災された方々にはお見舞いを申し上げます。今朝高崎まで乗った上越・長野新幹線は幸い無事だったが、鉄道では大糸線の北部が被災して不通になっているようです。早期の再開が望まれます。東日本大震災の翌日にも大きな地震があったし、新潟県中越・新潟県中越沖両地震も記憶に新しく、あのあたりも地震が多くてなかなか大変だと思います。
《今日のニュースから》
6歳未満の女児に脳死判定 改正臓器移植法施行以来2例目
№1267 思い出の海外旅行クロニクル 14.2000年台湾 4<終>
14年前の台湾旅行のクロニクル、最終回は、最終日に台北車站付近などで撮影した路線バスの画像を並べてみます。
台湾のバス事情は全然解らないので、とにかく一気に並べます。
ここまでが、台北車站前で撮影した路線バスです。全体的に、皆古かったです。エンブレムにあるように、シャーシーが日本製という車両もかなり見られました。
國光客運の高速バス。アメリカン・スタイルの後2軸。この時点でも古く見えるのだが、先日の台湾旅行の帰りに乗った桃園国際空港行の空港バスでまだ走っていました。
このバスはちょっと解らないな。
一部の車両に見られるように、この時点では、総統選挙の候補者のラッピング車がかなり走っていました。先日の旅行でもかなり見られたのだけれど(今月29日に統一地方選がある)、路線バスに選挙の候補者のラッピングがなされるのは、日本では考えられない光景でしょう。
(選挙はすでに陳水扁氏の勝利で決着しているのだが、まだ走っていた)
台湾のバスは、14年前は一般路線には乗る余裕がなかったのだが、今回は高雄と台北で1回ずつ乗ってきました。車両は大分近代的になり、ノンステップ車も入っていました。その辺の所については、台湾全体の旅行記の中で、来月書きたいと思います。
「思い出の海外旅行クロニクル」、次回は欧州に戻ります。同じ年、2000(H12)年5~6月のベルギーです。来年2月の予定です。
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明日の晩、本体の更新を行います。9月の北陸遠征時に撮影した画像の公開を、一部ながら始めます。まず、富山地方鉄道の画像を新規公開します。合わせて江ノ島電鉄グループの画像の公開を再開。新エアロスターNS&OSもあります。
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《今日見た・聞いた・思った事》
一昨日の事になるが、熊本県内の主要バス事業者、九州産交バス&産交バス・熊本電鉄(電車を含む)・熊本バス・熊本都市バスは、来年4月1日スタートの新ICカードについての詳細を発表しました。
肥銀コンピューターサービスが発行し「くまモンのICカード」と呼称、基本的な使い方は他地域・他社のICカードとほぼ同じで、加えて「熊本地域振興ICカードポイント」を付与、交通・商業双方でポイントがたまり、その使用も交通・商業双方でできるのが売りかと思います。
熊本県は既にJR九州が「SUGOCA」、熊本市電が「でんでんnimoca」を導入しているが、それらとの関係がどうなるのかは記されていません。狭い地域内で複数のICカードが並行して発行され、もしそれらが相互利用できないとなると(SUGOCAとnimocaは可能)、利用者にとって便利になるのかなあ?とか思います。特に産交の場合、熊本空港へのアクセス路線を運行している事、高速バス<ひのくに>号で共同運行している西鉄バスが既にnimocaを導入しているので、ちょっと気になる点です。全国相互利用とはいかないとしても、少なくとも熊本県内のJRや市電との相互利用、他地域ICカードの受け入れ位は考えられるべきでしょう。
衆議院が解散してしまいました。選挙そのものについては何も言わないが、告示はまだ先の話なのに、私の勤め先の最寄駅では、とある政党が昼頃から夕方まで、長々と大音響で演説していました。これから選挙が終わるまで、駅前で、町中で、騒音に耐え続けなければならないの?はっきり苦痛です。今はネット選挙の時代らしいし、最低選挙の告示日~投票前日まで以外は町中の政治活動(演説・街宣車・指定場所以外のポスター)は一切禁止、違反した政党・政治家(候補者)は政界から永久追放、位の事はやって欲しいよ。「自由が脅かされる」と反論されるだろうが、痛みを被る者の事も少しは考えて欲しいです。「国民のための政治をやります」と言うのなら。乱暴でしょうか。
旧小坂鉄道・小坂駅の駅舎・ホーム・機関庫を登録有形文化財に登録するよう、文化審議会が文部科学大臣に答申したそうです。
《今日のニュースから》
福島県浪江町で漁船解体作業開始 原発事故避難区域では初
№1266 思い出の海外旅行クロニクル 14.2000年台湾 3
早くも最終日になりました。午前中はMRTを利用しながら台北中心部を巡り、午後には帰国の途につきます。
2000年 3月21日(火)
と書いておきながら何だが、MRTの写真がほとんどありません。
あれ、淡水や新北投とか行って、手元のメモ帳にも「淡水駅は貴族の屋敷みたいだ」とか記してあるのだが。
本当に申し訳ありません…。
MRTの車内。プラスチックのセミクロスシート。
複数の海外メーカーから車両を調達しているようで、川崎重工製の車両もありました。
中心部に戻ってきて、二二八和平記念公園。
公園内のモニュメント。何というのか解らなかったが。
公園は花が咲き乱れ、平和そのもの、だったのだが…。
総統選挙の混乱が尾を引いていて、国民党本部付近は道路が封鎖されていました。警察の車両が何台も並び、歩道にも警察の装備が並んでいて、歩行者は行政施設の中庭を歩かされる。マイカーも混乱しているようでした。
この後は台北車站まで歩いて、駅前で路線バスを撮りました。バスは次回出します。
帰国の途に、中正国際空港までのバスに乗ります。2泊したホテルの前からの路線に乗車。台北市内~空港間は複数の会社が運行しているようで(私は正直良く解らなかった)、今回は大有巴士というバスでした。大宇のSHD。女性の係員が同乗していました。
当時の中正国際空港の出発ロビー。やはり古めかしい。とにかくすごい人々。出国審査もまた長蛇の列。
出発案内表示。航空会社を漢字2文字で表すのは昔も今も変わりません。JAAは「日亞」。当時はANAも台湾路線を始めていたが、やはり政治的事情で本体は来れず、旧エアーニッポンが乗り入れていました。左の上から3番目の「日空」。
免税品店が荷物検査の先、左右にあるが、そこを過ぎるとゲート付近は飲料の自動販売機しかありません。
ゲート付近のたたずまいは、何か中国らしいという感じ。少し暗いかも。茶色のショーケースの中には、国立歴史博物館の展示品が収蔵されています。
帰国便、EG208便もB767-300。シートナンバー23Aって、「窓際」のはずなのに、窓がない!
なのでかなり苦しい態勢で撮った1枚。エバーのB747-400と、手前の貨物用MD-11Fは何だ?
離陸。当時のターミナルと、シンガポール航空のB747-400を見下ろします。
キャビン。まあ、往路と全く同じ。
機内食。選択だったのだが、「JAAオリジナルアントレ」はなくなってしまって、自動的にチキン。
モニターではNHKニュースなどを放映。この画面の片隅に現れる天気予報の地名とか、乗客が読んでいた日本のスポーツ紙の一面トップに「野口8失点」とか書かれていた所から、この便は名古屋から来た機材が折り返して成田へ、と見えました。
九州が近い、と思われる場所だが、下は雲が広がる。夕陽が沈んでいくのが、かろうじて見えました。
もう真っ暗になって後、19時過ぎに成田到着。
成田着、改めてJAAのB767-300。
入国審査で、「マレーシア航空で着いた方は質問票の記入を」をアナウンスが流れた。当時マレーシアではマラリアが流行っていて、その対策。感染症におびえるのは、昔も今も全く変わらないもの。
成田空港到着ロビー。台北に比べると圧倒的に斬新に映りました。台北もこの後面目を一新する事になりますが。
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台北に関わる画像をいくつかご覧頂きます。
どこで撮ったかは失念したが、台北の大通りの街並み。左手にセブン=イレブン。
ご覧のように、台北の街はどこもかしこもバイク・スクーターがすごく多い。
それと、一部の通りの路線バスは、名古屋のような中央走行方式を撮っていて、道路上にプラットホームが設けられています。
日本に関わるものを数点。高速バスにラッピングされていた、ライオンの広告。「田中麗奈 熱烈推薦」とか書かれていました。
ファミリーマート。
先日また台湾に行って確認した感触では、コンビニはセブン=イレブンとファミリーマートでほぼ半々という印象でした。後は地元資本が数店。日本と違って、24時間営業ではない。
(ローソンは進出していない)
日本のアニメも放映されています。「おじゃる丸」ですよね。当然声は翻訳されているのだが、同時に字幕もあるのはどうしてだろう。
次回は、台北車站の前などで撮影した路線バスの画像をご覧にいれて、完結とします。
当ブログでは、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
A350、羽田に来ました。鶴丸をまとった姿が見られるのは5年後だが、営業で日本に初就航になるのは、どこでしょうか?
あくまで私の勝手な印象だが、長距離旅客機としては、B747やB777のような力強さには今一歩かなあ、と感じます。実物を見てみないと実際の所は解らないけれども。
《今日のニュースから》
みんなの党 解党決定