何も言う事はありません。ハンパじゃないです、横浜の雪、というか、これはもはやブリザード。
こんなの横浜じゃねぇ、とか思いながら、なんとか帰ってきました。
交通はどこもかなり混乱しているようです。東横線はかろうじて遅延を出しながらも走ってくれたけれど。
(特急は運休になっていた)
雪まみれになりながら頑張って走っていた横浜市営バスは頼もしく見えたけれど、横浜市は狭い坂道が多く、小型車の路線はほとんど運休になっていたようです。
あちらこちらから救急車や消防車のサイレンも聞こえてきて、いろいろ被害も拡大しているようです。
都心では20年ぶりに積雪が20cmを超えたそうで、天候が回復しても、少なくとも一週間位は影響が残るのではないでしょうか。
それにしても公園では、子供たちがあちらこちらで雪合戦していました。何だかんだ言っても、子供たちは外で遊ぶのが好きなのだと思います。しばらくは雪だるまがあちらこちらでみられるでしょう。間違いなく。
大チョンボやらかして申し訳なかったのですが、気を取り直して、「全部撮る!」再開です。
改めて妙蓮寺駅からご覧いただきます。妙蓮寺駅のホームも、屋根がない渋谷方は除雪が追い付いていないように見えました。
さて、「相模」と同じく、神奈川県の一部を成す旧国名の「武蔵」を冠した駅は神奈川県には6ヶ所、全て川崎市内にあります。
しかし、駅前のバス停の名称は皆、頭に「武蔵」をつけません。なぜなのでしょう?
妙蓮寺 みょうれんじ
東京急行電鉄 東横線
上り駅舎 正面口 踏切の向こうに長光山妙蓮寺
相対式ホーム 西武6000系特急が通過
(2013(H25)年5月1日撮影)
開業:1926(T15)年2月14日
所在:横浜市港北区
駅番号:TY17
上下別々に駅舎があり、ホームは地下の連絡通路で結ばれている。各駅停車のみ停車。乗降人員24,510人。
向河原 むかいがわら
東日本旅客鉄道 南武線
駅舎
駅舎内 ステンドグラス
(2013(H5)年4月11日撮影)
開業:1927(S2)年3月9日
所在:川崎市中原区
駅番号:
終戦前の一時期は「日本電気前」と称していた。現在でもNEC玉川事業場・ルネッサンスシティに隣接し、(相対式ホームの)下りホームには通勤時間帯のみ開設されるICカード専用改札口が設けられている。駅舎には一部ステンドグラスが用いられている。各駅停車のみ停車。乗車人員14,475人。
向ヶ丘遊園 むこうがおかゆうえん
小田急電鉄 小田原線
南口駅舎
北口駅舎
(2013(H25)年6月3日撮影)
開業:1927(S2)年4月1日
所在:川崎市多摩区
駅番号:OH19
駅名の遊園地が閉園して12年になるが、駅名は変わっていない。南口からは、以前はアクセスとしてモノレールが運行されていた(№998)。北口の駅舎は、「マンサード」スタイルを今に残している。学生の利用が多い。ホームは2面4線で、上りはここから2線になる。急行停車駅で、ロマンスカーも一部停車するが、快速急行・多摩急行は通過。乗降人員64,385人。
武蔵小杉 むさしこすぎ
東京急行電鉄 東横線・目黒線
南口
下りホーム
(2013(H25)年2月15日撮影)
開業:1945(S20)年6月16日
所在:川崎市中原区
駅番号:TY11/MG11
戦時中の開業。相対式ホームだったが、複々線化(目黒線受け入れ)のため、全面的に改築された。撮影後の4月、駅の真上に「武蔵小杉東急スクエア」がオープンし、改札口も設けられている。ホームは2面4線で、両端を東横線、中央を目黒線が使用する。全列車停車。乗降人員189,931人(東横線と目黒線の合算)は、東急全体でも5位に位置する。
武蔵小杉 むさしこすぎ
東日本旅客鉄道 南武線・東海道本線
南武線橋上駅舎 北口
横須賀線口 東海道新幹線が併走
(2013(H25)年2月15日撮影)
開業:1927(S2)年11月1日
所在:川崎市中原区
駅番号:
戦前に南武鉄道が開業させた南武線の駅に加え、2010(H22)年3月13日より、東側で交差していた横須賀線の線路にもホームを新設し、乗換駅となった。ただし両線のホームの間はかなり遠く、動く歩道も設けられている。南武線駅は相対式ホーム。快速停車駅。横須賀線ホームは島式。快速停車駅で、特急〈成田エクスプレス〉<スーパービュー踊り子>も全列車停車する(ライナー列車は通過)。川崎市の新都心として急激に開発が進んだ結果利用も急増し、乗車人員108,046人はJR東日本全体でも28位に位置する。
武蔵白石 むさししろいし
東日本旅客鉄道 鶴見線
駅舎
相対式ホーム
(2013(H25)年6月3日撮影)
開業:1931(S6)年7月26日
所在:川崎市川崎区
駅番号:
工業地帯の中の駅。大川支線が分岐する。以前はホームがあり、長らくクモハ12形の単行が折返し運転で使用されていたが、急カーブ上にあったため撤去され、鶴見からの電車は通過扱いで直通する形態に改められている。駅員無配置。
武蔵新城 むさししんじょう
東日本旅客鉄道 南武線
高架駅舎
相対式ホーム
(2013(H25)年5月14日撮影)
開業:1927(S2)年3月9日
所在:川崎市中原区
駅番号:
連続立体交差事業で高架化された。快速停車駅。乗車人員32,939人。
武蔵中原 むさしなかはら
東日本旅客鉄道 南武線
高架駅舎
2面4線式ホーム
(2013(H25)年4月11日撮影)
開業:1927(S2)年3月9日
所在:川崎市中原区
駅番号:
連続立体交差事業で高架化され、若干川崎寄りに移動した。地平の中原電車区に通じる連絡線が設けられている。快速停車駅。乗車人員33,785人。
武蔵溝ノ口 むさしみぞのくち
東日本旅客鉄道 南武線
橋上駅舎
2面3線式ホーム
(2013(H25)年6月3日撮影)
開業:1927(S2)年3月9日
所在:川崎市高津区
駅番号:
東急田園都市線・大井町線乗換駅だが、駅名は「武蔵」がつく他、「の」の字も違う。快速停車駅。乗降人員79,533人。
(バス停は「武蔵溝ノ口駅」でも「溝の口駅」でもなく、「溝口駅」と表記)
六会日大前 むつあいにちだいまえ
小田急電鉄 江ノ島線
橋上駅舎
相対式ホーム
(2013(H25)年6月24日撮影)
開業:1929(S4)年4月1日
所在:藤沢市
駅番号:OE10
日本大学湘南校舎や付属高校の最寄り駅で、「六会」から改称した。下りホームに駅舎があったが、大規模な橋上駅舎に改築されている。各駅停車のみ停車。乗降人員28,987人。
********************
今回は小田急の駅の乗降人員を取り上げます。
何度か別に取り上げているが、改めて全部の駅の2012(H24)年度の数値を並べてみました。
(単位:人)
新宿 483,150
町田 291,678
代々木上原 230,242
藤沢 157,819
登戸 156,372
本厚木 143,663
海老名 133,788
下北沢 132,350
新百合ヶ丘 122,763
相模大野 122,453
大和 113,556
中央林間 92,533
湘南台 85,702
成城学園前 84,737
経堂 70,965
鶴川 68,185
小田原 65,799
向ヶ丘遊園 64,385
小田急相模原 55,530
千歳船橋 53,720
伊勢原 50,394
玉川学園前 49,059
愛甲石田 48,666
小田急多摩センタ- 47,290
生田 44,189
祖師ヶ谷大蔵 44,039
狛江 43,031
秦野 42,335
東海大学前 39,283
相武台前 38,110
柿生 35,258
長後 35,133
読売ランド前 34,154
南林間 32,582
喜多見 31,769
梅ヶ丘 31,474
六会日大前 28,987
小田急永山 28,798
渋沢 28,035
鶴間 27,901
善行 26,699
豪徳寺 25,479
新松田 24,179
高座渋谷 23,103
座間 21,957
栗平 21,779
東林間 21,420
唐木田 21,330
藤沢本町 20,851
百合ヶ丘 20,814
桜ヶ丘 20,308
厚木 20,039
代々木八幡 19,682
鵠沼海岸 19,177
片瀬江ノ島 18,808
参宮橋 15,143
鶴巻温泉 15,130
和泉多摩川 15,006
本鵠沼 11,982
開成 10,203
五月台 10,128
栢山 9,379
黒川 8,366
世田谷代田 8,289
はるひ野 8,067
富水 6,865
東北沢 6,391
螢田 6,082
南新宿 3,688
足柄 3,070
(経堂は、平日の朝・夕は急行通過)
小田急も当然快速急行・急行・準急の停車駅が上位に来ているが、都内の複々線化区間では、上位列車の通過駅でも上位に食い込んでいます。
全体的には東高西低。下位の駅は多摩線や小田原ローカル区間、逆に都心に近い各停のみ停車の駅に集中しています。
江ノ島線の中央林間・湘南台は、急行停車駅になったのは比較的最近の事だが、他線の接続駅となったので利用が急増、昔からの急行停車駅の南林間・長後を大きく引き離す数字になっています。快速急行の停車駅になったのも当然でしょう。
この数字から見ると、登戸が快速急行の停車駅にならないのは、やはり不自然な印象は拭えない。小田急側にも色々理由はあるのだろうが、隣の向ヶ丘遊園がわずかだがロマンスカーが停車している事を見ても、どこかアンバランスな停車駅選定だと思います。下北沢複々線化完成の時点で、全線規模で運行形態の変更も考えられるべきではないでしょうか。
当ブログでは、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
なお、当ブログに寄れない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
明日は東京都知事選挙の投票日だが、この大雪は、投票結果に影響を与えるのでしょうか。
《今日のニュースから》
長崎 グループホーム火災から1年 現場に献花台
№1115 バスグラフィックVol.20(ネコ・パブリッシング)
「バスグラフィックVol.20」が先月末発売。Vol19から4ヶ月間が空きました。
Vol.1発売から、ちょうど5周年になりましたか。Vol.1を改めてひっくり返してみたら、ちょうど(1981年当時の)立川バスのモノコック車がズラリと並んでいました。
今回は、「小田急バス・立川バス 大特集!」。
まずは小田急バスで、営業所6ヶ所と、オススメ路線10選。
生田→登戸移転は最近の事でVol.18でも取り上げられたが、その前に旧若林〔営〕が、小田急シティバス全面委託で、世田谷〔営〕になっていました。
町田〔営〕は、路線網から遠く離れて孤立した場所にあるのが特徴。
(神奈中バスの町田〔営〕に隣接している)
オススメ路線は、ロケーションからして大したローカル線はない。〔宿44〕系統は割と有名だが、ここにはないが〔渋26〕系統(渋谷駅~調布駅南口)とか、意外に長距離路線が多いのが小田急バスの特徴でしょうか。
シティバス運行の成城・祖師谷循環線なんか入れても良かったと思う。「ウルトラマン」で有名な場所なので。何しろ商店街の街路灯がウルトラマンのマスクを模していたりします。
あと、町田バスセンターへ行く路線もあったが、廃線になってしまっているのが残念。残っていたら鐀っていたでしょう。
前号の江ノ電バス同様、マニアックだがずいぶんレアな路線にタレントさんを乗せるもの。
そもそも、この路線はどのような利用を想定しているのだろう。京王電車が頻繁に走っている区間なので、普通に考えたら存在意義があまりなさそうに思える。バスもごく普通の中型車だし。
「きゅんた」の話は興味深かった。小田急バスに限らず、「ゆるきゃら」が決まるまでの流れってこうなんだ、と思った。数台見た限りでは、東急バス「ノッテちゃん」のような、1台1台ポーズや顔つきが異なる、というところまではないみたい。「スカーフ集め」を趣味とする、という設定だったら、例えば所属営業所毎にスカーフの色を変えてみる、とかお遊びがあっても面白いのではないでしょうか。
(この柄は、車体の色を表しているのだろう)
「エルガ・ハイブリッド」は先日調布で撮りました。次の本体の更新で公開できればと思います。
小田急バス中古の「ピザバス」は面白い。これ目当てに静岡に行ってみたくなった。石釜を載せているから、「800ナンバー」なのか。
立川バスも、最初に4ヶ所と、オススメ路線10選。
本当はこれ以外に、横田基地輸送専用の営業所があるが、一切記されていない。どの道シークレットな部分だし、普通の人が乗れる訳ではないから構わないか。
〔拝17〕系統は、実は昨年11月に乗車した事があり、ごく僅かな本数、の割には利用者は決して少なくないと見たので、なんらかの活性化がならないかと感じたものでした。
小田急バスよりは、ローカル色が出てきているようです。
ここでもタレントさんが出てきているけれど、「リラックマバス」のイベントは納得。立川バス独自のキャラ、という訳ではないのだが。
ついでに、ファン感謝イベントの裏話もあったが、ここまでやるなら、いっそ小田急グループのバス事業者(7社らしいが)全部集めて並べたら、相当ウケるのではないか。箱根登山バスの「Skylight」とか、東海バスの「伊豆の踊り子号」(走れるか解らないが)とか、個性的な車両はいくらでもあるので。
初代ポンチョは、都内はもう1台だけなのか。かつては都内だけでも渋谷区や八王子市のコミュニティバス等、各地で見られたものだった。
相鉄バス・江ノ電バスの「運転競技大会」は他誌でも取り上げられたが、内容から見て感じたのだけれど、今後は「大会」形式ではなく、航空のように、全従業員を対象にして、定期的に技量を審査する勤務体系などもあってしかるべき時期なのかなと思いました。
最近は訓練専用車両をわざわざ新製したり、営業所内で、営業車両としてはリタイアした車両を活用した独自の訓練を行っている事業者もあったりするので。
「九州青春バス紀行」第5回は九州産業交通の後編。
あえて言えば「ゲテモノ揃い」で、中扉増設改造自体は産交の専売特許ではないけれど、とにかく様々な形態があるものだと感心するほど。
拍車をかけていると思えるのは側面の行先表示幕で、西鉄の影響があるのか、増設と同時に大型の幕を設置するケースが多いよう。客用窓も含めて、その付近の処理をどうするのかで知恵を絞ったのだろうという車両が大半と思えます。
ヘッドライトの真ん中の大型幕とか、バンパーの種別表示が産交らしさを演出しているようです。
今の路線車はバリアフリー対策も必要だから、このような改造車が生み出される可能性はたぶんなく(中古導入が中心になっている事もあるし)、趣味的には「いい時代だったのだなあ」と感じさせられました。
熊本は、競合する熊本電鉄・熊本バスにもこの手の車両が多かったと思います。いつか取り上げられる機会があるかも。
都営バス90周年記念イベントを機に、復刻カラー車が走り出しました。
ようやくやってくれたか、の感はあるのだが、個人的には、全部ラッピングというのが残念。
東急や京王の如く全塗装でやって欲しかったし、もっと台数を多くして、全部の営業所に分散させても良かった。
評判が良くなかった「黄+赤帯」色を逃げずにやった、これは評価したいと思います。やはり窓周りが黒のエルガだと、印象が違って見えます。
ラストに、はとバス成人式の写真がありました。バス趣味はまだどこかマニアックな所があるので、こういう一般ニュースにもなりそうな話題を、小さくてもいいから載せ続けて欲しいと思います。
付録が小田急バスと立川バス、それぞれの路線図。
小田急バスは歴史的な経緯で、小田急線から遠く離れた、京王線とJR中央線の間にも路線網が密に存在するのが特徴で、中央線より北に行く路線も割とあります。
多摩川を境に、東京都と神奈川県(町田市は神奈川県との結びつきが強い)でエリアが事実上分断されているのも解ります。多摩川を渡るのは、新宿駅西口~よみうりランド線の他は、〔柿24〕系統(調布駅南口~柿生駅北口 休日1往復のみ)だけです。
(平日に多摩川を渡る小田急の一般路線バスはない事になる)
次号はどんな事業者の特集になるのか。しつこいけれど、関西地方の事業者の特集が欲しいかな。
当ブログでは、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
なお、当ブログに寄れない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
既に西日本は大雪らしいが、関東地方も明日は、去年以上の大雪になるかもとの予報が出ています。
明日も仕事なのだけれど、足、大丈夫かなあ。更新時点では、戸塚は降っていませんが。既に各交通機関より注意情報が出されています。京急は朝方の12連運転が取り止めだそう。
《今日のニュースから》
北陸新幹線E7系 大宮~長野間で試乗会
Vol.1発売から、ちょうど5周年になりましたか。Vol.1を改めてひっくり返してみたら、ちょうど(1981年当時の)立川バスのモノコック車がズラリと並んでいました。
今回は、「小田急バス・立川バス 大特集!」。
まずは小田急バスで、営業所6ヶ所と、オススメ路線10選。
生田→登戸移転は最近の事でVol.18でも取り上げられたが、その前に旧若林〔営〕が、小田急シティバス全面委託で、世田谷〔営〕になっていました。
町田〔営〕は、路線網から遠く離れて孤立した場所にあるのが特徴。
(神奈中バスの町田〔営〕に隣接している)
オススメ路線は、ロケーションからして大したローカル線はない。〔宿44〕系統は割と有名だが、ここにはないが〔渋26〕系統(渋谷駅~調布駅南口)とか、意外に長距離路線が多いのが小田急バスの特徴でしょうか。
シティバス運行の成城・祖師谷循環線なんか入れても良かったと思う。「ウルトラマン」で有名な場所なので。何しろ商店街の街路灯がウルトラマンのマスクを模していたりします。
あと、町田バスセンターへ行く路線もあったが、廃線になってしまっているのが残念。残っていたら鐀っていたでしょう。
前号の江ノ電バス同様、マニアックだがずいぶんレアな路線にタレントさんを乗せるもの。
そもそも、この路線はどのような利用を想定しているのだろう。京王電車が頻繁に走っている区間なので、普通に考えたら存在意義があまりなさそうに思える。バスもごく普通の中型車だし。
「きゅんた」の話は興味深かった。小田急バスに限らず、「ゆるきゃら」が決まるまでの流れってこうなんだ、と思った。数台見た限りでは、東急バス「ノッテちゃん」のような、1台1台ポーズや顔つきが異なる、というところまではないみたい。「スカーフ集め」を趣味とする、という設定だったら、例えば所属営業所毎にスカーフの色を変えてみる、とかお遊びがあっても面白いのではないでしょうか。
(この柄は、車体の色を表しているのだろう)
「エルガ・ハイブリッド」は先日調布で撮りました。次の本体の更新で公開できればと思います。
小田急バス中古の「ピザバス」は面白い。これ目当てに静岡に行ってみたくなった。石釜を載せているから、「800ナンバー」なのか。
立川バスも、最初に4ヶ所と、オススメ路線10選。
本当はこれ以外に、横田基地輸送専用の営業所があるが、一切記されていない。どの道シークレットな部分だし、普通の人が乗れる訳ではないから構わないか。
〔拝17〕系統は、実は昨年11月に乗車した事があり、ごく僅かな本数、の割には利用者は決して少なくないと見たので、なんらかの活性化がならないかと感じたものでした。
小田急バスよりは、ローカル色が出てきているようです。
ここでもタレントさんが出てきているけれど、「リラックマバス」のイベントは納得。立川バス独自のキャラ、という訳ではないのだが。
ついでに、ファン感謝イベントの裏話もあったが、ここまでやるなら、いっそ小田急グループのバス事業者(7社らしいが)全部集めて並べたら、相当ウケるのではないか。箱根登山バスの「Skylight」とか、東海バスの「伊豆の踊り子号」(走れるか解らないが)とか、個性的な車両はいくらでもあるので。
初代ポンチョは、都内はもう1台だけなのか。かつては都内だけでも渋谷区や八王子市のコミュニティバス等、各地で見られたものだった。
相鉄バス・江ノ電バスの「運転競技大会」は他誌でも取り上げられたが、内容から見て感じたのだけれど、今後は「大会」形式ではなく、航空のように、全従業員を対象にして、定期的に技量を審査する勤務体系などもあってしかるべき時期なのかなと思いました。
最近は訓練専用車両をわざわざ新製したり、営業所内で、営業車両としてはリタイアした車両を活用した独自の訓練を行っている事業者もあったりするので。
「九州青春バス紀行」第5回は九州産業交通の後編。
あえて言えば「ゲテモノ揃い」で、中扉増設改造自体は産交の専売特許ではないけれど、とにかく様々な形態があるものだと感心するほど。
拍車をかけていると思えるのは側面の行先表示幕で、西鉄の影響があるのか、増設と同時に大型の幕を設置するケースが多いよう。客用窓も含めて、その付近の処理をどうするのかで知恵を絞ったのだろうという車両が大半と思えます。
ヘッドライトの真ん中の大型幕とか、バンパーの種別表示が産交らしさを演出しているようです。
今の路線車はバリアフリー対策も必要だから、このような改造車が生み出される可能性はたぶんなく(中古導入が中心になっている事もあるし)、趣味的には「いい時代だったのだなあ」と感じさせられました。
熊本は、競合する熊本電鉄・熊本バスにもこの手の車両が多かったと思います。いつか取り上げられる機会があるかも。
都営バス90周年記念イベントを機に、復刻カラー車が走り出しました。
ようやくやってくれたか、の感はあるのだが、個人的には、全部ラッピングというのが残念。
東急や京王の如く全塗装でやって欲しかったし、もっと台数を多くして、全部の営業所に分散させても良かった。
評判が良くなかった「黄+赤帯」色を逃げずにやった、これは評価したいと思います。やはり窓周りが黒のエルガだと、印象が違って見えます。
ラストに、はとバス成人式の写真がありました。バス趣味はまだどこかマニアックな所があるので、こういう一般ニュースにもなりそうな話題を、小さくてもいいから載せ続けて欲しいと思います。
付録が小田急バスと立川バス、それぞれの路線図。
小田急バスは歴史的な経緯で、小田急線から遠く離れた、京王線とJR中央線の間にも路線網が密に存在するのが特徴で、中央線より北に行く路線も割とあります。
多摩川を境に、東京都と神奈川県(町田市は神奈川県との結びつきが強い)でエリアが事実上分断されているのも解ります。多摩川を渡るのは、新宿駅西口~よみうりランド線の他は、〔柿24〕系統(調布駅南口~柿生駅北口 休日1往復のみ)だけです。
(平日に多摩川を渡る小田急の一般路線バスはない事になる)
次号はどんな事業者の特集になるのか。しつこいけれど、関西地方の事業者の特集が欲しいかな。
当ブログでは、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
なお、当ブログに寄れない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
既に西日本は大雪らしいが、関東地方も明日は、去年以上の大雪になるかもとの予報が出ています。
明日も仕事なのだけれど、足、大丈夫かなあ。更新時点では、戸塚は降っていませんが。既に各交通機関より注意情報が出されています。京急は朝方の12連運転が取り止めだそう。
《今日のニュースから》
北陸新幹線E7系 大宮~長野間で試乗会
№1114 神奈川の駅を全部撮る! 神奈川に残る駅の跡
重大なお詫びがあります。
横浜シーサイドラインに「幸浦」という駅があり、「さちうら」と読むのですが、私は何を考えていたのか、これをつい最近に至るまで、ずっと「ゆきうら」だと勘違いしていました。
実際にシーサイドラインに乗り、アナウンスも聞いていたのに、どうした事だろう?
地元神奈川の路線だというのに、いかにいつも漫然と列車に乗り降りしていたの、そしていかに漫然と記事を作っていたかと、我ながら愕然とする思いでした。
ブログの性格からは多少邪道とは思いましたが、幸浦駅については改めて№1069の第16回に掲載させて頂いています。
(市営地下鉄の桜木町と、小田急多摩線の五月台の間)
また、毎回10駅ずつ御覧頂くスタイルのため、以降1駅ずつ次の回のTOPにずらし、関連する部分については一部テキストを書き換えた他、タイトルも変更しています。
本当に申し訳ありませんでした。
今回は、神奈川県に残る駅の跡について書きます。
路線そのものは残っても、休止・廃止になる駅は、全国的にはかなりあります。
神奈川県ではさすがに例は少なく、あってもその跡はほとんど残っていません。
その中、横浜市内に2箇所、駅の跡が古い高架線に残されています。
有名なのは京急本線の旧平沼駅。
横浜~戸部間にありました。
1931(S6)年12月26日、旧京浜電気鉄道が旧湘南電気鉄道に接続する横浜~日ノ出町間を開業させた際に同時に開業した駅でした。
営業期間は短く、「大東急」統合後の1943(S18)年6月30日に休止(翌年正式廃止)になった後、終戦直前の大空襲の被害を被る事となりました。
戦後は、空襲の被害の跡を残したいという京急の意向もあったらしく、現在に至るまでその姿を残しています。
比較的最近まで、屋根部分のアーチまで残されていました。
現像の平沼駅ホームの跡。アーチは撤去されました。耐震補強のためでしょうか?ホームには資材が置かれたりする事もあるようです。
もう一箇所、JR鶴見線の旧本山駅。
鶴見~国道間にありました。
総持寺総本山への最寄り駅(だから「本山」駅、だったらしい)として、鶴見臨港鉄道により路線開業と同日の1930(S5)年10月28日に開業したが、こちらも短命で、1942(S17)年12月11日に廃止になっています。
高架下は臨港バスの車庫となり、養護学校のスクールバスの定置場所となっているようです。
両駅とも鉄道はそのまま残り、車窓から昔をしのぶ事が出来ます。
「全部撮る!」次回は気を取り直し、改めて妙蓮寺駅から再スタートです。
当ブログでは直接のコメントは受け付けないので、何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
当ブログ上からでは発表できない緊急の事態が発生した時は、本体でお知らせします。
《今日のニュースから》
北九州市魚町商店街 未明に火災 1700㎡延焼
横浜シーサイドラインに「幸浦」という駅があり、「さちうら」と読むのですが、私は何を考えていたのか、これをつい最近に至るまで、ずっと「ゆきうら」だと勘違いしていました。
実際にシーサイドラインに乗り、アナウンスも聞いていたのに、どうした事だろう?
地元神奈川の路線だというのに、いかにいつも漫然と列車に乗り降りしていたの、そしていかに漫然と記事を作っていたかと、我ながら愕然とする思いでした。
ブログの性格からは多少邪道とは思いましたが、幸浦駅については改めて№1069の第16回に掲載させて頂いています。
(市営地下鉄の桜木町と、小田急多摩線の五月台の間)
また、毎回10駅ずつ御覧頂くスタイルのため、以降1駅ずつ次の回のTOPにずらし、関連する部分については一部テキストを書き換えた他、タイトルも変更しています。
本当に申し訳ありませんでした。
今回は、神奈川県に残る駅の跡について書きます。
路線そのものは残っても、休止・廃止になる駅は、全国的にはかなりあります。
神奈川県ではさすがに例は少なく、あってもその跡はほとんど残っていません。
その中、横浜市内に2箇所、駅の跡が古い高架線に残されています。
有名なのは京急本線の旧平沼駅。
横浜~戸部間にありました。
1931(S6)年12月26日、旧京浜電気鉄道が旧湘南電気鉄道に接続する横浜~日ノ出町間を開業させた際に同時に開業した駅でした。
営業期間は短く、「大東急」統合後の1943(S18)年6月30日に休止(翌年正式廃止)になった後、終戦直前の大空襲の被害を被る事となりました。
戦後は、空襲の被害の跡を残したいという京急の意向もあったらしく、現在に至るまでその姿を残しています。
比較的最近まで、屋根部分のアーチまで残されていました。
現像の平沼駅ホームの跡。アーチは撤去されました。耐震補強のためでしょうか?ホームには資材が置かれたりする事もあるようです。
もう一箇所、JR鶴見線の旧本山駅。
鶴見~国道間にありました。
総持寺総本山への最寄り駅(だから「本山」駅、だったらしい)として、鶴見臨港鉄道により路線開業と同日の1930(S5)年10月28日に開業したが、こちらも短命で、1942(S17)年12月11日に廃止になっています。
高架下は臨港バスの車庫となり、養護学校のスクールバスの定置場所となっているようです。
両駅とも鉄道はそのまま残り、車窓から昔をしのぶ事が出来ます。
「全部撮る!」次回は気を取り直し、改めて妙蓮寺駅から再スタートです。
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