中4日空いてしまいましたが、1995年オーストリア旅行の「クロニクル」は最終回。
今回のオーストリア旅行は多少慌しく、もうお終いです。
それでもできるだけ長く鉄道の旅を楽しむべく、インスブルック早朝出発のICでウィーンに向かい、夕方のKLMとJALのフライトを乗りついで帰国という、少々綱渡り的なプランになりました。
定刻に走ってもらわないと一大事…オーストリアなら大丈夫、でしょ?
1995年 6月 2日(金)
従ってインスブルック出発が朝6時17分と早く、ホテルで朝食を食べる時間などなし。
IC541の指定券。
セッツタール駅で発券してもらった、手書き。
日本人の目には、テキスト(ドイツ語)は少々読みづらいかも。
IC541列車<キッツシュタインホルン>のサボ。
この列車は出発時点ではE(アイルツーク 快速格)で、ヴェンゲルからICになります。
「キッツシュタインホルン」はツェル・アム・ゼーの南、ホーエタウエルン山脈に位置する山岳リゾート。2000(H12)年11月にここを走るケーブルカーで大火災が発生、日本人を含む155名が犠牲になった。
車内。
朝昼2食を食堂車で採る事となりました。
朝食85AUS、ハム・チーズが中心のコンチネンタルスタイル。
英語では次のように、メニューに記されていました。
"2 cups of coffee or 2 glasses of tea or 2 glasses of hot chocolate, butter, jam, ham, cheese, French rolles or bread"
つまりコーヒー・紅茶・ホットチョコのお代わりは2杯まで。
この列車は№876で書いた<トランサルピン>のような、ドイツ国内をノンストップで経由する「コリドーツーク」ではなく、自国のツェル・アム・ゼーやビショッフォーフェンを経由。
ザルツブルグでは進行方向が変わり、12分の停車。
距離以外にこの点も、「コリドーツーク」に対して不利な点か。
これは、ザルツブルグの先で一息入れるために頂いたホットチョコ。26AUS。
昼食のスパゲッティ。
肉団子入りスープ。
オーストリアに来たのなら、デザートはやはりケーキ、でしょ?
以上3点合わせて177AUS。
食い物の写真ばかりで、車窓が全然ないのは、本当に申し訳ないです。
でも車内の食事を全部食堂車で採れるのは、今の日本では考えられない事。
いきなりウィーン西駅到着。
インスブルックから、所要7時間8分。
期待通り、ほぼ定刻に到着しました。
ウィーン西駅。
ここもまた、ガラス張りの吹き抜けが高い、「オーストリアスタイル」の駅舎。
今回の鉄道の旅で利用した、「オーストリアレイルパス」。
10日間の内の4日間利用できるフレキシータイプで、乗車前に自分で日付を入れます。
あれ、いくらだったっけ…?
西駅からはすぐに空港バスに乗り、シェベヒャート空港に向かう。
KL250便は残念ながら窓際席がなくなり、通路側。
アムステルダムからのJL412便は窓側を確保できました。
KL250便、B737-300。
そのキャビン。
機内食はやはり軽食。
2時間弱のフライトだから。
日本でも同じだが、B737のような小型機だと、窓際を確保できないと外の眺めを得られる場所は、キャビンにはないに等しい…。
B737-300のコクピット。
扉が飛行中開きっぱなしで、当時としても大丈夫なのか?と思った。
定刻より早くアムステルダム・スキポール空港に到着。
JAL便待ち合わせの間、ターミナル内から旅客機を数枚、ガラス越しではあるが撮影してみました。
(スキポール空港には展望デッキもあるが、さすがに出て行く時間はない)
AirUKのBAe146。
AirUKからもう1枚、フォッカー100。
AirUKは英国の航空会社だったが、後にKLMに買収され、KLM UKとなったとの事。
KLMシティホッパーのフォッカー28。
トランザビアのB757-200。
トランザビアも、KLMの関連会社。
ようやく乗る機会ができました。
JL412便・MD-11。
MD-11については№594で書いているが、最初に乗ろうと思った鹿児島線でB747への機材変更があって搭乗できず、この事がMD-11へのこだわりを生みました。
鹿児島でフラれた翌年、本来の国際線での搭乗が叶いました。
離陸してすぐ、空港の全景を見下ろします。
19時30分を回っているのに、真昼間のような明るさ。
MD-11のウィングレットには野鳥のイラストがあり、今回搭乗したJA8583にはイヌワシのイラストが描かれています。
上昇直後にNHKニュースが放映されたが(日本時間6月2日の朝、成田出発前に録画されたもの)、サハリンで大地震が起きて、1,000人以上の死傷者が出たと伝えていた。
離陸後の食事。
牛フィレ肉 シャスルーソース(又は舌平目 ディルソース)、フレッシュサラダ サウザンアイランドドレッシング、カプチーノケーキ、ロール バター、日本風味“素麺”、コーヒー・紅茶・緑茶。
普通席は3-4-2配置でB747より若干狭いが、どこがどう違う?というのは感じませんでした。
青と紫のツートンカラーのモケットが、日本の侘び錆びを感じさせるよう。
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1995年 6月 3日(日)
夜間飛行、ではあるけれど、極東の真夏は、真っ暗にはならないのが物珍しく感じられました。
アムール川上空を過ぎた頃、2回目の食事が回ってきました。
プレーンオムレツ・ソーセージ・ポテト/トマト、フルーツヨーグルト、アップルソース、モーニングロール・バター/ジャム、コーヒー、紅茶、緑茶と、日本到着前としては定番メニュー。
定刻ぴったり、13時50分に成田空港到着。
右隣は「スーパー・リゾート・エクスプレス」。
オーストリアは同じアルプスを抱えた山岳国家、という共通点からか、隣国スイスと同列に語られる事が多いですが、洗練されたスイスに比べると、どこかしら田舎臭さを醸し出しているイメージがありました。
鉄道も、非電化ローカル線が多いしね。
列車本数もスイスに比べると若干少なめだが、それでもプランをしっかり組めば、鉄道での旅を存分に楽しめるのは間違いないでしょう。
(その意味でも車窓の写真が極めて少なかったのは申し訳なし)
オーストリアはこの4年後(1999(H11)年にも訪れ、ウィーンの地下鉄や市電にも乗ったりしました。
またその前にも数回他の旅行の最中に経由します。
この機会でもう少し、オーストリアの鉄道について詳しく記せるかと思います。
次の「クロニクル」は、4月になります。
同じ1995(H7)年の秋の、イタリア旅行について書きます。
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