№678 十鉄お別れと八戸の旅 3.復興進む 雪晴れの八戸
2月28日(火)
本八戸の駅前のホテルの一室から、朝目覚めて窓のカーテンを開けると…。
雲の切れ目から、まぶしい朝日が差し込んできます。
今日はいけるかな…?
朝食・チェックアウト後、以前も行った事がある八戸市庁の前でバスを撮ります。
全体的には市営バスが多く、南部バスは反対側を走るラピア方面行は多いものの、こちらを走る便は少ないかも。
その中から数枚。
南部バス 八戸200か363
仙台行高速バス<うみねこ>。
南部バス 八戸22か518
こちらは盛岡行の<ハッセイ・エクスプレス>。
側面の英文からして、貸切からの転用ではないだろうか。
もう一枚、高速バス。
十和田観光電鉄 八戸200か480
十鉄の<うみねこ>で、SHDのスーパークルーザーだけれど、貸切転用では?
前の晩には日野セレガRが運用されていたのを見ていたけれど、残念ながら来てくれなかった。
さて、八戸は昨年、大震災・大津波の直後の5月1日に訪れ、鮫駅や蕪島にも行っていました。
その時の模様はこちら(№468)をどうぞ。
では、あれから11ヶ月、現状はどうなのだろう。
今回は本八戸駅から、JRで鮫を訪ねて見ました。
八戸線1431D。
青い森鉄道・三戸が始発のキハ40×2連。
それにしてもこの次が2時間後か…。
町外れを迂回するように走る事もあるだろうが、少なくとも鮫までは1時間に1本、とは行かないだろうか。
キハ40の車内。
最も、朝方の鮫行はお客さん、少ないけれどね…。
座席の地が変わった程度で、特に大掛かりな改造は施されていない。
味も素っ気もないインテリアだけれど、いまやどこかレトロ調に見えるのは気のせい?
八戸市交通部 八戸200か445
昨年乗った、金浜小学校行の種差海岸線。
昨年は古いLRだったので撮影できるかなと思ったのだけれど、この日はエルガミオでした。
残念ながら廃業になっていた銭湯「清水湯」。
でも八戸は全体的に銭湯がまだまだ多そうです。
いつか、ご紹介できる日が来るかもしれません…?
さて、今度は蕪島に向かいます。
ここは確か、去年の5月の時点では公衆トイレがひっくり返っていたと思う。
蕪島近辺でも、復旧工事は徐々にですが進みつつあるようです。
でも、何になるのだろう。
蕪島。
去年は雨模様の残念な天気だったけれど、今日は一転雪晴れ。
青い空に白い雪、寒いけれどすがすがしい光景です。
蕪島神社。
蕪島神社から見た漁港。
雪が積もっているので解りづらいのですが、去年と比べると、少しづつでも明らかに立ち直りつつあります。
こちらは漁港から見た蕪島。
昨年も少し感じたのですが、鮫駅付近は市営バスのバス停が分散していてわかりづらい傾向があるので、復旧・再整備に合わせて蕪島付近に統一バスターミナルが整備されると良かったと思うのですが、もう遅いでしょうか。
JRの鮫駅自体は以前と何も変わっていません。
ただ、駅前にはライオンズクラブによる、こんなものができていました。
今度は市営バスに乗ってみましょう。
大杉平営業所行です。
平は「たいら」ではなく「たい」と読みます。
北東北らしいです。
実は経由地を確認しないまま乗り込んだのですが、昨年乗った20分間隔運転のメインルートではなく、白銀の方を経由する路線でした。
ただこれはこれで古い集落や商店街を抜けていって、趣のある路線でしたが。
しかしただでさえ道幅が少々狭い上、雪の塊のためにすごく走りづらそう。
この辺、ちょっと「大雪」になっても1~2日ですぐ消えてしまう関東地方とは全然違う所。
車内はこんな感じ。
中心街まではどんどんお客さんが増えていって、傾向としてはいいのですが、大半はやっぱり高齢の方々。
こういう地方こそ、ノンステップバスの普及が望まれるのですが、今のところは市営も南部もないみたい。
中心街を過ぎるとガラガラです。
終点の大杉平営業所の事務所棟。
事務所というより、地方の民営バスの「バス駅」の風情も感じられます。
窓口にこんな発車案内表示装置があるのは少々驚きでしたが。
整備庫もまた、古めかしい雰囲気を残しています。
さて、この大杉平営業所は今月一杯で廃止、八戸市営バスの運行拠点は旭ヶ丘営業所に一本化される事になります。
現大杉平営業所は、4月1日よりバスセンターとして機能する事になるという事。
どのような姿になるでしょうか。
昼過ぎは廿六日町付近でバスを撮影。
その中から数枚。
八戸市交通部 八戸200か554
T字ガラスで、他事業者からの移籍だと思いますが、どこからだろう。
南部バスでは未だ元京急バスの初期のキュービックが残っていますが(さすがにモノコックはもうないか)、画像の「八戸200か12」号車は、相当くたびれているのが見て取れます。
南部バス 八戸200か618
一方、今の所最新鋭らしきエルガミオの姿も見られました。
十和田観光電鉄 八戸200か525
明らかに元国際興業で、広告掲出スペース確保のためか、側面の社名表記が「十和田観光電鉄」ではなく「十鉄」になっているのに注意。
十鉄は鉄道だけでなく、バスもこの数年で衰退が著しく、再来年2014(H26)年には100周年を迎えるのですが、先行きが心配だなあ。
十六日町バス停。
この付近は一方通行になっていて、このバス停は八戸駅や、二ツ家などの南部に向かう路線が主に発着します。
バスを待つ乗客が多いのはいいのですが、歩道が狭いし、屋根もないのでこの点は何とかならないでしょうか。
待合室位は欲しい所。
最後に、市営バスの特徴と思われる、リアーのミラーです。
実はこの後市営バス、南部バスで共に西工ボディの車両も見かけたのですが、残念ながら撮影はなりませんでした。
いつかは、必ず。
南部バスに関しては、八戸市内以外の、五戸とか、三戸にも行ってみる必要があるのでしょう。
ともあれ15時過ぎに撮影を終え、帰宅の途に就きます。
いよいよE5系に乗るのですが、それは次回。
申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
********************
《今日見た・聞いた・思った事》
今日は日本各地で、鉄道を中心に「さよなら」が多く見られました。
新幹線の100系に300系、寝台特急の<日本海>と急行<きたぐに>、JR東海の371系、小田急のHiSE・RSEに5000形、加えて明石市営バス。
夜行の<日本海><きたぐに>の廃止は、本当はもっと重い意味があるはずだと思うのですが、「さよならイベント」的な部分ばかりが前面に出ていて、大事な所がほとんど論じられていません。
国鉄時代の末期、深刻な財政危機を何とかしなければならないとされていた頃、時の旧運輸大臣が財政再建のため、夜行列車全面廃止を主張した事がありました。
その時点では一笑に付されて終わったのですが、あれから30年経ち、どうやらその方向に向かいつつあるようです。
何しろ毎日運転の夜行列車はこれで特急<サンライズ瀬戸・出雲><北斗星><あけぼの>に急行の<はまなす>の4本だけになってしまうのです。
大規模輸送システムの鉄道としては、少量輸送になりつつある夜行列車は向かなくなっているのかも知れませんが、寝台主体で10時間程度、座席オンリーだと7~8時間程度の所要時分の区間ならまだやりようがあると思うのです。
外野が何を言っても、結局はJR各社の胸先三寸にかかってくる訳ですが、何とか夜行列車の復権はならないでしょうか。
どうも内外野含めてスッキリしない事件、そして裁判になってしまいました。
《今日のニュースから》
光市母子殺害事件 元少年への死刑判決確定