広島空港からの帰りは、15時35分発のANA682便。
呉市営バスの写真を撮り続けたかったから本当はもう少し後の便にしたかったのだけれど、17時20分発の684便はもう空きがなく、やむなくこの時間になりました。
この682便、去年も乗っています(№451)。
さて昨日書いた通り、広島駅新幹線口14時10分発の空港バスで広島空港を目指す事になります。
ところが発車時刻間際になって、地上の職員が「バスが故障で代車が来るが、発車が遅れるかも知れない」と言い出しました。
目の前の駐車場には芸陽バスの新セレガがいたのですが、これが故障してしまったみたい。
やがて発車時刻数分前になって、同じ芸陽バスの、昔のタイプのセレガが現れました。
工場の整備士が運転してきたみたい。
この時間はANAの他、同じく羽田行のJAL1608便もあり、ビジネス客でほとんど席が埋まる盛況となりました。
定刻を少々回って出発。
今日はこんなのばっかりだな…。
山陽道を空港へ一直線。
度々高速バスや空港バスと出会います。
広島空港のANAカウンターには、東北応援メッセージのデコレーション。
ターミナルには、ANAのA320が2機並んでいます。
手前が羽田行682便で、本来はB767-300なのですが、今の時期は一部の日がA320(モノクラス)での運航になっています。
奥は沖縄行977便。
羽田行は5番ゲートより搭乗。
圧倒的にビジネスマンが多いです。
定刻よりやや早目に出発。
地上職の方々が見送ってくれます。
右に見えるのはJALの1608便で、10分後の出発になります。新鶴丸。
昨日とは逆に、R/W28より離陸、左手には遠くに瀬戸内海も見えます。
山陽道の高屋JCT。
東広島・呉自動車道を分岐します。
この後大きく右旋回、Uターンする形になります。
中国山地。
空港からすでに曇り勝ちになってきた事もあって、どの付近を飛行しているのかは解りませんでした。
スターバックスコーヒー(300円)と、「エミル 春のクッキー」(300円)。
有料というのが少々引っ掛かるのではあるが、ともかくこれで優雅なコーヒータイム。
機内サービス中。
このA320にはモニターはなく、オーディオサービスのみ。
(従って離陸前の非常デモはCAの実演で行われていました)
さすがに飛行機は早く、離陸から30分も経たずに伊勢湾上空。
名古屋はほぼ快晴の様子。
静岡も快晴。
空の上も地上も、いつもこうならいいのに。
改めて、A320のキャビン。
特に大規模な改修がなされている訳でもなく、デビュー当時の姿そのまま。
羽田が近づき、館山上空に差し掛かります。
ここからは初めての経験になるのですが、浦賀水道上空を北上するルートを取ることになります。
本来千葉県内の騒音対策のために設定されていたはずのアプローチルートなのですが、実際にはあまり使われていなかったとかで問題になっていました。
左手かなり近くに三浦半島を見ます。
この後金沢や本牧の工業地帯も遠くに見ます。
浮島を左に見て、R/W34Lにアプローチ。
羽田空港着陸。
国際線ターミナルにはDLのA330-300の姿がありました。
2本並んだ、羽田空港の管制塔。
第1ターミナルの前をタキシングして、スポットに向かいます。
16時47分、定刻より速めに69番ゲートに到着。
左には「心をひとつに がんばろう●ニッポン」ロゴのB737-800。
お疲れ様でした!
申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
さて明石市、呉市とくれば、やはり最後は苫小牧市でしょう。
来週苫小牧市に行って、市営バスとのお別れとします。
また函館にも行きますので、函館バスも撮れればいいかなあと思っています。
なお、明日夕方のJAL便で出発するため、明日と明後日の更新はお休みとします。
次回更新は一応27日(火)の予定です。
********************
《今日見た・聞いた・思ったこと》
かねてより予告されていた、西鉄の2階建てオープンバスが運行を開始しました。
なかなか迫力のあるボディで、今後各バス趣味誌で、テクノロジーも含めて順次紹介されていく事でしょう。
しかしオープンバスもいいですが、一般路線バスへのダブルデッカー車の投入はできないでしょうか。
何回か書いていますが、日本の道路事情においては、「1階部のノンステップ+2階部の多座席」を生かさない手はないと思うので。
ともあれ今後は大いに期待です。
いずれ撮影して、本体でも公開できるといいです。
《今日のニュースから》
法政大学卒業式 昨年の卒業生も招き実施
№685 「さよなら呉市営バス」の旅 3.山へ海へ 最後の市営バスの…旅?
昨日はタイトルに反した内容になりましたが、今回は正真正銘、最後の呉市営バスです。
3月13日(火)
天気にかかわらず呉には行くと決めていましたが、今日は朝から快晴で、これなら行けそうと呉線の電車の車中の人となったのでした。
ところで去年も3月13日に呉を訪れています。
東日本大震災の直後だったから多少不謹慎だったかもしれないけれど、ともかくそれが、呉市営バスを本格的に撮影した最初の日でした。
(それについては№452で書いています)
(この後11月にも来ていますけれど)あれからちょうど一年、今日で呉市営バスとはお別れになります。
小屋浦で下り<通勤ライナー>通過待ちの626M。
ところで今日は先に焼山を目指しますが、次の呉ポートピアで降りて、市営バスを待つ事にします。
平日朝方に1本しかない、天応福浦始発・昭和支所経由文化学園大学行。
呉ポートピア駅前は8時14分。
どうせ客は自分だけだろうと思ったら、小さい子2人連れた母親らしき乗客も同乗。
次の天応西条からもおじさん1人乗車。これで昭和支所を目指します。
この便は、運転手は広島電鉄のドライバーで、左側先頭に座っている交通局のドライバーからの指導を受けながら運転していました。
1日1便あるかないかという路線だし、すぐに覚えられるかな…?
何しろこれがとんでもない山道。
道幅がマイカーとのすれ違いでさえやっと、急勾配に急カーブも多く、その割に下ってくる車は多いから少々ヒヤヒヤもの。
バス停はいくつかあるが、乗降は全くなし。沿線の人家もなし。
呉市営バスには、こんな路線もあったとは…。
昭和支所まで来れば、安心して走れます。
結局自分も含めて乗客は皆ここで降りました。
母親は幼稚園あたりへの見送り?帰りの直行便はもうないのだけれど。
今回先に焼山に来たのは、このローザを撮りたかったため。
この日は昭和循環南コースに入っていました。
昭和循環中央コース。
宅地開発も一部では進む焼山地区ですが、探せばこんな古い民家が残っています。
北原バス停に隣接する、市営バスの昭和営業所。
見づらいかもしれませんが、赤いバス(「くれたん」)の隣にボンネットバスがいます。
北原のバス停には、ちょうど10年前、2002(H14)年の路線図が残されていました。
江田島に独立した路線網があり、現在はさんようバスが運行している蒲刈への路線もあります。
山間部も今より路線が多かったようです。
しかし10年も前のバス路線図がそのままというのは今ひとつ。
(まして営業所のまん前で)
焼山からは広島市内行ローカル高速バスがあります。
焼山発は八丁堀行、焼山行はバスセンター始発。
本当はいすゞの中型車も撮りたかったのですが、残念ながら撮れずじまいに終わりました。
なにしろ「くれたん」車が昭和循環に入っていたもので。
10時過ぎの呉駅行で焼山を後にします。
呉駅までなら10~20分間隔で便があり、便利といえます。
1990年代前半のオーソドックスなツーステップ車の車内。
焼山から呉市中心部までの道路も、さすがに2車線ではあるが、何だか箱根の山道を走っているみたい。
この道路を上った先に、独立したコミュニティがある(循環バスだってある位だから)のは、よそ者には少々驚きではありました。
今度は海へ。
大河ドラマ放映中でもあり、いい機会とばかり「清盛塚」を目指してみます。
ところが、波多見経由藤の脇行に乗車したものの、途中アクシデントがあり、警固屋ドッグで立ち往生してしまいました。
車内のお客さんのアドバイスで、渡し舟があるそうだからと、バスを降りて音戸渡船口まで歩いていきます。
なるほど、音戸渡船口のバス停のまん前に、警固屋側の渡船場がありました。
これが音戸渡船の船。
52人乗り(内乗員2名・通常は1名だが)の小型船で、船着場はただロープを渡すだけ。
大人70円。
朝5時半~夜9時の運行で、ダイヤはなく、乗客が現れる度に運航されます。
音戸大橋。
自動車専用である上、高い位置にあるため、渡船が健在というわけです。
音戸側の音戸渡船場で、音戸バス停のすぐそば。
その傍らにある、渡船の説明書き。
ここから清盛塚まで、歩いても2~3分もかかりません。
音戸渡船口バス停は音戸の瀬戸経由阿賀行の路線も通過するので、これに乗って、渡船で清盛塚へ、というのも趣きがあってよろしいのではないでしょうか。
そして、右が「清盛塚」。
展望台然としたものがありますが、塚そのものへの立ち入りはできない構造です。
存在感あるモニュメントだと思いますが、ひょっとしたら人によっては、札幌の時計台同様、周りの建物がいろいろ多いのでガッカリ感を生むかも知れません。
左は波多見経由の市営バス。
この路線利用の場合、清盛塚バス停はいったん行き過ぎる事になるので、降りたら少々バックです。
また田原経由の路線でも、先に記したとおり、音戸バス停で降りて歩いても2~3分かかるかどうかです。
なお、後方に建設中なのは「第2音戸大橋」。
この橋は、本土側の山の中腹に建設中の自動車専用道路に直結する事になるようです。
その清盛塚の説明書。
音戸町循環型バス「さざなみ」。
どんな車両が来るかと思っていたけれど、ごく普通の市営の大型車でした。
音戸のバス停の内、藤の脇方面行は、駐車場のネットにくくりつけられただけの簡素なタイプ。
中国地方のバス停は全体的に掲示板的な要素が強く、改善が求められる所。
結局帰りも渡船を利用、音戸大橋を呉市営バスで渡る機会は、これでなくなる事になりました。
音戸渡船口に現れた、呉駅前(そごう)行市営バス。
このバスは音戸のバス停を経由して橋を渡ってきたので、最初からこれに乗っても良かったのですが。
いずれにしろ、帰りのANA便の事を考えたらもうこのバスに乗るしかなく、いよいよ呉市営バスお別れ乗車です。
ところが、途中の工事渋滞が酷く、なんと呉駅前には15分も遅れての到着となってしまいました。
しまった、広島行快速電車に間に合わない…!
なんとも慌しい「お別れ」になってしまったのは、ちょっと悔いが残る所です。
すでになくなってしまった所、これからも走る所、公営バスも様々ですが、1年間・3回訪問して少しは乗ってみた感触として、呉市営バスほどバラエティに富んだ、風光明媚なロケーションを持つ市営バスは、他にはなかったかもしれません。
海にも山にも、それぞれ美しい風景が多数あるようでした。
もう少し早く知り合えていれば…。
さて、大急ぎで呉駅に駆け込むと、何の事はない、快速電車は倒木とかで運休になってしまっていました。
次の広島行は13時ちょうどの普通電車ですが、単線だし、この状況だと広島に着くのは何時になるやら(定刻なら13時47分)。
急遽高速バス「クレアライン」利用に変更しました。
(前回も乗っているな)
12時53分発広島バスセンター行はJR担当で、一般路線バスベース車両でした。
広島呉道路から望む瀬戸内海。
広電バスの「クレアライン」。
広電バスは普通の高速タイプ車両を投入しています。
4月1日以降はJRと広電の2社による運行に変わる事になります。
さて、このバスは広島バスセンター行なのだから、終点まで乗って、そこで空港バスに乗り換えれば良いはずです。
しかし今朝は広島駅のコインロッカーに大バッグを預けているため、どうしても広島駅に立ち寄らなければなりません。
南区役所で下車し、広電の5系統に乗り換えていきます。
といっても南区役所の乗り場は、クレアラインのバス停からは結構遠いのですが。
比治山下経由の5系統は日中12分間隔と少々少ないのですが、幸いすぐ来てくれました。
しかし例によってじれったいくらい遅く、結局本来目標にしていた、新幹線口13時40分発の広島空港行バスには乗れませんでした。
(電車はこれで正常のダイヤ運行なのだが)
という事で次の空港行バスは14時10分。
今度こそこれに乗って、空港を目指さなければANA682便羽田行には乗れなくなってしまうかもしれないのですが、続きは次回。
申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
《今日のニュースから》
ホイットニー・ヒューストン急死 「コカイン使用」の検視結果を公表
3月13日(火)
天気にかかわらず呉には行くと決めていましたが、今日は朝から快晴で、これなら行けそうと呉線の電車の車中の人となったのでした。
ところで去年も3月13日に呉を訪れています。
東日本大震災の直後だったから多少不謹慎だったかもしれないけれど、ともかくそれが、呉市営バスを本格的に撮影した最初の日でした。
(それについては№452で書いています)
(この後11月にも来ていますけれど)あれからちょうど一年、今日で呉市営バスとはお別れになります。
小屋浦で下り<通勤ライナー>通過待ちの626M。
ところで今日は先に焼山を目指しますが、次の呉ポートピアで降りて、市営バスを待つ事にします。
平日朝方に1本しかない、天応福浦始発・昭和支所経由文化学園大学行。
呉ポートピア駅前は8時14分。
どうせ客は自分だけだろうと思ったら、小さい子2人連れた母親らしき乗客も同乗。
次の天応西条からもおじさん1人乗車。これで昭和支所を目指します。
この便は、運転手は広島電鉄のドライバーで、左側先頭に座っている交通局のドライバーからの指導を受けながら運転していました。
1日1便あるかないかという路線だし、すぐに覚えられるかな…?
何しろこれがとんでもない山道。
道幅がマイカーとのすれ違いでさえやっと、急勾配に急カーブも多く、その割に下ってくる車は多いから少々ヒヤヒヤもの。
バス停はいくつかあるが、乗降は全くなし。沿線の人家もなし。
呉市営バスには、こんな路線もあったとは…。
昭和支所まで来れば、安心して走れます。
結局自分も含めて乗客は皆ここで降りました。
母親は幼稚園あたりへの見送り?帰りの直行便はもうないのだけれど。
今回先に焼山に来たのは、このローザを撮りたかったため。
この日は昭和循環南コースに入っていました。
昭和循環中央コース。
宅地開発も一部では進む焼山地区ですが、探せばこんな古い民家が残っています。
北原バス停に隣接する、市営バスの昭和営業所。
見づらいかもしれませんが、赤いバス(「くれたん」)の隣にボンネットバスがいます。
北原のバス停には、ちょうど10年前、2002(H14)年の路線図が残されていました。
江田島に独立した路線網があり、現在はさんようバスが運行している蒲刈への路線もあります。
山間部も今より路線が多かったようです。
しかし10年も前のバス路線図がそのままというのは今ひとつ。
(まして営業所のまん前で)
焼山からは広島市内行ローカル高速バスがあります。
焼山発は八丁堀行、焼山行はバスセンター始発。
本当はいすゞの中型車も撮りたかったのですが、残念ながら撮れずじまいに終わりました。
なにしろ「くれたん」車が昭和循環に入っていたもので。
10時過ぎの呉駅行で焼山を後にします。
呉駅までなら10~20分間隔で便があり、便利といえます。
1990年代前半のオーソドックスなツーステップ車の車内。
焼山から呉市中心部までの道路も、さすがに2車線ではあるが、何だか箱根の山道を走っているみたい。
この道路を上った先に、独立したコミュニティがある(循環バスだってある位だから)のは、よそ者には少々驚きではありました。
今度は海へ。
大河ドラマ放映中でもあり、いい機会とばかり「清盛塚」を目指してみます。
ところが、波多見経由藤の脇行に乗車したものの、途中アクシデントがあり、警固屋ドッグで立ち往生してしまいました。
車内のお客さんのアドバイスで、渡し舟があるそうだからと、バスを降りて音戸渡船口まで歩いていきます。
なるほど、音戸渡船口のバス停のまん前に、警固屋側の渡船場がありました。
これが音戸渡船の船。
52人乗り(内乗員2名・通常は1名だが)の小型船で、船着場はただロープを渡すだけ。
大人70円。
朝5時半~夜9時の運行で、ダイヤはなく、乗客が現れる度に運航されます。
音戸大橋。
自動車専用である上、高い位置にあるため、渡船が健在というわけです。
音戸側の音戸渡船場で、音戸バス停のすぐそば。
その傍らにある、渡船の説明書き。
ここから清盛塚まで、歩いても2~3分もかかりません。
音戸渡船口バス停は音戸の瀬戸経由阿賀行の路線も通過するので、これに乗って、渡船で清盛塚へ、というのも趣きがあってよろしいのではないでしょうか。
そして、右が「清盛塚」。
展望台然としたものがありますが、塚そのものへの立ち入りはできない構造です。
存在感あるモニュメントだと思いますが、ひょっとしたら人によっては、札幌の時計台同様、周りの建物がいろいろ多いのでガッカリ感を生むかも知れません。
左は波多見経由の市営バス。
この路線利用の場合、清盛塚バス停はいったん行き過ぎる事になるので、降りたら少々バックです。
また田原経由の路線でも、先に記したとおり、音戸バス停で降りて歩いても2~3分かかるかどうかです。
なお、後方に建設中なのは「第2音戸大橋」。
この橋は、本土側の山の中腹に建設中の自動車専用道路に直結する事になるようです。
その清盛塚の説明書。
音戸町循環型バス「さざなみ」。
どんな車両が来るかと思っていたけれど、ごく普通の市営の大型車でした。
音戸のバス停の内、藤の脇方面行は、駐車場のネットにくくりつけられただけの簡素なタイプ。
中国地方のバス停は全体的に掲示板的な要素が強く、改善が求められる所。
結局帰りも渡船を利用、音戸大橋を呉市営バスで渡る機会は、これでなくなる事になりました。
音戸渡船口に現れた、呉駅前(そごう)行市営バス。
このバスは音戸のバス停を経由して橋を渡ってきたので、最初からこれに乗っても良かったのですが。
いずれにしろ、帰りのANA便の事を考えたらもうこのバスに乗るしかなく、いよいよ呉市営バスお別れ乗車です。
ところが、途中の工事渋滞が酷く、なんと呉駅前には15分も遅れての到着となってしまいました。
しまった、広島行快速電車に間に合わない…!
なんとも慌しい「お別れ」になってしまったのは、ちょっと悔いが残る所です。
すでになくなってしまった所、これからも走る所、公営バスも様々ですが、1年間・3回訪問して少しは乗ってみた感触として、呉市営バスほどバラエティに富んだ、風光明媚なロケーションを持つ市営バスは、他にはなかったかもしれません。
海にも山にも、それぞれ美しい風景が多数あるようでした。
もう少し早く知り合えていれば…。
さて、大急ぎで呉駅に駆け込むと、何の事はない、快速電車は倒木とかで運休になってしまっていました。
次の広島行は13時ちょうどの普通電車ですが、単線だし、この状況だと広島に着くのは何時になるやら(定刻なら13時47分)。
急遽高速バス「クレアライン」利用に変更しました。
(前回も乗っているな)
12時53分発広島バスセンター行はJR担当で、一般路線バスベース車両でした。
広島呉道路から望む瀬戸内海。
広電バスの「クレアライン」。
広電バスは普通の高速タイプ車両を投入しています。
4月1日以降はJRと広電の2社による運行に変わる事になります。
さて、このバスは広島バスセンター行なのだから、終点まで乗って、そこで空港バスに乗り換えれば良いはずです。
しかし今朝は広島駅のコインロッカーに大バッグを預けているため、どうしても広島駅に立ち寄らなければなりません。
南区役所で下車し、広電の5系統に乗り換えていきます。
といっても南区役所の乗り場は、クレアラインのバス停からは結構遠いのですが。
比治山下経由の5系統は日中12分間隔と少々少ないのですが、幸いすぐ来てくれました。
しかし例によってじれったいくらい遅く、結局本来目標にしていた、新幹線口13時40分発の広島空港行バスには乗れませんでした。
(電車はこれで正常のダイヤ運行なのだが)
という事で次の空港行バスは14時10分。
今度こそこれに乗って、空港を目指さなければANA682便羽田行には乗れなくなってしまうかもしれないのですが、続きは次回。
申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
《今日のニュースから》
ホイットニー・ヒューストン急死 「コカイン使用」の検視結果を公表
№684 「さよなら呉市営バス」の旅 2.全駅公開 アストラムライン
昨日も書きましたが、広島は天候が悪く、この日の呉市営バス訪問は見送りとしました。
明日は必ず行くとして、今日は新交通システム「アストラムライン」の全部の駅に乗り降りして、写真を撮ってきました。
ここで全駅を一挙に公開します。
なおアストラムラインでは1日乗車券(900円)を発売しています。
(アストラムラインではステーションカラーを採用しています(複数の駅で同色を使用)。駅名の色はそのステーションカラー)
本通
起点の駅で、紙屋町の交差点の南側にあります。
地下駅。
県庁前
ここも地下駅です。
広島バスセンターに近いのはここ。
城北
ここも地下駅ですが、駅舎は地上にあります。
なんとなく新交通システムらしからぬ駅舎です。
この先で地上に出て、高架線になります。
白島
なお、広電9系統の終点、白島電停とは全く別の場所ですから要注意。
ちなみにこの手前、地下から高架線になるあたりでJR山陽本線と交差するのですが、JR側が駅を新設、アストラムラインとの接続も図る事になるという話です。
そうなると、この駅もJR側に移動する事になるのでしょうか。
牛田
「うした」と濁りません。
不動院前
国宝の不動院(安芸安国寺)の最寄り駅。
これがその不動院で、国宝に指定されている金堂です。
原爆の被害をほぼ免れ、その姿のほとんどを今に留めています。
祇園新橋北
太田川を渡った先になります。
西原
中筋
この駅はバスターミナルが併設され、空港バスや高速バスが立ち寄ります。
昨日書いた広島空港からのリムジンバスも広島ICを降りた後ここに停車、アストラムラインの高架下を延々と走ってバスセンターに向かったわけです。
ところで、白島から中筋にかけて、国道54号線の上を走る区間の駅のホームは、若干特徴的です。
1.屋根が左右非対称で、2番線側(本通行)側に明り取りの窓がある。
2.改札への階段・エスカレーターは、ホームの端に設けられている。新交通システムとしては珍しいかも。
(画像は祇園大橋北駅)
古市
ここで国道54号と別れ、県道38号線の上を行く事になります。
大町
JR可部線との乗換駅。
平日朝ラッシュ時には折返し運転が設定されています。
ここにもバスターミナルがあり、広島交通の他、第一タクシーとエンゼルキャブの小型車の乗り入れがあります。
大町から山間部にかかります。
毘沙門台駅
ここは古川沿いにある集落と、山の上の住宅地という、高低差が大きい場所の中間部に位置します。
従って駅の構造が独特で、新交通システムの中間駅としては珍しく、改札がホームと同一面にあり、その先の端が上または下へ通じています。
なお、一番上の画像は、この橋から撮影したもの。
安東
上安
バスターミナルが併設されていて、主に第一タクシーの小型車が発着します。
それと後で知った事ですが、建設途上で発生した橋桁落下事故の慰霊碑があるそうです。
高取
この付近で割とよく見かける、エンゼルキャブの路線バス。
元はJR天神川駅近くに本社があるタクシー会社ですが、広島交通の後を受けて路線バスを運行しているそうです。
ICカード「PASPY」は不可。
長楽寺
車両基地への出入りの駅で、ここを起点・終点とする列車も、平日ラッシュ時や土休日の日中に見られます。
それにしても、新交通システムの駅の沿線にしてはかなりローカル色が濃くなってきました。
長楽寺を出て、左手に見えてくる車両基地。
交通科学館を併設していて、屋外には広島電鉄の電車の展示もあります。
(この日は休館日だった)
伴
「とも」と読みます。
大原
こちらは「おおばら」と濁ります。
広島電鉄バスの沼田営業所がそばにあるそうです(未確認)。
伴中央駅
大塚
「おおづか」と、ここも濁ります。
それにしてもご覧の通り駅付近には田畑が広がり、ビニールハウスまであって新交通システムの沿線とは思えないほど。
ただし、JR横川駅の近くから山をぶち抜いて作られた高速4号線「広島西風新都心線」から延びる道路と交差しており、花の季台などの路線バスの他、三次・東城やさらには浜田といった山陰の都市へ向かう高速バスが経由します。
(バス停もある)
乗客はやはり、都心へ短時間でアクセスできるバスに流れる傾向にあるようです。
多少青空が広がり陽があたってきたので、何枚か撮影してみました。
その中から数枚。
花の季台方面へ向かう、CNGノンステップバス。
結構頻繁に来ます。
三次行の高速バス。
中筋・沼田経由と大塚経由の2ルートがあります。
ポスト新長期規制のガーラ。
さらに備北交通の東城行も通過していきます。
広域公園前
もちろん広島広域公園、Jリーグ・サンフレッチェ広島のホーム「広島ビッグアーチ」の最寄り駅です。
本通からここまで18.4㎞、34分かかりました。
古市駅から広域公園駅までのホームです。
ごく普通の新交通システムの駅のスタイルだと思います。
(画像は安東駅)
こうしてアストラムライン全駅訪問が完了しました。
特に大町を境に、本通側と広域公園前側のロケーションが相当異なり、特に南側はかなり田舎的な景色が残されていました。
距離も日本最長なのですが、沿線の景色もまた、一番ローカル色が濃い新交通システムなのではないか、そんな印象を抱きました。
ただそれだけに、特に南側は乗客が少なく、10分間隔でも若干輸送力が過剰気味なのかなあと感じたのも事実。
それと、ホームに通じる駅のエスカレーターが、乗客が少ない駅でも常時稼動していたというのも気になった点でした。
(現状の電力事情を見ると、余計そう感じる)
このまま折返しの電車で本通に戻り、広島駅近くのホテルに投宿。
晴れたり雪だったりめまぐるしく移り変わったこの日の天気でした。
これが山間部を抱えた広島の冬の天気なのかと思いましたが、天気予報によれば、明日は期待が持てそうです。
昨日・今日とタイトルと全然違った内容になってしまいましたが、 明日は天気に関係なく呉市に向かい、市営バスにお別れしてくる事になります。
申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。
この事は、三陸鉄道北リアス線にはどの程度影響を与えるでしょうか。
《今日のニュースから》
野田村 高台への移転を申請 岩手県では初