№572 和田岬線の旧型客車

 今日は少し軽く行きます。
 24年前の1987年5月5日、山陽本線の支線、兵庫~和田岬を走る「和田岬線」に乗りました。
 国鉄が民営化され、JR西日本となってまだ1ヶ月という時点。
 前年の1986年11月ダイヤ改正以降では、日本で最後の、旧型客車を使用した定期列車となっていました。
 もっとも極めて短区間の上、朝晩のみ・休日は2往復のみの運行という、関東の鶴見線(大川支線)と対を成すと考えてもいい、極端なまでの通勤路線でした。

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 和田岬駅は行き止まりのため、DE10型DCを両側にはさんだ「プッシュプルとレイン」となっていました。

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 客車は木造車体を鋼製化して生み出されたオハ61及びオハフ61を和田岬線仕様とした、オハ64及びオハフ64を使用していました。
 外観では兵庫・和田岬両駅とも同じ側のみにホームがあるため、通勤輸送に対応して中ほどにドアを設けていたのが特徴です。

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 それ以上に車内に特色があり、座席はほんの申し訳程度のロングシートがあるだけで、他は全て立席スペースと割り切っています。
 乗客がいないと、ご覧のようにガラーンとしています。

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 この都市は神戸港が開港120年を迎えた事で、メリケンパーク付近でイベントが行なわれ、記念の入場券が発売されました。
 当時の和田岬駅は、列車が発着する時間には駅員がおり、乗車券も発券していました。

 オハ64・オハフ64型は1990年9月30日を持ってキハ35系(これもラッシュ対応の工事が行われていて、キクハ35という形式もあった)に置き換えられました。
 しかし平成の世になってまだ走っていたとは、今からすると驚きかも知れません。

 和田岬線自体はこの後2001年には電化開業し、現在は103系によって運行されています。
 2001年7月1日に開業した神戸市営地下鉄海岸線が和田岬を経由するため、あるいは廃止かとも思ったのですが、電化とは正直意外でした。
 御崎公園球技場(神戸ウイングスタジアム。現在はネーミングライツで「ホームズスタジアム神戸」)オープンで、観客輸送が見込めると考えたのでしょうか。
 ただし、運河の整備による街づくり計画のため、再び廃止の可能性が出てきたとされています。

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《今日見た・聞いた・思った事》
 千葉中央バスが刃物を持った男に乗っ取られ、乗客や運転手を人質にとって立てこもったものの、40分後に逮捕され、人質にも怪我はなく、ともあれ無事に終わりました。
 前面・側面の表示に「緊急事態発生」とか、「SOS」とか表示がされるのは、訓練などで見た事はある気がしますが、実際に使われたのを見るのは初めてではないかなあ。
 運転手はマニュアルに従って操作を行ったという事で、年1回行われているという訓練の賜物でしょう。
 ただ、旅客機のパイロットは当然いつもハイジャック対応の訓練を行なっていますが、バスでもこういう事をしなければならなっているとは、少々淋しい話だとも思います。
 ここの所バスでも、関東鉄道の取手での事件とか、南国交通高速バスの山陽道上の事件とか、いろいろ起きています。
 事件を引き起こす、その理由は知りませんが、やるなら自分ひとりだけでやって頂きたい。
 無関係な者は巻き込まないで頂きたいと言いたいです。
 
《今日のニュースから》
オリンパス 融資継続を金融機関に要請