№540 Forever JAL's A300-600R 1

 長らくお待たせしました?が、今回から4回に分けて、今年の5月一杯を持って退役した、JALのA300-600Rについて、個人的な思い出を交えて書きたいと思います。
 退役から3ヶ月以上も経ってしまって、少々タイミングが悪くなってしまったかもしれませんが…。
 JAS時代には国際線(中国・韓国線)にも就航した事もありましたが、残念ながら国際線では搭乗した事はありませんでした。
 その代わり北海道から沖縄まで、日本各地に就航していた国内線の機材には何度も乗りました。
 ですから今回の特集は、私的な旅の思い出のアルバムといった感じになっているかも知れません。
 なお、一部別の記事で公開済みの画像もあります。

 A300-600Rはエアバスが開発したワイドボディ旅客機で、エアバス初の旅客機として開発されたA300B4に後発のA310のコクピットを組み合わせてハイテク化(2人乗務)したタイプです。
 主に中短距離路線で活躍し、国際線でも多数使用されました。
 日本では日本エアシステム(JAS)が1991年7月に導入し、後のB777-200導入まで同社の顔として活躍、国際線でも運用されました。
 JASでは初のハイテク機でもあり、サービス面でも初めてキャビンにTVモニターを装備、後にはスーパーシートを設定した事で、ソフト・ハードの両面でグレードアップが図られています。
 全22機が導入され、2004年4月のJAL・JAS統合後もJAL国内線で運用されてきましたが、経営再建の一環として、2010~2011年にかけて、B747-400と共に一気に全機が退役に追い込まれる事となりました。
 1994年4月のチャイナ・エアラインの名古屋空港墜落事故に代表されるように、比較的事故率が高い機種だったともされますが、JAS~JALに於いては20年の間、無事故輸送を完遂しました。
 まず第1回はJAS時代の画像をご覧いただきます。

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 1998年2月24日の青森空港。
 JASのA300-600Rは1991年7月20日、東京(羽田)~青森線でデビュー。
 以来20年の間、色は変われど、ブランクはあれど、終始青森の顔として君臨する事になる。


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 JAS~JALのA300-600Rは、カラーバリエーションは比較的少なく、JAS時代においてはこの「ポカリスエット」号が唯一だった。
 大塚製薬がスポンサーとなったCM機。
 後にスカイマークやエア・ドゥが胴体に広告を書いた機体を就航させたが、日本におけるCM機の草分けは、この機体だった。
 これは1998年10月28日、沖縄・那覇空港の旧ターミナルの展望デッキから撮影したもの。
 コバルトブルーの海をバックに撮れて、非常にラッキー。


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 青森→東京(羽田)線は、合計で6回も乗った。
 これは、一番最初の時で、羽田からの便が着陸する所。
 この便の折返しに搭乗した。
 A300-600Rの初搭乗でもあった。


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 青森空港は、背後に八甲田の山々がそびえる、自然豊かな空港だ。

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 座席の柄は、かなりカラフルなA300B2/B4とは対照的に落ち着いたものとなった。
 A300B2/B4も、後にはこの柄になった機材が多い。
 頭部のカバーの「パールトーン」とは、京都に本社がある撥水加工会社で、JASの全機のカバーにロゴが書き込まれていた。
「JAS=パールトーン」と連想される方も多いのではないだろうか。


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 機内で特別に頂いた、パイロットが作成したというステッカー。

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 再び青森空港。
 1998年2月24日の216便で、真冬の青森は雪景色の八甲田が美しい。


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 空港のターミナルから。
 後方の滑走路を、MD-81が離陸して行く。
 A300-600RとMD-81、この両機種が、特に1990年代前半のJASを強力に支えていた。


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 A300-600Rはハイテク機だから2メンクルー、なのだが、この便ではコクピットにもう一人パイロットの姿があった。
 査察か訓練だったのだろうか。


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 R/W06からの離陸だと大きく左旋回した後、今飛び立ったばかりの空港の上空を横切って行く。
 この後左手には十和田湖・田沢湖が現れ、東北の景色を存分に楽しむ事ができた。


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 一転して今度は九州。
 1999年4月8日のJAS353便。
 熊本空港に近付くと、右手には九重の山々を見る。
 機体はこの後一旦熊本市街の上空に抜け、Uターンする形で最終着陸態勢に入る。


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 折返し便が熊本空港を離陸して行く。
 ちょうど桜のシーズンだった。
 この日の熊本は快晴だった。


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 2日後の熊本は、一転して雨模様。
 熊本空港は1995年に「CAT-Ⅲ」をいち早く導入、悪天候時の離着陸の安全性が飛躍的に向上した。


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 手前にはJAL、離陸して行くのはANAの、B767-300。
 大手3社の中型ワイドボディ機が揃い踏み。


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 10000mの上空はいつも快晴。
 A300-600Rのアイディンテティであるウイングチップが夕陽に照らされる。


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 ステッカーもう1種類。
 パソコンから作ったと聞かされて、うわぁー凄いなーと思ったものだ。
 私はまだPCを持っていなかったから…。
 JASのA300-600Rのパイロットには、青森の下北交通で使われていたキハ22型の動態保存活動に携わっている方々が多いと聞く。
 乗り物趣味に理解のある方が多かったのだろう。


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 機内で手に入れる事ができた、ポストカード。

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 ポストカードは2種類あって、もう1種類はコクピット。

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 1997年に導入したB777-200「レインボーセブン」には、スーパーシートとレインボーシートが設定されて、JAS国内線史上初めて複数クラス化された。
 これに合わせ、比較的幹線区にも就航する事が多かったA300-600Rにも新たにスーパーシートが設けられる事になった。
 機内サービス面においても、いよいよJAL・ANAと肩を並べる所にまで来た事を印象付けた。
 2001年5月23日の宮崎線283便。


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 この便では東亜国内航空(TDA)創立30周年記念とかで、機内食は寿司か洋菓子のどちらかを選択できた。
 お昼時だったので、押し寿司を選択し、日本茶と共に頂く。
 その後はスーパーシートサービス(特に機内食)についてのアンケートへの協力を求められ、いかにJASが力を入れていたのかがうかがい知れた。


 TDAがJASと社名を変えたのが1988年4月1日。
 その16年後、JASはJALと経営統合し、レインボーカラーと共にその名を消す事になりました。
 次回は、JAL時代のA300-600Rについて書きます。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。

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《今日見た・聞いた・思った事》
 いつからかは解かりませんが、東急東横線の5050系4000番台が営業運行を開始していました。
 当然10連では走れず、4601・4701の2両を抜いた8連で運行されています。
 外観は在来の5050系と変わりませんが、まだ地下鉄直通ではないのに、正面の運行番号に「K」(ちなみに昨日は18K)が入っていました。

 今日は東京では東京都交通局の「バスの日イベント2011」、横浜では「バス利用感謝デー」のイベントが行なわれているのですが、勤務の都合で疲れているのと、天候がイマイチなので、多少心残りですが両方とも参加を見送る事としました。
 横浜の方は、東急バスの虹が丘→渋谷駅で11月からの運行を予定している通勤高速バス(「リムジン」ベースの緑系。「バスラマインターナショナル127」で書かれていた「緑系のワン・ロマ」とはこの事だったのか)も展示されていたそうです。

 また台風の影響で紀伊半島は大雨の危険があるそうです。
 充分ご注意下さい。
 いい加減にして欲しいなあ…。

《今日のニュースから》
アメリカ・ネバダ州航空ショー 小型機墜落で死傷者多数発生