今日はフランス旅行記を1回お休みし、レビューを書いてみようと思います。
レビューといってもこれまではバス関係を中心とした雑誌の感想文ばかりでしたが、今回は初めて本格的な書籍のレビューを書いてみます。
今回の「プロフェッショナル・パイロット」は、日本航空(JAL)一筋でDC-8やB747の操縦を務められ、今はJ-AIRの最新鋭機E170の機長を務められている、杉江弘氏の執筆によるものです。
著者は鉄道ファンとしてもつとに有名で、特に海外のSLの写真を数多く発表されておられます。
手元にある書籍では「世界の駅」(三浦幹男氏と共著・JTBキャンブックス)があります。
『機長の告白-生還へのマニュアル』『機長の「失敗学」』(いずれも講談社刊)で、自らの体験も元にしながら航空業界の安全性の追求や、理想的なパイロット像について時には厳しい提言をされてきた著者だが、それらに比べると今回の著書はやや語り口がマイルドにも感じられる。
(イカロス出版という出版元もあるかも知れない)
航空業界の現状や安全性の追求など、これまでの著書のおさらい的な内容から一歩進め、著者の新境地と呼べる、日本にも導入が進み、著者もライセンスを取得して乗務されているE170が、過去の航空機事故の教訓が各所に生かされていると高く評価している。
そして、横風着陸のテクニックやダウンバースト等を例に取りながら、航空会社は安全運航に関するポリシーを確立せよと提言し、最後にパイロットの仕事の素晴らしさを説いて、パイロット志望の若者にエールを送っている。
全体的には航空業界に関心を持つ人、パイロット志望の人、航空ファン向けに書かれているとは言えるだろう。
だが、私はこれを読んでみて、ひょっとしたらこの著書を真っ先に読むべきなのは、実は昨今の「プロ」のジャーナリズムの方なのではないかと感じた。
日本はアメリカに比べて航空大衆化の歴史が浅く、比較的最近まで富裕層が利用の中心だった事も反映しているのか、パイロットは単なる「高給取り」のイメージが未だに強く、ひがみみたいなものもあるのか、時としてその行動が面白おかしく取り上げられる事が多く、世論全体に未だに様々な誤解が広まっているのが現状だ。
特に最近は地方空港の経営難やJALの経営破綻、LCCの台頭などでよりその傾向が強まってしまっている気がする。
LCCブームなど、まるでいとも簡単に航空業界で成功できるようなイメージを与え(比較的操縦が「容易」になったハイテク機が中心になっている事もあるかも知れない)、その運賃の安さが安全性を削ったものではないのかという調査・報道がされた事は、ほとんどない。
著者たち先人が苦労して築きあげてきた安全運航の確立への努力は無視され、大事故がおきてからようやく「実はああだった、こうだった事がわかった」などという記事が並べられるのだ。
著者の弁によれば、安全運航は単にパイロット個人の知識や技量だけではなく、それを支えるべき航空会社のポリシーがあり、それを実現すべく安全運航に関わる組織を社内に立ち上げ、内部の広報も充実させなければならないという。
そこまでの事が、LCCではやれているのだろうか。そして、そこまでジャーナリズムは踏み込んで書けているのだろうか。
確かに昔のJALは1985年8月12日のジャンボ機墜落事故を頂点にして、それ以前にもDC-8の羽田沖墜落事故(「逆噴射」などとありがたくない流行語まで生まれた)など度々大事故を引き起こし、世論の怒りを買ってきた事は事実だ。
しかし、杉江氏らが先頭に立って安全運航を推進する立場となってから、四半世紀の間JAL(に限らず日本の民間航空)で旅客死亡事故は発生せず、しかも経営の混乱が表面化した2009年にあってなお、定時到着率世界ナンバー1のタイトルを獲得している事を、世の人々は知るべきだ。
そんなの当たり前、の話ではあるけれど、この著書を読めば、それは決して簡単な道ではない事が解かるし、揺るぎない杉江氏の信念に感服させられるのだ。
一つ惜しまれるのは、上で少し挙げたが、JALの経営問題について触れられていない事。
著者が、所属する会社の経営難に遠慮した物言いをするような方ではないと思うので。
「健全な経営が安全運航を支える」というのは一般的に言える事だし、最近問題になっている「整理解雇」もそうだが、基礎の部分で組織が揺らいで、モラルが低下してしまうと大惨事を招きやすいのは、なにも航空業界に限った事ではなく、過去にいくらでも例がある話だ。
(旧国鉄の末期に相次いだ寝台特急の事故が典型的だった)
そこまで踏み込んで頂ければと思った。
もう一つ、今後著者にお願いしたいのは、過去の航空機事故のデータベース化。
航空機事故は残念ながらいまだ根絶されておらず、それらの個々の事例に付随して様々な著書やWebサイトの記事が存在するが、ほとんどが叙述的な記述に留まっている。
時には知ったかぶりのジャーナリズムによって歪められて認知され、安全運航の確立には実は役に立たないものも少なくないようだ。
5W1Hにのっとって簡潔かつ正確に過去の航空機事故の情報を整理し、私たちに伝えて欲しい。
それもまた、安全運航の礎となるだろう。
著者によれば、ファーストクラスのある便は、他の便とはフライトの仕方が違うのだという。
極めて高い運賃を払って搭乗している旅客に対する、高級レストランのような流れるサービスを、不器用なフライトで遮ってはいけないというのだ。
(ちなみに著者が考える、JALのパイロットの総合力が一番問われるフライトは、ファーストクラスがある香港路線なのだそうだ。もっとも現在の香港路線はファーストクラスの設定はないのだが…)
もし著者の言葉が正しいのなら、ファーストクラスどころか乗客を立たせたまま飛ばそう、そして副操縦士もなくしてしまおうと社長自らが叫ぶエアラインの存在を、どう考えれば良いのだろう。
そして、彼らを「航空業界の風雲児」と褒めちぎるジャーナリズムのあり方は、どうなのだろうか。
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