デ7000形は、富山軌道線初の大型ボギー車として1957年~1965年の間に23両が製作され、2軸の旧型車両を置き換えて輸送力の増強が図られ、主力車両となりました。
車体は前年デビューの東京都電8000形をモデルとしたデザインになっていますが、正面は折妻の後退角を小さく取っていて、平べったい印象も与えています。
当時はツーマン運転を行っていたため後ドアに小窓が設けられています。
当初は製造年度により定員が異なっていたようでしたが、後の改造で定員が統一されました。
制御方式は間接非自動で釣掛駆動。
1969年にはワンマン化改造を行ない、翌年には列車無線を搭載しています。
なお、加越能鉄道(現万葉線)高岡軌道線の5050、5060、5070形は兄弟車両に当たります。
(但し前後ドア)
デビュー当時、富山軌道線は約11㎞の路線網がありましたが、1972年以降路線の廃止が相次ぎ、1984年の山室線の廃止により、実質1路線・6.4㎞にまで縮小しています。
これに合わせて7001~7006の5両(7004は最初から欠番)は廃車。
一方でサービス向上を図るため、1960年以降製作の12 両に対して、1984年より順次冷房化改造が施されました。
それ以前の5両は台車の構造上乗り心地が良くなく、車体の強度不足もあって冷房化改造の対象外となり、1993年デビューのVVVF車・8000形に置き換えられて廃車となりました。
残存車両の大半は8000形と同様のカラーリングに変更され、窓上の広告枠の新設も行われています。
一部は全面広告車となりました。
以来さらに17年の長きにわたり、8000形と共に富山軌道線の主力として活躍してきました。
しかし、36年振りの復活となった環状線「セントラム」用の超低床連接車9000形に続き、2010年になって同じく超低床連接車のT100形「サントラム」が営業を開始しました。
富山軌道線では富山ライトレールとの相互乗り入れの構想もあり、車両や路線の今後の動向によっては、現有でも最古の車両で50年になる7000形の今後の去就が注目される事になりそうです。
今回の記事は
「私鉄の車両10 富山地方鉄道」(保育社) ※現在はネコ・パブリッシングによって復刻
「鉄道ピクトリアル1997年9月号」(鉄道図書刊行会) 等
を参考にさせて頂きました。
古い車両が続きますが、次回のこのシリーズは小湊鐵道キハ200形について書く予定です。
こちらも最古の車両はそろそろ50年ですから、代替車両の話が出ても良さそうな頃ではありますが…。
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