№170 なぜ「私鉄の車両シリーズ」をやっているのだろう

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 2月1日から「私鉄の車両シリーズ」を始めて、昨日の東京モノレール1000形で、25回になりました。
 ところで、バスを中心に画像を公開しているWebサイトの姉妹版ブログで、なぜ連載で鉄道の記事を書くのだろう?
 その辺の理由を、ここで簡単に記して見たいと思います。

1.できるだけ、毎日の更新を目指した
 更新するための「ネタ」を作りたかったという事です。
 もちろん、ブログは毎日更新しなければならないものではないですし、実際私も更新しなかった日もあります。
 他の人のブログでは「毎週○曜日に更新します。」と宣言しているものもあります。
 ただ、通常のWebサイトでもそうですが、いくつか他のブログを眺めると、数ヶ月に渡って更新を行っていないというものが少なくなく、「ブログをやめちゃって、でもそのまま放置しているのかな?」と思うようなものが少なくありません。
 特にブログというのは、過去の更新の度合いがかなり表に出てしまう媒体ですので、多少脅迫観念に迫られている部分もあるのですが、何とかできる限り更新していますよ、「死んでいませんよ。」という姿勢を示したかったという事がありました。
 本体のサイトの更新を、今現在月1回(原則1日)に減らしているという事もありますので。 

2.私鉄の車両を、できるだけ客観的な視点で眺めてみたかった
 この「私鉄の車両シリーズ」は、もちろんいくつかの文献、特に「鉄道ピクトリアル」誌の臨時増刊号とか、昔の車両だと保育社から出版されていた「私鉄の車両」(現在はネコ・パブリッシングによって復刻)を参考にして製作しています。
 ただ、それらの各車両の紹介記事を見ると、一部には主観的・感想的な文言が多く、客観性を若干欠いている部分を感じます。
 もちろん、それらは各私鉄のファンの思い入れで書かれている部分も多く、それはそれで否定はしないのですが、もう少し車両のデータを整理し、鉄道界全体の中ではどういう位置(特に歴史的、性能的な部分)にあるのかを俯瞰して見てみたいと気持ちが、以前からありました。
 もちろん、実際に乗車する機会が少なく、文献に頼らざるを得ない部分が多々あるため、それをどう自分なりに消化するかという課題は付きまといますが。

3.「Word」の練習
 これははっきり自己中心的な理由です。
 今更ながら、現在「Microsoft Word」のトレーニングをしています。
 その一環として、A4版の紙1枚に、各車両の紹介のテキストを書き、写真や図形をレイアウトして文書を完成させるという事をしています。
 その文書自体はあまりにお恥ずかしい代物なのでお見せする事もできないのですが、せっかく?なのでそのテキストや写真をここで公開しているという訳なのです。
(ブログ上ではテキストの追加や書き換え、写真の追加を行っています。)
 従って、上の2点も含め、かなり舌っ足らずで見苦しいテキストになっている事は申し訳ありません。
 今後もWord自体の練習を兼ね、精進していきます。

 なお、個別の車両の参考文献・Webサイトについては各車両のページの最後に記していますが、それ以外、デビュー以降の変化(改造・塗装変更・編成替え・廃車等)については、
「鉄道ピクトリアル臨時増刊号 新車年鑑(2002年版から「鉄道車両年鑑」)」各号(鉄道図書刊行会)
「私鉄車両編成表」(ジェー・アール・アール(2009年から交通新聞社刊行))
その他各鉄道事業者・場合によっては自治体の公式Webサイト・「Wikipedia」等を参考にさせて頂いています。

 今後ですが、次回から第2クールに入ります。
 まずは京成に戻って、7月以降の去就が注目される「スカイライナー」AE100形。
 その後東武→西武→京王→小田急→東急→京急→相鉄→地下鉄→都市近郊→路面電車→ローカル→モノレール・新交通ステム又は第3セクター鉄道と東日本を回ります。
 それから名鉄→近鉄→京阪→阪急→阪神→南海→西鉄→地下鉄→都市近郊→路面電車→ローカル→モノレール・新交通ステム又は第3セクター鉄道と西日本を回って、1クールを完結、という形を繰り返していきたいと考えています。
 果たしてどこまで続くか、自分でも解かりませんが、できるだけ長続きするよう頑張ります。

バックナンバー 〈第1クール〉
1.京成電鉄3000形 (№127 2010年2月1日)
2.東武鉄道10000系 (№129 2010年2月3日)
3.西武鉄道4000系 (№131 2010年2月5日)
4.京王電鉄3000系 (№133 2010年2月7日)
5.小田急電鉄20000系 (№135 2010年2月9日)
6.東京急行電鉄1000系 (№136 2010年2月10日)
7.京浜急行電鉄2100形 (№137 2010年2月11日)
8.相模鉄道6000系 (№139 2010年2月13日)
9.東京都交通局10-300系 (№140 2010年2月14日)
10.東葉高速鉄道2000系 (№142 2010年2月16日)
11.函館市交通局8000形 (№144 2010年2月18日)
12.下北交通キハ85形 (№145 2010年2月19日)
13.名古屋鉄道7500系 (№147 2010年2月21日)
14.近畿日本鉄道21000系 (№149 2010年2月24日)
15.京阪電気鉄道1900系 (№151 2010年2月26日)
16.阪急電鉄6000系 (№153 2010年3月1日)
17.阪神電気鉄道9000系 (№155 2010年3月3日)
18.南海電気鉄道2000系 (№157 2010年3月5日)
19.西日本鉄道600・700形 (№158 2010年3月6日)
20.神戸市交通局3000系 (№160 2010年3月8日)
21.神戸電鉄3000形 (№162 2010年3月10日)
22.伊予鉄道2000形 (№166 2010年3月14日)
23.熊本電気鉄道5100形 (№167 2010年3月15日)
24.高千穂鉄道TR300形 (№168 2010年3月16日)
25.東京モノレール1000形 (№169 2010年3月17日)
※東武10000系・京王3000系・東急1000系で画像を追加してあります。

 当ブログでは、コメントは受け付けない事にしています。「私鉄の車両シリーズ」に限らず、「ここは間違っている。」とか「ここはこうすべきだ。」というものがありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。(名前は公表しません。)
 今後もよろしくお願いいたします。



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№169 私鉄の車両シリーズ25 東京モノレール1000形

「私鉄の車両シリーズ」、今回は初のモノレールです。
 東京モノレール1000形は輸送力増強と、非冷房の500形の置き換えのため、1989年にデビューしたモデルチェンジ車です。

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 1000形では設計のポイントとして、
①輸送力増強
②快適な車両
③性能と保安度の向上
④低騒音化
⑤保守・点検の容易化
が掲げられました。
 東京モノレールでは開業当時は10m級の100・200・300・350形3連、後には15m級の500・600・700・800形2連を適宜連結する事で編成を組んでいました。
 1000形では初めて6両固定編成になり、中間の運転室を廃止した事で輸送力を15%増加させています。
 運転台はワンハンドルマスコンを採用、ATSと将来使用予定のATC及びモニタリング装置を装備しています。
 ブレーキは電気指令式を初採用、流線型となった先頭部の正面窓は大型の曲面ガラスを使用し、運転台からの視野の拡大が図られています。
 車体色はそれまでの赤系から変わり、白をベースに窓廻りは黒地+赤帯(スカート部グレー)としました。

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 側窓は強度の限界一杯まで大型化され、熱線吸収ガラスを使用しています。
 カーテンは当初は設けられませんでした。
 車内は700形と同様クロスシートを基本とし、両端部のタイヤハウス上にはロングシート及び手荷物置き場が設置されています。
 乗務員室直後は仕切り窓を大きくとり、座席は展望席風のレイアウトとして、乗客が正面の展望を楽しめるように配慮されています。

 1999年より車内中央部の側窓部に横引きカーテンが設けられました。
 また、2002年より開始したワンマン運転に応し、運転台への後方監視モニターの新設などが行われています。
 さらに2004年より快速運転が始まった事で、側面にLEDの列車種別表示機を設けている他、近年は座席のモケット時を青系に変更する車両が現われています。

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 車体色は2000年以降、2000形に合わせた青・赤・白の3色になりました。
(青は2000形より明るい。)

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 1019Fは2003年7月より、車体色を開業時の100形以来のカラーを模した濃淡青+白に復刻し、現在も運行中です。

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 この他、2006年より「ポケモンモノレール」の運行を開始、現在は1085Fが3代目の任を担っています。

 1996年までの間に16編成・96両が製造され、500形を置き換えて完全冷房化を達成しました。
 その後の新製は2000形に引き継がれていますが、デビューから20年以上経った現在も、東京モノレールの主力となっています。
 ただ、あくまで勝手な推測でしかありませんが、今年の秋、羽田空港はD滑走路及び国際線ターミナルビルの開業を控えています。
 当然輸送量の大幅な伸びが予想されますので、そろそろ新形式という話が出るような気がします。

【編成】
←浜松町     羽田空港
 Mc1 1000 - M2 1000 - M1' 1000 - M2' 1000 - M1 1000 - Mc2 1000

 今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1990年10月臨時増刊号 新車年鑑1990年版」(鉄道図書刊行会)
東京モノレール公式ホームページ 等
を参考にさせて頂きました。

 次回は、「なぜこのシリーズを書いているのか?」というあたりの事を、簡単に記してみたいと思います。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。(名前は公表しません。)



小田急の駅 今昔・昭和の面影 (キャンブックス)
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№168 私鉄の車両シリーズ24 高千穂鉄道TR300形

「私鉄の車両シリーズ」、今回は初の第3セクター鉄道です。
 残念ながら水害の影響で廃線同然になってしまいましたが…。

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 高千穂鉄道は、第2次特定地方交通線に指定されていた、JR九州・高千穂線を引き継ぐ第3セクター鉄道として、1989年4月に開業しました。
 イベント対応車両としては、TR100形にイベント機器を搭載したTR200形が用意されましたが、観光客へのサービス向上を図り、本格的なイベント車両として、1991年にデビューしたのがTR300形です。
 2両編成1本が新潟鐵工所で製作されました。

 TR300形はパノラマ仕様となり、秋田内陸縦貫鉄道AN-8900形とほぼ同型です。
 車体は18m級となり、一般車と比較して長くなっています。
 前面は曲線ガラスを採用。
 乗務員室は全室タイプですが、仕切りの窓を大型化し、車内からの前方の展望に配慮しています。
 乗降用ドアは後部に引戸が1箇所設けられています。
 走行機器類自体は新潟鐵工所の標準仕様で、一般車との併結運転も可能です。

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 車内は両端が転換クロスシート、中央部はソファをサロン風に配置しています。
 木目調主体の暖色系のインテリアですが、座席モケットの色調は2両で異なったものにしています。
 車端部はサイドシートの他、イベント用にTVモニターとレーザーディスク再生装置を装備。
 トイレ・洗面所は設けられていません。
 側窓は固定窓としています。

 1991年7月20日より、「たかちほ号」2往復(快速・普通)の座席指定車両として運行を開始。
 写真のように、一般車両と連結して運用されていました。
 車内には案内係が乗務。
 検札の他、観光案内やコーヒーサービス(有料)なども行っていました。
 2003年3月、「トロッコ神楽号」のTR400形と交代して引退。
 2両とも地元 の酒造会社に引き取られ、旧国鉄未成線区間にある同社経営の「トンネルの駅」で、休憩所として使用されています。


 ところで、高千穂鉄道は2005年9月の台風14号による水害で甚大な被害を受け、一部区間で観光鉄道としての再起の可能性が検討されたものの、結局立ち直れず全線で廃止になりました。
 ここで、高千穂鉄道の各駅の写真をご覧頂きましょう。
 皆1995年の撮影です。
 高千穂駅では、駅毎に駅名標の下にイラストが掲げられていました。

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延岡
 JRとは異なる場所に、独立した駅舎が設けられていました。

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西延岡 延岡から4.1㎞

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行縢 西延岡から2.7㎞

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細見 行縢から3.6㎞

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日向岡元 細見から1.2㎞
 撮影直後に交換設備が復活しています。 

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吐合 日向岡元から1.7㎞
 ここから亀ヶ崎までの北方町は、地名に干支の名前が用いられている事で、「干支の町」としてアピール、駅名標のイラストにも取り入れられていました。
 なお、北方町は、高千穂鉄道運休の翌年の2006年に、延岡市に編入されています。

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曽木 吐合から1.3㎞

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川水流 曽木から2.5㎞
 交換設備あり。
 駅舎は車寄せ部分の飾りが印象的です。
 この駅を出ると第一五ヶ瀬川橋梁を渡ります。
 延岡に一番近いこの鉄橋が流されてしまった事が、高千穂鉄道に致命的な打撃を与えたと思います。
 この先も何度も五ヶ瀬川を渡ります。

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第一五ヶ瀬川橋梁

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上崎 川水流から2.8㎞

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早日渡 上崎から5.0㎞
 背後に見える赤い橋は、国道218号バイパスの「干支大橋」です。

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亀ヶ崎 早日渡から1.5㎞

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槇峰 亀ヶ崎から2.7㎞
 この駅も撮影直後に交換設備が復活しています。

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日向八戸 槇峰から2.4㎞

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吾味 日向八戸から1.4㎞

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日之影温泉 吾味から4.7㎞
 1936年(昭和14年)10月にここまで到達。
 以降長く国鉄日ノ影線として運営される事になります。
 交換可能駅。
 高千穂鉄道転換後、1995年(平成7年)に温泉設備併設の駅舎を新築、同時に日ノ影→日之影温泉と改称しました。
 ここから先は1972年(昭和47年)7月に開業。
 路線の様相が一気に変わり、長大トンネルが連続する事になります。

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影待 日之影温泉から2.8㎞

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深角 影待から3.6㎞

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天岩戸 深角から3.9㎞
 この駅を出ると、日本で一番高い鉄橋の高千穂鉄橋を渡る事になります。

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高千穂鉄橋

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高千穂 天岩戸から2.1㎞
 高千穂町の中心や、宮崎交通のバスセンターは、駅から離れた場所に位置していました。
 この先、高森(南阿蘇鉄道)まで線路を延ばそうとしていて、その予定地だった場所ににTR300が保存されている訳です。

 高千穂鉄道は水害により、1年間の休止の後、延岡~槇峰は2007年9月に、槇峰~高千穂も2008年に廃止となりました。
 車両はTR400形はJR九州が購入、キハ125(400番台)に改造して日南線の特急<海幸山幸>に転用し、TR200形の内1両は阿佐海岸鉄道が無償で譲渡を受けて運用しています。
 現在、著名な作家・漫画家らを代表とする「高千穂あまてらす鉄道」が、日之影温泉~高千穂を観光鉄道として復活させるために活動しており、当面は高千穂駅構内でイベントを行っています。
 
 今回の記事は
「鉄道ピクトリアル1992年10月臨時増刊号 新車年鑑1992年版」(鉄道図書刊行会)
「ローカル私鉄車輌20年 第3セクター・貨物専業編」(寺田裕一・JTBキャンブックス)
「私鉄気動車30年」(寺田裕一・JTBキャンブックス) 等
を参考にさせて頂きました。

 次回のこのシリーズは、東京モノレール1000形です。

 申し訳ありませんが、コメントは受け付けない事にしています。この記事について何かありましたら、本体の「日本の路線バス・フォトライブラリー」上からメールを下さい。折返し返事をしたいと思います。
 また、何か質問がありましたら、やはり本体上からメールを下さい。解かる範囲でお答えをしたいと思います。質問と答えは当ブログにも掲載します。(名前は公表しません。)



新・鉄道廃線跡を歩く5 四国・九州編
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